主人公補正の無い主人公の妹に転生したので兄の強化に尽力したのにいざ本編が始まると微妙に別人でした 作:緒河雪那
十二月三十一日、追記改編
禰豆子の言葉に釣られて視線を向けた先には、左右で違う生地を使った羽織りの青年……「鬼狩り」こと「鬼殺隊」最高幹部の一人、水柱の冨岡義勇……が抜き身の刀を手に、常人には到底不可能な速度でもって近付いてきた。
(そう言えば冨岡さん、最初は鬼の禰豆子を斬ろうとしてたんだっけ……)
「禰豆子!」
「姉ちゃん!!」
「大丈夫。今のお姉ちゃんは無銘の怪物だよ?」
不安げな母や弟妹に対して、禰豆子は安心させようと笑顔で返す。炭治郎も妹を庇うべく背後に押しやりながら、『以前』とは違うこれまでの事に関して思考を回らせる。
(母ちゃん達が助かったのは素直に良いとして、鬼の力とヒノカミ神楽でもって無惨と戦って追い払ったり、髪型が『以前』と違ってたり禰豆子も片側に耳飾りしてたり……何か禰豆子が違う)
違和感の正体を探ろうと記憶に埋没した炭治郎が思い出したのは、禰豆子も一緒になって今は亡き父炭十郎からヒノカミ神楽を教えて貰い習った事、禰豆子の助言で共に呼吸を意識しながら雲取山を駆け回る事で身体の機能を鍛えた事、禰豆子と片側づつ父の耳飾りを受け継いだ事、何れも『以前』には無かった記憶だ。
(後、冨岡さんが来る事を知っているのもそうだけど、どうしてこの日まで俺と同じ様に鬼について何も知らなかった筈の禰豆子がこんなにも博識なんだ? 禰豆子も俺と同じ様に『戻ってきた』のか? それも俺と違って『今』よりかなり昔に……)
「御勤め、御苦労様です」
『水の呼吸』
街中で勤め人と逢った時の様に挨拶する禰豆子に対して、技の発動に備え呼吸を整える義勇。
(冨岡さんからめっちゃ驚きと焦りと、それ以上に困惑してる臭いがする……。まあ、鬼が餌と成る人間を食べる事無く、それどころか慕われてるっていう、本来なら有り得ない光景だもんな)
そんな義勇に禰豆子は待ったを掛ける。普段なら最小限に抑えてる呼吸音を、まるで聴かせるかの様に『ゴオオオ』と漏らしながら。それに感付いた義勇は、一層警戒を強めて禰豆子の様子を伺う。
「そう急かないで下さい鬼狩り。家族の保護を頼みたい。代価は私を鬼に変えた鬼の情報と、日之神の呼吸」
「解った。だが知ってるとは思えない。未知の呼吸。聞いてやる」
(冨岡さんなら「家族の保護については解った。だが鬼舞辻無惨に関する情報を、俺達鬼殺隊以上に知ってるとは思えない。……と言いたいが、俺達が鬼と戦う時に使う呼吸方と良く似たその未知の呼吸は興味深い。話くらいは聞いてやる」あたりかな?)
「先ずアレは私の姿を見て驚いた……と言うより、心の傷痕が振り返したかの様な反応をしました。私に良く似た誰か恐ろしい存在を思い出したのでしょう。容赦無く襲い掛かってきた点と、貴方が技の溜めをする時に用いた特異な呼吸から類推するに、我が家に伝わる神楽を根絶やしにするのが目的でしょうね」
「神楽?」
「ヒノカミ神楽って言う、ヒノカミ様に捧げる踊りです。年末に竈門家の家長が雪の中一晩かけて十二の型を繰り返し延々と踊るんですけど、俺はまだ出来ません。でも父は病床の身でありながら難なく踊りきってました。曰く、『呼吸を意識する事』だそうです」
「亡くなる十日程前にも、その呼吸でもって人喰いの大熊を討伐しました。首を斧でもって一刀両断一太刀ですよ」
「ええ、確かに。麓の役所なりに記録が残ってる筈です」
せめて上の娘の助けに成ればと、長子に続けとばかりに禰豆子の言葉を補足する葵枝。何か一つでも間違えれば、自分達の為に身体を張って異形の怪異と戦ってくれた娘がこの男に斬り殺されるのだ。
対する義勇は、意識を目の前の鬼……禰豆子に向けながらも、もし周囲に拡がる破壊の跡が鬼同士の戦いに由るもので無く、鬼に変えられる前のものだとしたらと内心戦慄する。
「呼吸……か。調べてみよう。巧くすれば出来そうだ」
(今度は「これだけの破壊の跡を残せる鬼が警戒する呼吸……か。本部に記録が残って無いか、調べてみよう。死の淵にあった病人が熊を退治出来るという話が事実なら、巧くすれば『鬼の天敵である太陽が昇るまでその場に拘束』は出来そうだ」だろうな……)
「それに……こう言っては何ですが、アレは見た目こそ人間と大差無いですが、脳五つ心臓七つ、更には返り血を浴びただけで相手を鬼に変えてしまう超常の怪異です。これと戦うなら、相応の準備をしなければ私の二の舞ですよ」
「何!?」
「呼吸を極めると、世界が透き通って見えるんです。相手の体内の動きを視る事で相手の次の動きを予見する……言うなれば透視と未来視の併存ですかね?」
「否、俺が聞きたいのは……」
「さあ私を生け捕れ。私は再び家族の命を狙い襲い来る鬼の襲撃に備えて、専門家の協力を得たい。そちらは鍛えた技の試し斬りなりに使うがいい、仮想敵となろう」
「「禰豆子!?」」
丸で身売りするかの様な禰豆子の物言いに、炭治郎と葵枝は声を揃えて驚く。弟妹達も言葉の意味こそ理解出来ないまでも良くない何かを感じたのか、禰豆子が着ている羽織りの裾を掴む。
そんな弟妹達をあやしなだめながら、禰豆子は母と兄に語る。兄の方は何やら察してる様だが。
「それだけ危険なの、今の私は。言うなれば人喰いの猛獣……熊や狼なんかよりよっぽど危険な捕食者なの。勿論、人を襲って喰うつもりも、黙って殺される気も無いがね」
「冨岡さ~ん、これはど~言う事ですか~?」
にこやかな笑みで義勇に問い掛けるは、彼の同僚にして鬼殺隊が経営する孤児院兼療養所『蝶屋敷』の女主人でもある、蟲柱こと胡蝶しのぶ。対する義勇は、彼女の手元にあるものを一瞥し一言。
「そこに書いてある通りだ」
「私が受けた要請は、『被害者護送に人手が要る』でしたよね? それがどうして、被害者の皆さんだけで無く、危害を加えた側の鬼も一緒に居るんですか!?」
どうやら周辺の被害は鬼の少女禰豆子の仕業と疑われてるらしい。そこに気付いた兄炭治郎と弟妹達は、禰豆子の潔白を証明すべく協力して抗議する。
「禰豆子は違います! 家をこんなにしたのは別の鬼です。禰豆子はそいつのせいで鬼に変えられたんです」
「!! 君、それ本当なの!?」
「そーだそーだ、姉ちゃんは俺達の事悪い鬼から護ってくれたんだぞ!!」
「確かにお姉ちゃんも暴れてお家とか一杯壊したけど、それはあのワカメ頭が……」
「アイツ、姉ちゃんの事化け物とか言ってたけど、自分だって腕を何倍にも伸ばして口だらけにして……お前が言うなってんだよ」
子供の戯れ言かと思えば、何やら途轍もなく聞き捨てならない単語が出てきた。人間を鬼に変える鬼など、この世にただ一体のみ。
「鬼舞辻無惨に繋がる情報だ。家族を護る為に奴と交戦の末、鬼に変えられたそうだ」
「そうですか……」
おそらく義勇の言っている事は事実なのだろう。だが、この状況で大事なのはそこでは無い。経緯は同情に値する。……が、何故鬼が拘束されず、一般人もいる場所で野放しになってるか……だ。
さて、どうやって聞き出そうかと思案していると、痣の少年……炭治郎がしのぶに声を掛ける。
「あの……蝶々のお姉さん」
――義勇さんに任せたら駄目だ、話が進展しない――
そう判断した兄と母の説明で事のあらましについて知ったしのぶさんは、成る程と頷いた。因みに今後の予測と展望……鬼舞辻無惨が竈門家を再び襲いに来る可能性がある事と、それに備えた私と兄の鬼殺隊入隊希望についても伝えてある。
「確かに禰豆子さんは食人衝動も見られず理性もある。他の鬼とは違う様です。それに我々鬼殺隊としては、鬼の首魁鬼舞辻無惨に繋がる情報は些細なものであれ喉から手が出る程欲しいです。周囲の被害状況から判断するに、これだけの戦闘を生き延びた秘訣らしい『呼吸を極めた先』を教えてもらえるのも心強いです。でも……でもですよ冨岡さん……」
「? なんだ?」
「どうしてもっとちゃんと言葉にしないんですか!? 他の隊士の模範と成るべき柱が、あろうことか入隊前の希望段階の後輩候補のお世話になって……そんなだから皆に嫌われるんです」
「俺は嫌われて無い」
「好かれてるとは言って無い」
間髪入れずの私の突っ込みに、兄は誰だお前と言わんばかりの驚愕の表情となり、しのぶさんは喜色満面の笑みを浮かべる。
「禰豆子!?」
「良く言ってくれました禰豆子さん! さあ、もっと言ってやって下さい!!」
(まあ炭治郎の反応は私が憑依で彼が逆行という経緯を考えれば何も間違って無いけど、どれだけ苦労してるんだしのぶさん)
母さん達が助かった時点で、鬼の被害者を引き取ってる孤児院としての側面を持つ蝶屋敷の主でもあるしのぶさんとの早期接触は避けられなかった。
しのぶさんの方から私について報告が上がるだろうから、そうなると必然的に、私の処遇を決める裁判ごっこの前倒しも視野に入れるべきか……。
(透き通る世界に限定的ながら踏み込める上に鬼と化した今、例え柱全員で私を殺しに来たとして、回避と防御に徹すれば人間相手に負ける要素は皆無だけど……)
鬼殺隊と敵対しようものなら、無惨討伐の難易度が……具体的には上弦という壁を切り崩すのに必要な労力が桁違いに跳ね上がり、それだけ家族の安寧が遠ざかるし、今度こそ犠牲が出るかも知れない。
それは避けるべきだが……さて、どうなる事やら……。
炭治郎は記憶が混濁している