獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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貴公ら。
私は声を大にして述べたい。
愉悦は――その先にハッピーエンドがあるからこそ愉しめるのだと。
落ち続ける先には胸糞しかないのだと。
愉悦部員たる貴公ら。
愉悦の気配を感じたのなら、同胞たる私に助太刀を乞う。





21,神造兵器と、神造英雄

 

 

 

 

 もしかしたら聖書の天使だったのかもしれない有翼の不審者。

 彼らの片割れから押し付けられた加護は、ユーウェインにとって非常に有為なものだった。

 

「……美味い!」

 

 ちょいちょいと地面を指差すと湧いて出る聖水。これが殊の外美味かったのだ。今まで飲んできた飲水よりも透明で、冷たく、それでいて優しい喉越しなのである。山の湧き水より美味い。

 しかも湧き水の程度を調節できるようで、欲しいと思った分の水が湧いた後は自然と枯れる。どういう原理かは気にするだけ無駄な、まさに神秘の奇跡としか言えないものだが、飲水に困らないというのは極めて有り難い力だ。便利過ぎてちょっと怖いぐらいである。

 どれぐらい怖いかと言うと、メチャクチャ怖い。なんせこの水は癒やしの力だ。万病に効く上に多少の怪我なら治せてしまうだろう。そして癒やすというからには人体に必要な栄養素を齎すという事であり、つまり塩分が大量に欲しいなと念じて湧き水を起こすと些少な水分を含んだだけの塩が出る。

 一気に、大量に、とはいかない。だがあらゆる手間やら労苦を省略して塩が手に入るのは凄まじすぎる。怖くなるのも当然だ、ユーウェインとしては単に問答に応じただけのつもりが、なぜ人の身に余る奇跡を寄越されたのか。ユーウェインの視点からすると本気で意味が分からない。

 

 仮に有翼不審者の加護……いや失礼だ。そう、仮に『万病癒せし聖水(おいしいお水をありがとう)』とでも名付けたとして、聖水の力は湧き水を湧かせて塩が採れることだけではなかった。

 聖水は盲目を癒やす。病人を癒やす。精神障害を癒やす。おまけに悪しき妖精なり悪魔なりに憑依された者も正気に戻す。一番大事なのは、上限はあるがある程度までなら水の流れを変えられる事。

 ……為政者ならずとも、喉から手を出すほど欲する力だ。下手に見せびらかしてはならない。使うにしても最小単位で個人的に使うのが吉で、排水路を作る際に人知れず利用するのが限度だろう。

 でなければ――ユーウェインはきっと破滅する。どんな状況に陥り破滅するかを一言で簡潔に纏めるなら、あちらを立てたらこちらが立たぬ、という状況に絶対になるという事だ。

 

(便利で有り難い力だが……)

 

 人は、己も例外ではなく、あるものは使いたがる。便利であればあるほど。故にユーウェインは微妙な心境になる。今後ユーウェインはこの力を個人的に使うのを止められまい。おいしい水は麻薬だ。

 だが――はっきり言って人の身には過ぎた力だ。下手に破壊的な力ではない分、より質が悪い。使用を自重しなければ途端に聖水の齎す人の欲に溺死させられてしまうだろう。

 使用は控え、普段は封印しておくべき力であると結論づける。

 

(――だが何より怖いのは、天使らしき輩がどんなつもりで俺に力を授けたかだ。まるで意味が分からない……どうしよう、本気で怖いぞ……無償の加護など胡散臭過ぎるだろう)

 

 なんとなく悪い奴らでは無いのは分かるが、事情説明もなしにいきなり『昇天しよう』と宣う連中だ。奴らもまたユーウェインの精神構造では理解できない奴らであるのだろう。

 いや、きっちり説明してくれたら理解はできるのだろうが、あの連中の『自分達は分かってますよ』的な目を向けられては問いただす気にならない。もう関わり合いたくないのが本音だ。

 この聖水に関しては、オークニーの宮殿に突如現れたあの有翼者達を、不法侵入した異教の者として討ち取ろうとしたロット王達を止め、庇ってやった対価だとでも思っておこう。

 

(……聖書。奴らが天使だとするなら、随分とお優しい事だが……)

 

 気紛れに過ぎる上に残虐、残忍な妖精の類いや、生贄を求めるドルイド信仰よりも好感は持てるのだが。今のブリテン島を取り巻く環境を見るに、聖書の教えが広まるのは随分先の事になるだろう。

 少なくとも、ユーウェインが存命の内には浸透すまい。次の世代も厳しく、百年単位で見てやっと大衆に受け入れられる程度ではあるまいか。

 

(せめてどんなつもりで加護をくれたのかだけでも説明しろ。説明責任を果たせ。なんなら対価も求めろ。もはや対価を求めるのも義務だぞ。無償だと言われても逆に不安にしかならんだろうが)

 

 聖書の教えは、ブリテンにはローマ帝国から伝わっている。いっそ政治利用し、ローマ帝国と同じ国教を掲げる事で、ローマを自らの後ろ盾とするべく働き掛ける事も考えられたがそれはしない。

 ブリテンで主流なのはドルイド信仰だ。ドルイドは異教を排斥するような教義を持たないが、信仰を懷くのは人間である。よそ者の信仰など疎むのは想像に難くなく、である以上はドルイドと聖書のどちらを信仰しているのかと勘繰られ、思想面からの衝突が起こるに相違ない。

 ただでさえ物質的な利害で衝突が相次いでいるのに、思想面での衝突まで火種に加われば目も当てられない。聖書側に共感して宗派替えした者との団結力は一定まで期待出来るが、敵と味方の二極化を招き、聖書側で一枚岩になってもそれは一時的なものに過ぎないだろう。必ずいつかは破局する。

 

 未来に起こり得る問題が目に見えているのに利用する馬鹿は――いるかもしれないが、一時の平和などでユーウェインは満足しない。そもそも目先の問題を解決しなければ、未来の話をしても仕方がない面はあるにしろ、先の問題がより根深く深刻になる可能性を無視してはならないだろう。

 大体にして政治に宗教を介在させるのは、どうも好ましくない。宗教は自由だが政治が自由であってはお話にならないだろう。教義の為に人を殺し、圧制を敷くお粗末な国体が目に見える。宗教は融和には使えるとは思うが、信仰で人を殺め、信仰を強要するようになれば根深い禍根を生み出す。そこらの匙加減は――

 

(――と。考えても無駄だな。未来に向けての警句を残すぐらいしか俺に出来る事はない。残す警句は聖書が絶対、他の宗教は駄目などと、そんな狭量な事では大過を招くだろう……か?)

 

 自身の考えに鼻を鳴らす。後の世の為政者の都合が悪ければ、仮に警句を残しても揉み消されてお終いだろう。やる意味はない。それに大過が招かれない可能性も無きにしも非ずと言えなくもない。

 そんな事よりもユーウェインにとって重大な問題がある。

 

(……母上にこの事を知られたら面倒になりそうだな。黙っていよう)

 

 母は妖精だ。恐らく聖書の定義する悪魔に分類される。母はそこらの体面は気にしないが、他人に妙な烙印を押されて大人しく受け入れるような人ではない。激怒する様が目に見える。

 ――既にオークニーの王宮にいる自身の妹から、水晶を通じての遠隔通信で話を聞き、激怒しているモルガンがいる。だが幸か不幸かユーウェインがそれを知る機会は()()に訪れた。

 

 

 

「おーい!」

 

 

 

「………?」

 

 モルガンは、怒り狂っている。

 

 ただし基督教が自らに妙な烙印を押すかもしれない事に怒っているわけではない。そちらの方ははっきり言ってしまうと歯牙にも掛けていなかった。眼中にないとも言う。

 

 彼女はケルトの流れを汲む旧神だ。――破壊と殺戮、戦争を司り、支配や権力を神の姿にした神性を有し、予知と魔術で戦の勝敗を支配する戦女神の側面を具える。モルガンの裡に在る神核の名はケルトの戦女神――亡霊と夢魔の女王モリガンなのだ。現在は肉の器を持つ唯一の神格であり、神でありながら人で、しかして半神ではなく妖精である。

 ウーサー王は純粋な妖精、旧神モリガンの神核を女の腹に仕込み、自らの種で産まれさせる事でモルガンという肉の檻を用意した。そうする事でモルガンを律し、完璧に制御していたのだ。

 だがウーサー王の制御下を離れた今、モルガンは前身の性質を強く前面に押し出している。モルガンが自身の執着したモノに手を出される事を極度に嫌うのはその為だ。彼女の前身モリガンが、現在でもその名の栄光を翳らせぬ大英雄クー・フーリンを愛して。彼を直接殺めた仇ルガズへの報復に燃える英雄コナルを導き、無事ルガズを討ち果たさせたように――現在最も、そして未来に於いてまで最大限に愛した我が子に手を出したモノを赦すわけがなかった。

 

 もはやモルガンは忍耐の限界を迎えた。――であるからこそ、急遽遣わされた者がいる。

 

 目的地を目指してラムレイが歩を進める。その馬上で思案に暮れていたユーウェインは、聞き慣れぬ馬蹄が後方より轟くのを聞いて振り返った。すると凄まじい速さで騎士が接近してくるのに目を眇め、政情不安な情勢を鑑みそれとなく臨戦態勢を取る。しかし思いの外、友好的に呼び掛けられ困惑した。

 

 騎士は快活な容貌の青年だった。歳の頃はユーウェインと同程度。血のように赤黒い髪をアップバングの型に整え、()()()()()()()()()()()()()()を有している。騎士の旅装として簡略化された甲冑を纏い、肩の金具で固定した赤いマントには鴉が錦糸で刺繍されていた。

 堂々たる体躯の赤い馬体、赤い鬣の駿馬を駆り、ブリテンの騎士とは思えぬ得物を手にしている。その得物とは、ブリテンの騎士が扱う馬上槍(ランス)ではなく、異国の戦士が用いる長槍だ。

 艶のある黒柄にI字の鍔、黄金の穂先の槍――莫大な神秘を内包した武具。間違いなく宝具であろう。何者だと警戒するユーウェインの前まで来た青年が馬から飛び降り、歯を見せて笑いかけて来る。

 

「やぁっと追い付いた。つってもオークニーに転移してから追い掛けて来たからな、そんなに大変じゃなかったが。って、やべ……これ言っちゃいけないんだっけ? まあいいか。ともかく、アンタがユーウェインって奴だろ?」

 

 転移?

 世に力ある魔術師は数あれど、自らの領域外で平然と空間転移を行える者は片手の指で数えられる程度しかいない――と母に習った。無論妾はどこなりとも転移程度は能うがな! と自慢されたものだ。

 ユーウェインは訝しみながら青年の顔を見詰める。彼の右目の下に、薄っすらと魔力を発する黒子があった。手に持つ槍と騎乗している駿馬――隙だらけなようで全く隙のない、自然体な佇まい。

 強いな……と、思う。しかも警戒しているのに、どうも他人のような気がしない。まるで久しく会っていなかった()()()()()()()()()()()()()()()()()。それに赤き駿馬の方にも妙な感覚を覚える。

 

 衒いなく、そして無邪気に誰何されたユーウェインは調子を狂わされながらも応じる事にした。

 

「……ああ。そういう貴公は何者だ?」

「堅いねぇ! 砕けていこうぜ! 我が名はニコール、オメェさんのママに作ら――雇われた傭兵さ。子煩悩の御母堂はどうにもアンタの一人旅が心配でならないみてぇでな、このオレをアンタの供にするべく雇ったってぇ訳だ」

「母上が?」

 

 ニコールと名乗った赤毛の青年は、モルガンに雇われた傭兵を自称した。

 傭兵。見たところユーウェインと同程度の――15歳ほどで傭兵だと? 母が雇ったと言うならさぞや腕が立つのであろうが、にしては()()()()()()()。命を持つモノを殺めた経験がなさそうだ。

 そのくせ強いと感じるだけの存在感があるのに、()()とも感じる。このちぐはぐさはなんだ。ニコールという名も聞いたことがない。……さては母に雇われたというのは虚偽か?

 

「……母上が貴様を雇ったという証拠はあるか? 無いのなら、悪いが供にはできん」

「証拠ぉ? あるに決まってらぁな。見せてやる。……けどその前に馬から降りてくれねえ? 見下ろされながら話すのはどうにも落ち着かねぇよ」

「……いいだろう」

 

 ニコールが要求するのに頷いてラムレイから飛び降りる。――その瞬間だった。着地する寸前のタイミングを狙い澄まし、無拍子で迅雷の如く踏み込んだニコールが金色の穂先を突き込んでくる。

 元々警戒はしていた。しかし、不意打ちである。胸の中心を穿つ一閃に反応が遅れ、穂先の先端が微かに胸に届いた。ユーウェインは素手で穂先を掴み、槍を無理矢理に止めたが――

 殺気がない。寸止めされている。されていなくても止められていたが、穂先は確かに胸の真ん中に届いていた。にへらと笑うニコールに、ユーウェインは無言で歩み寄るとその横っ面に拳を叩きつける。

 

「ぶたれた!? なんで!? ちょっと突いただけじゃん!!」

 

 もんどり打って転倒したニコールが、頰を押さえて抗議してくる。

 やはり邪気はない。悪気がない。まるで幼子のようだ。

 ユーウェインは呆れて物も言えない気持ちでいっぱいだったが――何故か、憎めない。

 

「……なんだ貴様は。拳の一発だけで赦してやっただけ有り難く思え」

「なんでだよぉ。今のが御母堂に雇われたってぇ証拠なんだぜ?」

「なに?」

「見てみろよ、ほれ」

 

 言われ、ちらりと示された足元を見る。

 するとそこには凄まじい神聖さを宿す、拳大の一つの宝玉が落ちていた。軽く蹴り上げて手に取ったそれは――なんと、有翼の不審者に授けられた加護の力を内包しているではないか。

 まさかと思い地面を指差し、水よ、と念じる。しかし何も起こらない。

 信じられない思いで澄んだ水色(コンポーズブルー)の宝玉に微かな魔力を送り、再び念じると、今度は湧き水が湧いた。――どうやらこれは、ユーウェインの中にあった加護を結晶化、物質化したものであるようだ。

 

「オレの槍の先っぽに御母堂の術式を乗せてあった。効力が働くのは一回こっきりだって話だがな。んで……アンタの体に仕込まれた因子を弾き出し、結晶化させる……こんな真似ができるのは御母堂ぐれぇなもんなんじゃねぇの? ついでに、これもくれてやれって言われてんだ。受け取れよ」

 

 ニコールの言う通り、こんな出鱈目が能うのはモルガンを於いて他にはいない。いや、いるかもしれないが、少なくともユーウェインには母しか思い当たらなかった。彼の言に沈黙しつつ、湧き水で掌に付いた傷を癒やしていると、投げて寄越されたものを掴み取らされる。

 華美な装飾の施された鞘とそれに納まった短剣だ。柄頭にはちょうど、この宝玉を嵌め込む為の空洞がある。無言で宝玉を嵌めつつ短剣を検めると、刀身にルーン文字が刻まれ、微かに母の魔力を感じられた。どうやら本当に母からの遣いらしい。そうと認められるだけの証拠だった。

 

 だがそれよりも気に掛かる事がある。

 

「………?」

 

 掌の傷が完全に癒える寸前、なぜか――()()()()()()()のだ。

 覚えのある気配の残滓である。気のせいか? と、首を傾げつつ。

 ユーウェインの視線は、無意識に彼の槍に向かう。

 

「で? オレが御母堂に雇われた傭兵だってのは認めて貰えんの?」

「――ああ、そうだな。認めよう」

「んじゃ、これからよろしく頼むぜ、ダチ公!」

「……ハァ?」

 

 笑顔で肩を組んでくるニコールに、思わず変な声で反駁してしまった。

 この男、ぐいぐいと来る。王子である故に未体験のコミュニケーションだ。今まで同年代の誰もが、こんなに気安く接してきた事はなかった。堪らず面食らい、訳が分からないと顔を顰める。

 

「……ダチ公、というのは友人の事か?」

「応! 拳を交えたんならもうオレらはダチだ! だろ? ハッハー、オメェ友達いなさそうな面ぁしてるもんな! 寧ろほとんどの奴らに嫌われてるか怖がられてるんじゃねぇの? 可哀想だからオレがダチになってやるよ、感謝しろよユーウェイン――ブベッ!?」

「………」

 

 鬱陶しい。我慢できない衝動に突き動かされ、肩を組んでくる腕を払い、平手でニコールの頰を張ってしまう。ぁ、と呟く。生まれて初めて、考えるより先に手を出してしまった。

 罪悪感は、しかし過ぎらない。寧ろその逆、腹が立って仕方がなかった。だが――不快ではない。なんだこれは、と自らの感情に困惑する。その感情の名前を思い出せないまま、ユーウェインは地面に倒れ、こちらを見上げる赤毛の傭兵に吐き捨てた。

 

「俺は嫌われていない」

「お、お前なぁ、いきなり殴るこたぁねぇだろ!? やっぱオメェ友達いねぇわ! 今確信したね! この人付き合い下手め! これから一緒に旅する仲だってぇのにオレから嫌われてもいいのかよ!」

「……フン。別に貴様なんぞに好かれたいとは思わん。付いてくるなら勝手にしろ、わざわざ足を止めて待ってやる気はない。せいぜい置いていかれないように気張るんだな」

「あっ! 待てよ! 待てってばぁ!」

 

 ひらりとラムレイに飛び乗り、短剣を荷車盾に収めて駆け出させる。

 ラムレイが疾走した。キャスパリーグは、不気味なほど静かに赤毛の青年を見ている。

 ユーウェインはニコールを置いていくつもりだった。

 折角の一人旅なのだ、遊びに来たわけではないにしろ気楽に行きたかった。あんなわけのわからない男に構っていたら、どうにも疲れ果ててしまいそうな気がしてならない。

 故に、置いていく。母には今度謝っておけばいいと思って。

 

 そうして暫くラムレイに駆けさせ、後ろを伺うと――ニコールは赤き駿馬を駆ってなんとか追い縋ってきていた。チッ、と露骨に舌打ちする。あの馬はなかなか大したタマらしい。

 まさかラムレイに追従できるとは想定外だ。だが速力は同等でも、持久力はどうだと思う。

 ――それでも、ニコールの馬を引き離せない。そしてニコール当人も余裕そうである。

 煩わしいはずなのに、何故か口元が緩んだ。なんなのだろうな、と思う。変な奴だ。モルガンは何を思ってニコールを雇ったのか不思議である。しかし、不快に感じない感覚は――悪くなかった。

 

 やがて、ユーウェインはニコールを伴う事を受け入れた。アッシュトン一族の住まう秘境――海岸線沿いの集落の間近にまでやって来てしまったからだ。目的地まで付いてこられたのでは仕方ない。

 ユーウェインは、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ニコール。

 

 彼こそは妖精モルガンの創り出した神造兵器(ホムンクルス)究極の一(ハイエンド)。ケルトの戦女神モリガンの戦車を牽く二頭の愛馬の片割れ、神馬パッスランドを借り受けた、モルガンによる我が子のお目付け役だ。

 

 愛息の孤独を癒やす為にユーウェインの精神構造をモデルに設計され、彼の兄妹達の肉を素材に(ガワ)を模ったモノである故に、存在理由はユーウェインに尽くす事ただ一つである。

 モルガンが戦女神モリガンであった頃に蒐集していた、多様な隠し財産を惜しみなく注ぎ込まれ、その身にはケルトの古き英雄ディルムッド・オディナの遺伝子と、零落し人に討たれた太陽神ルーの血が実装されている。限界まで機能を詰め込まれた結果、現在0歳である彼、ないし彼女の寿命/稼働限界時間は15年と定められている。

 

 他人の気がしないのは当然だ。その肉体を構成するガワは実の兄弟、異母兄妹達であったのだから。

 強いのに弱いという違和感があるのも当然だった。その身は未だ生誕直後。急遽起動させられたモノが、如何に血による才覚を具えていたとて、練磨を経たユーウェインに及ぶべくもない。

 そして話していて不快にならないのも当然である。何故なら性質・性格こそ違えど、精神構造のモデルはユーウェインであるのだから。すなわち現状では唯一、ユーウェインに共感できるモノなのだ。

 

 だが、ニコールとは真にして偽りの名だ。複数の役を担う事となるペルソナの一つでしかない。彼はその真名を、ニコ・コール・マグラスラックといい、そして――

 

 

 

 ――ニコールの持つ槍の真名は不毀の極槍(ドゥリンダナ)。遙か昔トロイア戦争にて大英雄ヘクトールの振るった宝剣にして宝槍であり。花の魔女アンブローズがユーウェインの為に探し出した宝具だ。

 

 

 

 花の魔女は――ユーウェインが一度は城に帰還してより一ヶ月後に、彼を訪ねていた。

 まさかすぐに城を出ているとは思いもせず。

 まさか、モルガンがユーウェインの城に移っているとは思いもせず。

 うっかりモルガンと鉢合わせてしまい、囚われてしまったのである。

 

 ユーウェインは、まだアンブローズの身に降りかかる災禍を知らない。

 元より殺すつもりで対策を整えていたモルガンの、本拠地に油断して足を踏み入れたのだと。

 まだ――彼は気づいてはいなかった。

 

 

 

 

 

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