獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです 作:飴玉鉛
ちょっとした幕間。同じ味付けばかりだと芸がないので、趣向を変えてみた回です。お楽しみいただけたら幸いです。
ガニエダは、目を開けたまま気絶していた。
――意識がない。立ったまま自失し、一種の放心状態に陥っている。
眠れない彼女が休めているなら、ユーウェインも少しは自分を慰められていただろう。しかしこれは違う。ガニエダは単に脳へ入力される
結果的に気絶しているように見えるだけで、ガニエダは眠っていない。気絶していない。花の魔女の自意識が復旧するまでの間、彼女は呆然と虚空を見詰める廃人状態であった。
「流石のボクも死ぬかと思ったよ」
再起動したガニエダは苦笑してそう言った。
エキセントリックな歌だったね、と。
その様子が殊の外、気にしていないように視えて。ユーウェインは恐る恐る訊ねたものだ。
「お、俺の歌は……どう、だった?」
「控えめに言って汚物で煮詰めた下水を耳から流し込まれてるみたいだった。――あ、あ、そんな落ち込まないでよ! でもさ、事実はきちんと伝えておかないと……だからゴメンって言ってるだろ!?」
キレ気味な謝罪。ガニエダがユーウェインを相手にこうまで感情的になっている奇跡が王子に誓わせた。もう……俺は二度と歌わん……! と。モルガンに殴られた王子の心はボロボロだったのだ。
――心で泣くユーウェインをよそに。
妖姫と渾名されるモルガン・ル・フェイは今――未来視を敢行していた。
数秒先、数分先、数時間先などという次元ではない。千数百年もの未来を視ている。
――純然たる人の身であれば、過去や現在、未来を見渡す千里眼の力は稀少であろう。しかしえてして強力な神核を有する者は、当たり前のように時の果てを覗き視る眼力を有しているものだ。
ギリシャ神話で有名なものは太陽神アポロンであろう。しかし彼の他にも予言や未来視の力を具えた神性は存在し、人の身であっても予言の力を保有する者は数多居た。そしてそれはケルトでも同様。彼の影の国の女王をはじめ、予言や未来視の力の持ち主は当たり前のように在った。
だが彼らを以てしても未来は変えられない。人理が強固に定まる未来は多くの神々にとって忌避するものではなかったのもあるし、運命とは定まっているものだ。下手に干渉しようものなら剪定事象として、自らのいる世界線が切り落とされる事を識っていたのである。
戦女神として旧きエリンに君臨した、ブリテンの妖姫もまた未来を視る力を具えている。彼女はやがて来たる終焉を知り得ていたし、それに抗う術などない事は百も承知だった。モルガンにとって愛する息子のいる世界が剪定される事など許容できるはずもなく、故に運命に抗うつもりは皆無である。定まった人理に仇なしても徒労ばかり積み重なるのだ。抑止の尖兵の相手など御免蒙りたいのはモルガンだけではない。
が、それはそれ、これはこれである。
くどいようだがモルガンは戦の勝敗を決定づける、因果を操りし女神の神核保有者だ。戦とは如何にして相手の弱点を突くかを基本とする……故に法則や理の間隙を縫うのは得意とする分野だった。
何をしてはいけないのか、どういう類いが人理に抵触し、抑止力が働くのかをモルガンは熟知している。否、モルガンでなくとも知悉している者は多いだろう。気にするか、気にしないかの違いだ。基本的に目的を達するためなら手段を選ばない魔術師という人種ほど熟知するものなのだから。
そうしてモルガンは時の果てまで覗き込み、探した。
無論、材質は異なる。現在の技術では材料一つとっても製造は不可能。だが異なる物質を塗り替え、偽装し、真作のそれへと置き換えるのは、モルガンの魔術を以てすれば容易い事であった。彼女は額に汗して楽器を作成し、なぜ自分がこんな事をしているのか自問しつつ制作を完了する。
「……
満足げに頷いたモルガンは、
そうして未知なる楽器を目に訝しむ愛息に渡し、弾き方を教えてみると、愛息はぎこちなくも辛うじて音を鳴らせた。
モルガンは発作的にユーウェインを小突く。
「は、母上……?」
「どうしてそなたは……ああ、いや、言うまい。言えば妾も泣きたくなる」
はじめて感じる情動。悲しいやら虚しいやら、目頭が熱くなるモルガンである。
あの悪魔的な音痴ぶりは、妖姫をして匙を投げるしかなかったものだ。てっきり音楽的才能が皆無なのかと懸念したものだが、どうやら楽器に関しては人並み程度には弾けるらしい事が解り安堵する。
モルガンはユーウェインへ不眠の加護を貸し与える事にした。普通に練習したのでは、半年で妖魔シーレーンを満足させられる域に届くはずもなかったからだ。寝る間もなく練習を続けさせ、モルガンが教師になればなんとかなる。努力次第と言えるが努力家な愛息であれば問題ない。
一瞬。そう、一瞬だけあの歌を兵器として運用させる事も考えてはみたが、それは流石に絵面が悪すぎる。あんなものを衆目に晒せば人心は離れ、悪しき者として討つべしとの声が上がるだろう。
残念ながらモルガンにその想定は否定できなかった。今思い出しても、あれはまさしく邪神のそれだったのだ。迷信深いこの時代、あの域の音痴は悪しきモノに魅入られた輩にしか人は見ない。
断じて。断じてユーウェインへ悪の烙印を押させるわけにはいかない。やはり歌は封印するのが正解だ。愛息の音痴は歴史の闇に葬り去り、日の目を見させてはならないと使命感を懐く。
「頼むからもう唄うでないぞ、妾のイヴァンよ。母としての一生のお願いだ」
「……はい」
切なる懇願はガニエダの本音とも合わさり、ユーウェインの心を深く傷つけたのであった。
† † † † † † † †
西暦202■年、某所
† † † † † † † †
騎士道の開祖にして最高の騎士と謳われるユーウェイン。
彼の生涯を語るなら、絶対に欠かせない存在として挙げられるのは彼の母親でしょう。
彼女は陰に日向にユーウェインを助け、数多ある彼の逸話に於いて度々大きな役どころを担う事になったといいます。もしモルガンが動かなかったら、些か地味な結末を迎えた伝承も多かったとか。
その最たる例として挙げられるのが、ユーウェインの七つの偉業に数えられる、二つ目の伝説です。一つ目が後世の騎士や現代の紳士の思想に大きな影響を与えた【騎士道の開花】である事は余りに有名ですが、二つ目の偉業もまた同等の知名度を現代まで伝えています。
何故でしょう? 某大学教授に話を聞いてみました。
「――そりゃあ決まっているよ、君。なんたって当時だと作れるはずもないオーパーツを彼女は作り上げ、ユーウェインが演奏したと言われる楽器が現代まで残ってるんだから」
老紳士である彼は、常識を説くように語ります。
事実、常識でした。しかし敢えてわたしは知らないフリをします。
「歴史上だと割とありがちなんだがね、後世の捏造やらなんやらは当たり前のように存在するものなのだよ。だから……そうだねぇ、西暦1500年代までは彼の伝説も多くが作り話なのではないかと言われていたぐらいだ。ユーウェインのモデルになった人物は歴史上にいたのだろうけど、まさか彼が実在したなんて考えてた連中は一人も居なかったはず。だがその固定観念は粉砕された。何故かって? さっきも言ったが、オーパーツが発掘されたからだよ」
オーパーツとは?
「ずばり――
ヴァイオリンだよ」
ヴァイオリン。
それが……なぜオーパーツなのですか?
「ヴァイオリンは擦弦楽器に分類される。その先祖と言えるものはアラビアのラバーブ、フランスやスペインで広く親しまれたレベックなどだ。だがね、このヴァイオリンは先祖とされるそれらや、親戚とも言える東方の二胡や馬頭琴と比しても異様な楽器なのだよ」
異様……ですか?
「ヴァイオリンは
それは凄まじい。
「1500年代の天才アンドレア・アマティとガスパロ・ディ・ベルトロッティの二人がヴァイオリン最初期の製作者だ。だが彼らがヴァイオリンを作り上げた後に驚くべき発見があった。自分達が作り上げた作品によく似た物が、とある遺跡から出土されたのだ。その発表を知った二人は驚愕したらしいよ。なんと五世紀頃の物と思われる遺物として、
…………。
「言葉も出ないだろう? 信じられない思いだろう? 五世紀といえば中世初期、とてもじゃないがヴァイオリンなんて作れる技術的下地は皆無。最早オーパーツとしか言い様がない。
アマティ氏とベルトロッティ氏はこの発見に驚嘆したらしくてね、以後ユーウェインの伝説を多少の脚色はあれ、現実にあったものだとして信じ込んでしまった。
無理もない話だ。オーパーツの発掘――それにより当時の文献の見直しがされたのもその頃だよ。もしや騎士王伝説は実話だったのではないかと。――ああ、そんな筈がないのは皆分かっていた。魔法やら精霊やらが現実に居たはずはない。が、話の大筋に沿う形では史実だったのではないかという疑いがあった。それほどまでに驚くべき発見だったのだ。君もそんな気がするだろう?」
……ええ。教科書で習っただけだと、そういうもの、という程度の認識でしたが。
教授の話を聞くと、歴史の不思議に思いを馳せてしまいたくなります。
「浪漫のある話だ。中世頃のイングランド……ああ、ブリテンの歴史は今も議論の的だ。あやふやな歴史のどこが正しく、何が誤りだったのか、学者達は今日も議論の場で意見を戦わせている。彼らは騎士王伝説の熱烈なファンである者も、そうでない者も、ユーウェインは実在したと断定しているのさ。ヴァイオリンの発掘に関連付けられて、
……それはもしかして、ウリエンス国があったとされる地の……?
「そう。……あー、ウリエンス国、と言われているが、実はゴール国というのが正しいとする説もある。ユーウェインの前のウリエンス国王はゴール王であるとされてるが、『ゴール国のウリエンス王』が正しいとする学説だね。表記揺れだの誤記だの言われてるが……まあそれはいい。
伝説上でユーウェインが丘の上の祭壇で妖魔に演奏を聴かせたあの一場面。ユーウェインの伝説の、二つ目。【音楽文化の開花】の事だね。彼のアレで、最も雅な文化として音楽が一気に台頭した。実際五世紀頃から音楽は盛んになり始めたようで、当時の歴史に関連付け騎士王伝説の一節を盛り上げる為に、後世の劇作家が紐付けただけと見做されていたが――本当にユーウェインが音楽文化の開花を成し遂げた事が明らかになったというわけさ」
騎士道の開花に続き、音楽文化の開花、ですか。
改めて聞くと、途方もないスケールですね。
「だろう。基督教でも彼の扱いは別格だよ。ミカエルとラファエルが直々に降臨して昇天を誘ったと言われ、基督教は早期から彼を聖人に列していたほどだからね。あの百年戦争の乙女、ジャンヌ・ダルクさえ啓示で声しか聞けなかったというのだから破格と言っていい」
とうの本人は熱心な信仰心を持っていなかった、と言われていますが?
「おや、それは初耳だ……ともあれ、それはわたしの触れるべき話ではない。話を戻すと、当初ユーウェインは妖魔の要求を聞かず、自ら妖魔のもとへ乗り込み退治してしまおうとしていたようだ。だが彼の母がそれを止めた。音楽で挑まれたのなら、音楽で応じるべきだろう――とね。なかなか愉快な御母堂だと思わないかい? そんなわけで実在したかはともかく、モルガンはユーウェインの為に楽器を作った。それが――」
ヴァイオリン、と。
「その通り。彼女がいなかったら音楽文化は開花しなかった。妖魔は最高の騎士であるユーウェインに斬られておしまいだったろう。ほら、どこにでもありがちで、実に地味な結末じゃないか? モルガンがいたから派手になった伝承の最たる例、という話にも頷けるというものだ」
なるほど。面白い話です。
……ぁ、どうやら時間が来たようですね。
本日はお忙しい中、急な取材に応じて頂きありがとうございました。
「いや、わたしも楽しい時間を過ごせたよ。此処だけの話、わたしは熱心な騎士王伝説の信奉者でね。時間が赦してくれるなら、本当はもっと語って語って語り明かしたいほどさ。それではね――
――ミス・キリエライト。」
感想全て目を通して一喜一憂しております。ありがとうございます。
返信が滞りまくってますが、話を書く方に集中してまして、返信なかなかできず申し訳ありません。
それと、たくさんの評価もありがとうございました。気が付けば総合評価が12000点超えてまして……わたくしのやる気の元となっています。本当に、ありがとうございました。