獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです 作:飴玉鉛
断りを入れておきますと、私の言う愉悦云々の要素はアンブローズにはありません。つまり…そういう事です(曖昧)
「ンアアアアア!! 死んで欲しいよぉぉぉおおおお――!!」
轟音。拳と顔面の熱烈なキス。
歓呼して盾を打ち鳴らし、野次にも等しい声援を送る人と獣――気が触れたように叫び、対峙する男の顔面に拳を叩きつけるニコールの姿に、ユーウェインは現実逃避気味に遠くを見てしまう。
――どうしてこんな事になってしまったんだ。
有為の士を登用に来たはずの地で、自分に騎士として仕えてくれと要請した相手と、ユーウェインの護衛として雇われたのだというニコールが――なにゆえに殴り合っているのか。
はじめは好調な滑り出しだった。
オークニーの海岸線には自然かつ不自然に盛り上がった丘陵があり、それに囲まれた盆地を集落としている一族がいた。それこそがアッシュトン一族である。彼らは五百余人程度の少数部族で、余計な装飾のない質素なタイツを纏っており、長槍や肉厚の短剣、盾を日常用品のように使用していた。
老若男女の境なく、だ。背筋の伸びた筋骨隆々な老人は剣を杖代わりに携帯し、やんちゃ盛りの子供達は槍を投げて遊び、若い男女は武具を生活用品の一部として物干し竿や調理器具に活用している。
何より彼らの生活の中には
異常な光景である。いがみ合うでも無しに、人と獣が共存しているのは。
互いを隣人としているのではない。そんな対等な関係ではない。魔獣の側が明らかに人の方を主人としており、人に屠殺され食われるのも嫌がっていないのだ。むしろ進んで命を差し出し、アッシュトン一族の血肉になれるのが嬉しくて仕方がないといった雰囲気である。
唖然としながらも、ユーウェインは彼らの族長に話し掛けた。幸い、言語の壁に阻まれる事なく意志の疎通に成功したユーウェインは、彼らに自分の身分を明かして騎士として仕えてくれる者を探していると告げ、よければ共に来て欲しいと要請した。すると彼らは――
「おっ、いいぜ。じゃあ今からアンタに付いて行く奴を選ぶからよ、ちょいと待っててくれや」
――と、二つ返事で了承してくれた。
こんなにあっさり、呆気なく仕官の誘いに応じてもらえるとは思わなかったユーウェインは快諾の理由を訊ねてしまった。てっきり交渉は難航するものと思い込んでいたからだ。
魔獣を使役する一族である、各国から引く手数多であろうに誰にも仕えておらず、オークニーにもアッシュトンの戦士はいなかった。国に仕えていないのにはなんらかの事情があるのではないか――そう考えていたのに、こうまで簡単に仕官の誘いを受けられたのでは、裏に事情や思惑があるのではないかと邪推してしまうのが人情というもの。すると、ユーウェインの素直な懸念を聞いたアッシュトン一族の族長は豪快に笑った。
「ハッハッハ! なぁに、気にすんなよ騎士様。いや王子様だっけか? なんでもいいがよ、誰も俺らを雇いたがらねえ理由はすぐ分かるぜ。俺もタダで若いのを里から出す訳じゃねぇんだ」
「む、そうか。安心しろ、給金は弾む。戦に出ない平時では七日に二日は休日を出そう。病に罹れば無料で治療し、冠婚葬祭の費用もこちらが持つ。申請があれば有給休暇も検討しよう。給金は一人辺り相場の二倍は出し、戦の戦果や日々の労働の成果を評価しボーナスも配布する。毎月25日に給金を支給し、仕事で使う経費や武具の整備もこちらが持つ。条件としてはこれでどうだ?」
「………………は? ぁ、ぃや……………は?」
これでも王子だ。次期国王だ。人の上に立つ者として金の大事さを弁え、福利厚生に気を遣うのは当然である。配下に清貧を強いるなどという愚行は論外で、明確な利益を配当するのも当たり前。
能力があり、きちんと働くなら、当然報いる。誠意とは言葉ではなく金額だろう。金も払わず忠誠と労働を求めるのは、自分に配下を養う甲斐性がないと喧伝しているようなものだ。
全員を厚遇するのは不可能な懐事情であるが、出すべき時に金を出さぬようでは度量が知れるというもの。故にユーウェインは自身の直属の配下として、直接仕えてくれる直卒の騎士は厚遇する。
これは差別ではない。区別である。そして能力がありながら冷遇されている各地の騎士や魔術師、知識層の人材が、ユーウェインの配下に挙ってなりたがるようにしたい。自身の配下を手厚く用いる姿勢は周囲への信用と羨望を集めるのは自明であるはすだ。人材を厚遇する事で、自然と才ある者が集まるようにするのも雇い主の仕事だ。
ユーウェインがそんなつもりで言うと、族長は目を丸くする。
「……俺らを雇うからにゃ、相当額を支払ってもらわにゃならん……と、言おうとしたんだけどな。うん……そんだけ手厚く迎えてくれるってんなら文句はねぇよ……けどよ、いいのか?」
「何がだ? もしや待遇に納得がいかないと? なら――」
「いやいやいや! そうじゃねぇよ! 俺らの里は見たろ? 魔獣を飼いならしてんだぜ? どいつもこいつも俺らを忌避しやがるんだ。魔獣なんざと慣れ合うテメェらは、もしや人間じゃないんじゃねぇかってな。王子様はそう思わねえのか?」
「馬鹿な。私はその飼いならす技能をこそ欲している。歓迎こそすれ忌避などするものか。その能力は査定上、特殊技能手当を配給する対象なのだからな。先程の雇用条件で挙げた給金に更に上乗せする」
「更に金が!? や、やべぇよ……やべぇよ……」
「………? 何がまずい?」
「出稼ぎに誰が出るかで殴り合いの喧嘩が――あぁっ!? やっぱりやりやがった!」
人は、自分と違う存在を忌避する。故にアッシュトン一族は人里から離れ、隠れて生きてきたのかもしれない。だがしかしユーウェインの魔獣家畜化計画に彼らほど必要な人材はいないのだ。くだらない差別など許しはしない。報酬も正当だと判断する。
彼らには彼らの苦悩があったのだろう。不遇を託っていたのも会話をしている内に察しが付いた。だがこのユーウェインの下に付く限り、正当に評価して用いてみせると決意していた。
だが、珍しい来客という事で注目を浴びていたのだろう。木組みの族長の家にかぶりついて話を盗み聞いていた複数人の男達が、唐突に隣の男を殴り倒してしまったではないか。
何事だと見遣れば、女達が走り、集落全体に話を広めようとし。男達は挙って就職倍率を下げる為にライバルを蹴落そうとし始めたらしい。意外と大人しく話を聞いていたニコールとユーウェインは揃って唖然としてしまう。族長が慌てて仲裁しようとするも、乱闘は瞬く間に規模を増して、やがては集落全体で熾烈な就職争いをするようになってしまった。
「ユーちゃん! あ、いや、殿下!」
豪傑らしき老族長が悲鳴を上げた。仲裁に入った男二人の間に挟まれ両者から顔面をサンドイッチパンチされて昏倒してしまったのだ。精悍な体躯の男達は誰を見ても豪傑揃いで、いつか見たピクト戦士にも匹敵している。なんと精強なのかと現実逃避気味に感心しているとニコールが慌てて言ってくる。
誰がユーちゃんだ。
「マズイっしょ! 止めねえと怪我人が――もう出てるけど! これ以上は洒落にならねえ!」
「あ、ああ……そうだな。止めねばならんか……!」
ニコールに促されて外に出ると、あちらこちらで喧嘩祭りが開催されているではないか。どうしたら止められるのかと考えを纏めているのを尻目に、傭兵ニコールは地面に転がっていた金属の盾を拾うとそれを銅鑼の代わりに叩き始めた。ガン、ガン、ガン! と高い音を立てながらニコールが吼える。
「ちゅーもーっく! 注目ゥ! こちらにおわす御方をどなたと心得る! 畏れ多くもウリエンス次期国王ユーウェイン殿下であらせられるぞぉ! ぶっちゃけると雇い主募集してる御方だ! テメェらはオレのダチ公んとこに雇われてぇみてぇだけどよ、雇う雇わねえはこちらの胸三寸よ! ひとまずダチ公の話を聞けぇ! 雇う奴は誰にするかはこっちで決めるからよぉ!」
「こっちに丸投げする気か。別に構わんが、誰が貴様の友だ……」
嘆息して、ユーウェインはニコールに引きずられる形で跳躍し、族長宅の屋根の上に飛び移った。そして一先ず殴り合うのをやめた彼らを見渡し、咳払いをして間を整えつつ考えを纏めた。
「……私が諸君らの内より仕官希望者を募りに来たユーウェインだ。まずは、誘いに乗り気な様子の諸君に感謝する。そんな諸君らに布告しよう。雇い入れる者の上限数は50名。内20名を魔獣の捕獲、家畜化を進める人員に。残りは我が騎士として仕えて貰おうと思っている。希望者は……割といるな」
男のみならず、女も就職に乗り気なのか手を上げて立候補していた。
こちらで雇える者は現在の財力だと50名が限界で、当初はこの半分も集められたら上等であると思っていたのだが。500余名の一族の者達の内、ザッと見渡した限りだと半分以上――成人している若者のほとんどが挙手しているではないか。訪れてきたばかりの王子の募集を信じ過ぎだろう。少し心配になる。もし雇用後の待遇が嘘だったらどうするつもりなのだか……。
いや、雇用条件と待遇に嘘はない。信じて付いてきてくれるなら手厚く遇するのは本当だ。
「……ここから50名まで絞り込むのか……」
「めんどくせぇ……」
ぼやくように呟くと、ニコールがユーウェインの本音を代弁するように呟いた。虚を突かれて意外に思いつつニコールを見遣ると、彼は嘆息してこちらに視線を向けてくる。
オレに任せとけ――とでも言うように、彼は胸を拳で叩く。
なぜ任せねばならない。これは俺の仕事だ。ユーウェインは舌打ちして声を張り上げようとするのに、ニコールは先んじて
「――大変結構! だけど残念な事に定員オーバーだ! よってこれより採用する人員を選定する! これから一人ずつ、テメェらの先輩社員であるこのオレが! テメェらとゲンコツで殴り合うぞ! 強さ順で上位50位に入った奴らを正規に雇用してやるとオレのダチ公は仰せだ!」
郷に入りては郷に従うべし。
無駄に対立するよりも、後に蟠りを残さないように野蛮に振る舞うのも仕方ない事だ。
だが――ユーウェインとしては、本当は嫌だ。
その嫌な事を肩代わりしたニコールに、異形の精神の持ち主は目を見開く。
(コイツ……いや、まさかな……ただの目立ちたがりだろう……)
だがまあ、やりたいと言うなら任せよう。ニコールはアッシュトン一族の強さを図り切れていないかもしれないので、聖水を出して傷を治せるようにしておこうと思った。
腰のベルトに吊るしていた短剣を抜き取り、館から飛び降りて湧き水を出しておく。荷車盾から空き瓶を取り出し湧き水を汲むと、蓋をして「おい」とだけニコールに声を掛け投げ渡す。
振り向かずに瓶を受け取ったニコールがサムズアップし、斯くして仕官人員選抜の拳闘が開始されたのだった。
「回復薬飲んでんのが見えなかったのかな……」
そして、今に至る。
場の熱気は最高潮。アッシュトン一族の男を連続して50人も殴り倒したニコールは、疲労困憊といった様子で息切れし、顔面や肩、腕を腫れ上がらせていた。
ニコールは強かった。タフネスを見せ、健闘していると言える。しかし、遂に耐えかねて聖水を飲もうと空き瓶を開けるも、それを飲もうとしている隙を突いて次の候補者がニコールに拳打を浴びせた。
空き瓶を落として割ってしまったニコールは呆然と呟き、そして発狂した。
「ンアアアアアア!! 死んで欲しいよぉぉぉおおおお――!!」
ブチ切れたニコールが猛る。
繰り返すがニコールは強かった。だが相手が悪い。並の騎士相手なら無傷のまま余裕で殴り勝てていたのだろうが、アッシュトン一族の男達は誰を取っても精強である。ピクト戦士にも引けを取らない。
もし本気の殺し合いならもっと手こずり、今の半分も打ち倒せなかっただろう。武装していたら更に半分しか倒せない――というのがユーウェインの見立てであった。
頑張っている。頑張ってはいる。いるのだが……そろそろ限界だろう。それに……後に控えている男の中に、一人際立った存在感の戦士がいた。上半身を剥き出しにした筋骨隆々なる男。金髪の、野性味溢れる豪傑だ。族長の息子らしい彼の名はシェロンというらしい。一族の中で最も武勇に長け、ユーウェインの見立てでは――今のニコールよりも強い。ユーウェインも、素手同士の殴り合いで制圧するのは難儀するだろう。必ず勝てるとも言えない。
少なくとも疲弊している状態で、ニコールとやり合わせるのは可哀想だ。長いこと審査に時間が掛かってもいる。続きは明日にしよう。ユーウェインがそう判断して、意識を取り戻していた族長にその旨を告げると、拳闘は翌日に持ち越しという事になった。
だが、それが悪かった。
一度は敗れた者がお祭り騒ぎに乗じて敗者復活戦を始め、どんどん収拾がつかなくなっていったのだ。一日、二日、四日、八日、十六日――と、拳闘は一向に終わる気配を見せないのである。
見かねたユーウェインが止めに入ろうにも、熱狂したアッシュトン一族は審査などお構いなしにお祭り騒ぎを続け、ユーウェインは途方に暮れた。どうすれば収拾が付けられるのだ……。いつの間にかリンチされていたニコールを助け出して、身内だけで殴り合うアッシュトンの連中を見詰める。
キレた族長までも若者に混じって拳を振り回していた。滅茶苦茶である。昏倒しているニコールに湧き水をブチ撒けて傷を治してやりながら、頭が痛い思いを堪えて暴徒を鎮圧する方法を考えた。
その時の事だ。
「――や、やあ……お困りかな? 王子様……」
魔女が――ふらりと集落にやって来た。
「お前……」
族長宅に泊めて貰っていたユーウェインは、訪ねてきた魔女の変わり果てた様子に瞠目する。
外見に変化はない。だが――魔女、アンブローズは
武人ではないアンブローズと、戦女神の側面を有していても武人ではないモルガン。彼女達には想像も付かないだろう。いいや……一目見て
ユーウェインの眼力が、
「――またぞろ面倒を運んできたな。仕方のない女だ」
得体の知れない恐怖に震えている魔女に歩み寄り、目の下に濃い隈を拵えているアンブローズへ
常のアンブローズらしからず反応も出来ず。また、ユーウェインが反応できまいと見切って切り裂いたのは、彼女の人格を二つに分けていた枷。そうして――アンブローズは甘い斬撃に、芯を痺れさせた。
人と夢魔に切り分ける精神の枷。それを斬断され、元の人格に統合されたアンブローズは呆然とする。こんなにも呆気なく、権能の縛りの一つを断った王子に瞠目させられた。
彼女の感じた衝撃はいかばかりか。そんなものになど頓着せず、ユーウェインは何もなかったように苦笑する。困っているんだ、と。
「――丁度良い時に来てくれた。知恵を貸してくれ、アンブローズ」
固定メンバー
・ユーウェイン
・ニコール
・アンブローズ
以上三名
モ「(未来視してなかったらヤバかった…)」