獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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幕間の物語,小さな獣と花の魔女

 

 

 

「眠ります、とこしえに。私には兄さんの腕の中がお似合いです……」

「…………」

 

 馬に揺られ、眠くなる度にそれを言うのは何故なのか。自分の懐でスヤァと寝息を立てる幼女に、手綱を握るユーウェインは照れくさい気持ちにもすっかり慣れて、微妙な心境で長々と嘆息した。

 永久に眠りはしないが、インデフとの戦いが七日七晩、おおよそ八日ほどに長引いた反動か、リリィは暇があればすぐに眠るようになった。斯く言うユーウェインも疲労が抜けず、ここ数日は日没と共に泥のように眠ってはいるが、リリィほど寝てはいない。充分に眠ってはいるが、余り気を抜くべきでもないと思うのである。

 

 冬である。

 防寒礼装の外套がなければリリィもこの旅には耐えられなかっただろう。礼装のおかげで長閑さに浸れる道程を歩めるのは大いに助かり、その恩恵で雪の積もる道にも風情を感じる余裕が出来ていた。

 ユーウェインはリリィと二人羽織の格好で外套に包まり白い息を吐く。

 ウェセックス王国からは既に出ていた。何気なく古人の魔剣(ライヴロデズ)を抜き放って無造作に振るい、朝露に濡れる草原の種々に目を細める。草原地帯の多さからして、故郷ウリエンスの領土に踏み込んだらしい。魔力の刃が飛んで飢えた大型の獣を両断したのを尻目に、母に見つかると気まずいこと甚だしいので遠回りする事にした。

 

 ウェセックス王国での出来事は、散々だった。シンリックとの遭遇から始まり、ピクト人との戦闘と敗走、堕ちた神霊との戦い。数々の宝具を赤竜から下賜して貰えてなければ切り抜けられなかった。

 あの国には近寄りたくない。うんざりだ。だがそういう訳にもいかないのが現実である。ラムレイも疲れが抜け切っていないらしく、いつもの健脚にも翳りがあり、早々に休みたがっているようだ。

 ユーウェインは勝手知ったる我が領という事もあり、泉のある森に寄ると、そこでラムレイを休ませる事にする。下馬して彼女から鐙を外し、樹木に寄り添い休む愛馬から離れ畔に向かった。

 リリィに外套を被せたままゆっくり横たわらせ、自身は衣服を脱ぎ裸で水浴びをする。ユーウェインは身を清めると、服も洗って汗を洗い流した。脚絆だけを履き薪を集め、発火の魔術で乾かせる。

 服から水気が抜けるまで、ほとんど裸で過ごす事になるが、寒さの余り凍えそうになる事はない。自らの肉体は頑強で、寒さにも暑さにも耐性があった。頑丈な体で生んでくれた母には感謝しかない。

 

 長閑な時間が流れる。

 

 ユーウェインは日差しを照り返す泉を眺めながら体を休めた。

 このまま平和な時間が過ぎればいい。そう思うのに、そろそろリリィが腹を空かせて起きる頃合いかと嘆息して、篝火に向かうと尽きぬ荷車の盾(グゥイズノ・ガランヒル)から肉と穀物、鍋や塩などを取り出した。

 真水を詰めた水筒の蓋を開け、鍋に注ぐ。篝火に翳して沸騰するのを待ち、切り分けていた熊肉を千切って一口サイズにすると鍋へ投入。灰汁を取りつつ出汁が出て肉が解れる頃合いを見計らい、麦を投入してお手製の木のオタマでゆっくり混ぜた。魔法盾から皿やお椀、スプーンを出す。綺麗な布を地面に敷いて、一足先に出来上がった麦粥をよそって食べる。

 まずまずの味だ。体が芯から温まる。野外料理としては文句なしだ。

 

「……ん」

 

 がさり、と茂みが揺れる。獣の類いだ。だが敵意も何もない上に、音と気配から伝わるサイズは子犬のそれである。警戒するほどでもない。ユーウェインは茂みを一瞥して手招いた。

 

「出てこい。腹が減ってるなら飯ぐらい食わせてやる」

「………」

 

 人語など分かるまいが、飯の匂いに釣られてきたのは分かっている。こちらの敵意のなさを感じ取ったらしい獣は、恐る恐る茂みから姿を現した。

 それは犬であるようで、猫であるようで、リスであるようで――なんとも判別に困る小型の獣だ。まだ子供らしい事だけは分かる。キュゥ、と小さく鳴いた愛らしい姿にユーウェインは眉尻を落とした。

 これは……なんだ? 犬? 猫? ……分からん。分からんが、まあいいかと思った。幻想種の蔓延るブリテン島だ、こんなヘンテコな獣も探せばいるだろう。種別は珍しいが、存在は珍しくない。

 獣はとことこと近づいてきたかと思うと、ユーウェインの顔をジッと見詰めて。目を逸らす気にはならず見詰め返すと、獣は何を思ったのかユーウェインの懐に飛び込んできた。

 

「……フォウ!」

「なんだなんだ、人懐っこいな、お前は」

 

 苦笑して、その毛むくじゃらな体を撫でる。ふわふわとしていて実に愛らしい。

 気持ち良さそうにして目を細める獣は、何故かユーウェインの事が非常に気に入ったらしい。自身を撫でる手に顔を押し付けてとても機嫌が良さそうにしていた。

 

「ちょっと待て。腹が減ってるんじゃないのか? ……ほら、食え。熱いから気をつけてな」

「フォウ! キュゥ!」

 

 空いた自分のお椀を置くと、膝の上から飛び降りた白い獣が一口食べ、何故か一瞬停止した後に、ガツガツと粥を喰い始める。食欲旺盛な仔犬だ……いや仔猫? ……なんでもいいか。

 ユーウェインは雑食らしい獣が飯に夢中になっているのを横に、乾いた服を着込む。獣でも飯の旨さが分かるとは、なかなか舌の肥えた奴だなと思って、和んだ気持ちで獣を眺める。と――

 

「やあ、隣……いいかな?」

「――――!」

 

 全くの無音で傍らに立っていた輩に、ユーウェインは瞬時に反応して立ち上がると、脇に置いていた魔法盾を取って身構えた。全く気づかなかった――必然的に最大限の警戒体勢を取り、相手の格好から魔術師と判断し神秘殺しの曲剣(モルデュール)を抜刀した。怪しい動きがあれば斬り捨てるつもりで。

 

「おいおい、警戒し過ぎだよ。怖がらなくたって何もしないよー?」

 

 突然の闖入者は、白い女だ。

 白いフードを被った、髪も、肌も、白い。脚のラインがくっきりと出ている黒タイツを穿いているが、女の印象は純白のそれである。紫の瞳が宝石のように綺麗だったが、不思議と()()()見えた。

 只者ではない。だが、敵意はないらしい。

 細く息を吐き、ユーウェインはなんとなしに思った。リリィの声に似ているな、と。似ているだけで、印象は全く異なっているが。しかしそれよりも警戒を解けない理由があった。

 

「貴様……人間じゃないな?」

「ん」

 

 雰囲気が、というよりも。佇まいが、というよりは。なんというか、人ではない気がする。

 ただの勘というのとは違う。勘という曖昧なものではなく、人ならざるモノを察知する感覚が研ぎ澄まされていた。古き巨神との戦い以来、どうにも気配に関して鋭敏になっている。

 問うと、女は曖昧に笑った。笑みを浮かべているが、その目にはなんの色もない。感情の波が皆無である。この顔は、「こういう時はこういう顔をするものだろう」と、心なき者が学んだ表情だ。

 

「人間じゃないと駄目かい?」

「……いや、駄目じゃないな」

「ならいいじゃないか」

 

 見た目は人間だ。しかし、人ではない。それのどこが問題なのかと問われ、考えてみても駄目な理由は思い当たらなかった。

 こちらに害意がなく、表面上は友好的に接してきている。ならばこちらからアクションを起こす理由もまた存在しない。ユーウェインはなんとも対応に困る客人に、接触してきた理由を訊ねる事にする。

 と、ユーウェインが問う前に、女は獣を見遣って微笑んだ。――胡散臭い笑顔だ。

 

「やっぱりボクの見込んだ通り、すっかり懐いてしまったね、キャスパリーグは」

「キャスパリーグ……アレの名か?」

「そうだね。あ、ちなみにボクはアンブローズだ。よろしく、ユーウェインくん」

「………」

 

 アンブローズ。その名に顔を顰めた。聞き覚えがあるからだ。

 曰く、ブリテン王に仕えし双竜あり。妖精モルガンと花の魔術師アンブローズ・マーリンだ。

 であれば、この女が花の魔術師なのか。いや、花の魔術師は男だという。魔術で姿を偽っていたのか、この女が花の魔術師を騙る偽物なのか、はたまた花の魔術師は二人いたのか。

 どうでもいい事だ。真偽を気にする必要は皆無。ユーウェインに全く気づかせずに接触してきた以上並の魔術師ではない。アンブローズと名乗るのなら、この場ではそのように扱うだけだ。

 

 抜刀したままだった曲剣を納刀し、恭しく膝をついて頭を下げる。

 

「宮廷魔術師殿でしたか。知らぬ事とはいえ、ご無礼を働いた事お詫び致します」

「あーあー、そう畏まらないでくれ。ボクは宮廷魔術師としてではなく、個人としてキミに会いに来たんだからね」

「……そうでしたか。では、何用でしょう」

「うん。美味しそうな匂いがしたからね、ちょっとご相伴に与れたらなーって思って。ついでにキャスパリーグを預けに来たり、とか?」

「アレを? しかし……」

 

 困惑してキャスパリーグというらしい白玉を見遣ると、一口で食べられる量が少ない獣は未だに食事中だった。花の魔女は細く白い指を自身の唇に添えると「これは秘密なんだけど」と艶めいて告げる。

 

「あの子は普通の獣じゃない。少なくとも、心のキレイな人の許にいた方が絶対に良い。ボクやマーリンも傍に置けなくはないんだけど、生憎嫌われていてね。好かれたキミの方が適任なのさ」

 

 片目を瞑ってウインクをしてくる様は、可憐だ。しかし些かも心惹かれぬ。性欲旺盛な十代半ばの身でも、相手を選ぶ理性ぐらいは若きユーウェインにもあった。

 ボクやマーリン、と女は言った。とすると、アンブローズ・マーリンとは男女二人の魔術師なのだろう。この女が真実、花の魔術師であるならば。頭の片隅でそう思いつつ、苦い顔を隠さず応じる。

 

「……キャスパリーグとやらの事情はよく分かりませんが、私は今旅の途中です。無責任に面倒を見てやれるとは申し上げられない。期待に添えず心苦しいのですが、日を改めて頂けると――」

「まあまあ、堅い事は言いっこなしだ。あと自然体で話してくれないかい? 礼儀正しいキミも素敵だけど、ボクはリラックスしてるキミの方が好きだな」

「………」

「それとボクもお腹が減ってるんだ。()()()()()()()()()()()()()

「……どうぞ」

「ああ、いや、そっちじゃないんだ。ちょっと失礼するよ」

 

 リリィの物を使うのは申し訳なかったが、空いてるお椀が他にはない。後で洗っておこうと思いつつ、この心のない女がどんな反応を示すか若干の興味を持って鍋に手を伸ばす。

 しかしアンブローズはそれを制して、おもむろに歩み寄ってきたかと思うと――前触れもなく顔を近づけてきた。

 重ねられる唇。肉感があるのに薄い唇に、ユーウェインは驚愕して固まってしまった。自分が今何をされているのか理解が追い付かない。意地悪げに目を細める女の顔に、接吻されている現状を悟ると荒々しくアンブローズの肩を掴んで強引に引き剥がした。――華奢な体に、動悸がしてしまう。

 

「っ……何をっ……」

「ふふ……ご馳走様」

 

 ぺろりと唇を舐め、色っぽく、いたずらっぽく微笑むアンブローズ。

 王子という身分では非常に珍しい事に、ユーウェインは童貞だった。日頃から身の回りに異性はいない。いたとしても母親ぐらいで、今はリリィがいるが母親や幼女を異性と見做す訳もない。

 故にユーウェインの女に対する免疫は絶望的である。顔を赤くして混乱するうぶな青年に――感情の火を灯したアンブローズが愉快げに笑った。()()()()()()のだ。心のエネルギーを補給したアンブローズは、漸く人らしい心を覗かせている。その様は、今度こそは可憐なものだった。

 

「カワイイなぁ、王子様は。本当は夢の中にお邪魔して、気づかれないまま食べさせてもらうんだけど……キミにはおっかない魔女がついてるからねぇ。絡め手じゃなくて直接出向くしかなかったんだ。そして現実だと、こうしないと感情を食べられない」

「……受肉した夢魔、いや夢魔との混血児だったのか、お前は」

「そうだとも。それより、やっと肩から力を抜いてくれたね? うんうん、声がアレに似てるのは残念だけど、全く気にならないほど素敵な男の子だ。まるで()()()()()()()()()()()()()()()、ね。内面も実に好ましい。グッドだ!」

「……ハァ」

 

 熱い顔を隠しながら、ユーウェインは深々と嘆息する。幾らなんでも突然過ぎる。こんな真似を他でもしているようなら、大変な事になるだろう。そう思い、忠告してやることにした。

 

「アンブローズ。お前、こういう事はやめた方が良いぞ。夢魔のお前にとってただの食事なんだろうが、人間の男は勘違いして襲いかかりかねない」

「お? ボクを心配してくれるのかい?」

「当たり前だ。見てくれだけはか弱い女だからな。男として心配ぐらいはするだろう、普通は」

「――――」

 

 言うと、何故かアンブローズは目を見開いていた。

 その反応が不可解であるが、よほどにユーウェインは動揺していたらしい。自分にとっての普通が、この世では全く普通ではない事を失念してしまっていた。だからかアンブローズは愉快そうに微笑む。

 他者から補給した感情を使わねば、心を持てない半夢魔である。しかしアンブローズは心を補給したばかりという事もあって、高鳴る鼓動に頬を上気させながらユーウェインの横顔を見詰めた。

 

「……うん。まさに、だ」

「………?」

「絵に描いたような王子様っぷりに、流石のボクも面食らってしまったよ。これからは定期的に会いに来てもいいかな? 損はさせないからさ」

「損……は、してないつもりだが?」

「してるよ。キミ、普通じゃないから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。不変である事の弊害だね。適度に抜いてあげないと、キミはいつか破裂するところだったよ」

「………」

 

 言葉や所作の一々に色事めいた響きを感じるユーウェインは、完全に童貞心を暴走させている。なんとか冷静さを取り戻そうとする彼の知性は曇りに曇って、アンブローズがインデフとの戦いを視ていたという事実を察せなかった。そして、その意味深な台詞も。

 

「だからボクが定期的に抜いてあげる。キミの感情は、どうしてかな? 負のそれでもとても美味しい。不快感がない。こんな事は初めてだ。うん……照れくさいから一度しか言わないけど、惚れたよ」

「……は?」

「キミが心を破裂させてしまわないように、ガス抜きに来ただけだったんだけどさ……やられた。個人には愛着なんか持たないはずなのに、ユーウェインくんの行く末が気になって仕方なくなった。どうかボクにキミの紡ぐ物語を見届けさせてくれ。まあ、駄目って言っても勝手に視るんだけどね?」

「………」

 

 するりと距離を置いた魔女の頬は、微かに赤らんでいる。ユーウェインもまた、ファーストキスに照れる乙女の如く正常な判断力を欠如させてしまっていた。寧ろこの世のどんな淑女よりも――清らかさを謳う貴婦人よりも、うぶですらある青年だ。煩悩に、しかし鋼の自制心が働く。

 ふぅぅぅ、と長い溜息と共に懊悩を吐き出す。そして、彼は言う。

 

「好意は、嬉しく思う。だが俺の勝手で好意を受け入れるわけにはいかない。俺には番う相手を選ぶ自由はないからだ。すまないが、他を当たれ。なに、俺よりも上の男など、探せばそこらにいるだろう」

「あははは! 堪らないね、愛の告白をしたわけじゃないのに振られてしまった! ボクのこれは単なる押しつけだ、返品は利かないんだよ。残念だったねユーウェインくん、運命の特異点となり得る君。たちの悪い夢魔に気に入られてしまった不運を嘆くといい。ボクのは恋や愛じゃなくて単なる興味だけど、キレイな紋様を描いてくれるって信じて見守っているよ。それじゃあ……そろそろお姫様も目を覚ます頃合いだ、ボクは退散させてもらう」

「待て」

 

 好き放題に言って立ち去ろうとする魔女を、ユーウェインは呼び止めた。彼は律儀だ。一度は食事の席に座る事を赦したのに、何も食わないまま立ち去らせる事は見過ごせなかったのである。

 感情エネルギーを食われたとしても、それはユーウェインの基準で飯を振る舞った事にはならない。ただそれだけの事で、彼は彼女に鍋からよそった粥をお椀ごと押し付けた。

 

「持って行け。感想はまた会った時にでも聞かせてもらう」

「……ふふふ。ああ、分かった。ボクには無用な栄養だけど、嗜好品として頂いていくよ。冷めない内にきっと食べる。悪いけど、お世辞は言えないよ? 酷評されても文句は言いっこなしだ」

「勿論だ。気に入ったなら、報酬に適当な調味料でも寄越せ。それでロハにしてやる」

「分かった。約束しよう。美味かったら胡椒を一瓶用立てるとね」

「!!」

 

 アンブローズがそう言って姿を消すのに、ユーウェインは瞠目する。

 胡椒。あの、伝説の。同量の黄金にすら勝る価値がある、食べる黄金と言えるアレ。

 思わず悪態をつく。クソッ、こんな事ならもっと本気で作っておくのだった……! 手間暇を掛けていれば、まだ上の味わいを出せていたのに……! これでは悔やんでも悔やみきれぬ。幸運の女神の前髪を引き千切りたい気分だ。

 

 幻かなにかのように掻き消えるアンブローズ。その姿を後悔の眼差しで見送り――

 

「フォウ!」

「………あ」

 

 キャスパリーグを押し付けられたままだった事を思い出し、してやられたと悟る。

 諦めて面倒を見てやる他あるまい……。

 割り切った。あの女の勝手はともかく、置いていかれたキャスパリーグに罪はない。出された分の粥を完食し、傍に寄ってきたキャスパリーグの頭を指先で撫でてやる。

 

「――ふわぁぁぁ。兄さん、おはようございます。ご飯作ってたんですか? よければお手伝い……ってあれ? に、兄さん! 次は私も一緒にやるって言ってましたよね! なんで一人で作ってるんですか!」

 

 起き出して来るなり、わぁわぁと騒ぎ出す幼女に苦笑して、ユーウェインはキャスパリーグの首根っこを掴むとリリィに放った。

 わ、わ、わ、と慌ててキャスパリーグを受け止めたリリィだったが、すぐに目を輝かせる。かわいい! と。キャスパリーグは自分を投げたユーウェインに抗議の鳴き声を上げるが、リリィの事も気に入ったらしくなんとも形容し難い様子で青年を睨んでくる。

 小さな肉球を押して相好を緩めるリリィをよそに、ユーウェインは空いたお椀を泉で洗い、小動物と戯れる幼女へ粥をよそって渡した。キャスパリーグを抱いて両手が塞がっているので、青年が自分の手で粥を掬い、スプーンを幼女の口に押し込む。適当に誤魔化し、旨い飯を食わせれば、またたく間に機嫌を直すのがリリィだ。はぐはぐと粥を食べ始め、幸せそうに頬を緩めるリリィにユーウェインもまた微笑む。

 

(旅の道連れは多い方が良いか。獣が二に、人が二……アンブローズも、共に来ればいいものを……)

 

 彼女へのモルガンの殺意を知らぬ故、彼はそう思う。

 ブリテン人の勢力圏に入った以上、早々ウェセックス王国でのような出来事は起こるまい。道すがら魔獣に襲われる事はあるかもしれないが、比較的安穏とした旅路を送れるはずだ。そう思う。

 

 休憩を終えた王子は泉の畔から出発した。ラムレイに跨り、腕の中にリリィを置いて、その頭の上にキャスパリーグを乗せた面子である。なんとも珍妙な顔触れなのが、なかなかに面白い。

 

 ――彼らはリリィの故郷に辿り着くまでの道中、様々な珍事に見舞われる。

 

 魔獣の被害に悩む農村だったり、賊徒に襲われる貴族の令息を助けたり、王の意に反して圧制を敷く城主の成敗だったり様々であった。

 その最中に宝具・奇跡織り成す大釜(グラズノ・アイジン)を発見し、ユーウェインが一時女体化して豊満な肢体の女騎士と化す事件が起こりもしたが――それはまた別の噺として花の魔女は語るだろう。

 

 果たして彼らの旅路を称して、人々は噂する。子連れの騎士が成す、勧善懲悪の騎士道を。

 最高の騎士と、人々は青年を評して持て囃し――彼らは漸く、旅の終着点に到達するのだ。

 

 そこで待ち受ける、ささやかな事件と出会いが、運命の扉を拓くと知らず。

 

 

 

 

 

 

 




面白い、続きが気になると思っていただけたなら、感想評価宜しくお願いします。

※ユーウェインに纏わる性転換事件等は、今後小ネタとして描く事もあると思いますので、その時を楽しみにお待ち下さいませ。

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