獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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感想と評価が作者を疾走(はし)らせる……!

いきなり支援絵いただきました。
なんとウーサーです。
アニムスフィアさんと、匿名希望さんの合作なのだとか。
その威厳に慄く他ない……!

ありがとうございます!





5,廃案の姫を前に

 

 

 

 

 茫然自失。

 信じ難い現実に直面した時、理性持つ人は心に空白の楔を打ち込まれるものだ。

 凡骨なる只人であれば、誰しもが一度は体験するだろう。しかしアヴァロン島の大いなる女主人であり、比類無き女魔術師にして旧き神の末裔、妖精モルガンには縁のない話――の、はずだった。

 人域を超えた英邁なる知性、人と異なる精神構造を持つ多権の魔女は。己が絵に描いたように茫然とし自失する様に、自らへ只人の如き心の贅肉が存在する事に驚くだけの心の余白を残せていなかった。

 

「……今、なんと……?」

 

 コーンウォールに居城を構えるのはブリテン王ウーサーである。

 救国の覇王と讃え崇めるべき大王、その威名はブリテンの遍く生命に轟き渡り、人はおろか精霊、悪しき妖精、夢魔、巨人に至るまで畏敬を懐き、決して叛く事はなかったという。

 嘘か真か知性持たぬ魔獣や、幻想種の頂点たる竜種ですら、ウーサー健在のブリテンに於いては暴虐を働かず、息を潜めて短き人の生が終えるのを只管に待っていたとすら言われており、そしてそれはモルガンの知る限りに於いては真実であった。

 

 だが超人であるウーサーをして定命の運命は超えられない。彼の落命を以てブリテンの落日は決定づけられる。今は大人しくしているサクソン・ピクトの侵略者、潜伏するヴォーティガーンも蠢動を再開するだろう。それほどまでにウーサーは恐れられ、病床に伏したという報がブリテンを駆け巡ってなおも、抑止力として悪逆なる者達を制していた。

 もし事起こらば例え死に瀕していても、ウーサー・ペンドラゴンは敵対者を撃滅する。あの男ならば()()()()()()()()()()()()。そう確信されるほどブリテンの覇王は敵味方分け隔てなく信頼されていたのだ。

 そしてそんな『輝かしき双竜の円環』たるウーサーだからこそ、夢魔と人の混血児たる魔術師と、旧き神の系譜たる妖精という猛毒を完全に制御し、大いに薬効として役立てられた。人倫の欠けた両者の内、特に妖精などはウーサーにしか従わず頭を垂れる事などない。

 

 妖精モルガン(モルガン・ル・フェイ)は、偉大なる父王を心から敬愛している。だから父が危篤であり、最早命が尽きるのを待つのみであると占星術に出た故に、コーンウォールへと馳せ参じてその最期を看取ろうとしたのだ。

 だがコーンウォールの城に駆けつけたモルガンを待っていたのは、玉座に座す大王と、その傍らに侍る花の魔術師である。魔術の師でもあるマーリンを、モルガンは一顧だにせず父王へ跪いたが、その父から掛けられた通告にモルガンは生涯最初にして最後に『愕然とする』心地を味わった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 玉座に在る老王。

 骨と皮ばかりとなったその姿には往年の武威は感じられず、しかし彼の王の威厳は些かも衰えてはいなかった。常人であれば――否、人という括りに在る者なら、今のウーサーを見て死期を間近にした老骨であるとは信じられまい。モルガンですら己の占星術の精度を疑いかけた。

 ウーサーが肘置きに凭れ、頬杖をつく。その所作だけで魔女をも気圧す覇気は、神代末期――最後の最後に天然自然のまま生まれ落ちた、英雄の中の英雄に相応しいものだ。凡そ当世に於いて、天然なる英雄の中に彼を超え得る英傑は存在し得まい。

 

 その王から下された通告に、妖精は両の眼を眼窩から溢れさせんばかりに見開いた。

 

「――余に繰り言を弄せ、と。そう申すか」

 

 双肩に圧し掛かる重圧に、モルガンは歯を食い縛る。有無を言わせず、反駁も反問も、反論すら赦さぬ下知。未だ嘗て、モルガンはその言に逆らった試しも、逆らおうと思った事も無い。

 しかしこの時、モルガンは玉座の王を見上げ、抗命の意志をありありと燃やして睨みつけた。その不敬、その不忠、本人もまた無自覚なまま、どろりと脳髄を溶かす甚大な熱量に突き動かされていた。

 ブリテン王は一切の反応も、感情も示さずにモルガンの目を見詰める。生じた怒りの熾り火を鎮火せしめる冷厳な目。モルガンは萎縮しそうな心胆を奮い立たせ、赦し無く立ち上がって声を張りあげた。

 

「しかしッ! 妾は斯様に無体な命には納得が――!」

()()()()()()()()()()()()()? ()()()()

「ッッッ――!」

 

 だが老王は反抗を認めない。眼光一つで腰が砕け、膝をついてしまった妖精は眦に涙を浮かべていた。誓って言える。王はおろか傍らの魔術師も、何一つ魔術や権能、宝具や仕掛けを用いていない。

 仮にそうだとしたら、モルガンは全霊で跳ね除けただろう。故にそれは、超人たる王の並外れた意志の力。相対するものの気迫を呑み、従わせる威厳である。

 

「ル・フェイ。其の方の働き、誠に大儀だった」

「………!」

 

 ――峻厳なる山脈のように厳格な父だった。

 

 そんな父から、いつかは掛けて貰いたいと願っていた、労いの言葉。

 どれほど欲していたのかは――今日(こんにち)に至るまでのモルガンの孝道を見れば伺い知れる。

 すべて、すべて、賛仰する父王から、その事業を受け継ぐためだったのだ。人ならざる身で、人の極限に至った父に憧れたからこそ、あらゆる苦痛と厭悪を噛み殺して働いたのである。

 しかし、モルガンは今、腸が捻れる激甚な痛憤に打ち震えていた。たった一言だけでいい、認めて貰えたらすべてが報われると思っていた言葉を掛けられて、なのに妖精は瞋恚を覚えたのだ。

 

「其の方の払った労苦に報いる。褒美を賜わそう。以上を以てその任を解き、暇を出す。ご苦労――其の方の働きによってブリテンは十年の延命が成されただろう。俗世を離れアヴァロンにて姉妹と暮らすといい」

「――妾はッ!」

 

 父に手向かうのになけなしの気概を掻き集めて立ち上がり、今度こそは最後まで物申さんと、モルガンが慟哭するように吼える。その様は己の総てを否定され、失意に暮れる普通の人間のようだ。

 だからこそ危険である。暴発を懸念した花の魔術師が杖を手に王の前に出ようとするのを、しかし王その人が制する。モルガンの眼中にマーリンは無い。只管に王だけを射殺さんばかりに睨んでいた。

 

「妾は……貴方の跡を継ぐ為にッ! 身命を擲って最善を尽くして来たッ!」

 

 ――ウリエンス王が有力な王侯とはいえ、気骨の足りぬ俗物如きに胎を預けたのも継承の為。子をもうける事でウーサー亡き後の混迷を最小に切り詰め、次代をより大きく形成する為だった。

 策略を張り巡らせ、他の諸侯が結び付かぬように暗躍し、手練手管の限りを尽くした。マーリンに師事し魔術を究めたのもその一環であり、後は王位の継承をいつ為すかという段階まで漕ぎ着けている。

 なのに、なのに……なのにッ!

 

「王よ。貴方は……妾に、()()()()()()()()()()と――そのように申されるのかッ!」

 

 激昂するモルガンの怒りの源泉は、つまるところ我が子へ懐いた愛である。

 我が子を王とし、摂政として自らが君臨するという青写真を第一とした。子への愛は二の次でしかないだろうと指弾されても否定はできまい。恐らく己の子を愛さないままであっても、老王の措置に別の形で反発していただろう。だが今のモルガンは、曲がりなりにも己が子の往かんとする道を後押ししている最中である。その悉くを台無しにする命令など承服できるものではなかった。

 血を吐かんばかりに猛る魔女に、しかし超人ウーサーは冷酷に告げる。

 

「其の方は確かに()()を尽くしたのだろう。だが惜しいな、余が尽くした()()の方が上手であると、余は判断した。故に余の最善と競合しかねん其の方は邪魔となる」

「ッ……! 貴方が、何をしたと……? 病床に伏せ、命長らえる他に何もして来なかった貴方が、妾を上回る最善を尽くしたというのは欺瞞であるッ!」

「ル・フェイよ。本当にそう思うか?」

「………!」

 

 糾弾する妖精に、平坦でありながら深海のような深みのある反駁が返った。

 言葉に詰まり、モルガンは我知らず花の魔術師を見た。

 ウーサーが何かをしていたと言うのなら、間違いなくこの半夢魔もまた力を貸していたはずだ。何をしたと血走った目で問うのに、とうの青年は肩を竦めるだけだった。

 

「ル・フェイ。其の方は自らの子を()()()、妖精の子の名に恥じぬ形に再誕させた。そうだな?」

「――如何にも」

「で……その者は()()()()()()()()()()と断ぜられるのか」

「そ、それ、は……」

 

 予期せぬ問い掛けにモルガンは即答できなかった。

 この王を超える? 人界に並ぶ者なき覇王を? 父をよく知るが故にモルガンには答えられない。

 だからウーサーはそら見たことかと鼻を鳴らすのだ。

 

「ブリテンこそは神代最後の痕跡である。いずれは廃れ、滅びる定めにあるのだろう。だが余は王だ。余の死は容認できても、国の死を容認するわけにはいかぬ。国を次代に繋げるのが王の責務であるからだ」

 

 道理である。一分の隙もない完璧な理念だ。

 ウーサーは遠くを見て過去を懐かしむような目をするが、瞬時に回顧を切って捨て現在を語る。

 

「だが神秘が枯れようとしている当世、余の肉に流れる血の神秘も薄れ、失われる定めにある。――()()()()()。だがサクソンを初めとする蛮夷、ヴォーティガーンの脅威を完全に除けていない今、ブリテンの王が力を失くす事はあってはならん。故に余は、余の血と幻想の王種たる竜を掛け合わせ、余を超える王を()()()()。概念受胎によってな」

「な――概念……受胎……!」

「余の血を余さず伝え、竜の因子を色濃く反映した運命の子を産める腹を探し出し、此処コーンウォールに攻め入りイグレインを奪った。余の血と神秘、竜の力を持って生まれた子は余を確実に超え、やがては蛮夷の悉くを打ち払うだろう。――それで。其の方の()()は、余の()()を超えられるのか?」

 

 二度、同じ問いを発するウーサー。

 何も言えない。そこまでされたらさしものモルガンとてぐうの音も出なかった。モルガンとて我が子に掛けた手間暇は誰にも負けない自信はある。しかし()()()()()()()()()より、()()()()()()()()()()の方が、素質で上回るのは自明である。幾ら外付け、後付けで追いつかせようとも、無理が祟れば寿命が縮むだけであり、短命な者が王に相応しいと言える訳がない。

 完敗だった。モルガンはうなだれる。

 もし子を愛さず倫理に悖る改造に手を染めていなかったら、モルガンは「それがどうした」と言ってのけたであろう。我こそが後継たらんとしたままだったら、運命の子とやらなど歯牙にも掛けず、寧ろ邪魔者として排除しようとして、挙げ句の果てに手段と目的を逆転させ国を転覆させていたかもしれない。しかし、今のモルガンは子を愛していた。故に言葉に詰まり――

 

 ――だからこそ、より深度のある赫怒の炎を燃やしたのだ。

 

「……妾のイヴァンが、劣ると?」

 

 幻想種の頂点たる竜と掛け合わせた子供? なんだそれは。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと?

 

 美しき女の美貌が、般若の如き悪鬼の形相に染まる。己の力と起源に絶大な自負を懐く女にとって、自らの子を下に見られる事だけは断固として認められない。敬愛する父ならまだしも、その写し身ですらない蜥蜴の混ざった混血児に劣っているなど有り得ていい話ではない。

 モルガンは激怒した。憤怒の猛火は、彼女の内にある父への敬意を根こそぎ焼き払う。ウーサーのカリスマという呪縛を断ち切り、魔女はこの最後の神秘の地に独立した。

 

「よかろう、その挑戦しかと聞き届けた。ブリテン王よ、そなたの最善、妾の最善を以て打ち砕いてご覧に入れる」

 

 言うや否や、モルガンは退去した。忽然と消え去ったカラクリは、転移の魔術。最早コーンウォールと老王に用はないとばかりに挨拶もなく立ち去ったのは、明確な訣別を匂わせている。

 それを見送ったウーサーには、一欠片も動揺はない。娘との最期の対話が、斯くも剣呑で温かみに欠けたものとなったというのに、彼の皺だらけの顔にあるのは()()()()()という安堵のみだ。

 玉座の背もたれにぐったりと身を預けた王は、なけなしの気力を最後の一滴まで絞り尽くしたかのように老け込んでしまっている。そんな彼の肩に手を置いたのはマーリンだった。

 

「よかったのかい?」

 

 意味深に問い掛ける半夢魔。

 先程まで覇気に溢れていた声を老人のそれで掠れさせながら、老王は力なく肯定する。

 

「これでよい。これでよいのだ。エクトルめに預けた()()()の内、一人は我が居城に呼び寄せてある。モルガンならば竜の気配に勘付き()()だろう。それで……どうなるかを其の方が見極めよ、マーリン」

「うん、それはいいんだ。そのつもりだし。けどもしかすると、君の娘に運命の子の()()は殺されるかもしれないよ? それでもいいのかな?」

()()()。なんの為に()()()()()()と思っている――」

 

 長姉(アルトリア)本命(メインプラン)次女(オルタナティブ)代案(スペアプラン)だ。

 そして三女(リーリウム)は――今日この日にモルガンの動向を占う、その為だけに製造した廃案でしかない。

 

 モルガンがリーリウム――ウーサーの家臣であり、運命の三姉妹の育ての親にされた騎士エクトルがリリィと呼ぶ娘――を攫うのは確実だ。モルガンは聡い、此処にリリィがいるのを見つけたらウーサーの真意を悟って行動するだろう。もしかするとこの謁見そのものが、ウーサーからモルガンへの()()()()()というメッセージだったと気づくかもしれない。

 屈辱に感じるか、恥じ入るか。どちらにせよあの苛烈にして無垢なる娘の行動は、ウーサーにとっては至極読みやすいものだ。故にモルガンは、恐らくリリィを殺すか、傀儡とするだろう。

 

 殺すのなら、メインプランが王位を継ぐ。傀儡にするなら、スペアプランが王位を奪うだろう。運命の子が揃いも揃って女の身で生まれたのは誤算だったが、あれらは五歳にして大層仲が良いと聞く。末妹の生死如何によってあれらの志操や根幹は築かれるに相違ない。

 ウーサーは、王だった。肉親への情など――昔、尊敬していた兄が戦死した時に絶えている。故に非情な策も平然と練った。そして稀代の覇王である彼だからこそ、思うのだ。

 

(――余の想定からモルガンが外れたなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()がな)

 

 あの頑迷なる妖精が、そうも容易く在り方を変えるかどうか。――ほんのひと摘み程度の情けが、願わせる。妖精郷の女主人であるモルガンが善き変化を迎えるように、と。

 覇王は、死を前にして人として、人ならざる娘の成長を祈った。

 

「マーリン……余は疲れた。暫し眠る……」

「ああ、おやすみウーサー、我が王。なぁに私は約束を守る男だ。彼女をあぁも()()()()()、妖精の愛し子に会う機会は作る。だからそれまで、頑張って生き長らえてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 イヴァンは困惑した。

 

 どこかに遠出してきたらしい母が、一人の女の子を()()()()()()()()からだ。

 

 そして普段の妖しさを失くし、()()モルガンが心底迷って悩んでいる様子で問い掛けてきたから、イヴァンの戸惑いは更に大きくなってしまう。

 

「イヴァン……イヴァンよ。妾はこの小娘を、いったいどうすればよいのだ……!」

 

 悩みながら怒り、憎みながら悶えるその様は、まさに狂乱。

 幼女を目の前にさせられた王子は、初めて見る母のすっとこどっこいな有様に頭を抱え。

 次いで――

 

「む、ぅ……じゃがいも……」

「………」

 

 呑気に寝言を垂れる、愛らしい金髪の幼女に和んだ。

 

 

 

 

 

 

 




幼女!(挨拶)

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