獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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二年後――までのダイジェスト&新章的なプロローグ(約1万字)

現状、ユーウェイン最大の味方にして最高の理解者モルガン。
最大で最高とか実質メインヒロインじゃよ(迷言)

感想評価たくさんください♡




32,嵐の前の静けさ

 

 

 

 

 

「――時間が足りない」

 

 切実に溢したのは、掛け値なしの本音である。

 

 不眠の加護は取り上げられた故に、疲れたら普通に眠くなるし、眠らねば死ぬ。あれは実に有為な加護であったのにと惜しむユーウェインは確実に――疲弊していた。

 妖姫モルガンは呆れてしまう。だが気持ちは理解できた。ユーウェインは母には負けておれぬと奮起し、誰よりも勤勉かつ病的に働いていたのだから。

 公衆トイレや大浴場の建設と設置、下水システムの構築、それに伴った法整備、魔獣家畜化計画の推移の確認、ガニエダを講師としてアングロ・サクソンの言語学習――

 時が足りぬと嘆くのも無理からぬ話だ。

 

 この苦境を打破する為に必要となったもの――それは文字である。

 

 ユーウェインは文字をブリテン勢力に浸透させようとするも難航しているのが現状だ。ブリテン人は文字の記録を作らない――それはケルト文化の弊害である。口伝による伝承を尊ぶドルイドが邪魔だ。

 ユーウェインは激怒した、文書による記録がないのにどうやって物資の管理をしているのかと。全てどんぶり勘定をしている……几帳面なユーウェインには耐えられない文化であった。

 

「文字を覚えろ! この際ローマ字だろうがなんでも良い――なに? ローマ字の参考文献もない? ……とにかく文字だ! 記録を作れ! ……あ? ドルイドが邪魔をする? そんなもの必要ない?

 ふざけているのか貴様らブチ殺すぞ! 邪魔立てするなら冗談抜きで粛清も辞さん!

 ……私の悪評を唄う? それは私を脅しているつもりか? 上等だ、クー・フーリンを死に追いやった手段で私を破滅させようなど片腹痛い! それが光の御子に通用したのは、彼が詩人に逆らわぬ誓約を結んだ戦士だからだろう。私は戦士以前に王にならんとする身、そんな脅しが私にも通じると思ったなら愚かに過ぎる。その傲慢を死で償わせてやろうか、ああ?!」

 

 温厚な王子が明確に激怒したと伝えられるのは、片手の指で数えられる程度だという。

 その内の一つが、せめて公職に就く者達にだけでも字を覚えさせようと働きかけた彼に、ドルイドの詩人が文句を付けて来た時だ。彼らにはケルト系の王子が逆らう訳がないという固定観念があったのだろう。

 だがこの世の常識が通用する精神性の持ち主ではない。ドルイドや宗教を敵に回すデメリットと、文字の普及によるメリットを秤に掛け、断然後者の方の比重が重いとなれば迷わなかった。

 

 ユーウェインはニコールとガニエダに命じた。ドルイド神官に身を扮し詩を吟じろと。もうすぐ栄光ある者の名を貶めようとする偽りのドルイドが現れると予言して回れ、と。

 まさに神をも恐れぬ所業である。普通の精神性の持ち主なら従えない。だがガニエダは彼の意図を汲み取りあっさり首肯し、ニコールもまた政治に宗教が噛むのは宜しくないとして賛同してくれた。

 対策は――ちんけだが、これだけでよい。これまでの積み重ねがユーウェインを助けてくれることだろう。これを機に黒太子は全力でケルト文化の改革にも乗り出していき、電撃的に解決する。

 神聖だろうが崇高だろうが悪しき伝統など打ち捨てろ! この言葉をスローガンにユーウェインはアングロ・サクソンの文字をベースにして『ケルト語』を生み出した。地味で派手さの欠片もないが――さりげなく七つの偉業の一つに数えられる【英語の原型(ベース)作成】だ。

 

 彼は文字の必要性を口癖のように説き、なんとか文官達に勉強させた。記録を作る事、記録なくして歴史なし。戦争も政治も文化も何もかも、文字を扱えずして文明人は名乗れないと訴えて。

 ついでに古代ギリシアの記譜法――文字譜――楽譜の存在も取り沙汰した。

 発想としては音楽ブームを利用し、民間の者達も文字さえ覚えれば、後世に自分の作曲した音楽を遺せると囃し立てたのだ。併せてケルト系の起源を持つ身としては信じがたい事に、彼は一部のケルト文化の規制を敢行する。ずばり人を生贄にする祭事を禁じたのだ。

 これを受けてドルイドはユーウェインに反発、神聖な儀式を妨げるとは何事だと憤った一部の過激派がフォーローザ城を襲撃するまでに至る。これは反撃の大義名分を欲したユーウェインの策だ。どんな言い分があっても先に武力を用いた相手が悪いと言い張る為の挑発である。果たしてドルイドは自らまな板の上に登る事となった。

 

 城を襲撃したドルイドは仲間達と力を合わせ、『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』を召喚した。

 

 ウィッカーマン――それは巨人型の檻であり、人身御供として収めた人や家畜を燃やし神への供物とするもの。ユーウェインはこれを()()()()()()()()()()()し、可燃ゴミを不法投棄したドルイド神官への攻撃を開始。容赦なくベルセルクル騎士団を投入して彼らの弾圧に武力を行使した。

 ユーウェインの狙いは、政教分離だ。政治にも深く関わる宗教の教義が邪魔で邪魔で仕方なかったのである。故に苛烈と謗られようと、攻撃の口実を与えてもらえたとなれば容赦する理由がない。

 ドルイド達は大いに慌て、各地でユーウェインの悪行を唄ったが――無駄であった。ユーウェインは既に最高の騎士の名声を不動のものとしていた上に、彼の成した業績に惹かれた人々は、自分の音楽を後世に遺せるという誘惑に駆られていたのだから。付け加えるなら――元々彼の名声を高める一助となっていたのは、ドルイドが吟遊詩人としてユーウェインの活躍を唄っていたからである。それが掌を返してしまえば白眼視されるのは当然だった。

 更に、事前にニコールとガニエダに噂を立てさせていたのが決定打である。栄光ある者の名を貶めようとする、偽りのドルイドが現れるという噂だ。彼らは偽物として忌み嫌われるようになった。

 

 誰も、ドルイドの詩を重んじなくなりつつある。

 

 ドルイドは時流に逆らっても敗北する事を予見した。彼らの中に馬鹿はいても全員が馬鹿とは限らない。対立した相手が神聖不可侵のドルイドであっても利用する、古のメイヴに等しいと判断したのだ。

 彼らはまだ傷が浅い内にユーウェインへ全面降伏を申し出る。ユーウェインは彼らに認めさせた。文字を普及させる事を。ひいては彼らにも文字を人々に教えて回る事を約束させ和解した。

 ――この時、ドルイドは予言する。『神への供物が捧げられなくなれば、旧き神々はお怒りになるだろう』と。

 ユーウェインはこれに対して喝破した。『人の命を欲し、人の肉を食する神性など敬う謂れ無し! もし貴様らが神に会えたなら伝えておけ。勇あらばまずこの私を食いに来いと。この私を避けるのであれば、満天下のいずれに在ろうとユーウェインの侮蔑を免れぬと知れ!』と。

 

 

 

 果たして現存する僅かなケルトの神霊は、久方ぶりに沸き立つ血潮に猛り、この挑戦を受けて立つ事になるのだが――それはもう少し先の話となる。

 

 

 

 さておき、文字である。ユーウェインはケルト文字、ケルト語と雑に名付けたが、これは後年の英語の祖語となる。ここではないどこかの世界線で、本来英語のベースになるのはアングロ・サクソンの言語であり、それを古英語と言うのだが、この世界線の古英語のベースとなるのがケルト語だ。アングロ・サクソンの文字を彼なりに覚え易いよう()()()()物であり、世界の境を跨いでも文字に違いは殆どない。

 ユーウェインはケルト文字を開発――という名の流用――をする一方で、別の事も企図していた。アングロ・サクソンとの対立と対決は避けられないが、どちらかが絶滅するまで戦い続ける訳にもいかない。いずれ和平を結ぶことになるが、その時の為に互いがコミュニケーションを取れる土台として文字が必要になると思ったのだ。バカ正直にアングロ・サクソンの文字を覚えろと言われて乗り気になるブリテン人などいない――故にこその措置であった。

 

 そしてユーウェインは多忙だ。いつまでも文字の普及に携わってばかりもおれず、ケルト語・ケルト文字を広める仕事を()()()()()()()()()()()丸投げした。

 

 あらかじめ物覚えの良い、知識欲の高い相手を見繕った後、文字を早期に覚えた令嬢を伴って社交界に顔を出し、博識なる美しき令嬢を豪族や騎士達に紹介したのだ。

 自身の名声の高さを利用し、あのユーウェインが絶賛する令嬢という看板を与え、彼女の教養深さを知らしめるという題目で教鞭を執らせて文字の学習をさせたのである。文字を操れる事が高貴なる者の最低基準であるとの風潮を、令嬢が作曲した――という名目の――文字譜を見せびらかして作り上げたのである。流行に乗り遅れまいと音楽に熱を上げている者達は挙って文字の習得に励み出し……後は豪族を中心に勝手に文字を身に着けていってくれるだろう。

 

 そうして、瞬く間に激動の二年が過ぎ去った。

 

 十八歳となったユーウェインは、背が伸び、括った白髪にも艶が出て、琥珀の双眸はゾッとするほどの色香を醸すようになっていた。手足はすらりと長く――それでいて肉食獣のように逞しい。二十歳を超えれば更に頑健になり威厳豊かな偉丈夫となる事だろう。

 

 二年をかけて漸く自らのフォーローザ城の整備が完了した。糞尿塗れだった往来には塵一つなく、フケや垢に塗れていた人々の体も清潔になっている。

 公衆トイレと大浴場のお蔭だ。人々の顔は生気と清々しさに満ち、以前の生活には戻れないなと笑い合う様が歌になっていて。ユーウェインは城のテラスから城下を見下ろし、達成感に吐息を漏らす。

 

「――よく頑張ったな、妾のイヴァンよ」

 

 そんな折に、モルガンが一人のメイド姿の少女を伴って労いに来てくれた。

 テラスの柵に凭れていたユーウェインが振り返ると、いつもの装いの貴婦人が微笑んでくれている。肩から力を抜いた黒太子は疲れたような笑みを浮かべて母を迎え入れた。

 

「ええ。やっと足場が固まりました。ここでのノウハウをよそにも適用できるように、今から方策を練る必要はありますが、ようやく一息つけるようになったと思います」

「うん。だが事はまだ始まったばかり……これから何年掛かる事やら。ともあれ、妾としても愛息を労う程度の気遣いはする。受け取るが良いイヴァン。そなたが身に着けるに相応しい宝具だ」

 

 妖姫に促されて、見知らぬ少女が歩み寄ってくる。彼女が恭しく差し出してきたのは、夥しいまでの生気を帯びたネックレスであった。どこか見覚えのある宝具だが、外装は初見。目を凝らして注視すると、ユーウェインはその正体を看破して呆れたふうに嘆息した。

 

「母上……」

「なんだ? 申してみよ」

「……これは、私が紛失したと思っていた宝具『生命性転の大釜(グラズノ・アイジン)』でしょう」

「ふふふふ……よくぞ見抜いた。その通り、妾の手の者に盗ませたのよ」

 

 悪戯っぽく微笑むモルガンに、ユーウェインは露骨に眉を顰める。

 グラズノ・アイジン。それは約三年前にリリィと旅をしていた頃、ユーウェインが性転換した挙げ句にすったもんだの騒ぎを起こしてしまった元凶だ。いつの間にか失くしてしまっていた為、いつか探し出して封印する必要があると思っていたわけだが、こうして渡されると精神的に疲れる。

 

「釜がどうしてネックレスになっているのかは聞きませんが、母上の元にあったのなら一言欲しかった。無駄に気を揉んでいたのですよ」

「そう言うな。そなたの為を思った親心という奴よ。許せ」

「……それで、これにはどんな力があるのですか?」

 

 文句を言っても無駄だなと、稚気を見せる母に対して思ったユーウェインは諦めて宝具を受け取り、その力の詳細を訊ねた。するとモルガンは勿体ぶる事なく、あっさり驚異的な能力を開示する。

 

「担い手であるそなたを不老にする」

「……それは」

「まあ聞け。歳を取らぬ為政者は神秘的であろう? 民にとって不可侵の君主との印象を与えられ、加齢による衰えもなくせる。万々歳ではないか」

「否定はしませんが――」

「おまけにいつでも女になれるぞ」

「――それは否定します」

「不死に近い治癒力も付随する。水流整備さえ終えてしまえば、あの忌々しい短剣は無用だ」

「………」

 

 モルガンの微笑にユーウェインは一部聞かなかった事にしつつ思案する。

 不老、これはいい。これから何年掛かるか分からぬ事業だ、自身の寿命が分かる人間はいない、若くして死ぬ恐れがなくなるなら有用であると言える。

 不死に近い再生力を得られるというのも、戦場での生存率を高められるなら拒絶する理由はない。永遠の命など興味はないが、いつでも破棄できる宝具なのだから困る事はないだろう。

 総じて極めて有用な宝具だと断じられた。愛されているなとは思う。モルガンが我が子の為を思って渡してくれたのだ、悪い気はしない。しないのだが、なんとも困ったものだった。

 

「この宝具は有り難く頂いておきましょう」

「それでよい。常に肌身離さず持っておれよ。ああそうだ、妾は娘も欲しかったのだ、早速母に女になった姿を見せよ」

「断固拒否します。それに娘ならもういるではないですか」

「うん?」

 

 そんなのいたっけ? とでも言いたげに首を傾げる母に、ユーウェインは渋面を作る。

 

「ロット王の許にいるガレスです。私は会った事はありませんが、アレも貴女の娘でしょう」

「……そうだったな。だがそうではない、語弊がある。妾はそなたが息子ではなく娘であっても愛せると言いたかったのだ。うん、という訳で女体化……」

「しません。……ハァ。全く、仕方ない御人だ」

 

 明らかに今思い出した様子のモルガンは、やはり傍に置いていない子供達に対して関心がまるでないらしい。ユーウェインは嘆息し、思う。いつか顔を合わせる時は来るだろう。せめて自分は彼女に兄としてきちんと接してやろうと心に誓った。ロット王は善良であったし、今はガウェインやガへリス、アグラヴェインが可愛がってやっている事を祈る他にない。

 ユーウェインが宝具の力で性転換しない事を残念がるモルガン。――不吉である。なんだかんだ自身の望みは叶えようとする母だ、隙を見せたらそれを口実に女体化させようとしてくるに違いない。油断せず、隙を晒さぬように神経を尖らせる必要がある事を頭の片隅に留めておこう。

 

「ところで母上。ふと思ったのですが」

 

 不意に思い出したような語調で切り出す。いつもタイミングを見計らってはいたが言い出す機会がなかった。丁度仕事にも一段落が付き、落ち着いた今なら言えると思いかねてからの気掛かりを投げかける。

 

「――母上ならアンブローズに掛けられた呪いを解呪できるのでは?」

 

 不眠やその他の呪いに心身を悩まされる女。

 その献身に大いに助けられ、完全に情も懐いてしまった自らの参謀役。アンブローズことガニエダを苛む呪いを、モルガンならばどうにかできるはずだとユーウェインは思っていた。

 なかなか言い出せなかったのは、今までが忙しかったのもあるが――明らかにモルガンがガニエダを毛嫌いしているからである。そうでなければとっくの昔に解呪を願い出ていただろう。

 機嫌がよさそうだったモルガンは、その名を聞くなり露骨に不快感を示す。だがいつかは訊ねられると分かってはいたらしく、いつぞやのようにガニエダの存在を無いものとしては扱わなかった。

 妖姫は嫌そうにしながらも頷く。

 

「……アンブローズか。まあ、妾に掛かればアレを縛る呪いの数々を解くのは容易い。同様の呪いを同量同質で掛けてやる事もできよう」

「その口ぶりで答えは見えましたが、敢えて頼みましょう。母上、アンブローズの呪いを解いてやってはくださいませんか。私が剣の腕を磨けば、彼女の呪いを破れなくもありません。が、それにはまだ時が掛かります。可能な限り早く彼女の苦痛を取り除いてやりたい」

 

 ――よくよく考えてみたら()()()()()という発想自体がおかしい。斬れてしまう事もおかしいが。流石は妾のイヴァンと言うべきなのか……?

 

「断る。妾は奴に何もしてやらんし、何も与えてやらん。本当は殺してやりたいと思っておるのに、そなたの傍にいる事を許容してやっているのだ。これ以上の譲歩は有り得んな」

「母上」

「うるさい。そなたの願いであっても、アレの為に骨を折る気はないぞ」

「母上、お聞きください」

 

 なんだ、と不機嫌に反駁するモルガンを、ユーウェインは真っ直ぐに見詰める。

 そして告げた。

 

「私は彼女を愛してしまいました」

「……何?」

「寝食を共にし、何度も口づけを交わしてもいます。情けないようですが、私はあの女を愛してしまった。叶うならアンブローズを我が妻にしたいと――」

「ならん」

 

 断固としてユーウェインの意思表示を阻み、モルガンは舌打ちする。

 遅かれ早かれ愛息があの半夢魔を愛するようになるのは分かっていた。それをなんとかする為の方策は用意していたが、手札を切るのが遅かったらしい。不愉快げに傍らのメイドを一瞥したモルガンは、ユーウェインに対して事務的に告げる。

 

「そなたの伴侶はいずれかの王の血を引く者でなければならぬ。あのような者を后にする事は絶対に認めん」

「承知しています。アンブローズもそのつもりでいる。正妻の座など望まないと。しかし()()()()()のです。この事実が大事なのではないでしょうか。母上にも私の心を縛り付ける権利はないはずだ」

「………」

「私が我欲を押し通せる立場にない事は重々承知しています。故に、后とするのは母上の仰る通りの者にするつもりです。ですが母上、せめて貴女の息子が愛した女を、私の為に助けてやってはくれませんか」

「………」

「母上」

「……その言い方は卑怯ではないか?」

 

 悩ましげにモルガンは嘆息する。

 予定、計画とは違うが、それを変更するしかないと判断し、妥協した。

 

「……条件がある」

「聞きましょう」

「そなたはいずれ、独力でアンブローズに掛けられた呪いを破れるようになるであろう。だが破れそうになっても呪いを解く(斬る)な。妾が安全確実に解呪してやる故にな」

「それはいつの事ですか?」

「そなたが后を娶り、子を成した後だ。それまでアンブローズの呪いに手を出す事は赦さぬぞ。この条件を呑むなら約束してやろう」

「………」

「不服か? だがあの呪いは妾にとっても、そなたにとっても非常に有為なものなのだ。エリウとやらはよくやってくれたと褒めてやりたい程にな」

「……どういう意味なのでしょう」

「そなたは知らぬのだろうが、アレは非人間。妾と同じ人でなしよ。今はあのように大人しいが、魔術師としてはアレの方が本来妾より上手……人間に寄った精神に変わってはおるが、呪いが解けて非人間性が戻るとそなたへの執着を暴走させかねん。折角掛けられておる首輪をわざわざ外してやるなど愚かと思わんか? 今少しアレの魂が人に寄るまでは放置しておくのが良い。よいな、イヴァン。これ以上は妾も譲歩せんぞ」

「……では、私はいつ、誰を后として迎えるのです」

「それは秘密だ。然るべき時に、然るべき相手と婚約させよう。なに、安心すると良い。宛てはある、()()()()()()()()。妾も約束は守ろう」

「……分かりました」

 

 ここまでだな、とユーウェインは見切った。

 これ以上は何も引き出せない。そう判断したのだ。

 

 一方でモルガンも腹を決めていた――アンブローズは殺さねばならん、と。今はまだ愛息の為に役立たせるが、時が来れば始末する必要がある。

 何故ならユーウェインには、一度に複数の女を愛せるだけの器用さはない。后を迎えてもアンブローズを愛し、后との間に亀裂を生じさせてしまう可能性があった。国としての体面を整えるには后は必須で、その関係は円満かつ仲睦まじくなければならない。その時アンブローズは邪魔だ。

 いつかは処分しようと思っていたが、処理する時期が定まった。その頃になれば、ユーウェインも立派に王として君臨しているはずである。モルガンの補助など不要になるのだ。であれば――ユーウェインがモルガンを憎み、殺意を持ってもなんら問題ない。

 アンブローズが殺されたなら、ユーウェインは必ず犯人に気づく。苦しみ、悲しみ、嘆いて。喩え母が相手であってもその罪を償わせに来る。ユーウェインがモルガンに向けるのが殺意であれ、心を殺しての機械的な無関心であれ、その時にこそモルガンは魔女に立ち返るだろう。

 

 親離れ、子離れはその時だ。それまでは――力の限り愛し尽くそう。モルガンはそう思う。

 

「市井を見に行って参ります。今はこのささやかな達成感に浸っていたい」

「好きにせよ」

 

 達成感に浸る、可愛らしい事だ。成人していてもまだまだ子供である。

 テラスから飛び降り、城下へ向かうユーウェインから視線を切る。白い花弁がヒラヒラと舞い、彼を追い掛けていくのには気づかないふりをした。

 

 愛。そして、それに比する望み。どちらも取る事などできない。

 モルガンは片方を捨てる。捨てるのは――己の望みだ。

 愛ゆえに、望みを叶える。愛ゆえに、望みを捨てる。同じ事のようで、全く異なる道筋だろう。少なくともモルガンはあの日……我が子に愛と敬意を告げられた時に、狂ってしまったのだ。

 ユーウェイン(イヴァン)の為に全てを成そう、と。ある意味、今のアンブローズ(ガニエダ)とモルガンは同類なのかもしれない。そう思うと、アンブローズへの嫌悪感はなくなる。だが、しかし、だからといってあの女の末路は変わらないし、変える気もない。独善、毒親の所業であろう。それでもだ。己の核である神性が、人とは異なる愛を降り注がせる。

 

「――()()

 

 はい、とメイドが返事をする。

 艶のある赤髪を肩の位置で切り揃えた、十代半ばに見える少女だ。

 大きな翠の瞳が無機的に向けられ、指示を待つ。

 

「出遅れたな。本来ならそなたが侍るべきであったというのに」

「恐れながら……ユーウェイン殿下がお忙しいからと、気を遣っていたのが原因では?」

「ほざくな、人形。妾のイヴァンが健気に働いておったのに、女なんぞを紹介するような無粋ができるものか」

 

 直截な意見にモルガンは吐き捨て、思案する。

 ユーウェインが多忙であるようにモルガンもまた暇がない。やることは山ほどある。その内の一つはマーリンとの契約を果たす事だが……。それとは別に悩ましい問題もあった。

 

「……イヴァンめ。生意気にもケルトの神霊に喧嘩を売りおって……」

「嬉しそうですね」

「黙れ」

 

 ユーウェインは、ドルイドからの干渉を跳ね除けた。そして彼らの信奉する神格に挑戦までしている。来るなら来い、受けて立つと。ああ、目に見えるようだ。今もまだ地上に残り、()()()()()()()()()()()()数多の神霊が押し寄せてくる様が。モルガンからすると頭が痛いイレギュラーだ。

 だが喜ばしいのは事実である。

 光の神ルーは戦死した。マナナン・マクリルや、その他多くの神霊が自ら力を落として人間と戦い死んでいる。滅んだのだ。それは何故か――物理法則、人理の完成により作られる未来に、自分達の居場所がないと悟ったからだ。そして星の内海に去るなどという退屈な最期を拒絶した。

 せめて最期は人間と対等に戦い、人間の手で殺される事で猛きケルトの神として死する道を飾ったのである。馬鹿らしいが、馬鹿なケルトの神らしい、すっぱりと潔い最期であった。

 

 そして今も残っている神々は、先に逝った神を心底羨望している。自身を討つに相応しい勇士、英雄と戦い死にたがっているのだ。そのためなら自身の名と姿を変える事も辞さないだろう。

 

 ――実を言えば。このブリテンに現れる、怪物のほぼ全てが、ケルトの神が姿を変え名を偽ったモノ達である。ユーウェインが相手をせずとも、後の英雄に挑んでは彼らの手で打ち倒されていただろう。

 

「……セイレーンの鎮魂の次は、あの戯け共を闘争を以て鎮める、か」

 

 フン、と鼻を鳴らす。

 戦女神としてのモリガンが、モルガンに囁く。息子と戦い死ねと。それこそが望みだと。

 御免である。喩え憎まれようと、存在を黙殺されるほどに無関心を決めこまれようと、アレに親殺しの罪を負わせるつもりはなかった。故に――

 

「ニコ。行け。行って妾のイヴァンの為に働くがよい」

「畏まりました」

 

 淡々と応答し、プログラムされた通りに一礼して退出していくメイド。

 それを最後まで見送りもせず、モルガンは愛息の往く波乱に満ちた生を想った。

 

「――――」

 

 口の中の囁きは、荒れ狂う嵐の前の静けさを予言したものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ユーウェインの肉体年齢十八歳で固定


ユーウェインの偉業
1、騎士道の開花
 (紳士の国、英国)
2、音楽文化の開花
 (音楽の都、英国)
3、英語の原型作成
 (これにより不透明な時代背景の中に記録が残されるようになり、後の歴史家の仕事に役立つようになる。そのお蔭でユーウェイン実在説も後押しされるようになった)

※作者や読者の皆さんの世界だと英語の祖語はアングロ・サクソンの言語です。あしからず。

4、?
5、?
6、?
7、衛生観念の確立(未完)
 (ローマ帝国の衰退と滅亡で失われるはずの下水システムがイギリスに残る。現代でも一部史料として残されている区画もあるとか)

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