【リレー】今日もカオスなもんじゃ焼き   作:リレー小説実行委員会

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【劇場版】マジンガー絶頂(Z) Ⅱ

 

 

 

「うぅ……ああぁ……! あぁーっ……!」

 

 たくさん泣いた。前が見えなくなるくらい。

 真っ暗闇、ひとりっきりの世界で、涙を流し続けた。

 

「えぇえっ……! ぐすっ……! ぐすっ……!」

 

 “任務”の後は、いつもこう。

 とめどなく悲しみと恐怖が込み上げてきて、立っていられなくなる。

 

 わたしは現場をはなれ、ひとり安全な場所まで辿り着いた途端、崩れ落ちるみたいにして、その場に蹲った。

 顔を覆って、声を噛み殺しながら、ひとり泣き続ける。

 

 ペタンと地面に座ったから、膝やおしりは泥まみれ。

 それに、さっき殺した人達の返り血で、わたしの着物は酷く汚れているハズだった。

 でも気にしない。ここは真っ暗だし、誰も居ないから。人に見られる心配をしなくてすむ。

 それに着物の汚れなんて、気に掛ける余裕もないから。

 

 本当は、はやく帰らなくちゃいけない。

 すぐにこの場を離れ、みっつめのセカイに……“里”に戻らなくては。

 任務を終えたら、ただちに帰投すべし。けして標的以外の現世(うつしよ)の者共に接触してはならぬ。姿を見られてはならぬ――――

 そう親方様に言い付けられているから、いつまでもこんな所で、泣いてはいられないんだ。

 けれど……どうしてもわたしの足は、動いてくれなかった。

 

 圧し潰されそうな悲しみが、わたしを跪かせる。重りみたいに地面に繋ぎ止める。

 さっき聞いた、わたしが殺した人達の悲鳴、絶望に染まった恐怖の顔が、なんどもなんどもフラッシュバックする。ドロドロした赤い光景が、頭を離れない。

 

 

 いやだ、いやだ、いやだ。

 たすけて、たすけて、たすけて――――

 

 

 なんども思った、なんども助けを求めた。いつもいつも。

 わたしがやってきた事、わたしが見てきた物を、無かった事にしたかった。

 誰かに、ここから連れ出して欲しかった。

 姫をさらう王子様のように、連れ去って欲しかった。

 

 わたしを取り巻く、全て。

 義務や、里や、任務や、宿命から、助けて。

 そう何度も願った。いつもそればかりを思っていた。

 

「えええんっ……! うえぇぇぇんっ……!」

 

 だけど……、それは決して届くハズないのを、わたしは知っていたんだ。

 あの里に生まれてしまった以上、わたしの運命など、もう決ってるんだから。

 これからもわたしは殺し、殺して、殺し続ける。……あの里に囚われ続ける。

 

 それはずっと変わらない。

 未来永劫、けして逃れられない、宿命。

 いつか死んでしまう、その時まで。ずっとこのままなの。

 

 だからこの声も涙も、暗闇の中に消える。今この時だけの物。

 誰にも知られる事なく、いつものように溶けていくんだって。

 ……そう、思っていたのに。

 

 

 

『――――フリィィィザァァァーーッッ!!!!』

 

「 わひぃっ!?!? 」

 

 突然、眼前にある茂みの中から、ガッサァと()()()が飛び出して来た。

 なんか「だりゃりゃりゃあーっ!」と、悟空がパンチを繰り出す時みたいな声をあげながらだ。

 当然のごとく、わたしはビックリして〈ドテェー!〉っとひっくり返る。

 

「出て来ぉい! フリーザァーッ! 俺はオメェを許せねぇぇぇーーッッ!!!!」

 

「わぁーっ!?!?」

 

 いきなりこの場に現れた、見知らぬ男の子。

 彼はなにかを叫びながら、「うぉぉぉ!」って感じで木によじ登ったり、そっから隣の木に飛び移ったり、大暴れし始める。

 

 きっとだけど、この子は今“ドラゴンボールごっこ”をしているのだろう。

 脳内でフリーザと戦っている所を思い描きながら、スーパーサイヤ人にでもなったつもりで、ひとりこの場を駆けまわっている。

 たぶん途中で木に登ったり降りたりするのも、ドラゴンボールの空中戦をイメージしての事かもしれない。

 

「……ん、なんだオメェ? どーしてこんなトコにいるんだ?」

 

「あ、あわわわ!」

 

 暫くし、脳内スーパーサイヤ人に興じていた彼が、こちらに気が付いた。

 さっきまであんなにエキサイトしていたのに、呼吸ひとつ乱していないのが凄い。これは暗殺者の里に生れたわたしをしても、驚愕のフィジカルだった。

 

 

「――――おっす! おらマスターP!

 今日は家族でキャンプしに来たぞっ!」

 

 

 なぜかジャンプ漫画の主人公みたいな喋り方。

 マスターPと名乗った少年が、地面にへたり込んでいるわたしに、握手を求める。

 ニコッと爽やかに笑いながら。

 

「いっぺぇメシ食ったから、腹ごなしに修行してたんだっ!

 この森って、川とか崖がいっぱいあるし、いい修行になんじゃねーかって!

 オメェは何してんだぁ?」

 

「……」

 

 ちなみにだけど、ここはとある森の奥深く。

 もうとっくに日が落ちているし、とても子供が一人で来るような場所じゃない。

 きっとこの6才か7才くらいの少年は、家族とやって来たというキャンプ場で遊びまわる内、勢いあまって森の中へ入ってしまったのだろう。

 この子は今テンションMAXで、まったく自覚してないんだろうけど……立派に遭難していた。

 親からはぐれ、こんな所まで来てしまったのだから。ひとりで帰れるかどうか怪しい。

 

「なんだオメェ、んなトコにへたり込んでよぉ。

 元気ねぇなぁ! 仙豆くうか仙豆?」

 

 確かこの辺に~、とか言いながら、男の子はズボンのポケットをゴソゴソ。

 そしてすぐ、入れてあったらしきチョコボールの箱を取り出し、「ほれ!」とこちらに差し出す。本当に何気ない仕草で。

 

 一瞬――――殺そうかと思った。

 反射的に、わたしの手が懐の小太刀に伸びそうになる。

 

 顔を見られたからには、生きて帰せない。目撃者は必ず消せと、わたしは教えられている。

 今のほほんと微笑んでいる少年の首筋に、抵抗する間もなく小太刀を一閃し、息の根を止める。そのビジョンがハッキリ脳裏に浮かぶ。わたしが今から行うべき行動として。

 けれど……。

 

「ほれ、手ぇ出せ手!

 これ食えば、どんな怪我だって治っちまうんだぜ! すーぐ元気になれっぞっ!」

 

 なぜかわたしの手は、そっと彼の方に伸びた。

 懐の小太刀ではなく、彼が差し出してくれた仙豆(チョコボール)を受け取るため、お皿の形を作って。

 

 何故そうしたのか、何故すぐ殺さなかったのか、わたしには分からない。

 ただ……当たり前みたいにお菓子を分けてくれた。エグエグと泣いている見知らぬ女の子に、ニコッと微笑んでくれた。

 そんな男の子の優しさが、私にすべてを忘れさせたのかもしれない。

 

 自分が取るべき処置も、里の教えも、ぜんぜん行動に移せなかったの。まるで頭と身体が切り離されたみたいに。

 まさか一般人の子と慣れ合うだなんて、自分でも本当に意外だった。普段なら考えられない行為。

 

 きっとわたしは、放心していたんだろう。男の子の眩しい笑顔に照らされて。

 ただP君を見つめるのに、夢中だったんだと思う――――

 

 

 

「今日って“七夕”だろ? 星を見に来たんだよ。

 ここって山ん中だし、よく見えそうじゃん?」

 

 もらったチョコボールを大事にポリポリしながら、P君のお話を聞いた。

 都会っ子である彼は、天体観測が趣味であるという親御さんに連れられ、この人里離れた山へキャンプをしに来たのだという。

 初めての野外炊飯をしたり、四苦八苦しながらテントを立てたり、家族みんなで花火をしたり。今日はすごく楽しい一日だった~と、わたしに教えてくれた。

 

「なぁ、短冊書いたか?

 お願いごと書いたら、織姫サンと彦星サンが叶えてくれんだってな!

 わい何にしよっかなーって、ずっと考えててさぁ~。困ってんのさぁ~」

 

 夢中になって聞いた。わたしは時を忘れ、ずっとPくんと話し込んでた。

 ……まぁ遭難している彼を、さりげなくキャンプ場まで送り届ける道すがら、だったのだけど。

 でも一緒に並んで歩くのが、とても楽しかった。今まで感じた事が無いくらい、幸せな気持ち。

 

 彼の表情は、まるで万華鏡のようにコロコロ変わる。

 修練と任務を繰り返す、人を殺し続ける……。そんなわたし達の人生では決して出会うことの無い、感情豊かな人。掛け値なしに優しい人。

 私にとって、彼は決して手の届かない、眩しい物に見える。“普通”という名の、キラキラした憧れ、そのもののような。

 

「えっ、やった事ねぇの?! ウッソだろおい!?

 ならお前も書こうぜ! 今もってっからさぁ!

 何をお願いすっか、いっしょに考えよう! 頼むよ頼むよー」

 

 彼が山道を立ち止まり、またポッケをゴソゴソ。カラフルに色が付いた紙の束と、サインペンを取り出す。

 

「ほらお前んだ。好きなん書けよ。

 あっち帰ったら、一緒に飾っといてやっから。わいにまかしとけ!」

 

 

 ニカッと笑い、わたしに短冊を手渡してくれる。

 

 わずかに触れあった手が、とてもあったかくって、ドキドキした――――

 

 

 

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 

 

 

「ん? ……あぁ、寝ちゃってたのかぁ」

 

 仕事デスクでうつ伏せになっていた身体を、気だるそうに起こす。

 

「随分とまぁ、懐かしい夢を……。あれからもう10年になるのね……。

 ヤなもん見ちゃったなぁ。別に思い出したくなかったよ」

 

 パシパシとまばたきをし、「うーん!」と身体を伸ばす。

 まだ夢うつつで、頭はぼんやりしているけれど、彼女は顔でも洗って来ようと、一念発起して椅子から腰を上げた。

 

「ま、これも何かの(おぼ)し召しかも?

 なんてったって、あのP君の夢だからね」

 

 自分以外は誰も居ない、デスクライトの灯りだけが照らす、薄暗い自室。

 そこには得も知れぬ機械、巨大な装置、ポコポコと水泡があがっているカプセル型の水槽などが並ぶ。まさにマッドサイエンティストの研究室、といった風情だ。

 

 彼女はスタスタとスリッパの音を響かせ、薄明りを頼りに洗面所へ。

 そして数分がたった後、あたたかな湯気を放つコーヒーカップを手に、この場に戻って来た。

 

「もう6時半か。これ飲み終わったら、そろそろ仕事を始めなきゃね。

 小雪ちゃんが待ってるわ♪」

 

 

 

 組織の命によって、彼女がこの美星中央病院に潜入してから、早三か月の時が経過している。

 当初は秋月小雪の調査が任務だったのだが、ここ最近になって、組織の裏切り者である“ワーキングプア侍”が、よく小雪の病室を出入りするようになったせいで、その監視も任務の内に含まれるようになってしまった。

 それに、どうやら裏秋月の当主らしき、よく分からん極道の男までセットだというのだから、彼女のストレスはマッハだ。

 

 これってもう、一介の構成員(兼組織のサイエンティスト)に任される仕事じゃない気がしてる。無駄に戦闘力高いからねアイツら? バカみたいに強いのよ。

 

 しかも、しかもだ。

 ここに来て、それとはまた別の任務が、新たに命じられたと言うのだから驚きだ。

 きっと親方様……いや()()()()()()()の気まぐれか、単なる思い付きなのだろうが。そのお鉢がこちらに回って来るというのは、ホント如何なものかと思う。

 

 まぁこの任務に関しては、他ならぬ自分こそが最適任者である、というのは理解できる。

 でも小雪ちゃんの事でクッソ忙しい私に対し、今度は()()()()P()()()()とは、どういう事だ?

 ヤツの金玉もいで、私の前にキッチリ2つ並べなさぁ~い♨ ……とはどういう了見だ?

 

 いくら組織の長とはいえ、ちょっと人使いが荒すぎやしないだろうか? 明らかな労働過多である。

 おかげでここ一か月ほどは、調査だの研究だの監視だので、ロクに寝ていない。

 彼女の人目を奪うほどに美しい肌も、荒れに荒れ放題である。化粧でなんとかしてるけども。

 

 

 

「まっ、すでに手は打ってあるし。

 P君については、片手間で大丈夫でしょう。()()に全部任せるわ」

 

 さっと姿見で髪を整える。彼女のトレードマークとも言える銀髪のツインテールが、左右にピョコッと跳ねる。

 そしてクイッとメガネの位置を直し、羽織っていた白衣を脱ぎ捨て、いつもの()()()()姿()()

 ここ美星中央病院の患者達から、「美の化身」だの「おエロ様」だのと崇められている、ボンキュッボンな均整の取れたボディラインが、クッキリとあらわに。

 

「はぁい小雪ちゃん、ご機嫌いかが♪

 昨日貸してあげた薄い本は読んだ? でゅふふふwww」

 

「あっ、力石さん! おはよーございます♪」

 

 自室である研究室を出て、まっすぐ小雪の病室へ。

 扉をくぐり、その顔を見た途端、小雪の嬉しそうな声が聞こえてきた。

 

 

 彼女の名は――――爆乳ナイチンゲールこと力石さん。

 

 ここ美星中央病院のナースであり、組織の命により潜入調査を行う“クノイチ”の女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 あのアメフトタックル(歓喜のハグ)より5分後の、美星鎮守府(六畳間アパート)

 お日様が真上に昇り、とても気持ちの良い陽気の中、マスターP氏は国籍不明の“押し掛け愛娘”ことHitomiを伴い、駐輪場に足を運んでいた。

 

「パパだいじょうぶ?

 血まみれだし、吐血もしてるし、ちょっと休んだ方が……。

 きっと臓器が損傷s

 

「気にすんなってHitomi。こんなの美星町じゃ、日常茶飯事だぜ?」

 

 優しく付き添われながら、ゆっくりと歩く。

 これは自分のせいという事もあり、彼女の方はすごく不安気な顔だが、P氏は「へっちゃらへっちゃら」と気丈に振舞う。

 たとえ今、膝ガックガクでも。ちょっと気を抜くとクルッと白目を剥いてしまうくらい、身体的ダメージを負っていてもだ。

 

「さぁ急ぐぜ、ド〇キが閉まっちまうぜ、わいに付いて来いぜHitomi」

 

「う、うん……でも無理しないでねパパ? あたし買い物なんて別に……」

 

「遠慮すんなぜ、人間には215本も骨があんのぜ。アバラの5,6本が何だぜ」

 

「なぜ急に“ぜ”を付けだしたの? そんなんじゃなかったのわよ」

 

 今日からわいはお父さん! 娘にいいトコ見せたい!

 そんな想いがアリアリと滲み出ていた。分かりやすい男である。

 

「それより見ろよHitomi! ――――そぉぉうあ゛っ!!」

 

「?」

 

 駐輪場の一角にて立ち止まったP氏が、その場にある防護シートのかかった乗り物に手をかけ、おもむろに引っ張る。

 シートがブァサッ! と勢いよく翻り、中からとても大きなバイクが姿を現した。

 これはハーレーダビッドソンのFLHTCU-I S/C。いわゆるサイドカーだ。

 

「すごい! あたしこんな立派なバイク、見たこと無いっ……☆」

 

「ウケケケ! 町長になったら、絶対ハーレー乗ってやろうって、そう決めててさぁ!

 昨日よーやく届いたんだけど、ナイスタイミングですねぇ!」

 

 巨大なバッファローを連想させるような、重厚感のある黒いボディ。

 ふっといタイヤに、ピッカピカに光るエンジン。そして車体の右側に取り付けられている、かっこいいサイドカーが男心をくすぐる。

 何より、排気量なんと1450ccという、まさにモンスターマシンというべきバイク。めちゃめちゃカッコいいハーレーなのだ。

 

 マスターP氏は「がっはっは!」と胸を反らして笑う。

 隣に立つHitomiに「すごいすごい!」と褒められ、とてもご満悦の様子だ。

 まぁローンを払い終わる前に、町長解任されてるんだけども。お値段170万円也

 

「ほら乗れよ乗れよ~。遠慮すんなよHitomi~。

 これからこのサイドカーは、Hitomiの指定席だ! お前のだかんなー!」

 

「う……うんっ! ありがとうパパ!!」

 

 感激しながら、イソイソとサイドカーに乗り込む。

 まぁぶっちゃけ、身体の大きなHitomiがハーレーの本体に跨った方が、見栄えはするのだろうが……それは言いっこなしである。

 彼女は慣れないサイドカーに少し緊張しつつも、パパの優しさと男らしさを感じて、とっても嬉しそうな様子。絵に描いたようなホクホク顔だ。

 

 ド〇キやニ〇リに行くのに、こんな御大層なハーレーで?

 正直そう思わないことも無いのだが、二人が楽しそうだからOK。何の問題もないのだ。

 

「んじゃあ出発すんぞーぅ? しっかり掴まっててくれよな! 頼むよ頼むよ~」

 

「はーい♪ 了解わよパパー♡」

 

 イグニッションキーをONに入れ、ブォンとエンジンを吹かす。

 その低くて、大きくて、カッコいい音は、まさにヒーローの乗り物だ。

 二人のテンションは天井知らずに上がり、トクントクンと胸が高鳴る。目がキラキラ輝いている。

 

「いっくぜぇマスターP号・ウォルターウルフ! ()(パツ)だぁぁぁーーッ!!」

 

「ゴーゴー♪」

 

 グッとアクセルを入れ、一気に走り出す――――

 会ったばかりの愛娘を乗せた【マスターP号・ウォルターウルフ】は、一直線に電信柱に激突。大破した。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 Hitomiは綺麗だと思う。

 親の贔屓目を抜きにしても、とても魅力的な女の子。

 

「……っ! ……っ!」

 

 けれど今、Hitomiはお父さんの背中に必死に隠れるように、小さく縮こまりながら大通りを歩いている。

 まぁ小さくといっても、P氏より()()()()は大きいし、ぜんぜん隠れてないような気もするが。

 

「おっ、どうしたどうした? なんかあったかHitomi?」

 

「……ううん」

 

 背中に向かって問いかけるも、なしのつぶて。

 今もHitomiは、出来るだけ人に見られないようにするように、マスターP氏の背中にピッタリくっついている。

 まぁくっつくと言っても、二人の身長差が物凄い事になっているので、なんか【ウサギの人形を抱えている女の子】みたいな感じにしか見えないが。

 たまにリアルにひょいっとP氏を持ち上げ、人目を避ける盾のように使ってたりするし。本当にお人形さんみたいな扱いだ。

 

「あの……あたしって“おっきい”でしょ? だから恥ずかしくって……。

 みんながチラチラこっち見てるの、わかるモン……」

 

「おん?」

 

 モジモジと赤面。さっきまでの元気な姿とは裏腹、「しゅん……」としている様子。

 

「あたしが話しかけると、みんなギョッ!? って顔をするの。

 道を訊いたり、お店を訊いたりしたいだけなのに、ピューって逃げてっちゃう人もいる。

 きっと、あたしの事コワイんだと思う……。

 だからあたし、人に見られるのが、ヤなの……」

 

 

 

 何も分からないままで、美星町を彷徨っていた一か月の間、Hitomiはずっと独り。

 誰も彼女に手を貸さず、話に耳を傾けようとする者は、居なかった。

 

 

 Hitomiは“196㎝”という、非常に高身長な子。

 しかも、神話の世界から出てきたかのような、とてつもない肉体美を誇る。

 たとえ女子ボディビルの世界大会であっても、これほど身体の大きな女性は、非常に稀だろう。

 

 身体が引き締まっているとか、マッスルだとか、そんなレベルじゃない。

 彼女の肉体は、もうビックリするくらいに()()()()()

 これを見た者がみんな、「ぱちくり」とまばたきをし、我が目を疑ってしまうほどに。

 

 一般的に、理想的なバランスとされているのは八頭身ほどだが、Hitomiは非常に小顔な子であり、もう11とか12頭身に見える。

 しかも、ただ身体がデカイのかというと、決してそういうワケじゃなく……とても足が長くて、スラッとした体形。女性誌のモデルさんみたいなのだ。

 

 筋肉があると言っても、女性らしい丸みや“しなやかさ”はしっかり備えているし、決してゴリラと形容されるようなゴツさでは無い。

 普通これほど背が高ければ、巨人みたく「ぬぼぉ~!」っとして見えちゃいそうな物なのに、Hitomiに関してはスラッとして見える程だ。

 むしろその引き締まった筋肉が、高身長である事とマッチして、美しさを演出しているのだろう。

 

 2つのメロンを連想しちゃうような、ダイナマイト・バスト。

 岩や板チョコを思わせるような、ゴツゴツでバキバキの腹筋。

 これも彼女という女の子を彩る、大切なチャームポイントに他ならない。

 

 まるで神様がデザインしたかのような、奇跡的なまでのバランス――――

 有り体に言えば、アニメでも漫画でも見たこと無いくらい、()()()()()()()()()()()()()女の子だった。

 

 ……確かにP氏と並んで歩けば、その身長差は目立ってしまうだろう。

 でも仮に、彼女ひとりで写真でも撮ろうものならば、人々はその作品を見て、きっと感嘆の声を漏らす事だろう。

 ――――まるで女神みたいに綺麗な人だ、と。

 

 

 ようは、そんな美の化身アフロディーテみたいな女の子に、「ちょっとすいません」と声を掛けられたなら、素面を保っていられる人間など存在するハズもない、ってだけの話。

 相手は、明らかに存在としてのカテゴリーが違う、生き物として“格上”だとハッキリ分かるような、とんでもなく綺麗な女性なんだから(しかもエロいナースコス着てるし)

 

 Hitomiが話しかけた、または彼女の姿を見た誰しもが、「あわあわ!」と狼狽えたり、ギョッとして後ずさったり、ポカーンと口を開けて硬直したりした。

 それをHitomiは、「あたしが怖いからなんだ」と、ネガティブに解釈しているに過ぎない。

 すでにこの子と打ち解けているP氏から見れば、それは盛大なまでの“勘違い”。

 

 今も自信なさげに俯き、赤面しながらモジモジと恥じらっている、“おっきな”女の子。

 見た目とは裏腹かもしれないが、その姿を「カワイイ」と思ってしまう自分は、おかしいんだろうか? マスターP氏は思う。

 

 普通これだけ容姿が優れていたら、自信満々だったり、傲慢だったりしそうな物なのに……。

 でもHitomiはとても恥ずかしがり屋で、パパの背中にサッと隠れちゃうような、愛らしい子だったのだ。

 

 

 

「でもたまにだけど、あっちから話しかけてくれる人もいたヨ?

 たいていは、なに言ってるのかよく分からなくて、『日本語わかりませーん』で済ませちゃうケド……」

 

「なぬ?」

 

 ピキッ! とP氏の表情がこわばる。

 Hitomiはこんなにも綺麗な子なのだ。なんぞ良からぬ事を考えて声をかける輩がいても、まったく不思議じゃない。

 早くも親としての庇護欲に目覚めたか。P氏は僅かに眉間に皺を寄せつつ、そりゃーどんなヤツだと訊ねる。

 

「大学生くらいの、痩せっぽっちな男の人がね?

 ダダダって駆け寄って来るなり、『貴方のために3分間祈らせて下さい』って。

 あたしの足元にハハーッ! って跪いたのわよ」

 

「――――気持ち悪ッ!? なんだソイツおい!?!?」

 

 変な宗教でもやってるのか、あんまりにも綺麗だからつい跪いちゃったのか。

 彼が何を思っていたのかは、知る由も無い。

 

「あたしが道路脇に立ってたら、何故か『ありがたや、ありがたや』ってナムナム拝んでいくオジイチャンとか。無言でご飯をお供えしてくれるオバアチャンとかもいるヨ?」

 

「ゴッドに見えてんのかHitomiは!? すげぇな俺の娘!!」

 

「空手着とか柔道着のオジサンが、『俺と戦ってくれ』って訪ねてきたり。

 どれだけ言っても帰ってくれないから、適当に腹パン入れたげたら、川にドボーンと落ちてね? ぷかぷか流されていったヨ」

 

「範馬勇次郎じゃねーか! 武の(いただき)を目指す者達の、目標になっとる!!」

 

「下校中のちびっ子達に見つかったら、もうタイヘン。

 メッチャあたしのおっぱい触ってくるし、腹筋にボールとかぶつけてくる……。

 だから頑張って逃げるの」

 

「意外な弱点あったな!?!?

 屈強なオッサンには勝てても、小学生には勝てんか! ヤツらは無邪気に残酷だかんな!」

 

 Hitomiが来ているナース服は、やたら胸が強調されたデザインだし、しかも極端に丈が短いのでお腹が丸見えだ。加えて彼女はものすごーく丈夫そうな女の子。

 あれか、遊園地の着ぐるみマスコットを見ると、ポコポコ殴りたくなるみたいな。

 子供達がイタズラしたくなっちゃうのも、なんか分かる気がした。恰好の標的である。

 関係無いけれど、小学生の子達から「わーん!」と逃げるHitomiを想像してみると、なんかカワイイ。

 

「だからネ? あたしパパと会えて、ホントに嬉しいのわよ♡

 もうひとりじゃないモン! もう寂しくないモーン! えへへ♪」

 

 ギューっと抱き着く。もうハートマークが見えそうなくらい、幸せそうな顔。

 本当は恋人みたく、腕にしがみ付ければ良いのだが、この身長差だ。

 Hitomiは例によって、P氏をお人形さんのように抱きあげて、ほっぺをスリスリ。とってもパワフルな娘であった。

 

「とりあえず、どっから攻めますかねぇ!

 日用品や衣服は必須として、Hitomiは他に欲しいモンあるか?」

 

「うーん、どうだろ? ベッドはパパといっしょに寝るから、別にいーし。

 服とかシャツも、パパのを借りたらいーと思うし、やっぱいらないかナー?」

 

「はっはっは。ちょっと待ちやがれ下さい」

 

 それでいいのか女の子、とばかりに待ったをかける。

 半ば押し掛けのような形だし、「金銭的な負担をかけたくないと遠慮してるのか?」と疑ったが……どうやらこの子は本気で言っているようだ。

 Hitomiいわく「出来るだけパパといっしょのがいい」との事。年頃の娘さんにあるまじき発言。

 

「いや要るだろ。下着とか化粧品とか、あと()()()()とか……」

 

「ダンベル? なにそれ?」

 

 Hitomiにぶらーんと抱きかかえられながらも、その逞しい二の腕を凝視。

 すげぇ、ドーラが食ってたハムみてぇだ。わい普通に55㎏くらいあるのに、ぜんぜん疲れた素振りないし。めっちゃ安心感あるし。

 

「プロテインも買わなきゃな。

 サプリメントとか、ノンオイルのシーチキンも」

 

「そんなの要らないヨ? あたし普通のごはんが良いのわよ」

 

「えっ、日々の絶え間ぬ鍛錬と食事が、筋肉を作るんだろ?

 お前まさかっ……筋肉を裏切るつもりか!?

 そんなのお父さん許しませんよ! なめてんのかテメェ!!」

 

「い、いらないったら。別に鍛えてないモン……。

 なんかあたし、普通にお水飲んでるだけで、()()()()()()()()()()

 

「――――なにそのD.N.A!? 生まれついての虎ッ?!?!」

 

 黒人も真っ青の体質。

 考えてみれば、Hitomiはここ一か月ほど衣食住にも不自由してたんだし、ロクな食事を摂っていなかったハズ。それでこの肉体美なのだ。

 彼女の言っている事の信憑性を感じる。

 

「あー、でもひとつだけ欲しい物があるカモ。

 ワガママ言っちゃうけど、お願いしてもいーかな……?」

 

「おっ、いいですねぇ! 来いよ来いよHitomi!

 どんどんワガママ言って良いんだぞぅ!」

 

「うんっ、ありがとうパパ!

 あの……あたしね?」

 

 満面の笑みでYES。

 屈強な見た目してる割には、どこか控え目でシャイなHitomiの、初めてのおねだり。

 これは是非聞いてやらねばと、「ふんすふんす!」と鼻息を荒くして、彼女に向き直る。

 けれど……その時。

 

 

『――――見つけたわ! この泥棒猫ッ!!』

 

 

 突然、この場に大きな声が響き渡り、二人の幸せな空気を壊す。

 

「よくも私のPさんを盗ったわねっ! おんどれ生きて帰さんぞ! ぷんぷんっ!!」

 

「らっ……ランカ!?!?」

 

 振り向けば、そこにランカ・リーの姿。

 イエローを基調とした、フリフリの愛らしい衣装。ミニスカートとニーソックスがとても良く似合っている。まさにアイドルって感じの恰好だ。

 しかし……いつもと決定的に違うのは、いま彼女が()()()()()()()()という事。

 顔を真っ赤にし、ブルブルと怒りに震えながら、両手で包丁を握りしめているのだ。こちらに突き付けるような恰好で。

 

「アルト君への想いを捨てて、こんな冴えないフツメンを選んだのに、寝取られるなんて……!

 許さないんだから! この大女ぁ! きぃえぇぇぇーーーーいッッ!!!!」

 

「ちょま゛……!?!?」

 

 そして! 勢いよく突進してくる! まっすぐこちらに向けて!

 あまりに突然のことで、マスターP氏はパニック。冷静な思考が出来ない。

 そもそも彼はまだ17才なので、このような修羅場の経験など、あろうハズもないのだから。

 女の子が! 愛憎に狂い! 包丁握りしめて走ってくるのだから!

 

「死ねぇぇー! マスターPぃぃぃーーっ!!

 泥棒猫といっしょに、十万億土を踏めェェェーーッ!!!!」

 

 ふいに、ファッと身体が浮く。状況を理解する間もなく、マスターP氏が宙を舞う。

 なんか凄い力によって、自分の身体が“放り投げられた”という事を、P氏はドスンと尻から地面に着地する時まで、認識出来なかった。

 

「バカな子……。

 ケンカに刃物は無粋、って教わらなかった?」

 

 慌てて声のほうに向き直れば、そこにはランカと寄り添うようにして仁王立ちする、Hitomiの姿。

 先ほど、P氏をとっさに放り投げた後、一人でランカの突進を受け止めたのだろう。

 今も彼女は、懐にいるランカを見下ろすような姿勢で、じっとその場に佇んでいる。

 

「殺したかったの? ずいぶん思い切ったネ。

 でも――――あたしがリアルに腹筋を固めた時は、()()()()()()()()()()

 

 カラーン! と音が鳴った。

 柄の根本から()()()()()包丁の刃が、アスファルトに落ちる音だった。

 

 いまランカの眼前にあるのは、少し赤い痕が付いた程度の、バッキバキに隆起したシックスパック。彫刻のように見事な腹筋だ。

 彼女はもう「あわわ……!」という顔。対してHitomiの方は、静かな表情で彼女を見つめる。

 刃物で一方的に攻撃されたというのに、怒るでも叱るでも、騒ぐでもなく。

 

「貴方の負け。今日はもう帰りなさい。

 勝負がしたいんなら、またいつでも来て良いから」

 

 

 

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 

 

 ランカは目をまん丸にし、狼狽えながら走り去って行った。

 言葉なく、何もいう事が出来ず。

 ただただHitomiの静かな目と、優しい声に従うようにして。

 

 その光景を、P氏はずっと見ていた。

 情けない事だけど、地面にへたり込んだまま。ワケも分からず眺めているしか無かった。

 刃物を持った女の子のケンカなど、若い彼には対処出来ようハズもないんだから。仕方ないと言える。

 

「あ、さっきの話だけどネ?」

 

 ふいにHitomiがこちらを振り向き、スタスタと歩いて来た。

 何事も無かったみたいに、普通に。

 そしてさも当然のように、「よっ!」と軽い掛け声と共に、P氏を起こしてやった。

 というかコレ、“お姫様だっこ”だ。

 

「実はあたし、目があんまりなのわよ。

 さっきだって、あの子が包丁を握ってる事も、すぐ近くに来るまで分からなかった……」

 

 さっきまでの冷静さはどこへやら。Hitomiは悲しそうな顔。

 

 

「だからネ……? “メガネ”が欲しいかもしれない。

 あたしに似合うのを、パパに選んで欲しいの――――」

 

 

 危険な目に合わせて、ゴメン……。

 そう済まなそうに告げてから、一転して頬を赤らめてモジモジ。身をよじってクネクネ。

 それが本当に綺麗で、いじらしくて……。思わずP氏は一瞬見とれてしまった。

 

「おう任せとけっ!

 パパがカワイイの選んでやっからな! Hitomiにピッタリのヤツ!

 そんじゃあ行きましょうねぇ!」

 

 元気に言い放つ。この空気を吹き飛ばすみたいに、彼らしい笑顔で。

 

 

「あ、でも降ろせ下さいます?

 自分で歩けるっつーの! わしゃピーチ姫かっ!」

 

「えー。あたしこのままがいいナー? パパあったかいし♡」

 

 

 

 

 

 そんなやり取りをしつつ、ふたり並んで歩く。

 今度はだっこじゃなくて、仲良く手を繋ぎながら。

 

 大人と子供くらいの酷い身長差だし、通りすがる人達にジロジロ見られたけど、二人は全然気にしなかった。

 

 

 

 

 

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