戦艦尾張が進水した一週間後の1940年8月16日、川崎重工業神戸造船所でその3日後に横須賀海軍工廠でそして5日後に三菱重工業長崎造船所で空計画の正規空母が進水した。本来では尾張が進水する一週間前には進水する予定だったが梅雨の影響による川の氾濫によって資材調達が一時困難となっていた。進水式は何の問題もなくそのまま命名され、一番艦から菊龍、藤龍、永龍と名付けられた。
1940年の9月24日の千歳の就役から続々とマル臨計画の空母が就役を始めた。そして12月26日に全ての艦が就役した。高速給油艦高崎型は瑞鳳と祥鳳と、潜水母艦大鯨は龍鳳に、大型客船橿原丸と出雲丸は飛鷹と隼鷹に、あるぜんち丸は海鷹に、ドイツの客船シャルンホスト神鷹に、新田丸級貨客船は大鷹と雲鷹と沖鷹となった。そして新型新造空母は一番艦から雲龍、天城、葛城、笠置、阿蘇、生駒、鞍馬、那須、岩木、乗鞍、身延、妙義、開聞、高野と名付けられた。
これによりマル臨計画は完遂し、航空戦隊の組み合わせが行われた。
第一航空戦隊 赤城・加賀 第二航空戦隊 蒼龍・飛龍
第三航空戦隊 瑞鳳・鳳翔 第四航空戦隊 龍驤・祥鳳
第五航空戦隊 瑞鶴・翔鶴 第六航空戦隊 飛鷹・隼鷹
第七航空戦隊 海鷹・沖鷹 第八航空戦隊 千歳・千代田
第九航空戦隊 大鷹・神鷹 第十航空戦隊 龍鳳・雲龍・天城
第十一航空戦隊 葛城・笠置・阿蘇 第十二航空戦隊 生駒・鞍馬・那須
第十三航空戦隊 岩木・乗鞍・身延 第十四航空戦隊 妙義・開聞・高野
第十五航空戦隊 菊龍・藤龍・永龍 第十六航空戦隊 信濃・大鳳
と決まった。軽空母の風越型は新八八艦隊所属のため、ここには記述していない。
年は明け、1941年には零戦の後継機の試作が三菱航空機で完成を果たした。しかしアメリカ開戦までには全空母に配備は不可能な為、完成したらそのまま一航戦と十六航戦と新八八艦隊の空母及び軽空母に搭載することが決定した。
そしていよいよと開戦予定の12月後半まで迫り来ようとしているところ8月にアメリカは独自の太平洋支配戦略に基づく対日石油輸出全面禁止を行なった。
これにより御前会議にて天皇陛下はアメリカ再度講和が出来ないかと当時の東條裸内閣総理大臣に言われ、9月からアメリカに講和会議の話し合いを行った。しかしその話し合いは悲惨たるものであった。アメリカは鼻から講和会議などしないような姿勢をとり続け、ついにはアメリカ側としては日本が到底受け容れがたい内容のハル・ノートを日本時間12月4日に突きつけた。日本政府はこれに対し明快にして断固なる回答を示したのである。。その回答とはハル・ノートが要求する日本帝国の中国からの撤兵は米英蘭のアジア全域からの撤収を確認してから行うものとし、もしこの要求が受け入れない場合は日本帝国は全アジア解放の為、米英蘭三国に対し開戦するものであった。加えて回答期限は日本時間12月26日午前0時までと明記されていた。
そして12月26日、大東亜戦争が始まった。
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