獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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降ってきたネタを供養。


騎士王伝説前日譚・ユーウェインの出現
1,獅子の騎士、誕生秘話


 

 

 

 不思議であり、不可解であり、不愉快であった。

 

(――なぜ彼らはこんなにも汚らわしく、野蛮なのだろう)

 

 少年は生まれが良かった。

 というのも彼の父はブリテン島に割拠する群雄の一角、ウリエンス国の王であり、母は()()『ペンドラゴン』の称号を有するブリテン人の王の娘だ。少年は謂わば王族のサラブレッドであり、恐らく出自だけを見たならブリテン全体でも屈指の王子であると言えるだろう。

 貴種の中の貴種。高貴なる出自。そう言うと響きだけはよく聞こえるものだが、生憎と己が生まれを誇り、下賤な民を見下す傲慢さは少年の中にはなかった。そんな増長は絶無と言ってもいい。

 何故なら彼の目に映る人の全てが『異質』なものにしか見えず、幾ら綺麗に飾り立てようとも隠せない粗暴さが見て取れた為だ。――君臣等しく低劣なのであればどうして他人を見下せる? 少年にとって世界は、見下す事すらできない異常者が詰まった袋小路である。()()()少年の中で確立されている価値観は、全員に対して均等に異常者の烙印を押していたのだ。

 

(答えは自明だ)

 

 なぜ汚らわしい? なぜ野蛮なのだ? そう、答えは決まっている。少なくとも少年の中では。

 

 過去、彼は目撃した。粗末で貧相な畑を耕し、税として取り立てられた年貢によって僅かとなった食い扶持を奪い合う村民たちを。他者から奪う事を躊躇いつつも、生きる為に悪事に手を染める人々を。

 どれだけ耐えても一向に良くならない苦しい生活に嫌気が差し、野盗に身を落とした者が囚われ、斬首される間際に窃盗、強盗、強姦、殺人を正当化する叫びを聞き。一方で搾取した食い物を貪り、享楽に耽る醜い豪族の豚のような声を聞いた。……汚職に手を染める騎士の告解を聞き。他人の嫁を奪い、その夫を殺した残酷な行ないを武勲とする異常者(ノーマル)を見た。些細なすれ違いで決闘を行ない、相手を殺した事を誇る自国の騎士を目撃した。

 吐き気がする。頭がおかしくなりそうだ。いっそ狂ってしまいたい。だが、少年は狂えない。狂うわけにはいかない。何故なら彼は悟ってしまっていたからだ。彼らの蛮行がまかり通る原因を。

 

()()だ。彼らは飢えている。富に、名誉に、そして食糧に。彼らは()()()。生活が、土地が、そして心が)

 

 少年は、責任感が強かった。

 野蛮な者達に迎合せず、周囲の色に染められない程度には意志も強かった。

 そして不幸なことに、喩え彼らの如き()()を内心嫌悪していても、少年は生まれによって背負った義務を投げ出さない程度には――妙に生真面目だったのである。

 ただ、それだけの事。それだけの為に、誰をも敬えず、誰をも愛せなかった少年は志す。

 

(俺がなんとかしよう)

 

 誰も彼もが野蛮で、乱暴で、短絡的だ。

 そんな彼らを嫌悪する。一方でやむにやまれぬ事情があるのだと理解する。

 少年は自らこそが周りにとって『異質』である事に気づいていた。蛮族そのものな彼らこそが真っ当で、当たり前で、自然な人であると。だが耐えられないのだ、息苦しいのである。誰にも理解されず、誰とも価値観を共有できず、誰とも共感できないままでいるのは。

 誰も敬えず、誰をも好きになれない苦しみは耐え難い。ならば周囲をこそ変化させよう。自分に近しい価値観を持てるように、豊かな生活を送れるようにする。そうすればこの孤独が癒やされるはずだ。

 

 愚かにもそう信じた少年の幼名はイヴァン。ウリエンス王の長子。ただ健常なる人々とは異なる精神の形を具えただけの、当時に於いては現況から逃げ出すという発想も出てこない子供だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 モルガン・ル・フェイ。

 

 色素の抜けた白い髪と肌、琥珀色の瞳を持った美貌の王女の名である。

 

 真実と真の姿は謳わずにして、大衆に曰く。彼女はウーサー王の血を引く後継者候補の一人であり、ブリテンを支配せしめんと欲し、悪しき魔に連なる女怪の末裔であるという。

 ――所詮は真実を見誤る俗物、愚者どもの戯言だ。傾聴に値しない。

 だが総じて大衆とは愚者であり、そんな大衆が信じた事象こそが真実として扱われるのだ。であれば事実、モルガンは野心を抱く魔女であるのだろう。モルガンはそれを否定しなかった。

 

 何故なら野心とも呼べるだけの義務感、使命感を具えているのは確かだったのだ。

 

 正確には野心を持たざるを得なかったのだが。

 

 モルガンは如何なる神性・魔性を身に宿さず、普通の人間として生まれていながら諸侯を束ね、人外魔境のブリテンを統治した超人の父を敬愛している。

 愚王が招き入れたサクソン人やピクト人の脅威から国を守護した父を尊敬するからこそ、彼の偉業を継承した時の為に野心的な策謀を練る事を是とした結果、魔女であると謗られたのだ。大義の為の行動を、野心と断じるならその通りであると認めるしかない。

 父の後継者として次代を担わんとするならば、どんな悪評であれ飲み干す度量がいる。それもこれもウーサーの子の中に、自身に比肩するだけの能力を有する者がいなかったからだ。故にモルガンは円滑に国を統治する為に、有力な王侯であるウリエンス王と夫婦の契りを交わし子を成したのである。

 

 ――そうして生まれたのがウリエンス国の王子イヴァンだ。

 

 イヴァンはモルガンの息子という事もあって特異な子だった。

 赤子の頃は平凡であり、内包した魔術回路の数と質は彼女の素質を受け継いでいなかったため落胆したが、その特異性は成長するにつれ顕著となり、やがてはモルガンの関心を受けるようになる。

 王子は幼き頃より臆病にすら見えるほど沈着とし、大人びた精神性を有していたのだ。その特異な精神は日常生活にも色濃く反映され、周りをよく観察しては()()()()()()()()()で何かを嘆いていた。

 とても幼児のするような目ではない。

 何故に斯様な視線を持つに至ったのか? モルガンが訳を訊ねると、はじめこそ言い渋っていた王子ではあったが、やがて母の詰問に根負けすると胸の内を明かした。

 

『――父上は民草を下賤であると言い、騎士は国を守る剣であると称する。そして賊や異国の者を蛮夷と断じた。だが、俺が思うに誰もが総じて下賤だ。すぐに血を流し、品行を穢すのだから、俺たちブリテン人やサクソン人、ピクト人に違いなんてないように思えてしまう』

 

 一瞬、モルガンは初めての息子が何を言っているのか理解できなかった。

 

 理解が追いつくと、何をおかしな事を宣うのかと怪訝さを覚える。侵略者であるサクソン・ピクトの人種を、先住民であるブリテン人が忌み嫌い、彼らの脅威に怯えるのは普通のことだ。

 なのに侵略者と自分たちが同じだと? この子は聡明だったが、気でも狂っているのか。そう疑ったモルガンだったが、妖精(ル・フェイ)としての眼力が実子の正気を見破った。だからこそ余計に気味が悪くなり、一時期モルガンはイヴァンを遠ざけた。

 

 しかし、はじめて腹を痛めて産んだ我が子である。残忍な気質を有していても母としての本能か、遠見の魔術で息子の様子を眺める日々を送った。――それが転機であった。

 

 ウリエンス王から見ても不気味に映ったせいか、イヴァンは他の兄弟と離されて育った。故に彼を養育したのは僅かばかりの使用人と、王族に恥じない教養を与える為に雇われた宮廷貴族である。

 イヴァンは彼らの教育を従順に受け、師となった騎士に剣術の手解きを受けて努力を重ねた。たかが七歳の子供が、模範的な騎士の卵のように振る舞っているのである。やはり、騎士たちは表では神童であると褒め称えたが、裏では王子イヴァンを気味悪がった。

 精神が完全に成熟している。いや……違う。精神ではなく、その価値観や、判断基準が異形なのであろう。はじめは息子が何を考えているのか理解できないなりに見守っていたが、遂にイヴァンが講師に対して問いを発した事で、モルガンは息子の精神的な異質さを悟った。

 

『ブリテン全土には魔獣の類いが蔓延り、人心は荒れ果て、飢えに苦しむ人々の喘ぎが聞こえてくるばかり。蛮夷の脅威は未だ絶えていないというのに、ブリテン島には我が父上の他に王を自称する者が跋扈している有様だ。誰も彼もがブリテン王ウーサーの後継は我であると称している。こんな様では国情は安定しない。国の安寧なくして民の安らぎはなく、民が安らがずして君臣の営みは豊か足り得ない。これを解決するには、如何なる方策を練るのが相応しい? 貴公の見解を聞かせてほしい』

 

 ――そして、その異質さこそが『王の資質』であると感じた。 

 知能が極めて高い、というほどではない。だが子供らしくなく早熟であり、当たり前に存在する問題を当然のように受け止め、目を逸らさずに把握する勤勉さを持つ。

 あの異質さは、見方を変えれば慈愛のそれだ。現実が見えておらずとも、問題点が見えているなら改善は可能である。それに自身だけで考えるのではなく他者に意見を求める姿勢には、諸侯を束ねる絶大なカリスマ性こそなくとも充分に名君足り得る資質が有った。親の欲目がないとは言えない。しかしモルガンからするとそんな事は関係がない。重要なのは彼女に未来のビジョンを描かせた事だ。

 この時代、女の権力は無きに等しい。男社会だからだ。女王など生まれようがなく、故にモルガンは自身が王位に就くべきだという野望とは別に、冷静に世を見定める慧眼も有していた。

 

 即ち、

 

(――イヴァンをブリテン王として、(わらわ)が摂政となればよい)

 

 この際イヴァンが王の器か否かなどどうでもよい。モルガンは自身の描いたビジョンに魅了された。自らの長子に愛情はある。そんな我が子が王になり、自身が摂政になる未来は輝いて見えた。

 自身が摂政かつ宮廷魔術師となれば、その権力は女であっても絶大だ。しかも王の母という地位も得られる。一度そうした展望を得ると、途端にモルガンは我が子が可愛く思えて仕方がなくなった。

 まともな親の愛ではあるまい。だが気にする必要はなかった。

 元よりモルガンは常人ではないのだ。モルガンは父よりブリテン島に潜む原始の呪力を受け継ぎ、卓越した魔術の腕と知識を有していると自負する。その魔術の力量は、父ウーサーの盟友である花の魔術師にも比肩しており、女王、もしくは王の摂政となるのに不足はない実力を具えていた。

 彼女は純粋な人間ではない。ウーサーと、とある妖精の間に生まれた魔女。黄金の林檎の成るアヴァロン島の女主人なのだ。そして――ブリテンにおける妖精とは旧き神、彷徨う神性を意味し、旧き神とはケルトの流れを汲む。モルガンはその名の通り『ケルトの大いなる女王モリガン』の系譜であった。

 女神モリガンは三位一体の三相女神だ。この『三』は聖なる数字とされており、三を更に三つ重ねた『九』は究極の数字とされ、九姉妹の長女であるモルガン・ル・フェイの神秘性を高めている。

 

 つまりモルガンは旧き神そのものの神性を有しているという事。

 それは、妖精は権能を具えている事を意味する。

 そして数奇な事にイヴァンもまた、片親の異なる弟妹を含めれば九人兄弟の長子となる運命があった。

 

 古来。女神に魅入られ、平穏な生を送れた者はいない。イヴァンもまた例外ではなかった。

 

「イヴァン――妾はそなたを愛そう。故にイヴァン、()()()()()()()()()()()()()

 

 幼子に似つかわしくない硬い表情で、寝台にて眠るイヴァン。

 彼の白髪を撫でた妖精の微笑みは、祝福(呪い)となってイヴァンの在り方を固定する。

 

祝福(ギフト)を与える。銘は……差し詰め『不変』といったところか」

 

 斯くして後の『獅子の騎士ユーウェイン』の運命は定まった。

 母として彼の下に舞い戻ったモルガンは、我が子イヴァンの()()に着手する。

 彼を理想の王、理想の子とする為に。

 

 平凡な彼の身を、英雄に相応しいものとせんが為、妖精はイヴァンに魔的な薬物を投与し、肉体を改造し、神秘を埋め込むだろう。そして過剰な愛と過酷な教育を施す事が本人の与り知らぬ所で決定された。

 魔女の最初にして最高の傑作、ユーウェインの誕生に隠された秘密はこうして彼の改造から始まったのだ。やがて生まれ来る運命の()()()が魔女の思惑を狂わせるまで、イヴァンは人の器を超えていく事となる。

 

 

 

 

 

 

 




『不変』
妖精にして旧き神を起源とする魔女モルガンが己の長子に与えた一つ目の『祝福(ギフト)』である。モルガンはfgoのトリスタンの幕間で、獅子王の如く他者にギフトを授けられる可能性が言及されていた。本作ではそれを採用している。この不変の祝福によりイヴァン(後のユーウェイン卿)は精神性を固定され、他者からの精神的な影響を受けなくなってしまった。
ただ不変という呪いも定義、概念が曖昧であり、結果的にイヴァンの助けになる事もある。

『現代日本倫理』
基本的に我々が『いけない事』と定義し、『望ましい状態・望ましくない物』と感じる感性を指す。自制心、嗜好、国民性の良い所を摘出したもの。なので『平和ボケ・不干渉主義』などの負の側面は適応しない。そうした精神的な要素を、アーサー王伝説の円卓の騎士の一人、獅子の騎士ユーウェインにインストールしたのが本作。なお精神性が当時のブリテンでは異形ではあるものの、初期能力は円卓の騎士ユーウェインと同値。なので普通に生きていられれば円卓の騎士ユーウェインとしての生をなぞるだけとなる。普通に、生きてれば。

『本作のパワーバランス』
神代最後の時代の人間である為、後世の基準で見れば円卓の騎士は化け物揃いである。武闘派の円卓の騎士は生身でサーヴァント級は当たり前。最低水準。本作のパワーバランスとしての解釈は、戦士・騎士系列のサーヴァントに限り『英霊(鯖)〈英雄(生前)』としている。
なので『円卓の騎士は生前の方が強い』と設定しております。少なくとも宝具やスキルを抜かした素の肉体のパラメータでは。

『異母・異父の九人兄妹』
オリジナル設定。イヴァン(ユーウェイン)、アグラヴェイン、ガウェイン、ガレス、モードレッドなど。要らない子は本作では仕舞われちゃう。

『選定の剣が三本……騎士王が三人……来るぞマーリン!』
どう考えても破綻している設定だが、それぞれに誕生理由はある。ウーサーとマーリンによって、三人ともが人為的に生み出された。
騎士王三つ子はいいとして(よくない)、選定の剣三本ってどういうことよ。湖の乙女が頑張ったんでしょ……。運命の子が三つ子と聞いた湖の乙女はウーサーにガチギレしたかもしれない。

『剪定事象』
本作では発生しない。なぜなら本作の設定ではこの世界線が汎人類史だからである。つよい(確信)

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