獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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(前話の反響を見て)

みんなプーリン好きなんですね。ワイトも好きです。
本作最多感想数・評価数更新してて歓喜の舞を踊りたい気持ちです。
ありがとうございました。




14,黎明の円卓

 

 

 

 

 

「あっ! 見えました! 見えましたよ兄さん! 私のおうちです!」

 

 無邪気にはしゃぐ幼女に、そうか、よかったな――と、掠れた声で囁く。

 誰が呼んだか子連れの騎士、黒き聖者、黒馬の王子様、最高の騎士。そんな誉れ高き青年騎士として持て囃される我が身を顧みると、無性に家に帰って不貞寝したくなるユーウェインである。

 色々あった。色々と有り過ぎて近日の記憶が曖昧になるほどに。

 ヘンテコな宝具で女になってしまった時はもうどうしようかと思ったものだが、無事男に戻れて安心である。本当に良かった。領民の中に美女がいれば攫う悪徳領主を女の身に転じて懲らしめに向かい、悪徳領主に女性恐怖症を叩き込んでやれば、今度は男に戻ったユーウェインに鼻息を荒くして迫ってくるとか悪夢でしかなかった。あの時は色々と吹っ切れたつもりで、頭を馬鹿にして突撃脳にならねば泣いてしまいそうだったが、悪徳領主のアレは別の意味で泣きたくなってしまったものだ……。

 

 ブリテン人もサクソンに負けていないな、と。我ながら酷い評価を付けたくもなったが、客観的に見ても目糞鼻糞を笑うという奴ではなかろうかと思う。トラブルの種の多さでは、むしろブリテン人の方が多いのではないだろうか。ピクト人がいないという一点だけはマシと言えるが。

 ――あの宝具。奇跡織り成す大釜(グラズノ・アイジン)。旅の道中で()()()()()()()()が、誰かに悪用されないか気が気でない。遺跡から発掘してしまった手前、今度責任を持って探索するべきだろう。

 女体化してしまった時の事を思い出せば目が死んだ魚のようになってしまうので、今は忘れておこうと思う。折角のリリィの帰還だ、水を差すような無粋は控えてやりたい。

 

 リリィの案内を受けてやって来た故郷は、コーンウォールの領土の片隅にある山村だった。

 

 山村。すなわち山間にある村落。山林の面積の比率が高く、交通の便利さや官吏の目と手が行き届かず、文化的にも極めて牧歌的で恵まれているとは言えない。産業の開発の手はほぼ行き届いておらず、住民の生活水準も文明的とは言えないもの。有り体に言えば、ど田舎である。そして立地、交通のための道の数と広さ。村落部の開発の程度。それらを戦略政略の観点から見るに――

 

(やはり、か……)

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 リリィは騎士爵程度の出自ではない。ローマ帝国の五等爵に由来する官爵で言えば、低く見積もっても伯爵の隠し子であろう。そうでないとしたら、彼女の妹であるというオルタナティブとやらの名前からして、非道なる魔術師の実験体である可能性もある。なにせリリィの魔力量は異常だ。天然のそれと言われるよりも、何者かの思惑によって生まれたと言われた方が納得できる。

 養育しているエクトル卿。騎士に結託している外道の者か、或いは彼が仕えていたブリテン王、彼自身と個人的な繋がりを有する他の貴族、並びに貴族に匹敵する財力を有する豪族までも候補に挙がる。

 外道でさえなければいい。ユーウェインはそう思いながら村落部に入ると、偶然居合わせた年配の女が馬上のユーウェインに気づく。たじろいだ彼女だが騎士への礼義を心得ているらしくすぐ跪いた。

 

「こ、これはこれは、旅の騎士様。このような辺鄙な村に何用でございましょうか」

「そう畏まるな。私は――」

「メイおばさん!」

「――まあ! リリィちゃんじゃないの!?」

 

 ユーウェインの口上を無自覚に遮って、幼女が元気よく知己の女に呼びかける。一瞬誰に声を掛けられたのか分からなかった様子の女は、ユーウェインの腕の中にいる幼女を見て驚愕の声を上げた。

 苦笑して彼女を抱え下馬し、リリィを地面に下ろしてやると、幼女はとてとてと走って女の胸に飛び込んでいった。慌ててリリィを抱き止めた女は、ユーウェインの顔とリリィを見比べて、ユーウェインが肩を竦めると私語を赦して頂けたと理解しリリィを抱き締める。

 

 嗚呼……愛されているな。善哉である。ユーウェインはそう思った。

 

「リリィちゃん! 今までどこにいたんだい? みんな心配してたんだよ!」

「え? 心配ってどうして?」

「どうしてって……」

「よく分からないけど、楽しかったよ! 兄さんが色んな所に連れて行ってくれて、それでそれで、私を城から連れて帰ってきてくれて! えっと……ご飯も美味しくって!」

「え? え? 兄さん? この御方が? それに連れて帰って、って……」

 

 要領を得ない言葉をまくし立てられ、さしもの逞しい田舎の女もタジタジとしていた。頻りに困惑の目を向けてくる女にユーウェインは苦笑する。

 

「失礼、ご婦人。私はウリエンスのユーウェイン。エクトル卿の養女リーリウムの用向きが済んだ故、ご息女をこの地までエスコートさせて頂いた。手間を取らせるがエクトル卿に取り次いでくれ」

「ウリエンスのユーウェイン王子!? は、はい! 畏まりました! ただちに取り次がせていただきます! ……リリィちゃん? この御方はやんごとなき身分の御方なんだよ、無礼のないようにね!」

「大丈夫だよメイおばさん! 兄さんはとっても優しいから!」

 

 そういう事じゃなくて……! と焦るメイとやら。しかしリリィに構ってばかりもいられないと思ったのか慌てた足取りで駆け去っていく。こちらを気にしているが、無礼がないか気にしてるらしい。

 ユーウェインの名を聞いただけで王子と判別した点から、この村の村民は意外と世情に聡いのかもしれない。リリィがやんごとなき血を宿すから、エクトル卿が一通り主要な身分の者の名を広めているのだろう。頭の隅で辻褄を合わせる思考をしながら、彼は慎重に目を凝らす。

 

(……表に、見て分かる罠の類いは無い、な……)

 

 本当に何もないか、或いはユーウェインの目を欺ける腕の魔術師なのか。

 つい先日魔術師に一杯食わされたばかり故に、僅かばかり自信を喪失しているが、流石に宮廷魔術師のような凄腕がそこらに転がっているはずもなし。ユーウェインは一先ず己の眼力を信じる事にした。

 

「むぅ……兄さんはそんなの気にしないのに……」

 

 メイの反応に不服そうに頰を膨らませる幼女。リリィの様子に微笑する。

 これは要らない心配をしてしまったか? どうにも外道の輩が潜伏しているようには見えない。狡猾にも本性を隠し、平凡な山村を隠れ蓑にしている可能性はまだあるが、取り越し苦労になる気がする。

 不定期に様子を見に来たりすれば、或いは外道の尻尾を掴めるかもしれないが、そこまでするのもおこがましいやもしれぬ。ユーウェインは依然、最低限の警戒心は解かずに、エクトル卿の人品を見定めてから決めようと判断した。

 

 と。

 

 フォウとキャスパリーグが鳴く。ユーウェインの懐に潜み、顔だけを出した獣。彼は何やら物言いたげにユーウェインを見ている。なんだと視線を向けるとキャスパリーグは呆れたような目をしていた。

 やけに賢い獣である。人語を解している様子も散見された。或いはユーウェインの腹の内を読み取って、警戒なんかしなくてもいい、心配は要らない、と言っているようだった。

 キャスパリーグにそんな目で見られると、何故かそんな気もしてくるユーウェインである。無駄な気苦労を負っているだけなのかもなと苦笑した。だが何事も慎重であるのに越した事はない、はずだ。

 

「リリィ」

「――あ、()()()!」

 

 凄まじい勢いで駆けて来る者がいて視線を上げると、角の方から曲がって来た幼女がいた。

 リリィと瓜二つの容貌をしている。話に聞く姉妹か。

 だが髪と肌、瞳の色がユーウェインと同一である。なるほど、リリィが初対面時に自分を父親と誤認したのも頷ける。ユーウェインすら血縁を疑うほどに似通っていた。

 が、とうのオルタナティブとやらは自身の容貌に無頓着らしい。自分とユーウェインの類似点など些かも気にした素振りはなく、幼女とは思えぬ眼光で睨みつけてきたではないか。

 

 手には、木剣。身の丈に合わぬそれを手に彼女は猛然と襲い掛かって来た。

 

「――貴様が()()()を誑かした姑息な誘拐犯だな。よくものこのこと顔を出せたものだ。そこに直れ、私の裁きを受けろっ!」

 

 ほう、と唸る。気迫の乗った良い啖呵だ。リリィに負けず劣らず英邁で、利発である。五歳なのに難しい言葉をよく知っているなと感心した。が、笑ってもいられない。馬鹿みたいな魔力放出でカッ跳んで来たかと思うと、手加減も何もなく木剣を叩きつけてきたのだ。

 あれを喰らえばユーウェインとて痛い。普通の人間なら頭部が陥没して即死する。嘆息して振り下ろされてくる豪剣に手を添えて、指で摘む。ピタリと静止した木剣に、跳躍していたオルタナティブが唖然とした。自分の力は知っているらしい。加減は知らないようだが。虚空にぶら下がる格好になったオルタナティブは、咄嗟に延髄蹴りを浴びせてくるも、それも足首を掴んで止めた。

 

「筋はいい。が、頭は年相応だな」

「何をっ、――うっ!」

 

 木剣を指先で圧し折り、脚を掴んだまま宙吊りにする。ぷらーん、と揺られたオルタナティブは恥辱に顔を真っ赤にするも、幾ら暴れてもユーウェインの手から逃れられない事を悟ったようだ。

 が、余程に負けず嫌いなのか諦めずに暴れ回る。自身の脚を掴むユーウェインの腕に蹴りを叩き込んで、なんとか逃れようと足掻きに足掻いた。リリィ並に馬鹿げた魔力で強化している脚力だ、何度も蹴られたら文字通り骨が折れてしまう。呪力で腕部に篭手を形成し防護すると、完全に打つ手なしとなった。

 オルタナティブはそれでも暴れる。まるで人に懐かない小型の竜だ。さてどうしたものかと立ったまま思案するユーウェイン。――幼女を片手で宙吊りにしたまま顎に手を当て物思いに耽るという、一見して極めて危うい絵面になっている事には気づいていなかった。

 

「……落ち着け。私は誘拐犯などでは……」

 

 ない、のか? 自問すると答えに詰まる。

 自分はさておきモルガンは誘拐犯みたいなもの。そして自分は不可抗力とはいえリリィを連れ回し危険な旅をした身。もしや自覚がなかっただけで最低最悪の誘拐犯だったかもしれない。

 説得をしようとするのに言い淀むのは悪手だ。オルタナティブは眦を吊り上げて魔力を放出しようとする。その予兆を捉え、さりげにオルタナティブの脚を掴む手を動かして体勢を操り、オルタナティブを宙空に放る。瞬間、黒い魔力の閃光が明後日の方角に飛んでいき、落下してきた幼女の脚を再び掴んだ。

 

「ぐぐぐ……貴様ぁ……!」

「……リリィ。頼む。なんとかしてくれ」

 

 情けなくも幼女に助け舟を求める青年の姿がそこにはあった。

 ユーウェインに水を向けられ、やっと姉妹の凶行で失っていた我を取り戻したらしい。色を失くしてリリィがオルタナティブを叱責する。

 

「こら! やめなさいオルタ! 兄さんは誘拐犯なんかじゃないんだから!」

「な、なに……?」

「お姉ちゃんの言うことが信じられないの!?」

 

 リリィの声に、オルタナティブは目を見開く。ユーウェインの顔を逆さまになったまま見遣り、早とちりをしてしまったかと焦った表情を浮かべるも。続いたリリィの台詞で幼女は激怒した。

 

「誰が姉だ、愚妹! 末っ子の分際でほざくな――!」

「あー! 末っ子なのはオルタなのに! 兄さんの前で出鱈目言わないで!」

「なんだと!?」

「なによ!」

「………」

 

 笑みが浮かぶ。口元に、小さな。

 仲の睦まじい様子に、次第に愉快な気持ちが沸き起こって来る。

 俺にも弟と妹がいたな、と。名すら思い出せない誰かを想う。

 生きてはいまい。行方不明になって何年になる。アレらにとって、自分は存在しないに等しい案山子のような兄だったろう。

 言語化の難しい惜別の念が過ぎるも、ユーウェインは目の前の幼女達を見た。

 

「誤解は解けたな」

「むっ……ぅ、うむ……」

「では解放しよう。乱暴をしてすまなかった」

 

 言って、オルタナティブを地面に下ろしてやる。我ながら女児の扱いが粗末だった自覚はある。簡素な謝辞を告げると、オルタナティブはバツが悪そうにそっぽを向いた。

 蝋のように白い頰に、鮮やかな朱が浮いている。恥を覚えたらしい。そんな彼女に、ユーウェインは努めて優しく言い含めた。

 

「姉が心配だったのは理解するが、相手の所以も確かめず斬りかかった行為は反省すべきだ。お前の力は容易く命を奪う、自制しろとは言わんがせめて事の因果を見定める度量は具えろ。いいな」

「む、ぐ……。……分かった」

 

 正論を突きつけられても呑み込みづらい年頃だろうに、オルタナティブは賢明にも受け止めてみせた。大器の片鱗を覗かせる対応である。力を抑えようとする気質ではあるまいに、よく出来た子だ。

 最初の暴走さえなければ満点だったが、ユーウェインとしてはあれも個性の範囲だろうと判ずる。幼子とはやんちゃなものだからだ。無論相手がユーウェインでなければ死んでいた可能性もある。そこだけは厳重に注意してやらねばならないだろう。――が、それはユーウェインの仕事ではない。後で保護者に話して叱らせるのが筋だ。

 

「謝る。すまなかった、旅の騎士……殿?」

「敬称はそれでいい」

「うむ」

 

 偉そうな態度も微笑ましい。ぺこりと頭を下げる素振りは、いまいち素直ではないが。

 しかし、オルタナティブはどうにも合点がいかないらしく、ユーウェインの発言に訂正を求めた。

 

「だが私は姉の心配などしていない。なぜなら私が姉で、これは妹だ。姉が妹の心配をした。そこは間違えないでほしい」

「そうなのか?」

「そうだ」

「そうじゃないですー!」

 

 反駁に胸を張って頷くオルタナティブと、大声で叫び否定するリリィ。

 どちらが姉で妹かマウントを取り合う仲良し姉妹。可愛らしいものだが、埒が明かない。リリィの自己申告を信じて長女と思っていたユーウェインだが、このやり取りを見るに真偽は曖昧になった。

 何か大切な事を忘れている気がするが、忘れているという事は重要な問題ではないのだろう。そちらの記憶を発掘する気にはならず、エクトル卿が来るまで二人のいがみ合う様を眺めていようと思った。

 

「オルタが妹だもん! 兄さんにもう私が姉だって言ったもん!」

「はっ。戯言をほざくな、リリィ。それに騎士殿を気安く兄と呼ぶ軽率さは、まさに末っ子のそれではないか」

「どこがケイソツなのかちっとも分からない! ケイソツなのは勝手な思い込みで兄さんに襲い掛かったオルタの方でしょ!」

「それは謝った。騎士殿は寛大にも赦してくれた。既に終わった話を蒸し返す貴様の頭の軽さは末のもの。こんなにも自明な事に頭が回らないようでよくも姉を自称できたものだ」

「またそうやってケイ兄さんの真似して難しい言葉を使う! むつかしい言葉覚えてたら偉いってわけじゃない! 人のマネをするのは幼稚さの表れって分かんないの?!」

「誰が誰の真似をしているだと? あんな根性曲がりな偏屈男の真似などしていない!」

「してる!」

「していない!」

「してるもん!」

「していないと言っている!」

 

 額を突き合わせ睨み合う二人。段々話が脱線しているが、面白いので黙っていよう。

 遠巻きにして道行く人々も「またやってる」と微笑ましげな顔をしているから、恐らく日常的にやりあっているのだろう。ますますどちらが姉なのか分からなくなってしまった。

 というより、メイとやらはまだエクトル卿を呼び出せていないのだろうか? 真っ先にオルタナティブがやって来たのだ、そろそろ後続が現れてもいい頃合いだろうに。

 

 手持ち無沙汰になったユーウェインが、懐のキャスパリーグの顎を指先で掻いてやっていると、ちょうど後続がやって来たようだ。慌ただしい足音と共に――またもや幼女が現れたではないか。

 

「こらー! 待ちなさいオルター! 外で魔力を使うなって何度言ったら分かるんですか!?」

「むっ……」

「あ……アルトリアだ!」

 

 声、姿、共に完全にリリィと瓜二つな幼女、アルトリアの乱入である。

 パッと見た印象は、オルタナティブとリリィを足して二で割って生真面目さを足したような雰囲気である。しっかり者に見える顔つきの幼女の声に、オルタナティブは露骨に面倒臭そうに。リリィもまた嫌そうな顔になった。そんな二人の表情だけで、アルトリアの役回りを察せて面白い。

 駆け寄って来たアルトリアが、見知らぬ騎士を見て脚を止める。姉妹達に対する気安いそれから、礼儀を意識し引き締まった表情に切り替わった。

 

「……貴方は、旅の方……ですね? 失礼しました、私はアルトリアと申します。二人が何か粗相を働きませんでしたか?」

「ああ、大した事は何もない。私は……いや、俺はユーウェインだ。メイとやらにエクトル卿へ取り次いでもらい、今はこうして待っている」

「! そうでしたか……二人とも、何をやってるんですか! お客様を外でお待たせするなんて失礼でしょう! それにオルタ、貴女はどうせ名乗ってもいないんじゃないですか? きちっとしなさい!」

「……がなるな、五月蝿いだろう」

「ツーン」

 

 鬱陶しげに手を振るオルタナティブと、あからさまにそっぽを向くリリィ。対応を見るにアルトリアが長女らしく見えるユーウェインである。苦笑したままのユーウェインだったが、アルトリアの言にオルタナティブは思い出したのか、渋々こちらを向いて名乗りを上げた。

 

「……オルタナティブだ、騎士殿。以後お見知りおきを」

「ユーウェインだ。よろしく、そそっかしいお嬢さん」

「……ふん」

「オルタ! 失礼でしょう! 頭を下げなさい! リリィも騎士様を案内しないで何をしてたんですか!」

「ぅー……うるさい……」

 

 がぁーっ! と気を吐くアルトリアに、二人は素っ気なかった。なんだか憐れに思えてくるが、なんだかんだオルタはアルトリアの言う事は聞いているらしく、リリィも案内を忘れていたのを恥じていた。

 オルタナティブもリリィも、アルトリアを嫌ってはいない。むしろ姉妹として好いているようではある。しかし素直にそれを表に出せず、とうのアルトリアは姉妹に嫌われていると思い込んで、開き直っているのか進んで嫌われ役を買って出ているような印象を受けた。

 損な性分である。だが、一等好ましい。

 なんやかんやで騒ぎが収まっているあたり、更に長女疑惑も深まった。ユーウェインは面白がってオルタナティブとリリィを眺めていた事を反省し、手を打ち鳴らして三姉妹の注意を引いた。

 

「おっと、手が滑った」

「ドフォゥ――!?」

 

 そして、懐から首根っこを掴んだキャスパリーグを三姉妹に投げつける。

 またやりやがったなオマエ――! とでも言いたげな驚愕の声。着弾したのはアルトリアの顔。顔面でキャスパリーグの柔らかい腹を受けたアルトリアが「わぷっ」と呻いた。

 滑り落ちたキャスパリーグを咄嗟に抱き止めたアルトリアが目を輝かせる。可愛い、という呟き。やはりあのような小動物は幼女にとって特攻効果を発揮するらしい。リリィで検証済みだったが、効果は抜群だったようだ。オルタナティブも興味なさげな素振りをするも、視線は釘付けである。

 

「ふっふーん。キャスパリーグは私のお友達なんです! さあ、アルトリアなんかの所にいないで、私の腕の中に飛び込んでおいで――!」

「……フォ」

「き、キャスパリーグ……?」

 

 姉妹の関心を集めた白玉と仲良しさをアピールし、得意げに腕を広げたリリィだったが、ユーウェインに投げられたことでヘソを曲げているらしいキャスパリーグには意味がなかった。

 ツーンとそっぽを向かれて愕然とするリリィに、オルタナティブが嘲笑を浴びせる。普段はそれを制しているかもしれないはずのアルトリアは、腕の中のキャスパリーグに目を奪われたままだ。

 

「ふ……貴様のお友達とやらは貴様に興味がないらしい。笑わせてくれるな」

「そ、そんなぁ……キャスくぅん……」

「………」

 

 悄然とするリリィ。失笑するオルタナティブ。肉球を押さえて「ぉぉぉ」と唸るアルトリア。されるがままのキャスパリーグはユーウェインを睨んでばかり。キャスパリーグに心の中で詫び、幼女どもの遊び相手になってくれと念じる。その思いが通じたのか、キャスパリーグは口を開閉した。

 あれは後で旨いもん食わせろという要求だ。仕方あるまい……帰りは自分とラムレイ、キャスパリーグしかいないのだし、食糧に気を遣う必要はない。ここで全て使い尽くす勢いで放出しよう。

 了解の意を込めて頷くと、キャスパリーグは途端に愛嬌を振りまき始める。現金な奴だ。すっかり幼女たちの人気者と化したキャスパリーグをよそに、ユーウェインは今夜の献立よりもどうやって厨房を借りようか考え始めた。

 

 と。

 

「――お待たせした。礼儀を知らぬ粗忽な騎士をお許し下さい」

 

 エクトル卿らしき中年の男と、彼に似た金髪の少年がやって来た。メイは頻りに恐縮して浮いた汗を拭っている。先に客であるユーウェインを案内していなかった事を叱責されたのかもしれない。

 頑健な体格だが、存在感はそこそこ。弱くはないが、特筆して強いわけでもなさそうだが、実は秘めた底力がありそうな騎士だ。これでも王子として傘下の騎士を全て見てきた故に、騎士の腕を図る審美眼は肥えている方だと思う。エクトル卿は恐らく――最上位の騎士の座に食い込めるかどうか、というラインの実力者と見た。流石はウーサー王に仕えた騎士である。こんな辺鄙な田舎に埋もれていて良い人材ではない……。

 その分、食えない男のようにも見えた。こちらを推し量っている。ユーウェインという王子がどんな器かを――そしてその傍らに置かれた少年が、エクトル卿の実子、ケイ少年か。歳の頃は10かそこら。ユーウェインとリリィ達の中間ほど。斜に構え、利発そうであり、同時に生意気そうでもある。

 

 先程はオルタナティブにこき下ろされていたが、芯の強そうな少年だ。ユーウェインはエクトル卿に対して鷹揚に頷いて応じる。

 

「いや、突然来訪したこちらこそ非礼を詫びねばなるまい。すまなかった。私の名は既に聞いているかもしれないが、私はウリエンスのユーウェインという。此度は貴公の養女リーリウムを送り届けに参った」

「これは、ご丁寧にありがとうございます」

「色々と積もる話もあろう。あれら姉妹には水入らずの時を過ごさせてやり、我らは我らで膝を突き合わせて話そうではないか、エクトル卿」

「――承りました。では不肖、この私がお相手します。ですがその前に一つ」

「なにか?」

「私は確かにエクトルと申しますが、なにぶん同名の騎士の多いこと……便宜上、公にはエクターと名乗っております。以後はそちらの名でお呼びくださいませ」

「承知した」

 

 エクトル改め、エクター卿の案内に従い彼の館に向け歩き出す。ケイもなぜか付いてきたが、従者として饗す役どころを任されたのかもしれない。さして気にする事はなかった。

 

 ――これが、後の円卓の騎士サー・ケイと。ユーウェインの初対面である。

 ユーウェインはケイの才覚をまだ知らず、ケイもまた慎重にユーウェインの人品を見極めようと気を張っていた。竹馬の友、とはならない。しかし真実、信頼し合う同志となる未来が二人に待ち受けている事は、英邁なる両者も流石に予期し得なかった。

 

 後のサー・ケイは――

 

 

 

『マーリンとウーサー王の夢物語には付き合えないが――まあ、あの円卓の騎士(あほども)が居ても、ユーウェイン卿が居るなら捨てたもんじゃない。唯一円卓の中でまともな方だからな。話が通じるのもユーウェイン卿だけだ。オレはあの方が居なくなるんなら円卓なんざ抜けるぜ。やってられるか』

 

 

 

 ――と、後のアルトリアに告げたと言う。

 

 

 

 

 

 

 


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