仮面ライダーW 『Hの正義』   作:はちコウP

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仮面ライダーWの時系列はTV本編終了後~仮面ライダードライブ・アクセル客演以前

風都探偵以前orパラレルを想定しています。


『Hの正義(後編)/夢のHERO・誰かのHERO』①

 

仮面ライダーダブル、今回の依頼は

 

「小宮果穂、十二歳! 小学六年生です! ヒーローみたいなアイドルを目指しています!」

 

「私は古碌プロダクション所属アイドルの英田雄子です。初めまして」

 

「そりゃあそうです。彼女はヒーローアイドルですから!」

 

「この世の全ての悪を打ち砕く正義の戦士! ジャステリオン!! ここに参上!!!」

 

「ジャステリオンにヘルダークネス、か……厄介な事件が始まっちまったみたいだな」

 

「やめるんだ仮面ライダー!」

 

「果穂ーーーーっ!」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ケヒャ、ケヒャ……この、ヤモリンゲ様が……」

 

 私の攻撃を受け倒れ伏したヤモリンゲが、息も絶え絶えといった体で地面に這いつくばっている。

 

「観念しろ、最早勝負はついている」

 

「ふざ……け……」

 

 頭だけを上げて、ギョロリとその目を動かして私を睨みつけるヤモリンゲ。

 

 私はそこへ向けて歩を進めていく。

 

「ふ、ふふふ……油断大敵だっ!」

 

「無駄だ!」

 

 ヤモリンゲが伸ばしてきた舌を横に身体を逸らして避ける。そのような不意打ちは、もう通用しない。

 

 引導を渡すべく拳に力を込め、ヤツの方へと目を向ける。

 

「……?」

 

 だがヤモリンゲの目には諦めも驚愕も恐怖も。いずれの色も浮かんでいない。その理由を程なく私は思い知った。

 

 起き上がりざまに頭を大きく振って、舌を引き戻すヤモリンゲ。その先にはあるものが巻き取られていた。

 

「……そ、それは!?」

 

「ぷっ、くはっ! 運は俺様の方に向いていたようだな! このガキの命が惜しければそこを動くな!」

 

 ヤモリンゲの腕には赤毛の少女が抱かれていた。先程ステージから逃げたはずの小宮果穂という少女が。

 

 彼女は気絶しているのか、目を閉じたままぐったりした様子だった。

 

「くっ……」

 

 私はどうすることもできず、その場に立ち尽くす。

 

「まずは……さっき俺様が味わった屈辱を思い知らせてやる! さっさと這いつくばれ!」

 

 激昂して舌を振り乱しながら声を上げるヤモリンゲ。その指示に従い、私は徐々に姿勢を低くしていく。

 

 その瞬間、私の目には信じられない光景が飛び込んできた。そして即座に声を上げていた。

 

「やめろ、仮面ライダー!」

 

 ヤモリンゲの斜め後方の離れた位置で仮面ライダーが銃を構えていた。

 

 時が停止したかと錯覚する程に思考が高速で巡る。

 

 彼の攻撃は止まるか?

 

 止まることは無いだろう。引き金は既に引かれかかっている。

 

 彼女は助かるか?

 

 恐らく厳しい。収束しているエネルギーの様子から察するに、高熱を伴う光線か何かが発射される。十中八九巻き添えを喰らってしまう。

 

 彼女を助けられるか?

 

 その可能性は限りなく低い。1よりも0に近い程だ。

 

 ならば諦めるか?

 

 ……否だ。

 

 未来ある子供の命が失われることなど二度とあってはいけない!

 

「ジャステリオンブースト!」

 

 未だかつて制御に成功したことの無い能力を解放する。

 

 低い姿勢からのスタートダッシュ、時の流れが止まったかのように思える程の高速移動。

 

 駆ける。駆ける。駆ける。

 

 軽快に動いているはずの手足が重い。身体が燃える様に熱い。

 

 頭が割れそうになる程の痛みが走り視界が歪む。

 

 その場に倒れ込んでしまいそうになる。楽になってしまいたいという気持ちに支配されそうになる。

 

 一瞬俯きかけそうになる顔を上げる。

 

 目に映る。羽交締めにされた赤毛の少女の顔が。

 

 意識無く、うなだれているその顔が再び輝く様を待ち望んでいる人々がいるのだろう。

 

 そして私もまた……

 

 身体が軋むのも構わずに私は全力で、短くも果てしなく遠い距離を駆け抜けた。

 

 ヤモリンゲから彼女を引ったくるように奪い取ると、その身体を地面に押し付けるようにして覆い被さった。

 

 瞬間……凄まじいエネルギーの奔流が背を掠めるようにして抜けていった。

 

「くっ……!」

 

 射線から完全に外れていてもこの威力。あのままであったら確実にこの子の命は無かったであろう。

 

 地面に手をついてゆっくりと身体を起こしていく。眼下に見える少女は依然として気を失ったままだ。

 

 ともあれこの子を安全な場所に移動させなければ。

 

「ジャステリオン!」

 

 背後からかかる声。

 

 反射的に動いてしまいそうになるのを堪えて、私は少女を抱きかかえると、近くに転がっていたステージ用の緩衝材を枕代わりに彼女を横たえた。

 

 そして振り返ると、押さえこんでいた全ての感情を解き放った。

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 我に返り周囲を見渡すと、そこには仮面ライダーの姿は無く、崩壊したイベント会場が目に映るのみだった。

 

「クククク……ギャハハハハハハッ! いーもん見せてもらったぜ!」

 

「貴様、ギャックアー!」

 

 崩れかかったステージの上で腹部を抑えながら笑い声を上げるギャックアーの姿があった。

 

「ヒーロー同士の仲間割れ、サイコーのショーだなぁ。ゴミカスな人間のビビり散らす姿もいいが、それ以上に面白いなあマジでよお」

 

「黙れ! 次は貴様の番だ、覚悟しろ!」

 

「そいつはお断りだ。今日はこの気分のまま一杯やりたい気分なんでな。勝負はまた今度だ。あばよ」

 

 手を軽く振り払って、ギャックアーはその場を飛び退って去っていった。

 

 拳がギリリと音を立てる。

 

 暫し立ち尽くしていた私は、微かに聞こえてきた吐息に意識を引き戻される。

 

 少し離れていた場所で横たわったままの少女。

 

 その身体を抱きかかえ、私もまたその場を後にしたのだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 空中に投げ出されたダブルの身体が一気に急降下していく。

 

 凄まじいスピードでコンクリートの地面が目の前に迫ってくる。

 

「うおぉぉぉっ!」

 

 いくらダブルの強化された身体とはいえ、この高さからの落下じゃ大ダメージを受けちまう!

 

《ルナ! メタル!》

 

「間に……合えっ!」

 

 背中から引き抜いたメタルシャフトを手首のスナップを効かせて回転させる。コイル状の渦巻きを形成した切先が、迫り来るコンクリートの地面へ触れた。

 

 いわゆるバネのように変形したシャフト、それをクッション代わりにして激突の衝撃を緩和する!

 

 接触と同時にダブルの体が大きく跳ねた。数メートル跳び上がった後、今度こそ地面へと身体が叩きつけられた。

 

「っ! ……痛っててて」

 

 うつ伏せに打ち付けられた衝撃に仮面の下の顔が歪む。

 

 だがダメージはどうにか最小限に抑えられた。咄嗟に思いついたにしちゃ上々だな。

 

 俺はゆっくりと立ち上がり、ダブルドライバーを閉じてメモリを引き抜いた。

 

 変身解除した後、自分の身体を一通り眺める。

 

 所々に鈍い痛みは走っているが、特に大きな怪我を負った様子は見られなかった。

 

《翔太郎、大丈夫かい?》

 

「ああ、何ともない。ちっとばかし腕と腹が痛むのと、身体がシェイクされ過ぎて目眩がするくらいだ。絶叫アトラクションは当分ご勘弁願いたいぜ」

 

《ふふっ、軽口を叩くくらいの余裕はあるようだね》

 

「と、ここは……近くの港か。会場からは結構飛ばされちまったみたいだ」

 

 頭の中に響くフィリップの声に応えながら周囲を見渡す。

 

 するとスタッグフォンの着信音が鳴り出した。

 

《どうしたの翔太郎くん!? 大丈夫なの!?》

 

 亜樹子の声がキンと響いてくる。けどフラつく頭には丁度いい目覚ましだ。

 

「ああ、何とか無事だ。波止場まで飛ばされちまったが……っと、それよりそっちはどうなってる!?」

 

《あの怪物たちは撤退したみたい。ジャステリオンも果穂ちゃんをプロデューサーさんに預けるとすぐにいなくなって》

 

「そうか……それで果穂は無事なのか!?」

 

《容態は分からない。けど病院に運ばれてこれから検査を受けるって。場所はプロデューサーさんが診察してもらった所と一緒だよ》

 

「わかった、すぐに俺も追う!」

 

《うん、私も警察に状況説明したらすぐ行くから》

 

 そうして通話を切ると同時にフィリップの声がした。

 

《僕は再びヘルダークネスについて分析してみるよ。検索は恐らく徒労に終わるだろうから、僕の私見が主体の分析結果になるだろうけれど》

 

「それで構わねえ。事務所に戻ったら意見の擦り合わせといこう」

 

《ああ》

 

 そうして相棒との意識の接続が解除される。

 

 程なくして遠隔操作でやってきたハードボイルダーに乗り込んで、俺は病院へと向かって行った。

 

 

 

 

 

「左さん」

 

 病室に入った俺を出迎えたのはプロデューサーだった。

 

 その側のベッドには穏やかな寝息を立てている果穂の姿があった。

 

「果穂の容態は?」

 

「幸いにして命に別状なく無傷です。ただ強力な睡眠薬のようなもので眠らされていたようで、目覚めるには時間がかかるとのことでして……」

 

「そうですか……」

 

 俺は被っていた帽子を手に取って大きく頭を下げた。

 

「すまない。依頼人を守り切れないで危険に晒してしまった」

 

「頭を上げてください、左さん。あんな怪物たちが現れたんじゃ仕方ありません。それに所長さんの素早い手配のおかげで果穂はこうして早急に診察を受けられました。鳴海探偵事務所に依頼して本当に良かったと思っています」

 

「いや、だけど……」

 

 実際のところ果穂が命を落としかねない状況に陥ったのは俺のせいだ。あの時の光景が目に浮かび、強く握りしめた拳が微かに震える。

 

「それに果穂を守り切れていないのは俺も一緒です。怪我をしたばかりか騒ぎがあった時も果穂を見失って困惑するばかりで……」

 

 その一言に、抱いて然るべきだった疑問がふと頭に浮かぶ。

 

「そういえば、果穂はステージから逃げてからどこに行ってたんだ?」

 

 果穂は小学生とはいえしっかりとした子だ。危険な戦場に無闇に足を運ぶようには思えない。

 

「私にも分からないんです。一緒に逃げた他の人達の話によると途中までは一緒に逃げていたらしいんですけど、いつの間にか姿が見えなくなっていたとかで……」

 

「ヘルダークネスの奴らに連れ去られて? いや、混乱した現場とはいえあれだけのアイドル達に気づかれずに攫うことなんて出来るのか?」

 

 何かが引っ掛かる。

 

 と、その時

 

「大丈夫ですか皆さん!?」

 

 大きな足音と大声を上げながら病室に駆け込んでくる大柄な影が一つ。

 

「厚志さん静かにして。いくら心配だからって、騒がしくしちゃだめでしょ」

 

 慌てた様子の久留瀬厚志に続けて姿を現した英田雄子がたしなめる。

 

「ご、ごめん。けど果穂ちゃんが殺されかけたとあったら気が気じゃなくって」

 

「ご心配おかけしてすみません。果穂でしたら大丈夫。眠っているだけで怪我一つありませんので」

 

「そうですか。良かったあ」

 

 大仰な仕草で文字通りホッと胸を撫で下ろす久留瀬プロデューサー、隣の雄子さんも口には出さないものの安堵した様子が表情に現れていた。

 

「けど……見損ないましたよ、仮面ライダーが平気で人質に、それも子供に向けて銃を撃つヤツだったなんて!」

 

 その一言に俺は歯噛みする。

 

 不可抗力とはいえ紛れもない事実だ。ジャステリオンがいなければ取り返しのつかないことになっていた。

 

「何が風都を守るヒーローだ! 僕だって憧れてたし、信じてたっていうのに。これじゃあとんだ疫病神じゃないか!」

 

 声を荒げる厚志さんの言葉が胸に突き刺さる。自分が情けなくて仕方ない。

 

「そんなこと、無いわ」

 

「えっ?」

 

 その声に頭を上げる。雄子さんの凛とした表情が目に入る。

 

「風都に住んでる友達に聞いたの。前に仮面ライダーに助けられたことがあるって。知り合いにも助けてもらった人が何人もいるとも言ってた。彼はかけがえのない街の守護者だって」

 

「雄子?」

 

「街がテロリストに占拠された時だって勇敢に立ち向かってみんなを救ったって。私は彼に会ったことは無いけど……信じてもいいって、そういう風に思う」

 

「けど! 現に果穂ちゃんは一歩間違えれば死んでいたかもしれないんだぞ! ジャステリオンが助けてくれたからいいものの! ねえ、283さん!?」

 

「え? あ、はい……そうかもしれませんが……」

 

 厚志さんの剣幕に押されるように果穂のプロデューサーは困惑気味に声を絞り出す。

 

「何か事情があったのよ、そうとしか考えられない」

 

「だからって……!」

 

「ねえ、厚志さん。何をそんなにムキになっているの? 今日のあなた何か変よ」

 

「それは……」

 

 諭すような雄子さんの物言いに厚志さんは押し黙ってしまう。

 

 しばしの沈黙が病室を包む。

 

「ごめん……その、なんていうか……いや、とにかく熱くなり過ぎた。ちょっと頭を冷やしてくるよ」

 

 静かにそう告げて入って来た時の勢いとは対照的に、肩を落とし気味に彼は部屋を後にしていった。

 

「……雄子さん、ありがとう」

 

 思わず俺はそう口にしていた。

 

「どうして探偵さんがお礼を言うの?」

 

「あ、いや……仮面ライダーは、俺達の友人だし、俺も風都に住む人間だしさ、そういうわけで……」

 

「ふふっ、なるほどね。どういたしまして」

 

 雄子さんが口元に手を当てて笑みをこぼす。

 

「雄子さんはこちらのご出身だったんですね」

 

「ええ、そうよ」

 

 プロデューサーの声に雄子さんが頷く。そういえばこの人は知らなかったんだな。

 

「さっきの話も応援に来てくれたストリートダンス仲間から聞かされて……」

 

 そう告げて雄子さんは天井を見上げるように視線を上げる。

 

「懐かしいなあ。今日の会場で昔は日が暮れるまで踊ってたっけ。けど親には認めてもらえなくて何度もやめさせられそうになったの」

 

「よく聞く話です。業界にいればそういうのは」

 

「ふふふ、そうね。私みたいに我慢できずに家を飛び出したって人ともたくさん知り合った」

 

「風都から移り住んだ先で更に家出したってわけですか雄子さんは?」

 

「えっ?」

 

 俺の問いかけに雄子さんは怪訝な表情を浮かべる。

 

「いや、久留瀬プロデューサーから親の都合で風都から引っ越したって聞いてたもんで」

 

「ああ……そうね。うん、その通りよ。そうしてダンサーとして日の目を見ようとがむしゃらにやって……けど芽は出なかった」

 

「そうして悩んでいるところを久留瀬さんにスカウトされたと聞いてます。アイドルにならないかって」

 

 プロデューサーの言葉に雄子さんが頷く。

 

「うん。所属していたチームが解散してしばらくした頃にね。幸いダンサーより少しは向いていたみたい、アイドルは。けどまだまだ駆け出しもいいところだけどね。だから今回のイベントでステップアップしないと」

 

 と、その一言で聞いておかなきゃいけないことを思い出した。

 

「そういえば雄子さんは今日の襲撃で何か変わったことに気が付きませんでしたか? もしくは怪しい何者かを見たとか」

 

「どういうこと?」

 

 俺は先ほどの果穂の行方が知れなくなったことなどを、かい摘んで説明する。

 

「ごめんなさい、何も知らなくって騒動のことは」

 

「知らない?」

 

「ええ、また気を失って倒れてしまっていたみたいで、厚志さんに介抱されていたの。気がついた時にはここに向かう車の中だったわ」

 

「そうですか……もしかして、何かに持病があるとか?」

 

「ううん、そんな大したことじゃないわ。貧血じゃないかと思う。昔はよくあったの。ここしばらくは落ち着いてたんだけどね」

 

 苦情を浮かべる雄子さんに対しプロデューサーが問いかける。

 

「練習とかで無理がたたっているのではないですか?」

 

「かもしれないわね。けど今が頑張りどころだから。ゆっくりするのはG.R.A.Dが終わるまでお預け。この後も練習しなきゃいけないから」

 

「そうは言っても身体を壊したら元も子もないでしょう」

 

 という俺の言葉に雄子さんは手を軽く振って答える。

 

「大丈夫よ。今日は友達の働いてるレッスンスタジオに行くの。風花町の、探偵さんなら知ってるでしょう?」

 

「ええ」

 

「昔話に花を咲かせながら軽く流す程度になると思う。だから心配いらないわ」

 

「まあ、そういうことなら大丈夫っすかね」

 

「うん、じゃあそういうわけでこの辺で失礼するわね。果穂ちゃんが目を覚ましたら教えて下さい。お見舞い持ってきますから」

 

「お気遣いありがとうございます。果穂も喜ぶでしょう」

 

「ふふっ、それじゃ」

 

 そうして雄子さんは軽く手を振りながら去っていった。

 

(風花町のダンススタジオね……)

 

 雄子さんの言ったスタジオのことを頭に思い浮かべる。

 

(……ん? あそこって確か……念のため調べておくに越したことねぇか)

 

 なんて考えを巡らせていると…… 

 

「左」

 

 半開きになったドアの隙間から声がかけられた。目を向けてみると照井が目配せをして、こっちに来い、と促しているようだった。

 

 プロデューサーに軽く頭を下げて俺は廊下へと出た。

 

「照井、どうしたってんだよ」

 

「今日の小宮果穂の護衛は俺が引き継ぐ、お前は事務所へ帰れ」

 

「いや、大丈夫だ。これは俺が受けた依頼で……」

 

「所長とフィリップから事情は聞いた。戦いのダメージが残っているのではないか? 身体を休めて万全にしておけ。でなければ守るものも守れないだろう」

 

「照井……」

 

 愛想のかけらもない言い方だが、もっともな意見だ。

 

 今度こそ依頼人を危険に晒すわけにはいかねえ。

 

「わかった。じゃあお言葉に甘えさせてもらうぜ。……ったく、お前にそんな心配されちゃおしまいだな」

 

「どういう意味だ?」

 

「別に大したことじゃねぇよ。じゃあな」

 

 俺はプロデューサーに軽く事情を説明して、照井にその場を引き継いでエレベーターに乗り込んだ。

 

 そうして一階のロビーまで降りてきて外へ出ようとした俺の目に、待合用のベンチに座る久留瀬プロデューサーの姿が映った。

 

 ちょっと気になって観察してみる。その手にはB5サイズの黒い手帳があり、何かを一心不乱に書き込んでいる様子だった。

 

 眉間に皺を寄せて考え込んでいるかと思えば、フッと顔を明るくしてペンを動かすペースを早めたりと、座って黙っているのにやたら騒々しく見えるような印象を抱いた。

 

「厚志さん」

 

 俺は彼の元に近づいて声をかけてみることにしたのだが……

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「うおぉぉっ!?」

 

 突然空気を震わすような大声が轟いて、驚いた俺もそれに釣られて叫び声を上げてしまう。

 

 周囲の人々の視線が俺達に注がれる。目を丸くしたり、眉をひそめたり、ヒソヒソと離す声が聞こえたり、赤ん坊がグズったり、騒々しい空気が伝染していくみたいに感じられた。

 

 通りがかったベテラン看護士が、刻み込まれた顔のシワをより深くしながらこっちを睨みつける。

 

「す、すんませんでした」

 

 俺が小声で謝ると、看護師は大きな溜息を吐いてその場を後にしていった。

 

「た、探偵さん。驚かさないで下さいよ」

 

「あ~、すみません」

 

 流石に驚きすぎじゃないか、何てことを思いつつも俺は軽く頭を下げる。

 

 見れば彼は手にしていた手帳を鞄の中に仕舞い込んでいた。

 

「姿を見かけたもんでつい気になって。何か熱心に書いてたみたいですけど」 

 

「ああ。これは、いわゆる一つのプロデュース案ってやつですよ」

 

「雄子さんのですか?」

 

「ええ。時折り手帳にアイデアを書き留めているんです。こういうのは後回しにすると忘れちゃうんで、出来るだけ早くやっておかないと」

 

「クリエイターとかがそういうのをやってるってのは聞きますけど、アイドルプロデューサーもそうなんすね」

 

「そうですね。理想のアイドルを作り上げる、という意味では僕らもクリエイターも通じる所があるかと」

 

 そうして一呼吸置いた後

 

「僕がヒーローという夢と共に歩むためにも、最高のヒーローアイドルをプロデュースして作り出さないと」

 

 彼はポツリと呟いた。

 

「ヒーローという夢と共に?」

 

 妙な言い回しが気になって、オウム返し気味に聞き返してしまう。

 

「ああ……実は僕、元々俳優やってまして、って前に少し話しましたよね」

 

「ええ」

 

「僕は昔からヒーローが大好きで、いつか自分も憧れたヒーローになるんだって意気込んで、古碌プロの門戸を叩いたんですよ。古碌プロが関わっていた頃の特撮がとりわけ大好きで、自分の行くべき道はここしか無いって意気込んで。身一つで故郷を飛び出してね」

 

「随分とアグレッシブだったんですね。けどそんな雰囲気ありますよ、やっぱ」

 

「ははは、けど芽が出る前に引退せざるを得なくなってしまったんです」

 

「それは、どうして?」

 

「ここを、やってしまいまして」

 

 厚志さんが指で指し示したのは自分の脚。言われてみれば以前、古傷がどうのって言ってたな。。

 

「激しいアクションもしなきゃいけない特撮俳優としてやっていくには致命的で。それ以降は別の道を進んでました。けど数年前に世話谷社長と再会した折にプロデューサーとしてスカウトされまして。また頑張ってみようかと」

 

「それでヒーローアイドルを育てるって道を見つけたわけですか」

 

「はい。前にも言ったと思うんですが、その活動を通して知名度を上げていけば番組やショーなんかに携われるようになる。近年は女性が変身するヒーローの役も増えて、チャンスは広がっています。だから自分の手で何としても雄子を本物のヒーローにしてみせる。それが僕の生き甲斐なんです」

 

 そう溌溂と語る厚志さんの目はとても生き生きしているように見えた。

 

「けど、打ち破る……超えるべき壁はたくさんある。立ちはだかるライバルは無数にいる」

 

「言ってましたね、ヒーローアイドルは結構な激戦区だって。とすると、果穂も大きなライバルってわけか」

 

「ええ、恐らくは最大級の。彼女は、ヒーローアイドルとしての小宮果穂は、太陽のように眩くて、大きな存在です。前にヒーローショーの司会をやってるのを雄子と見たことがあった……あれは、圧巻だった」

 

 感慨深げに言葉を漏らす厚志さん。

 

「彼女を超えなければ、それを人々に認めさせなければ真のヒーローへの道は開かれない」

 

 一呼吸置いて、決意を秘めたような声でそう告げた。

 

 確かに果穂の想いや勇気、そこにはヒーローの魂が宿っているように思う。ヒーローとして戦う俺から見てもそれは本物だって感じられる。

 

 そんな子の夢が、生命が失われるようなことはあってはならない。

 

「なら、守らないといけませんね」

 

「え?」

 

「果穂を、その笑顔を。みんなを照らす太陽を」

 

「ああ、そうですね」

 

 俺は決意を新たにする。今度こそ果穂を守り切ってみせる。ヒーローに希望を抱く人々を二度と失望させるようなことはしないと。

 

 そして久留瀬プロデューサーに別れを告げて、俺はバイクに跨り事務所へと向かって行った。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「では状況を整理しよう」

 

 事務所のガレージのホワイトボードにフィリップが次々と文字や図を書いていく。

 

 俺は手すりに寄りかかるようにして立ち、亜樹子はソファに腰掛けている。亜樹子は時折頷きながらフィリップの書いた文字を追っている。

 

「まずは時系列に沿って。事の始まりは283プロの事務所に脅迫状が届いたこと。しかしながら目下の危機は無いと判断したプロデューサーらは小宮果穂のG.R.A.D遠征を敢行。風都へ到着とほぼ同時にヘルダークネスを名乗る組織の襲撃を受けるもジャステリオンなるヒーローに助けられる。そして鳴海探偵事務所に小宮果穂の護衛の依頼をした」

 

 こっちに目を向けてきたフィリップの視線を受けて、俺は軽く頷いて続きを促した。

 

「翌日のG.R.A.D予選のリハーサル中、会場内に突如としてヘルダークネスの一味が出現。襲撃を受けるも僕たちダブルとジャステリオンによりこれを撃退、事なきを得る。更に翌日、街中にて謎のドーパントに襲われる市民を照井竜が助ける。だが同時にへルダークネスの一団が出現、照井竜と交戦。決着には至らず、ヤツらはドーパント共々早々に姿を消すこととなった」

 

 亜樹子が、うんうん、と首を上下させる。

 

 フィリップがマジックペンを指示棒のようにしてホワイトボード上を滑らせていく。

 

「そして今日、G.R.A.Dの臨時審査会場にもヘルダークネスが出現。ギャックアーと名乗る幹部も加わっての混戦が勃発。ジャステリオンとダブルは共闘するも……思わぬアクシデントにより彼に打ちのめされ、敵もまた撤退し今に至る、というわけだ」

 

 冷静に淡々と告げていったフィリップだったが、決定的なミスをぼかして言う辺り、俺に気を遣っている様子が感じられる。昔じゃあ考えられなかったことだな。

 

「さて、ではここから状況を分析していきたいのだけれど」

 

「はいはーい!」

 

「どうぞ亜樹ちゃん」

 

「283プロに届いた脅迫状って、やっぱりヘルダークネスが送りつけたのかな?」

 

「起こった事実に着目すればその可能性が高いように思われる。現に小宮果穂は三度ヤツらに襲われているからね」

 

「だよねー、いたいけな小学生を襲うなんて許せへんわ!」

 

「ただ……」

 

「へ? ただ?」

 

「引っ掛かる事がある、だろフィリップ?」

 

「やはり君もそう思っていたんだね、翔太郎」

 

「ああ、果穂に狙いを定めていたにしちゃ、行動が動機と噛み合ってねえように見える」

 

「どういうこと?」

 

「まず初めの襲撃、これは果穂を直接狙ったように見える。だが次のリハーサル襲撃でヤツらは大仰に名乗りを上げて風都侵略を宣言して暴れ出した、果穂を狙うこと無く。」

 

「けど果穂ちゃんを人質に取ろうとしたよね、あのトカゲ男」

 

「果穂の命を狙っているのならもっと手っ取り早く、それこそ闇討ちみたいに仕掛けることもできたはずだろ」

 

「言われてみれば……そうかも」

 

「そして今日の予選会襲撃、ステージのアイドル達を人質に取って更にスタッフ達を自分たちの手駒にしようとしてた。最終的に果穂が敵の手に捕らえられたが、これも果穂を狙っていたにしてはやり方が回りくどい」

 

「じゃあ果穂ちゃんが襲われたのって、たまたまって事?」

 

「うん、その可能性は十分にあり得るね」

 

「プロデューサーに確認したんだが、仕事や道路事情の影響で風都には当初の予定より遅れて着いたらしい。仮にヤツらが何らかの方法でスケジュールを把握していたとして、待ち伏せして襲うのは確実性に欠けて非効率だ。何かの気紛れでルート変更でもしてたら、それこそ計画は台無しだ」

 

「けど車を追いかけて見張ってたりしたら……って、だったらそんな事しないですぐに襲った方が早いか」

 

「以上のことを踏まえて分析をすると、脅迫状及び小宮果穂とヘルダークネスとの関係性は薄いという仮説が立てられる、というわけさ」

 

「だとしたら誰がそんなことを?」

 

「怪しいヤツならもう一人いるさ、俺たちにとってはお馴染みのヤツがな」

 

「お馴染み? ……あっ、竜くんが戦ったドーパント!」

 

「そうだ。照井がヤツらと戦った状況。見方によってはドーパントを守る為に出てきたようにも見える」

 

「けどそうだとしてドーパントが果穂ちゃんを脅迫する理由って何?」

 

「アイドルオタクの果穂アンチ、とかかな?」

 

「はあ!? いやいや、果穂ちゃんみたいな純真な子にアンチなんて」

 

「けど実際いるみたいだぜ、よくドラマに出る子役なんかにムカっとする人間ってのは」

 

「そういうもんかな? 私にはよく分からないわよ」

 

「とまあ、これはパッと思い浮かんだ妄想みたいなもんだ。実際、ドーパントと果穂を繋ぐ証拠なんて見つかって無いんだからな」

 

「またいいかげんな……」

 

「いいじゃないか。手掛かりが少ないのなら、何かのとっかかりから勘を頼りに捜査に着手する。翔太郎流のやり方だ。それに君の勘はよく当たるからね」

 

「お褒めの言葉どうも。ともあれ謎のドーパントが事件と全くの無関係とは思えねえ。ヘルダークネスの足取りが掴めねえ以上、いつもの俺らのやり方で捜査してくのが一番の近道だろう。それが果穂を守ることにも繋がるはずだ」

 

「なるほどねー……よっしゃ! じゃあフィリップ君、景気付けにいつものアレを!」

 

「検索なら既に済ませてある」

 

「ありゃっ!? 行動が早いわねえ……」

 

「照井竜の証言を元に黒ずくめ、紐、触手、小刀、帽子、ベールなど外見的特徴から検索をかけてみた。しかしながら決定打に欠けてね。残念ながら絞り切れてはいないのが現状だ」

 

「もっと特徴的な能力とか使ってくれてりゃ良かったんだけどな。まあ、ウダウダ言ってても仕方ねえ。明日は街中を聞き込みしてドーパントに繋がる噂を集めるとするぜ」

 

「よっしゃ! やったるでー! 待ってろ真っ黒くろっこドーパント!」

 

 “捜査開始!”と書かれたスリッパを掲げて高笑いをする亜樹子。

 

 気の滅入ることはあったが事務所の雰囲気は一転して明るく前向きになったように思える。

 

 明日からは気を取り直して事件の全容を解き明かす、俺も気合いを入れて捜査しねえとな!

 

 そして迎えた翌日……

 

「何だよこいつは!?」

 

 思わぬ事態に俺たちは陥ることになったのだった。

 

 

 

 




今回から後編パート、解決編となります。
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