獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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4,愛と勇気のお伽噺

 

 

 

 

 さながら小さな活火山が噴火したかのようだった。

 漆黒の噴流が矮躯を飛ばし、砲弾の如く虚空を奔った弾丸が弾指(133ミリ秒)の先――刹那(13ミリ秒)にて標的に接触する。暴力的な黒き魔力が柱となって剣を覆い、叩きつけられた木偶が木っ端微塵に砕け散った。

 どよめく声を捻り潰す暗黒の呪。妖しく光る琥珀の双眸が光の残線を引き、疾走する騎士が両手で大剣を振り上げる。断末魔と共に吹き散る鮮血、刎ね飛ばされる獣の首。怒号にも似た雄叫びが迫り、裂帛の気合と共に振り下ろされた棍棒が火砕流の如く矮躯の騎士に叩き込まれた。

 

 轟音が響く。

 

 塔のような棍棒を振り下ろしたのは、虜囚たる巨人。小山を彷彿とさせる巨躯に搭載された筋肉の存在感は、肌を濡らす汗により艶を持った事で躍動感に溢れ、発揮された膂力は容易く岩盤をも砕くだろう。

 だが。その直撃を受けた黒い甲冑の騎士は、篭手に覆われた片手を上げただけで棍棒を受け止めている。足元にクレーターを生じさせ、両足を地面に埋もれさせているが、微塵も堪えた様子もなくジロリと巨人を睨み据えた。身の丈四メートルを超す巨人がたじろぐ。己の渾身の一撃が、自身の半分にも満たない矮躯の騎士に止められたのが信じられない。

 しかし、信じられずとも現実は変わらない。ギュゴッ! と途方もない質量が激突したような爆音を鳴らし、人の身でありながら巨人の膂力を有する騎士が棍棒を殴りつける。その衝撃で棍棒を握っていた巨人の両腕が万歳をしたように跳ね上げられ、無防備になった懐に騎士が飛び込む。無造作に薙がれた大剣が巨人の腹を裂き、血と共に腸が地面に零れ落ちた。

 膝を付いた怪力の巨人が、呆気にとられたような貌で騎士を見る。跪いた事で漸く頭の位置が近づいた騎士が、悼むような、吐き気を堪えるような眼差しで巨人を見詰め、介錯の一閃を放った。

 

 どぉ、と地響きを鳴らして巨人が倒れる。

 胴と離れた頭が足元に転がった。

 末期の目が己を見詰めるのに、ソッと目を逸らした騎士は辺りを見渡す。

 

 死屍累々だった。屍山血河である。ただし、死んでいるのは全てが巨人や、魔獣化した猪である魔猪だ。四肢が無くなっている死体もあれば、首だけを刎ねられた骸もある。少年騎士は咽せ返るような血の臭いに眉を顰めて、この惨劇を演出した己自身への怖気を押し殺した。

 ここは処刑場。本来は罪人を斬刑に処すだけの場。しかし今回は国土を荒らす人外の者を囚えた魔女によって、デモンストレーションの舞台として誂えられていた。即ち、妖精の子のお披露目だ。

 処刑場を囲う結界の柵と城壁の如き堅牢な壁の上に設えられた観客席。居並ぶのはウリエンス国の王侯貴族と貴婦人であり、中にはウリエンス王ゴールとその子供達もいた。王子にとっては妾腹の弟と妹達だ。

 

 しん、と。場は水を打ったように静まり返っている。

 圧倒的な蹂躙の現場には、畏怖と戸惑いが詰まっていた。

 王子にして騎士の装いを纏っている処刑人、イヴァンは王の傍らに立つ母を一瞥する。すると彼女は微笑んで頷いた。小さく嘆息して視線を切った王子は胸を膨らませ、そして大音声を炸裂させる。

 

「ォォォオオオオオ――――ッッッ!!」

 

 片腕を天に突き上げての勝鬨。とても少年のものとは思えぬ、空気を振動させる声量だ。

 離れた位置にいる者達の肌を打つ声は、恐怖を想起させて萎縮させる力を有している。だが、それは力なき敵対者を怯ませる威圧感であり、庇護される側や付き従う者達にとっては福音だった。

 

「ぉ、ぉおおお!」

「おおおおぉぉぉぉ! 王子ィ!」

「王子ッ! 王子ッ! 王子ッ!」

 

 真っ先に呼応したのは王侯や貴婦人達の警護に当たっていた騎士達だ。彼らは国の為に最前線で戦う者達であり、命を掛けた戦場を知る者達であった。故に強き者を歓迎し、それが功を競う必要のない王族であるのなら嫉む事もなく歓呼の声を上げて歓迎する。

 何故なら強き王族とは守護者なのだ。時に戦場で自分達を守ってくれる。勝利を齎してくれる。偉ぶるだけでなんの力もない豚どもよりも、彼らは力ある王子の誕生を喜ぶのだ。

 

 その熱狂の波は周囲にも伝播する。例えどれだけ恐ろしくとも、その恐ろしい力が自分達を庇護する為に振るわれるなら、寧ろこの乱世にあっては何より頼もしいものとなるからである。

 スタンディングオベーション。立ち上がって両手を打ち鳴らす王侯貴族。貴婦人やその令息、令嬢達はそれぞれ趣の異なる意味合いで顔を赤くし、処刑場に君臨する美貌の王子を見詰めた。

 

(――野蛮人め)

 

 嫌悪を、内心吐き捨てる。

 無理矢理愛想笑いの形に表情を歪めるイヴァンの心は、暴力を見せびらかしたのに歓喜する者達を軽蔑していた。無論、仕方ない事は分かっている。軽蔑するべきは、暴力が必要とされる時代であろう。

 己の心得違いを戒め、イヴァンは心の中で悪罵した。

 

(血と鉄の時代に終焉あれ。クソッタレな蛮族の文化に転換あれかし)

 

 そしてイヴァンは魔猪には何も思わずとも、巨人の骸を見渡して彼らの冥福を祈り十字を切った。

 

(――主よ。天上におわす至尊の御方よ。この者達に憐れみを)

 

 ブリテンの国教は、キリスト教だ。イヴァンにも信仰心はあるが、その比重は軽い。

 神はいてもいいし、いなくてもいい。はっきり言ってしまうと興味がない。

 敬いはするし、尊びもする。しかし敬して遠ざけておきたいのが正直なところだ。

 だがイヴァンが知る限りに於いて、この教えこそが最も綺麗であった。人が関与した人界には汚い物ばかりであり、斯様に感じられる物は貴重である。心の距離は開けながらも自然と尊重するようになった。

 故に相対的に見れば、信仰心は厚い方だろう。決して敬虔な信徒というわけではないし、故あらば無視するだろうが、さりとてそれが問題視される事もない。なんせ『教え』に忠実な信徒などイヴァンは見た事がなかったからだ。なんならイヴァンが最も敬虔であると言えるかもしれない。

 

「………」

 

 原始の呪力によって象った甲冑を解く。

 すると黒い粒子となって甲冑が消えて、騎士服の姿となったイヴァンは踵を返し舞台を降りた。

 その振る舞いが格好良く(クールに)見えたのだろう。令嬢達の黄色い悲鳴が上がったが、黒王子は気づかないふりをして冷淡に無視した。

 

 流麗な白髪に、宝石のような琥珀の瞳。その美貌とも相まって冷静な立ち居振る舞いがよく似合う。だがイヴァンは自らの容貌が余り好きではなかった。なんというか、()()()()()()()()()()のだ。

 無論、そんなはずがない事は分かっている。

 ()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこには何も、おかしなところはない。

 

「………」

 

 そして――それとは別に半信半疑だった事もある。幾らなんでもそんな事はないと思いたかった。

 だが現実はどこまでもイヴァンの感性からズレている。こうして武威を示せば騎士は心服して従い、イヴァンの王位継承を支持するだろうと母は言った。そしてその通りになった。

 なんだアイツら、と粗野に吐き捨てたくもなる。国防の要たる戦力である彼らにも、武力を支持し信奉してしまう事情があるのは理解しているが、やはり合わない。本当に――頭が痛かった。

 

 こめかみに走る疼痛に顔を顰める。

 将来は自分も戦場に立つ事になるのかと思うと、イヴァンは更に顔を歪めてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウリエンス黒太子。社交界に興じるうら若き令嬢達の間で始まり、騎士達、廷臣、果ては領民に至るまで、自らをそのように称しているらしい。それを聞いた当人はどんな顔をしたら良いのか判断に困った。

 報せて来たのが母だったから尚更に。

 

「私はそのように噂されるほど、大層な功績を立てた覚えはないのですが……」

 

 恥ずかしいと思うより先に困惑したイヴァンである。

 そんな愛息へモルガンはたおやかに微笑した。

 

「実績など関係ない。国の面子の為に騒ぎ立てているに過ぎぬ」

 

 それを聞いて、ピンとくる。ははぁ、さてはまた母が動いたのか、と。

 幾らなんでも噂が広まるのが早すぎるからだ。令嬢達や、騎士達が騒ぐのは――大袈裟だとは思うが分からなくもない。しかし廷臣がウリエンス王ゴールの血筋を褒める目的以外で持て囃す理由は? こんなにも早く領民たちにまで話が広がっているのは何故だ?

 考えてみれば自明だった。()()()()()()()()()()()()……それはブリテン王ウーサーの後継者を自称する各地の群雄達が、まだ有していない要素なのである。積極的に喧伝する事で、モルガンという王妃を有し、かつモルガンとの間に生まれた王子が才気煥発であれば、それだけ他の群雄よりも後継者レースにリードした事になる。……暗殺者に気を付けねばならなくなるのは難儀だし、駆け引きの材料にされているのは面白くはないが、剣と槍を以てして覇を競うよりも望ましいのは確かだ。

 

 イヴァンの顔色から得心がいったのだと察したらしい。モルガンは優美な所作で顎に指を当て、凍土に咲いた氷の花の如く相好を緩めた。

 

「言の葉一つで裏との関連性を読み解くか……智慧働きの利く王子が我が子で、妾も鼻が高い」

「母上のお蔭です。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

「無論だとも。我が子が栄光の道を往こうというのに、それを助けずして座す妾ではないさ」

 

 一礼して感謝を述べると、慈愛の眼差しで黒衣の妖精は応じた。

 

 イヴァンはモルガンが嫌いではなかった。未だに知らぬ面は多々あるし、時折り全くの別人になったのではないかと疑ってしまう人だが、少なくとも混じり気のない愛情を注いでくれる唯一の相手だ。

 率直に言ってしまうとイヴァンは息子として母親を愛している。煩わしい人付き合いも最小限で済むようにしてくれるし、魔術に対抗する術や欲する知識を惜しみなく与えてくれる恩義もある。少なくともイヴァンの目から見ると無償で愛してくれているのが、言葉や仕草の一つ一つから感じられるのだ。これで母への感謝と親愛を抱けなければ、イヴァンは本格的に己を人格破綻者であると断じていただろう。

 

 惜しむらくは、イヴァンの心が感じる『野蛮さ』の急先鋒こそがこのモルガンである事だ。

 それさえなければ、イヴァンはモルガンに何一つ不満はない。とはいえ、完璧な人などいるはずもなく。そこまで母親に望むようでは、イヴァンとて傲慢であると詰られても文句は言えないだろう。

 

 嘆息を一つ。そして鍛錬を再開する。

 

 ――花の魔術師に夢の世界に引き込まれて以来、半年もの歳月が過ぎ去っていた。

 その間なんの音沙汰もない。恐らく魔術師としての己と同位であるモルガンが、イヴァンに対してほぼ付きっきりだから訪れる間がないのだろう。何故母が自分から離れないのか、理由を察してはいた。

 黒太子なる噂を流したから暗殺者が大量に押し寄せるのは想像に難くない。しかしイヴァンはこれまで一度も暗殺者に襲われた事がない。それが答えだ。過保護な母が、暗殺者の群れを葬ってきたのだろう。

 護られている。それが、途方もなく嬉しく思えた。

 そもそもイヴァンはマーリンを欠片も信用していない。来ないなら来ないで一向に構わないし、寧ろ煩わしい問題にかかずらう暇もないので、金輪際夢に拐わないでほしいというのが本音だ。

 

 剣を振る。

 

 鉄の塊であるというのに、魚の小骨のように軽く感じて頼りなさがあるが、それ自体は然程気にならない。しかし半年前のデモンストレーション時に巨人を斬った感触が手に残っているのが気になった。

 命を殺め、奪う感覚は甚だ不快で仕方なかったが、そんな事よりも彼は思っていた事がある。

 どうせ殺めるならば――せめて綺麗に死なせ、尊厳を遺してやりたい、と。

 あの時の己は羞恥に駆られるほど未熟であり、魔力を上手く扱えていなかった。故に切断面は荒く、原型を留めているモノは少数で、大半がグロテスクな死体へと貶められていたのだ。

 魔猪はどうでもいいが、巨人は人の形をしている。意思疎通の叶う知能もあるし感情もある。なら身長がデカいのだって()()()()()ではないか。元々彼ら巨人に悪感情などない故に、人に害を為したからと殊更重く罰して死刑とするのは納得がいっていなかった。

 だが巨人は人との共存の叶わぬ怪物だ――というのが定説である。根拠もなく否定しても良い事は何もない故に、罪悪感を覚えつつもイヴァンは彼らを斬った。しかし何も無駄に傷つけたい訳でもない。

 

 彼らも人であるなら、せめて人らしく死なせてやりたい。

 

 それが、イヴァンが剣の鍛錬に精を出す動機だ。

 今の己に師はいない。剣の術理で学べるものはあるのだろうが、魔力放出を軸とした怪物的な戦闘を主とするイヴァンである。尋常なる剣理など適用できるものではなかった。

 故にイヴァンの剣は我流である。如何に早く、速く、疾く剣を振れるか。如何に剣筋を立てるか。そして如何にして放出する魔力を微細に制御し、精密なコントロールができるかを追い求めている。

 有り体に言ってしまうとイヴァンに技術など要らないのだ。なんら強化せずとも巨人に比する膂力を有し、魔力放出によって打撃力を爆発的に高められる。脚力を軸とした機動力も同様で、反射神経から何まで人の規格から外れている。故にイヴァンはただ本気で動くだけで大抵の敵は力づくで打倒でき、格上や同格の敵がいたとしても()()で戦っても立ち回れる――と、母は太鼓判を押してくれていた。

 

 それでも、イヴァンは技を欲した。

 

 正確には己の暴力を律する技量と、稠密なるコントロールを成す繊細さを。

 人を、命を斬るのに、法外な火力など要らない。適切に急所を突けたなら、相手を絶命させるのは容易いからだ。

 今後人を斬る機会は必ずある。その時にその人の遺族に()()を差し出して、これが亡くなった人の亡骸です等とは言えないし言いたくない。人は人らしく死ぬべきで、そこに最後の尊厳があると信じていた。

 

「――そういえばイヴァンよ。そなたに友はおるのか?」

「は? ……ぁっ」

 

 真剣に剣を振り、己に合った動作を探る。同時に己の中の魔術回路を開き、魔力を練りながら敢えて開放寸前の状態で寸止めし続けた。気を抜けば魔力が暴発する――という所で声を掛けられた。

 間の抜けた声を溢してしまったのは、イヴァンがうっかり魔力を噴射させ、剣先から迸らせた漆黒の呪力が塔の頂上部を消し飛ばしてしまったからだ。館の付近での修練の最中、不幸な事故である。イヴァンが沈黙するのに、珍しく妖精が快活に笑った。

 

「ははははは! この()()()者め! 声を掛けられた程度で制御を手放す奴があるか!」

「……面目次第もありません。この失態の咎は必ずや私が――」

「いい、いい。子のやんちゃを許せずして何が親か。これぐらいは妾の裁量で目溢ししてやろう」

「は。寛大な措置、感謝します」

「うむ。それでイヴァン、妾の問いに答えよ」

 

 冷や汗を流して頭を下げるイヴァンをモルガンは許した。

 だがその問い掛けにイヴァンは難しい顔をせざるを得ない。

 

 友? なんだそれは。そんな概念(もの)知らない。それは必須か?

 

「私は王族です。身分の異なる者を友としようにも、相手の方が心のどこかで遠慮してしまうでしょう。私は相手に遠慮をさせてまで、友情などというものを手に入れようとは――」

「つまりおらんのだな」

「……は。しかし……」

「おらんのだな?」

「………はい」

「では気に掛かる女は? そろそろ色を知る歳であろう」

「………」

 

 うぶな少年は、赤面して俯くしかない。

 というか王妃であるモルガンが大概近くにいたのでは、友誼も恋も成就しないだろう、と心の中で呟く。情けない言い訳であった。

 しかしそんな事を気に掛けるモルガンだっただろうか。若干のらしくなさを覚え、視線で探る。

 果たして妖精は我が意を得たりと頷いていた。

 

「女は必須である。そなたとていずれ王となるのだ。世継ぎは作らねばならぬからな。それは分かるであろう?」

「……ええ、それは、まあ。しかし王族の婚姻とは政略であります。気にする必要はないでしょう。相手に求めるのは家柄と()()()()容貌でしかありません。そちらは必要に応じて決めればよろしいかと」

「その通り。だが友はいる。妾には要らんが、そなたにはいるべきだ。で、あれば……そなたは友に何を求める? 適切な者がおれば、妾が見繕っておいてやろう」

「………」

 

 この粗野なる世に於いて女は不遇をかこつ。モルガンのような人ならざる者でも例外ではない。

 如何なる面でも弱者として扱われ、故に騎士道なる欺瞞、偽善として『弱者を庇護する』という姿勢から、女性を敬い丁重に扱ってこその騎士であるなどと言われるのだ。

 故に貴種の女は政治の道具となるのが常である。他家と血の繋がりを有する為の道具こそが存在意義としての比重を強め、であるからこそ貴婦人達は恋物語に熱中し、恋に愛にと空想に耽るのだ。

 実際に貴婦人が身分を超えた愛だの恋だのを追い求めるのは、亡国の兆しであるとすら言えよう。イヴァンとしてはそんな馬鹿女でさえないなら、嫁は正直誰でも良かった。容姿の美醜は問わない。子が産めるなら老婆でも構わないとすら思っていた。何せイヴァンは、いつからか人の美醜が分からなくなっていたから。

 

 自分の容姿が、自分のものではないと感じるが故の不具合である。強いて伴侶に問うとすれば、精神面なものぐらいだろう。イヴァンは伴侶に関しての思考は脇に退け、素直に母の問いに思案した。

 

「……私が友に求めるもの。それは……」

 

 なんだろう? 考えたこともない。元より誰かと仲良くなれると思った試しもなく、実際に他人と話しても価値観の相違からうんざりするばかりで、上辺だけ話を合わせるぐらいが関の山だった。

 

「……私の身分を気にしない事。ただし、公私を分ける分別があるのが前提ですね」

「さもあろう。場を弁えず対等な口を利く愚者は刎頚に値する故な」

「ええ。そして……そう、ですね……()()()()()()事。やはり嗜好の異なる者よりは、そちらの方が意気も投合すると思います」

「ふむ。ふーむ……相分かった。そなたの希望はしかと聞き届けたぞ。期待して待て」

「はい」

 

 この問答で満足を得られたのか、モルガンは頷いて立ち去った。

 イヴァンは首を傾げてそれを見送り、それから剣の鍛錬を再開する。

 

 ――異端の精神で固定された人造の英雄は、後付けの才気を以て剣の業に励む。神秘の才と和の探究、合わさり辿り着く境地は魔剣の理。到達するは何時の事。振るわれる魔剣技が斬るのは、果たして。

 

 イヴァンは、一年、二年と経っても母に誰とも引き合わされなかった事で、結局己の友足り得る者は見つからなかったのだと思い、友に関する話題はなかった事になったのだと決めつけた。

 元より期待はしていなかった。故に、その邂逅は運命(作為)である。暗闇に籠もった魔女は嘯いた。

 

(――イヴァン。そなたに友へ求めるものを訊くとは、妾はなんと子供想いなのであろうな? しかし意外と難儀な希望よ。そなたの魂に見合う者など、ブリテンはおろか大陸にもおるまいに……)

 

 やはり、

 

(鋳造する人形には、そなたの精神性を模倣したものを投影し、妾の方で手を加えたものとする他あるまい。イヴァンとて人であるからには情に惑う事もあろう。友としたモノには女避けの役を担わせ、同体の人形に女として接させ恋破れさせるがよかろう。であれば――両性の友を拵えようか)

 

 モルガンは無垢に笑う。そこに悪意はない。純粋に精神的な孤独に嘆く我が子を想っての事だ。

 故に善意である。善意であるのだから、歯止めは利かない。

 

(鋳造する人形の銘は……そうさな)

 

 ニコ・コール・マグラスラック(多くの名を持ちし無性なる監視者)が相応しかろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――イヴァンが意識を取り戻してより五年。即ち黒太子は成人の境である十五の齢を数えた。

 

 モルガンは近年、長らく機嫌を上向かせている。

 

 それは妖精が子を愛す悦びに触れたからであり、彼女は盲目的に愛息を愛で続ける。

 

 やがて歪つで破綻した母の愛は、己が子と自分自身をも狂わせるだろう。

 

 だが、契機が訪れた。狂うしかないレールが切り替わる時が来たのだ。

 

 それは、彼女の父ウーサーが、末期の時を迎えようとしていると聞き、偉大な父を看取るべくウーサーの居城へ参じた時の事である。モルガンはそこではじめて知った。

 

 ウーサーが、自らの後継を、自分自身で造り出していた事を。

 

 モルガンの愛息ではなく、生み出され五歳となった三つ子のいずれかに、成人した暁には王位を渡そうとしている事を。

 

 モルガンは……知ってしまったのだ。

 

 果たして大いなる魔の精は、激怒する。

 

 その狂乱をイヴァンが目撃した事が――ブリテンの今後を決定づけるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イヴァンくんの親友ポジにつく運命(作為)のホムンクルスの名前。その由来。
マグラ(多く、至高、多大、崇高)ス(~御方、無性別呼称)ラック(覗く、視る、瞳、眼、啓蒙)

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