獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです 作:飴玉鉛
沢山の声援と評価ありがとうございます。勇気づけられました。
結局黒歴史として処理する事にしたTSですが、あれは本当なら重要な、必要なものとして組み込むつもりでしたが、性転換要素が苦手な方も多いそうなのでやめました。
なんで必要で、重要だったのか……解説しておこうと思いましたが、やめておきます。というか日を跨いだら忘れてしまいました(痴呆) 「やめる」と決めたら次の日には忘れてる作者の脳は確実にヤバい(確信)
長々と失礼しました。
「ねえ今どんな気持ち? 未婚の身で一児のパパにされて今どんな気持ち?」
ねえねえ、ねえねえ! と、目の前で反復横跳びをしながら煽り散らす道化を無視し、フランスにやって来るまでに元の姿へ回帰できていたユーウェインは途方に暮れた。
白けた目で見遣るオルタの視線が地味に堪えたのか、ニコールもすぐに煽るのをやめる。流石に不謹慎だと思ったのかもしれない。今、ユーウェインの腕には生後一年ほどの赤子が抱かれており、傍らには赤子の乳母が控えているのだから。
赤子の名は
赤子は小さな手でユーウェインの服を掴み、養父の腕の中で安心して眠っていた。赤の他人に引き取られたというのに、のんびり眠っていられるとは、なかなか胆の据わった赤子だ。
――どうしてこうなった?
フランスの地を踏んだユーウェインの目的は一つだ。ローマ帝国の影響が及ぶ前に、こちらのシンパを一国でも確保しておく事である。そしてニコールの勧めてきた『交渉の余地のある相手』として挙げられた者がバン王であり、彼の推測通りバン王はブリテン人の王にも友好的に接してくれた。だが何故にベンウィック国の王子を養子にさせられたのか、まるで理解できなかった。
バン王が言うからには、この子は将来、栄光の王に仕える最優の騎士になるという。そしてその王こそがユーウェインであると見込んだからこそ、自身の子供を養子に送り出したいのだとか。
――予言者の言った言葉を鵜呑みにし、大事な子供を他人に差し出す。はっきり言ってユーウェインには共感できない。寧ろ唾棄すべき行ないではないかと思う。これもまたユーウェインの逸脱した精神性ゆえの感性なのだろうか? 予言者だのなんだのと、そんな胡散臭いものを信じる感性には呆れるばかりで、我が子の栄達を望む親心だとしても理解不能だ。
「ゴホンッ。――あのね。気持ちは分かるんだがね。ユーちゃんよ、もう諦めて建設的に考えようや。オレらからすりゃ頭オカシイとしか思えんが、このガキ押し付けられたのもメリットあるかもだし」
「メリット……メリットか……」
「少なくともデメリットの一つは明白だ。アルトリアの困惑する顔が今から目に浮かぶ」
ふざけた態度を改め共感を示すニコールと。婚礼前から血の繋がらない義息を持つ羽目になった姉に同情するオルタ。ニコールの共感にスッと心が軽くなるも、オルタの呟きに肩が重くなる王だった。
だが仕方ないではないかと言い訳がましくユーウェインは思う。バン王の所業を理解できるように解釈したなら、バン王の申し出は断れるものではなかったのだから。
ウリエンス王ユーウェインと、ベンウィック王バンが密接な同盟関係を築くメリットは薄い。しかしユーウェイン王がブリテンを平定したのなら、早期から繋がりを持っている事の意義は非常に大きいと言えるだろう。だがサクソンの勢力圏が間に挟まっている以上、ブリテン勢力になんらかの支援をするのは難しく、また支援をするメリットを臣下に提示するのも難しかった。
そこで縁戚関係を構築するのは妙手だ。国が失うものは何もなく、ブリテン人がサクソン人に勝ったのならよし。敗けたとしても王子が一人死ぬだけだ。恐ろしいほど合理的で、予言者云々は口実でしかないと思い切れる。個人としては嫌悪するが、王としてなら感心する他にない対応だった。子供を出汁にしてさえいなければ、個人としても好感を覚えていただろう。
「アルトリアとの間にできた子の、子育ての予行演習だと思えばいい」
オルタが独語すると、ユーウェインはかぶりを振る。
「それは駄目だ。幾らなんでもこの子が……ランスロットが哀れになる。事情はどうあれ引き取ってしまったからには俺の子として育てるさ」
「アルトリアにはなんと言うつもりだ?」
「………」
「ゅ、ユーウェ……コホン。ユーウェイン。私もとりなしはするが、やはり貴方の口からも説明の一つはするべきだろう。それが難しいのは理解するがな」
オルタの物言いは、およそ近衛騎士に相応しいものではなかった。
まるで対等の立場に立っているかのような言い様は不遜であり不敬である。暴君の資質を有するも、本質的にはアルトリアに似て生真面目なオルタらしくない。
だがこれでいいのだ。ユーウェインの、プライベートぐらい気楽にいきたい――なんて間抜けな考えでオルタに態度を改めさせたのではなかった。ユーウェインがフランスに着くまでに、キーランとして姉のように振る舞った一ヶ月の中で思い至ったのだ。
アルトリアは王妃になる。これは決定事項であり、決して変更の許されない国政戦略だ。そしてアルトリアは名目上、『勝利の女王』という号を背負い錦の御旗になる。となると王妃であり、勝利王でもあるアルトリアはユーウェインと対等の立場に立つ事になるのだ。
であれば、アルトリアの影武者を務める事があるかもしれないオルタが、その任務中に対等であるはずのユーウェインを相手に、臣下の如く振る舞ったのでは不都合が出てくる。故に今の内から対等な態度というものに慣れてもらう必要があった。メイドや騎士を遍歴したオルタの物腰は、到底王のものとして相応しくなかったからである。
「……まあ考え込んでも仕方あるまい。ひとまずニコール、ランスロットに付けられた乳母に、俺達の言語を教えてやらねばな。流石に異国の地へ唐突に送り込まれる彼女は哀れだ。手厚く遇してやろう」
「あ。やっぱ言葉の先生はオレなのね……」
「恨むなら己の万能を恨め。お前は便利だからな、つい難儀な仕事を投げてしまう」
「へいへい、分かりましたよ騎士王陛下。流石のオレもこの人には同情しちまうし、せいぜい優しく教えてやるとするさ」
肩を竦めたニコールが、
亜麻色の豊かな髪と、華美にならない程度の宝飾、そして背中の開いた濃紺のドレスを着ている。荷物のたぐいはユーウェインが預かっているため手元にはなかった。
貴種である事の証とも言える整った顔立ちと、教養の透けて見える落ち着いた眼差し。白い肌はミルクのようで、大人の女の色香が匂い立っていた。それもそのはず、彼女は未亡人だ。
歳の頃はユーウェインらに近しい。しかし十八歳で肉体年齢の停止したユーウェインよりも、ニコールの方が同年代として相応に見える。ニコールの魔貌の魔力をレジストしているらしい所からも、彼女の貞淑な内面が現れているかのようだった。
しかし流石に乳母である自分と赤子だけで送り出されるとは思っていなかったらしい。毅然としているが、内心の不安は隠しきれていなかった。そんな彼女に早速、彼女の母国語で話しかけるニコールに、彼女は露骨に安堵した。自分にも分かる言葉で接されたからだろう。
「……彼女は特に、心穏やかに過ごせるようにしてやらねばな。それが政略に巻き込んでしまった事への、せめてもの償いだろう」
「ウリエンスまで乳母として連れて行き、我らが帰国し次第、送り返してやるのが温情だろう。なぜウリエンスに留め置く事が前提になっている?」
「すぐにお役御免だと送り返しては、彼女の名誉に傷を付けかねんだろう。俺も『用無しになった女を追い返した無情な輩』だと謗られかねん。避けられる悪評は避ける。無駄なリスクもな」
「理解した。だがそれならそれで、時を置いて帰してやっても、彼女に母国での居場所はないと思うが。三十路に入った女を奥に迎える男はいまい。再婚相手が見つからず、針の筵に座る羽目になる」
「む……」
オルタの言に、盲点だったと顔を顰めるユーウェインである。知った事かと跳ね除けるのは簡単だが、それでは余りに情がない。アフターケアぐらい考えておいてやるのも責任の内だ。
ではどうするかと頭を捻るも、なんとかなるかと楽観する。王子であるランスロットの乳母になれるだけあって女として秀でているであろうし、教養も豊かだろう。放っておいても自力でなんとかしようと立ち回るのが期待できる、そうでなければ手を差し伸べればいい。
「俺としてはニコールの嫁に来て欲しいな」
ぽろりと本音を溢すと、オルタもなるほどと頷いた。
ニコールもまた未婚の身。言動こそ普段はふざけているが、その人柄と有能さはオルタにもケチが付けられない。彼の素性を知らぬ者達は、ニコールを指して『万能の騎士』と持て囃すほどだ。
『万能』とはユーウェインが称した才腕である。騎士の称号は第三者が勝手に付けたものであるが、殊更に否定して回ろうとは思っていない。最も頼りになる男であるのに違いはないのだから。
友である。友の幸福を願っているのはユーウェインもニコールと同じだ。流暢なフランク語でランスロットの乳母に話し掛け、すぐに打ち解けてしまった様子を見ながら思った事――いっそニコールが口説き落とし、彼女を嫁に迎えてくれたら良い――という思いに嘘はなかった。
本人達にその気がないなら、やはり口出しする気はなかったが。
「――ブリテン島が見えてきた」
大陸から離れ、幻想の島に帰還する。
短い道程だった。束の間の休息も、瞬きのように過ぎ去り、終わる。
王冠が待っている。義務と責任も。その重さを一時ばかり忘れられたのは、人生の財産と言える記憶だろう。ユーウェインは船の掻き分ける潮騒を聞きながら目を細め――ふと何度か瞬きした。
「……ん?」
「どうかしたのか?」
目を擦る仕草を見て、オルタがぎこちなく問い掛ける。気を抜けば丁寧な言葉がするりと出てきてしまい、軽く叱責されてしまうのだ。臣下としての物腰を責められるのは中々に理不尽だが、オルタは一生懸命にいずれ来たる
ユーウェインは半眼になってブリテン島を指差した。
「……オルタ。何か……ブリテン島が
「ブレ……?」
言われ、視線を正面に向ける。ブリテン島――生まれ故郷。侵略者に侵されし動乱の国。救うべきそれに目を向けたオルタだが、特に何も見えなかった。いたって普通の景色である。
「……特に何か変わって見えはしないな。貴方には何かが視えているのか?」
オルタがそう言うと、ユーウェインは目を細める。主君の目に何が視えているのか、彼女には解らなかった。故に問う、ユーウェインの眼は他者に捉えられないモノも識別できるのは理解していた。
ユーウェインは沈黙した後、ややあって呆けたように呟く。
「あれは……あれが
「………?」
「……しまったな。島から出る時は視ていなかったが、帰り際になって気づくとは。我ながら気が抜けていたらしい。――
神代最後の地ブリテン島を、人理の固まりし外の大陸から視た故に識別してしまったらしい。
ユーウェインがそう呟くも。やはりオルタには何も視えなかった。
彼の視界には何が映っているのか気になってきてしまう。
そんな彼女の様子には構わず、ユーウェインはやおら腕を伸ばした。まるでブリテン島を基点に投錨されているモノへ触れようとするように。その奇怪な様子に戸惑う黒獅子を尻目に王は
転瞬、閃光が堕ちた。いや抜錨されたのだ。咄嗟に腕を上げて目を庇い、光の奔流に気圧されるも、船上に満ちた光が収束すると王の手には奇妙な物質が握られているのを目撃した。
妙な物体だった。
捻れた螺旋の外殻が、眩い光の柱を閉じ込めている。途方もない魔力が内包されているのを感じ、オルタは瞠目した。未だ嘗て視た事のない――神話礼装たる大剣にも匹敵する波動を感じたのだ。
ユーウェインは嘗てこれに似たものを視た事がある。複合神ダナンへの介錯として飛来した、妖姫の編みし決戦魔術だ。優れた洞察力の持ち主であるユーウェインは、この光の柱の名を悟った。
「ロンゴミニアドか……なんとなくで手に取ってみたが、要らん物を手に入れてしまったらしい」
最強の聖剣に匹敵する、最強の聖槍を手中にしておきながらの発言である。
なんとなく、視えたから手を伸ばした。すると獲得できてしまった。それだけの事で、どんな代物か確認できた以上は、もはや要らぬとさえ思う騎士王である。
最強の聖槍。其の齎す力を正確に読み取っても、王は『やはり要らんな』と再度思う。大火力なら魔女の形見である神話礼装がある、殺傷力も己には不要だ。殺したければ
唖然とするオルタや、『またやってる……』とでも言いたげな顔をした万能者を尻目に、ユーウェインは簡潔に思った。手柄を上げた騎士にでも、この槍を下賜してやるか、と。
無論、この聖槍を管理するに値する者に限るのだが。それまでは自分が所持しておこう。
そう思って、ユーウェインは聖槍を
手に入れた聖槍を、右腕に同化させる。そうしながら王はふとオルタに振り返った。
「――いるか?」
欲しいならやるぞと気軽に言う王に、黒騎士は顔を顰めた。
惹かれるのは確かだが、騎士たる者が主君の物を軽々に欲するべきではないとオルタは考えている。故に彼女の答えは決まっていた。端的に、騎士としてきっぱりと告げる。
「不要です」
† † † † † † † †
――この時、ユーウェインは未だに真実を識らずにいた。
なにゆえに
単純にユーウェインの眼力が超常の域にあるから視えたのだが、それだけが理由ではない。
幻想の最後に立った『王』である故に聖槍を所有する資格があった。だから聖槍を手に取れたという事を、彼はまだ識らずにいたのである。
ブリテン島は、神代の最後の楽園。神代を引き延ばそうとする島の意志がある。故に島の意志は人理の到来を拒んでおり、文明の発展は滅亡を招く兆しとなるのだ。人が栄えれば栄えるほど人理が侵食してくる故に、ブリテン島の意志が人を滅ぼそうと自らの
そして愚王と謗られし卑王ヴォーティガーンは、神代の島を延命させるために、この滅亡を可能な限り早めようとしている。ブリテン島の意志が生きている内に、多数の人間――サクソン等――をブリテン島に招き入れて、ブリテン島を荒廃させ――島に住まう全ての人間を殺し尽くそうとしていた。神代の島から人間がいなくなれば、神代はまだ辛うじて延命が叶うから。
愚挙である。
だがヴォーティガーンの悲願、大義はそこにあった。美しき神秘を永らえさせたいと願い、そのために人間を切り捨てたのだ。
そしてユーウェインが世界の表と裏を視認できたのは
ウリエンス国は騎士王の統治の下――未曾有の発展を遂げている。やがてウリエンス国の王がブリテン王という大王位に達した時、繁栄は極限に達するだろう。約束された滅亡に向けて走り出す為に。
ユーウェインは、
己の齎した繁栄が、結果として滅亡を運ぶ兆しになる事を。ユーウェインが騎士王の座を降りるその瞬間まで――すなわち、彼が死するその瞬間まで知る事はない。決して
もし。
もしも、ユーウェインがその真実を識ってしまったのなら。
彼は、人理を斬り裂いて世界を神代に回帰させていただろう。
世界の意志などというものなどで、己の治める国を滅ぼされて堪るかと怒り狂って。
――だが、ユーウェインが真実を知る時は来ない。来ないのだ。それがこの汎人類史の、約束された結末である。
† † † † † † † †
其の日、全ての騎士を統べる人王が旅を終えた。
其の日、約束された勝利を運ぶ竜王が旅を終えた。
「――試練を超え、使命を帯び、よくぞ辿り着いた。アルトリア、お前を歓迎しよう」
王宮にて出迎える。花の旅路を終えて、各地の王を引き連れた勝利王を。
ペリノア王がいた。
ロット王がいた。
ペラム王がいた。
他にもブリテン人の有力な諸侯が。騎士が。
先頭に立ち、左右に花の魔術師と義兄を従えた勝利王は、夫となる騎士王を緊張と希望で赤く染めた貌で見詰める。
サー・ケイは何故か麻袋を担いで、魔術師マーリンの物に似た杖を背負っていた。その麻袋はジタバタと藻掻き、「んーっ! んーっ!」と何者かが喚いているが、敢えて見て見ぬふりをする。
微笑を苦笑に変えた騎士王だったが、そんな彼の笑みに王妃も応えた。
「――はい。あなたの王冠を、より貴きものとする為に。全ての人々が、安寧に浸れるように。そしてブリテンの民が、幸福で在れるように。私は――私の全てを、あなたに捧げましょう」
崇高な乙女の嫁入りを、栄光の旗手たる青年は受け入れる。
彼女の下まで歩み寄り、その小さな手を取って王宮の前まで戻った青年は宣言した。
「誓いを受ける。私はこの地にあらゆる善を敷こう。あらゆる悪を裁こう。そして、アルトリア。お前の挺身こそが私と、国と、民を救う御旗となる。共に立とう、共に導こう。私とお前で未来を作る」
――遥か未来まで語り継がれる、伝説の序章が終わった瞬間が、ここに訪れていた。
Twitterの方でアンケとかやるかもですぞ(ステマ)
ガニエダぁ!
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慈悲はない(無慈悲)
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慈悲はある(あるだけ)
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さよなら、天さん…!