獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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お待たせしました。
ここから何話かコミュ回を挟みます。
が、どこを取っても読み流されない仕様を目指し、伏線を張っていったり張らなかったりするのでお付き合いくださいませ。





33,幕間の物語――ケイ少年の受難(そのいち)

 

 

 

 

 ケイにとってユーウェインという男は『何かの冗談のような存在』だ。

 

 分かり易く安直な喩えをしよう。蝶よ花よと愛されて、なに不自由なく大事に育てられた深窓の令嬢がいたとする。よき父母の下に生まれ、よき隣人に恵まれた幸せな女だ。当たり前のように愛され、当然のように幸福を享受する、現実の過酷さを知らない女が描いた騎士の絵――強くて素敵で格好良い、清廉潔白で無敵な王子様――それがそのまま形になったのがユーウェインである。

 要するに現実離れした聖人という奴で、人間味を感じるよりも先に薄気味悪さを覚えてしまいそうな人だという事。しかもそんな馬鹿女が熱を上げそうな男が、自分の師匠なのだから笑うしかない。

 馬鹿みたいに強いくせに、馬鹿みたいに次々とおかしな事を始め、広めている。そのおかしな事が矢鱈と開明的で、どれをとっても理に適い文句の付け所がないときた。容姿は言わずもがなの美男子ぶりで、本当に同じ人間なのか疑わしくなる完璧超人ぶりだった。

 

「あの人に欠点なんかあんのか……?」

 

 粗探しをしたいわけではないが、我知らずそう溢してしまう。

 自身の主ではあっても、こうまで完璧だと却って近寄り難さを覚えるのだ。

 故郷ティンタジェルで初めて会った時は、とても良い人そうだと思い、直接顔を合わせて話せば上品で高潔だった。王族というのも頷ける。そして彼を知れば知るほど『毒がない人』だと感じられた。

 私人としてのユーウェインはどこにでもいそうで、どこにもいない、気のいい兄貴分のようだった。親しみやすい、取っ掛かりやすい人に思えたのだ。公人として完璧で、私人としても付き合いやすいなど出来過ぎで――率直に言うと、現実味のない人である。

 まるでこの世に存在しない、浮世離れしたモノ。物語の中でだけ生きているはずの幻想が、何かの間違いで現実に生まれてしまったかのような、世界のバグ。ありえざる幻想の王――はっきり言ってしまうと、知れば知るほどにケイは師であるユーウェインに不気味さを覚えてしまっていた。だからこそ、些か女々しいが欠点の一つでもないものかと思いを馳せてしまったのだ。

 

「欠点ならあるよ。全ての美点を打ち消して余りあるとんでもない欠点がね」

 

 誰かに聞かせるつもりはなかった。しかし自身の独り言に答えが返ってくると、ケイは微妙な顔で声のした方に視線を向けた。

 自身に与えられた部屋、つまりケイの私室。そこへ無断で入って来ていたのは、魅惑的なプロポーションを誇る白髪の美女だった。故郷ティンタジェルで何度か見た顔で、あの胡散臭いマーリンと同じぐらい怪しげで気色の悪い目をしていた魔女アンブローズである。

 ケイは当初、彼女を敬遠していた。理由は言わずもがなだろう。虫みたいな目をしている人間もどきを、どうしても好きになれなかったからだ。だが、アンブローズは変わった。ユーウェインと会ってから。

 今のアンブローズは人間らしい。以前の厄さが感じられず、まるで恋する乙女の如き顔をしている。あまりの変わりように、以前を知るからこそケイはなんとも言えない気分になるのだ。

 

「……なあ。ここはオレの部屋なんだが」

「知っているとも。だから来たんじゃないか」

 

 咎めると、あっけらかんとした返答がある。

 

「あのケイ坊やが文字の勉強をしているって聞いてね。雑でいい加減と見せかけておきながらその実、神経質な性格のキミを知っていると、将来いい文官になりそうだと思ったんだ。将来ユーくんの役に立ってくれるかもと期待して、ちょっと様子を見に来たわけだよ」

「そりゃ別に構わねえけどな、入るならせめてノックぐらいしろっての」

 

「小さなこと気にしてたら大っきくなれないぞ」と言いながら頭を撫でてくる花の魔女に、ケイは露骨に顔面を歪めて魔女の手を払いのけた。幾ら美人でもアンブローズはケイの趣味ではない。

 チッとこれみよがしに舌打ちする。色々以前とは変わっているが、それでもこうして配慮やら何やらが足りないのは変わっていないらしい。虫のような目をしていた頃のアンブローズも、誰かの赦しを得てから相手の領域に入る事をしなかった。いつも勝手にやって来て、いつの間にかいなくなっているような輩だったのだ。

 気紛れで、猫のような女である。その白猫が人らしい目をするようになった事で、ケイはますます彼女を煙たく感じるようになってしまったのは皮肉だろう。何せ――注意深く観察すると分かるように。アンブローズは芽生えた人らしさの全てを、ユーウェインに向けているのだ。

 重い。滅茶苦茶に重い。押し付けるような素振りはないのに、矢鱈と重く感じる。自分なら即座に別れ(パージし)て関係を清算しているだろうと思うほどに。嘆息したケイは机に向き直り、机上に並べている羊皮紙へ目線を戻す。できる限り興味なさそうな様を取り繕うためだ。

 内心興味津々で、アンブローズへ問い掛ける。

 

「……で? センセーに欠点とか、本当にあんのかよ?」

 

 問うと、アンブローズはあっさりと言った。ケイの肩越しに手元を覗き込みながら。

 ふわりと良い香りがする。花の蜜のような。吐息が耳に当たる。

 

「っ……」

「ユーくんはね、喉に邪神を飼ってるのさ。スゴイだろう?」

「離れろ……っ」

 

 体を回してアンブローズを払いのける。するとアンブローズは苦笑した。

 

「ごめんよ、邪魔する気はなかったんだ。今どれぐらい()()()ようになってるか確かめたかっただけなんだ。それじゃ、私はこれで失礼するよ。ケイ少年の勉強進捗率は把握したし。ばいばーい」

 

 ケイがアンブローズの『女』に反応してしまったことに、アンブローズは全く気づいた様子はなかった。それもそうだ、アンブローズはユーウェイン以外眼中にない。

 だがケイは屈辱を覚えた。アンブローズ()()()を意識してしまったからだ。なんだかよく分からないが悔しくて堪らない。訪ねてきたかと思えばすぐに立ち去った自分勝手さも腹立たしい。

 

 後の円卓の騎士の一人、サー・ケイ。彼もまだまだ、『少年』だったという事だろう。口先一つで巨人の首も落としてみせると豪語する、弁舌の達者なケイにも――未熟で初心な時代があったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 喉に邪神を飼っているとはなんぞや。ケイはアンブローズの囁きを思い出す度に自問するが、今一意味が解せずに首を傾げる。しかもあの王子の美点を帳消しにするような欠点だ、俄然興味があった。

 だがそれはそれである。ユーウェインが多忙を極めるように、ケイもまた忙しい日々を送っている。師に剣術の手ほどきを受け、字を自習して学び、師の手掛ける事業を学ぶ。稀に顔を見せる王妃様から政治のイロハを講義して頂いて、三ヶ月に一度の帰郷に併せて王妃様からの宿題を熟す。暇な時間など一秒たりとも存在しない。

 

 王妃様――モルガンの宿題とは、外交だ。単身でブリテン勢力の各国に使者として出向かされ、モルガンの言葉をウリエンス王のものとして伝えるのだ。

 幾らでも失敗を積み重ねよ。好きなだけ失態を晒すがよい――と、モルガンは嗤っていたが。ケイとしては外交官としての場数を非常識な形で踏まされている事は理解している。

 相手国は軒並み成人もしていない小僧が単身使者として出向いてくるのに良い顔はせず、ウリエンス国に対し憤りを覚えているようだったが、それは当然と言えば当然だろう。正式な使者が小僧であれば、軽んじられていると思われても仕方がない。

 なぜ自分がわざわざ針の筵に座りに行かされるのか、甚だ疑問であり不満もあったが、モルガンは一向に自身の意図をケイに教えてはくれなかった。淫靡で妖艶な佇まいで王妃様はケイを便利に使っている。剣技などの戦闘術はユーウェインが師だが、その他は実質モルガンがケイの師であり、逆らうわけにもいかないのだから頭が痛かった。

 

 意図は読めずとも、ケイは前向きに捉える。折角の実践の場なのだ、自分の経験値として取り込めばいい、と。嫌な予感がしたので念の為、ユーウェインに剣術指南の際に事のあらましは報告している。

 報告、している――()()()()()()()

 実際にはしていなかったが、ケイはそれを自覚していなかった。多忙な日々に、些細な違和感は洗い流されてしまっていたからだ。ケイは自身の故郷ティンタジェルに帰ると、これから先は絶対必要になると言って、義理の妹たちと実父に文字を教えた。里帰りしても暇はない――違和感を拾い上げる余地が、ケイにはなかったのである。

 

「ん? アルトリアから手紙を渡されただと?」

 

 フォーローザ城に戻ると、ケイは義理の妹の一人から預かった手紙を師に手渡した。

 羊皮紙は貴重だが、フォーローザ城では仕事の一部で使われている。正式な書類を作成し保管する為にだ。高価ではあるが、アッシュトン一族とかいう奴らが量産している為、手に入らない訳ではない。

 そこで渡された手紙にユーウェインは目を通す。ケイはその内容を知ってはいた。字を覚えたばかりで不安のあるアルトリアが、ケイに誤字脱字がないか確認を求めてきたからだ。

 

『お久し振りです。突然私信を送らせていただいた不躾さをお詫びします。申し訳ございませんでした。どうかお許しください。 兄さん元気ですか! 私は元気じゃありませ

 ――私達は元気にやっています。リリィやオルタは元気過ぎて困っていますが、ティンタジェルは平穏そのものです。もしかするとこうして手紙をお渡しした事に戸惑われているかもしれませんが、どうしてもお伝えしたい事があり不慣れながら筆を取らせていただきました。  殿下、あのなんとも言えぬ挽き肉の作り方を教え

 殿下がティンタジェルにいらした頃、振る舞っていただいた料理の数々は未だに色褪せない思い出となっています。オルタも、リリィも、もちろん私も忘れられず、殿下が去って以来創意工夫し独学で料理の修行をしていますが、未だに殿下のお味に届きません。いっそ殿下の下に嫁入り

 一方的で恐縮ですが、色々と積もる話もあります。しかし書き出したら止まりそうにないので本題に入らせていただきます。実はエクター卿の所領たる、このティンタジェルに、花のお兄さんを自称する不審者マーリンなる男が現れまして、彼から信じがたい話を聞かされました。

 なんでも殿下のお母上であるモルガン様が、近い内にティンタジェルへお越しとなり、我が不肖の妹リリィに魔術の手ほどきをしに来てくれると言うのです。私やオルタの剣術指南はマーリンがしてくれるらしく、それを妬んだリリィがごねて、自分はどうするのだと我儘を言った折、マーリンがモルガン様をお呼びすると言っていたのです。この真偽を確かめる為に手紙をしたため、ケイ兄さんを使いぱしりにするような真似をしてしまいました。不躾な所業をお許しください。

 

 追伸。このティンタジェルにも、殿下の事績は鳴り響いております。素直に凄いと思いました。上手く言えずに情けないですが、殿下の事を応援しておりますので  兄さん寝てますか!夜ふかしはだめですよ!あとご飯作りに来て欲し  マーリンの剣術は力任せで殿下の見せてくれた剣に及ばない、殿下に師事を請いたい、あとあの挽き肉

 

 お目汚し失礼しました  』

 

「……クッ」

 

 ユーウェインは笑みを噛み殺し、肩を震えさせた。手紙を書いている最中のアルトリアとその周囲の様子が手に取るように分かるからだろう。ケイとしても所持していた羊皮紙が一枚だけではなかったら書き直させていたところで、身内の恥を晒しに来た気がして恥ずかしい。

 堪え切れずに声を上げて笑い出したユーウェインに、ケイは顔を赤くして目を逸らす。

 

「彼女達も息災なようで何よりだ」

「あー……その、なんですかね。センセーも知ってると思うけど、アイツら馬鹿なんで、汚い字に関しては流してやってください」

「いい。俺は気にしていない。寧ろ久し振りに笑わせて貰えて気分が良いよ。それで、母上がリリィに会いに行くのだったか? 初耳だが確認しておこう。ケイも暇じゃない、下がっていいぞ。温泉にでも浸かって疲れを落とせ」

「……了解。それじゃ、そうさせてもらいます」

 

 この人いつ寝てるんだ、ってな具合に働いてる姿しか見たことがない。故にケイは、いつも張り詰めた顔をしていたユーウェインが笑った事へ、ささやかながらも満足感を覚えた。

 態々アルトリア直筆の手紙を、別の羊皮紙にケイが書き直して渡さず、敢えて身内の恥を晒した甲斐があるというものだ。こうしてユーウェインが笑う顔を見ると、彼も同じ人間なのだと安心できる。

 

 ケイは頭を下げて、ユーウェインの居室を辞した。

 ――自身がモルガンの策謀の片棒を担がされている事を、この時はまだ知らないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

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