獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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35,幕間の物語――無形の情・赤枝の祝福

 

 

 

 

 

 かぽーん、と。なんとも長閑で、気の抜けた桶の音がする。

 城主、すなわち王子の館に設置された浴場である。その広々とした空間には湯気が満ちず、夜空に散らばる星々を見上げられる露天風呂となっていた。

 あ〜……などと親父臭い声を上げたのは赤毛の傭兵ニコールだ。傭兵の分際で王子の館に我が物顔で入り浸る様は褒められたものではないが、咎める者はいない。その振る舞いが許される立場だからだ。彼の立場は単なる傭兵ではなく王子付きの道化師であり、王子の館に無断かつ不法に侵入する事で警備の穴を報せているのである。故に彼の行いを咎めるのは不作法なのだ。

 

 傭兵は惜しげもなく裸身を晒している。細身の肉体には筋肉の網が張られ、隆々と盛り上がった筋肉は全体的にバランスよく鍛えられていた。彼が眉目秀麗なる美男である事から、館に勤務するメイド達の評判も非常に良い。

 ユーウェインと同じ琥珀の瞳と、整った鋭角的な相貌――腰まで届く血のように赤い髪。目元の泣きぼくろも合わさり、男性的な色香がふんだんに漏れ出ている為、彼に秋波を送る若いメイドはそれなりの数に及ぶ。彼の裸身を見た女は、はしたなくも鼻血を吹き出してしまうだろう。

 ニコールは両腕を広げ、背を岩壁に預けて星屑を見上げながら何気なく口を開いた。

 

「なあユーちゃん、オレ思いついたんだけどよ」

 

 すぐ近くで同じように湯船に浸かっていたユーウェインは、都市部にいると日に二回は風呂に入るというニコールを横目に見る。

 

「なんだ」

「流民、多いよな」

 

 素っ気なく応じるユーウェインに、赤毛の青年はボヤく。彼らは表面的には正反対な性格の持ち主に見えるだろう。お調子者で剽軽な振る舞いが多く、闘いとなると奇声を発しての狂態を見せるニコールと、普段からローテンションかつクールな言動に終始するユーウェイン。とても馬が合うような二人ではない。

 だが赤毛の傭兵と、白髪の王子は、根っこの性質が似通っている。生真面目なのだ、二人ともが。故にプライベートな時間でも仕事の話をするのは珍しくなく、それを苦にする事もない。就労規則を設けるような環境でもない為、自己管理の出来る範囲内であれば延々と働いていた。

 

 ニコールのボヤきに、ユーウェインは「ああ」と短く相槌を打つ。ここ最近で最も悩ましい問題だからだ。流民はユーウェインの支配地の暮らしを知り、一縷の望みを掛けて流れてくる者。居住地のない余所者は生活基盤を持たぬ故に、安易に犯罪に手を染めるため単純な治安の悪化を招くのみならず、元々彼らが住んでいた騎士・貴族・豪族の領地から苦情が来たりもする。彼ら庶民は自分達の財産だ、返せ、返さないなら賠償しろと。

 治安・外交問題を招く厄介者、それが流民――難民である。ニコールは疲れた顔で言葉の接ぎ穂をつなげた。

 

「汚えし、臭えし、よそから流れてきた奴らを受け入れるのも追い払うのも難儀だよな」

「そうだな」

 

 意外と真面目な話だ。基本的に軽薄な語調で物を言う事の多い男ではある。が、ニコールは普段の振る舞いに反し真面目で義理堅い性格だった。実を言うとユーウェインに次いで真っ先に文字を覚えたのもこの男である。事務仕事も神経質な精度で熟してくれるのは大いに助かっていた。

 故にユーウェインはニコールを重用している。公人として信頼が置ける者は貴重だ、彼を単なる傭兵としてだけ用いるのは大きな損失であろう。

 ニコールは優秀である。戦士としての力量もシェランとの鍛錬で磨かれ、文官としても目を瞠る仕事ぶりだ。何度も正式な騎士として迎えたいと打珍するほどに、彼の能力を高く買っていた。

 

 流民、難民問題は解決が難しい。余所者という事で庶民からの目は厳しくなり簡単には溶け込めず、流れてきた先の領主や豪族――流民の身柄を返すように要求する者達との折衝もしなければならない。全員を全員追い払えば名声に傷がつくし、よその領主との兼ね合いを見誤れば無駄な争いの火種にもなる。なかなかに匙加減の難しい難題だ。中にはよそからの間諜も混じっているであろうし、慈悲を見せればいいという話でもないのだから。

 

「オレ、三日前に野盗の退治に出掛けたじゃん? ユーちゃんの命令で」

「ああ」

「全員ぶっ殺せって事だったし、まあ……殺した訳だけどよ……」

 

 言い難そうに濁すニコール。

 人を斬る。この感覚は覚悟を決めたからと慣れるものではないし、慣れて良いものでもない。この生き難い世界ではどうしても殺生に手を染めねばならないが、ニコールは傭兵のくせに人殺しを厭う処がある。そしてそれはユーウェインにも理解の及ぶ、共感のできる部分だった。

 だが躊躇ってはいられない。野盗は――賊は人間ではないのだ。害獣と同じである。飢えて人を襲わねば食っていけないという切実な事情を持った者も中にはいるだろう。だが特別な事情でもない限り、情けを見せるべきではないのだ。それは邪な者が付け込める隙になりかねない。

 忸怩たる思いを抱えたまま、人の形をした獣は斬るべきだ。人を殺したくないなどという惰弱な感性は、泰平の世でもない限りは打ち捨てているべきものでしかない。平和な世が訪れた時に、やっと拾いに行ける精神性であろう。直接・間接的に、既に大量殺人者に堕ちているユーウェインは星空を見上げ、視線を固定した。

 

 赤毛の青年は言う。声音は、平静だ。平らだった。

 

「その野盗の中によ、そこそこ腕っこきの騎士崩れとか、流れのヘボい魔術師とかが居たわけよ。んでソイツらブチ殺してから思ったんだ。なんか……勿体ねえな、って」

「勿体ない?」

「考えてみりゃアイツらも元は人間じゃん? 野盗とかいうけだものに堕ちちまってもよ。ならなんかの技能は持ってる奴もいるし、才能はあるけど磨かれてねえ奴もいる。労働力として使えるじゃん」

 

 けだもの。人間以下の、畜生。自分が殺しているのは人間ではなく害獣である――そう思いたい心理は共感できた。だが、幾ら表現を変えても、殺しているのが人間である事に違いはない。

 そんな事はニコールも解っているだろう。解っていても割り切れずにいる。ユーウェインはとっくの昔に割り切ってしまっていたから、少しだけ彼の持つ甘さが羨ましい気もした。

 ひとまず胸中の感慨を横に退け、ニコールの話に相槌を打つ。

 

「そうだな。だが野盗は殺す。誰もが認めるメリットがない限り恩赦は出せないぞ。あまり恩赦を連発したら俺が侮られ、治安の悪化を招きかねん。アイツらは赦したのになぜ自分は許されない、とな」

「別に野盗を拾えって言ってるわけじゃねえよ? 難民の方を言ってんの」

「難民の方……?」

「難民は、一応人間じゃん。拾った分にはどうあれ人間扱いしなけりゃならねえだろ。手に職のない人間が城にあぶれてたんじゃあ治安の悪化は避けられねえし、取り締まる側の負担も重くなる一方だ。なら難民の奴らに働き口を用意してやりゃいいと思わねえ?」

「……できるのか?」

「さあ? できるかどうかはユーちゃんが考えてくれよ。ずばり言うけど、職業別に市井へ……なんつーの? どこぞの【兄弟団】みてぇな感じの、市民間互助組織的な……」

「――言い難いなら適当な名前をつけろ。職業別組合、()()()というのはどうだ?」

「あ、その名前もーらい。そのギルドってぇのを作って市民間で職業別に技能を仕込ませたり、国から仕事を割りあてて出来る奴がやる、やりたい奴がやる感じでやらせたらいいんじゃね? そうしたら難民も仕事にありつけるかもだし、簡単な仕事から経験も積める。難民の中から才能を発掘できるかもだ。有能だったら国の方に抱え込める仕組みにしとけばいい。どうよ?」

「………」

 

 馬鹿を言うなと呆れかけ、しかし熟考する。なんでも頭ごなしに否定して掛かるようでは駄目だ、柔軟に取り入れられる部分がないか検討するのは人の上に立つ者の義務だろう。

 ギルド。仮にそんな組合を作ったところで、普通に考えたら自分の食い扶持を稼ぐ為に、飯の種を安易に他人へ割り振れはしない。国の方で難民へ仕事を割り振ろうものなら不満が出る。

 既得権益という奴だ。だが――使えなくはない。例えば、誰もやりたがらない、誰もやっていない仕事ならどうだ? 例として下水路の掃除やメンテナンスだ。これは専らユーウェインやベルセルクル騎士団、平の騎士にやらせているが、民間にもできる者を用意しておくのは良い事だろう。下水システムは秘匿する気はなく、寧ろ積極的に広めたいのだから。他にも害虫や害獣の駆除、薬などの素材の採集、雑用。さらに外に出させ冒険させるついでに地図を作らせ、未開拓の地も探索させられたら――それ以外にも傭兵を募る場、歌で飯を食える歌手の育成……考えてみたら出来なくはない。

 

「ありだな」

「だろぉ?」

 

 色々と詰めるところはあるが、草案としてなら悪くない。

 

 得意げなニコールに苦笑いしながら、思考に意識を割いて星座を見詰める。

 ギルド……適当に古北欧語『支払う』の意から引っ張ってきたが、悪くない響きであると思う。後から細分化するにしろ、しないにしろ、今は大別して五つに分けられるだろう。

 鍛冶ギルド、商人ギルド、娼館を含めた芸能ギルド、傭兵ギルド。そして職としての寿命は短いだろうが、冒険者ギルド。それぞれの部門にギルド長を任命し、国の者が総括した権限を握る。

 これらの仕組みを作りあげれば縄張りとなり、他のギルドの者との軋轢が生まれるだろうが、仲裁するのは上の人間の務めとなるだろう。――意外と多くの可能性がある。正直ニコールの事を見直した。ますます傭兵や道化にしておくのが惜しい。こういう発想が出てくるなら他にも仕事を回せそうだ。

 

 ただしギルドに関連する事業を成すなら、緻密なシステムと、運営できる人間がいなければならない。細々としたところを回す職員も必要だろう。となると文官の手がかなり多く必要になるが……。

 

(……待て。人手が足りないなら……働き手を持ってきたら良い)

 

 余っている人手ならある。文官の仕事は男ではなく()()()()()()

 政略の駒としてしか存在価値のない令嬢、貴婦人。その数のなんと多い事。それらに文字と仕事を教え込めば充分にシステムを回せる。内職だけでなく、外に仕事があれば、恋愛にうつつを抜かして庶子を生むような婦女子は減るかもしれない。意外と名案だと思った。……まあどう足掻いても汚職がなくならないように、恋愛沙汰によるゴタゴタもなくならないだろうが。そこは人の性として諦める他にないだろう。

 他にも女は不浄の存在として、宮中に上げられないのが常だが、その原因は特定している。女性の生理に伴う出血――血を媒介にした病の蔓延。それが女を不浄の存在だとしている風潮の元凶だ。医学的な根拠は未だに薄いが、連綿と蓄積されてきた人類の歴史により、血は病を招く元だという経験()として広められている。

 

 ――故に世界各地で、文化も風習も異なる国々や人種の中、女は不浄の存在として禁裏に足を踏み入れられないという、似通った取り決めがあるのだとガニエダは言っていた――

 

 故に女性の生理で血が外へ流れないように工夫……下着の開発を進めるところから始めねば、貴婦人方を文官として教育・育成、登用するのは難しい。

 ……考えれば考えるだけ、どんどん仕事が増えていく気がする。鬱だ。

 

「お前やアンブローズ(ガニエダ)以外に、文官を取りまとめる宰相がいてくれたら……」

「ケイでいいんじゃね?」

「駄目だな。確かにケイの天職は裏方だ。内政官や補佐官としてなら有為だろう。だが、宰相の器ではなかろうよ。騎士としての才も微妙ゆえ、国の中枢に置いて各方面の尻を蹴り飛ばす役が適任だ」

「おう、ユーちゃん基準の『微妙』は一流のレベルだってこと自覚しとけよ? そんな評価だとケイ少年が可哀相だぜ」

 

 どうしても人材不足を痛感する。

 武力担当が多すぎるのだ。世情を鑑みると仕方ないのだが、それでも文官が少なすぎる。そもそも文官の仕事も騎士がやっていたのがこれまでだ。武と文を切り離して分業させたのは、ひとえに騎士達の仕事が雑だったからで。比較的几帳面な者、体の弱い者を文官にしたのだ。

 今は急ピッチで文官を育てているが問題は山積みで、やはり文武の文の道をもっと奨励するしかない。今はまだいい。フォーローザ城とその周辺の集落だけを治めるなら充分だ。だがブリテン島全土を治めるには、何もかもが足りないのは自明である。知恵の回る、信頼できる者がほしい。この際人間でなくても構わない。猫の手でも借りたいほどだ。

 

 ――()()()()()()()

 

「――――」

 

 閃くものがあり、ユーウェインはざばりと音を立てて湯の中から立ち上がった。胡乱な目で見てくるニコールに言う。

 

「先に上がる。お前の献策も充分に検討し、形に出来たものから試行していこう」

「ういうい。オレぁもうちょいゆっくりしとくぜ」

 

 呑気な事だ。不遜でもある。だが、ユーウェインは気にしない。

 

 王子はニコールの不遜な態度を流せるようになっていた。気さくで距離感の近い彼を気に入っていたからだ。公の立場としても道化師に任命している、不敬な物言いを咎める権利は誰にもない。

 ニコールは不思議な男だ。豪放磊落なシェランとも違う、ユーウェインの周りにはいない性質の持ち主で、なぜか気を許せる。飾らぬ本音も言い合えて、価値観を共有できる相手は彼だけだった。

 

 ガニエダは違う。モルガンも違う。シェランも、その他も、根本的にはユーウェインの波長に合致しない。同じ感性を土台に生来の性格で別の物を考えている、ある種の親近感を覚えていた。

 故にユーウェインは彼の優秀さも併せ、彼に近衛騎士になれと言った事がある。騎士として仕えてくれと。だがニコールはそれを拒んだ。自分は傭兵でいいと。公職に就くとしても精々道化が限度だと。傭兵や道化という立場でないと、ユーウェインと対等に話せないと彼は言った。

 公益として言うなら、是が非でもニコールを登用するべきだ。しかしニコールの言い分を聞くと、不思議とそんな気になれなくなっている。ユーウェインは彼に対し言語化の難しい想いを抱えていた。

 

 この感情の名を、ユーウェインはまだ知らない。知らないままでもいいと、この時は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 王位を継いだ後に予想される人手不足。

 これを一挙に解決する逆転の一手――なんて都合の良い策はない。

 

 だが一時しのぎ、急場を凌ぐ方策なら思い当たった。

 

 信頼できる存在を契約で得る。人間の精神構造と異なる故に、汚職・不正の心配がない存在をだ。これに関しては心当たりがあった。いつぞやの旅路でちらりと見掛け、急ぎの道だったため無視したモノ。

 即ち湖の貴婦人と称される精霊。あの時は事情があったため意図的に無視したが、あの時ユーウェインに接触を図ってきたという事は、なんらかの用件があったはずである。なにぶん二年前の事だったので存在自体を忘れていた訳だが、今思い出したのだからセーフでいいだろう。

 都合が悪いので気づかなかった事にする。その上で初対面の挨拶をし、助力を請う。人間世界の営みに、人間以外が関わってはいけないなどという法はないのだ。人に受け入れられ、頭があり、言葉が話せるなら人以外のものも登用してしまえばいい。人ではない存在というならモルガンやガニエダだって人外なのだから、拒否感などまるで感じなかった。

 幻想種の内、人に近いモノ――湖の貴婦人のみならず、他の者も登用の誘いを掛けよう。黒太子はそのように考えついたのだ。そして幻想種という人の理に属さないモノを傘下に迎える為には、自ら出向いて話をしなければならないと判断した。故にラムレイに乗り城を出たのである。

 

 フォーローザ城の留守はモルガンが守ってくれる。ニコールやシェランもいるのだ、如何なる非常事態が起ころうとなんら問題はあるまい。

 

 ラムレイにガニエダと相乗りして駆ける。湖の貴婦人のいる湖の場所はガニエダが知っているという。彼女の案内とラムレイの脚があれば、然程時間を掛けずとも辿りつけよう。

 そう思っていると、ユーウェインは異変を感じ取った。

 

「む――」

 

 空気がざわめいている。草木が萎び、動物はおろか魔獣の気配がまるでしない。草原地帯の多い魔境ブリテンに、異様なほどの静けさが横たわっている。青々と晴れ渡る快晴の空の下、湿った風を感じた。ガニエダが後ろから耳元へ囁きかけてくる。ユーくん、止まって――手綱を操りラムレイに急制動を掛ける。すると、目の前に忽然と一人の男が現れていた。

 馬上から見下ろす。ユーウェインは突然現れた男の風体を観察した。

 青いローブだ。フードを目深に被って顔を隠している。鍛え込まれた四肢と体幹――手には奇妙な形状の木の杖。身に纏う濃い自然の香りからして、ドルイドだと判じた。しかもこれまで見てきたドルイドとは次元の違う魔力を感じる。最高位のドルイドの可能性があった。

 

「よぉ」

 

 ちらりと見上げてくる、赤い瞳。神性を帯びたそれ。

 ドルイドとはケルト社会における知識人階級だ。彼の眼差しには隠し切れぬ野生の他に高い知性が宿っている。聖職者と法律家を兼ねたドルイドという存在を好ましく思っていないユーウェインだが、不可解な事に一目で敬意を払うべき相手であると読み取った。

 下馬して彼と同じ地平に立つ。法律に関してなら王よりも発言力があるのがドルイドだが遜る必要はない。最低限の敬意を持って問い掛ける。

 

「私はウリエンスのユーウェイン。貴殿は何者で、なにゆえに私の行く手を阻むのか?」

 

 ガニエダは何も言わずに半歩後ろに控えている。彼の纏う卓越した戦士の気配に、我知らず警戒の念も現れていたのだろう。無意識に腰に帯びていた神秘殺しの曲剣の柄に手を掛けてしまっていた。

 

「おっと、急ぎの用事でもあったのか? そいつはすまねえな。だがちょいとオレの話に付き合ってもらうぜ」

「……本当なら()()()()にかかずらっている暇はない、と言うところだが。死後の世界(マグ・メル)から自らの影を投影する御業を見るに、さぞや名のあるドルイドなのだろう。手短に話すなら付き合ってもいい」

「へぇ! まさか一目でオレの魔術(カラクリ)を見破りやがるとはな。大したもんだ、流石モリガンの愛し子とでも言っておこうか? フィンの小僧ですら全く気づかなかったってぇのによ」

 

 手の中で風車の如く杖を回し、地面を軽く突いたドルイドが上機嫌に笑う。

 モリガン――それにフィン? 前者はモルガンの事だろう。後者は――もしやフィオナ騎士団の頭領たる英雄の事か? その二人と面識があるらしいドルイドなど、果たして存在したのだろうか。

 目を細めるユーウェインに、彼はおちゃらけた態度を改める。どこか厳かな雰囲気に切り替わり、ドルイドは朗々と口上を述べた。

 

「ウリエンス国ゴール王の子ユーウェイン。貴殿の道筋を照らす導きは不要、ドルイドの禁戒に於いて汝を断罪しよう」

「――よかろう。貴殿の糾弾せし我が罪状を述べるがいい」

「一つ。教義の口伝伝承のしきたりを破り、ドルイドの手で教義を文字で記録した罪。神聖なる教えはドルイドの師から弟子に伝えられるもの。この禁を侵した貴殿には罰が与えられよう」

「――罪に服する。納得はしないが、法としての道理があるなら償う事に異存はない」

「二つ。貴殿は配下の者を用い、ドルイドの姿に扮させ、ドルイドを不当に貶めた。更にはドルイドを武力で弾圧し、我らに識字能力の普及に従事させる屈辱を与えた。よって罪ありとする」

「――罪を認めよう。いちいち尤もな糾弾だ、反論はしない」

「三つ。貴殿は傲慢にも神聖なる祭事を止めさせた。これは神に対する挑戦である。以上三つの罪により、量刑は死罪が妥当だろう。速やかなる死を貴殿に与える。――ただし貴殿には特別に、この裁定に抗う権利があるものとする。貴殿が戦士であり、神々が闘争を望んだからだ」

 

 そこまで厳かに告げたドルイドだったが、フッと肩から力を抜いて可笑しそうに笑う。

 茶化すように、褒めるように、彼は飄々と言った。

 

「故に貴殿の死刑を執行するのは、我らの奉ずる神々である――ってな。要するに近日中にカチコミ掛けっから、戦の用意をして待てってこった。勝てば無罪放免、負けたら死。分かりやすいだろう?」

「ああ……ユーウェインの名に懸けて、神々の挑戦を受けて立つ。私は逃げも隠れもしない。悪いが死ぬ訳にはいかないんでな、旧き神々には退場を願うとしよう。そろそろ引退する頃合いというものだ」

「ハッ――神サマ連中が挑む側とは大きく出たもんだ。気に入った、テメェは英雄だとオレが認めてやる。つーわけで、コイツをくれてやるから受け取りな。先輩から後輩への心づくしって奴だ」

 

 言って、彼は無造作に魔力の籠もったルーン石を投げて寄越した。

 片手で掴み取ったそれを一瞥し、ユーウェインは対峙している男に問う。

 

「これは?」

「召喚の触媒だ。呼び出せるのは空幻魔杖・擲ちの矢(ルー=デル・フリス)――オレのお古なんだが気にすんなよ。そこそこ使い勝手は良いはずだぜ」

 

 デル・フリス。その宝具の真名に目を見開いたユーウェインの前で、男の姿が次第に消えていく。魔力の結合がほつれ、幻が消え去ろうとしているのだ。

 

「待て。貴殿は、まさか――」

「おっとそれ以上はやめてくれや。下手に名が出るとテメェのお袋に気づかれちまう。厄介な女だからな、出来る限り気づかれたくねえ。んで……ソイツは最後の最後、奥の手として使えよ? 一回こっきりのサプライズって奴だ」

 

 じゃあな、と。ひらりと片手を振って、すっぱりと別れを告げたドルイドに目を瞠るしかない。ユーウェインは体に異変を感じた。黒衣の騎士服の袖を捲ると、二の腕に赤い刻印が奔っていた。

 ルーン石を受け取った際に、徴が付けられたらしい。存在の残滓が声無き声としてユーウェインに語りかける。『神殺しってのは最高の鎮魂だ。迷惑料だと思って受け取っときな』と男の声がした。

 ユーウェインはガニエダを振り返る。すると花の魔女は吹き出した。

 

「ぷっ――なにその貌。良いじゃないか、受け取っておきたまえよ。キミは今……赤枝の騎士の長に見初められたんだからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




親指ちゅぱちゅぱ「先輩!いつぞや別の後輩を脅しつけて赤ちゃんのフリさせたパワハラ先輩じゃないですか!この対応の差は一体!?」

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