獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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20,幕間、騎士道の開花

 

 

 

 

 舞台を宮廷に模した場で、麗しの黒騎士の役を負った演者が朗々と謳う。

 貴族の紳士淑女(エキストラ)を演ずるは木っ端の役者。玉座に在りて黒き騎士の口上を聞くは王。そして舞台袖より僅かばかり身を乗り出すは花の魔術師。演ぜられる演目は伝説に名高き騎士の規範を定むる一幕。

 人の良さそうな王は機微に鋭く、若き王子の来訪を歓迎するも、彼の機嫌がよろしくない事を聡く読み取り問いを発する。汝、なにゆえに腹を立てるか、と。若き王子は一度は首を左右に振り、王への謁見という栄誉を得ていながら腹など立てぬと言う。されど王の傍らに侍る、王子の母の妹にして王の愛妾が耳打ちするや、王は頷いて執拗に機嫌の悪さの所以を重ねて問うた。

 観念した王子が他国の王へと告げる。騎士の騎士たるに及ばぬ現状に強く不満を覚え、彼らの不明は国への暗雲を運ぶであろうと危惧するのだと。王は驚き、なにゆえそのように思うのかと問うた。

 問われて曰く、聖者とも最高の騎士とも謳わるる王子。意を決するや眦を吊り上げ世に遍く騎士の行状と罪業を述べる。現在(いま)の騎士とは荘園領主である事多く、領民を支配する者。その権力によりて兵器と鎧を各領にて独占する。これはよい。誉れを持って戦う誇り高さこそ騎士の誉れ。されどその行状は目を覆わんばかり。庇護せし領民を真に安堵せしめず、我欲を貪る者のなんと多い事か。しばしば友誼を結んだ者、忠誠を誓いし主君を裏切る不忠者。貪欲に他者の財産、妻子を奪う人面獣心の者。領民、または他国の者の弱き者どもを襲う略奪、強姦。いずれも人々の模範となるべき騎士に相応しからぬ。

 王は戸惑った。それの何がいけないのか、と。王は善なる者ではあるが、蒙の啓けておらぬ普通人。聖者である王子の言が理解に及ばぬ。というのも他国の者であるなら略奪せしは戦の倣い。女も子供も奪えば財、すなわち奴隷として使える労働力。何を忌避する事があろう、喩えこちらがやらぬでも、相手がやらぬ保証はない。であれば故あらば背信するも、略奪するも、世の道理ではないか。

 

 これに。

 

 王子は反論せず、しかし、さもあらずと否定する。

 我が身は過分にも最高の騎士などと謳われた。これに応えんと自らの在り方を規定し、己の規範として人の模範たらんとするのみで、他者にそう在れかしと望むにあらずと。

 我こそが騎士であると示す。こう在るべしとただ在る。他の者がどう在るも勝手、罰するも罰さずも己が領の裁量にて量るべし。故に我がどう在るも我が裁量によって定める。黒き聖者は斯くの如く宣った。

 王、これに感服し問う。であるなら、汝が自らに課せし騎士の在り方とはなんであるか。――と、その時、舞台袖より二人の幼子が歩み出す。目を輝かせて若き王子の元へ向かい、彼を見上げた。

 王の子にして、王子の異父兄弟達。幼き者ら。後の世にて名を馳せし高名なる者、ガウェインとアグラヴェインである。彼らを抱き上げ、己の左右の肩に乗せた美貌の王子が唱えた。

 

 世は乱れ、人の心の荒れること甚だしく、人が美しさを覚える徳を課す。即ち隣人を尊びし博愛、主君に尽くす道義と忠誠、自らを飾る品格、そして正義である。人の心が世を翳らせる時、人を悪徳へ導く偽り、残忍、残虐、暴力、不実が鎌首を擡げる。そこに人を人たらしめる秩序を示し、心の乱れを正す為に選ばれし者こそが騎士であると心得る。騎士は気高く在り、困難に挫けぬ勇気を持ち、善を為すために振る舞い、他者の過ちを赦す寛大さ、己の成せし名誉を胸に衆生に愛され敬されねばならない。

 我が敵は人の心に巣食う悪であれば、自らが悪に染まるは恥とする。悪とは己の裡より生じるもの、すなわち悪に屈せしは己に敗れるも同義。故に己の主に仕え、己の正義を問い、国と人を守るべし。衆生の畏敬を得、婦女子を、寡婦を、孤児を、病める者を、苦しむ者を守るべし。斯くなる善は野盗を、賊を、悪に耽溺せし者を自ずと罰する事に繋がろう。そして其れなる正義は我が理想、総ての騎士が身命を捧げる理念とする事を望む。これなる道、義、礼、愛を我は「騎士道」と称する。騎士道を愛する事は知恵を尊び、危険や死を顧みぬ勇気を武勇とする。盗み、それを幇助し、責務に背く騎士。盗みを働く騎士なる者。彼らが盗むは金銭や宝などではない。彼らが窃盗し略取せしは我が騎士道の気高き名誉、故に我は斯くなる者らを弾劾し、我が敵とする。

 

 ――唱える王子の威光は他を圧する威厳であった。

 

 圧倒される王、騎士、貴族。居並ぶ彼らを前に王子は堂々と胸を張る。

 と、その時の事だ。不意に天井ありし謁見の間、そこへ天より降り注ぐ日光あり。何事だとざわめく者ら、見上げると天より現界、降臨せし姿がある。斯くなる者の正体を悟りし者は即座に跪く。

 天使である。其れも、ただの天使ではない。其れなる者の姿は主の教えに説かれる三大天使の一角、癒やし給う者ラファエルと――魂の公正さを量る秤を持ちしミカエルである。

 当時の文献に於いて、明確に天使が現れ人と問答せし者はただ一人。すなわち聖者ユーウェイン。畏れ多くも彼の威光に傅く者達をよそに、王子は二柱の天使を見上げる。天使は讃えた。汝、天上に昇れし資格あり。人心乱れし遍くこの地にて、主の寵愛に触れる資格唯一あり。汝の魂の高潔さ、認むる。さあ、汝、我らの手を取り天へと昇ろう。主は汝を愛するだろう。

 

『――戯けッ!』

 

 喝破せしは聖者。唖然とする者ら。騒然とせし信徒。

 反して、慈しみを込めて見遣る天使ら。導く者。

 王子は天を中指で指し、反対の手の親指で地を指した。

 

『天に在るは死せる善、輝ける聖、至高の主である。我は地に在りて己に課せし使命を果たす者。昇天の栄誉は我が使命を阻む。天使よ。いと尊き者達よ。我は天に昇るのを望まぬ。我は地に這いて人の生を全うする。故に去れ、大体にして親より先に地上を去るは子の不孝であろうが』

 

 畏れに遜る事なく、確固たる己を示す王子に、なれば、と天使達の長は述べた。我らは汝の正義を認め、導こう――と。

 

『不要。我が義、我が道を往くは我が意志に拠るもの。導かれる謂れ無し』

 

 では、と神を癒やす者は述べる。我らは汝の人生を見守り助けよう――と。

 

『無用。我は我が道をただ示す者。助けを借りるは我が意に沿わぬ』

 

 では――と天使らは唱和した。汝の示すものを述べよ――と。

 

『我が示すは七つの姿。

 第一に、須らく弱き者の命を尊び、彼らの守護者となる姿勢。騎士たる我は女と子供、寡婦、そして孤児を善く守ろう。

 第二に、騎士たる我は忠を尽くす。我は祖国を愛する。故郷や領地という狭き愛ではなく国全てを愛する愛国心を示す。

 第三に、騎士たる我は敵を前に退かぬ勇を持とう。嘗て我は敵に敗れ逃れた苦き思いがある。庇護せし者に危険を及ばせたる事がある。これを恥じ、我は逃げぬ。全霊を絞り戦う義を示す。

 第四に、定められし法を遵守し、人の上に立つ者としての義務を厳格に果たす事を誓う。人の世に秩序と正義を齎すは法であり、心の乱れを回復するには法に違う者を取り締まる事にあると知らしめる。

 第五に、我は虚偽を働かず、述べぬ。騎士たる我は偽りを戒め、意図して欺くを唾棄する。

 第六に、騎士たる我、次代の王たる我は寛大であると示す。罪を認め道を正さんとする者に一度は赦しを与えよう。二度の赦しは甘さであり、罪への癒着であると知る。病める者を癒やす為に病院を建てよう。貧しさに喘ぐ者の為に富める為の方策を練ろう。これが我が王権、我が正義の施政である。

 第七に、我、いついかなる時も正義に味方せし者。悪を憎み、悪を糾す。これに立ち向かう勇気を持つ。故に我は以上七つの姿を以って示すのみ。人は自らの意志を以って倣うもよし、倣わぬもよし。自己の責任によってこそ人は生きるに能い、強要されし道と教えに正義は無い。

 

 ――我が意と道を正義と認めるも勝手、この身が我が道を完遂するも勝手。我が騎士道を、汝らが見守るのもまた勝手である。光輝纏いし御使い達、我が義を認むるのならば去るがいい。我は汝らの光輝を敬して遠ざけ、ただこの心に敬愛を持とう』

 

 王子の言に、人々はただただ只管に圧倒される。主に仕えし御使いにまるで怖じず、媚びず、阿らず。ましてやその加護に諾々と与るでもなく、己が意志の完遂を誓う聖姿に気圧された。

 天使長は微笑んだ。天上の美々しさである。神を癒やす者は稚気を見せた。まさに、癒やす者だ。彼らは目配せをして宣う。王子の道を讃える。

 

『では、見守ろう。地上に在りて天上に列せられし聖者にも劣らぬ地の星よ。汝の光が曇らぬ事を我らが父に祈る』

『だが汝の言を尊ぶならば、汝の道を助けるも我が勝手。我が水を動かせし癒やしの加護を汝に与えよう。これは汝に対する敬意である。使うも勝手、使わぬも勝手。どうかその在り方を損なうな』

 

 ――斯くして御使いは天上へと去る。

 水を打ったが如く静まる場で、王子は幼き異父兄弟らを下ろすと周囲を見渡した。

 

『天にまします聖なる主よ。我が心、我が行い、我の為す道をご照覧あれ。

 我が誓いの儀に立ち会いし皆の衆。我が考え、我が道の成立を祝い給えよ。

 御使い達は我が身を聖なるものと指した。だがそんな事はない。我もまた人である。誤る事もあろう、その時はどうか我が不明を糾すといい。刮目して、我が振る舞いを是正する。

 王よ、我がウリエンスの同盟者よ。此度はこれまで……次は我が頭上に王冠を戴いた後に会う事となりましょう。それまで壮健であれ、我が行き先を示し給うた恩、我は決して忘れはしない』

 

 ――演目に曰く、騎士道の開花――

 舞台袖で魔術師が含み笑う。

 これはいい、私も勝手に広めるとする。

 倣う者が多くなればなるほどに、さぞかし美しいものが見られよう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 大変な事になった。

 

 王宮を後にしたユーウェインは、先の一幕に頭を抱える。

 なんか不審者が乱入して来たから、最初は不埒者かと思い斬り捨てようかと迷ってしまった。珍妙な加護を与えられてしまったが……これはあれだな、と思う。ある事ない事を吹聴され、話が盛りに盛られて原型を留めないアレだろう。自分はただロット王に問われるままに、己の考えを述べただけなのだが。

 まあ、いい。まあいい、としか言えない。真水に困らず、癒やしの水を湧かせられ、地下水を動かせるというなら万々歳。便利な力だ。排水路の製造難度が低くなる。整備技術やらは自分が存命の内に確立してしまえば、後は野となれ山となれ。後の世の連中が存続させるも廃棄するも勝手にしろと思う。

 

 ユーウェインはロット王に教えられた地に向かう。目指すはアッシュトン一族の住処だ。

 

(あの有翼の光っていた奴ら……もしやアレは天使という奴だったのか?)

 

 てっきり数奇なる精霊どもの気紛れか何かと思っていたが、ふと思い出してみると基督の書に出て来るモノに、姿形の特徴が一致している気がする。ユーウェインは聖書を読んだことはあるが、別に熱心な信徒でもなかった故に今更気づいた。後の祭りというやつである。

 

 ユーウェインは暫しラムレイに揺られながら思案した。

 詫びを入れた方がいいか……? と。

 

「………」

 

 とんでもなく不敬な態度だ、天罰を下してやる! などと言われなかったのだから問題なかったという事にしておこう。君子は危うきに近づいてはならぬとも思う。藪を突いて竜を出す事はない。

 

 ユーウェインは一人、自己完結して秘境の地へ向かい――

 

 ふぉう……と、彼の懐で、白い獣が呆れたふうに嘆息した。

 

 

 

 

 

 

 

 




※花の魔術師はお兄さんの方です。千里眼で覗き視ていた模様。

※当時のブリテンではキリスト教は浸透していません。

※よって前半のアレは未来での創作舞台です。後半のアレで実態がなんとなく伝わるかも…伝わるかな…?

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