獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです 作:飴玉鉛
西暦203■年、某所
はじめまして、わたしはマシュ・キリエライト客員教授です。
フジマル教授は諸事情により出張してしまわれたので、わたしが急遽代理として教鞭を執る事になりました。本日限りの短い付き合いとなるでしょうが、よろしくお願いします。
さて。細々とした疑問――例えばフジマル教授がどこに行かれたのか、わたしがどこの誰なのか等――はあるでしょうが、そんな些末な疑問は横に置いておきましょう。皆さんにとって今は大事な時期です、有限の時間を無為に浪費させてしまっては申し訳が立ちません。
あ、教科書の類いは閉じてください。この時間ではまるで役に立ちませんので。
まずは講義に移る前に、わたしが皆さんに講義する内容、その概要に触れましょう。わたしが専修しているのは歴史学で、今回はグレートブリテン島の歴史を学んでいく事になります。
勤勉な学生である皆さんは、今更どうしてとか、自国の歴史なんてもう知ってるから時間の無駄なんじゃないか、等と思われるかもしれません。しかし、その認識は誤りです。非常に有意義な時間になる事を約束しますので、期待してノートを取って下さい。
皆さんは騎士王伝説をご存知でしょうか? 詳細に知っている方、内容の触りだけ識っている方、名前は聞いた事があるけど関心を持っていなかった方、様々でしょう。
ですがそんな皆さんも共通した認識をお持ちのはずです。騎士王伝説はあくまで空想上の伝説でしかなく、現実には有り得ない架空の物語である――と。聡明な皆さんには、話の流れで既に察してしまわれているかもしれませんね。これこそが本日皆さんの学ぶ歴史に繋がります。
騎士王伝説はノンフィクションである、
実はこの講義は後日、ニュース等で大々的に報じられる内容を、先んじて取り扱っていくものだったりします。ええ、信じられないでしょう。世紀の大発見が、なぜこのような場で取り扱われるのか、まるで見当も付かなくて当然です。ですが答えは単純――それはひとえに史学研究者の一員として、わたしやフジマル教授が関わっていたからです。そして国際連合承認機関への就職も叶う立場にあるこの学術機関――フィニス・カルデア大学に席を置く皆さんだからこそ、特別に真実を先行して学ぶ機会が与えられたのです。この意味については各々が好きなように解釈してください。
静粛に。
静粛にお願いします。
……はい、静かになりましたね。
半信半疑、信が三、疑が七といった心境でしょうが、事実です。どれほど疑いを持っても構いませんけれど、事実は小説より奇なりと言います。受け入れ難くともまずはわたしの話を聞いてください。
騎士王伝説について明るくない方の為に説明しましょう。おじいさん――失礼しました。彼の騎士王ユーウェインは様々な異称、逸話に彩られた伝説上の英雄です。
中でもよく知られ、後世の物語群や偉人に引用されたり、なぞらえて呼ばれる異称の一つに黒太子というものがあります。百年戦争前期で活躍したイングランドの英雄、ウェールズ公エドワード・オブ・ウッドストックが黒太子と号されたのが代表的な例と言えるでしょう。
他にも騎士王を自称する王も史上に幾人か現れています。彼らの資質や業績はさておくとしても、九偉人の一人に数えられる騎士王ユーウェインの威名に肖ろうとする人は多数存在しました。
ですがそんな彼の異称には、誰も真似しない、できないものもあります。ご存知、獅子の騎士という異称です。誰だって獅子を従える事なんてできないので仕方ありませんね。他にも妖精の騎士、というものもありますが……まあ、こちらは比較的マイナーな異称でしょう。
ここでクエスチョン。騎士王伝説は知っての通り、世界的に見ても屈指の知名度を誇るメジャーな物語です。自国の国家元首の名前は知らなくても騎士王の名前は識っている、と言う人がいるぐらい。では彼は、なぜ英雄と呼ばれているのでしょうか?
――戦争で勝ったから。
正解……とは言えませんね。
戦争に勝って英雄となっただけでは、世界的な偉人とは言えないでしょう。それこそアレクサンドロス大王やチンギス・ハーン、ナポレオンのように広大な版図を有さない限りは。
他に彼の英雄たる由縁があります。それはなんでしょうか?
――衛生に関しての意識を高め、世界に広めたから。
正解です。
七の偉業とも、七つの功業とも称されるものの一つですね。クリミア戦争にて名を上げた白衣の天使フローレンス・ナイチンゲールが、当時の女王へ騎士王の名を出して説得し、改革に踏み切らせた逸話が有名です。昨年のドラマでも題材として取り上げられていました。ナイチンゲールさんはおじいさんをとてもリスペクトしていて――ぁ、いえ、なんでもありません。
こほん。ともあれ、それも理由の一つに過ぎません。彼が英雄だと――英国が世界に誇る随一の英雄と謳われているのは、先に述べた七の偉業が余りに大きな功績であると認められているからです。
では騎士王の七つの功業。それはなんでしょうか? 挙げられるだけ挙げてください。
――騎士道の確立。
正解です。当時は曖昧だった騎士道に明瞭な輪郭を与え、自らが指標となる事で騎士の在り方を定めました。この思想は現代でも生きており、英国紳士と言えばその思想の祖が騎士王になります。
――音楽文化を広めた。
正解です。オーパーツとして知られるヴァイオリンの所有者で、彼の演奏を切っ掛けに当時から音楽は栄えていくようになりました。今や英国は世界に冠たる音楽の都となっていますね。
――衛生観念の普及。
はい。先に述べたものですね、正解です。
――英語の原型を作った。
はい。当時は文字による記録を作らないという、わたし達のような史学者の頭を悩ませる慣習がありまして、もし彼がいなければ西暦500年頃の歴史は今以て不明瞭なままだったでしょう。
――産業革命で廃れた英国の料理文化を復興させた。
いい答えを出してくれましたね。実はこれ、七の功業に含めていいものか、今も議論の対象になっています。偉業としては弱いんじゃないか、七の功業ではなく六の功業なのでは、という論調です。
しかし仮にここでは功業の一つに含めるとしましょう。
これは識っている方が意外と少ないのですが、18世紀の半ばから19世紀にかけて起こった一連の産業の
ですがそれも長くは続かなかったと言います。それは何故でしょう?
答えはオーパーツ――ヴァイオリンです。意味がわかりませんか? 単純ですよ。英国王室が厳重に保管・管理していた騎士王のヴァイオリンが、ひとりでに罅割れてしまった事に端を発します。
国宝です。管理していた方々は大慌てで、てんやわんやの大騒ぎになってしまいましたが――なんとこのヴァイオリンの中に、騎士王の考案したとされる料理のレシピがビッシリと入っていたんですよ。それがなんなのか解析され、中世初期頃のケルト文字だと判明しました。
その時の学会は騒然としたようです。
なんたって騎士王伝説の一節で、騎士王が自身のヴァイオリンに秘密のメモを隠したという記述があったんですから。これが騎士王実在説を強烈に後押しした事件です。
時を越えての奇跡です。外国に料理を学ぶのではなく、高名な騎士王のレシピだから、食事に無頓着になってしまっていた英国民が関心を持ち、結果として食事の文化が復興されたんです。六の功業にこの功績を足して、七の功業であるとする風潮が広まったのはこの為ですね。
他にも二つ功績はありますが、ここまでで充分でしょう。さて皆さん、お気づきになりましたか? 彼の成し遂げた七つの偉業。その中でたった今挙げた五つの例を見ると分かりますが――彼は戦争の英雄である以上に、文化面の英雄でもあったわけです。だから彼は『単なる戦争の英雄』という規格に収まらない偉人として知られているわけで。
騎士王伝説に関する説明は、とりあえずここまでにしましょう。
皆さんが興味を持ってくれたところで、話を戻します。
架空の物語でしかなかったはずの
中世初期に作られたと思しきオーパーツのヴァイオリン。その中から発見されたレシピと、伝説の一節に語られる場面と符合した歴史的発見。それらを根拠にユーウェイン実在説は根強く語られてきましたが、一年前に出土したとある物が決定打となりました。
それは何か?
ずばり
彼は極めて几帳面な人物で、同時に創意工夫の人でした。
騎士や貴族達が文字に慣れ親しめるように思案し、その為に毎日の出来事を文字として書き残すのは、高貴な者の高尚な嗜みであるという事にしたようです。
自身が進んで日記を書き、それを宮廷でこれみよがしに見せびらかして、自身の体験談や想いを身近な人に伝える手段に用いたと書かれていました。いわゆる交換日記というものが貴族間で流行し、これを利用しての恋物語が繰り広げられていたようですね。
それは騎士王当人の日記であると同時に、当時の情勢や国家事情、文化、生活様式に関しても事細かに記された史料でもありました。考えを纏めるためでしょう、是正すべき倫理観や価値観、戦うべき相手への対策、国家運営上での難題の解決法など、非常に多くの情報が残っていたのです。
現存している文献とも照らし合わせ、整合性が明白に取れた事から、その史料が騎士王の日記であるという動かぬ証拠となり、騎士王は確かに実在していたのだと示される事になりました。
それらを踏まえて講義に移りましょう。不明瞭だったブリテンの歴史――西暦400年の半ばから、約500年までを紐解いていきます。ノートの準備はよろしいですか? では始めましょう。
† † † † † † † †
以上で講義を終了します。
しかしスムーズに終わってしまったせいで時間が余ってしまいました。この余った時間をどうしましょう……? 早めに切り上げて、次の講義時間までの休憩に宛てますか。皆さんもお疲れの様子、異論がないようでしたら――え? わたしの好きな場面はどこか、ですか?
……あ。騎士王伝説の事ですか。
そうですね……長くなりますよ? わたしはあのサイクルのフリークです。語り出したら止まりません。時間いっぱいまで語り通してしまいます。それでも良いなら……良い? では遠慮なく。
わたしが特に好きなのは、騎士王伝説の中盤にある、ユーウェイン王が獅子と道化を連れて出た旅の話です。フランスを目的地にして、カメリアード王から借り受けた船に乗っていた時の事……。
以後はどこか殺伐とした、空気の張り詰めたシーンばかりという事もあり、この時の長閑な時間はユーウェイン王にとって最後の安らげる一時だった事でしょう。普段のユーウェイン王なら絶対に見せないであろう、はっちゃけた素のユーウェイン王を見る事ができます。
魔法の宝物の力で女性になっていた、なんて根も葉もない戯言を道化が語ったとまで言われるぐらいです。事実無根でしょうが、それぐらいアゲアゲのテンションだった様子が目に浮かびます。
しかしそんな心安らぐ道中にも、ワンシーンだけ緊迫感の溢れたところがあります。
皆さんはサクソンのアンジェラ姫をご存知でしょうか? そうです、三年前にハリウッドで取り沙汰された『アンジェラ』という映画の主人公の事です。
彼女は人類史全体を見渡しても非常に稀な女性武将でした。騎士というカテゴリーに当てはめると世界で最初に登場した女騎士であるともいえます。ユーウェイン王の奥方や、その影武者を務めたという奥方の妹様なども女騎士ではないかと言われますが……年代的にはアンジェラ姫が先ですね。後の時代には『妖精の女王』第三巻の主人公プリトマート、『恋するオルランド』や『狂えるオルランド』に登場するブラダマンテなどが現れますが、女騎士としては彼女が一番有名でしょう。
アンジェラ姫を『騎士』と称するのはおかしいと思われるかもしれません。サクソンとはすなわち『騎士殺し』として有名な、いわばブリテン人勢力の天敵と言える人達だったのですから。しかしこのアンジェラ姫はサクソンの中でもなかなか変わった人だったようで、敵対していたブリテン人をリスペクトしている節があり、自らを騎士と称していたようです。
勝利の女王、あるいは単に勝利王とも号される王妃アルトリアが『ブリテンの赤き竜』と称されるように、アンジェラ姫こそが『サクソンの白き竜』であると云われます。サクソンのどんな屈強な男達も彼女には敵わず、やがてはサクソン最強の名声を得たとされています。
アンジェラ姫はサクソン人の王国サセックスの二代目国王シンリック股肱の臣で、主君の敵とあらば親兄弟すら手に掛ける苛烈な人でした。そんな彼女が一躍名を上げたのは、敵対していたブリテン人勢力との戦いであり――そしてサクソン人達がブリテン島に入植してきた際、彼らを率いていたサクソンの王エラに反逆してシンリックを王にした伝説です。
ユーウェイン王が『獅子の騎士』であり、『妖精の騎士』で。アルトリア女王は『竜の騎士』です。他にもガウェイン卿の『太陽の騎士』――ランスロット卿の『湖の騎士』……モードレッド卿の『兜の騎士』など様々な異名がある中で、アンジェラ姫は『叛逆の騎士』と称されています。
その異名に違わずアンジェラ姫の叛乱は苛烈を極め、エラ王やその親類縁者を、シンリック王を除いて一人残らず皆殺しにしました。自身もまた王家に連なっている以上、手に掛けた者の中には自身の父母や弟妹も含まれていたといいます。そこまでして彼女はやっとシンリック王に王冠を渡し、自身が武力の象徴としてサクソン勢力を取り纏めました。
しかし叛逆の騎士と謗られた彼女ですが、シンリック王は誰よりも信頼していたようで、彼女からの忠誠を疑わず傍に置き続けました。アンジェラ姫もシンリック王には忠実で、終生、彼の命令に背く事はなかったといいます。そんな忠義の騎士であるアンジェラ姫が、何故そこまでしたのか……その理由が、ユーウェイン王にあります。
彼女はユーウェイン王が旅しているところに出くわしました。
最初は互いに素性を知りませんでしたが、ユーウェイン王はアンジェラ姫の顔立ちや口にする言語から、サクソンの貴族階級の者と察して。怪しまれないように歓待すると、会話を交わす中でアンジェラという名を知りました。そしてアンジェラ姫は、ユーウェイン王の右腕である『万能の騎士』ニコール卿の顔を見て、彼ら一行の素性を看破してしまいました。
ニコール卿は騎士ではなく、ユーウェイン王の私兵であると言われていますが……単なる私兵に国政に関わらせるはずもないので、誤った説でしょう。ともあれニコール卿は王命で諸外国の諜報に従事しており、アンジェラ姫は以前にニコール卿の顔を見た事があったようなのです。
彼らはブリテン人である。それも只者ではない、高位貴族である疑いが出てきました。アンジェラ姫は命の危機を悟りましたが、冷静に立ち回りました。ユーウェイン王もアンジェラ姫の素質に勘付き、ここで殺してしまおうかと悩んだようですが、結局は見逃しました。
ユーウェイン王の日記には、このように記されています。アンジェラ姫と実際に会ったという証明にもなりますね。
「 『アンジェラなる者、私の位を見抜く慧眼の持ち主。腕も立ち、知恵も周り、弁も巧みである。後の禍根を断つべきかと悩んだ私に、彼女は提案した。己はサクソンの七王国を統一する。如かる後に決戦をしたのなら、どちらが勝とうとも戦にて死する者は減るだろう、と。私の位や、嗜好、そして思考を瞬時に感じ取る天稟は甚だ脅威であるが、一つに纏まっていない夷狄を各個撃破していたのでは時間が掛かる。ひいては民草に犠牲を強いる事になりかねん。団結したサクソンには手こずるだろうが、戦による人的損耗を減じられるなら是非もない。私はアンジェラを見逃す事にした』 」
この判断を肯定的に見るか、否定的に見るかは意見の分かれるところでしょう。しかし結果として後のブリテン人とサクソン人の戦いは、この時の契約の通りに三回の戦いで終結しました。いずれもが死力を尽くした総力戦だったようですが……その話はさておくとして。
アンジェラ姫が何を感じたのかはさだかではありません。しかし、相当な脅威を感じ取っていたのは確かです。挙国一致しなければ、到底敵わないと判断したのでしょう。彼女が叛逆に打って出たのはこの時の邂逅が原因でした。もしサクソンが団結しなければ容易く敗れ、ブリテンは勝利した後も残党の相手に骨を折る羽目になっていたでしょう。
この後ユーウェイン王達の一行は、フランスに到着しました。
そこで彼らはベンウィック王バンの歓待を受け、ユーウェイン王は出会ったのです。
後の円卓の騎士の一人、ランスロット卿と。
彼は過去、バン王の許に訪れた魔術師に予言された子供でした。
曰くバン王の嫡子は遥か未来まで語り継がれる栄光の王に仕え、最優の騎士になるであろう、と。その予言に喜んだバン王は、ユーウェイン王を一目見ると、彼こそが予言の王であると悟り、ランスロットを養子としてくれないかと頼みました。それを以て同盟の証にしたいと。
渋ったユーウェイン王でしたが、国益になるからと受け入れました。そうして、まだ生まれたばかりだったランスロット卿は、ユーウェイン王の養子として引き取られたのです。
わたしが好きなのはこの話ですね。
……どこに好きになる要素があるのか、ですか?
……ふふ。秘密、です。
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話として飛ばすわけにもいかへんけど、このまんまじゃワイのモチベが死ぬぅ…どないしたらええんや…。
せや! 困った時のマシュ(3☓歳)頼みすればええねん!
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ガニエダぁ!
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さよなら、天さん…!