出久への指名は2654、それだけのプロヒーローから眼を向けられているという事に驚きながらも素直に嬉しく思っていた。膨大な量のそれらからどれか一つを導き出さなければならない事態になった、しかもその中から一つを決めるまでの時間制限は明後日までだと相澤に言われてしまいこれもある種の試練の一つかと思いながらも自分へと送られてきた指名を入念に吟味しなければならない……のだが
『しかしこれは凄い数だな……』
「確認するだけでも大変だ……」
自分を指名したヒーローの名前が書かれた紙、ファイルに閉じられているがそれでもすごい数になっている。此処に自分の指名の全てが詰まっていると考えると少々重苦しい気分を感じずにはいられなくなってくる。その内容もとんでもない事になっている事も事実、トップヒーローと評されるヒーローの殆どからの指名がされており、ヒーローランキングの最上位者、トップテンからも指名が来ておりそれだけ自分への興味が多くの人によって持たれていると実感せざるを得ない。
『さて君は此処から何処を選択するかな?』
「まずはこの中からヒーローを得意な系統別に分けつつその後ランキング、実力、傾向、様々なデータを比較しながら今の僕に足りない部分を抽出させて何処に行くべきなのかを判断するべきだからまだまだ判断材料には乏しいか、だとしたら……」
『予想の範囲内だったね』
何時ものブツブツを伴った考察に入った出久にもうマグナは完全に慣れきっていた、と言っても此処からは完全に出久へと委ねられた選択なので此処から自分が出る幕はないと素直にそれを聞き続けていく。周囲も出久のそれに慣れているのか何も言うまいと言った感じが続いている。そんなこんなで決まる事もなくやって来てしまった放課後、出久は2654の中から1290までは絞る事が出来たと言いながら帰宅の途へと就こうとするのだが……
「私が独特の姿勢で来たぁ!!」
「オ、オールマイト!?」
『また突然だね、まあ私は何か来ている事に気付いていたけど』
「ちょっと、時間あるかい……?」
オールマイトからのお呼び、それを素直に受け入れた出久は共に談話室へと足を踏み入れる事になる。何やら震えているように見えたが、それは見間違いでなかった事を直ぐに知った。
「単刀直入に言わせて貰うと君にある方の所へ職場体験へと行って欲しいんだ」
「ある方、ですか?」
「ああ、本来贔屓するような事はいけないのだが……その方はワン・フォー・オールの事も承知なされている方でね、私の先代の盟友として活躍し、私の担任だった方なのだ」
その言葉を聞いて出久は酷く驚いた、ワン・フォー・オールの事を知っている人が他にもいた事にも驚きだがそれ以上にオールマイトの担任だったヒーローから指名が来ているという事に何処か興奮を覚えずにはいられないというのが素直に現れている相棒にマグナは笑みを溢す。
『しかしそんな方から指名を頂けるという事は出久君も期待されていると言ってもいいのかね、何せ平和の象徴の先生に指名を受けた上に此方に来て欲しいとまで言われている。これは熱烈なラブコールという奴かな』
「なんだかマグナさんらしくない物言いですね、でも僕としてはそう捉えてもいいかなぁって思っちゃったり……」
『何、私だってもう数年地球で暮らしているんだから多少なりともそれらに感化されて言葉遣いも変化を遂げるという物さ』
何処か笑いが出る会話をしている二人を見つめるオールマイト、がそんな彼の顔色は優れない所か悪くなる一方だった。
『如何しました、随分と顔色が……』
「その、実は……折り入って頼みがお二人に……」
『出久君だけではなく私にもですか?察するにその先生の所に職場体験に行って欲しいという事なのでは……』
「それもあるのですがその……」
酷く言いづらそうにしながらまるで犯人が警察からしつこく自白を促されたが如く、漸く吐き出した言葉は酷く悲痛な物でありながら切実な物だった。
「えっつまりそのグラントリノさんに指導の事を聞かれたら良い風に言って欲しいって事ですか?」
「う、うむ……」
『まさか貴方がそんな事をお願いするとは……それだけ恐ろしい方なのですか』
「い、いや先生は本当に素晴らしい方で私を鍛え上げてくださった、下さったのだがその過程が……余りにも、余り、にも……!!」
言葉の末端に入ると携帯のバイブレーションを身体でやってみたか如くに震え出した、最早携帯のそれよりも高周波振動するそれに近いだろう。そしてその言葉から汲み取れるのはオールマイトの記憶どころか魂にすら刻み込まれているかのようなトラウマの数々。それらの数々が経験や糧となったからこそ今があるのだと分かっていても身体が拒否反応の如く震える。
『私の言う所のレオが受けたセブンの修行並という認識でいいのかな』
「いえそれらと比べたらあれでしょうが、唯々只管に実践訓練の日々でして……何度吐かされた事か……」
「で、でも流石に先生に嘘を言うのはちょっと……」
「お願いだ緑谷少年ほんの少しいい感じに盛ってくれるだけで良いから!!!」
一生のお願いだぁ!!!と両手を合わせたうえに懇願してくれるオールマイトに出久は素直に困惑する、憧れのヒーローからのお願いは出来る事ならば叶えるべきだとは思うのだが、オールマイトの先生相手に下手に嘘をついてもあっさり見破られてしまって逆に怒りを買うのではないだろうかと思っているとマグナが良いじゃないかと声を出す。
『誰だって恩師や先生には良い姿を見せてあげたいと思うのは当然の事さ、それに実際に一緒に指導をしてたんだからね。この辺りは私もフォローしますよ』
「おおっマグナさん……!!」
『それに出久君、お師匠様の威厳や名誉を守ってあげるのも立派な弟子の役目だよ』
「そういう物なんでしょうか……分かりました」
出久も本当に大丈夫かなとやや不安を抱きながらもそれを承諾する事にしたのだった。オールマイトの事を持ち上げたりすることに異論はなく賛成なのだが嘘を見破られないか、という部分だけが不安。
『その辺りは私の指導をアレンジしちゃえばいいさ、それに私は常に出久君と一緒だった訳だからね』
「な、なんかあれな感じがするんですけど……ウルトラマン的にはそれっていいんですか?」
『地球にはこんな便利な言葉があると聞いたよ。バレなきゃ犯罪じゃないですよ』
「「いやそれ貴方が言っちゃ駄目な奴です!!」」
『ハハハハハッ冗談だよ、それに悪い事じゃないんだから良いじゃないか』
そんな事よりもある事への相談へと推移していく、グラントリノへマグナの事を話すか否かという事である。
「今知っているのは後は発目さん位ですもんね……」
「マグナさんの事は私だけの胸に留めておりますが、矢張りお話しするべきでしょうか」
『私としては別に話してもいいとは思う、ワン・フォー・オールの事も絡んでいるとすると秘密にして貰えると思えるし……それに』
「それに?」
その時、声色が鋭く低くなったことに二人は見逃さなかった。そこにあるのは未来に対する危機感を感じている感情、紛れもなくこれから味方を増やしていくべきだと考えているマグナの思考だった。
『USJでの一件、エレキングの事を考えると他にも宇宙人や怪獣が潜んでいる事も考えられる。私で対処しきれればいいんだが……どうにもあのヴィラン連合とやらの動きも気になるからね、ある程度の味方は作っておいた方が良いかもしれない』
皮肉にも、その考えは限りなく正しい事だとマグナは知る事になる。そして間もなくそのプレリュードが開幕する事も。