獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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今日2回目なので前の話も見逃さないでください!!!






46,王の完成・告別の儀

 

 

 

 

「………」

 

 ラムレイを駆って王都を出た。誰に断りを入れるでもなく、行かねばならんと喚いて。

 鬼気迫る形相だったのだろう。誰も止めようとはしなかった。否、止めようとはしていたかもしれないが、何者の制止も耳に入れず、ユーウェインは駆け出してしまっていた。

 王の唐突な乱心とでも、今頃騒がれているかもしれない。

 だがラムレイを駆るユーウェインの頭には、そんな些末な問題など残ってはいなかった。白鴉が運んできた白い花、赤い血――血は生命の象徴であり、生命とは魔力を内包する。故に花に飛び散っていた赤い血から、己の知る魔力の残滓を感じ取ってしまったのである。彼の理性を溜まりに溜まった感情の濁流が打ち崩してしまうのは、むしろ当然の帰結であったと言える。

 頭の中は真っ白だ。ラムレイの前を飛翔する白鴉の案内を受け、疾駆している一個人としての青年は、自身がいつの間にか馬上の人となり、風に打たれながら愛馬にしがみついている事へ驚いた程。

 彼が我に返れたのは、彼の肉体が長時間の行軍に耐えられず、苦痛のシグナルを発し始めたからだ。だがそれがなんだというのだろう――ユーウェインは止まらなかった。どれほど疲れようと、どれほど傷が痛もうと。ラムレイが主人を気遣い脚を緩めても急き立てた。

 

 王として失格。落第な振る舞いである――そんな事は分かっている。だがそれがどうした。

 

 元々ユーウェインが王を志したのは、野蛮なる人々に絶望したからだ。彼らの心の貧しさに憐憫を覚え、豊かな生活と平和な毎日があれば、異形の精神を持つ己とも価値観、倫理観を共有できるかもと期待したからでしかない。それだって本音では妥協なのだ。王族に生まれてしまった己の血筋、その責任から逃れるのを良しと出来なかったから、妥協して王を目指した。誰と話しても根本的なところでズレを感じ、疎外感を覚えてきたから、王となって人々の心にゆとりを齎せられたならと、希望を懐いたのである。

 

 ――ああ。白状しよう。ユーウェインは、()()()()()のだ。

 

 誰と会っても、誰と話しても、血肉を分けた親兄弟ですら()()()()()()()()()()()()()と蔑んでしまう己の傲慢さに嫌気が差し。そんな自分は孤独でいるのが当然だと思って。それでも()()()()()と我儘に、王道を往く事を自分勝手に決めた。世に言う完璧な騎士など何処にもいないのだ。

 

 これがユーウェインの真実であり、渇望であった。

 

 だから、驚いたのである。

 人の美醜すら主観では判じられぬ己が、よもや誰かを愛するなど。

 女を愛したのだ。そして信じ難い事に――()()()()()()()

 これがどれほどの『驚き』だったのか、恐らく地上の誰にも理解できまい。

 母の『天上よりの愛』ではなく。『隣に立って寄り添ってくれる愛』を得られた感動を、他の誰が理解できる。いいや、理解させて堪るかとすら思う。この愛は己のものだ。誰にも渡さない。

 愛は希望にもなった。異形にして精神異常者である己でも愛を知れたのだ。なら世の人たちも粗野で短絡的な原始人より脱し、文明的で理性的な人間になれるはずだと。人類という赤子が少年期に入り、青年期を経て大人になれるはずなのだと希望を持てた。

 終わりの見えない王の道に――それがどれだけユーウェインを勇気づけてくれたか、真に理解できる者が此の世にいるか? いるはずがない。ニコールやガニエダですら理解していないのだから。

 

 意識が朦朧としている。手足から力が抜ける。死体が死に浸ろうとする。

 強靭な意志が、それらを繋ぎ止めた。

 疾走するラムレイ。友にして主人であるユーウェインの容態が最悪である事に焦っている。だが知らぬ。それよりも早く、早くだ。早く救けに行かせてくれとユーウェインは願った。

 こんなに疲れ果てて、なんになるのか。きっと今、困っているガニエダの足手まといにしかならないかもしれない。そう思っても止まれなかった。ガニエダは戦っているはずだ、誰かと。何かと。そこに間に合いさえすれば何もかもどうとでもしてみせると思う。自分が真に英雄であるならば、それぐらいの無理も押し通せずしてなんとする。己の力だけは群を抜くと知るからこそ止まらない。

 

 雨が降っていたのだろう。もう、上がってはいる。開いた傷から噴出した血で衣服は汚れ、濡れた服が重い。辿り着いた先は、何処とも知れぬ洞窟――白鴉がラムレイの頭の上に留まる。

 ここか。落馬するようにして下馬し、青年はよたよたと洞窟の中に入って行く。湿った岩の地面……浸食洞窟なのだろう、雨水や地下水、河川によって削られた岩石が洞窟となり地下にまで進んでいける。所々の隙間から日光が差し込むのを手掛かりに、奥へ奥へと重い足を運んだ。

 静かだ。物音一つしない。

 聞こえるのは泉のせせらぎ。流れる地下水の音だけ。

 動悸がした。吐き気もする。なぜ。なぜ――()()()()()

 目眩もする。堪らず岩壁に手を付いて、吐いた。ピシャリと赤い血を吐いてしまったのは、ここまで無理を押して行軍してきてしまったからだろう。気を抜けばそのまま気絶してしまいそうだ。

 やがて、最奥に辿り着く。

 

 絵画のようだ――と、ユーウェインは思った。

 

 一際拓けた空間には、天井の隙間から日光が差し込み、真下の泉に照り返されて、最奥の空間を照らし出していた。

 その、泉の上。光の差し込む場の、岩壁に。

 ひと振りの――大剣が突き立っていた。

 

「…………」

 

 がくりと膝をつく。

 大剣は、縫い止めていた。

 一つの、骸を。

 

「…………」

 

 宝玉の眩い、神造兵装。見たことのない位階、最上位の宝具。

 それに穿たれた骸は、老いさらばえている。

 腐臭を発し、肉が部分的に落ち、白い骨が見えていた。

 面影は欠片もない。

 しかし、よくよく見知っている白いローブ。襤褸と化した布切れを纏っている。

 何より。ユーウェインが、見間違える事など有り得ない存在だった。

 

 ガニエダが――死んでいた。

 

「………………」

 

 魂が抜けたように呆然と見上げる。

 光が絶え、闇に包まれ、また光が起こり、光が絶える。

 肉体にとっては休息となったのか、疲労が幾らか抜けて。

 しかし食欲も何もないまま、ユーウェインは立ち上がった。

 

「ガニエダ」

 

 心は病まない。心は変わらない。傷つかず、澱まず。

 不変の精神とはそういうもの。愛する女の死にすら心折れぬ。

 そんな己を――唾棄して。しかし不変である事とはまた別に、凪いでいた。

 静かな呼び掛けが反響する。己の声に反応してか、骸からみすぼらしい花が舞った。

 ひらひら、ひらひら、と。

 手元に来た花弁を両手で掬い、胸に当て、目を閉じる。――皮肉にも神に祈るような格好で瞑目するユーウェインの脳裏に、女の最期の瞬間が再生されてきた。

 

 老いに蝕まれ無力となった女の前に立つ、見知らぬ刺客。

 刺客の剣に心の臓を穿たれ、息を引き取る寸前に、女は言った。

 

()て、マルミアドワーズ――ボクを。キミを。迎えに来てくれる人が現れるまで』

 

 倒れようとした女の骸を、大剣がひとりでに動き、貫いて岩壁に串刺しにした。

 刺客が女の骸を破棄しようと近づいても、大剣の魔力に押し返される。もう触れられぬ。

 刺客は歯噛みして、この場を去った。

 

「…………」

 

 脳裏に流れた映像が途切れる。ユーウェインは、そっと手を翳した。

 すると、大剣が傾く。まるで導かれたように飛来した大剣の柄を掴み、地面に突き刺した。

 落下していく骸を、跳躍して抱き止める。

 嘘のように軽い残骸。はらりはらりと散っていく体――フードに隠された貌も見せないで。まるで老いて醜くなった自分を見ないでと言うように。女の亡骸は一つの花束だけを残して幻のように消えた。

 ぽたりと、滴の落ちる音。

 透明な涙を流し、王は踵を返す。抜け殻のような、しかして何も変わらぬ足取りで。大剣を引き抜き刀身を引き摺りながら洞窟を後にしていく。

 

「……疲れたな」

 

 呟きは、無意識に。

 なんだかとても疲れた気がする。ああ――本当に、疲れた。

 洞窟を後にするユーウェインは、老人のように枯れきってしまって。

 もう何もかもを放り出してしまおうかとすら、気の迷いのように思い。

 

「――今更だ。俺は……止まらないぞ。ガニエダ」

 

 振り払う事なく、ユーウェインは歩を進めた。

 

『ああ。それでこそだよ、ユーくん。ボクの王子様――』

「――――」

 

 ふわりと後ろから抱き締められる感覚に、ユーウェインは『王として固まった』結末を受け入れる。変わる必要など何もない――幻覚ではない残留思念に背中を押され、ユーウェインは己を捨てた。

 捨てた己を拾い上げてくれる者が、いつか現れる事も期待せずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 王は、帰還した。

 

 神造兵装を手にして。

 

 だが唐突に出奔したはずなのに、誰も気にしていない。

 

 まるで王が不在の間、代わりに執務に当たってくれた者がいたかのようで。

 

 何事も滞りなく、順調にすべてが成果を上げ始めていた。

 

 

 

「――母上はおいでか」

 

 

 

 王は恐れる事なく妖姫の神殿へと脚を踏み入れる。

 

 すると侍女や侍従達は、王の冷酷な眼差しに恐れをなして、貌を青ざめさせて震えるばかりで用をなさぬ。

 

 王は嘆息して、抜身の大剣を手にしたまま神殿の奥へと歩んだ。

 

 

 

「母上」

 

 

 

 母の居室。最も魔術的な防備の厚い箇所。その入り口を許しなく斬断し、押し入った。

 

 母は、待ち構えていた。

 

 モルガン。モルガン・ル・フェ。黒衣の貴婦人、大いなる女王。夢魔の、女王。

 

 寝台にて寛いだ格好のまま、モルガンは王を迎え入れた。

 

 

 

「――素晴らしい」

 

 

 

 押し入った王を見て、モルガンは喝采を上げる。

 

 

 

「見事に一皮剥けた。妾の規定を超えたな」

 

 

 

 剥き出しの王気は、人のまま人を超えた証左。

 

 冷淡な眼差しで、人である王は、憎しみや殺意を渦巻かせながら問う。

 

 

 

「母上。ガニエダを――アンブローズを殺したのは貴女か?」

 

「如何にも。愚問であるな、妾のイヴァン」

 

 

 

 臆面もなく肯定する妖姫に、王は表情を動かさない。

 

 

 

「アレを殺せるのは……いいや、アレを殺したいと思っておるのは妾ぐらいなもの。殺すに足る動機と力を有するのも妾のみ。であればそなたが妾を疑わぬはずもない。そして、これまで妾を放置しておったのは、そなたが妾を信じていたからよ。可愛いな、イヴァン」

 

「アンブローズを縛っていたのは妖精エリウではないな」

 

「妾だ。ふふ……アレもなかなか便利ではあったよ。だが駒の分際を弁えず、禍を招くのみならずそなたの愛まで得たとあっては見過ごせなんだ。要らなくなった玩具は仕舞わねばな?」

 

「キャスパリーグを去らせたのも」

 

「それも妾よ。当たり前であろう? あんなものをそなたの近くに置けるものか。殺処分してやりたいのだが、流石にリスクを犯すのもばからしい。今は無人の島に幽閉しておるよ」

 

 

 

 楽しげに答える妖姫。

 

 事実、モルガンは楽しんでいた。

 

 最高傑作が、その枠を破壊し、飛び立ったのだ。

 

 超人――あの忌わしくも敬愛していた王に並んだ。

 

 モルガンはそう確信している。

 

 

 

「なぜ殺したと問わぬのか?」

 

「それこそ愚問だ。如何なる仕儀であれ、殺した結末だけは変わらん。問うだけ無駄だ。故に私が貴女に問うのは次で最後だ」

 

 

 

 王は、別れと同義となる、訣別の問を発した。

 

 

 

「――私の婚約者とは誰だ」

 

 

 

 モルガンは笑う。楽しくて、嬉しくて、悲しくて、誇らしくて。

 

 

 

()()()()()()()()()()()よ」

 

 

 

 全ては我が子の王道の為。

 

 己の最善で以て、父の最善を超える為。

 

 マーリンを唆し、共謀し、契約した。

 

 マーリンの行動原理は実にわかりやすい。

 

 より綺麗な結末を目指す――その為なら共犯者ウーサーを裏切る程度、なんの事もない。

 

 元よりあの男に裏切ったつもりなどあるはずもないのだ。

 

 マーリンとウーサーの契約は、ブリテンの救済にあるのだから。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 モルガンは居住まいを正し、父の最高傑作から()()()()()()君主号で我が子を呼んだ。

 

 騎士王。それが、ユーウェイン。

 

 ペンドラゴンの子ではない。その名を名乗り、ブリテン王となるのはユーウェインだ。

 

 それは――モルガンとマーリンが手を結んだ時から決まっていた。

 

 獅子王など紙面の通称。正統なる君主号は騎士王と、ユーウェインが王位に就いた時から名乗っていたのだから。

 

 

 

「言え」

 

「ペンドラゴンの血を妃として迎え入れてくださいませ。ウーサーの威名を踏み台にし、ブリテン王とお成りくださいませ。それこそがブリテン統一の為の最上の策。妾にできる最後の奉公となりましょう」

 

「オルタを殺そうとしていたのは貴女だったか」

 

「左様にて」

 

 

 

 長年温めてきた策を述べた途端、見抜かれた殺意にモルガンは笑う。

 

 ペンドラゴンの血統は一人でいい。オルタは殺すつもりだった。魔術を教えてきたリリィもまた殺すつもりで居たのだが、マーリンとの契約で『リーリウムにモルガンの魔術を全て教えるまでは殺さない』と縛られてしまっていた。だが結局最後は殺すつもりでいた。

 

 

 

「よかろう」

 

 

 

 ユーウェインは魔女の献策を受け入れた。

 

 背を向ける。もはや用はないとばかりに。

 

 その背に向けて、最上の礼を尽くして頭を下げるモルガンに。

 

 王は裁定を下した。

 

 

 

「我が母上に勅令を下す。――以後、国政に関わる事を禁ずる。この神殿から出る事を禁ずる。外部との接触を禁ずる。策を練り暗躍する事を禁ずる。自衛以外で魔術を振るう事を禁ずる。権能の行使を禁ずる。客を取る事、宴を催す事、あらゆる娯楽を禁ずる。以上のいずれかを破れば私が貴女を斬り捨てる。我が身と国を諸共に」

 

「――しかと、拝命致しました」

 

「さらばだ、母上。もう二度と会う事はありますまい。貴女の愛は忘れない。貴女の罪も、貴女への憎しみも、何もかも。いつか私が貴女を赦せる時が来るまで――その命を預けておきましょう。私が死ぬのは、貴女に引導を渡した後だ」

 

「では、陛下は死ねませんわね」

 

 

 

 モルガンがたおやかに微笑み、そして――神殿の門は固く閉ざされた。

 

 封を掛ける事はない。だが、モルガンが王の決定に歯向かう事などない。

 

 そう。

 

 魔女が王に、歯向かう事などないのだ。

 

 

 

 モルガンは祝う。王の誕生を、心から。

 

 そしてただ勅令を以てのみ封じられた神殿の奥で、魔女は笑うのだ。

 

 

 

「――あと、一手のみ。妾の仕掛けが花開かぬのが一番ではあるのだが」

 

 

 

 巣立った王に、庇護は要らぬ。

 

 後は。あの王が全てを成し遂げるだろう。

 

 あと三年の後に旅立ち、()()()を名乗り、騎士王の許にペンドラゴンが嫁いだ後。

 

 伝説に幕を引くのは――己の仕事なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




伏線回収。

騎士王はユーウェインだった、という話。
モルガンがマーリンと手を結んだのは、ペンドラゴンの上に立たせるため。
マーリンも「そっちの方がいいかも」と方針転換したため話に乗りましたっていう。

騎士王ではない本作のアルトリアは『勝利王』として立ち上がる事に。

騎士王と共に約束された勝利をブリテンに齎してくれる事でしょう。

勝利の女王プーディカさんもこれにはにっこり。

ガニエダぁ!

  • 慈悲はない(無慈悲)
  • 慈悲はある(あるだけ)
  • さよなら、天さん…!

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