獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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滑り込みセーフ!
本日二話目です。
頑張って書きました。褒めて褒めて!(無垢)





17,花の魔女のささやかな心

 

 

 

 

 

 魔猪の亡骸から抜いた背骨、それで取った出汁の如く濃厚な七日間だった。

 口に含めば舌を包んで、嚥下すれば体を温める。砕いた背骨を粉末にすれば食の花のように変化する味わい。喩えるならまさにコンソメスープのような七日間であったと言えるだろう。

 

「なにメシに喩えてんだよ」

 

 飯時と不浄と身の清め時を除いて、四六時中張り付いて、活動中は殆ど肩車させられた。

 リリィを担いだままアルトリア達に剣を見せ、せがまれるまま日に三食を用意し、飯を振る舞った。乞われる旅の話をして、騎士ごっこに付き合って遊んでやり、手に入れた宝剣を見せてやりもした。

 

「そのせいでオルタが旅人になる、竜狩りになるとか言ってやがったけどな」

 

 日が経つ毎に仲良くなれた。

 日が経つ毎に迫る別れを惜しまれた。

 別れの前日には三人と一緒に寝たものだが、腹の上で寝るのはやめろと言いたかった。

 

「言えば良かっただろ」

 

 アルトリアもリリィに貰い泣きしていた。これからは不味い飯を我慢して食えよと言ったら更に号泣したな。エクター卿まで泣き出したのには流石に面食らったが。騎士ともあろう男がよくも恥も外聞もなく泣けたものだ。あの潔さは見習うべき点かもしれぬ。

 

「父上の事を言うのはやめろ」

 

 アルトリアは剣の才能がある。物分りもいい。素直で、人を纏められる。

 頭も悪くない。飯以外だと公正で、勘が鋭い。困った人を見掛けたら手を差し伸べずにはいられない善良な娘だ。他者の幸福を自分の事のように喜べて、進んで泥を被りかねない困った奴でもある。

 損な性分だ。だがヒトの為に骨を折った分だけ幸せになるべき娘だった。

 

「………」

 

 オルタは戦いの才能がある。直接的な行動に偏り、自分本位な処もあるが、根は優しい。

 物事に冷めた見方をするのは生来の気質と、あの村と姉妹間の環境、それからケイとかいう小生意気な輩の影響だろうな。現実に則した、地に足のついた肝っ玉の太い良い女になるだろう。

 なんだかんだで姉妹なんだろうな、アルトリアと同じで困った奴を見捨てられないらしい。村の子がいじめっ子に囲まれてる時、真っ先に駆けつけて行ったのを見た。憎まれ口で誤解されそうだが、強烈なリーダーシップを発揮できる、懐の深い大人になると予想が付く。

 

「………」

 

 リリィは言うまでもない。

 あれだけ人懐っこいと逆に心配だが、あの姉達がいるなら無用な心配だ。

 誰からも愛され、愛せる性質は宝だろう。

 

 オルタがいじめっ子達を蹴散らし、アルトリアが守り、リリィが励ましていた。その光景で彼女達の未来の姿が視えるようだったな。そんなものを見るとだ、剣を教えた手前、言い難いが――

 

「――やはり、女子供に国は背負わせられん」

「……そうだな。アイツらなんかに背負われるようじゃ、国って奴に有り難みがなくなる」

 

 女だからではない。子供だからでもない。

 性差など本音ではどうでもいい。男女どちらも人間だ。時を経たら子供も大人になる。いずれは国を背負う大人物になる事もあろう。故に言葉の本心は、アルトリア達に背負わせたくない、だ。

 キャスパリーグを懐に入れたユーウェインは愛馬ラムレイに乗り、ケイはエクター卿に譲られた栗毛の軍馬に乗っている。馬に揺られながら、まだ年若い主従はウリエンス国を目指していた。

 自らの掲げる個人的な目的に、誰にも恥じない小さな義を与えられた。有為の旅だったと胸を張ろう。リリィとの旅は実に晴れやかな旅路だった。――それだけにもうお腹いっぱいだ。

 

 旅のゴタゴタは御免蒙りたい。これ以上は本当に勘弁してくれ。ユーウェインは切なる祈りを誰とでもなしに捧げ――その祈りが通じたのか、慌ただしい様子で彼らを待ち構えていた者が現れた。

 ユーウェインの懐で微睡んでいた小獣がピクリと鼻を動かし、渋面を作って外に出る。何事かと目を瞬いていると、止める間もなくキャスパリーグが虚空へと飛び出したではないか。

 

「マーリンシスベシフォーウ!」

「ごきげんよう旅の王子様。ちょいとボクの話を聞いて行かな――ぷふぉっ」

 

 ひらりと舞った花弁。しんみりした空気を吹き払う風。

 直前まで誰もいなかったはずの空間に突如出現した乙女の顔面を、回転しながら突撃したキャスパリーグの肉球が穿つ。派手に転倒したのはアンブローズだ。強かに頭を打ったらしい、目を回し気絶している。

 なんとも言えない空気が流れた。

 キャスパリーグは怪訝そうに自分の下で倒れている乙女を見て、たどたどしく呟いた。

 

フォウフォーゥ(人違いだった)

 

 人違いで気絶させられたアンブローズは憐れだ。ユーウェインは嘆息し下馬すると、キャスパリーグの首根っこを掴んで荷車盾に突っ込んだ。フォウフォウフォーウ(ごめんなさい許して)! という悲鳴は無視する。

 キャスパリーグは以前、興味本位で荷車盾の中に入った事がある。そこはひどく居心地が悪かったのか、一向に出て来ないキャスパリーグを怪訝に思い、引き出してみると気持ち悪そうにしていた。

 混沌とした空気に吐き気がして身動きが取れなかったらしい。キャスパリーグは以後、二度と荷車盾に入ろうとしなかった。以来何かやらかしたなら教育的指導で荷車盾に突っ込もうと思っていたのだ。

 

 アンブローズを抱き上げ、介抱してやる事にする。キャスパリーグはこの女に押し付けられたものだが、現在面倒を見ているのは自分だ。キャスパリーグの不始末の責任は取らねばなるまい。

 どうかこの花の魔女が面倒事を運んできてませんように――と、ユーウェインは祈る。

 

 祈りは、届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、散々だよ。よりにもよってこのボクを、あの()()()()と間違えるとはね」

 

 唇を尖らせて不満を口にしたアンブローズに、ユーウェインは首を傾げた。

 

「愚弟?」

「マーリンさ。ボク、アレの姉なんだよね。不本意だけど」

「アンタ……マーリンの()なのか」

 

 横で馬の世話をしていたケイが、アンブローズの台詞に反応して嫌そうに振り返る。

 林の木々、差し込む木漏れ日。手頃な岩に座り脚をぷらぷらさせていたアンブローズがケイを横目に見遣った。その目は珍しい事にクッキリと不機嫌さを表現している。

 

「……君、マーリンに会ったことあるんだね? いけ好かない奴だったろう」

「ああ、アンタと同じぐらい胡散臭い奴だったな」

 

 さらりと毒を吐いたケイだったが、アンブローズは聞こえないフリをしたようだ。

 都合の悪い話は聞かない女らしい。まだ短い時間しか付き合いがないため見えていなかった側面を、ユーウェインはさりげなく観察している。アンブローズの性格・性質を分析しているのである。

 

「アルトリア達をウチに連れてきたのがマーリンなんだよ。それから何度かウチに来ていた。アイツは世間話のつもりだったのか、自分にも可愛くない性格ブスの妹がいるって言ってたぜ」

「性格ブスだって? 『魔術を使うより殴った方が速いじゃないか』とかいう愚弟のくせに……! 少しばかりボクよりキングメイカーの腕が良いからって調子に乗って……! いつか泣かすからな……!」

 

 青年は思う。

 双子や三つ子などは、どちらが姉か、兄かで張り合う習性でもあるのだろうか、と。ただアルトリア達とは違って本気で仲が悪そうである。アンブローズがこうまで嫌そうにするのは……同族嫌悪か?

 殺意を持つほどではないが、目障りには思っている――といったところだろう。魔獣であるらしいキャスパリーグが匂いを間違えた点から、性質から何まで本当によく似ているのかもしれない。

 

 わざとらしく咳払いをして、ユーウェインはアンブローズへ訊ねた。

 

「それで、今度はなんの用だ」

 

 彼女の立場を考慮すると丁寧に接するべきなのだが、以前の件でその必要はないと言われている。むしろ自然体で接して欲しいとも。故にユーウェインに遠慮はなかった。

 

「ああ! 聞いてくれたまえよユーウェインくん。前回会った時に約束した事があっただろう? それを果たしに来たのさ!」

 

 直截に訊ねると、花の魔女は途端に機嫌を上向かせる。ケイに対しても優しげだったが、ユーウェインに対する声音、表情はあからさまに好意的だったのである。なんだ、と思った。

 あぁ……と納得した様子のケイを一瞥すると、少年は面白そうな顔を崩さないで腕を組む。

 その反応でユーウェインは察しがついた。この小僧は色恋沙汰と勘違いしているらしい。生憎とそんなに単純で甘ったるい女ではないのだが、まあ今は勘違いさせていてもいいかと思った。勘違いを正すより優先すべき事がある。

 

「約束……? もしや手に入れたのか……!」

「ああそうさ! 見ると良い、これが報酬の()()()()だよ!」

「おお!」

 

 魔女が懐から取り出したのは、ワインの瓶いっぱいに詰まった胡椒である。

 多い。多すぎる。なんだこれはどこで手に入れた。驚愕と歓喜でユーウェインは興奮する。

 駆け寄ってアンブローズが差し出してきた瓶を受け取ると、彼女は得意げに胸を張った。

 

「苦労したんだよ。()()()ローマくんだりまで走って行って手に入れてくるのは」

()()!? 速いな……速すぎる……! 感謝するぞアンブローズ、お前は俺の女神だ!」

「うふふ、はしゃいじゃって。その顔を見ただけで苦労した甲斐があるってものだね」

 

 ブリテン島から徒歩で出て、どうやって海を渡ったのか。それ以前にローマまで出向いたのなら色々と速すぎる気もする。この胡椒は簡単には手に入るまい、大事に使わねば……!

 微笑ましげなアンブローズは、ふといたずらっぽい笑みを浮かべた。

 両手を広げて魔女は要求する。正当な報酬を望むかのような、それでいて冗談めいた様子で。

 

「先に断っておくけど盗品ではないからね? きちんとした労働の対価さ。何をしたかは秘密だけど。さあ頑張ったお姉さんを労いたまえ。ハグの一つでもしてくれてもいいんだよ?」

「任せろ。熱烈に抱き締めてやる」

「――はひゃっ!? ちょっ、ちょちょ、ホントにハグしてきた!? 落ち着けユーウェインくん、それ君のキャラじゃないだろう……!?」

 

 躊躇せず要求に応じる。

 ビクンと跳ねて一瞬固まった魔女が、慌てて暴れ出して言うのに、確かにそうだと思う。だがわざわざこんなにも大量の胡椒を手に入れてくれたのだ、些細な約束を守って。なら報いねばなるまい。

 考えるまでもないが、胡椒は宝だ。黄金だ。こんなに大きな瓶に詰めた胡椒を手に入れてきた労苦に報いるのがハグであるなら、こちらの恥や照れなど取るに足りないものである。

 

 ――アンブローズは明言しなかったが、あの時の飯を美味いと思ってくれたらしい。

 

「俺の与えた物と、お前の齎した物では、まるで価値が釣り合わない。ハグだけでは気が済まん、他に何か求める物はないのか?」

 

 アンブローズは美味いと思い、約束を果たした。これに対して自身の照れで女性にハグをしないようでは、それこそ男として物笑いの種だろう。故に後悔はない。寧ろまだ足りないとすら思った。

 その旨を告げると、アンブローズはぱたぱたと手で顔を扇ぎながら求めてくる。

 

「そ、それじゃあ……虹の聖剣と古人の魔剣で手を打とうかなー……って」

「分かった」

「――そんなあっさり!? あらゆる騎士が欲して、手に入れたら絶対手放さないような宝具なのに、そんな軽くボクにくれるの!?」

「馬鹿め。飯と剣、どちらが大事だ? 断然、前者だ。幾ら剣が素晴らしくとも飯には勝てまい。腹が減っては何も為せんだろう。美味い飯があれば頑張れるだろう。それが道理だ。それに……」

 

 この宝具を欲するのだ、必要な理由があるのだろう――と。そう返すユーウェインに、アンブローズはポカンと口を半開きにして、それから心底愉快そうに笑い出した。

 

「ふ、ふふ……うふふ。ほんとうに、予想のつかない男の子だ。その通り、その聖剣と魔剣は本来、君の手に渡る予定はなかった。本来渡るはずだった人の手に運び、鍛え直す事になっていたんだ。だけど困った……今度はボクが貰い過ぎだ。……うーん、それじゃあ……今度、代わりになる宝剣を探して、君に渡しに行こうかな。それで対等だ」

「要らん。俺にはまだ神秘殺しの曲剣(モルデュール)がある。大規模破壊しかできん聖剣や、生命力を食らう魔剣などより遥かに使い勝手が良い。それに俺はもう満足している」

「それでもさ。君は満足でも、ボクはそうじゃない。――そうだね、それじゃあこうしよう。今度ボクが会いに行った時、前よりもずっと美味しいご飯をくれたらいいよ。贈り物は、美味しいご飯をご馳走してくれた時のお代みたいなものさ」

「……そういう事なら、喜んで。俺が城に帰った後でなら、何時来てもいい。歓迎する」

「うんうん! やっぱり人間、素直なのが一番さ。それじゃあね、ユーウェインくん……と、ケイ少年。君達の歩む帰路にはキレイなお花が咲いてるから、安心して見惚れながら歩むと良い。良い旅を!」

 

 ユーウェインが聖剣と魔剣を渡すと、アンブローズは胸に抱き締めて立ち去っていった。

 面倒で、厄介で、胡散臭い女である。しかし今のところユーウェインにとっては幸運を運ぶ魔女だ。大いに感謝して、好意を懐くに値する。次に会うのはいつになるかは分からないが、宝剣をお代として渡すと言うのなら、それに負けない美味い飯を作れるように精進しておこうと思った。

 あからさまに「ついで」扱いをされたケイは嘆息し、肩を竦める。

 

「ウチの砂利ども見ていた時も思ったんだが……師匠、アンタはタラシなんだな」

 

 それに、ユーウェインは鼻を鳴らした。

 

「馬鹿め。アンブローズは夢魔と人の混血児だぞ。そう単純な訳があるか」

 

 胡椒を大事に荷車盾に納め、ラムレイに騎乗したユーウェインの背中を見ながら、ケイはボソリと呟く。「単純に見えたけどな……」と。

 この場合、どちらも正解だった。

 アンブローズはマーリンよりも自己肯定感が強い。人は人、自分は自分と完全に割り切っている。故に、思うがまま楽しむのみだ。その結果は単純であり複雑でもある。花の魔女は王子を気に入っただけだ。

 気に入った結果贔屓しているだけで。その贔屓の度合いは完全にアンブローズの胸三寸だ。

 

 故に、アンブローズは巨大な気紛れで宝剣を運び。

 それに気づかぬモルガンでもなく。

 次に花の魔女が訪れる時、彼女が妖精に囚われるのは、必然だった。

 

 帰路の旅は、前に通った時より遥かに穏やかだった。花がキレイで――魔女が導いてくれたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 




ちょっと何かに盲目になっちゃうプーリン、迫真のうっかりミスで捕まるまで後――日。

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