獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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36,神話の戦、エリンの幕引き (上)

 

 

 

 

 嘗て独りの魔女がいた。恐るべき武勇と、驚嘆に値する叡智を誇る、猛き女王が。

 

 自らの研鑽が為に魔性を狩り。槍の一撃を窮め、生に飽いた末に死に場所を求め神に挑み。余りに人ならざるモノを殺し過ぎたが故に人の身を外れ、遂には不老不死の化生に堕ちた魔女がいた。

 

 ――魔女の名はスカサハ。神々の名に於いて、影の国へ封じ込まれた者。星の表層より永遠に追放された亡者の国の虚しき女王。

 あの哀れな女を追放した事に悔いはない。

 だが今になって思うのだ。あの魔女が死に場所を求めた心理を解してしまった故に。自らの力と技の限りを尽くし、全霊を賭した闘争の果てに討たれて死ぬ満足感。自らの終の極点を渇望する心。これを今になって探し求めてしまう無様さに魂が焼け付く感覚――理解しよう。共感もしよう。煩わしいばかりの魔女の嘆きだと切り捨てた無念を、今になって是認しよう。

 今の我らを知れば、あの魔女はどうするであろうか。我らの醜態を嘲笑う? とんでもない。他にやる事がないからと、性懲りもなく武の研鑽にかまけているであろう魔女は、作業的に我らを討とうとするだけだろう。新たな技を試す実験台にでもするかもしれない。

 アレの心情/信条は理解するが、自身の最期を飾る相手にアレを選ぶ事だけは有り得ないと断言する。影の国の追放を取り消しもしない。既にアレの魂は腐り落ちているだろう、現世に舞い戻れば途方もない大災となるのが目に見えていた。

 

 スカサハはやり過ぎたのだ。怪物を狩るのも、堕ちた神霊を討つのも良い。だが闘争による敗死を渇望するが為に、永きを生きた魔女が魂を腐らせ、世に災禍を撒き散らす現象に成る懸念が生じた。

 我らの総意として魔女を影の国に封じ、国ごと位相の異なる次元に追放したのは、決して誤った選択ではなかったと今でも確信している。

 いずれは、自分達もアレと同じモノに堕ちる。魂を腐らせ、神核の大部分を失い、名と体を崩した単なる魔性として失墜する。その前に――名と体を失いながらも、まだ辛うじて神格(ジガ)を保てている今の内に――この自意識と自我が残されている内に、我らは我らとして死にたいと願う。

 

 あの魔女の如く希求した。己を殺せるだけの勇士の手に掛かって死にたい、と。我らの同胞が堕ちる度に内々に処理(コロ)し、何かが欠けていく実感に恐怖しながらも雄敵を欲した。

 雑多な幻想の如く、星の内海に退去する選択肢は執れぬ。そんな退屈な末路など容れられない。我ら誇り高きエリンの神族、名も思い出せぬ自然の断片、原始の闘争にて終わらねば名折れである。

 神の世の終わりを予期し、いち早く雄敵と対峙して果てた光の神。こびりついた嫉妬と羨望が懐古させる。思い返せばあの最期こそ我らが心底より羨むべき終焉であったのだ。

 たかが人間如きと対等の力で闘い、屠られた光の神を嘲った、過去の我らのなんたる愚かしさよ。なあ諸君、親愛なる同胞諸君。もはやなりふり構えぬ我らの無念、雪ぐべきは今ではないか? 光の神の遺した轍を辿り、我らもまた闘争の内に終わるべきではないか?

 

 白状しよう。我らは限界である。もう、誰でも良いのだ。そこそこの敵がいたのなら、それに滅ぼされよう。妥協するしかない。我らの無惨な歴史に幕を引くべき時なのだ。もはや猶予はないのである。

 

 贅沢は言えない。言えないのだ。我らの側から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……なんと無様なのかと嘲笑うか? それで何がエリンの神だと。まるで乞食であると。

 だが()()()()()? 既に名も姿の輪郭も失った。この上、自我や神核まで完全に失くしてしまえば、名も無き残滓として人理に洗い流されるのが我らの最期となる。それよりは……マシなはずだ。

 

 ――そう、思っていた。妥協して(思って)いたのだ。

 

 最新の英雄にして、我らの最期の英雄が現れるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歌の国よ!

 

我らも歌おう 戦士の歌を

 

灯火よ 揚々と奮い立て

 

星を見よ 来たる戦の前に浅瀬を想え

 

夜明けの光を待ちながら 夜の静けさに震えを堪え 我らは歌う

 

戦士の歌を

 

我らは戦士 この命をエリンへ捧げよう

 

浅瀬を越え馳せ参じ 誓いを立てよう

 

ふるさとに暴君は要らぬ

 

誇りを賭け 我らは断崖の先に進み征く

 

没落も 栄光も エリンのために

 

雄叫びを 剣戟を 我らは歌として戦のさなかに口ずさむ

 

聞け 歌の国

 

戦士の歌を

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、だ。

 

 突如として、ウリエンス全土に、歌が流れた。

 大地を(どよ)もす、地底より這い上がった亡者の歌声だ。

 万の死者の軍勢が軍歌を歌い上げるが如き不協和音、しかしその調べ(ひびき)は真摯にして切実な色を載せ、押さえ切れぬ歓喜と高揚、死出の旅路を歩まんとするのに清々しい印象があった。

 にくいのは、歌を唄っている事。万の軍勢は声を揃えて唄い、盾を鳴らし、足踏みで音を出している。ウリエンスのみならず、ブリテンにて空前の流行りとなった音楽で、彼らは訴えているのだ。

 人は聞いていた。この歌を。出処の解らぬ戦士の歌を。不気味だろう、恐ろしいだろう。朝も昼も夜も問わずに大地へ満ちる音の暴力は、生気と死気の二つを螺旋と化させて絡み合い、人々に戦への高揚と敵対者への敬意を覚えさせるのだ。戦いを知らぬ者にとっては未知なる情動――歌い手達の心情に共感、共鳴させられる心の昂りが恐ろしいはずだ。

 歌い手達の本心が、歌声で伝わる。人は、訳も解らぬまま、はらはらと大粒の涙を溢す。訳を知り御心を知った神官は滂沱する。騎士は勇壮なる戦の顛末を想い歌い手に思いを馳せる。

 

「――ド派手に始めたな――」

 

 ユーウェインは瞑目した。神々が如何なるつもりでいるのか、悟ったのだ。

 全霊を。ただただ、全力を。死力を尽くして戦いたい。

 最期の敵としてユーウェインを望んでいる。晩節をこれ以上汚したくない、見苦しく生き長らえたくない、自分が自分でいられる内にケリをつけたい。死ぬも生きるも、派手に戦い抜いてこその誇り。

 共感はできない。だが、ユーウェインは笑む。悼みはしない、哀れみもしない、それは彼らに対する侮辱だ。故に、なんという誉れなのだと歓呼しよう。天地を震撼させるほどの大いなるものが、最期の相手として己を指名しているのだ。喜んで受けて立ってこそ、自然(カミ)は報われるだろう。

 共感はできずとも嫌いにはなれない。誰が自然を嫌えるというのか。生きている限り切り離せない、切り離してはならない世界そのものを、嫌えてしまえるほどユーウェインは破綻していなかった。

 

 ユーウェインは、一時ばかり、自らの立場を意図して忘れた。私人として、個人として戦いに向かう為に。歌の熱気にあてられたのではなく、ウリエンス国全土に現れたこの異変が、自身の政策によって齎されたのなら責任を持って除かねばならぬと判断したからだ。

 精霊を登用に向かっていたのに引き返し、戦に備えて疲労を除き心身の気力を整える。装備は神秘殺しの曲剣のみ。これだけで充分だ。万一破損しても、空間を超えて予備兵装を幾らでも取り出せる。

 

「行くのかい? ならボクも見届けに行こう」

 

 花の魔女が微笑んで、ユーウェインの背中を押す。

 

「オレを忘れちゃいけねぇな」

 

 ニコールが極槍で自身の肩を叩く。

 

「好きにしろ。だが、手出しは無用だ。勲なんぞに興味はないが――此度はどうも、武勲を誇るのが手向けとなるらしい。手柄を独り占めにさせてもらう」

 

 らしくなく高慢な騎士のような物言いだ。だがその物腰は常と変わらない。

 黒太子はゆったりと足を進める。ラムレイには乗らず徒歩で行くのは、延々と響き渡るこの歌で、動物であるラムレイが畏れ動けなくなっていたからだ。徒歩で行かざるを得ない。

 

 フォーローザ城を出る。王子の出立に、門兵が慌てて訊ねた。大地の歌声に掻き消されないように大きな声で。

 どちらに行かれるのですか、などと問う門兵にユーウェインは微笑みながら告げる。「旧き者達に幕を引く。新しきを寿ぐ者達に、安寧の眠りを届ける為に」――と。飾った言葉は王子としての物。要約すると怪異の退治に出向くと言っているだけだ。

 門兵は察する、この異変を鎮めるために英雄が征くのだと。我らの王子が、次代の星が人智を超えた超常現象を鎮めに向かう――この英雄譚を是非歌にしたい、帰ってきた後に話を聞かせて欲しいと門兵は懇願した。それにユーウェインは失笑し、ニコールとアンブローズのどちらかに訊けと受け流す。客観的な武勇譚こそが歌われるべきだと言い訳した。

 

 城を出た一行は、歩いた。朝と夜、日の出と日没を三度繰り返した先で、たどり着いた草原。そこへ至るまでに彼らは異様な光景を目にする事になった。

 

 ブリテン島に跋扈し、跳梁する怪異ども。ゴブリンをはじめとする雑多なモノ達。これらが狂奔し、いずこかへ走り去っていくのだ。それを見たガニエダが皮肉るように揶揄する。

 

「――どうやらケルトの神様たちは本気も本気みたいだね」

 

 どういう事だと訊くと、驚くべき答えが返ってきた。

 ニコールがいるからか肩肘を張って顧問魔術師が謎を紐解く。

 

「魔猪は別として、ゴブリン、オーク、キメラ……ウェアウルフとかそういう類いの、よその国には存在しない()()()()()()()()()()()は、ケルトの神様達の()()みたいだ。私も今気づいたんだけど、そういう数ばかり多いモノが一箇所に集合していってる」

「……おい、それはマズくないか?」

「マズいねぇ……単品だと弱いけど、強烈な意志で断片が纏まったなら、侮れない魔性が出現するんじゃないかな。……どうしよっか? 追い掛けていって本体が顕現する前に叩いちゃう?」

 

 ブリテン島全土の、未開領域にゴブリンの巣は存在する。オークやその他の亜人、猛獣も生息していた。その総数は途方もない規模だろう。兵力は下手をするとブリテン人の人口より多いかもしれない。

 そんなものが、現れる? 冷静に考えたら想像もつかない戦力だが――物は考え方、捉え方次第である。いっそこう考えたらいい。ここでケルトの神様を討ってしまえば、ゴブリン等の被害に遭わなくても済むようになるのだと。わざわざ一箇所に集まってくれるなら歓迎すべきだ。

 

「ユーちゃん。オレが見るに、奴ら……ユーちゃんに気づいてなくね?」

「……闇雲に国内を彷徨かれても迷惑だな。俺の居場所を報せてやらねばならんか」

「どうするんだい、王子様?」

「折角歌が轟いているんだ。曲を添えてやるのが粋な心意気という奴だろう」

 

 ゴブリンを初めとする怪異が集合していく地点は、一行の居場所と遠く離れているようである。それに気づいたニコールの指摘と、ガニエダの問い掛けに応えユーウェインは虚空に手を突っ込んだ。

 取り出したるは、オーパーツ・ヴァイオリンとその弓。虚を突かれたように目を瞬き、苦笑したガニエダを尻目に。木製の横笛をニコールに投げて渡す。おいおいと半笑いする赤毛の傭兵が、仕方なさそうに極槍を地面に突き立てて横笛に口をつけた。

 

 即興で、国土全体に轟く歌へ曲を当てる。三日以上昼夜問わずに歌われていた歌だ、聞こえる勇壮なる軍歌に相応しい旋律は嫌でも浮かんでくる。笛と擦弦楽器のメロディーを、ガニエダが目を細めて杖を振るい拡散させた。ぴくりと怪異が反応する。国中の人々が――魔獣が、幻想が耳を傾ける。そこにいたのかと、怪異は貌を歓喜に歪め、意気揚々と音源へと集まり始める。

 やがて、歌が止んだ。

 演奏も止まった。ニコールが笛を投げ返してくる。ヴァイオリン共々虚空に仕舞い込み、黒太子は眼前の怪異の軍勢を見渡した。

 

 見渡す限りの草原地帯。待ち構えていた三人の前に――十万にも届こうかという怪異の大軍が在る。爛々と輝く双眸は戦意に塗れている。その双眸は眼前の、白髪と蝋の如き肌の英雄を捉えて離さない。

 見つけたぞ、と。怪異の軍勢が一斉に唱えた。地響きすら伴う絶叫の調べ。裁きの時だと揶揄する面白さ。戦の時だと笑う喜悦の斉唱。無言で見据える三人の前で、軍勢の輪郭が()()()()と歪む。

 嵐が起こる。凄まじい突風が渦を巻く。怪異の群れを巻き込んで()()()()()が結合していく。本来はそれぞれ独立した神格が、完全なる零落を前に実像をあやふやにし、それが故に融合を果たしたのだ。

 十万の軍勢が消えていく。嵐の中に、十の人影が現れた。顕現したのは彼らの姿、影。

 

 雷鳴と炎、戦争と死、空を司る男神がいた。

 大地の支配者たる男神が。

 森と農業の男神が。

 神馬に騎乗した女神が。

 輝く太陽と治療の女神が。

 因果を編みし女神が。

 狩猟と富を支配する兄弟神が。

 そして――彼らを総括する、部族の長とその妻が。

 

 嵐を纏い、それぞれがそれぞれの神造兵装を手に、権能の証たる象徴武装を天高く掲げ、神格らは厳かに開戦の言霊を唱える。

 

 ――誓う。如何なる策も、あらゆる縛りも無しに裁きを行う事を。

 ――誓う。裁きに抗う罪人を討つ事を。

 ――誓う。戦こそが我らの祭典。戦の後、如何なる悪因も残さぬ事を。

 ――我がこの誓いを破る事あらば、緑の大地開いて我を呑むべし。灰色の海押し寄せて我を呑むべし。天の星落ちて我が命を絶つべし。

 

 唱えると、十の神格は今度こそ、その核を一つに集積する。

 邪神(暴君)に落ちぬ、落ちて堪るかと耐え続けた神々。落魄れる前に自ら力を拡散し、単なる怪異の群れと化していた者ら。彼らを前に、ふとこれまで忘却していた邪神インデフを思い出し。

 笑う。あんなものと比較する事すら彼らに対する非礼である。ユーウェインは彼らの高潔なる戦士としての姿を目に焼き付けるべく、密やかに呟いた。

 

「――永久に眠るがいい。貴公らには安穏とした夢がお似合いだ」

 

 融け合い、結び合い、影ではなく実体を得る為だけに、十の神格が一の神に集まりゆく。

 雄々しい姿だ。雄大な形だ。比喩でなく、巨山の如き雄偉の肉体。城よりも大きく、山よりも大きい、一つの山脈の如き巨躯は筋肉の束。振り乱れる黒髪は天より降り注ぐ黒い雨の様。

 纏う服飾は皆無。眩く光る玉体こそが戦の鎧。雄壮な鎧は革のそれ。

 翼の様に三対の腕が広げられ、地平の彼方まで手が届きそうだ。

 それそれの手が握る雷鳴、炎、槍、剣、盾、秤は夥しい魔力を帯びる。

 

 宙にも至らんばかりの背丈を見上げ、ユーウェインは思った。

 

(流石にデカすぎないか……?)

 

 開戦の間際――途方もない規模に笑い出しそうだった。張り切り過ぎだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 




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