獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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28,黒歴史・葬り去られた醜態

 

 

 

 

 妖魔シーレーンを名乗る何者かは、自分が満足できる音楽を聞かせろと要求した。

 だが音楽と一口で言っても、その種別は様々である。歌唱、演奏の二つに大別しても、複数人で唄うか演奏するかで音楽はその色彩を変える。シーレーンとやらは音楽とだけ言ったらしく、ジャンルの指定はなかったらしいが、対象の好む音楽を探した方が賢明であると言える。

 しかし思うのだ。わざわざ付き合う義理はなかろう、と。シーレーンの下に乗り込み、恫喝してきた妖魔に退去を勧告して、従わなかった場合は討ち果たせばいいではないか。

 個人的には穏便な解決を望むが、王子としては国の体面を考え、舐めた事をされたら面子が損なわれる危険性を考慮し、迅速に武力を以って解決した方がいいと考えた。だが――

 

「駄目だ。音楽で挑まれたのなら、音楽で応じずしてなんとするか」

 

 妖魔シーレーンの件を聞き及んだモルガンが、ユーウェインの城の執務室にて告げた。

 城主は、ユーウェインである。故に席に着いているのは彼であり、その一室の客席に座し、優雅に紅茶を嗜むモルガンに決定権はない。ないが、ユーウェインはモルガンに頭が上がらなかった。

 敬愛する母である。モルガンが武力行使による解決に否を突き付けてきた事に、妖精騎士にして妖精王子は信じられない気持ちで呼ばわった。

 

「母上」

「そなたはブリテン人ではあっても、ケルトの流れを汲む王子であろう。ケルトの血を受けた王子たる者は、剣による挑戦へ剣で応じ、血を流すのは大いに結構である。だが音楽で挑まれた戦いに剣を持ち出すのは無粋極まろう。そうは思わんか?」

「……無粋か否かなどはどうでもよいでしょう。ウリエンスの民の静謐を乱す者は、全て斬り捨てるべき敵でしかない。敵は討ち果たし、我が国の武威を示す。それこそが求められる国の在り方というものです」

「道理ではあるな」

 

 ふふ、と可憐にして妖艶なる笑みを溢し。妖姫モルガンはカップを置くと、ユーウェインが母を饗す為に焼いたクッキーを摘み、ぱきり、と音を立てて割り口に含んだ。モルガンは機嫌良さげに甘味を堪能し、ちらりとユーウェインの背後に隠れているガニエダを一瞥した――気がする。

 モルガンは一度もガニエダに関心を払わなかった。まるで存在しないように彼女を無視している。ガニエダも、モルガンに対して警戒心と、得体の知れない畏怖を感じて震えていた。

 ユーウェインとしては困惑してしまう。二人の間に過去、確執が生まれるような何かがあったとは聞いていない。相手の存在そのものを黙殺するモルガンと、過剰に恐れるガニエダにどうしたものかと思う。

 思うが、今はそれよりも目先の問題だ。モルガンはちろりと舌を出して、指先についたクッキーの粕を舐め取ると悪戯っぽく微笑んだ。

 

「道理ではあっても、視野が狭いと言わざるを得ん。――ああ、いや……狭いのではなく()()()()()と言うべきか。近くのものを見るばかりではなく、物事を俯瞰しもっと遠くを見据えてみよ」

「……遠く、と言うと?」

「妾のイヴァン。此度の騒ぎを齎した妖魔の正体は、古代ギリシャを騒がせたセイレーンだ」

 

 さらりとシーレーンの正体を口にしたモルガンに、ユーウェインは首をひねる。

 なにゆえに妖魔の正体を看破できたのか、合点がいかなかったのだ。

 

「音楽を所望する嗜好、狂気をバラ撒く異能――これだけで正体は自ずと絞れよう。そなたであれば確かにセイレーン如き容易く斬り捨てられようが、ただ斬るだけでは芸がない。そう思わんか?」

「……話が見えません。国に仇なす者は討たれて然るべきだ。私は自らの感じるものが他者とズレていると自覚していますが、その点だけは共通した価値観だと思っていました。それがまさか……」

「間違ってはおらんよ。だがな、イヴァン。そなたのやろうとしている事を考えてもみよ。ブリテンの統一……叶うなら流血は最小限が望ましい。そうであろう? であるなら外交による統一が求められるが、その外交の席にどう着くかについて今のところ妙案はなかろう」

「………」

「まだ解らぬか? 知恵だけでは賄えぬ経験の不足だな」

 

 呆れたような、仕方のない子を見るような、慈しむ目に背中が痒くなる。ユーウェインは身じろぎしてモルガンを見据えた。目を逸らすと、照れてしまっている自分に気づかれてしまいそうだから。

 見栄を張り、虚勢を張る。ユーウェインがどういう事かと問うと、モルガンは言った。

 

「妖魔が絶賛した音楽……是非聞きたいと思う者は多かろう? 相手国の首脳としても招きたいという思いは生じる。社交界での話題が外交のチャンネルを開く切っ掛けとなるのは儘ある事よ」

「――そういうものですか?」

「そういうものだ。忘れてはならんのは、我らはブリテン勢力だという事よ。纏まりはなくとも同じ国である。ならば、特別な理由がなくとも交流を持つこと自体は難しくはない。故に気にかけるべきなのは()()()()()()()()だ。仕方なく出向いてやるのか、是非来て欲しいと()()()()()()。或いは向こうから訪ねさせるか……これだけで違いはあろう」

 

 言われてみたら確かにと思う。目から竜鱗とはこの事だ。

 ユーウェインの発想では、真摯に説けば理解は能う……外敵を前に挙国一致して当たるのは当然だろう、などと頭のどこかで考えていた程度だった。が、それは如何にも武骨極まりない。

 優美さや体面、芸能に関して飢え、自身を衣服や風評で着飾る貴族、豪族や王族などは山のようにいるだろう。彼らの寵愛する姫や妃、愛人が音楽を聞きたいとねだれば、或いは私欲にかまける者も釣れる。

 同じブリテン人、しかもアングロ・サクソンという外敵がいるのだから、纏まる為に必要なのは切っ掛けであるとの論は理解可能だ。その切っ掛けの一つとする手札を増やすというならば、此度の騒ぎも利用できなくはないのかもしれない。ユーウェインは納得して頷き提案する。

 

「では早速ドルイドの詩人を招きましょう。その道の練達を募り――」

「馬鹿め。それでは駄目だ」

 

 ユーウェインの提案が即座に棄却される。

 悄然と肩を落とす愛息に、やれやれと嘆息したモルガンは更に説いた。

 

「挑まれたのはウリエンスであろう。ならばこの国の者が受けて立つのが筋である。そしてそれはウリエンスの次期王にして、諸国の旗頭にならんとするそなたでなければならぬよ」

「………」

「……さてはイヴァン。妾のイヴァンよ。そなた……逃げようとしておるな」

 

 図星である。

 黙り込むユーウェインに、モルガンは再び嘆息した。

 頭が痛そうにこめかみを揉み、妖姫は駄々をこねる幼子へ、噛んで含めるような柔和な声音で理屈を並べた。どうあってもユーウェインの逃げ道を完全に封鎖するために。

 

「この国には絶対のカリスマが不可欠である。それは分かるな?」

「………」

「人を束ねる旗が必要なのだ。仰ぐべき王が求められておる。王が芸に長ける必要は本来無いが、ここで得られるのは名声であろう。全ての功績はそなたの下にあらねばならん。故にそなたがやるのだ」

「……母上」

「うん。なんだ、申してみよ」

「母上。私は……その、なんと言いますか……」

 

 難色を示すユーウェインに、モルガンは首を傾げる。

 道理、理屈を説けばこれまでは素直に頷いたのだ。であるのに何をこうも渋る。意味が解らずにモルガンは愛息の言葉を待った。

 ややあってユーウェインは言い辛そうに告げる。恥ずかしさから、微かに赤面しながら。

 

「……私は、音痴なのです」

「………?」

「私は音痴なのです。リリィを連れ帰っている最中、鼻歌を唄うとリリィは泣きました」

「泣いた」

「はい」

「……ペンドラゴンの娘ともあろう者が? 短いながらも妾の薫陶を受けた、仮にも妾の弟子であったあの娘が」

「はい。そしてアッシュトン一族登用の段、気楽な一人旅のさなか、気儘に唄うと蹴られました」

「蹴られた」

「はい」

「……誰に?」

「ラムレイです」

「ラムレイ」

「はい。ちなみにキャスパリーグは気絶しておりました」

「……………」

 

 さしものモルガンも、理解するのに数瞬の間を要した。

 リリィ。ラムレイ。……キャスパリーグ?

 キャスパリーグとは、あのキャスパリーグだろうか。

 キャスパリーグが、気絶した……?

 ……。

 ………。

 …………。

 賢明なる我が子も、子供らしい側面があるらしい。モルガンは微笑んだ。

 彼女はユーウェインの肉体を知悉している。当然だ、設計したのは己で、改造したのも己なのだから。知らない部位は存在しない。故に有り得ないのだ、ユーウェインの声質は最上なのだから。

 であるからこそモルガンは結論したのである。ユーウェインは、苦手意識のある事柄から逃げるために、事実を大いに歪め話を誇張し盛っているのだと。そこまで嫌かと思うと微笑ましくて仕方ない。

 子供らしい面を見せられて、煩わしく思うような母ではなかった。

 

 モルガンは知らない。識らない。

 

 自らの施した改造が、()()()()()()()ユーウェインの音楽性のベクトルを、かなり頓珍漢な方へ捻れさせ研ぎ澄ませてしまった事を。

 もしも知っていたなら、この後の悲劇は防げていただろうに……。

 

「うん。人間誰しも失敗の一つや二つはあろう」

 

 モルガンは優しく言った。

 

「だが克服できぬ事などない。練習を重ねればイヴァンとて必ず上手くなる。妾が保証しよう」

「……そうですか?」

 

 ユーウェインはモルガンを信頼している。故に自分に自信が持てなくとも、モルガンの言葉は大いに慰めとなり、根拠のない自信となった。

 ――この時点で彼の懐から白い獣が立ち去った。気配もなく、音もなく、速やかかつ迅速なる離脱。まさに脱兎、全力の逃走。人類悪としての力すら用いた全霊の逃亡であり、神懸かり的にユーウェインはおろか、ガニエダやモルガンすらその逃走に気づけないほどだった。

 そう、この時のキャスパリーグは文字通り死力を尽くしたのである。

 

「そなたは我が愛し子。できぬ事はあろう、しかし歌は上手くなれるはずよ。なにせそなたの声は耳触りが良い。妾も歌は堪能だ。妾の血を引くそなたが下手なままであるはずがない」

「……言われてみると確かに。母上、是非この私にご教授ください……!」

「よかろう。ふふふ……楽しくなってきた」

 

 おだてられ、段々その気になってきたユーウェインである。

 ――この時動物の本能が働いたのか、厩にいたラムレイが柵を破壊し駆け出した。誰にも止められない。並の騎士では到底。王子の愛馬が逃げたと厩の管理人が青褪めた。首が跳ぶ未来を幻視したのだ。

 ラムレイは逃げた。遠く、遠くへ。死にたくない一心で逃げた。万夫不当の名馬は、この時ばかりは主人への忠誠と友情を忘れたのである。

 

「どれ。今のイヴァンがどの程度の歌唱力を具えておるか見てやるとしよう。ついて参れ、ここで唄うのは些か雅さに欠けるというものだ」

「はい。……ところで――アンブローズはどうなさいますか」

「うん? アンブローズ……? 誰だそれは。そんな者、妾は知らんなぁ。見えぬ聞こえぬ、そんな者はこの世におらぬ」

 

 さらりと自然に気になっていた事へ探りを入れると、確執の根の深さを知ったユーウェインである。何をしたらこんなに嫌われるのだと魔女を見るも、とうのガニエダは青年の背中に隠れたままだ。

 よっぽどモルガンが怖いらしい。今の自分では太刀打ちできないと解りきっていて、ユーウェインの傍を離れた瞬間に死ぬと確信しているのである。ガニエダはまだ死にたくないと、心から()()()()()故の逃避であった。

 

 ユーウェインとしては、母にガニエダの呪いを解いてもらえばいいと思ったのだが。どうやらそちらも一筋縄ではいきそうにない。後でダメ元で頼んではみるが、この様子だと返答は決まっていそうだ。

 地道にやっていこう。母は寛大だが、恨みは忘れない質だ。慎重にガニエダとの確執を聞き解決の為に尽力しよう。和解させるのである。難しいだろうが諦める理由はない。

 

 敬愛する母の後に続き、テラスに出る。外の空気が清々しい。城内を一望できる高所だ。

 

「手本を見せよう。まずは妾の唄を聞き、どのように唄うかを見るがよい」

「何を唄うのですか?」

「そうさな……うん。妾が嘗て愛した男の詩だ。……そなたには悪いがウリエンス王ゴールの事ではない。妾はそなたの父は愛しておらんからな」

「拝聴します」

 

 ユーウェインの父を愛していないという発言には思うところはない。そんな事は知っているし、貴種の婚姻に愛がないのは珍しい話ではなかった。しかしそれを息子に言うのはどうなんだとは思う。

 だが個人的に、母が愛した男の詩というのは気になる。

 愛息の期待の眼差しに、モルガンの自尊心は満たされ、同時に刺激された。愛息に下手な詩は聞かせられぬと発奮し、妖姫は密かに魔術を行使する。大人気なく本気の大魔術だ。

 小さく声を伸ばして喉の調子を整え、モルガンは目を閉じる。そして彼女は唱えた。

 高速神言を修めている妖精モルガンの呪文詠唱は、壮麗にして美麗、戦乙女の猛々しさを宿すが、その歌声は過去を偲び懐かしむ色彩も込められていた。勇壮な魔力の籠もった歌声が城下に響き渡る。

 

 

 

Cosantóir(コサントール) tragóideach(トラゴエディア)(悲惨な守護者よ)

 

Fuil(フイル) dhiaga(デヒアガ) (ルー)(ルーの神聖なる血脈よ)

 

Finscéal(フインシアル) an() Chú(クー)(猛犬の伝説)

 

Cosantóir(コサントール) tragóideach(トラゴエディア)(悲惨な守護者よ)

 

Fuil(フイル) dhiaga(デヒアガ) (ルー)(ルーの神聖なる血脈よ)

 

Currach(クラッハ) lán(ラン) le() fiúnach(フィウナッハ)(憤怒に満ちた器)

 

Finscéal(フインシアル) an() Chú(クー)(猛犬の伝説)

 

 

 

「――――」

 

 聞き惚れる美声であった。

 酔い痴れる歌声であった。

 込められた情念が心を震動させ、詩を通して嘗てモルガン(モリガン)の見た情景が目に浮かぶ。

 猛き赤枝の騎士、その姿。呪いの朱槍を引っ提げた伝説の英雄の肖像。

 それが、視えて。束の間、ユーウェインは自失する。

 

「どうであった?」

 

 振り向いた母は、照れ臭そうな貌をしていた。

 それは少女のような笑み。

 在りし日の己の未熟を恥じつつも、輝ける日々を思い返した誇らしげな貌。

 母の歌声を聞いた城下の騎士、民達も立ち止まり、勇敢なる英雄の姿に思いを馳せている。

 ――ささやかな、欲。顕示欲。

 英雄を唄うなら、その姿ぐらいは知らしめたいという、戦女神モリガンの神核が呪文を詩にして唱えさせたのだ。本来はもっと別の――それこそ決戦魔術に等しい力を秘めているが、今回は単なる詩にした。

 ユーウェインは手を打つ。拍手だ。無意識である、母を絶賛した。言葉もなく賛辞を送る他にない感動した様に、モルガンは非常に珍しく赤面して手を左右に振る。

 

「よい、よい。やめよ。……まったく、慣れぬ事はするものではないな」

「……母上。貴女は本当に多才だ。武技をはじめ、ありとあらゆる事象に通じた万能の御方と心得ていましたが、私の想像を遥かに超えている。如何なる賛辞も陳腐に堕ちる、故にただ敬服の念を示す他にない」

「だから、やめよと言ったであろうがっ」

 

 いよいよ羞恥に耐え切れなくなったようにモルガンはユーウェインをせっついた。

 

「手本は見せたぞ。そなたは何を唄う?」

「……では、母上を讃える詩を」

「そ、そなたは……全く。本人を前によくもまあぬけぬけと……仕方ないから聞いてやろう」

 

 コホンと咳払い。

 妖姫の歌声は、まさに悪魔的なまでに麗しかった。

 母と同等の、ましてやそれ以上の詩など唄える訳がないのは解っている。

 だがユーウェインは感動したのだ。母のように唄いたいと思うほどに。

 素直に敬愛する母の事を唄おう。モルガンが期待を孕んだ目で見てくれている。

 この期待に応えずして何が息子か。ユーウェインは張り切った。

 

 張り切って、しまった……。

 

 スゥ、と息を吸う。――感動と敬愛を表現する為に大きな声で唄う為に。巨人の因子を有する、怪力無双たる肉体の性能をフルに活用した。

 スゥゥ、と息を吸い続ける。――息継ぎのタイミングがいまいちよく分からない為、一息に唄い続けられるように。恵まれた美声に力強さを込め、天まで届けとばかりに。

 

 そして、ユーウェインは、

 

 地獄の釜を開いた。

 

 

 

 

 

 

 悲鳴。

 

「キィャアアアア」「ひぃぃいいっひひひ」「ぐぃいいい」「がああああ」「うわわわわわわわっらららひひふふぐるるるふふは」

 

 城が、震えている。天地が、鳴動している。人が、人々が苦悶している。

 

 恵まれた声質が巨人の因子に破壊され、本人の具えていた致命的な音痴的感性が極限まで増幅・肥大化し、冒涜的で外宇宙の狂気を呼び込むが如き有様が表現される。一方、ユーウェインだけは段々とノリ始めた。周囲の反応で自身の下手さを自覚していたのに、自分でも上手くなれると太鼓判を押され自信を持ってしまったからだ。

 

 ――数百年前のローマの暴君がスタンディングオベーションし、その声量と美声に負けたと感動する恐怖の詩。げに恐ろしきは神造英雄の肺活量と圧倒的声量だ。

 

 途絶えない。途切れない。狂気をばら撒く凶器の歌声が鳴り止まない。地獄の底から伸びた手が肛門に侵入し奥歯をガタガタ言わせるが如き悍ましさ。意識が遠のく。耳が腐る。寧ろ壊死する。そんな錯誤に見舞われるのに、声自体は良いという矛盾に吐き気がして堪らない。

 

 城下の騎士が。下男が、下女が、商人、詩人、鍛冶屋――全ての人々が泡を吹いて倒れる。ガニエダはとっくに気絶していた。空を飛んでいた鳥が失墜し、草木が萎れ、風が湿った――気がする惨禍。

 

 

 

 

 

 

「La――ッッッ!」

 

 震えながら、モルガンが立ち上がる。品も何もかも投げ捨て気合一閃、なんとか呪詛に等しい肉声の濁流を迎え撃ち、在りし日の戦女神の如く渾身の一撃を愚息に叩きつけた。グーで。

 

「ぐはっ」

 

 グーパンチである。モルガン、会心の一撃。

 ユーウェインは過去最大の衝撃を受け吹き飛んだ。肉体的にも精神的にも特大の衝撃だったのだ。城の最上階から落下していき、母に殴られたショックで呆然としたまま地上に倒れてしまう。

 肩で息をするモルガンは、愛息に手を上げてしまった事実を認識する間もなく吐き捨てた。

 

「もう、二度と唄うな……ッ!」

 

 モルガンは匙を投げた。ユーウェインの音痴改善を諦めたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――後にモルガンの全力の隠蔽工作により、あの悪魔の詩は妖魔シーレーンの仕業であるとされた。半年後の音楽が期待はずれだったら、もう一度あの歌を響き渡らせるという恫喝だったのだ、と。

 果たしてシーレーンは人々に恐れられた。あれは確かに狂気をばら撒く。もう二度と聞きたくない。あんな悍しき冒涜的な歌を聞くぐらいなら死ぬとまで言い切る騎士も居た。

 母にグーパンされ落ち込むユーウェインは、更に気を落としたが、誰も慰めなかった。

 

「……歌は、駄目だ。……やむをえまい、未来視(カンニング)して、未来の楽器でも作ってやるとしよう。絵になる楽器の演奏をさせればよい」

 

 モルガンは即座に方針を変えた。無理なものは無理なのだと理解したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




そうして歴史的偉業が成し遂げられた(モルガンの隠蔽工作)

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