盛大に、そして美しく 作:ゆい
この壁に囲まれた狭き世界は、我々人類よりもはるか上位の存在に飼育されているかのような、虫かごのような場所だった。
もしくは餌箱。
我々は餌で、この3重の壁の外、壁外にいる巨人が捕食者。餌が我々なら飼育されているのは巨人なのだろうか…? とにかく、我々には自由が存在していない。
あるとしても、それは嘘にすぎない。
恋をし、子を授かり、飯を食い、うまい酒に酔いしれる。
そして壁に囲まれ、守られている安心感。
全て嘘だ。
全く、この世界、国は嘘にまみれている。なぜ巨人は人を喰う。なぜ人は現状を受け入れることが出来る。
我々には知恵があるだろう。
劣る力を補うための知恵があるのではないのか。
この世界は間違っている。
現状に甘んじた者は違うことなき、終わりを迎えるぞ。この世に絶望したものは生という光に目を背け、逃げ出したものだ。
再度言う、我々には知恵がある。この知恵という、鋭利で破壊的な刃は我らが障害を打ち倒すためにあるのだ。
さあ、同士よ、真実を夢見よ、真の自由を手にせよ。
我々が立ち上がれば、敗北、逃走という名の夜は明けよう。
さあ立ち上がれ、同士たち。
「以上が私の兄の最期の言葉だった。 ああ、別に気にしないでくれ、兄が狂っていたことは私が十分に理解しているよ。 小さい頃から、どこか別の視点で物事を見る人だったからね…こんな人を変人って言うんじゃないかな?」
「さあね…あんたも私から見たら十分に変人だよ」
「あはは、そりゃ兄を追って調査兵に志願しようとしてるからね。変人の巣窟であるあの兵団にね」
「ふうん、精々死なないように頑張ることだね…。 で、話は終わりだろ、もういいかい?」
「まあまあ、もう少しいいだろう?」
今まさに面倒事から早く手を引こうとする彼女の名を『アニ・レオンハート』と言う。鉄面皮ではあるが、黙って私の話を聞くあたり、人はいいのだと、この3年間で学んだ…と思う。
「あんたの話は色々と疲れるんだよ…」
「でも、その面倒臭い話になんだかんだ付き合ってくれるから、アニはやっぱり優しいよね」
「…帰るよ?」
「わああ、待って待って」
そんな彼女に睨まれる私は『グレイス・ハルベルト』と言う。ただのしがない訓練兵だ。
「はぁ…。あんたが私を呼び止める理由は?」
「だって最近の君、エレンとばっかり対人格闘やってるからさ、話すことがめっきり減ったじゃない」
「班が同じだからいいじゃないか」
「でもさー」
私が寄ると、やはり彼女嫌そうにしながら、拳を顎に突きつけてくる。
これが最近のやり取り。
私が距離感を間違え、彼女が
「いったいなぁ…班員は大事にしなよー、班長さんだろー」
「こんな女々しい奴、誰とでも交換してやる」
「うっわ、ひどい」
だいたい彼女は僕の言葉に舌打ちで返す。
朝、食堂での挨拶
「あ、アニおはよー!」
「…チッ、おはよう」
訓練一緒にと、誘う時
「対人格闘だよアニ!やろ!」
「チッうっざ…、いいよ来なよ」
夜食堂
「アニここ空いてるよー」
「…ん」
あ、一つだけ違った。
まあまあ、誤差だ誤差だ。彼女は私の言葉にだいたい舌打ちだ。
「…私の兄はね、死んだけどさ、まだ生きてるんだよ」
「…は?」
目を見開き、おかしなものを見つめるかのように、私を見る。
そんなアニによく見えるように、私は左手の親指で自身の胸を指す。
「私のここでまだ生きてる、兄の体温は手に残ってる。兄の言葉は頭に残ってる。兄のことは全てこの体が覚えてるんだ。…楽しかったことなんて、両手で数える程しかないけれど、私は兄のことが好きだったんだよ。 兄は狂っていたさ、だが、この世界で誰よりも我を通すことのできた兄を私は酷く美しいものに見えたんだ」
「…意味が…わからない」
「兄が変えたものなんて、私の考え方くらいだろう。 兄の遺した物なんてこの調査兵のワッペンくらいだ」
私の手に握られる、薄汚れた調査兵のワッペン。その色は黒く染っている。
「兄はこの世界を嘘だと言った。誰よりも世界を憎んでいた。だから死んだ」
「それは…巨人に?」
「人にだよ」
僕の言葉に彼女は顰めていた顔をこちらに向ける。
「兄の思想がタブーだったのか、異端だから切り捨てたのか、自分と違うものとはやはり分かり合えないのか…。 人々に語りかけ続けた兄に送られたものは賛辞でも野次でもなく、鉛だった」
顔を顰め、信じられないと目をそらす彼女に構うことなく話を続ける。
「たった1発の銃弾は戦闘特化の調査兵ですら一撃で葬り去ったんだよ。為す術もなく、後頭部からねじ込まれた弾丸は眉間から飛び出し、真っ赤な血飛沫をあげたんだ。 白昼堂々、人目を気にせずに行われた犯行は決して大事にはならなかった。 …なぜだと思う?」
「…この世界が…嘘だから…」
「違う。腐っているからだ。 確かに兄はこの世界は嘘だ、間違っている、といつも言っていた。 でも、この世界は何も間違っていないんだよ、兄が嘘と感じたように、私はこの世界を真実と見たんだ。 嘘と信じ、目を背けるのとは違い、真実と認識し、腐った世界を肯定したんだ。 わかるだろう…アニ? 」
「まるで私があんたと同じみたいな言い草だね」
「同じだよ、それぞれ見る世界は違っても、根本は同じだ。違うといえば君はまだ救いを求めてる。腐った世界に願っているんだ。 …ああ、私も当然願っているよ、他でもない私が、この腐った世界をブチ壊すことをね」
アニの瞳には呆れの色が見えた。私の語りはやはり人に通じることは無いのだろう。ゆっくりと背を向け、彼女は女子寮へと去る。
「ああ、もう遅い。足元に気をつけて帰ってくれ。そして私の言葉をよく思い返すことを望んでいるよ」
「…フン」
全く。彼女はなぜ憲兵に行きたがるのか…。理解が出来ないよ。あそこまでこの世界の腐り加減を再現した場所はないだろうに。彼らは人の死さえも隠蔽できるんだぞ?飲んだくれの無能の集まりだが、中には化け物のような人殺しのプロもいる。…やはり、人殺しだからそこに行きたがるのか?
「私も寮へと戻ろう」
考えていても仕方がない。彼女は彼女。私は私だ。
割り切り、男子寮へと足を進める。まだまだ、兄に話したいことは山ほどある。同じ目をした、彼女は必ず私を理解できるはずなのだから。
「ごめん…ごめんなさい。ごめん…私の────