【リレー】今日もカオスなもんじゃ焼き 作:リレー小説実行委員会
第1章、はじまり。 (hasegawa 作)
むかしむかし、あるところに、ひっそりと立つお地蔵さんがおりました――――
(おぉ~、もう渡り鳥がやってくる時期か。
よきかなよきかな。風物詩じゃのう)
お地蔵さんは、もうずいぶんと長いこと、この山道の傍らに立っていました。
日々移り変わる季節の変化を楽しみながら、たまに通りすがる村人や旅人たちを、今日ものほほんと見守ります。
「やや! これはお地蔵様。お元気ですかな?」
お地蔵さんが意識を前に向けると、そこにひとりの男性が立っておりました。
その途端、石であるはずのお地蔵様の表情が、ほんのちょっとだけ曇ってしまいました。
「今日は良い物を持ってきましたぞ、お地蔵様。ご照覧あれ」
そもそも、お地蔵さまはずっとここに居ます。
この男性は毎日のように、何度も何度もここに来ているのだから、「やや!」とかわざとらしく驚かれても困ります。お前わしがおるの知っとるやないか、みたいな事なのです。
ご照覧あれ、もなんか違う気がしますし。
「これは新製品の、プロテインですじゃ」
男はお地蔵さんの目の前で、専用のプロテインシェイカーを駆使し、シャカシャカし始めました。
「たまにプロテインの事を、危険な薬物かなにかと勘違いしておる輩がおりますがな?
これはタンパク質。身体を作るのに必要な栄養素、それを凝縮した物なのですじゃ。
ささ、お地蔵様。どうぞ!」
男は少し泡立ったプロテインを、トンッとお地蔵様の足元に置きました。
これも確かに食べ物(飲み物)には違いないんでしょうけど、お地蔵さん的には「お饅頭とかおにぎりの方が有難いのになぁ」と思ってしまいます。
そもそもお地蔵さんなので、なんでプロテインもってくんねん、わしゃボディビルダーか、みたいな気持ちです。
「これは、我が家で放置されていた革ジャンですじゃ。
そろそろ寒い季節じゃし、ぜひ有効活用してくだされ。
ささ、お地蔵様」
そして男性は、以前ロックバンドのギタリストをしていた時に着ていた、たくさん鋲の付いた黒い革ジャンを、お地蔵さんに羽織らせました。
お地蔵さんの見た目が、途端にアメリカンというか、ロックな事になりました。威圧感がとんでもない感じになっています。きっと子供が見たら泣きます。
「それじゃあ、お地蔵様。おさらばですじゃ。
筋肉は裏切らない。努力もまた然りですぞ?」
プロテインと革ジャンを置いて、男がこの場を去っていきます。
いかにも「あーええ事した」という満足感に満ちた表情が、少しだけお地蔵様をイラッとさせました。
わし地蔵じゃし、筋トレとか出来へんのじゃけど。
こんな革ジャン羽織らされても、ロックとかよぅ知らんのじゃけど。
お地蔵さんはそう思いましたが、石なので何も言う事が出来ず、ぐむむ……となりました。
関係ないですが、近年のプロテインは昔の物とは違い、バニラシェイクみたいで結構おいしいのでした。
………………………………
………………………………………………………………
「これはこれはお地蔵様。ご機嫌さんですじゃ」
次の日、革ジャン地蔵のもとに、またあの男性がやって来ました。
彼は仕事に行く前には必ずここに立ち寄るので、もう毎日のように会っています。
「今日は良い物を持ってきましたじゃ。ぜひ召し上がって下され」
そう言って男は、
「これがあれば、大概は何とかなりますじゃ。
ぜひお役に立てて下され」
――――米わい。のりたまだけやなくて、米わい。
男はふりかけだけを用意し、ご飯を持ってきていませんでした。
のりたまだけ貰っても、わしどうしたらええねん? お地蔵さんは困ってしまいました。
「あとこれは、マックナゲットに付いていた、黄色いソースですじゃ。
わしには赤いヤツがありますでのう、これも差し上げますじゃ」
――――ナゲットわい。ナゲット持ってこんかい。
ソースだけでどないせいっちゅーんじゃい、とお地蔵さんは思いましたが、ニコニコと100%の善意で微笑む男を見て、もう文句すら言えません。
「お地蔵様、ピアスとかどう思いますかな?
せっかく革ジャンを着ておるのだから、頭部にも何かアクセントを、と思うのじゃが」
――――殺すぞ。それしたら容赦せんぞ。
もし耳に穴でも空けられた日には、この男を全身全霊を持って呪い殺す。黄泉平坂の無間地獄に落してやる、そう心に決めました。
“ピアス地蔵”とか聞いた事もありません。
「今日は穴を空ける道具を持っておらんし……これで我慢してくだされ。
いつの日か必ず、お地蔵様を天下一のロックファッションにしてみせますじゃ」
家に転がっていた原付のヘルメットを、スポッとお地蔵さんに被せ、男は満足気に山道を登って行きました。
お地蔵さんはバイクにも乗れないのに、なぜか革ジャンとヘルメットを装着されて、とても地蔵とは思えないような見た目になりました。
とりあえず、のりたまどうしよっかな?
いつか誰かがおにぎりをお供えしてくれた時に、使ってみようかな?
お地蔵さんは意外とポジティブに、これからの事に想いを馳せました。
食べ物を粗末にしてはいけないのでした。
………………………………
………………………………………………………………
「お地蔵様、申し訳ありませんでしたじゃ……。
革ジャンを着せたと言うたら、女房にもう、オシッコちびるくらい怒られてしもうて……」
また次の日、めそめそと泣きながらやってきた男を見て、「そらそうやろ」とお地蔵さんは思いました。嫁さんグッジョブです。
「ですので今日は、革ジャンの代わりを持ってきましたじゃ。
女房のタンスに入っておった、パリジェンヌ御用達のトレンチコートですじゃ」
奥さん意外とハイカラなもん着てはるんですね。
お地蔵さんは思いました。
「おぉ、さすがパリジェンヌ御用達! 後ろ姿までもドラマチック!
360度どこから見ても、美人ですじゃ!」
なんでこんなファッショナブルなもん着させられなアカンねん。わし地蔵やぞ。
お地蔵さんはそう思いますが、まぁ革ジャンよりは若干マシに思えたので、黙って着せてもらいます。
おそらく世界初であろう、“トレンチコート地蔵”が誕生しました。
「そしてこれは、同じく女房のタンスにあった、Tバックですじゃ。
お地蔵さんは穿けんじゃろうから、頭にでも被って下され。少しは寒さを防げますじゃ」
――――やめろ。いらんわ。殺すぞ。
お地蔵さんのスピリチュアルな声は、決して男には届きません。
いま、まるでパリジェンヌのようにトレンチコートを着こなし、そしてなぜか頭にパンツを被るお地蔵さんが爆誕しました。この地方のちょっとした名物になれるかもしれません。
関係ないけれど、お前は嫁になんつーもん穿かせとんねん、と思いました。
「あ、そういえば! この前わし、カジキマグロを釣り上げて来たんですじゃ。
2時間にもおよぶ死闘の末、ようやく一本釣りした大物ですぞ?
お地蔵様に差し上げますで、どうぞ召し上がってくだされ」
そして目の前にドーンと置かれる、巨大なカジキマグロ。
全長2メートルを超え、もう何百キロもありそうなカジキマグロが、お地蔵さんにお供えされました。
――――どうやって食うねん。コレどうしたらええねん。
せめて捌いて持ってこい。刺身にしてくれ。お地蔵さんは再びスピリチュアルに訴えかけますが、霊感ゼロの男には通じませんでした。
「あー今日もええ事をしたわい。
それじゃあお地蔵様。チャオ」
男が満面の笑みで、この場を去っていきます。
パリジェンヌみたいになったお地蔵さまは、その後ろ姿を困った顔で見送ります。
とりあえず、魚どうしよう? ここに置いといたら、山の動物たちが喜んでくれるだろうか?
そんな事を考えますが、とりあえずすごく魚臭かったので、はやく誰かがなんとかしてくれたらいいなぁと、お地蔵さんは思いました。
………………………………
………………………………………………………………
「やや、パリジェンヌかと思いきや、お地蔵様!
今日も良い物を持ってきましたぞ」
お前がしたんやろうがい。はよ脱がせてくれや。
そうは思うけれど、まぁこれ意外とあったかいので、黙ってお地蔵さんはその場に佇んでいます。
「これは最近町に出来たハイカラな喫茶店で買った、グランデ・アドショット・ヘーゼルナッツ・バニラ・アーモンド・エキストラホイップ・キャラメルソース・ランバチップ・チョコレートクリーム・フラペチーノですわい」
――――なんて? いま何て言うたん?
お地蔵さんは、思わず聞き返しました(心で)
「ああ、お地蔵様はこんなオシャレな物を飲んだ事は、御座いませんかな?
フラペチーノですわい、フラペチーノ。
これはグランデ・アドショット・ヘーゼルナッツ・バニラ・アーモンド・エキストラホイップ・キャラメルソース・ランバチップ・チョコレートクリーム・フラペチーノ……と言う飲み物ですじゃ」
――――やかましいわ。長いわ。
それとお前、なんかイラッとくるのぅ。お地蔵さんはそう思いますが、男は上機嫌でひたすらフラペチーノフラペチーノと言っています。手が付けられないウザさです。
「あ、今日はお夕飯として、チーズフォンデュもご用意しましたじゃ」
――――なんでそんなモンもってくんねん。なに農民が色気出しとんねん。
お前、地蔵にチーズフォンデュお供えするヤツ、一回でも見た事あんのか。
お地蔵さんは思います。
「専用の容器も準備しましたので、どうぞご堪能くだされ。
あたたかいチーズをかけた野菜やソーセージは、また格別ですぞ」
――――出来へんて。わし石やし、チーズつけて食うとか無理やて。
お地蔵さんはそう抗議しますが、いまも目の前でウイィィーンと音を立てているチーズフォンデュの機械を前に、もう何も言えなくなりました。
「今日はお地蔵様に、南蛮の風を感じてもらいましたじゃ。
世界は広いですなぁお地蔵様。いろんな食いモンがありますじゃ」
――――あわとひえ持ってこい。あわとひえでええねん。次から。
お地蔵さんは一生懸命に念話で語り掛けますが、男はそれを気にする事なく去っていきます。
とりあえずお地蔵さんは、お供えしてもらったグランデ・アドショット・ヘーゼルナッツ・バニラ・アーモンド・エキストラホイップ・キャラメルソース・ランバチップ・チョコレートクリーム・フラペチーノを飲み、「甘ッ!?」と思うのでした。
………………………………
………………………………………………………………
「あんたぁー! しっかりしとくれよ! あんたぁー!」
「ぬおおぉぉ……」
それから数十年後。
毎日お地蔵さんのもとに来ていた男も、ずいぶん年を取ってしまいました。
いま男は、愛する奥さんに看取られながら、その生を終えようとしている所でした。
「そんな! あんなに信心深かったあんたが!
毎日欠かさずお供え物だってしてたのに! 死んでしまうだなんて!」
「仕方ない事じゃよ。いくら信心深くても、人間は老いには勝てんのじゃ……。
むしろお前と60年も連れ添い、寿命まで生きられた事は、とても幸せな事じゃて」
まぁお地蔵さんにしていたお供え物って、ベルマークとか、やった事もないゲームの攻略本とか、ガリガリ君ナポリタン味とかだったりするのですが……。
一応そんなのでも、お供え物はお供え物です。
ちなみにですが……男の死に関しては、あのお地蔵さんは何も関与しませんでした。
いつも仕事の無事であったり、男の健康であったりを祈ったりはしてあげましたが、別段特別な加護を授けたりはしていません。
男が贈ってきたのが普通のお供え物ばかりであったなら……と少しだけ思いますが、お地蔵さんは彼を特別扱いはしなかったのです。
「けれど、無念じゃ……。
長年の夢であった“世界征服”も果たせぬまま、無念の内に果てるとは……」
「えっ、あんたそんな事しようと思ってたの?!」
奥さんは60年連れ添いましたが、まさか自分の夫がそんな野望を持っていただなんて、思いもしませんでした。
ただの農民だと思っていたのに。
「じゃが、わしはここで死すとも……子孫たちが。
わしの子孫たちが想いを受け継ぎ、きっと果たしてくれるハズじゃ……!」
「あんたぁー! 死なんとってぇー! あんたぁー!」
「なんたってわしは、この60年もの間、毎日かかさずお供え物をしていたのじゃから……。
きっと膨大な量の“徳”が貯まっておるハズじゃて!
う゛っ! 子孫たちよッ! わしの屍を越えてゆけッ!! …………ぐふっ!!」
「あんた?! あんたぁぁああああっっ!!」
――――それは、
ちょっとアレなお供え物のセンスはともかく……確かに男のおこなってきた善行は、しっかり“徳”となって積み重なっていました。
それは年老いた男に幸福をもたらす事はありません。……まぁお地蔵さん的にも、こやつを幸せにしてやるのは「なんか違う」という想いがあったのでしょう。
しかし老人となるまで男が積み重ねてきた徳は、しっかりと
彼の子孫たちには、それはもうとんでもない位の幸福がもたらされるのです。
きっと男の子孫たちは、頑張れば頑張るほどに、幸せを掴める事でしょう。
そしていつの日か、彼の宿願であった“世界征服”の夢を、叶える日が……。
………………………………
………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
時は流れ、現代――――
300年続いた徳川の世も終わり、街に沢山の自動車が行きかう、令和の日本。
「――――待ってろよ爺さん! 爺さんの果たせなかった夢は、この俺がッ!!」
いま長い時を越え、ひとりの若者の覇気に満ちた声が、空へと木霊したのです。
~つづく~