獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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10,いつか干戈交えし好敵手たち

 

 

 

 

「おや。兵に欠員があり、ピクトの戦士も欠けている。竜にしてやられたにしては被害が少なく、小綺麗だ。どうやら首尾よく事は運ばなかったようだな、従兄殿?」

 

 雪こそ降らずとも冬の寒気は肌を刺す。石造りの城塞、その門へ帰還した竜の討伐隊がさらに寒々しい空気を持ち込んだものだから、出迎えた者達もまた身震いして目を逸らした。

 荒々しく兜を投げ捨て、憤慨しているのを隠そうともしていない首長に、肝の細い騎士達は畏れたように遠ざかる。しかし部族の長の機嫌の良し悪しなど気にも掛けずに問い掛ける者が居た。

 後のウェセックス王国の二代目国王となる傑物、首長シンリックは苛立たしげに舌を打つ。鳶色の瞳が横目に睨みつけたのは、シンリックと同じ鳶色の瞳と、燃え上がるような赤髪の女だ。

 シンリックを従兄と呼んだように、彼女はウェセックス王家の血を継いだ、サクソン人の憧れと軽侮を一身に受ける麗しき美貌の姫である。滴り落ちる血の炎の如き豊かな長髪を、えりあしで束ねた姫は猛々しい笑みを口元に刷く。

 

「ああ、そうだ。それがどうした?」

「ふ……いやに機嫌が悪いな。何があった、聞かせてくれよ」

 

 女は機能的な造形(シルエット)の甲冑を纏っていた。

 無駄な装飾はなく、武骨な印象である。耽美な笑みを湛える姫の名は――

 

()()()()()

 

 ――サクソンの守護神たる白き竜の血を飲んだとも、加護を授かったとも言われる戦姫。その象徴である白銀の甲冑を纏い、黄昏の如き魔剣を腰に帯びたウェセックス最強の女騎士である。

 彼女の死後に紛失した鎧は、次代の男装の騎士ブリトマートに受け継がれ、彼女の旅を大いに助ける事となる。だがアンジェラ存命の今、本来の担い手の下に真価を発揮している白甲冑は、ただそこに在るだけで夥しいまでの竜の波動を放っていた。並の者では気圧され対等の目線で話せはしない。ましてや彼女の美貌に情欲を覚えもしないだろう。動物的な恐怖、被食者の絶望に見舞われてしまうからだ。

 

 しかし、シンリックは怯まない。いたって平然としたまま応じられる。それだけで彼が英雄の素質を持つ証左となるだろう。

 シンリックとアンジェラの仲は決して悪いものではなかった。寧ろ数少ない親族であり、互いに優れた才覚を有する故に一定の敬意を向け合っている。そしてそうであるからこそ、アンジェラはシンリックの不機嫌の原因に興味を持ち、シンリックはアンジェラの稚気に苛立つのだ。

 

「聞いて驚け。ブリテン人が我が領にいた。彼奴に兵を二人殺られたのさ。傭兵も一人、な。情けなくも我が兵は弱腰になり、傭兵に欠員が出ては竜狩りへ支障が出ると判断した故に帰還した」

「ほう」

 

 目撃情報のあった竜を狩る為の部隊だ。弱くはない。弱くはないが、強くもない。だが指揮下に例の傭兵を十人加えていたのだ、余程の怪物でもない限りは竜といえども狩れるはずだった。

 だが蓋を開けてみればどうだ。どこから湧いて出たのか黒騎士が現れ、兵とピクト戦士を殺傷したではないか。おまけにピクト戦士の討ち死は、シンリックの一騎打ちへ割って入った結果である。高い金を払っている傭兵がさしたる戦果もなく死んだのだ、面白いわけがない。

 従兄から事のあらましを聞いたアンジェラは破顔した。

 

「なるほど、ブリテンの悪魔か」

 

 神秘憑きと言われ、恐れられる人型の怪物がブリテンには数多く存在した。

 俗に英雄という奴だが敵対者にとっては悪魔も同然であり、並大抵の戦士では相手にもならず塵のように殺されるのがオチだ。そうした怪物が数多く生まれるのがブリテン人であり、その所以を宮廷魔術師に解き明かさせたところ、ブリテンが世界に残った最後の神秘、神代の名残だから――らしい。

 無論神秘憑きはブリテンにしかいないわけではない。例えば彼のローマ皇帝もまた各地の王たちを率いる英雄帝だ。その精神、頭脳、武力、カリスマ性、全てに於いて桁外れの実力を擁する。

 

 そして、英雄はここにもいた。

 

「恐ろしいな。俺のような手弱女は、偉大な従兄殿に守って貰わないと怖くて堪らない」

「同類が何をほざく。諧謔にしてもつまらんぞ。この私よりも貴様の方が強かろうが」

 

 サクソンのアンジェラ姫。別名を英雄喰い(イロアス・トロゴ)

 

 初陣はブリテン王ウーサーとの最後の戦いだ。女の身でありながら周囲の反対、反発を押し退けて、成人したのと同時期に戦陣に立ち、負け戦の最中に殿として撤退中の自軍最後尾に残ると、追撃してきたブリテンの騎士達を次々と血祭りにあげた。中にはアングロ・サクソン人に神秘憑きと恐れられる騎士達もいたが、アンジェラの前に打ち倒され、追撃を断念させたほどだ。

 その槍働きから称しての別名である。女のくせに戦場に立つとは、と少なくない数の騎士達から反感を覚えられているが、その実力を疑う者はいない。純粋に力だけを評価するなら、この七王国時代の覇権を祖国に齎し得る英雄だと目し、女騎士の台頭を寛容に受け入れる者達からは崇められていた。

 

 そんなアンジェラに皮肉めいた軽口を叩ける同年代の男はシンリックぐらいなもの。自然、姫からは親しまれシンリックもまた従兄として接した。首長が歩き出すのに姫が随行すると彼らは談笑する。

 シンリックが手振りで護衛の兵を下がらせたのにはアンジェラも触れなかった。自分さえいたら事足りるという、聳え立つ自負が彼女にはある。その自負は正当であると首長も認めていた。

 だが、シンリックはそれを交えて揶揄する。

 

「――尤も戦闘力を除けば貴様が俺に優るものなど何もないがな」

「違いない。俺には政治なんてもんは分からん。戦の事だけを考えるだけで、俺の頭は一杯だよ。政略なんぞで身を売るのは御免だからな、せいぜい俺を上手く使ってくれよ?」

「ああ。猪女の貰い手なぞ現れんだろうからな、女の旬が過ぎるまでは上手いこと庇ってやる」

「ありがたい。――なんなら俺を嫁にでもするか、従兄殿? そうならクソ親父共にもせっつかれなくなって万々歳なんだが」

「他を当たれ。貴様では勃つモノも勃たん。他の男も同じだろうさ、アンジェラ。ああ……なんならピクトの男でも咥えこんでみないか? さぞかし強壮なる子が生まれよう」

 

 心底嫌そうに吐き捨てるのは、本心である。シンリックはアンジェラの力は認めているし、アンジェラの容姿も美しいとは思う。しかし彼の好みは高貴で聡明な姫君だ。断じて男勝りな猛将ではない。

 自分に嫌な思いをさせた仕返しに、シンリックが皮肉るように言うと、アンジェラは予想以上に嫌悪感を滲ませて拒絶する。

 

「――あ? ふざけるなよ、あんな奴らこっちから願い下げだぜ。従兄殿は知らねえんだろうけどな、アンタがいない時にアイツら、この俺に求婚してきやがったんだ」

「ほぉ?」

 

 大人になってからは取り繕っていた態度が剥がれ、粗野な素の口調で吐き捨てるアンジェラに、シンリックは面白がる様子で相槌を打った。先を促す調子へ忌々しげに顔を歪めて彼女は言う。

 

「俺の女になれとか抜かしたくせに槍で突き殺しに来るわ、夜這いと称して剣で襲い掛かってくるわ、アイツら死姦趣味の変態どもかっての。思わずブチ殺しちまったら次から次へと惚れただの腫れただのうんざりだ。揃いも揃って決闘紛いの求婚だぜ、アイルランドの野郎でもやらねえだろ」

「それはそれは、苦労しているな。で、どうやって蹴散らした?」

「んなもん決まってらぁ。()()()()()()よ」

 

 不敵に笑いながら言って、掌を胸の前で広げたアンジェラが()()を迸らせる。バチバチと凄絶に鳴る雷鳴は神秘の証だ。堪らずシンリックは失笑し、次いで従妹を気遣って忠告する。

 

「あまりやり過ぎるなよ。アレは埒外の怪物共だ。末端に騒がれる程度ならまだ取り返しはつくが、奴らの首魁に気を向けられたら骨を折る事になる」

「あぁ……()()()か……」

「む、知っているのか?」

 

 面識があったとは思わず意外そうに反駁すると、アンジェラは彼女らしくない表情を浮かべる。

 それは畏怖だ。アンジェラは、思い出したくもないのか苦々しく言った。

 

「俺の初陣の、ブリテン人の頭との戦いでな……」

「ああ、なるほど」

 

 その一言で察する。驚異的な人傑、ペンドラゴン。あのサクソンの天敵ですら直接対決での勝利を諦めた蛮夷の化身。暴虐の戦闘機械。ピクト人の王だ。その姿形からして異形であり、単純な戦闘力だけを見ても化け物めいている。いや――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 身震いするのは、ピクトの王を直接見た事があるからだろう。例え英雄であろうとも人の身で倒せる者ではない。曲がりなりにも同じ陣営に属する味方であるのに、早く死んでくれと心から切に願う。

 アンジェラの様子に苦笑したシンリックは、謁見の間の前まで到達すると足を止めた。

 

「ここまでだ。随行、ご苦労」

「……ああ。すまなかった、従兄殿。俺としたことが少々取り乱してしまったようだ」

 

 やってらんねぇと頭を振ったアンジェラだが、それは若きシンリックも同じである。彼は氏族の長の座にいるが、首長は他に何人もいる。その上に王がいるのだ。そのウェセックス国王にこれから討伐の成果を報告しなければならない。

 竜は見つかりませんでした、ブリテン人にやられ尻尾を巻いて逃げ帰りました――などと。後継者争いで大幅に遅れを取る事になる失態だ。今からどう失点を取り戻すか考えねばならなかった。

 アンジェラには政治は分からない。しかし宮廷に住まう以上、ある程度の機微は心得ている。故に彼女はゲウィサエ氏族の首長シンリックの武力を担う騎士長として問い掛ける。

 

「従兄殿。アンタの業績に泥を塗った輩の名を聞かせてくれ。俺の方で調べておく。――アンタのケツを持つのは俺なんだ、次に会う時までにはケツを拭ける(情報)ぐらい取り寄せといてやるぜ」

 

 騎士とは思えない例えにも慣れたもので、苦言を呈する事もなくシンリックは回想する。サクソン共通の敵とはいえ、尋常な勝負に臨む姿勢には好感を覚えられる青年だった。偽名を名乗るような、卑劣で名誉を知らぬ輩ではないだろう。

 宿命めいたものを感じながら、後の『獅子の騎士』の最初にして因縁の好敵手、ウェセックス王国二代目国王となる男はその名を口にした。

 

「ウリエンスのユーウェインだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 甲高い悲鳴が上がる。

 

 黒き馬体と白き鬣を有する駿馬の絶叫、そしてそれを悼む幼姫の悲鳴だ。

 やめて――! リリィの制止を無視して、駿馬の体を()()()()()()にする怪物が、そのまま馬体を握り潰さんとする。黙って見ているつもりはない。憤怒の怒号と共に剣閃を奔らせ、塔の如く重厚な怪物の腕を斬り飛ばしたのは黒太子だ。地に落ちる石柱じみた腕、落下の衝撃に耐えたラムレイが怪物の手の中から逃れ、必死に距離を置く。

 ユーウェインは怒っていた。友であるラムレイを傷つけた事、そして自分達を卑劣にも騙し討ちした事へ。嘗て無い怒りに目眩すら覚えながら、彼は虹の聖剣を握り締める。

 

「貴様――逆鱗に触れたな」

 

 怒気で頭に血が上り、ゆらゆらと白髪を揺らめかせ、琥珀の双眸に爛々とした殺意が燃える。

 呪力で編まれた黒甲冑を纏うユーウェインは、見上げるほどの巨躯を睨みつけた。

 

 敵は、妖精。

 道行く人を襲い、攫う、悪しきモノ。

 山羊の頭を持つ悪魔とでも形容すべき古代の名残。

 嘗てアイルランドにて覇権を握っていたとされる古の神(フォモール)、その末裔だ。

 アイルランドより駆逐され、最後に生き残った者達は国外に逃亡し、妖精として細々と暮らしていたモノ達は――神代の最後にて、妖精(フォモール)の本性を隠すのをやめたのである。

 

もるがん、もるがんの血!血をよこせ!

 

 身の丈四メートルを超す、巨人をも超える怪力と魔力。堕ちた神性の残骸は切り飛ばされた腕を再生する。人外の者の跳梁跋扈する魔境ブリテン島、その片隅の草原で――悪しき妖精と精神の異形種が対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サクソンのアンジェラ姫
出典エドマンド・スペンサーの「妖精の女王」より。
アーサー王伝説を題材にしたもの。

オリキャラのサーヴァント風ステータスとかっている…?

  • アンジェラはいる
  • シンリックはいる
  • 両方いる
  • 両方いらない
  • 主要キャラなら今後もいる

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