【リレー】今日もカオスなもんじゃ焼き   作:リレー小説実行委員会

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【劇場版】マジンガー絶頂(Z) ⅩⅣ

 

 

 

 Hitomiは走った。力の限りに――――

 

 深夜の町を、街灯が照らす道を、雑踏をかき分けながらビルの隙間を走った。

 

 

 山を越え、谷も越え、冷たい川をも渡り。

 勢い余ってもう2つくらい山を踏破し、その後またUターンをして、町に戻った。

 そして息付く間もなく、また深夜の美星町を、グルグルと何周もする勢いで走った。

 

 時間にして2時間10分。距離で言えば137㎞走った。

 100mを全力疾走するのに必要なカロリーは、約6kcalだ。

 なので計算上、Hitomiは8220kcal相当のエネルギーを費やし、1㎞あたり1分32秒くらいの超人的なペースで、山道も含めた100㎞以上の行程を走破した事になる。

 

 それもひとえに筋肉……いや彼女の“悲しみ”によるもの。

 耐え難い恐怖や絶望が、足を止めることを決して許さなかった。

 あたかも、何か辛いことを誤魔化す為、見たくないモノから必死に目を背けているかような、とてもか弱い姿。

 

 137㎞もの距離を走破するのが、辛くないのかと言えば、決してそうでは無い。今そんな話はしていない。

 ただただHitomiには、それよりもよほど耐え難い現実があった……、というだけの話。

 

 約8220kcal分も延々と走り続ける事が出来るのに、「それか弱いの?」ともし問われたならば、これに関しては大いに議論の余地があるだろう。

 だが事実として、今Hitomiは酷く打ちのめされており、ポロポロと涙まで零しているのだ。

 

 これは充分同情に値するハズだし、この姿を「まごう事なき乙女」と呼ぶことに、いったい何の問題があるのだろう?

 彼女を哀れで、健気で、可憐で、か弱い存在だと表現するのを、誰にはばかる必要があると言うのか。

 

 いくら筋肉があり、強靭で、信じられないほど屈強で、余人が見ればドン引きするであろう身体能力を保持していたからとて……、たったそれだけの事で「辛そうに見えない」とか「か弱くない」とか言われてしまうのは、あまりにも酷ではないか。

 それではあまりにも情が無い。もう暴論と言っても良いくらいの所業だ。

 

 たとえ、ナイフを通さぬ程に腹筋バキバキなマッチョの変態淑女だとしても、泣いている乙女に対して言うような事では、断じて無いハズだ。

 そんなことをする人が信じられないし、ぜったい友達になれない。分かり合う事は出来ない。

 むしろ逆に、「お前はどんなサイコパスだ」と、ソイツを「ムキー!」っと叱ってやる位の気概を、きっと日本人ならば誰もが持っていらっしゃる事であろう。

 

 幼稚園でも、小学校でも、親御さんにも、繰り返し繰り返し「女の子には優しくしてあげなさい」と教わってきたハズだ。

 その大切な教えを、なぜHitomiという女の子に対してだけ、適応しないのか。

 どういう事なんだ一体。おかしいじゃないかと。

 

 ゆえに、誠に申し訳ないが、此度ばかりは無理をおして、「この子はいま打ちひしがれているんだ。シリアスなシーンなんだ」と理解し、彼女の顔を立ててやって貰いたい。

 

 現在この地球上には、約175万種類もの生物が存在し、このうち哺乳類の数は約6000種。

 その中で唯一、人間という生物だけが、これほどまでの繁栄を遂げる事が出来たのは頭脳、知恵があったから。

 ゆえに、ここでもがんばって“脳内変換”をすべきだ。

 

 

 

「あっ……!」

 

 ふいに視界が傾き、Hitomiの身体がドテッと地面に投げ出される。

 金属で出来たガードレールを生身で突き破……いやちょっとした不注意によって足をもつれさせた彼女は、ここに来てようやく足を止める事となった。

 

 ぶっちゃけ息が上がるどころか、汗すらかいていないので、やろうと思えばあと5時間くらいはイケそうな感じなのだが……。

 でも、いま美しい緑色の髪で顔を覆い隠され、弱々しく地面で身体を丸めているHitomiの姿は、まごう事なき“か弱い女の子”のそれだ。

 このワンシーンだけを切り取ったなら、きっと誰に文句をつけられる事もない、とてもシリアスな場面に見える事だろう。

 見ている側も感情移入しちゃって、きっと胸がキュッとなるような、悲しいシーンだ。

 

 先ほど、あたかも紙で出来たゴールテープを切るように、辺りにドガシャアアアン! と物凄い爆音を響かせながらガードレールを突き破って見せた事など、今は些細な問題に思える。

 彼女は可憐な女の子なんだから、それだけが全て。それで良いじゃないか。

 

「うっ……。膝を擦りむいたような気がしたけど、そんな事は無かったのわよ」

 

 丈夫。

 

「足も挫いてないし、ぶつけたけど別に痛く無いし、ぜんぜん大丈夫だったのわよ……。

 ううっ……!」

 

 丈夫。

 だがHitomiは、悲しそうに顔を伏せる。立ち上がる素振りもなく、地面に蹲ったままで。

 身体的ダメージは(困ったことに)皆無だが、ふいのアクシデントによってパニック状態から解き放たれ、ようやく正気に戻ることが出来た。

 

 まぁ己を取り戻すまでに、2時間10分も全力疾走した件に関しては、正直お口チャックマンするしか無いのだが、ここは「キャンディキャンディのように活発でオテンバなんだ」と解釈しておけば、誰も傷つかないし幸せになれるハズ。

 Hitomiは可憐な女の子(二度目)

 

「ここはどこだろう? お腹空いたナァ……。

 まぁあたし、一か月もこの町をウロチョロしてたし、お水飲んでれば筋肉育つ人だから、ぜんぜん大丈夫だケド」

 

 か弱さアピールをするかと思えば、苦境が屈強さを誇示する結果に。

 とりあえず、辺りをキョロキョロしてみると、ここは以前にも訪れた事がある“公園”である事が分かった。

 

 アパート近くの児童公園のような物ではなく、もっと広い敷地で作られた、緑地と呼ぶべき規模の所。

 ただっ広い平原の周りには、沢山の木々が生い茂っており、大きな泉や小高い丘なども見える、とても心が休まる風景。

 きっと休日には多くの家族連れと、ジョギングやハイキングを楽しむ人達で、賑わっているのだろう。

 

 けれど……既に深夜となったこの場は、Hitomiに“孤独”を感じさせる物でしかない。

 広大で、人の気配は無く、街灯の薄明かりが頼りなく辺りを照らす、物悲しい風景だから。

 あるのは、遠くから聞こえてくる虫の声、ろくに星も見えない濁った夜空、そしてこの場にへたり込んでいるHitomiの姿のみ。

 あたかも世界から切り離され、この宇宙でたった一人っきりになったような、耐え難い孤独感が押し寄せる。

 当然だ。Hitomiもつい何時間か前までは、家族と呼べる人達や、多くの友人の笑顔に囲まれていたのだから。

 もう以前とは、まったく感じ方が違う。

 

「……」

 

 歩けない、と思った。

 もう動けない、どこへも。行く所が無い。

 そんな絶望にも似た感情が、とめどなく湧き出す。痛烈に心を責め立てる。

 

「なんで、言うこと聞かなかったんだろう?

 あの時、あのハゲた人の言う通りに、してれば……」

 

 今日の昼、ワーキングプア侍に言われた事が、胸をよぎる。

 お前はいずれ、必ずやこの町に、害を成すと――――

 

 忠告をくれた。ちゃんとヒントをくれていたのに、それに耳を傾けなかった。

 胸に留めただけ。少しばかりセンチな気分になって、それでオシマイ。

 危機感も無く、思案もせず、パパに相談すらせずに、なんの対策も取らなかった。

 

 本当のことを言うと、聞きたくなかった。

 自分の出生や、失った記憶……いや真実なんて、どうでも良かったんだ。

 ただ……()()()()()()()()()()()()()。“今”を壊されたくなかった。

 パパや、艦娘の子らや、天龍や、のどかや東雲といった友人達と、これからも一緒にいたかっただけ。

 

 だから――――見て見ぬふりをした。

 別に今じゃなくて良いと、ただただ問題を先送りにし、楽な方を取った。

 その結果が、()()なんだ。

 

「……っ!!??」

 

 ふいに、強烈なまでの頭痛――――

 鈍器で殴られたような痛みと共に、視界も思考も真っ白に染まる。何も考えられなくナル。

 

「あァア……! ――――嗚呼ああァァァあ゛あ゛あ゛!!!!」

 

 

 

 ……その白夜(びゃくや)めいた盲目と引き換えに、Hitomiは見た。

 目隠しされていた事実を。ロクに認識していなかった筈の記憶が、今ハッキリと蘇る。

 

 赤いペンキをぶちまけたかのような部屋。

 成す術なく倒れる、コドモ達(第六の子ら)

 それを庇うようにして貫かれた、トモダチ( のどか )

 顔面に赤い花を咲かせる、ダイスキな子( 東雲 )

 刀すら抜かず、棒立ちのまま切り裂かれた、大切な人( 天龍 )

 

 誰もがキョトンとした顔で、Hitomiを見ていた。

 それが絶望の色に染まる前に、ふぅっと糸が切れるように、崩れ落ちていった。

 

 やったのは、他ならぬ自分(あたし)

 あの柔らかく、生々しい肉の感触を、指が憶えている――――

 

 

 

「う゛っ……!? おごぇェッ!!??」

 

 胃から口へ、熱い物が込み上げる。堪える間もなく逆流。

 蹲ったHitomiの顔の下、ビシャビシャと不快な水音が鳴り、瞬く間に芝を濡らしていく。

 

「……ッ!? ……お゛ッッ!!??!!」

 

 腹を押さえ、えづく。

 繰り返し繰り返し、何度も。

 

 胃の中など、もうカラッポの筈なのに、決して止む事なく。

 あたかもこの身体が、己の汚さや醜ささえも、ぜんぶ吐き出そうとしているかよう。

 跪きながら、自分で自分を傷付け、必死に許しを乞うているかのような。

 とても、哀れな姿。

 

 ――――何発入れた? あのちんまい子らと、ワイの友達に。

 

 あの時聞いた言葉が、ふいに思い出される。

 

 ――――風穴空いとったわ! ポン助の身体に!!

 ――――東雲もそうやッ! あの顔の怪我じゃ、もう元に戻らんかもしれんッ!

 

 

「あぁ……あぁアァあぁッ!」

 

 優しかった。心から友達を想ってる、あったかい人だった。

 なのに、そんな優しい人に、()()()()()()()()()

 強くて、怖いくらい逞しい人だったのに、グシャグシャに泣き崩れてた……!

 

 

「 嫌ぁッ! こんなのはイヤぁぁぁあああーーーーッッ!!!!!!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 たくさんの、優しい人達を裏切り――――ここへ辿り着いた。

 

 もうどこへも行けない。帰る場所なんて無い。

 

 あたしのせいだ。

 ぜんぶゼンブ、あたしがやったんダ。

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「あーっ! 提督ぅぅーっ☆」

 

「――――す し ざ ん ま い っ !!」パァーン!

 

 景気よく手を叩き、大きく腕を広げる。

 後を追って来てくれた事、そしてこの上ない心強さに、暁はピョーン! とマスターP氏の胸に飛び込んだ。

 二人で「あはは!」と笑いながら、勢いそのままグルグル回る。遊園地のコーヒーカップみたいに。

 

「バカ野郎お前、わいはやるぞお前!

 待ってろよHitomiぃぃ~~!!」

 

「抜錨! ゴーゴー☆」

 

 暁を肩車し、一気に駆け出す。

 解き放たれ矢の如く。暴走機関車のように。

 もう深夜だというのに、「うっひょー!」と奇声をあげながら走る。

 変人揃いの美星町では、これもありふれた光景のひとつだ。刀を持って深夜徘徊する爺さんとかいるし。

 

 とりあえず、P氏めっちゃパワフル。

 既にお忘れかもしれないが、彼は曲がりなりにも北斗神拳伝承者であり、戦闘力が天元突破しているのだ。

 今も肩パットの付いたツナギみたいな服を着てるし、事あるごとに「ホワッチャーイ!」って言うし。

 普段は中肉中背の身体で、なんの変哲もない17才の男の子だが、戦闘時にはムッキムキの肉体に変貌するので、どうぞご安心頂きたい。ご都合主義というヤツなのだ!

 

「ぬっ! 貴様はマスターP……

 

「 北斗! 残悔拳ッ!! 」

 

 道すがら、偶然見かけた亀〇師(キャスター)を「ひでぶ」しておく。

 

包茎(ほぇ)? アナル(あんた)ドリチン(どっかで)みこすり半(見たような)……

 

「 北斗! 十字斬ッ!! 」

 

 恐らく彼の連れだったのだろう。そこに居た〇獣(バーサーカー)も「あべし」しておく。

 

「あ、お前はチンコちっちゃいから……北斗! 有情拳ッ!!」

 

「わがはい、き゛ん゛も゛ち゛い゛ぃ゛~~っ☆☆☆(アヘ顔)」

 

 ついでに短小(セイバー)も見つけたので、彼も優しく「たわばっ!」

 結局こいつら、他の人に使って貰えんかったな……とか思いつつ、手向けのつもりでブッコロ。まあ英霊だから復活するんだろうし。ノープロである。

 

 

「ふぅ、結局は戻って来てしまったな……。

 幻想郷は、よく分からな過ぎて、世界征服どころじゃn

 

「――――北 斗 ォ ! 百 裂 拳 ッ ッ !!!!(迫真)」

 

 

 ワチャ! ワチャア!! オワチャア!! ワァァァタタタタッ!!!!

 おぉぉおお~う……ワッタァァァア゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛!!!!!!(ボカーン☆)

 

 マスターP氏、渾身の百裂拳が唸る。

 流や小雪の実父らしい秋月海人(ウミンチュ)さんは、〈キラーン☆〉と空の彼方へブッ飛び、再び幻想郷へ旅立って行く。

 

 ――――ねぇ! アンタ結局なんだったの!? 教えてよォ!!

 そんなモヤモヤを拳に込めて、お殴り(つかまつ)るのだった。

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「パ……パパぁ……」

 

 キリキリ痛む胃、ドロドロに溶けた精神、次々に流れ込む記憶()

 

「パパ、あたしコワイ……パパぁ……!」

 

 たすけて、タスケテ、助けて。

 何度も何度も呟く。心で呼ぶ。

 どこを目指すでもなく、地面を這いずりながら。

 生まれたての野生動物が、ヨロヨロと母親を探すような仕草で、ぬくもりを探し続ける。

 

 こわい、全部が、()()()

 もう何も見えない。もう何も分からない。

 足場が無くなり、身体がフワフワ宙に浮いているかのよう。際限なく落ちていく感覚。

 

 そんな真っ暗闇の中で、Hitomiはパパを呼び続ける。

 たとえどうなっても、自分がどんな風であっても、たったひとつ信じられる物。

 彼という“絶対”を。

 

 わいの傍におれ。どっこも行くな――――

 そう言われていたのに、そんな簡単な言い付けすらも、忘れていた事に気付く。

 あたしは、本当にどうしようもない子。だからみんなに迷惑をかける、人を傷つける。

 こんなにも悪い子、他にいるだろうか? パパの言う事すらきけない子なんて……。

 

 パパの顔が見たい。パパに触れて欲しい。抱きしめて欲しい。

 帰れないのに。もう居場所なんて無いのに。でもパパに会いたい。

 

 この後に及んで……と思う。どの面を下げてと失笑してしまう。どれだけ悪い子なのかと。

 だけど、あたしには()()()()。この気持ち以外、なにも持っていないから。

 

 気が付けば、この町にいた。たった一人きりで、彷徨い続けた。

 記憶も、家も、頼れる人も、満足な食事すら無かったけれど……。でもたったひとつだけ、必死に握りしめていた。どんな辛い時でも、灯台の灯みたいに希望を示し続けててくれた。

 それが、パパだから。

 

 

「――――ッ!!??」

 

 ……しかし、またしてもHitomiの脳裏に、“知らない記憶”がよぎる。

 まるで映画を観ているかのように、全く覚えのない映像が、唐突に蘇ってくる。

 

「……えっ?」

 

 それは、()()()()()だった。

 横たわるパパの身体にまたがり、甘えるように優しく、貪るように妖艶に、何度も彼にキスをする光景。

 

 お腹、脇腹、鎖骨、頬、瞼、唇……。

 余すところなく、パパの全てを欲する、みだらで忌まわしい自分の姿。

 

「あ、ああたしっ……パパになんて事をッ……!!??」

 

 何故? どうして? パパなのに。あたしは娘なのに。

 これは嘘。何かの間違い。そんなワケない。

 けれど……どれだけ必死に否定しようとも、あの時の感触まで思い出せる。

 パパの手を胸にあてがった時の快楽。彼の唾液を飲み、舌をしゃぶった時の興奮。熱くなった下腹部の疼きを。

 

 そして、憶えてるんだ。

 あの夕焼けの中、自転車の後ろに乗せてもらった時に感じた、胸の高鳴りを――――

 娘じゃなく、()()()()()()()()()、彼にときめいていた事を。

 

 今も鳴りやまない、トクントクンという音。

 決して冷めない熱。キュッと胸が締め付けられる感覚。

 あの時に自覚した、好きだっていう想い。

 

 愛するのではなく、“恋”をした。

 尽くすのではなく、“欲しい”と思った。

 

 ならば……どうしてそんな自分が、この淫らな光景を「違う」などと言える?

 したいのに、欲しいのに、どうして否定出来よう。どうやったら今の自分などを、信用出来るだろう。

 やってないなんて戯言、どの口で。

 

 

 

 

 

『失敗に次ぐ失敗。

 やはり貴方は使えないわね――――Hitomi』

 

 

 その時背後から、芝を踏みしめる音がした。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 上下共に丈の短い白衣。はち切れそうな胸元と太もも。赤十字が入ったキャップ。

 

「使えないクセに、いっちょ前に物思いに耽って……。

 無意味な事はおやめなさい。貴方はママの言うことを聞いてれば良いの」

 

 知っている。この()を。

 ふっと気を失う時に、いつも頭の中で聴こえていた、あの声だ。

 

「痺れを切らしてね? 直接出向いちゃったわ。

 迎えに来たわよHitomi。さぁ、ママと行きましょう」

 

 腰に届くほど長い銀のツインテールが、キラキラと月明りを反射。闇夜の中で煌めく。

 美しい人――――それがHitomiが抱いた第一印象。

 そして次に感じたのは……背筋が凍るような感覚。

 手で潰した羽虫でも見るかような、“冷たい目”。

 

 この人が――――力石。

 あのハゲたお侍さんが言っていた、己の母たる女なのだと、ようやく思い至る。

 

「ああ、喋らなくて良いわ。返事はいらないのよ。

 貴方の意思……いえ“自意識”なんて物は、もう必要ないもの」

 

 おもむろに胸元のポケットから、カード型のリモコンを取り出す。

 それをゆっくりとした動作で、Hitomiの方に向けた。

 

「記憶に欠陥があっても、それがもしかしたら、良い風に転ぶかと思ってね?

 同情をひき、あのお人好し君をたぶらかせるかな~と期待したけれど……やはり駄目ね」

 

「これなら自分でやった方が早い。なんたって私クノイチだから♪

 たぶらかすならたぶらかすで、最初から“それ用”に作っておくべきだったわ。

 中途半端ないい子チャンじゃあ、信用させることは出来ても、骨抜きに出来ない」

 

「これは私の失敗。貴方は気にしなくて良いわ。

 だから、もうおやすみなさい――――」

 

 飛んだ。女を目掛けて。

 本能が警笛を鳴らし、危機を予感した途端、Hitomiはその場から駆け出す。

 地面を抉るほどの踏み込みを以って、一直線に力石へと突進。

 

「あー、そうそうっ!

 貴方に辛うじて残ってる、なけなしの記憶だけどね? ()()()()()()()()()

 

 躱す。マタドールのように。最初から全てを見越していたかの如く。

 すり抜け様に腕を掴み、柔道で言うところの脇固めの要領で、地面に組み伏せる。

 右肩を極められ、背中を膝で抑えつけられ、身動き出来ない態勢に。

 まともな格闘の経験が無いHitomiは、今なにが起こったのかを理解出来ず、ただ衝撃と痛みに目を白黒させるばかり。

 

「私が任務遂行のためにでっち上げた。ニセの記憶なのよ。

 まぁ世界間の移動どころか、時空までもを渡ることが出来る“ピンキー様”から聞いた未来の話を、元にして作った所もあるし。

 まったくのデタラメってワケじゃないけれど……」

 

「でもチュニジア大統領だの、チョモラペットだのは、あくまでパラレルワールドにおける、彼の可能性のひとつ。

 いわば、そういう未来もあるかも? 程度の話でしかないわ」

 

「どう、がっかりした? 宝石だと信じていた物が、ただのガラス玉で♪  

 貴方の記憶も、身体も、心も、()()()()()()

 人工羊水の中で作った、人間モドキの()()()()でしかないわ♪」

 

 ポタリ――――水音がなった。

 小さな透明の水滴が、Hitomiの眼下に落ち、地面に吸い込まれる。

 女の声以外、何も聴こえない夜の静寂の中、その音はハッキリと響く。

 

 動かない身体。感情のない表情。

 だがその目だけが大きく開き、そこからHitomiの意思とは無関係に、とめどなく涙の雫が零れていく。

 

 

「安心して? デリート( 消去 )したら、すぐに新しい人格を入れ直すから。

 ついでに名前も服も変えましょう。その似合わないメガネも、捨てなきゃね」

 

「だから、もう悩まなくて良い。苦しまなくていいの。

 お疲れ様Hitomi♪ ――――ママは貴方なんてキライよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パパの顔が浮かぶ。

 マスターPの事だけが、とめどなく浮かぶ。

 

 アタシはそれだけ。それしか持ってないから。

 

 ガラス玉でもなんでも、アタシには大切。大事な物だったのに……。

 

 

 ねぇパパ? どうしてパパのことを考えると、苦しくなるの?

 

 どうしてこんなにも、胸が切ないの? 教えてよパパ――――

 

 

 

 

 

 

 それが、Hitomiというヒトガタが抱いた、最後の思考(オモイ)

 

 デリートは実行された。

 今そこにいるのは、姿形だけを同じくする、まったく別のヒトガタ。

 

 

 

 

 

 

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