獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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お待たせしました。感想評価ありがたき幸せ。
もっと幸せにしてくれても構いませんのよ(腕組みお嬢様)




48,空白期間−最後の黄金期−

 

 

 

 

 三年。一口に呟いてみて、やるせない思いに駆られる。

 王位に就く前に定めていたタイムリミットを迎えたのだ。

 体が万全でさえあれば、なんて空想に浸る事は本来しない。

 獣の業を斬った事に後悔がなかったからである。

 だがもしもを考えない強さがあったのは、今この時まで。

 これから先もその強さを維持できる。

 しかし、初めに立てたタイムリミットを迎えた事で、気の迷いが生まれた。

 

 須臾の間に消え去る妄想。もしもあの時――という奴だ。

 

 もしもあの時、ダナンが融合せず一騎打ちを十回するだけだったら。

 青年は余力を残して完勝していただろう。

 そうなると人類悪の卵が現れても、致命傷を受ける前に一太刀入れるぐらいはできた。

 その一太刀で充分なのだ。獣として完成していなかった相手には、それで。

 となると、青年は万全の肉体を維持し。

 全盛のまま王位を継ぎ。

 予定通り親征を行い、サクソン勢力に打撃を与え。

 その武勲で国内の改革を断行できた。

 国が固まれば、ブリテン王として君臨すると宣言しただろう。

 そうなれば反発する諸王を討った。従う者に王位と所領は安堵した。

 ブリテン王として立てれば、後は単純。サクソンに戦いを挑み、後は勝つ。

 それだけだ。それができたと断言するには、色々と障害はあるが。

 少なくとも目はあった。勝算は充分に立てられた。

 その道筋では、愛した女が殺される理由はない。

 母を幽閉する憎しみがない。

 妖姫は王の補佐を続け、魔女は傍らに居て。獣を去らせる必要もない。

 妖姫の行動パターンを見るに、そうなれば魔女を解放していただろう。

 

 ――何も、誰も欠けない空想の()()()――

 

「戯けが」

 

 己を叱りつけ、一瞬の気の迷いを圧殺する。

 どうあれ過去は変わらない。分岐点は過ぎ去ったのだ。

 黒王が十全な槍働きを熟せぬ以上、やる事は決まっている。

 一歩一歩丁寧に、慎重に積み上げるだけ。

 人を育て、兵を鍛え、騎士を律し、貴種を束ねる。

 戦力を揃え、戦略を練り、戦術を案じ、糧食や物資を用立てる。

 己は詰みの一手で動くだけ。そこでしか動けない。

 盤面を見据え、着実に駒を進める。それだけだ。これだけでいい。

 

 無人の間の玉座に在り、肘置きに頬杖をついたまま今後の動静を思う。

 

 黒王は最愛の女の最盛期を知る。故にその千里眼を模倣している。

 とはいえ所詮は猿真似。人智の及ばぬ異能を浅知恵で代用しただけだ。

 自らの使い魔たる三百の白鴉に視界を繋げ、国内を見て回るのが精々。

 十羽ほどは別件で飛ばしてはいるが。それも必要だと判断した案件である。

 その内の二羽は、故郷を発ったアルトリア達の近くに配備した。

 不測の事態に備え、彼女らの旅の様子を見守るためだ。

 

 ――リリィのヤンチャさは十年経っても相変わらず。

 寧ろ魔術の研究という趣味を持ってしまったからか、お転婆具合に拍車が掛かっていた。

 白を基調とした袖のない上着と、丈の短いスカート。ベルトのような鞄。

 黒いタイツとブーツを履いて、丈夫な手袋をしている。

 握っているのは選定の剣の姉妹剣――もとい姉妹杖か。

 野原を駆け回る腕白っぷりに嘆息する。

 リリィは長姉の名を名乗って野盗を懲らしめ。

 魔術触媒ほしさに竜の塒を探し当てては潜り込み。

 怒り心頭に発した竜に追われては大慌てで逃走し。

 アホ毛がピンと張り、こっちに行けば良い気がします! 等と宣って気紛れに旅をして。

 そうしてノビノビと。リリィは意外な事に地図などを描きながら各地を回っていた。

 人里各地で『アルトリア』を騙っては人に仇なす悪人を叩き。

 領民から搾取する領主には無責任に制裁を下して後始末を姉に放り投げ。

 るんるんと、鼻歌を唄って気儘に旅を楽しんでいる。

 ちゃっかり宝剣の類いをそこそこ集められている運と行動力はなんなのか。

 白鴉に気づくとブンブンと手を振って、笑顔を弾けさせる様に笑ってしまいそうだ。

 

 ――そんな末妹を追うアルトリア一行は苦労の連続だ。

 アルトリア、ケイ、マーリンの三人でリリィの足跡を辿っている。

 一行は行く先々で身に覚えのない問題にぶち当たっていた。

 矢鱈と感謝してくる村民や元・野盗。宝物を返せと迫る竜に困惑させられている。

 挙げ句の果てには王に領地を没収され恨みに思った元・領主とその私兵に襲撃され、怒りのボルテージを否応なく上げていった。

 ケイは頭を抱え、マーリンは腹を抱えて爆笑し。アルトリアは額に青筋を浮かべている。

 

 珍道中。

 

 そんな言葉が黒王の脳裏に浮かぶ。

 リリィも後先考える頭はあるはずだが、本人は善意でしか動いていない。

 アルトリアの使命を援けているのだ、なんて内心では得意満面だろう。

 追いつかれたら巨大な雷が落ちるのは想像に難くないが。

 ともあれ、意外と手に負えない問題は起きそうにない。

 マーリンがいる、アルトリア達も弱くはない。誰ぞにしてやられる事はないだろう。

 

「――全く」

 

 白鴉を撤収させる。黒王は額に手をやり、重苦しく呻いた。

 

 良い子達だ。

 善良で、勇気があり、行動力に富み、自己犠牲に酔わず、しかし献身的だ。

 掛け値なしに、粗野なる人々の中で育ったとは思えぬほど、清らかである。

 彼女たちの魂は美しい。穢れなく、純粋で、澄んでいた。

 他者を愛せる心がある。他者を思いやれる心がある。正に黒王が目指す民の在り方だ。

 それを体現したような少女たちと、口は悪くとも情に厚い義兄。

 彼や、彼女たちのような者を育みたいと思っている。

 あの光景の中にいるような者達を守りたいと願っている。

 

 その、少女たちの一人を。

 

 黒王は妃に迎え、茨の道に付き従えねばならない。

 

「………」

 

 辛い道だ。

 今は『懲らしめる』だけで済ませられているだろうが、黒王の下ではそうはいかない。

 殺さねばならない。戦わねばならない。

 痛いだろう。悲しいだろう。苦しいだろう。

 それら全てから護りたいのに、弱者を庇護する側に立たせてしまう。

 たった七日しか共に過ごさなかったアルトリアが、そんな男を夫にして――

 子を産まねばならない。それが妃の第一の仕事だからだ。

 そして己も、ペンドラゴンであるからという理由で、抱き、子を成さねばならない。

 

「………」

 

 黒王は瞑目する。

 脳裏をチラつく愛した女。その思い出を、ソッと大事に――胸の奥に閉じ込めて。

 一回り年下の女を、愛そうと決めた。

 それが唯一見せられる誠意。示せる敬意。

 愛する努力をする、なんて傲慢さはない。愛される努力をしよう。

 全てを承知で歩む少女の聖性に報いるために。

 元より婚姻は己の意志に拠らぬものと覚悟していたのだ。

 今更だ。全て、今更なのだ。

 

「――よぉーい。ユーちゃんはご在宅でござい?」

 

 物思いに耽る余り、慣れた気配を流してしまっていた。

 無人だった玉座の間へ、赤毛の道化師が無思慮にやってくる。

 ニコールだ。

 出会った頃はあどけなさを残していた風貌も、今や精悍な大人の男の物へ成長している。

 十八歳で停止した黒王よりも、一回り大人らしい容貌だ。

 二十五歳の大人の男。婦女子を騒がせるけしからん美男――らしい。

 気安い調子で来訪した男を、黒王は閉じていた目を開けて迎える。

 

「……ニコール。何用だ?」

「用がなかったらダチに会いに来ちゃいけねぇの? って返しは芸がねえか。んじゃ、こういうのはどうよ」

 

 ほぅれ、と瓶を投げてくる。

 胡乱な貌をしてしまいながら瓶を掴み取った。

 

「なんだこれは」

「酒。オレ様ちゃんが研究に研究を重ね、時にサクソンの諜報がてら酒蔵に忍び込み、更にはフランスくんだりまで足を運んで学び、遂に完成させたるはニコール製の蒸留酒ってな」

「蒸留酒。昔からある物だな。さも己が発明したみたいな物言いだが」

「まあまあ。最後まで聞けって。オレ様ちゃんって錬金術の才能もあるみてぇでな。なんつうの? 万能っていうか? 古の太陽の神様みたく多芸多才の男前だし? やろうって思ったら大概の事はやれるのよねこれが。で、旨ぇ酒作れたし、気持ちよく酔える酒飲もうぜって事で持ってきてやったのよ。ありがたく飲んでくれ」

「フン……」

 

 鼻を鳴らし、蓋を外す。

 瓶に直接口を付けて一気に呷る飲み方は品がないが、どうせニコールしかいないのだ。

 なら気にする事もない。舌触り、味、喉越しを感じる。

 そして、ニコールを睨んだ。

 

「――フランスの林檎(シードル)を蒸留させた酒だな」

「お。流石ユーちゃん、違いの解る男だぜ」

妖精郷(アヴァロン)の女主人が母親だぞ、俺は。黄金の林檎の成る島に、幼き頃に連れられて行った事もある。林檎の味も見分けられぬ道理はない」

 

 言いつつ、睨む目に力が籠もっていく。

 

「こんな物を持って来る。幸先が悪そうだな」

「ありゃぁ……おおよその察しは付けられちまったか。洞察力に磨きが掛かってんねぇ」

「ニコール」

「わぁってるよ急かすな騎士王陛下。ずばり言うぜ――オレとフランス、行こう!」

 

 クイッ、と瓶を呷る。

 蒸留酒を飲んで、唐突に持ち込まれた話の続きを促す。

 するとニコールは肩を竦め、しかし思いの外重大な情報を開陳した。

 

「お隣さんとは仲良くしてぇって訳で、ユーちゃんの頼みでオレぁフランスに行ったんだが。その仕事のこと覚えてるよな?」

「当たり前だ。どいつもこいつも騎士としての礼しか知らぬ武骨者ばかりの中で、まともに島外の国と交渉できそうなのがお前ぐらいだったからな。俺の名代として上手くやれと命じたはずだ」

「おう。メチャクチャ地味ぃに、地道に頑張りましたよ。褒めろや」

「市井から常識を学び、下働きとして商家に紛れ、下男として貴種の門に潜伏し礼節を盗んで学ぶ……誰であってもできる事ではない。流石はニコールだ。……これで満足か?」

「心籠もってねぇなぁ……別にいいけど。ユーちゃんの頼みでフランスのベンウィックの王様と接触して、友好結んで。ゆくゆくは交易で食いもんとかくれよってな具合に話は纏めてきたってのが報告な」

「お手柄じゃないか。で、対価に何を求められた?」

「普通に金とか色々よ。常識的な感じね」

 

 一気に飲み干し、空になった瓶。

 空洞の硝子の瓶を手の中でプラプラと揺らしながら黒王は感心する。

 正直、交渉は難航すると思っていた。

 島外ではブリテン島の勢力分布を見るに、サクソン人が圧倒的に優勢だ。

 ブリテン人の王など、所詮は劣勢の、いずれ淘汰される者と見るのが普通。

 そんなものとまともに交渉などしてくれるものかと思っていた。

 駄目で元々。後にブリテン島を平定した暁に改めて交渉をする――程度の腹積もりだった。

 どんなに粗末でも『一度は交渉の席についた』という実績だけが欲しかったのである。

 にも関わらず数段飛ばしに食料の輸入に目処が立てられるとなれば、ニコールの功は大だ。

 

 しかし――何事も上手い話ばかりである道理もなく。

 

 黒王はふと酒瓶に意識を向ける。

 酒……蒸留酒。蒸留酒は紀元前四世紀頃にメソポタミアで造られていた。

 紀元前十三・二世紀のエジプトの物が最古だが、流石に年代が遠すぎるので無関係だろう。

 となるとメソポタミア……バビロニアだ。

 バビロニア……フランスの林檎……。今のバビロニアの支配者は誰だ?

 現在のバビロニア王は誰に臣従している?

 

「――ローマ皇帝がフランスに食指を向けたか」

「そゆこと」

 

 迂遠なメッセージの為にわざわざ酒を作ってきたのか。

 直接言葉で伝えれば良いのに、なんでこんな無駄なことをする。

 社交の場でならいざ知らず、ニコールを相手にしてまで知恵を捻るのは億劫だ。

 したり顔のニコールに、長々と溜息を吐く。

 

「ローマがフランスに食指を伸ばした事と、俺が脚を運ぶ事がどう関係する」

「んー……教えてやんのも吝かじゃねぇけど、そん前に、予備知識確認してぇんだ。ユーちゃんは今のローマ皇帝の事どこまで知ってるんかね」

「……? 歯切れが悪いな。ローマ皇帝についてか……名は確かルキウス・ヒベリウス。バビロニア、ギリシャ、ヒスパニア、アフリカの王を臣従させた大陸の支配者……と聞いている」

「押さえてんのは必要最低限ってことね」

 

 悩ましげにするニコールに、黒王は首を傾げる。

 ローマ皇帝がフランスを呑み込むのは好ましくはない。

 が、だからと言ってできる事はないし、数年でどうこうなる話でもない。

 なら気を揉むだけ無駄というものだ。

 故に気にしていなかったのだが、フランスへ行った時に何か情報を掴んだのだろうか。

 

 ニコールが言葉を練り、慎重に言う。

 

「そのルキウスの野郎は支配欲が酷くてねぇ。噂に聞いたところ、ローマ皇帝は地上の神だとかなんとか宣うぐれえだ。ヤバくね?」

「剛毅な大言を吐くものだな。しかし王としての自負であるなら差し障りのある思想ではあるまい。暴政を敷く暴君であるなら死ねとしか言えんが」

「圧政はしてないみてぇだけど、そりゃどうでもいいわな。んでよ、ソイツがフランスに手ぇ出そうとしてる理由なんだが、どうもソイツってば、ユーちゃんを自分の物にしてぇらしいんだわ」

「………はぁ?」

 

 全く想像の埒外にあるような妄言に、黒王は呆気に取られる。

 意味不明だ。だがなんとか理解しようと内容を噛み砕き、理解できる範囲で解釈する。

 

「なるほどローマ皇帝とは女帝で配偶者を欲しているわけか。で、それがなぜ俺なんだ?」

「勘違いすんなよ。ルキウスは男だぜ。バリッバリの武闘派でもあらぁな」

「………」

 

 ますます意味が分からない。

 いやこじつけ気味な黒王の予想でも無理はあるのだが。

 頭痛を感じて、黒王は思考を放棄した。訳を聞こう。

 

「なんでだ」

「そりゃアレだ。ほら、ユーちゃんってばダナンさんぶっ殺したろ?」

「ああ。……いや、トドメは俺じゃないが」

「んなもんはどうでもいい。大事なのはユーちゃんが倒したって事が知られてる事だ。そんであのダナンさんは滅茶苦茶デカくていらっしゃったじゃん? 大陸にいる皇帝くんにも目視できるぐらい」

「………」

「で。伝聞で恐縮なんだが、『(ローマ)の剣に相応しき男ではないか。どれほどのものか是非試したい。(ローマ)の目に適うなら、手元に置いて愛でてやろう』とか言ってるらしい」

「度し難い戯けだな……」

 

 黒王は他人事のように感想を溢す。

 実際、理解不能過ぎるのだ。気狂いの類いなのだろうとしか思えない。

 だが仮に本人から直に言われたのなら、嫌悪感しか感じないだろう。

 関わり合いになりたくない。ご崩御くださいませ皇帝陛下。

 

 無能であるなら兎も角。ルキウス帝は極めつけの有能らしい。

 カリスマ性がある。剣帝と渾名されるだけの力もある。

 大陸全土の支配を象徴する皇帝剣フロレントの担い手でもあった。

 ニコールの齎した情報に、御大層な事だと呆れ果てる。

 剣如きに象徴される大陸。安い大陸だ。

 

「早い話、ブリテン島への野心を示している訳だ。俺を手に入れるとかいうお題目で」

「そゆこと」

「来たら殺す。それで終わりだ」

 

 黒王は冷淡に結論する。

 度し難く理解し難いが、要点を纏めると個人の欲で侵略してくるという事。

 他人事なら「あぁそうかご苦労さま」と流すが、ブリテンを巻き込むなら容赦しない。

 そう言うと、ニコールは困ったように頭を掻いた。

 

「どうした」

「いや……実はオレね。そんな面白皇帝くんがどんな奴か気になって見に行ったのよ。だから帰還にそれなりに掛かっちゃったわけでして。結果論だが見て来て良かったと思ったわ」

「っ……」

 

 面白皇帝という呼び方に少しツボり掛けた黒王である。

 「……ほう」とそれらしく構えて誤魔化す。

 そして、ニコールの『見て来て良かった』という発言の真意を問う。

 

「んー……怪我のない、または時間限定全力戦闘中のユーちゃんの武力を100とするじゃん?」

「戦闘力を明確な数値として算出するのは不可能だろう。俺が100だとしても常に同じ数値を保っているわけではない」

「細かい事気にしなさんなって。例え、あくまで例えだから」

「……参考値という事だな。それで?」

「オレやシェランが65だ。ほんでガード不能・即死攻撃の乱打とかしてくるユーちゃんの相手したくねぇし、やり合うとなりゃ最初は逃げまくって、ユーちゃんがバテるのを待つ。そんで武力が30ぐらいに落ちちまったユーちゃんを余裕持ってシバけばオレの勝ち……どうよこの見立て」

「……まあ、間違ってはいないな」

「面白皇帝は85だ」

 

 ス、と目を細める。黒王は低い声でニコールに問い掛けた。

 

「……大言を吐くだけの力はあるわけだな」

「そゆことよ。ユーちゃんがバテるまで粘れるかもしれねぇ。初見で(たたか)や初見殺しでブッ殺せるだろうけどな、流石にローマは人材の層が厚い。ユーちゃんが一度も戦わねぇでローマ皇帝と対峙するってぇのは無理筋だろ。んで一度でも戦ってるとこ見られたら……まあ、普通はユーちゃんを直接相手しようとすんのは避けるんだろうが……」

「……俺の状態が露見すれば危ういな。第一、普通に戦争をしたのでは、今のブリテンだと相手にもならん。兵力や装備の質、何もかもが違う。数の差を覆し得る英雄の数も足りん」

「ガウェイン坊やとかが育って、オルタ嬢とかリーリウム嬢、未来のお妃様が戦ってなんとかってとこか? 優勢に回りたきゃ十人ばかり――ガウェイン坊や級は高望みでも、近いレベルの奴が欲しい」

「ローマがブリテンに押し寄せるまでに、ブリテン島を平定する必要もある」

 

 サクソンやピクト、卑王だけでも面倒なのに、後に控える仮想敵に嫌気が差す。

 頼むから放っておいてくれ。そう言いたい。

 やる事が山積み過ぎて、黒王は鉛色の溜息を溢した。

 

「――それで。話を戻すが。なぜ俺がフランスに行かねばならん」

 

 黒王がこめかみを揉みながら言うと、ニコールは苦笑する。

 

「騎士王陛下はご多忙でいらっしゃる」

「……そうだな」

「今は偶々空白期に入ってて、未来のお妃サマの活躍を待つ事になってる。要は今だけ暇」

「………」

「………」

「……で?」

「――今しか()ぇだろって事だよ。これから先、ユーちゃんが暇を持て余して、纏まった時間の余暇を過ごせる時なんか来ねえ。ブリテン勢力の糾合に、サクソンとかとの戦いに、統治に、改革に、更にはローマ軍への備えときた。次ぃ暇な時間が来んのは何十年先になるか分かったもんじゃねぇ。だから――旅行しよう。何もかも今だけ忘れてよ。ちょっくら遊びに行こうや。仕事にかこつけたお遊びタイムって奴だ」

「却下だ。暇でもやれる事はある。遊んでなど――」

「――頼む。ダチの為にオレが言える、最初で最後の諫言だ。休んでくれ、ユーちゃん」

 

 跪かず。

 しかも、玉座のある位置にまで、段を登り。

 不敬にも目を真っ直ぐ見て。

 懇願するニコールの声に、黒王は沈黙した。

 

「………」

 

 そして、体から力を抜く。玉座に凭れ、細い息を吐いた。

 

「……思えば、家臣でもないお前に、色々と頼んでばかりだったな」

「……おう」

「なのにお前は報酬も受け取らんときた。どう報いてやったものかと悩んでいたんだ」

「ダチの為に色々やってやったのに、金なんか貰えるかよ」

「……ダチ。友……か」

「……え? あれ? ……なあユーちゃん、もしかして今の今までダチって思ってたのオレだけだったりする…? まさかの一方通行!? やめろよなんかオレが寒ぃ奴みたいじゃん!」

「……いや。まあ……比較対象を知らんから、なんとも言えんが。俺に友と言えるのは……うん。お前だけだろうな、ニコール」

「おっ、おぉ……」

「……友の頼みだ。仕方ない。今回だけ今まで未払いでいた報酬代わりに、王の時間を割く栄誉を賜わしてやる。光栄に思えよ」

「いちいち偉ぶんなよ。職業病なんだろうが、素はそんなんじゃねぇだろ」

「む……まあ、そうだな」

「旅行スケジュールなら任せときな。遊び下手なユーちゃんでも、思っきし羽伸ばして寛げる時間をくれてやるぜ」

 

 破顔して手を差し伸べてくるニコールに苦笑し、手を取って玉座から離れる。

 友。悪い気はしない。

 いや、寧ろ気分はいい。

 胸襟を開いて素のままで話せる、唯一対等に接してくれようとする男だ。

 最初に出会った頃からずっと、ユーウェインという個人と向き合ってくれている。

 王子や王などではない、『ユーウェイン』と相対しようとするのはニコールだけだ。

 不遜であり、不敬だが――此の世に一人ぐらい、そんな馬鹿がいてもいい。

 

 黒王はそう思う。ユーウェインも、そう思った。

 

 故に――玉座を離れる職務怠慢を、今だけ自分に赦してやろうと思ったのだ。

 

 

 

 ユーウェイン・モナーク――途切れ途切れだった青春の、ラスト・シーズンが始まる。

 ほんの束の間の、空白の、間隙の黄金期。

 

 ユーウェインが一時だけ重荷を下ろし。

 アルトリアが旅で充実し。

 リリィが楽しみ。

 オルタが獅子を気取って気楽に過ごせた――幻のような旅路だ。

 

 飄けた風情を崩し、穏やかで品のある表情で、ホムンクルスは微笑む。

 

 良い旅を。我らの友よ。

 オレ()はお前の為だけに生きている――

 

 

 

 

 

 

 

 




あくまで目安的な戦闘力数値。状況やらなんやらで変動。
また正確でもない。ニコールの見立て。

全力ユー 100(初見殺しガード不能・即死攻撃・連続ブンブン+α)
ニコール 65(光神ルーの血・輝く貌・最高級ホムンクルス)
シェラン 65(原典でランスロと互角)
ランスロ 65(原典円卓第一の騎士)
ガウェイン 55(三倍中70)
トリスタン 60(原典円卓第二の騎士)
ユー 30(全力戦闘後のバテた状態)

一般通過騎士兄貴 10
一般通過ピクト兄貴 40(戦闘続行B)
隊長級宝具無ピクト兄貴 50(戦闘続行A)

ルキウス 85(蒼銀原作キャラ・三倍ガウェイン一蹴)

キング・ピクト 90

ガニエダぁ!

  • 慈悲はない(無慈悲)
  • 慈悲はある(あるだけ)
  • さよなら、天さん…!

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