獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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感想欄の掌返しに草。
モルガンPというパワーワードにも草。

お待たせしました、25話です。
話は次から進みます。



25,キミだけを視ている

 

 

 

 押し付けられる柔らかい体。吸われる口――童貞には強すぎる刺激だ。未婚の男女が軽々に性的接触を行うのは褒められた事ではなかろう。この女、さては色情狂なのではと嫌疑を掛けたくなった。

 

 ――ユーウェインに人の美醜は分からない。しかし、人の身体的特徴や顔のパーツのバランスから、どういう顔立ちや体つきが異性に好まれるのかは客観的に判じられるようになっている。

 祖国の騎士達がどんな女を好むかの傾向を掴めていたからだ。故に魔女アンブローズ、改めガニエダ――彼女の容姿が優れ、男の欲情を誘う体つきである事は分かる。男としてガツンと言ってやろう。軽はずみにそんな真似をするものじゃない、と。男をその気にさせてしまえば危ないぞ、と。

 努めて紳士的にその旨を告げようとガニエダの肩を掴み、自分の体から引き離す。そして女の目を見詰めてその身の清さを保つべきだと説こうとする。しかしガニエダが濡れた瞳をして、顔を赤らめるのを見ると言葉を失った。人の美醜の判別がつかずとも感じる色気に、童貞は絶句してしまったのだ。

 

 誰だこの女は。

 

 アンブローズ……ガニエダはこんな顔をする女だっただろうか? もっと人を食ったような、軽い感じのする女だったはずだ。なのに、今のガニエダの瞳へ宿る熱には人並みの()があった。

 非人間らしくない、人間の目だ。

 肩を掴んで見下ろす先の女の顔。青年はまるで自分が女に迫り、接吻でもしようとしている体勢である事に気づいて内心慌てた。――と、まるで見計らったように族長宅の出入り口から物音がする。

 

「ゆ、ユーちゃん……?」

 

 赤毛の偉丈夫、傭兵ニコールである。彼が戸を勢いよく開いたのだ。

 ニコールが両手で口元を覆い、信じられない光景を目撃してしまったような顔をする。

 そしてわざとらしく肩を震えさせ、女々しく喚いた。

 

「だ、誰よその女! わたしという者がありながら、別の女とキッ、キスをするなんて、どんな了見をしているの!? このけだもの!」

 

 目を細めた半笑いの表情(かお)である。

 ユーウェインは苦い顔をしてそちらを見遣り、ニコールの茶々に物申した。

 

「誰がユーちゃんだ。気色悪い女言葉もやめろ」

「えー? だってよぉ。オレが頑張って仕事纏めてるって時に、ユーちゃんったら女連れ込んでシッポリ楽しもうとしてるじゃん? 心の広さノース海峡級のニコールちゃんもこれにはご立腹ですよ」

 

 シッポリ楽しむつもりなどない。他所様の家で盛る猿など去勢されても文句は言えないだろう。ニコールとてユーウェインにそのつもりが無いことぐらい分かっているはずだ。

 否定するのも面倒で、無視する。

 ユーちゃんはやめろと何度も言っているが、やめる気配がない。こちらが本当に不愉快そうにしていたら、ニコールもそのふざけた呼び方はやめていただろう。しかしなんとも、ユーウェインは同年代に見えるこの青年に対して嫌悪感は感じていなかった。

 不本意ながらこの集落で、16日も共に過ごしたからだろうか。ユーウェインはニコールの性根を大まかに把握できていた。思いの外この傭兵が、自分に近しい価値観や精神性を持っている、と。

 

 ニコールは女へ異様にモテる。異性を魅了する魅力でもあるのか、アッシュトン一族の女達が熱い視線を彼に向け、盛んにモーションを掛けられているようである。外を出歩けば必ず女に取り囲まれ、それが故に村の男連中からやっかみを受け、採用試験のどさくさに紛れてリンチされているのだ。

 だがニコールは女に囲まれても鼻の下を伸ばさない。悪い気はしていないようなのだが、それよりも迷惑そうにしていて、決して女を抱こうとはしていなかった。これが普通の騎士なら既に複数名の女を抱いて浮名を流し、気に入った女を見つけ口説いていただろう。ニコールは、それをしない。

 それだけでユーウェインにとっては評価に値した。ユーウェイン基準で見て最低限の節度を持っていると思えたからだ。今だって客観的に見ると美女の部類であろうガニエダを前にして色目を使わない。別に任せた覚えはないが、自ら買って出た職務を果たして羊皮紙を渡して来てもいる。

 

 ――紙は高価である。しかし、羊皮紙に限っては、アッシュトン一族は日常的に蓄えてきたらしく相当数が余っていた。その内の一部を譲ってもらい募兵希望者の名前を記している。

 それを見て、正規雇用の枠がまだ半分以上空いているのを把握した。

 

 ガニエダはニコールを一瞥し、そっとユーウェインから身を離す。

 

「腹を立てるのは勝手だがな、俺がどこで何をしていようとお前には関係ないだろう。ついでに言えば、俺から接吻を求めたわけじゃない」

「そりゃあそうだけどよ、友達甲斐のねぇこと言わないでくれよ。それに、女からせがまれたなんてダセェ言い訳はやめとけ。仮にそれが本当でも女に恥掻かすようなこたぁ言わねえ方が格好が付くぜ」

「………」

「で。それ誰よ?」

 

 ぐうの音も出ない、というほどでもない。だがしかし、確かに今のは情けない言い訳に聞こえるだろう。押し黙ってしまったユーウェインに傭兵は肩を竦め、魔女の方を見て誰何した。

 

 尤もな疑念だった。ユーウェインは自身の半歩後ろに控えた魔女を見遣る。

 ガニエダは、ユーウェインにだけその名で呼んで欲しいと頼んできた。であるなら、紹介する際には別の名を出した方が良いだろうと気を遣う。彼女に限らず人の嫌がる事はするものではない。

 が、しかし、赤毛の傭兵が現れるなり、ガニエダが大人しくなったのには内心首を捻っていた。まるで人見知りしているような素振りに、こんな内気な女だっただろうかと怪訝に思ったのだ。

 

「……彼女はアンブローズ。ブリテン王の宮廷魔術師で、俺の友人……だな。恐らく」

「なんだよ、はっきりしねぇな? まあいいや、はじめましてだな、ミズ・アンブローズ。オレはニコール、ユーちゃんのダチだ。適当によろしく頼まぁ」

「――ああ。紹介に与ったアンブローズだ。友達の友達は友達、なんて言うつもりはないけど、どうやら長い付き合いになりそうだね。今はよろしくと言っておこうかな……」

 

 目元に隈を拵えた女は、いたって平静に見える調子で応じる。

 ニコールは普通にしていたが、ガニエダは彼を警戒しているらしい。露骨ではないが、彼女らしくはない。やはり――ここに来るまでにあった何かが彼女の性質を変えてしまっているようだ。

 ガニエダの体と精神を侵す呪いの数々。彼女の真価を目にした事はないが、曲がりなりにも宮廷魔術師であるというガニエダだ。そんな彼女をこうまでしてやれるという事は、並大抵の敵ではあるまい。

 後で彼女に事情を聞こう。今のユーウェインにはまだ、ガニエダを括る呪詛を総て斬ってやれるほどの腕はない。彼女を害した敵をどうにかしたら解呪できるなら、そちらを目指した方が早いだろう。

 ガニエダは憔悴した顔で、しかし微笑む。ユーウェインが胡乱な視線を向けると、彼女はニコールから目を切って宣ってきた。

 

「あ、そうそう。今日からボクもユーウェインくんに付いて行くからよろしくね」

「……なんだと? お前はブリテン王の宮廷魔術師だ、俺に構う暇は……」

 

 言いつつ、キャスパリーグを押し付けてきた最初の出会いと、その後の胡椒事件、そして今回訪ねてきた件を思い出し口籠る。そのキャスパリーグは今もユーウェインの頭の上にいるが……静かだ。どうやらガニエダの変わりように困惑しているらしい。ユーウェインも同じ気持ちだ。

 

「……暇は割とあるみたいだが、職務を放棄するのは感心しないな」

「心配しなくてもいいよ。もう王様にはボクがいらないのさ。寝たきりだし、彼にはマーリンが付いてる。それならボクはボクを必要としてくれる所にいたいし、どうせならキミの顧問になってあげようかなって。それともボクが近くにいると邪魔かな?」

「邪魔じゃあないが……」

 

 ウーサー王は寝たきりというトンデモ情報をさらりと渡されても困る。

 嘆息してかぶりを振った。言って素直に聞くタマでもない。それに知恵袋としての彼女は頼りになるとは思う。現に今だって頼ろうとしているところだったのだ。……だから縋るような目をするな。

 付いて来たいと言うなら別に構わない。宮廷魔術師だった女なのだ、能力は折り紙付きと言ってもいいだろう。ユーウェインの目指している目的の為に、ガニエダは大いに力になってくれるはずだ。

 だがしかし、素直に頷くのも憚られる。

 

「本音を言うと歓迎したいところだが、他人に仕える魔女を傍に置くほど酔狂にはなれん。ブリテン王から俺に鞍替えするなら受け入れよう。どうする?」

「うん……?」

 

 気紛れに同行を申し出てきているわけではなさそうだが、そこがネックだ。

 当人達がどう思った所で、第三者からすると『ウリエンスの王子がブリテン王の宮廷魔術師を引き抜いた』ように見えるかもしれない。ユーウェインとしても簡単に主君を変えるような手合いは御免だ。

 ユーウェインが暗に、主君を捨てるような真似はよせと伝えたが、魔女は目を瞬かせ、こちらがどう思っているかを察したのか訂正してくる。

 

「誤解しないで欲しいんだけど、ボクは便宜上『宮廷魔術師』って事にはなっていても、元々は表舞台に立たないフリーの身の上だった。そういうのはマーリンの役割だったんだ。だからキミに仕える形になっても不義理にはならないね。王様もマーリンも、ボクがキミに仕えても気にしないと思うよ」

「なら、問題はない……のか? ……問題がないなら、以後は俺の為に働いてくれ」

「勿論さ。死が二人を分かつまで、持ち得る限りの知恵と力を尽くす事を誓うよ」

 

 宣言は――気のせいか、重い気がする。

 いや、仕えてくれるならそれぐらいしてくれるのが理想的なのだが、ガニエダの言葉に込められた感情が矢鱈と重い。これまでの軽さ――意志の背骨ともいえるものの薄弱さが欠片もないではないか。

 どうやら、本気で言っている。熱っぽい目も、真を宿している。若干気圧されたが、腹に力を込めてなんとか受け止めた。国を背負う事になる己が、魔女の一人程度受け止められずしてどうする、と。

 

 努めて鷹揚に頷いた青年は、ニコールから受け取った羊皮紙をガニエダに渡した。

 

「……それじゃあ、早速で悪いが知恵を出してくれ」

「うん? 構わないけど、どういう問題が起こっているのかな」

 

 アッシュトン一族の集落に来てからの経緯と、なかなか話が纏まらない状況を説明する。

 すると羊皮紙に目を通していたガニエダは微妙な顔をして、ちらりとニコールを見た。

 

「うん。普通にそこの彼のせいだね」

「え、オレぇ?」

「ニコールに原因があるのか? しかしニコールは真面目にやっている。採用試験が拳闘というのはアレだが、アッシュトン一族の気質から見て妥当な試験だと思うぞ。まあ、こちらが希望者から適当に選んでも良かったとは思うが」

 

 拳闘で採用の有無を決める、というのは野蛮だ。しかし実力のある者を騎士や魔獣の飼育員にするのは、後の事を考えたら効率的であるとは思う。多少の手間は掛かっても、労を惜しむところではない。

 それにニコールもふざけてはいなかった。

 ここでふざけるような輩なら、女に囲まれると、そこらの騎士の如く鼻の下を伸ばして色気を出しているはずだ。暇があっても女をつまみ食いしようとしない男である、そこは信用してもいいと思っていた。真剣に仕事をしている者が、謂れなく責められているなら庇うべきだろう。

 ニコールは案の定不服そうにガニエダを見ている。彼女がユーウェインに仕えるなら、いつまで彼が傍にいるかは分からないが同僚という事になる。無駄にいがみ合いの種を撒かれるのは看過できない。

 

 魔女は淡々と言った。

 

「素行や人柄に関しては知らないよ。けど話が纏まらないのは、彼が村の女を惑わして男達の妬みを買ってるからだね」

「そんなことオレに言われたってなぁ……」

「だって男と女がいるんだ、良い仲になってるペアは絶対にいるはずだし、好いてる女が外から来た彼に現を抜かしてしまうようになったら殴りたくもなるものじゃない? ――()()()()()()()()()()()()()()尚更だ」

「………?」

 

 不満げにぼやくニコールを無視し、ガニエダが意味深に言うのに、ユーウェインとニコールは顔を見合わせた。言われてみればそうだ、と。そうした視点を持っていなかったから失念していたが、彼らには彼らの人間関係が一族内にあったはずである。であるのに、突然よそから来たニコールを持て囃す女が山ほど出た。男からしたら面白いはずもない。

 というか恋仲の相手がいたら、男の方は訳が分からないだろう。少なくない衝撃を受けたのは想像に難くなく、ニコールに鬱憤をぶつけたくなる気持ちは理屈として理解は出来た。

 

「それにおかしいと思わなかったのかな? 確かに彼は美男だ。けれどユーウェインくんも負けていない。身分で言えば明らかにキミの方が玉の輿だよ。なのにキミは一度も言い寄られてないし、色目も使われてないみたいじゃないか」

「あー……そりゃ確かに」

「……そうなのか?」

 

 ニコールが美男というのも分からなければ、自分の容姿についても今一理解できない。

 首を捻っていると、ガニエダは苦笑した。

 

「結論を言うとだね、そこの彼には泣きぼくろがあるだろう? そのほくろに魅了(チャーム)の魔術が掛けられてるんだよ。体質っぽいから解呪は不能だ。妖精に愛されてるのか、血縁から発現した特性なのかは分からないけど、そのせいで彼は対魔力のない異性を魅惑してしまうようだ。彼は案外、先祖がディルムッド・オディナだったりするのかもしれないね」

 

 2世紀前の英雄の名を出されると、厄介さがよく分かった。

 文献ではなく、口伝で言い伝えられる『フィニアン・サイクル』の英雄ディルムッド・オディナ。ケルトの気風の残るブリテン島に於いて、その名はまだ風化していない。ドルイドの詩人が詠う彼の武勇や悲恋、辿った破滅への道、いずれもよくよく聞き知っていた。

 彼の英雄の末路から得られる教訓として、女を不当に扱う者は、善の者も悪の者も騒がせるという事と、人間関係には気を遣う必要があるとユーウェインは思っている。立場や身分の上下で恋愛沙汰を拗れさせたら危険である事もよく分かる、貴重な昔話だ。

 

「はあ? オレが……フィオナ騎士団一の男前の末裔だって? 確かにオレ様ほどの美貌の持ち主はそうはいねぇけどよ、先祖がディルムッドだってぇのはオレも初耳だぜ」

「ニコールの先祖なんぞどうだっていい。それよりも、魅了の魔術だと? それが本当ならこちらの過失だ。いたずらに人心を惑わすなど、人としてやってはいけない事だろう。こちらから事情を説明し、陳謝するべきじゃないか?」

「やめておいた方がいい。非を明かして謝るのは素晴らしい事だけど、彼らを相手に魅了の魔術を掛けてしまってました――なんて認めてご覧よ、そこの彼が殺されてしまうね」

「殺っ……ぇ、オレ殺されちゃうの!?」

 

 ガニエダの忠告にユーウェインは顔を顰める。流石にそこまでは、とは思うが、ユーウェインの視点から見て有り得ないと思う事を平気でするのがこの世の人間だ。ガニエダの言うこともあり得る。

 むざむざニコールを殺させる訳にもいかない。ユーウェインは頭が痛い気持ちでいっぱいだったが、一応訊いておく事にした。

 

「おい、ニコール。そのほくろの事を俺に黙っていたのはなぜだ? まさか自分の体質を知りませんでした、などという戯言をほざくんじゃあるまいな」

「そのまさかだぜダチ公。マジな話、オレってば体質(コイツ)が効く手合いと会った事はねぇんだわ。んなもんで、女がオレに群がっても意味不明過ぎて怖かったぐらいなんだぜ」

「なに? ……対魔力の高い集団の中で育ったとでも? どんな魔境だ、それは。本当なら魔術師泣かせにも程がある。ニコール、そんな見え透いた嘘は吐かない方が身のためだぞ。信用を無くす」

「本当だって。っていうか、オレの一番古い記憶は一年前なんだよ。山ん中にポツンと突っ立ってて、自分がどこの誰かも分からないまま彷徨ってたらウリエンスの騎士に拾われてよ。なんやかんや居候させてもらって、恩を返そうと働こうとした時に、オレの腕っぷしを知ったらしいユーちゃんの御母堂に雇われたってぇ訳だ。その間、男所帯だったし、女に近づいてもねえから知る機会がなかったんだよ」

 

 そう言うニコールに嘘を吐いている気配はない。

 ユーウェインの目が節穴ではないなら、この男は不器用だ。嘘を平然と吐ける男ではないと思っている。故に彼の言葉を信じるなら、ニコールは所謂『取り替え子』という奴ではないだろうか。

 それならニコールが自分の体質を知らなくても無理はない――ように思う。ユーウェインは細い息を吐いた。安堵の溜め息だ。ニコールが故意に起こした事態なら罰さねばならなかった。そうならなかった事に安心したのである。尤も、だからと言って何もしない訳にはいかないのだが……。

 どうするかとユーウェインは悩んだ。しかし、魔女はそんな悩みをすっぱり切り捨てる。

 

「ユーウェインくんは彼を死なせたくないみたいだし、ボクからキミに提示できる解決策は一つだけだね」

「……それは?」

「彼に募兵の仕事をさせないで、ユーウェインくんが代わりをやるんだよ。あと彼を女のいるところに行かせないで、顔も見せず、大人しくさせておく事。アッシュトン一族で、魅了に掛かってる女の子達はボクが解呪しよう。スマートな解決はこれぐらいしかないんじゃない?」

「……こちらが謝るのは駄目か? 賠償は……」

「彼が殺されてもいいなら止めないよ? アッシュトン一族の事はボクも知ってるけど、彼らは北海を隔てた先にある国、デンマークから流れてきた古い血統だ。先祖は竜殺しの賢王ベオウルフだね。血の気の多さは血統書付きで、彼らの一族に限って古代ケルトの荒々しさにも似通ってる。そんな彼らの伴侶や恋人、意中の相手を惑わしてました――なんて言ってご覧? 絶対に血を見る事になるし、どんなに待遇が良くてもキミの下に付いて働こうとはしなくなるだろうね」

 

 それは困る。困るのだが……。

 

「別にそこまで気にしなくても良いんじゃない? 彼に悪意があったわけじゃないんだし、報いというなら何度もリンチされてるんだから赦されたっていいだろう?」

「……そう、だな。いやそうなのか……?」

「そういう事にしておきなって。負い目が出来てしまったって言うなら、その分彼らを手厚く用いて上げたらいい。清廉であるのはいい事だけど、極端から極端に走る相手に合わせてたら身が保たない」

「………」

「じゃ、そういう方向に話を持っていくから。解呪の方は任せておいてくれたまえ」

 

 煩悶するユーウェインを置いて、ガニエダは族長宅から出て行った。……彼女の言っている事は分かる。だが心には響かない。筋が通り、理屈も分かるが――ガニエダはどうでもよさそうだったからだ。

 アッシュトン一族の登用も、ニコールが知らずに起こしてしまった問題も、究極的には無関心極まりなかった。単にユーウェインが穏便に解決したがっていたから、そういうふうに話が纏まるように案を練っただけのように思える。つまりガニエダはユーウェインを中心に据えて物を考えたわけだ。

 

 ニコールはガニエダの後ろ姿を見詰めながらポツリと呟く。

 

「……なぁ、ユーちゃん」

「………」

「なんか滅茶苦茶好かれてるみてぇで結構な事だけどよ。オレ……アンブローズだっけ? アイツのこと苦手だわ。ぶっちゃけおっかない」

「……言うな」

「言わせてくれよ。アイツ、オレの顔見ねぇし。名前も呼ばねぇし。あからさまに無関心だぜ。ユーちゃんの事しか見えてねえし、見ようとも思ってないんじゃね? マジで怖ぇよ……」

 

 なるほど……と、思った。どうやらニコールは、ユーウェインと同じ感想を持ったらしい。ユーウェインもガニエダに恐ろしさを感じなくもなかった。しかしニコールの所感に完全に同意する気もない。

 彼女の好意の対象が自分であるからだ。そうでなければ、ユーウェインもニコールと完全に同意見だっただろう。だがガニエダが自分に好意を向けて来てくれているなら――悪い気はしなかった。

 

(――ガニエダは、可愛いのか?)

 

 ユーウェインはこの時、人の美醜を感じ取れない己の欠陥が、ひどく残念な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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