獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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本日投稿二話目でござる。前のも見てくれよな!
義を知る侍たちよ、有形無形の助太刀を待ち望むぞよ!(乞食侍)






15,立志を新たに王意を固め

 

 

 

 

 

 後の人々に騎士道のなんたるか、誉れとは、栄光とは何かと深く自問させ、多くの人々の在り方に影響と苦悩を与えた騎士王伝説の一節に於いて――エクター卿の養子を連れ帰ったユーウェイン卿は、卓を挟んで別れたエクター卿とケイの両名に開口一番陳謝し、深々と(こうべ)を垂れたという。

 

 当時は中世初期の封建制度が敷かれていた。故に身分の差は絶対的な格差であり、正統な王家ではないにしろ王侯の一角であるウリエンス王の嫡子が、一介の騎士でしかないエクターらに頭を下げるのは異例中の異例であった。この謝意を前にエクターとケイ親子は度肝を抜かれ、大いに慌てると共に事情を訊ねる。するとユーウェイン卿はエクター卿の養子が如何にして自らの庇護下に置かれたのかを説明し、全ての咎を負って賠償と謝罪を約した。

 これに対しエクター卿はユーウェイン卿を助け起こし、謝罪も賠償も一切無用と告げる。と言うのも彼の母モルガンが自身の養子――ウーサー王の子を攫うように計ったのはウーサー王その人であり、仮に誘拐を実行したモルガンに非があるにしても、ユーウェイン卿本人には咎がないと断じる。

 

 しかしユーウェイン卿は言う。

 

『親の罪は子の罪などと、筋違いも甚だしい物言いはしない。しかし母の罪を贖いたいと思う子の気持ちを汲み、母の咎を私に負わせてはくれまいか。私にとって母は最上の敬愛を捧ぐ人、その汚点を拭い去る機会を与えてほしい。そう願う私の傲慢、誤想を含めた賠償がしたいのだ。どうか一考して頂きたい』

 

 この発言を受けてエクター卿は平伏した。

 

『王の謀に加担し、貴方様に斯様な贖罪を申し出させたるは我が身の不徳と致す処。何卒この私にも贖罪の機会を与えて頂きたい。でなければ、私に貴方様へ賠償を求める資格はありません』

 

 ユーウェイン卿は苦い顔をしたものの、これに頷く。

 斯くして両名は、ケイを立会人として一つの約定を交わした。

 ユーウェイン卿が提示したのは彼の私財の全て、及び持ち得る知識と技術の全てであったが、余りに恐れ多く受け取れないと固辞したエクター卿が代替案を出したのだ。自らの嫡男であるケイを従者として鍛えてほしい。期限を五年と定めて、その内に修められるだけの知識と技を授けてくれるなら他には何も望まない。自らが誇る自慢の息子の成長は、親として望外の喜びである、と。

 果たしてユーウェイン卿は頷いた。賠償としては不足であるが、ケイの同意があるなら良しとしようと。払い足りぬと不満を露わにするユーウェイン卿だが、そんな彼にケイは不遜にも条件を提示する。

 

『ユーウェイン卿。貴方様の従者となるのに一つ条件があります』

 

 この言にエクター卿は血相を変えて叱りつけるも、ユーウェイン卿は気にする素振りもなくケイへ条件を口にする赦しを与えた。

 

『私の問いに一つ、答えて頂きたい。その儀を以て貴方様の忠実な従者として忠義を誓います』

 

 弁が立ち機知に富んだケイの言を気に入ったユーウェイン卿は愉快げに肯んずる。

 戦々恐々とするエクター卿を見ずに彼は言った。

 果たしてエクター卿の懸念したように、ケイは甚だ不敬な問いを発したのである。

 

『貴方様は自らの地位をなんと心得ておられる? 軽々(けいけい)に一介の騎士如きに(こうべ)を垂れ、遜っているようにすら見えるように謝罪するなど、君主の在るべき姿とは思えない』

 

 ユーウェイン卿はケイの直截な物言いを意にも介さず即答した。

 

『我が血は王侯に齎され、我が肉は民草の汗により育まれた。貴き血を受けた以上、我が骨は民草の為に折るべきと心得る。それが筋であり、義だろう。その道から外れる者を私は責めないが、私が王の道から外れる事だけは許容しない。権利の下に義務を果たさねば、自由を謳う訳にはいかないからだ。――賢しくも心得を訊ねたな、ケイ。ならば聞け。恥知らずな私を知れ。私は我儘な人間だ。我を通したくて堪らない。義務という鎖を緩めずして私の自由は有り得ないだろう。故に私は、王という血とそれに連なる地位をこう称する。果たすべき義務(ノブレス・オブリージュ)と』

 

 誉れとは、栄光とは。

 騎士とは、王とは。

 斯く在るべしと説き、他の誰にも強要はせず、されど自らはそう在るのが正義であるとした。

 これを受けてケイは愕然と呻いたという。

 

『それは人の生き方ではない。聖者の生き方だ。目に見えない王の道より、手勢や金、力で量る方が人間的でしょう。誰であれ全てを救う神の代弁者なんてもの、見たくもなければ成りたくもないはずだ』

 

 ケイの弾劾に、ユーウェイン卿は微笑む。

 この時の笑みを指して、後に騎士となったケイは悪戯小僧のように笑って膝を叩いた。

 酒の席に同伴した、円卓の騎士にしてユーウェイン卿の側近ラモラックは、ケイの評を聞き尤もだと頷いたという。毒舌なる彼ら両名をして「最も人間的な聖人だ」と言わしめたのである。

 王の教科書、騎士道の化身と謳われるユーウェイン卿は清廉に告げたのだ。

 

『――そうだとも。諸人が疎み、敬して遠ざける者。それが王だ。憧れ、崇めるのはいい。だが誰もが成りたくないと思い、人々の心の背骨として立って、模範として在るのが貴種の務め。その者の下でなら安らいで生きられると民に信じさせてこそ務めを果たせたと言える。――そして、務めを果たしているのなら、民も多少の我儘は赦してくれるだろう?』

 

 此の言の葉を受け、ケイはユーウェイン卿を師と仰いだ。以後ケイはこんな人間にだけは成りたくないと公言し、そうならないために学ぶのだと嘯く事となる。果たしてケイは、自らの言を遂行した。

 彼はあくまでケイという個人であり、騎士となってもなお、人としての己を捨てず、時に諍いや軋轢の元となるも、円卓の誰からも一目を置かれる智将として一定の発言力を持つ事となる。

 

 ユーウェイン卿の思想は、覇王のそれではない。間違いなく聖王のそれであり、この演目を通じて騎士王伝説を知った後世の王侯貴族は幾らかの啓蒙を得る。開眼したのは、僅か。しかし確実に治世の王とは斯くの如く在るべしと、過半の者は渋りながらも認め、そして乱世に在る者は夢想した。彼の如き者が乱世を鎮めてくれたなら、築かれる御世はどのような絵を描いたのだろうか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

「――結局の処、誰が長女なんだ?」

 

 歓談を終えるなり、公の態度を崩したのは胸襟を開いた証だと示す。神妙な面持ちで従者となる事を誓ったケイを横に、どこか畏敬の念を宿した相貌で騎士エクターが応じた。

 

「我が王から聞くところによりますと、アルトリアが長女、オルタナティブが次女であり、リーリウムは三女であります、殿下」

「リリィは末っ子なのか――いや待て。我が王、だと? リリィ達の親は王なのか?」

「ご存知でなかったのですか? あの方々はブリテン王ウーサー様のご息女であらせられ、ゆくゆくは後継者にと望まれておられる次代のブリテン王です。女の身なので、性別は偽る事となりましょうが」

「………」

 

 エクターから知らされた出自に、ユーウェインは色を失くして愕然とした。

 思い返すは自らの態度。散々連れ回し危険に晒した挙げ句に、相応しくない態度で接していた事だ。リリィに対してだけで不敬なのに、オルタナティブに偉そうに講釈を垂れアルトリアには獣を投げつけた。

 

 刎頚に値する。

 情状酌量の余地はなく死罪だ。

 堪らず天を仰ぎ、呻くようにユーウェインは溢す。

 

「……今からでも非礼の数々を侘び、赦しを得るべきか?」

「やめておいた方が良いぜ。リリィの奴の面、見ただろ。アイツ、アンタに懐いてるみたいだ。ショックを受けさせて泣かれたいなら態度を改めるといい。一度泣いたら長いぜ、リリィは」

「ケイ! 殿下に対し無礼だぞ!」

「……いや、いい。エクター卿、俺は従者を傍に置いている時まで肩肘を張りたくはない。ある程度は崩してくれた方が俺が楽だ。嗚呼……それでも不服なら傍に誰もいない時限定で、ケイを俺の道化師に任ずる。それでいいだろう」

 

 ケイは自分自身を使ってユーウェインの度量を試している。兄貴だからだろう。妹たちの為に不敬という危険を侵してまでこちらの人品を見定めようとしている。そんな彼は好意に値しこそすれ、目くじらを立てて罰しようとは思わなかった。無論、場は弁えさせるが。

 道化師とは、機知を以て主を楽しませる者。時に諌言し、時に外交時の王の苦境を戯けた態度で助けられる、宮廷になくてはならない者だ。道化を軽んじる者は王とは言えない。少年は飄々とした態度で父の叱責を受け流し、師とした青年に咎はないと説いた。道化らしく振る舞うのも有りだと思ったのかもしれない。

 

「アイツらはウチに連れて来られた時、オレの()として扱えと言われてる。たかが騎士爵の息子の弟だ。王子であるアンタが罰せられる謂れはないだろうさ。そうだろう、父上」

「……そうだが、ゆめゆめ履き違えてくれるなよ、ケイ。此の御方はウリエンス王の嫡子、跡継ぎであらせられる。お前如きが横柄な態度で接して良い御方ではないのだ」

「分かってる。ただオレは――」

「言わんでいいさ。ケイ、お前の不敬を特に赦す。他者の目が無い所ではな。それに履き違えるべきではないのはエクター卿もだろう。ケイは今よりこの俺の従者であり、その立場はお前の子としてのものより優先される。違うか?」

 

 違わない。それが、従者というものだ。

 エクターは閉口し深々と嘆息した。降参だと白旗を上げたのである。

 彼の心境は察せられるが、それはそれとして聞き流せなかった事もあった。ユーウェインは重々しく訊ねる。流石に無視のできない、重大極まる案件を耳に入れられてしまったからだ。

 

「……あの子達の誰かが、ブリテン王を継ぐのか? 性別を隠して?」

「ええ、私はそのように聞いております」

「………」

 

 ふん、とケイが鼻を鳴らす。面白くなさそうだ。不満がありありと見て取れる。

 ユーウェインは仲の良い姉妹達の姿を思い浮かべた。力こそ傑物のそれだが普通の女の子である。続柄で言えば叔母にあたり、年下の叔母という事に対して複雑な思いを抱きもするが――

 彼女達に血に塗れた道は似つかわしくない。男として既に道を定めている自分は良い、しかしあの娘達はまだ子供だろう。酷だ、余りに惨いと言わざるを得ない。渋面を作った青年は本心を吐露する。

 

「茨の道だ、それは。貴公はそれを肯んじるというのか」

「我が王の勅命です。騎士として忠義を捧げた私は、王の意に反する事はできません」

「………」

 

 兄さん、と自分を呼ぶリリィの顔を思い出す。

 重苦しい表情で押し黙ったユーウェインに、エクターは告げた。

 

「いずれ()()()()は王として立つでしょう。その時はどうか――殿下にもお力添えを頼みます。貴方様がお味方なら、きっとアーサーも力強く、王冠を戴いていられるでしょう」

「……確約はできん。時は流れ、人は移ろうものだ。時勢がアーサーとやらの登場を待てん事は有り得よう。俺も王となる身だ、あの娘達のいずれかが王として立ち、アーサーを名乗るまでに、この俺がブリテンを纏め上げているかもしれん。その時は正統なるブリテン王の後継者は俺だ、あんな小娘どもなどでは有り得ん。血統の大義も俺には具わっている」

「それは――」

 

 ウーサー王の意志となれば、抗うなどあってはならぬのがブリテンだ。

 しかし、せめてもの抵抗はできる。

 あの姉妹達が成人していたらどうにもならなかったが、猶予はあった。

 ユーウェインの決意を聞きエクターは目を見開き、親代わりとしての愛情と、騎士としての己に板挟みとなって沈黙する。だが彼の目は、雄弁に本心を語っていた。――お願いします、と。

 そしてケイは、エクターよりも直截だった。勢いよく立ち上がったかと思いきや、ユーウェインの傍らに跪き頭を垂れたのだ。

 

「――頼みます。どうか、何者も異論の唱える余地のない王になって下さい。オレは……アイツらが王になるところなんか、見たくもねえ……!」

 

 任せろ、とは言わなかった。

 混迷を窮める現在、ウーサー王に後継者として指名されていないユーウェインがブリテンを纏め上げるのは難しいだろう。多くの外交努力がいる、多くの血と汗を流す必要がある。だが時も血も、サクソンやピクトという外敵を思えば流し過ぎるわけにもいかなかった。

 だが、やろうと思った。

 野蛮だと蔑んでいる人々にも家族は居る。子供達は無垢で、純粋だ。ユーウェインの価値観を異常と感じず、感ずるものを共有してくれるかもしれない心の宝だ。リリィはその一人になりつつある。

 その宝を守りたいと思う事の、何がいけないのか。ユーウェインは約束はしなかったが、決意を秘めてケイとエクターを見据えた。

 

 

 

「――兄さーん! お腹が空きましたー! 兄さーん? どこですかー?」

「リリィ、エクター卿は大事なお話の最中なんですよ、きっと! 邪魔してはいけません!」

「だが腹が減ったのは事実だろう。私はなんでもいいが、この愚妹が騎士殿の飯を喰いたいと言って聞かん。いっそのこと一丸となってエクター卿らに空腹を直訴するべきではないか?」

「そうだそうだー! 流石オルタ、お姉ちゃんである私の気持ちが分かってる!」

「調子のいい事を言って、オルタはまた一人だけ責任逃れするつもりでしょう!? 私は忘れてませんからね! リリィがマッシュポテトを盗み食いするのを推奨して、私にも押し付けてきた貴女が、一人だけ逃げて全部私達のせいにしたことを!」

「チッ。いつまでも過ぎたことをグチグチと……底が知れるなアルトリア」

「なにぉぅ!」

 

 

 

「………」

「………」

「……ふ」

 

 重苦しい空気など知らず、騒がしくやって来る幼女達の気配に三人は互いに顔を見合わせた。

 堪え切れずに吹き出したのはユーウェインだ。彼は声を上げて笑い、ケイとエクターも釣られて愉快げに笑い出してしまう。笑うしかない辛い渡世、愉快な事があれば力の限り笑うのが大吉だ。

 

 ユーウェインは席を立ち、家主に訊ねる。

 

「お姫様達が腹を空かせていらっしゃる。厨房を借りたいが、案内してもらえないか?」

「殿下が料理などをなさるので?」

「これが俺の、()()()()()()()()()()()()()()()という奴だ。止めてくれるな」

「……それなら仕方ないですな。ええ、案内しましょう。ケイ、殿下の従者となったのだ、お前も手伝いなさい」

「へいへい……オレの師匠は随分と庶民的であらせられることで……」

 

 男三人、立場は違えど思いは同一となった。

 理解している。多少なりとも情勢を知る者なら想像できる。アーサー王の登場まであと十年――たったの十年で、今の世を治める事など出来ようはずもない事ぐらい、彼らは理解していた。

 だがそれでもだ。叶わなくとも手を伸ばす。如何に困難でも、始めねば何も起こらない。密やかに、だが確実に、ユーウェインは改めて立志したのだ。王としての己の姿を定めた瞬間でもある。

 

 ――ブリテン島が滅びを迎えるのが確定している事実を、彼はまだ知らずにいる。

 

 だが知ったとしても、最早ユーウェインが歩みを止める事はない。王たる者が止まらない限り、その背を追う者達が道を見失う事はないのだと彼は信じるだろうから。

 

 そしてその信頼を裏切らない者達が、少なくとも二人――ここにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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