その日はまるで日常と非日常が連続性を以て混じり合ったようだった。
私達の生活が息づく街の中に突如訪れた災害がそこにあった。
人の営みを破壊し尽くす化物共が、あらゆるものを破壊していった。
街並一つとっても、私の中には幾つもの記憶がある。
それは当たり前のようにあったものだったんだ。
隣の赤い屋根の家に住んでいたのは笑顔がとてもキュートな男の子がいたし、三軒隣の家にはとても厳格な親御さんと真面目な女の子がいて、その向かいには生意気だけどその真面目な女の子ととっても仲良しな子がいたりして。
その光景は昨日も今日も、きっと明日だって変わらないと思っていたんだ。
だって、昨日も今日も明日も変わらないものが私たちの日常と呼ばれるもので、人の変わらない日常と呼ばれるものの象徴で、私たちが当然に享受するべき代物だったはずで。
その日常が慮外の力で以て破壊され尽くしたとして。
私達の想像の中でどう整理すればいいんだろう。
隣の男の子は死んだ。
三軒隣の子は、親御さんが亡くなって、なんとか向かいの子を助けたと聞いた。
変わらない日常って、そこに当然にあるものだと思っていたんだ。
でもそうじゃないんだ。
かけがえのないもの。つまりは変えの効かないもの。
日常は変わらない。だから退屈に思えた日もあった。でも今なら解る。この日常を形成するにあたって、どれだけの人たちが必死になって守っているものなのかを。どれだけの人の営みと、営みを守り続けている人たちとが作り上げているものなのか。私たちはどうしようもない非日常の中でその日常の尊さを知っていった。
人が死ねば。
生活が壊されれば。
日常なんて、あっけなく壊されていく。
思うんだ。
「日常」を守りたいんだって。
嫌なんだ。
日常を享受している人たちが滂沱の涙を流す様が。耐えられないんだ。
それは日常を喪って日常の価値を思い知らされて、日常を侵食する非日常を恨む心根が根付いた人間だけが出来る事だと。そんな風に思うんだ。
私はヒーローじゃない。
失われた日常に、混じり合う非日常に、めそめそ泣くしかない弱虫な女だ。
それでも。
それでも私は。
日常に住まうものとして。
せめてもの握り拳を掲げて。
震えながら。
歯を食いしばりながら。
それでも、それでも──
※
「こんにちは。君が緑川駿君かな?」
ある日のこと。
緑川駿は変わらない日常を過ごす中で、実に非日常的事象に見舞われていた。
その日も特段変わったことなど無かった。本部に顔を出してきた迅悠一に構って欲しくて突撃し会話し個人戦に付き合ってもらい至福の時を過ごす中でついでに個人戦仲間と刃を交え、ほくほく顔で飯を食いに食堂に向かうという、最早習性と変わらぬ日常風景の中にいた中だったのに。
その、よく言えば素直、悪く言えば単細胞的行為の中で生まれた、非日常。
顔も知らん女の子に声をかけられた。
綺麗な女の子だった。
多分、自分より幾つか年上だろう。
背筋を伸ばしまっすぐに立ち、真っすぐに視線を向け、声の調子もとても真っすぐで。
ストレートに流した黒髪もまた真っすぐだ。
身長は緑川より頭一個分くらい高い。真っすぐな姿勢から首だけを曲げ、緑川を見据えるその眼は、とても大きく、くりっとしている。
そのくりっとした目が。この女の子の真っすぐな印象の全てを集約しているようだった。
「そうだけど。お姉さんは誰? 多分オレが知らない人だよね」
「うん。私が一方的に知っているだけ。──改めまして、私は青山石子といいます。君にお礼を言いに来ました」
「お礼?」
「うん。──この前、イレギュラーゲートが発生した時に。私のお姉ちゃんを助けてもらったから」
ああ、と緑川は頷いた。
「あのショッピングモール辺りでトリオン兵が出た時かな? ごめん、その人の事オレは知らないや」
「うん。だろうね。あの時いっぱい避難する人いただろうし。──でもね。お姉ちゃんは君の事を忘れていなかったの。だからお姉ちゃんは君に感謝しているし、助けてくれた君に私もまた感謝しなきゃいけないの」
「そういうものなんだ」
「そういうものなのよ。──だから言わせてね。ありがとう。君のおかげで、私は唯一の肉親を喪わずに済みました。本当に、本当に、言葉に出来ない程に、感謝しています」
緑川は──その感謝の言葉に、少しばかりの衝撃を受けていた。
「唯一の....って」
「うん。私の家族、もうお姉ちゃんしか残っていないの。お母さんもお父さんも、死んじゃったから」
笑みを浮かべて、そう青山は言った。
それは、幾つもの感情を意図して排除したような。排除した感情の跡が笑みとして引き攣らせたような。
爽やかな苦みを感じるような。
そんな、笑みだった。
※
およそ四年前になるであろうか。
三門市に怪物が降り立った。
それは空間をくり抜いたような黒い穴倉から降り落ちた、何処か無機質な群れだった。
その巨大な怪物の足先は家々を破壊し尽くして。
その腕は人々を連れ去っていった。
何千人という命。何万人という人間の営みを破壊し尽くしたその動乱の如き災害を──人々は「侵攻」と称した。
侵攻というからには、意思を持った何者かの悪意が必要だ。
それは、異世界の者共だという。
異世界人──通称「近界民」と呼ばれるその存在は、この世界にいる人間を資源に見立て、その略奪の為に来訪したのだという。
人間には、トリオンという未知なるエネルギーが存在し──それを奪う為に異世界人が来たのだと。
そして。
何千人という人間が死にゆく中。
何千人程度の犠牲で食い止めた存在も、またいた。
それがボーダーという組織であり、そこに在籍する人間たちだった。
ボーダーは侵攻の後、人材を集め大規模な組織へと拡大し、そして現在まで来ている。
近界民が来訪する際に現れる「門」を本部基地周辺に誘導する機械を備え、登用した人材を駆使し近界民を排除して。
侵攻に対する防衛のシステムを着々と積み上げていっている。
しかし。
敵側もまた幾らでも手を変えてくる。
敵もまた、その「門」を誘導する機能の手を逃れ、人が密集する市街に近界民を送り込む──イレギュラー門と呼ばれる事象を発生させるようになる。
その事象により、青山石子の姉は殺されかけ。
それを救い出したのは──緑川だった。
「好きなの頼んでね。せめてものお礼だから」
「.....奢ってくれる、っていうならそりゃありがたいけど。でも、これがオレの仕事なんだから....青山さんが義理に思う必要なんかないよ」
「仕事だからって、感謝しない理由にはならないでしょ。そして──君がその仕事を選んだからこそ、私のお姉ちゃんは助かったの。君が選んだその”仕事”にだって私は感謝しなきゃならないの。だから大丈夫。私には義理も理由もある」
そっか、と緑川は呟くとじゃあカツカレーでお願いします、と青山に言う。
青山は一つ頷いて、食券を勝って緑川に渡した。
そうして──二人は自然と相席した。
「ゴチになります」
「はい。どうぞ緑川君」
「ねえ。青山さん」
「ん?」
「青山さんは、オペレーターなの?」
青山の見た目は黒のベストにロングスカートという典型的なオフィスファッションをしており、この格好はボーダーにおいては──オペレーターと呼ばれる役割を与えられた者がしている事が多い。
ボーダーには、近界民を排除する為の実力要員である「戦闘員」がおり。
その戦闘員に渡す武器を開発する為の「技術者」がおり。
そして、戦闘員を補助し、またボーダー全体の情報処理に関わる「オペレーター」がいる。
「そう。私オペレーター。部隊に所属していないから、基本はボーダー施設で事務処理をしている」
「そうなんだ」
「緑川君はA級だったよね。凄いなぁ」
「凄いでしょ?」
ボーダーに所属する戦闘員にはそれぞれランクが与えられており──下から数えて、C、B、A、Sである。
緑川はこの中でAに属する戦闘員で、このランクに至れるものはボーダー全体で一パーセントにも満たない。限られたエリートだと言っても過言ではない。
「でもまだまだ。──オレが目指している人はS級だからね」
「へぇ。目指している人がいるんだ」
「うん。オレは迅さんみたいになりたいんだ」
「迅さんかぁ。──あ、ごめんね。多分とても嫌な表情していたと思うけど気にしないで」
「....お尻、触られた?」
「ううん。でも目の前でさ。沢村さんに触っているのは見た」
「そりゃしょーがないね」
迅悠一。
彼はS級の隊員であると同時に──女性の尻に触れる悪癖を持つ男でもある。
「でもね。──オレは、迅さんに助けられたんだ」
「そうなんだ」
「うん。──オレにとって迅さんはヒーローなんだ。だから、あの人みたいになりたいって思うし、だから頑張っているんだ」
ヒーロー、という言葉が緑川から零れた瞬間。
青山は、少しだけ俯いて
「うん」
と呟いた。
その中には──少しだけ、彼女の中の勘定を整理する為の間のようなものがあった....気がした。
「──じゃあ。緑川君は私にとってのヒーローだね」
にこり笑って。
そう青山は呟いた。
「え.....?」
「君が迅さんに助けられたことで、君によって私のお姉ちゃんが助かった。凄い事だよ。君がヒーローになりたくて起こした行動が、転じて誰かの命を救ったんだ」
「えっと....そうなのかな?」
「うん。そうだよ」
「そんな、大したことじゃないよ」
あまり謙遜することをする性格ではない緑川であったが、この言葉には思わず一歩も二歩も引いた言葉を吐いた。
だって。
自分にとって別段特別な事をした覚えなど無い。必死さも、正義感も、持ち合わせた特別性なんて何もなくて。目の前のトリオン兵を倒しただけだ。
「私ね。──元々戦闘員志望だったんだ」
「え、そうなの」
「でもね。てんで駄目だった。──私、二宮さん位トリオンがあるみたいなの」
「え!?」
二宮、と言えば。
B級1位二宮隊の隊長二宮匡貴であり──その圧倒的トリオン量と技量によって個人総合2位に君臨する怪物である。
彼は元々懲罰でB級にいるだけで、本来はA級だ。
そんな彼と同等のトリオン──ボーダーの兵装であるトリガーを扱うにあたり、根本となる内臓エネルギーを持っている。それだけで他の隊員と比肩にならないスタートラインに立っているはずなのだ。
「それでも。敵を見ると足を竦めちゃう。人を撃つ事なんてどうしてもできない。震えて何も出来ない。──こんな風でもね。戦いなんて何も出来なくて。オペレーターに転属したの。情けないけどね」
戦いには、適性がある。
どうしても人を撃つことが出来ない人間はいる。
それは生理現象と同じ。自分のこめかみに引金を引けないように、人を傷つけることが出来ない人間は、いる。
青山石子は、そういう人間だった。
「そんな私からすればね。恐れることなく敵に立ち向かえることも、誰かを傷つける恐怖を乗り越えられたことも。全部が全部、特別な事なんだ。──私にとっては、間違いなく君はヒーローだ」
君にとっての、という枕詞が。
彼女にとって、彼女自身への思いが滲んでいるような。そんな気がした。
だから。
緑川も──どうしても言葉を返したくなる。
「でも」
でも、
それでも、
「でも──青山さんは、ここに残っているじゃん」
そんな言葉を、伝えたかった。
「戦いが怖くてしょうがなくて、それでも──ここにいる事って、そんなに簡単な事なの?」
戦えないから、戦いから逃げた。
そう思っているのかもしれない。
でもそうじゃない。
戦う恐怖から──それでも目を背けられない居場所に、残っている。
「....」
「情けない、なんて。オレは思わないけどな」
緑川は──そう言い切ると。
まだ見知って一時間もたっていない年上の女性になんとも気障ったらしい事を言っている自分に、何だか恥ずかしくなって。
「──オレ、もう食べ終わったから。ごちそうさま!」
そんな事を言って。
逃げるようにしてその場を去っていった。
「....」
青山石子は。
何も言えずにその場にただただ、い続けていた。
※
走りながら。
緑川は思う。
──オレも。オレにとっての迅さんみたいな存在に、成れたのかな。
そんな事を。
自分が思う理想に一歩近付けたかのような。
そんな思いを。
※
それから。
緑川と青山は、時折言葉を交わすようになった。
緑川が話す事は、そのほとんどが迅についての事だった。
ある日。
二人は、割と恒例となった食堂での会話を行っていた。
「....未来予知。噂には聞いていたけど本当だったんだ」
「そ。だから本当に攻撃が当たんない。全部見切って攻撃よけるし、先回りして攻撃当てられる」
「それは、凄いね」
あまり想像できないが。
迅悠一、という人物は未来を見ることが出来るらしい。
自身は戦闘をする中、相手を意識しつつ。その中で見える未来にも意識を配分して、戦う。そんな風に人は戦えるのだろうか──と。何となく思った。
いわば二つの世界を同時認識しながら戦っているのだろう。常人の感覚から言えば、二つのスクリーンから得られる情報を行ったり来たりしながら戦っているようなものだろうか。
本当に怪物なのだろう。
「うん。本当に凄いんだ、迅さん」
「....本部オペレーター仲間からは要注意人物指定受けているけどね」
それでも。
尻触りセクハラ魔人である事もまた事実なので。
「まあ、でもほら。ちゃんと一回話してみてよ! ....セクハラ受けたらぶん殴ってもいいから」
緑川の思考はとてもシンプル。
自分の好きなものを、誰かと共有したい。理解してもらいたい。
年相応の素直な心の顕れであり、そういう部分もまた青山は好感を持った。
──でも。
迅悠一が緑川駿がボーダーに入った切っ掛けの人物であるなら、ある種自分の姉が助けられた遠因であるのは間違いではないのだ。
少しだけ話してみようかな、と。青山は思った。
「よ、緑川。──どうだ。今日も個人戦するか?」
「お、よねやん先輩。へっへ。昨日のリベンジさせてもらうよ。──それじゃあね、青山さん。またね」
食事を終えると、緑川はA級の先輩に連れていかれる。
名前は確か米屋陽介であったか。
A級三輪隊の隊員で、緑川とはよく個人戦を行う仲だったと。
彼がいるという事は、
「....」
最初、青山は彼を見た瞬間に人殺しの目をしていると思った。
緑川の純粋で澄んだ目とは違う。
籠められた憎悪を隠すことなく目元の形に転嫁し、その感情を出力させている男。
一つ会釈すると、彼もまた軽く頷く。
そして、
「よ、秀次」
サンバイザーよろしく額にサングラスをかけた男が、バリボリぼんち揚げを食いながらそう軽く手を上げ挨拶をすると。
チ、と一つ舌打ちを残してそのまま食堂から去っていく。
「変わらないなぁ」
そんな言葉を呟いて。
迅悠一は変わらない表情のままその姿を見送っていた。
その表情の変わらなさが。
情動の無さの顕れというよりも。
様々な思いを諦念で一纏めしたような表情に見えてしまった。
──こんな事、幾らでもある事だ。
──誰かにとっての光り輝くヒーローは。
──また違う誰かにとっては、憎悪の対象となる。
声をかけようとして、青山は口をつぐんだ。
何となく。──今は、そっとしてあげたかった。
※
意外な事に、迅悠一と青山石子とのコンタクトは、迅側からアプローチで果たされた。
本当になんとなくだ。本部基地の屋上から夕焼けでも見ようかと思い立ったんだ。
そんな偶然に鉢合わせる様に。
迅悠一の姿があった。
「や。青山ちゃん」
「....こんにちは」
迅悠一はにこやかに声をかけてきた。
「いやぁ。最近駿が世話になっていると聞いてね。実力派エリートとしては、弟分の礼を言わなきゃと思っていたんだ」
「礼ならば不要です。世話になったのは私の方で、今の緑川君との関係も世話を焼いているつもりでもないので」
「そっか」
「そうです」
「じゃ、言い方変えるな。──駿と仲良くしてくれてありがとう」
「それこそ礼を言われる筋合いなんてないと思いますけど....まあ、でも。わざわざ受け取らないのも卑屈に見えるだけですね」
うんうん、と頷く迅悠一に対して。
青山は言葉を投げかける。
「緑川君は、貴方の事をヒーローだと言っていました」
「.....そっか」
「はい」
迅悠一の目が、こちらをジッと見据える。
見据えた目が見えると──少しだけ、少しだけだけど。情動の流れがその視線にあった気がした。
「──おれはヒーローじゃないよ」
だから。
そんな言葉も、ポツリと呟かれたのだろうか。
「何もかも救う事は出来ないし。何かを救うために何かを犠牲にする事もしなきゃいけない。取り零してばかりだ」
「.....その、取り零したものの中に、三輪君があるのですか」
うん、と迅は応える。
「秀次のお姉さんはトリオン兵に殺された。あの四年前の侵攻で」
「....」
ああ。
未来が見えるという事は、そういうことなんだ。
未来というロジックの中で生きていかざるを得ない人間なんだ。
何かを基準に見立てて。
その基準を満たす順に未来を選別していって。
その”選別”の中から零れ落ちて死にゆくさままで──彼は観測しているんだ。
ヒーローって、なんだろう。
それは多くの人を救う人なんだろうけど。
それは多くの人を見殺しにする人ではないんだ。
そして迅は。
その広大な未来という中に、ちっぽけな一人の人間としての諸手を拡げて。
救いあげる、のではなく。
──捨てていったんだ。
自分の手に余るものを。
抱きかかえてあげられないものを。
「──おれは。ヒーローってやつは、小さくても運命を変えられる奴のことを指すと思っているんだ」
「運命?」
「そう。いるんだ。思いがけない方向に未来を変えるような、そんな奴が。たとえ持っている力がちっぽけなものであっても。もしくは──無力、だとしても」
「....」
「青山ちゃんは、自分の事を無力で情けない奴だって思っているかもしれないけど。──でも。やっぱり君は」
その時の迅悠一を、青山石子は忘れることは無かった。
その台詞を吐く時の迅は、あきらかに作った笑みを浮かべていた。幾つもの感情を混ぜ合わせ、諦めというヴェールにくるみこんで、それでも滲み出るそれらを笑みの中に歪め消して。
言った。
「君はヒーローだよ」
と。
どういうことなのだろう。
──きっとそれを知っているのは。未来を見ている迅と、未来に存在する私でしかないのだろう。
恵まれた力を持っていても戦う恐怖から逃れられずここに留まっている自分自身の何処に、ヒーローになれる下地があるというのか。
解らない。
一体──自分は何者なのだろう。
解るはずもない。
だって。
未来なんて、見えないんだもの。
※
小さなことから、心には波紋が生まれていく。
静寂の中ぽちゃり音が聞こえて、揺らめく波に満ちていく内心を見て。
──力を持たなきゃ、ヒーローなんかなれないじゃない。
でも。
それでも。
貴方はヒーローではないのか。
緑川君は貴方のヒーローなのに。
それでも三輪君にとってのヒーローにはなれなかった。
──自分が取り零してしまったものを目にしてしまったら、もうヒーローではいられないのか。
運命を変える存在ががヒーローであるというなら。
緑川の運命を変えた迅はヒーローではないのか。
そんな事を。
ただただ、考えていた。
考えていたんだ。
「あ、青山さん」
そんな時。
緑川から青山は声をかけられた。
「青山さんも見ていってよ」
その時。
緑川は──眼鏡をかけた隊員相手に十本勝負を仕掛け、全勝していた。
見物人が大勢集まっている。
注目が集まっている。
「.....」
それは。
まるで自分の力を誇示するような。
相手が無様を晒す様を楽しんでいるような。
衆目を集めて、自らの力を誇示し振舞う様を、彼はしていた。
「ほら。あんなもんだよ。──迅さんから誘われて玉狛に移って、注目されているからっていい気になっちゃって」
ああ、と思った。
そうか。
そうだったのか。
「どうしたの? 青山さん?」
きっと、普段ならば年相応の嫉妬心の発露として処理できたのだと思う。
自分の大好きな迅に目を掛けられている隊員がいるという事実に、どうしても気に入らなくて。叩きのめしたくなってしまったんだと。
でも。
駄目だ。
大いなる失望が、青山の心中を覆っていく。
──お姉ちゃんを助けたのも、単に自分の力を誇示する一環だったのか、と。
実際そうじゃないと頭で理解していたのかもしれない。
論理的に考えればそうじゃないと幾らでも理解が追い付く。
力があっても苦しみ続けている迅の姿と。
ただ力を誇示して喜んでいる存在とが。
奇妙に重なって。
そして分離して。
「──ッ!!」
無意識のまま。
緑川の右頬を、打っていた。