【リレー】今日もカオスなもんじゃ焼き 作:リレー小説実行委員会
「うぅ……ああぁ……! あぁーっ……!」
たくさん泣いた。前が見えなくなるくらい。
真っ暗闇、ひとりっきりの世界で、涙を流し続けた。
「えぇえっ……! ぐすっ……! ぐすっ……!」
“任務”の後は、いつもこう。
とめどなく悲しみと恐怖が込み上げてきて、立っていられなくなる。
わたしは現場をはなれ、ひとり安全な場所まで辿り着いた途端、崩れ落ちるみたいにして、その場に蹲った。
顔を覆って、声を噛み殺しながら、ひとり泣き続ける。
ペタンと地面に座ったから、膝やおしりは泥まみれ。
それに、さっき殺した人達の返り血で、わたしの着物は酷く汚れているハズだった。
でも気にしない。ここは真っ暗だし、誰も居ないから。人に見られる心配をしなくてすむ。
それに着物の汚れなんて、気に掛ける余裕もないから。
本当は、はやく帰らなくちゃいけない。
すぐにこの場を離れ、みっつめのセカイに……“里”に戻らなくては。
任務を終えたら、ただちに帰投すべし。けして標的以外の
そう親方様に言い付けられているから、いつまでもこんな所で、泣いてはいられないんだ。
けれど……どうしてもわたしの足は、動いてくれなかった。
圧し潰されそうな悲しみが、わたしを跪かせる。重りみたいに地面に繋ぎ止める。
さっき聞いた、わたしが殺した人達の悲鳴、絶望に染まった恐怖の顔が、なんどもなんどもフラッシュバックする。ドロドロした赤い光景が、頭を離れない。
いやだ、いやだ、いやだ。
たすけて、たすけて、たすけて――――
なんども思った、なんども助けを求めた。いつもいつも。
わたしがやってきた事、わたしが見てきた物を、無かった事にしたかった。
誰かに、ここから連れ出して欲しかった。
姫をさらう王子様のように、連れ去って欲しかった。
わたしを取り巻く、全て。
義務や、里や、任務や、宿命から、助けて。
そう何度も願った。いつもそればかりを思っていた。
「えええんっ……! うえぇぇぇんっ……!」
だけど……、それは決して届くハズないのを、わたしは知っていたんだ。
あの里に生まれてしまった以上、わたしの運命など、もう決ってるんだから。
これからもわたしは殺し、殺して、殺し続ける。……あの里に囚われ続ける。
それはずっと変わらない。
未来永劫、けして逃れられない、宿命。
いつか死んでしまう、その時まで。ずっとこのままなの。
だからこの声も涙も、暗闇の中に消える。今この時だけの物。
誰にも知られる事なく、いつものように溶けていくんだって。
……そう、思っていたのに。
『――――フリィィィザァァァーーッッ!!!!』
「 わひぃっ!?!? 」
突然、眼前にある茂みの中から、ガッサァと
なんか「だりゃりゃりゃあーっ!」と、悟空がパンチを繰り出す時みたいな声をあげながらだ。
当然のごとく、わたしはビックリして〈ドテェー!〉っとひっくり返る。
「出て来ぉい! フリーザァーッ! 俺はオメェを許せねぇぇぇーーッッ!!!!」
「わぁーっ!?!?」
いきなりこの場に現れた、見知らぬ男の子。
彼はなにかを叫びながら、「うぉぉぉ!」って感じで木によじ登ったり、そっから隣の木に飛び移ったり、大暴れし始める。
きっとだけど、この子は今“ドラゴンボールごっこ”をしているのだろう。
脳内でフリーザと戦っている所を思い描きながら、スーパーサイヤ人にでもなったつもりで、ひとりこの場を駆けまわっている。
たぶん途中で木に登ったり降りたりするのも、ドラゴンボールの空中戦をイメージしての事かもしれない。
「……ん、なんだオメェ? どーしてこんなトコにいるんだ?」
「あ、あわわわ!」
暫くし、脳内スーパーサイヤ人に興じていた彼が、こちらに気が付いた。
さっきまであんなにエキサイトしていたのに、呼吸ひとつ乱していないのが凄い。これは暗殺者の里に生れたわたしをしても、驚愕のフィジカルだった。
「――――おっす! おらマスターP!
今日は家族でキャンプしに来たぞっ!」
なぜかジャンプ漫画の主人公みたいな喋り方。
マスターPと名乗った少年が、地面にへたり込んでいるわたしに、握手を求める。
ニコッと爽やかに笑いながら。
「いっぺぇメシ食ったから、腹ごなしに修行してたんだっ!
この森って、川とか崖がいっぱいあるし、いい修行になんじゃねーかって!
オメェは何してんだぁ?」
「……」
ちなみにだけど、ここはとある森の奥深く。
もうとっくに日が落ちているし、とても子供が一人で来るような場所じゃない。
きっとこの6才か7才くらいの少年は、家族とやって来たというキャンプ場で遊びまわる内、勢いあまって森の中へ入ってしまったのだろう。
この子は今テンションMAXで、まったく自覚してないんだろうけど……立派に遭難していた。
親からはぐれ、こんな所まで来てしまったのだから。ひとりで帰れるかどうか怪しい。
「なんだオメェ、んなトコにへたり込んでよぉ。
元気ねぇなぁ! 仙豆くうか仙豆?」
確かこの辺に~、とか言いながら、男の子はズボンのポケットをゴソゴソ。
そしてすぐ、入れてあったらしきチョコボールの箱を取り出し、「ほれ!」とこちらに差し出す。本当に何気ない仕草で。
一瞬――――殺そうかと思った。
反射的に、わたしの手が懐の小太刀に伸びそうになる。
顔を見られたからには、生きて帰せない。目撃者は必ず消せと、わたしは教えられている。
今のほほんと微笑んでいる少年の首筋に、抵抗する間もなく小太刀を一閃し、息の根を止める。そのビジョンがハッキリ脳裏に浮かぶ。わたしが今から行うべき行動として。
けれど……。
「ほれ、手ぇ出せ手!
これ食えば、どんな怪我だって治っちまうんだぜ! すーぐ元気になれっぞっ!」
なぜかわたしの手は、そっと彼の方に伸びた。
懐の小太刀ではなく、彼が差し出してくれた仙豆(チョコボール)を受け取るため、お皿の形を作って。
何故そうしたのか、何故すぐ殺さなかったのか、わたしには分からない。
ただ……当たり前みたいにお菓子を分けてくれた。エグエグと泣いている見知らぬ女の子に、ニコッと微笑んでくれた。
そんな男の子の優しさが、私にすべてを忘れさせたのかもしれない。
自分が取るべき処置も、里の教えも、ぜんぜん行動に移せなかったの。まるで頭と身体が切り離されたみたいに。
まさか一般人の子と慣れ合うだなんて、自分でも本当に意外だった。普段なら考えられない行為。
きっとわたしは、放心していたんだろう。男の子の眩しい笑顔に照らされて。
ただP君を見つめるのに、夢中だったんだと思う――――
「今日って“七夕”だろ? 星を見に来たんだよ。
ここって山ん中だし、よく見えそうじゃん?」
もらったチョコボールを大事にポリポリしながら、P君のお話を聞いた。
都会っ子である彼は、天体観測が趣味であるという親御さんに連れられ、この人里離れた山へキャンプをしに来たのだという。
初めての野外炊飯をしたり、四苦八苦しながらテントを立てたり、家族みんなで花火をしたり。今日はすごく楽しい一日だった~と、わたしに教えてくれた。
「なぁ、短冊書いたか?
お願いごと書いたら、織姫サンと彦星サンが叶えてくれんだってな!
わい何にしよっかなーって、ずっと考えててさぁ~。困ってんのさぁ~」
夢中になって聞いた。わたしは時を忘れ、ずっとPくんと話し込んでた。
……まぁ遭難している彼を、さりげなくキャンプ場まで送り届ける道すがら、だったのだけど。
でも一緒に並んで歩くのが、とても楽しかった。今まで感じた事が無いくらい、幸せな気持ち。
彼の表情は、まるで万華鏡のようにコロコロ変わる。
修練と任務を繰り返す、人を殺し続ける……。そんなわたし達の人生では決して出会うことの無い、感情豊かな人。掛け値なしに優しい人。
私にとって、彼は決して手の届かない、眩しい物に見える。“普通”という名の、キラキラした憧れ、そのもののような。
「えっ、やった事ねぇの?! ウッソだろおい!?
ならお前も書こうぜ! 今もってっからさぁ!
何をお願いすっか、いっしょに考えよう! 頼むよ頼むよー」
彼が山道を立ち止まり、またポッケをゴソゴソ。カラフルに色が付いた紙の束と、サインペンを取り出す。
「ほらお前んだ。好きなん書けよ。
あっち帰ったら、一緒に飾っといてやっから。わいにまかしとけ!」
ニカッと笑い、わたしに短冊を手渡してくれる。
わずかに触れあった手が、とてもあったかくって、ドキドキした――――
……。
…………。
……………………。
「ん? ……あぁ、寝ちゃってたのかぁ」
仕事デスクでうつ伏せになっていた身体を、気だるそうに起こす。
「随分とまぁ、懐かしい夢を……。あれからもう10年になるのね……。
ヤなもん見ちゃったなぁ。別に思い出したくなかったよ」
パシパシとまばたきをし、「うーん!」と身体を伸ばす。
まだ夢うつつで、頭はぼんやりしているけれど、彼女は顔でも洗って来ようと、一念発起して椅子から腰を上げた。
「ま、これも何かの
なんてったって、あのP君の夢だからね」
自分以外は誰も居ない、デスクライトの灯りだけが照らす、薄暗い自室。
そこには得も知れぬ機械、巨大な装置、ポコポコと水泡があがっているカプセル型の水槽などが並ぶ。まさにマッドサイエンティストの研究室、といった風情だ。
彼女はスタスタとスリッパの音を響かせ、薄明りを頼りに洗面所へ。
そして数分がたった後、あたたかな湯気を放つコーヒーカップを手に、この場に戻って来た。
「もう6時半か。これ飲み終わったら、そろそろ仕事を始めなきゃね。
小雪ちゃんが待ってるわ♪」
組織の命によって、彼女がこの美星中央病院に潜入してから、早三か月の時が経過している。
当初は秋月小雪の調査が任務だったのだが、ここ最近になって、組織の裏切り者である“ワーキングプア侍”が、よく小雪の病室を出入りするようになったせいで、その監視も任務の内に含まれるようになってしまった。
それに、どうやら裏秋月の当主らしき、よく分からん極道の男までセットだというのだから、彼女のストレスはマッハだ。
これってもう、一介の構成員(兼組織のサイエンティスト)に任される仕事じゃない気がしてる。無駄に戦闘力高いからねアイツら? バカみたいに強いのよ。
しかも、しかもだ。
ここに来て、それとはまた別の任務が、新たに命じられたと言うのだから驚きだ。
きっと親方様……いや
まぁこの任務に関しては、他ならぬ自分こそが最適任者である、というのは理解できる。
でも小雪ちゃんの事でクッソ忙しい私に対し、今度は
ヤツの金玉もいで、私の前にキッチリ2つ並べなさぁ~い♨ ……とはどういう了見だ?
いくら組織の長とはいえ、ちょっと人使いが荒すぎやしないだろうか? 明らかな労働過多である。
おかげでここ一か月ほどは、調査だの研究だの監視だので、ロクに寝ていない。
彼女の人目を奪うほどに美しい肌も、荒れに荒れ放題である。化粧でなんとかしてるけども。
「まっ、すでに手は打ってあるし。
P君については、片手間で大丈夫でしょう。
さっと姿見で髪を整える。彼女のトレードマークとも言える銀髪のツインテールが、左右にピョコッと跳ねる。
そしてクイッとメガネの位置を直し、羽織っていた白衣を脱ぎ捨て、いつもの
ここ美星中央病院の患者達から、「美の化身」だの「おエロ様」だのと崇められている、ボンキュッボンな均整の取れたボディラインが、クッキリとあらわに。
「はぁい小雪ちゃん、ご機嫌いかが♪
昨日貸してあげた薄い本は読んだ? でゅふふふwww」
「あっ、力石さん! おはよーございます♪」
自室である研究室を出て、まっすぐ小雪の病室へ。
扉をくぐり、その顔を見た途端、小雪の嬉しそうな声が聞こえてきた。
彼女の名は――――爆乳ナイチンゲールこと力石さん。
ここ美星中央病院のナースであり、組織の命により潜入調査を行う“クノイチ”の女。
◆ ◆ ◆
あのアメフトタックル(歓喜のハグ)より5分後の、美星鎮守府(六畳間アパート)
お日様が真上に昇り、とても気持ちの良い陽気の中、マスターP氏は国籍不明の“押し掛け愛娘”ことHitomiを伴い、駐輪場に足を運んでいた。
「パパだいじょうぶ?
血まみれだし、吐血もしてるし、ちょっと休んだ方が……。
きっと臓器が損傷s
「気にすんなってHitomi。こんなの美星町じゃ、日常茶飯事だぜ?」
優しく付き添われながら、ゆっくりと歩く。
これは自分のせいという事もあり、彼女の方はすごく不安気な顔だが、P氏は「へっちゃらへっちゃら」と気丈に振舞う。
たとえ今、膝ガックガクでも。ちょっと気を抜くとクルッと白目を剥いてしまうくらい、身体的ダメージを負っていてもだ。
「さぁ急ぐぜ、ド〇キが閉まっちまうぜ、わいに付いて来いぜHitomi」
「う、うん……でも無理しないでねパパ? あたし買い物なんて別に……」
「遠慮すんなぜ、人間には215本も骨があんのぜ。アバラの5,6本が何だぜ」
「なぜ急に“ぜ”を付けだしたの? そんなんじゃなかったのわよ」
今日からわいはお父さん! 娘にいいトコ見せたい!
そんな想いがアリアリと滲み出ていた。分かりやすい男である。
「それより見ろよHitomi! ――――そぉぉうあ゛っ!!」
「?」
駐輪場の一角にて立ち止まったP氏が、その場にある防護シートのかかった乗り物に手をかけ、おもむろに引っ張る。
シートがブァサッ! と勢いよく翻り、中からとても大きなバイクが姿を現した。
これはハーレーダビッドソンのFLHTCU-I S/C。いわゆるサイドカーだ。
「すごい! あたしこんな立派なバイク、見たこと無いっ……☆」
「ウケケケ! 町長になったら、絶対ハーレー乗ってやろうって、そう決めててさぁ!
昨日よーやく届いたんだけど、ナイスタイミングですねぇ!」
巨大なバッファローを連想させるような、重厚感のある黒いボディ。
ふっといタイヤに、ピッカピカに光るエンジン。そして車体の右側に取り付けられている、かっこいいサイドカーが男心をくすぐる。
何より、排気量なんと1450ccという、まさにモンスターマシンというべきバイク。めちゃめちゃカッコいいハーレーなのだ。
マスターP氏は「がっはっは!」と胸を反らして笑う。
隣に立つHitomiに「すごいすごい!」と褒められ、とてもご満悦の様子だ。
まぁローンを払い終わる前に、町長解任されてるんだけども。お値段170万円也
「ほら乗れよ乗れよ~。遠慮すんなよHitomi~。
これからこのサイドカーは、Hitomiの指定席だ! お前のだかんなー!」
「う……うんっ! ありがとうパパ!!」
感激しながら、イソイソとサイドカーに乗り込む。
まぁぶっちゃけ、身体の大きなHitomiがハーレーの本体に跨った方が、見栄えはするのだろうが……それは言いっこなしである。
彼女は慣れないサイドカーに少し緊張しつつも、パパの優しさと男らしさを感じて、とっても嬉しそうな様子。絵に描いたようなホクホク顔だ。
ド〇キやニ〇リに行くのに、こんな御大層なハーレーで?
正直そう思わないことも無いのだが、二人が楽しそうだからOK。何の問題もないのだ。
「んじゃあ出発すんぞーぅ? しっかり掴まっててくれよな! 頼むよ頼むよ~」
「はーい♪ 了解わよパパー♡」
イグニッションキーをONに入れ、ブォンとエンジンを吹かす。
その低くて、大きくて、カッコいい音は、まさにヒーローの乗り物だ。
二人のテンションは天井知らずに上がり、トクントクンと胸が高鳴る。目がキラキラ輝いている。
「いっくぜぇマスターP号・ウォルターウルフ!
「ゴーゴー♪」
グッとアクセルを入れ、一気に走り出す――――
会ったばかりの愛娘を乗せた【マスターP号・ウォルターウルフ】は、一直線に電信柱に激突。大破した。
◆ ◆ ◆
Hitomiは綺麗だと思う。
親の贔屓目を抜きにしても、とても魅力的な女の子。
「……っ! ……っ!」
けれど今、Hitomiはお父さんの背中に必死に隠れるように、小さく縮こまりながら大通りを歩いている。
まぁ小さくといっても、P氏より
「おっ、どうしたどうした? なんかあったかHitomi?」
「……ううん」
背中に向かって問いかけるも、なしのつぶて。
今もHitomiは、出来るだけ人に見られないようにするように、マスターP氏の背中にピッタリくっついている。
まぁくっつくと言っても、二人の身長差が物凄い事になっているので、なんか【ウサギの人形を抱えている女の子】みたいな感じにしか見えないが。
たまにリアルにひょいっとP氏を持ち上げ、人目を避ける盾のように使ってたりするし。本当にお人形さんみたいな扱いだ。
「あの……あたしって“おっきい”でしょ? だから恥ずかしくって……。
みんながチラチラこっち見てるの、わかるモン……」
「おん?」
モジモジと赤面。さっきまでの元気な姿とは裏腹、「しゅん……」としている様子。
「あたしが話しかけると、みんなギョッ!? って顔をするの。
道を訊いたり、お店を訊いたりしたいだけなのに、ピューって逃げてっちゃう人もいる。
きっと、あたしの事コワイんだと思う……。
だからあたし、人に見られるのが、ヤなの……」
何も分からないままで、美星町を彷徨っていた一か月の間、Hitomiはずっと独り。
誰も彼女に手を貸さず、話に耳を傾けようとする者は、居なかった。
Hitomiは“196㎝”という、非常に高身長な子。
しかも、神話の世界から出てきたかのような、とてつもない肉体美を誇る。
たとえ女子ボディビルの世界大会であっても、これほど身体の大きな女性は、非常に稀だろう。
身体が引き締まっているとか、マッスルだとか、そんなレベルじゃない。
彼女の肉体は、もうビックリするくらいに
これを見た者がみんな、「ぱちくり」とまばたきをし、我が目を疑ってしまうほどに。
一般的に、理想的なバランスとされているのは八頭身ほどだが、Hitomiは非常に小顔な子であり、もう11とか12頭身に見える。
しかも、ただ身体がデカイのかというと、決してそういうワケじゃなく……とても足が長くて、スラッとした体形。女性誌のモデルさんみたいなのだ。
筋肉があると言っても、女性らしい丸みや“しなやかさ”はしっかり備えているし、決してゴリラと形容されるようなゴツさでは無い。
普通これほど背が高ければ、巨人みたく「ぬぼぉ~!」っとして見えちゃいそうな物なのに、Hitomiに関してはスラッとして見える程だ。
むしろその引き締まった筋肉が、高身長である事とマッチして、美しさを演出しているのだろう。
2つのメロンを連想しちゃうような、ダイナマイト・バスト。
岩や板チョコを思わせるような、ゴツゴツでバキバキの腹筋。
これも彼女という女の子を彩る、大切なチャームポイントに他ならない。
まるで神様がデザインしたかのような、奇跡的なまでのバランス――――
有り体に言えば、アニメでも漫画でも見たこと無いくらい、
……確かにP氏と並んで歩けば、その身長差は目立ってしまうだろう。
でも仮に、彼女ひとりで写真でも撮ろうものならば、人々はその作品を見て、きっと感嘆の声を漏らす事だろう。
――――まるで女神みたいに綺麗な人だ、と。
ようは、そんな美の化身アフロディーテみたいな女の子に、「ちょっとすいません」と声を掛けられたなら、素面を保っていられる人間など存在するハズもない、ってだけの話。
相手は、明らかに存在としてのカテゴリーが違う、生き物として“格上”だとハッキリ分かるような、とんでもなく綺麗な女性なんだから(しかもエロいナースコス着てるし)
Hitomiが話しかけた、または彼女の姿を見た誰しもが、「あわあわ!」と狼狽えたり、ギョッとして後ずさったり、ポカーンと口を開けて硬直したりした。
それをHitomiは、「あたしが怖いからなんだ」と、ネガティブに解釈しているに過ぎない。
すでにこの子と打ち解けているP氏から見れば、それは盛大なまでの“勘違い”。
今も自信なさげに俯き、赤面しながらモジモジと恥じらっている、“おっきな”女の子。
見た目とは裏腹かもしれないが、その姿を「カワイイ」と思ってしまう自分は、おかしいんだろうか? マスターP氏は思う。
普通これだけ容姿が優れていたら、自信満々だったり、傲慢だったりしそうな物なのに……。
でもHitomiはとても恥ずかしがり屋で、パパの背中にサッと隠れちゃうような、愛らしい子だったのだ。
「でもたまにだけど、あっちから話しかけてくれる人もいたヨ?
たいていは、なに言ってるのかよく分からなくて、『日本語わかりませーん』で済ませちゃうケド……」
「なぬ?」
ピキッ! とP氏の表情がこわばる。
Hitomiはこんなにも綺麗な子なのだ。なんぞ良からぬ事を考えて声をかける輩がいても、まったく不思議じゃない。
早くも親としての庇護欲に目覚めたか。P氏は僅かに眉間に皺を寄せつつ、そりゃーどんなヤツだと訊ねる。
「大学生くらいの、痩せっぽっちな男の人がね?
ダダダって駆け寄って来るなり、『貴方のために3分間祈らせて下さい』って。
あたしの足元にハハーッ! って跪いたのわよ」
「――――気持ち悪ッ!? なんだソイツおい!?!?」
変な宗教でもやってるのか、あんまりにも綺麗だからつい跪いちゃったのか。
彼が何を思っていたのかは、知る由も無い。
「あたしが道路脇に立ってたら、何故か『ありがたや、ありがたや』ってナムナム拝んでいくオジイチャンとか。無言でご飯をお供えしてくれるオバアチャンとかもいるヨ?」
「ゴッドに見えてんのかHitomiは!? すげぇな俺の娘!!」
「空手着とか柔道着のオジサンが、『俺と戦ってくれ』って訪ねてきたり。
どれだけ言っても帰ってくれないから、適当に腹パン入れたげたら、川にドボーンと落ちてね? ぷかぷか流されていったヨ」
「範馬勇次郎じゃねーか! 武の
「下校中のちびっ子達に見つかったら、もうタイヘン。
メッチャあたしのおっぱい触ってくるし、腹筋にボールとかぶつけてくる……。
だから頑張って逃げるの」
「意外な弱点あったな!?!?
屈強なオッサンには勝てても、小学生には勝てんか! ヤツらは無邪気に残酷だかんな!」
Hitomiが来ているナース服は、やたら胸が強調されたデザインだし、しかも極端に丈が短いのでお腹が丸見えだ。加えて彼女はものすごーく丈夫そうな女の子。
あれか、遊園地の着ぐるみマスコットを見ると、ポコポコ殴りたくなるみたいな。
子供達がイタズラしたくなっちゃうのも、なんか分かる気がした。恰好の標的である。
関係無いけれど、小学生の子達から「わーん!」と逃げるHitomiを想像してみると、なんかカワイイ。
「だからネ? あたしパパと会えて、ホントに嬉しいのわよ♡
もうひとりじゃないモン! もう寂しくないモーン! えへへ♪」
ギューっと抱き着く。もうハートマークが見えそうなくらい、幸せそうな顔。
本当は恋人みたく、腕にしがみ付ければ良いのだが、この身長差だ。
Hitomiは例によって、P氏をお人形さんのように抱きあげて、ほっぺをスリスリ。とってもパワフルな娘であった。
「とりあえず、どっから攻めますかねぇ!
日用品や衣服は必須として、Hitomiは他に欲しいモンあるか?」
「うーん、どうだろ? ベッドはパパといっしょに寝るから、別にいーし。
服とかシャツも、パパのを借りたらいーと思うし、やっぱいらないかナー?」
「はっはっは。ちょっと待ちやがれ下さい」
それでいいのか女の子、とばかりに待ったをかける。
半ば押し掛けのような形だし、「金銭的な負担をかけたくないと遠慮してるのか?」と疑ったが……どうやらこの子は本気で言っているようだ。
Hitomiいわく「出来るだけパパといっしょのがいい」との事。年頃の娘さんにあるまじき発言。
「いや要るだろ。下着とか化粧品とか、あと
「ダンベル? なにそれ?」
Hitomiにぶらーんと抱きかかえられながらも、その逞しい二の腕を凝視。
すげぇ、ドーラが食ってたハムみてぇだ。わい普通に55㎏くらいあるのに、ぜんぜん疲れた素振りないし。めっちゃ安心感あるし。
「プロテインも買わなきゃな。
サプリメントとか、ノンオイルのシーチキンも」
「そんなの要らないヨ? あたし普通のごはんが良いのわよ」
「えっ、日々の絶え間ぬ鍛錬と食事が、筋肉を作るんだろ?
お前まさかっ……筋肉を裏切るつもりか!?
そんなのお父さん許しませんよ! なめてんのかテメェ!!」
「い、いらないったら。別に鍛えてないモン……。
なんかあたし、普通にお水飲んでるだけで、
「――――なにそのD.N.A!? 生まれついての虎ッ?!?!」
黒人も真っ青の体質。
考えてみれば、Hitomiはここ一か月ほど衣食住にも不自由してたんだし、ロクな食事を摂っていなかったハズ。それでこの肉体美なのだ。
彼女の言っている事の信憑性を感じる。
「あー、でもひとつだけ欲しい物があるカモ。
ワガママ言っちゃうけど、お願いしてもいーかな……?」
「おっ、いいですねぇ! 来いよ来いよHitomi!
どんどんワガママ言って良いんだぞぅ!」
「うんっ、ありがとうパパ!
あの……あたしね?」
満面の笑みでYES。
屈強な見た目してる割には、どこか控え目でシャイなHitomiの、初めてのおねだり。
これは是非聞いてやらねばと、「ふんすふんす!」と鼻息を荒くして、彼女に向き直る。
けれど……その時。
『――――見つけたわ! この泥棒猫ッ!!』
突然、この場に大きな声が響き渡り、二人の幸せな空気を壊す。
「よくも私のPさんを盗ったわねっ! おんどれ生きて帰さんぞ! ぷんぷんっ!!」
「らっ……ランカ!?!?」
振り向けば、そこにランカ・リーの姿。
イエローを基調とした、フリフリの愛らしい衣装。ミニスカートとニーソックスがとても良く似合っている。まさにアイドルって感じの恰好だ。
しかし……いつもと決定的に違うのは、いま彼女が
顔を真っ赤にし、ブルブルと怒りに震えながら、両手で包丁を握りしめているのだ。こちらに突き付けるような恰好で。
「アルト君への想いを捨てて、こんな冴えないフツメンを選んだのに、寝取られるなんて……!
許さないんだから! この大女ぁ! きぃえぇぇぇーーーーいッッ!!!!」
「ちょま゛……!?!?」
そして! 勢いよく突進してくる! まっすぐこちらに向けて!
あまりに突然のことで、マスターP氏はパニック。冷静な思考が出来ない。
そもそも彼はまだ17才なので、このような修羅場の経験など、あろうハズもないのだから。
女の子が! 愛憎に狂い! 包丁握りしめて走ってくるのだから!
「死ねぇぇー! マスターPぃぃぃーーっ!!
泥棒猫といっしょに、十万億土を踏めェェェーーッ!!!!」
ふいに、ファッと身体が浮く。状況を理解する間もなく、マスターP氏が宙を舞う。
なんか凄い力によって、自分の身体が“放り投げられた”という事を、P氏はドスンと尻から地面に着地する時まで、認識出来なかった。
「バカな子……。
ケンカに刃物は無粋、って教わらなかった?」
慌てて声のほうに向き直れば、そこにはランカと寄り添うようにして仁王立ちする、Hitomiの姿。
先ほど、P氏をとっさに放り投げた後、一人でランカの突進を受け止めたのだろう。
今も彼女は、懐にいるランカを見下ろすような姿勢で、じっとその場に佇んでいる。
「殺したかったの? ずいぶん思い切ったネ。
でも――――あたしがリアルに腹筋を固めた時は、
カラーン! と音が鳴った。
柄の根本から
いまランカの眼前にあるのは、少し赤い痕が付いた程度の、バッキバキに隆起したシックスパック。彫刻のように見事な腹筋だ。
彼女はもう「あわわ……!」という顔。対してHitomiの方は、静かな表情で彼女を見つめる。
刃物で一方的に攻撃されたというのに、怒るでも叱るでも、騒ぐでもなく。
「貴方の負け。今日はもう帰りなさい。
勝負がしたいんなら、またいつでも来て良いから」
……。
…………。
……………………。
ランカは目をまん丸にし、狼狽えながら走り去って行った。
言葉なく、何もいう事が出来ず。
ただただHitomiの静かな目と、優しい声に従うようにして。
その光景を、P氏はずっと見ていた。
情けない事だけど、地面にへたり込んだまま。ワケも分からず眺めているしか無かった。
刃物を持った女の子のケンカなど、若い彼には対処出来ようハズもないんだから。仕方ないと言える。
「あ、さっきの話だけどネ?」
ふいにHitomiがこちらを振り向き、スタスタと歩いて来た。
何事も無かったみたいに、普通に。
そしてさも当然のように、「よっ!」と軽い掛け声と共に、P氏を起こしてやった。
というかコレ、“お姫様だっこ”だ。
「実はあたし、目があんまりなのわよ。
さっきだって、あの子が包丁を握ってる事も、すぐ近くに来るまで分からなかった……」
さっきまでの冷静さはどこへやら。Hitomiは悲しそうな顔。
「だからネ……? “メガネ”が欲しいかもしれない。
あたしに似合うのを、パパに選んで欲しいの――――」
危険な目に合わせて、ゴメン……。
そう済まなそうに告げてから、一転して頬を赤らめてモジモジ。身をよじってクネクネ。
それが本当に綺麗で、いじらしくて……。思わずP氏は一瞬見とれてしまった。
「おう任せとけっ!
パパがカワイイの選んでやっからな! Hitomiにピッタリのヤツ!
そんじゃあ行きましょうねぇ!」
元気に言い放つ。この空気を吹き飛ばすみたいに、彼らしい笑顔で。
「あ、でも降ろせ下さいます?
自分で歩けるっつーの! わしゃピーチ姫かっ!」
「えー。あたしこのままがいいナー? パパあったかいし♡」
そんなやり取りをしつつ、ふたり並んで歩く。
今度はだっこじゃなくて、仲良く手を繋ぎながら。
大人と子供くらいの酷い身長差だし、通りすがる人達にジロジロ見られたけど、二人は全然気にしなかった。