職場体験初日、雄英1-Aの姿は雄英から最寄りの駅にあった。此処から各自の職場体験先へと出発していく。担任の相澤から簡単な挨拶と体験先に迷惑を掛けすぎない事や本来公共の場などで着用が許されないコスチュームなどは絶対に落とすなと厳命される。自分だけのコスチュームを落とす間抜けなどいないとは思うが、盗まれる可能性もあるので確りと持っておくのに越した事は無い。なので生徒達はコスチュームケースを繋げておくためのひもや鎖などを用意、それと制服と繋いで対策しておく。
「いよいよだな緑谷君」
そんな風に語りかけてくる飯田の顔は普段と変わらず明るかった、その姿には無理などは一切無く酷く自然体であったように出久に映っていた。ニュースになっていた飯田の兄であるヒーロー・インゲニウムがヒーロー殺しと呼ばれるヴィランによって重傷を負わされ緊急入院した事を知った。幸いな事に命の別状はないという話だが……その飯田が向かおうとしている職場体験先は保須市にあるヒーロー事務所だった。
「そうだね、飯田君も楽しみ?」
「当然さ。プロの活躍を現場で見れるのだからな―――それと兄の事とは関係ないとは言えないが、俺は別に仇を討とうとかは考えていないさ」
内心を言い当てるかのように言葉を作った飯田に出久は言葉を飲み込んだ、そこにあったのは本当に復讐と言った事とは無縁の飯田がそこにいる。ならば何故保須を選んだのか、もっと上の事務所からも声を掛けられているはずなのに……。
「何と言えばいいのだろうな……兄がやろうとした事、兄が頑張った現場を見たいというのかな……兎も角そんな所さ。大丈夫妙な事なんてしないさ」
爽やかに言い残して飯田は去って行くのであった。恐らく大丈夫、だと思うがそれでも何処か不安が心を過るのだが新幹線の時間が迫っていたので急いで其方へと向かって席について出久は自分の職場体験先へと向かう。今の自分に出来る事はない、出来る事は職場体験中は飯田にメッセージを出したり無事を祈る程度の事だろう。
『彼の事は大丈夫だろう。私から見ても彼の精神は穏やかな物だった、ヒーロー一家の次男坊なだけあって怪我などは付き物だと分かっているだろうしあの様子ではお兄さんとも話をしたんだろうね』
「(心配、し過ぎですかね……?)」
『誰かを気遣い心配して上げられるという事は立派な美点だよ、だが君も彼と同じようにこれから職場体験をするのだから今はそちらの方に集中しておいた方が良いかもね』
確かに正論だと思いつつもヒーロー一家ならばその辺りも分かっている筈だろうと改めて思い直す、新幹線の窓から流れて行く景色を眺めながら貰ったメモに書かれている住所などを見つめながら一体グラントリノというのはどんな方なのだろうかと期待と不安の板挟みになりつつも新幹線は走っていく。そして駅に到着すると住所へと向かう。
『鯛焼きとそれに合うお茶も購入完了、社交辞令としては良い方かな?』
「(やっぱりこういうのも必要な事なんですか?)」
『だろうね。それにグラントリノ氏はオールマイトの先生、つまり君にとってはお師匠の先生、大師匠と言ってもいい方だ。そんな方には良い心象を持って貰いたいだろう?それにお弟子さんが良い行いをすると御師匠さんの株も上がるものだよ』
「(そうなんだ……)」
なんだか自分以上に地球の人間関係の事を熟知しているような気がするマグナに諭されながらも、確かにこれからもお世話になるかもしれないのだから最初の挨拶は確りと丁寧に行うべきだろうと思い直しながらメモの通りに進んでいき遂に到着するのだが……そこはボロいアパートにしか見えなかった。オールマイトの先生なのだからもっと立派な所にいると勝手に想像していたのか、やや困惑しながらもノックをして扉を開けてみる。
「あの、雄英高校から職場体験に来ました緑谷 出久です。宜しくお願い―――」
そこまで言った所で思わず、出久は血の気がどんどん引いていく感覚を思い知った。身体が冷えていく、暗い室内の中には血だまりの中に倒れこんだ老人が……しかも腹の辺りから腸のような物が飛び出しているように見える。凄惨な殺人現場を見てしまった出久の正気はガリガリと削れていきそうにあるのだが―――
『あれケチャップとソーセージだね』
「―――って死んでないぃ!!?」
「うん生きとる!!」
「あ"ぁぁぁぁぁぁ生きてるぅぅぅぅぅぅ!!!??」
と絶叫を上げた所で胸を撫で下ろす、そんな出久を見て老人は何処か面白そうに笑った後に立ち上がりながらケチャップを払いながら此方を見る。
「いやぁ切ってないソーセージにケチャップぶっかけた奴を運んでたらコケたぁ……」
「と、取り敢えず大事無くて良かったぁ……」
「誰だ君は?」
「緑谷 出久です、えっとヒーローネームは……イズティウムです!!」
「―――ほぅ良いツラで名乗るじゃねぇかよ、小僧」
瞬間、小さな老人が一気にプロヒーロー・グラントリノへと変貌した。鋭い目つきに凛々しい顔立ち、不敵な笑みを湛えながらも先程まで握っていた杖を投げ捨てながら獲物を見定めた鷹のように出久を見貫く。
「んじゃ―――早速見せて貰うぜ」
「えっ―――」
自然な呼吸から凄まじい風切り音と共に一気にグラントリノは飛び立った、弾丸のように室内を跳ね回りながら此方を見定めるようにしつつも蹴り込んでくる。いきなりの事だが出久は個性を発動させながらそれを咄嗟に回避しつつもすぐさま臨戦態勢へと移行して室内を跳び回っていくグラントリノへと意識を向けて構えを取った。
「(突然のことだったが臨戦態勢に入るまでの時間は短い、個性も既に全身に可能。俊典の奴思った以上にいい弟子を育てたか……)」
と口角を持ち上げながらもならばその弟子の実際の腕前は如何なのか、漸く戻った感覚に何処まで対応出来るか見てやろうじゃないかと思いっきり息を吸いながら出久を翻弄するかのように超スピードで移動し続ける。
「凄いスピード、飯田君よりもずっと……!!」
「くっちゃべってる暇があるたぁ余裕だな小僧!!!」
「シェアッ!!」
「―――ほうっ」
背後へと回り込んで所を最大加速からの蹴りをかまそうと飛び出してきたグラントリノに合わせるかのように、出久は背後へと振り向きながら腕を振り被った。短い時間、それだけで自分の行動の先を読んだ先へと向けられた一撃。中々に良いじゃないか、だがまだまだ青いと言わんばかりに空中で軌道変更をするが
「たぁぁぁっっ!!!」
「ぬぉっ!?」
神経伝達速度も強化していた出久は急激な軌道変更にも見事に対応して見せた、ジャンプしながらの裏拳が迫ってくると咄嗟に地面へと自身を飛ばして強引に着地するようにして回避するがグラントリノは酷く驚いたような顔をした後に酷く愉快そうに大声を出して笑った。
「ハハハハハッ!!こりゃいい、おい小僧お前中々やるじゃねぇか!!今のはワン・フォー・オールで神経を強化してやがったな!!じゃなきゃ対応出来ねぇだろうからな、あいつにしてはいい弟子を育てやがった」
「あ、有難う御座います……でも今のを避けるなんて……凄い判断力だ……」
「フンッ何経験が物を言うのよこういうのはな、お前も何れ息するみてぇ出来るようになるもんよ」
と少々誇らしげに胸を張っているグラントリノ、だが実際出久はグラントリノに既に尊敬のまなざしを向けていた。彼の戦い方はまだ室内でしか見ていないが、それだけでも自分に応用出来ればという物で満ち溢れていた。仮に外だとしてもあの機動力で縦横無尽に動き回れるという事になる、学べることが予想以上に多いと出久は嬉しくなっていた。
「さてとまあ先ずは茶でも飲みながらゆっくりとお前の師匠の教えでも教えてくれや、色々と聞きたい事もあるしな」
「アッハイ!!そうだ、それとオールマイトから鯛焼きがお好きだとお聞きしたので用意してきました。それとお茶も買ってきました」
「おおっ準備良いな!!俺は甘いものが好きでな、そんじゃゆっくりとそれらをつまみながら聞かせてくれや」
こうして出久の職場体験は想像以上の感触を感じさせながら始まる事になった。