風都探偵以前orパラレルを想定しています。
《ワタクシはヘルダークネス随一の頭脳を誇る智将侯爵ジーニアと申します。お見知り置きを。
さて、前置きはここまでとして、明日我らヘルダークネスは風都の何処かへと攻撃を仕掛けます。
ですが今までのように不意打ちを仕掛けるのはフェアでは無い。なので一つ予告をさせていただきます。
『二つの影重なりし刻、空虚なる器を満たさんと欲する使徒集い、新たなる空虚な器生み出す地』
そこへワタクシどもは現れるのです。さあ、見事この謎を解く者は誰か?
警察の皆様、仮面ライダー、そしてジャステリオン、貴方がたとお会いできるのを楽しみにしております》
頭にシルクハットを被り片目にはモノクルを付けた、貴族というよりも怪盗といった呼び方の方がしっくりくる姿の怪人が出した犯行予告動画。
それを受けて風都警察署は厳戒態勢を敷き、朝から大勢の警官がパトロールへと駆り出されていた。
街中を行き交うパトカーや白バイと何度もすれ違いながら、俺は風都のとある場所へと向かっていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「これは、実に簡単な謎解きだね」
「早っ! もうわかったのかよ」
昨晩ガレージで犯行予告動画を見終えたフィリップが間髪入れずに告げたことに、俺の口から即座にツッコミが飛び出した。
「二つの影重なる刻、これは時計の針の動きを表している。針が重なる時刻は12時。昼と夜とがあるが十中八九昼を指しているはずだ」
左右の人差し指を重ね合わせるようなジェスチャーを交えつつ、フィリップは更に続けていった。
「空虚なる器を満たさんと欲する使徒集い、新たなる空虚な器生み出す地。これが示す器のうち後者は文字通りの器、食器の類を指している。そしてもう一つの方は……人体の一部を指している」
「人体の一部? 食器? ……手、口? いや、空虚なる……からっぽ、空く……あ」
「どうやら理解したようだね」
「ああ。ヘルダークネスの野郎ども、ランチの前菜代わりに片付けてやるぜ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
昨晩のやり取りをぼんやりと思い返しているうちに目的地に到着した。
そこは風都有数の飲食店街、イブクロ横丁だ。
平日の昼休み前ということもあってか、人の姿はピーク時に比べると幾分か少な目だ。
だがヘルダークネスの奴らが暴れだしたら、大きな被害は避けて通れないだろう。
予告された時間までは時間がある。
「どうも、探偵さん」
もしかしたら奴らに繋がる手掛かりが何か見つかるかもしれない。
「あの……もしもし」
暫く辺りを調べて回るとするか。
「すみません……その……」
とりあえず何処かに停め置こうとバイクを押して歩き出した瞬間。
「あっ」
何かが転がるような音がした。
「ん?」
音のした方を振り返る。
そこには地面に倒れ込んだ初老の男の姿が。
「古碌プロの世話谷社長?」
「痛たた……」
「だ、大丈夫っすか?」
その手を取って助け起こす。
世話谷社長は乾いた笑いを漏らしつつ軽く頭を下げる。
「すみません。なかなか気付いてもらえなかったもので、お肩に触れようとしたのですが……」
どうやら出した手が俺が歩き出したせいでスカって、それでバランスを崩してよろけてしまったらしい。
「あ、もしかして声かけてました? すいません気が付かないで」
「いえいえ、慣れっこですから。ははは……」
この存在感の無さは何なんだろうな。ここまで目立たない人なんて、そうそういるか?
「ところで社長さんはここで何を?」
「この辺りのお店でお昼を食べようと。厚志君と雄子君との三人で」
「事務所のメンバーでランチですか。だとするといいチョイスをしましたね。この横丁は美味い店が目白押しですから」
「いえ、選んだのは厚志君なんですよ。私は誘われただけで」
「あ、そうだったんですね」
「風都を去る前の思い出づくりの一環と次の仕事に繋げるため、という事らしく」
「東京の方に帰るってことですか?」
「はい。G.R.A.D再開の目処が立たないとあれば留まる理由もありません。既にスケジュールの都合で辞退、或いは別の審査の機会にエントリー代えして風都を後にしたアイドルも複数いらっしゃいます」
なるほど、言われてみれば納得だ。
人気アイドルであれば仕事は山のように溜まっているだろうからな。それに安全面から風都にいられないと判断したってことも十分に考えられる。
「この街の人間としちゃ寂しい気もするが……仕方ないですね。ところで、次の仕事っていうのは?」
「これから行くお店の方で撮影をさせていただけるそうで、食レポとやらを雄子君にしてもらってそれを収めると」
「なるほど。テレビ番組、動画企画じゃ定番のやつっすね。それで仕事のオファーが来るようにアピールすると」
「いやはや、時代の流れに取り残された老いぼれには、なかなかどうして出来ないことです。本当に厚志君をプロデューサーとしてウチの事務所に再び迎え入れて良かった」
「そういえば厚志さんは役者として昔所属してたそうですね」
「ああ、ご存知でしたか」
「なんでも熱烈な事務所のファンだったとか」
「ええ。芸能事務所としては落ち目になっていたというのに、ウチが作り上げてきた時代劇や特撮の歴史と業績に感銘を受けた、と熱心に語ってくれまして。あの時は胸が熱くなりました」
「ははは、やっぱり昔から筋金入りの熱血漢だったんですね、あの人は」
「加えて身体能力がずば抜けていましてね、アクション俳優として活躍してくれました。やられ役や危険なスタント、更には遊園地でのショーまで、どんな小さな仕事にも全力投球で、一時期は彼が事務所の屋台骨を支えてくれました」
俺の知る限り、今までで最高なくらいに明るく楽しげに昔話を語る世話谷社長。
だが、その勢いがふと衰える。
「ですが……うん、辛いものですな、自分の罪の記憶を語るのは」
「罪……?」
「私は、事務所は厚志君の頑張りに頼っていた。いや、頼りすぎていた。彼のことをよく見もせずに言われるまま、流されるままに彼の仕事のスケジュールを埋めていった。休む暇も無いほどに。病院に行く時間すらも……」
「病院? もしかして、それは脚の怪我の?」
「はい……初めは微かな違和感を脚に覚えていたそうで。後の診断によると軽い捻挫をしていたそうです。にもかかわらず仕事を続けて。それを庇うようにして反対の脚に負担がかかっていった。そしてとあるショーの最中にアクロバットを失敗し、腱を断裂してしまったのです。幸い日常生活に支障は無い程に回復出来ましたが、アクション俳優としては……」
絞り出すように言葉を紡ぐ世話谷社長。最後は枯れたような微かな声になっていた。
「厚志君が芸能界を去った時、事務所を畳もうかと思いました。ですがこんな私を励まし支えてくれる事務所のスタッフ達を路頭に迷わすわけにはいかないと、不器用ながらも仕事を懸命に続けてきました。283プロ社長の天井君にも助けられ、触発されました」
「283の社長さんが?」
「ええ、彼にも色々とありましてね。共に励まし合ったこともありました。ともあれそんな折に厚志君と再開しまして。事務所共々再起を図ることとなったわけです」
「そうですか……おかげでよくわかった気がします。皆さんの今回のイベントにかける想いが」
「ははは、ありがとうございます。とはいえ、イベントの続行を望むのもどうかとは思うんです。様々な人々に被害が及んでしまっていますし」
「そうですね……とはいえイベントが無くても人々は襲われる危険がある。だからこの街を人々を泣かす存在には立ち向かっていかないと。俺はそう思っています」
「立ち向かう……」
「はい、とりわけ果穂のような子供を犠牲にするのは……」
「そう、ですね……」
そんな時、ある建物の壁についていた時計が目に入る。
指し示していた時刻は12時になる1分前。
「っと、のんびり話してる場合じゃなかった! 社長さん、とりあえずさっさ離れた方がいい、ここは危険だ!」
「えっ?」
世話谷社長を逃がそうと手を取ろうとした、その時。
「社長!」
こちらに駆け寄ってくる大柄の男が一人。
「久留瀬さん?」
「探偵さん? どうしてこんな所に……ってそれよりも、社長! 雄子を見ませんでしたか!?」
「雄子君かい? いや、今朝ホテルを出る前に会ったきりだが。君と一緒じゃなかったのか?」
「それがまだ来てなくて、電話にも全然出なくって。もう時間が―――」
と、どこかの店の軒先の時計が12時を告げる音楽を鳴らし始めた。
その瞬間、ボフッ、という弾けるような音と共に白い煙が立ち込めた。
チッ、やっぱり出やがった!
「こ、こ、このバケモノは!」
「ああっ!」
大きく目を見張る世話谷社長、そして厚志さん。
そこかしこに出現したガイコツ怪人どもが暴れ出し、周囲にいる人々に襲いかかり、建物や看板、屋外に設置された椅子やテーブルを手当たり次第に破壊し始めた。
人々の悲鳴が辺りに響き渡る。
「早く逃げろ!」
俺は咄嗟に敵がいないと思われる建物の影を指差して、二人をそこへ向かうように促すと、暴れているガイコツ怪人の元へ走っていき跳び蹴りを喰らわせた。
襲われて蹲っていたサラリーマンを助け起こして逃すと手近な物陰に身を隠す。
《やはり現れたようだね》
ダブルドライバーを装着すると即座にフィリップの声が頭の中に聞こえてきた。
「ああ、行くぞ! 相棒!」
《サイクロン! ジョーカー!》
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うぉらっ!」
メインストリート入口付近で暴れ回っていたガイコツ怪人どもを蹴散らしていく。
一撃を喰らったヤツらはいつものように、倒れ伏すと煙のようにかき消える。
「よし、これで全部だ!」
《いや、まだだ》
フィリップが告げるとほぼ同時、新たな怪人の一団が出現した。
その中央には犯行予告動画に出ていたシルクハット怪人の姿があった。
「ランチパーティーのホストのお目見えみてえだな」
《翔太郎気を付けたまえ。相手は恐らくは頭脳派。何かしらの策略を巡らせている可能性がある》
「そん時はそいつを上回る戦略期待してるぜ相棒!」
ガイコツ怪人どもが一斉に突撃を開始する。
と、俺は一瞬目を疑った。
「な、何だ!?」
ガイコツ怪人どもと一緒にシルクハット怪人までもが突撃をしてきた。
《流石に、これは予想外だね》
「ともかくやるぞ!」
迫ってくるガイコツ怪人どもを殴り飛ばす。
その戦い方、いや……戦いというにはあまりにお粗末な、暴徒のような突撃。
ガイコツ怪人どもと同じように襲いかかってきたシルクハット怪人の腕を掴み投げ飛ばす。
巻き込まれて下敷きになったガイコツ怪人が消え去って、シルクハット怪人が仰向けに倒れ込んだ。
ヤツは即座に起き上がると、手にしたステッキを振りかざしながら一直線に向かってくる。
俺は腕を掴み取ってその勢いを殺し、取っ組み合いの形に持ち込んだ。
「おいおい、優雅なのは形だけか? 動画で見せた怪盗紳士ぶりとは大違いじゃねえか」
「ウグアアアアッ!」
シルクハット怪人は獣のような唸り声を上げて腕に力を込めていく。
だがダブルには到底及ばない非力さだ。
「はあっ!」
敵の腕を掴んだまま俺はその場で跳躍。
身体を捻った勢いで地面へ向けて投げ飛ばす。
叩きつけられ転がったシルクハット怪人は、緩慢な動作で立ち上がると再びこっちへ突撃してくる。
俺は右手を軽く振るい拳を握る。
駆けてくる敵に対して一瞬腰を落としてからのボディーブローを叩き込んだ。
身体をくの字に曲げて吹っ飛んだシルクハット怪人は、地面を転げ回って雑居ビルの壁に激突。
そのままガイコツ怪人と同じようにかき消えてしまったのだった。
「いったい何だったんだアイツは?」
《ある種の奇策と言えなくも無いだろうけど、意表を突く以上の効果は期待できない愚策だね》
そう話していると、また聞こえてくる破裂音。
数十メートル先、メインストリートの中ほどに新たな敵が現れていた。
「次から次へとキリがねえ」
《ここは広範囲に攻撃できる、かつ周囲への被害を抑えられるメモリにすべきだろうね》
「ならコレだ!」
《サイクロン! メタル!》
サイクロンメタルにフォームチェンジし、メタルシャフトを構えて駆け出す。
風の力と棒術のリーチで一気に蹴散らす算段だ。
と、俺の耳に声が聞こえてきた。
「子供の、泣き声?」
目を凝らして見ると、ガイコツ怪人どもの暴れているその近くに、うずくまっている小さな人影があった。
「ヤベェ!」
その子供に気が付いたのか一体のガイコツ怪人が近づいて、持っている小刀を振りかざす。
クソッ! 間に合えっ!
脚に全神経を集中し、俺は全速力でストリートを駆け抜ける。
右手が俺の意思と関係なしに動いた。
《ルナ!》 《ルナ! メタル!》
フィリップの機転でメモリが入れ替えられると同時に、俺はメタルシャフトをグッと前方にかざす。
しなって伸びるシャフトの先端が、ガイコツ怪人の脇をすり抜けて子供の身体を捕らえる。
かに思われた瞬間、子供の身体がふわりと宙に浮き、メタルシャフトをが空を切った。
「なっ!?」
驚愕する俺の視線の先で子供の身体が、フワフワとストリートの奥の方へ飛んでいく。
混乱しつつも追いかけようとする俺の前にガイコツ怪人が群がってくる。
「クソッ! 邪魔だ!」
シャフトを振り回して敵を弾き飛ばす。
倒れてもなお脚に絡みついてくるヤツを蹴り飛ばし、上半身にしがみつくヤツを振り解く。
「待てっ!」
そうこうしているうちに子供の身体は路地裏へと吸い込まれるように入っていく。
追いすがるガイコツ怪人を振り切って俺も路地裏へと駆け込んだ。
「あれもヤツらの仕業か!?」
《或いは、例のドーパントかもしれない。何か罠を張っている可能性もある。最大限の警戒を》
「ああ!」
小さなバーやスナックの並ぶ入り組んだ路地を駆け抜ける。
そして角を曲がった先、道の真ん中に佇む人影があった。
急ブレーキをかけて立ち止まり、メタルシャフトを構えて人影へと焦点を定める。
そこには……
「あーっ! 仮面ライダー!」
「こ、子供? さっきの?」
宙を飛んでいた子供、幼稚園児くらいの男の子がこっちを指差して駆け寄ってきた。
「わーい! 仮面ライダー!」
「ど、どういうことだ?」
困惑しつつも近づいてきた子供を抱き抱えて周囲に目を配る。
子供を囮にしての不意打ち、その可能性を考慮して神経を研ぎ澄ます。
だが、暫く経っても何かが襲って来るようなことは無く、誰かしらの潜むような気配も感じなかった。
「どーしたの仮面ライダー?」
「ん、いや。何でもない。ボウズ、さっき浮いていたみたいだけど何があったかわかるか?」
「ううん、わかんない! けどすっごく面白かった!」
屈託のない笑顔を見せる子供、それを見てすっかり拍子抜けしてしまった。
そんな時
「うわああああっ!」
路地の更に先から悲鳴が聞こえてきた。
俺は抱き抱えていた子供を下ろし、近くに転がっていた段ボールを拾い上げた。
「ちょっとここで待っててくれ。怖いガイコツに見つからないように隠れてるんだぞ」
「うん! ぼく、かくれんぼ好き!」
「そうか、だったら安心だな」
子供の頭を軽く撫でて段ボールを被せると俺は再び駆け出した。
薄暗い路地の先、開けた場所から光が差し込んでいる。
そこを抜けた先のサブストリートに数体のガイコツ怪人姿があった。
その足元には焦茶色のスーツの人物がうずくまり震えていた。
「あれは、世話谷社長!?」
咄嗟にメタルシャフトをしならせてガイコツ怪人の一体を打ち払う。
するとこちらに気付いた残りのガイコツ怪人が振り向いてこちらに迫ってくる。
「ひ、ひいいいっ!」
「あっ!」
よたよたと立ち上がり、悲鳴を上げながら世話谷社長は走り去っていく。
ガイコツ怪人を蹴散らして追いかけようとしたが、また煙と共に新たな怪人の一団が出現した。
「……ふう、どうやら打ち止めみてえだな」
怪人どもを倒して周囲を見て回る。
新たな敵の出現は無く、喧騒と共にパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
ドライバーを閉じて変身を解除する。
元の姿戻った俺の頭にフィリップの声が響く。
《翔太郎、先程の少年を迎えに行かないと。でないと彼はいつまで経ってもかくれんぼを続けてしまうよ》
「やっべ! そうだった!」
慌てて子供の元に向かった俺は、必死に子供を探し回っていた母親へと無事に引き渡すことができた。
「仮面ライダーと一緒じゃなきゃヤダ!」
と、駄々をこねる子供を説き伏せるのには、ちょっとばかし苦労したんだがな。
メインストリートに戻ってみれば、多くの警察官や救急隊員が忙しなく動く姿があった。
周囲には破壊の跡が多数見られたが、それほど深刻な被害は無いようだった。
テラス席の椅子やテーブル、看板や店先の備品等々壊れた物が散らばっているが、建物などに大きな損傷は無く、襲われた人々も軽傷者が大半らしい。
もっとも、襲われた当人や飲食店の経営者にはたまったもんじゃないんだろうが。
横丁の様子を見て回っているとスタッグフォンが鳴り出した。
《翔太郎、今回の襲撃についてだが不可解な点が多かったように思わないかい?》
「おいおい、いきなりだな……まあ、確かに奇妙な感じはしたな。まず、あのシルクハット野郎。もったいつけて予告や謎解きを仕掛けてきたくせして戦ってみたら、言葉は通じないわ力押しだわで意味がわからなかったぜ」
《あれは囮か偽物の類で本物が不意を突く、といったことも考慮していたんだけど完全な杞憂だったね。例の子供の件も作戦の一端かとも思ったのだけれど……》
「あれに関しては例の黒いドーパントの仕業、って考えるのが順当な気はするんだが、どうもしっくりこねえ」
《その意図がわからない、ということかな? 子供を連れ去っておいて放置する、という》
「いや、あれは何ていうか……子供を助けた、そういう風に見えた」
《確かにその見解も一理ある。だが行動原理が噛み合わない。子供を危険に晒したくない、という心理と倫理観を持ち合わせているのなら小宮果穂の件は? そういう話になってくる》
フィリップの言う通り、今回のヤツの行動は今までの情報からは考えられない、完全にチグハグなものだ。
ヘルダークネスと結託、ダブルを陥れようとする策略、民間人を襲う、そんなイメージとは正反対の行動。
さっきフィリップが言っていたように、作戦のために子供を攫った、更にはそれが何らかの理由で頓挫して子供だけを残して去った。
という風に考えれば辻褄は合うが……俺にはその推理を素直に受け入れる気になれなかった。
《ドーパントの行動についてはひとまず置いておくとしよう。そして最後の謎に取り掛かろう。なぜジャステリオンが現れなかったのか》
そう、今までの襲撃との最大の違い。
ジャステリオンが今回はその姿形をさっぱり表さなかった。
「単純に到着が遅れたってのも考えられるが……らしくねえな」
今まではヘルダークネスの奴らが暴れ出すとジャステリオンは決まって即座に駆けつけていた。まるで特撮番組のヒーローのように。
まあ、現実はテレビ番組みたいに都合よくいくわけがない、と言ってしまえばそれまでなんだが。
《敵の罠にハマった、実は別の場所でも襲撃がありそれに対応していた、そもそも今回のことに気が付いていない、簡単に思い浮かぶのはこんなところだけど……》
「やっぱりらしくねえな。今までと違って今回は犯行予告まで出てるんだ。最大限の警戒をしてなきゃおかしい。ヘルダークネスとの戦いのスペシャリストならな」
《翔太郎、思ったのだけれど彼に関してのアプローチを見直してみる必要があるんじゃないかな?》
「どういうことだ?」
《彼は所謂ヒーローだ。悪と戦うヒーローは世を忍ぶものだ。テレビ番組のヒーロー、あるいは僕らと同じように》
フィリップの一言に小首を傾げる。だが次の瞬間、ピンと来た。
「そうか! 変身だな!」
《ああ、その通りだとも》
「言われてみりゃ何で気付かなかったんだ、こんな簡単なこと」
《ドーパントの正体を探ることに躍起になり過ぎていたのかもしれないね。灯台下暗しってやつかな》
ジャステリオンはヒーロー、即ち彼に変身する人間がいるってのは当たり前の発想だ。
《僕らは今まで襲撃現場で会った彼から直接話を聞こうとしていた。しかし戦闘中や戦闘後の騒動でそれは叶わず。彼の正体さえ分かれば落ち着いて話を聞くことも可能になるだろう》
「となると、今日の襲撃でジャステリオンが来なかったってのも手掛かりになるな。少なくともこの近辺にいた人間は線から外れる」
《それでいてもこの風都には膨大な人々がいるからね、候補者は山積みだ》
「とりあえずアタリを付けて絞り込むしかねえな。元々の風都の人間ってよりかは旅行者、イベント目当てで来た人間や関係者の方が怪しい気がするぜ」
《ならば君のその直感に乗って捜査を進めていこう。手始めに、持ち得る情報で可能な限りG.R.A.Dに関係する人物の検索を進めておくよ。そこがまず怪しそうだからね》
「頼んだ。俺もこのまま聞き込みに向かう」
《ああ、よろしく》
そうして通話を終了して捜査に向かおうとすると
「これは……何があったの?」
聞こえてきた声。その方向を見やると、困惑した様子で辺りを見渡す雄子さんの姿があった。
「雄子さん」
「探偵さん? 一体何が」
視線が合い、彼女が問いかけの言葉を発しようとしたその時
「雄子!」
駆け寄ってきた厚志さんが彼女の両肩をグッと荒々しく掴んだ。
「今までどこに行ってたんだ! 電話にも出ないで!」
「そ、それは……」
「今日はこれからの、俺たちの為に大切な日だっていうのに! 何で!」
「い、痛い……離して!」
凄まじい剣幕で捲し立てる厚志さんの手を、雄子さんは身をよじって振り払う。
「雄子……!」
「私がどうしようと勝手でしょう! 放っておいて!」
「だけど今日の仕事は!」
「まあまあ、落ち着くんだ雄子くん、厚志君。少し冷静になって」
「今更仕事も何もないでしょ! イベントだって中止になってどうしようもないのに!」
「だからこそやらなきゃいけないことが!」
「おわっととと!」
いつの間にか現れて二人の仲裁に入っていた世話谷社長が、詰め寄る二人に突き飛ばされる。
「危ねえ!」
俺は咄嗟に駆け出して社長さんの体をすんでの所でどうにか支えた。
「二人とも黙れ!」
声を張り上げて俺が一喝すると、二人は目を丸くして静かになった。
そして状況を把握したのか社長さんに歩み寄り、厚志さんが俺からその身体を受け取る。
ちょっとオーバーに声を出しちまったが、こんな時はこれぐらいで丁度いい。
「すみません探偵さん」
厚志さんが大きな身体を萎縮させて謝ってくる。
「いや、このくらいどうってこと……てか、まずは状況を雄子さんに説明しねえと」
そうして俺が厚志さんに代わってこの横丁であった出来事を話した。
全てを聞き終えた雄子さんは
「そうとも知らずに、心配かけてごめんなさい。厚志さん、社長」
「ははは、いいんだよ。みんなこうして無事だったんだから」
「はい……僕の方こそ頭に血が昇って……申し訳ありませんでした社長。雄子も……」
どうやら丸く治ったようだ。
俺は軽く口元を歪めつつ帽子に手を当てた。
そこでふと思い出したことがあった。
「そういえば社長さん、厚志さん、別々に行動してたっぽいですけど、二人は今まで何処に?」
襲撃があった際に二人で逃げたはずなのに世話谷社長だけが襲われていた。一体それは何故なのか。
「あ、そうですよ! 社長ってばいつの間にかいなくなってて、心配したんですよ」
「いや……それが……」
バツが悪そうに頭に手を当て俯く世話谷社長。
「必死になって逃げてたらいつの間にか知らない場所にいて、怪物に襲われてしまってね。あの仮面ライダー、とかいう人が助けてくれて。いやはや、まいったまいった」
「まいった、じゃないですよ。まったく……」
呆れた様子でため息混じりに呟く厚志さん。
まあ、話としては一応の筋が通ってはいるが……
「ともあれだ。厚志君、行く予定だったお店に顔を出そう。キャンセルのお詫びをするのと被害が無いか心配だからね、確認しておこう」
「そうですね」
「だったら私も」
「いや、雄子君は大丈夫だよ。先にホテルに戻っているといい」
そうして世話谷社長と厚志さんは横丁の奥へと歩いて行った。
その姿を無言で見送る雄子さん。
一方の俺はスタッグフォンに送られてきたメッセージをチェックする。
それを見て軽く頷いた俺は雄子さんの方へと向き直る。
「その様子じゃ、また会えなかったみたいですね」
「……え?」
突然俺から投げかけられた言葉に目を瞬かせる雄子さん。
「父親の遠藤議員、彼に会おうとしてあなたは実家へと行った。だが会えなかった。そうこうしているうちに待ち合わせの時間が来てしまった」
「どうして……それを……」
目を丸くして驚きの表情を浮かべる雄子さん。
「遠藤ゆうこ、それがあなたの本名だ」
俺が初めに違和感を抱いたのは、彼女の友人が働いているというダンススタジオの話を聞いた時だ。
そこが出来たのは彼女が風都から引っ越したとされる年の数年後。
高校入学前に風都を出たという証言、加えて彼女の公式プロフィールとは明らかに矛盾していた。
そしてペットショップの店長、元サンタちゃんから遠藤議員の娘の話を聞き、俺はクイーンとエリザベスに当時の情報、写真などを集めてもらった。
高校時代の雄子さんの写真、そこに写っていた顔は確かに見覚えがあるものだった。
目つきが悪く団子っ鼻、相手を威嚇するかのような様相の濃いめのメイク、逆立て気味の金髪の巻き髪、今の爽やかな雰囲気漂う彼女とは正反対とも言える出立ち。恐らく顔の整形もしているのだろう。
そんな彼女は街のヤンキー集団の一員だった。
学生時代にそういう類のヤツらを叩きのめしていた俺は彼女とも遭遇していた。
更にイベントスタッフとして遠藤議員の元に出入りしていたウォッチャマンに、議員の近辺で雄子さんの動きがあったら流してもらうように依頼していた。
そしてつい今しがた、議員の自宅周辺の様子を窺う彼女の様子が送られてきたのだった。
「あなたは高校を中退して家出、風都を離れて芸能の道へと入って、何の因果か再びこの街へと戻ってきた」
俺の話を黙って聞いていた雄子さんは程なくして自嘲気味に笑い出した。
「あはは、流石街一番の探偵って評判になっているだけあるわね。友達の言っていた通りだわ」
「風都出身って聞いた時は親近感が湧いたもんだけど、まさかこんな接点があったなんてな」
「まあ、私は気付いたけどね。あの時の街の番人を気取ったヤツだって」
「あの頃は随分と荒れてたからなあ。ははは」
「けど変わったみたいね。本当の番人、或いはヒーローみたいな? そんな雰囲気を感じる」
「そいつはどうも」
微笑みかける雄子さん。だがその顔には程なく陰りが差す。
「それに引き換え……私は全然ダメ。変わったつもりでも本物にはなれていない」
「本物?」
そうして雄子さんは自らの素性を語り出した。
彼女には兄が一人いたらしい。
幼稚園で習ったお遊戯や、テレビに出るアイドルのマネをして踊る彼女をよく褒めてくれた。おかげでダンスが好きになり、彼女が夢を抱くきっかけになった。
だが彼は雄子さんが小学生になる前に病気で亡くなってしまった。
それ以来、彼女の父は兄の代わりに事業を継がせようと躍起になり、雄子さんは男の子のように育てられるようになった。
好きなダンスを禁じられた。髪を伸ばすことも、女の子らしくすることも。経営に関する英才教育や空手教室などの習い事が彼女の人生を占めるようになっていった。
唯一彼女に理解を示してくれた母親は中学の頃に病気で亡くなってしまった。
そんな母の死に目にも仕事漬けで立ち会わなかった父親に彼女は反抗を始めた。
仲間たちと街で暴れまわるようになり、父とも喧嘩の絶えない日々が続いた。
そしてある日、彼女は家の金に手を付けて街を出た。
自由の身となった彼女は、バイトしながらストリートダンスのグループに入ってがむしゃらに踊る日々を送っていった。
ダンサーになる夢を叶えるため、オーディションを受ける日々が続いたという。
「けど……私の手はプロの世界に届かなかった」
雄子さんの目が伏せられる。
「お兄さんとの絆を大切に思っていたんだな」
俺の言葉に彼女は軽く頭を上下させた。
「兄は私のヒーローだった。どんな時も私を守ってくれて……憧れだった。だからなのかな、縁があったのかも」
ゆっくりと頭を上げた雄子さんの口元に微笑が浮かぶ。
「ある公開オーディションの後にねスカウトされたんだ、アイドルに興味は無いか、って」
「もしかしてそれは」
「厚志さん。正直最初は何て暑苦しくて鬱陶しい人なんだって思った。けど、話を聞いているうちに、もう破れかぶれでやっちゃえ! なんて気持ちになってさ、アイドルやることにしたんだ。私に似合わなくても知るか、って思いでね」
「似合わないなんて、そんなことないんじゃ?」
「いやいや、私がアイドルに抱いていたイメージはフリフリのスカート穿いて、ピンクみたいな明るい色の服とかアクセ付けて……あなたが大好きよ! って歌を歌う感じ、そんなの似合うと思う?」
「いや、そんなことは……」
言われて想像してみる。
パッと思い浮かんだのは資料で見た283プロのとあるユニット、確か何かの花みたいな名前だったような……
彼女達が着ていた衣装と雄子さんを頭の中で重ね合わせる……
「あー…….大丈夫、イケますよ、きっと!」
「探偵だったらちょっとはマシな嘘つきな、バレバレよ」
「う……すんません」
思った以上に態度に本音が出てしまっていた。正直に言うと無しだな。全然らしくない。
「いいのいいの、当然だからそうなるのは。ともあれありがたかった、厚志さんがヒーローアイドルって路線を提案してくれたのは。今まで全然興味も無かったけど必死で勉強した、ヒーローのこと、アイドルのこと。おかげで少しずつ仕事が貰えるようになって、自信もついてきた。そんな頃だった、果穂ちゃんと出会ったのは。他のヒーローアイドルの研究ってことで見に行ったショーで司会をしてたのが果穂ちゃん。ユニバースGっていうヒーローのショーなんだけど、知ってる?」
「いや、俺はそっち方面はちょっと、相棒は最近ヒーローにハマってるから知ってるかもしれねえけど」
「そっか、まあ私も元々知らなかったし、当然か。ともあれ果穂ちゃんはそのショーの司会を見事にやり切った。後から聞いたんだけどその時が初めてだったみたい、司会の仕事。ほんとに凄かった、すっかり魅せられて目が離せなくなった。そして思った、私も負けてられないって……」
「良いライバルに出会えたんですね」
「けどさ、一生懸命にやればやる程気付かされた、私は本物じゃ無いって」
「えっ?」
楽し気に語っていた雄子さんの表情が不意に曇り、伏目がちになる。
「頑張れば頑張るほど身に染みてわかるんだ、差が。元々ヒーロー好きだった人とそうでない私。熱意だとか知識だとか色んなことが劣ってるのが思い知らされる。ヒーローとの向き合い方にいつも迷ってる。一度はやるって決めたのにね……」
ほんの僅かな沈黙を挟み、雄子さんは顔を上げる。そこには哀しげな笑顔があった。
「ダンサーとしても上手くいかなくて、アイドルとしては中途半端、もうどうしようもなくって笑えてきちゃうね、まったくさ」
「……別にいいんじゃないのか、アンタはアンタらしく向き合えば」
「えっ?」
俺の一言に雄子さんはキョトンとした表情を浮かべる。
「前にさ果穂と話していただろ、確か……ジャスティス……ファイブだったか? その感想を」
「ええ……」
「あの時の感動したって言葉、それは嘘だったのか?」
「そんなこと、無いわ」
「だろ? アンタは嫌々ヒーローの番組を見ていたわけじゃない。しっかりと向き合ってアンタなりに得た物がある。果穂はそれを認めてくれてたはずだぜ」
「それは……」
「あと果穂がジャステリオンの動画のコメントに落ち込んでいた時に励ました事、ヒーローを応援したいって気持ち、それは紛れもない本当の気持ちだったんじゃないのか?」
「…………」
「俺から見たらアンタだって十分にヒーローアイドルしてると思うぜ。果穂には果穂の、アンタにはアンタの向き合い方があるはずだろ」
憧れってのは表裏一体、時に人の背中を押して、時にその足を重くしちまう。誰にだってそんな経験はあるもんだ。
「それにアンタのダンス、俺は凄えって思った。心に響いてきた。紛れもなく本物ってのを持ってるよ雄子さん自身の、自分にしかないやつがな」
「……あはは、まいったな……そんな言葉かけられるなんて思ってなかったな……ちょっと泣けてきた」
「何だったら胸でも貸すぜ」
「いや、それはいい」
「なっ……そうかい」
「今泣くとさ、本当にもう止まらなくなっちゃいそうだから我慢する。その分エネルギーは仕事に向けていくよ」
「そういう事か、わかったよ」
「ありがとうね、探偵さん。元気出た。もう少しだけ頑張ってみるよ」
「どういたしまして」
雄子さんの目は若干潤んでいた。しかし表情は晴れやかで、さっきまでの憂いはすっかり鳴りを潜めたように思えた。
「ああ、そう言えばもうすぐ風都を出るんだろ。やっぱりさ、親父さんに顔出しておいた方が良いと思うぜ」
「……うん、流石に今すぐにってのは気持ち的にまだ厳しいけど、何とか勇気振り絞ってみる。許してもらえるかわからないけど、謝っておかなきゃいけないからさ」
雄子さんを見送った俺は停めていたバイクの元へと向かった。
そして跨ろうとした時、スタッグフォンに着信が入った。
アドレスは283のプロデューサーだった。
「もしもし」
電話に出てみると、聞こえてきた声は意外な人物のものだった。
「あ、翔太郎さん」
「果穂か? どうしたんだ?」
「あの、今大丈夫ですか?」
「ああ、何かあったのか?」
「えっと、見てほしい動画があって、アドレスを送ってもらうので見てもらってもいいですか?」
「動画? わかったよ」
ひとまず通話を切って、送られてきたアドレスから動画サイトにアクセスして動画を再生した。
《みなさんこんにちは、小宮果穂です。えっと、心配かけてすみません。
あたしは元気です。ケガもしていません。だから全然平気です!
その……あの時のことは全然おぼえていません。ステージから逃げたのはたしかなんですけど、気を失っちゃってたみたいで……でもっ、仮面ライダーは悪くないです!
あたしが危ない目にあったのは本当ですけど、きっと何か理由があるんです!
ずっと平和を守るために戦ってきた仮面ライダーがわざとああいうことはしないって思うんです!
あたしは仮面ライダーを信じてます!
それとジャステリオンにありがとうを言いたいです。悪者に捕まったあたしを助けてくれて、本当にありがとうございました。
あたしのことで喧嘩しちゃったみたいですけど、早く仲直りしてほしいです。あたしは本当に大丈夫ですから。
あと動画を見ているみなさん、ジャステリオンも仮面ライダーも平和を守るヒーローです。どっちが悪いとか良いとか、言い合って喧嘩するのはやめてほしいです。代わりに二人をみんなで応援しませんか?
あたしは信じてます。二人が悪の組織を怪人をやっつけてくれるって。
頑張ってください! ジャステリオン! 仮面ライダー!》
「…………」
病院の敷地内の広場でカメラに向かって語りかける果穂の姿があった。
「……ったく、すげぇな果穂は」
目と目の間を軽く指で押さえると、俺は愛車のエンジンをかけ走り出した。