獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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 王妃が三つ子である。しかも三人ともが瓜二つ。

 

 となれば、何が問題として取り沙汰されるのか――答えは一つだ。

 

 たった一つだが、同時に拭い難い疑惑である。

 

 即ち、王妃の子が本当に王との間に生まれた子なのか疑われる事。

 

 些細な問題のように聞こえるかもしれない。事実、些末な疑惑だ。しかしどんなに些少な瑕疵でも、其れは人の想像を否が応にも掻き立ててしまう。

 人の口に戸を立てられないように、人の想像にも歯止めはきかない。一つでも醜聞があれば、他にもあるのではないかと粗を探すのが人間という生物だ。故に一度でも想像の余地を与えてしまえば、やる事なす事に根も葉もない下衆な勘繰りがついて回ってしまうようになるだろう。聖人君子として知られる騎士王に纏わる醜聞ならば尚更だ。

 高貴なる者、手の届かない幻想の頂。其れが実は自分達と同じ穴の狢であったのだと。他人を貶めて安心するのが大多数の人間の性であるから。

 

 アルトリアとの間に生まれた子供がユーウェインに似ていた場合は、髪や瞳の色がユーウェインと同じオルタとの不貞を疑われ――アルトリアに似ていても、リリィとの不貞を疑われる。逆にユーウェインとアルトリアのどちらにも似ていなければアルトリアが疑われる。

 王の強権を振りかざし、口さがない連中を黙らせるのは簡単だろう。下らぬ噂を流す者には厳罰を下して、触れてはならない(アンタッチャブルな)話題であると、恐怖を以て刷り込むのは容易いと断言する。

 だがそれでは駄目なのだ。ユーウェインは騎士王である。その王権には清らかで神聖な、人が自然と畏敬の念を持つ不可侵の高貴さを纏わねばならない。そうしてこそ騎士王という偶像は人々の理想とする、人間性の標として昇華されていくのだから。

 

 故に武力、権力による抑止は使えない。ではどうすればよいのか?

 簡単だ。オルタとリリィを他国の王に嫁がせ、常に居場所を明らかにしていればいい。

 そうすれば物理的な距離を隔て、不貞の疑惑を抱かれる事はないだろう。

 

「そんなのイヤですっ!!」

 

 リリィが顔を真っ青にして拒絶した。

 

「それってつまり二度と兄さんに会っちゃいけなくなって、アルトリア達とも会っちゃいけなくなるって事なんだよ!? そんなのイヤです! イーヤーでーすー!」

 

 地団駄を踏んで嫌がる少女に頭痛を覚える。

 ユーウェインとてそんな事はしたくない。何が悲しくて仲の良い姉妹を引き裂かねばならないのか。公人としても私人としても論外だ。私人としては感情的に。公人としてはペンドラゴンというブランドは騎士王の錦の御旗であり、それを他の王に与えるなど有り得てはならない。

 そもペンドラゴンの血筋と言えば、ユーウェインとて該当する。ウーサー王の娘モルガンの子であるのだ、この身も古王の孫である以上、真に重要視するべきなのが血ではないのは自明。

 真に死守すべきなのは『名』だ。()()ウーサー・ペンドラゴン直系の娘、ペンドラゴンという称号(ブランド)を持っている、アルトリア達三姉妹の保持こそが何よりも重要なのである。

 

「っていうか大袈裟すぎるよ? だってただの姉妹なんだよわたし達。確かにわたし達って偶に鏡見たら『アルトリア何してるの?』とか言って恥掻くぐらい似てるけど……兄さんが強く否定したら済む問題だよ。他人がどうこう言っても無視したらいいんじゃないかな」

「それはそうかもしれんが、貴様が言うな」

「ぴぃっ! 痛い痛い数年ぶりのオルタのアイアンクロー痛いぃっ! 血も涙もないオルタの暴力(イジメ)に懐かしさを感じちゃう自分が憎い! 助けてアルトリア! 兄さーんっ!」

 

 助けるわけがなかった。

 侍女として仕えはじめ、騎士として身を立て、王妃の影武者にもなる訓練と覚悟を積んできたオルタの労苦を思えば、それを台無しにされて憤怒するオルタを止める気にはなれない。

 渾身の魔力で身体能力を強化したオルタが、リリィの顔面を鷲掴みにして抑え込む。その手を両手で引き剥がそうとするリリィだがビクともしない。それはそうだ、内包する魔力量が互角で、才能や素質も同一ならば、物を言うのは積んだ鍛錬の量と質である。魔術の研究に明け暮れたリリィの細腕で、物理戦闘に特化したオルタに敵う道理はなかった。

 普段なら止めに入っていただろうアルトリアも冷たい目をしている。リリィの失態がよほど腹に据えかねているらしい。気持ちは痛いほどよく分かった。

 

 ――母が連れ去って来たリリィ。はじめて旅に出て故郷に帰してやろうとした日々。色んなものを見て、触れて。時に戦い、時に逃げ、時に出会った。幼いリリィとの旅路は楽しかった。

 ――花の魔術師が妖妃から護る為、オルタをユーウェインの許に送り込んでからの日々。何年も共に時を過ごし、私生活と仕事の双方で欠かせぬまでに尽くしてくれたオルタ。

 ――花の旅路を経て、自らの身命を捧げに来たアルトリア。これから先の未来を、共に作ろうと手を取り合った。この少女を全霊を賭して愛し、愛し抜こうと覚悟した。アルトリアとなら理想的な家族になれるはずだと好意を覚えていた。

 

 その三人。彼女達を訣別などさせたくはない。どうすればいいのか……解決策は瞬時に思い浮かぶ。だが、それはできない、したくないと思った。自らの心情と信条、心が咎める策だから。

 ではどうすればよいのか。どうすれば……。

 

 

 

「――どうしたよ? ユーちゃんなら解決策の一つや二つ、パッと思いつくだろ?」

 

 

 

 煩悶するユーウェインの横に、いつの間にやら友がやって来ていた。

 ギョッとした顔をするアルトリア。リリィに驚く余裕はない。オルタがまたかとでも言いたげに万能者を横目に見た下で、オルタの握撃に抵抗するので精一杯だ。

 ニコールの気配が微塵も感じられない――こうして隣に立っていても。

 ルーン魔術だろう。隠密のルーンを使っているのだ。その上で、本人が素で卓越した暗殺者としての技能を有している。彼が本気ならユーウェインにすら接近を気づかせない腕前だ。無論、悪意を向けられたら察知していたであろうが、ニコールが黒王に悪意を向ける訳がない。

 

「貴公は何者だ?」

 

 警戒してアルトリアが体面を取り繕う。今の話を聞かれてしまったかもしれないと思ったのか冷や汗が浮かんでいた。経験浅き故に完璧なポーカーフェイスが維持できないのだろう。そんな彼女にニコールは慇懃に一礼する。どこかわざとらしい所作だ。

 

「これはこれは、お初にお目にかかりますな勝利王陛下。おまけに妹様のリーリウムさま。オレの名はニコール、ユーウェインへの友情のみで繋がれた、しがない道化師でございますよ」

「――貴公がニコール卿か。あの万能の騎士と名高い……!」

 

 素直な驚きを露わにするアルトリアに、ニコールは肩を竦める。とても王位にある者に対する態度ではないが、アルトリアも咎めなかった。あらかじめ道化であると名乗り、ユーウェインが何も口を挟まずに居たからだ。道化の無礼を咎めるのは王の失態であるのは常識だ。

 

「………」

 

 ニコールがいきなりやって来るのは珍しい事ではない。そして、口を挟んで来るのも。故に彼の直言に貌を顰めた。似たような思考回路を持ち、性質的にも似通っている男の言葉は耳に痛かった。

 そんなユーウェインに、ニコールはやれやれ仕方のねえ王様だこと、などと呟く。沈黙するユーウェインに代わり、アルトリアがニコールへと問いを投げた。

 

「察するに、貴公は我々の話を聞いていたらしいが、解決策があるとはどういう事だ?」

「簡単ですぜ。一つ目の策は、リーリウムさまが口を滑らせた席にいた奴を全員、一人残らず皆殺しにしちまえばいい。三つ子云々を聞いたかもしれない奴ら全員、関係者含めて根絶やしにすんのさ」

「な――!?」

「そうしたら噂なんか立たねえだろ? 死人に口無しってな。ああ、実行するのはオレでいいぜ。完璧に仕事を熟して、誰がやったのかなんて分からねえようにやってやるからよ」

「駄目だ! そんな非道な真似、看過できるものではないっ。それにリリィが……リーリウムが口を滑らせた酒の席にはペリノア王がいた。彼を殺めてはブリテンの結束に罅を入れる事になる」

 

 ペリノアがいたのか。なるほど、それなら確かに惜しい。こんな事のために彼ほどの武人を粛清するのはナンセンスだ。――ニコールもユーウェインと同じ事を思ったのだろう。大仰に手を広げた。

 

「それじゃ、コイツは駄目だな。話の感じからして三つ子云々を漏らしたのはここ最近みてえだが、よその王の関係者全員を消すのは難儀する。となるともう一つしか策はねえな、ユーちゃんよ」

「………」

「オルタ嬢とリーリウム嬢をよそへ嫁にやるってのは論外だろ? んなら、やれる事なんざ一つしかあるめぇよ。テメェの口から言えねえってんならオレが代わりに言ってやる――オルタ嬢達を愛妾にしちまえば、万事解決だ。リーリウム嬢が最初に喚いた通りな」

「ッ………」

 

 ――そう。そうなのだ。それだけで総ては解決する。してしまう。

 だが、だがそれは……。

 アルトリアを見る。露骨に不満の色が現れていた。

 

 少女の胸の内に暴風が吹く。幾ら仲の良い姉妹でも、夫を共有したいとまで思っていない。夫に対する愛はまだ無いが、憧れの人に対する慕情は仄かに懐いていた。自身の覚悟、挺身、それらが台無しになるのも面白くない。――そんな少女の内心などお見通しだろうに、反論する王妃に万能者は容赦しなかった。

 

「王妃を娶ったばかりの王が、すぐに妾を囲うなどあってはならない。しかも同時に二人も妾にするようでは、ユーウェインの風評が致命的になってしまうだろう。性関係にだらしがなく、王妃への誠実さが足りないと。潔癖なイメージを作ってきた彼の労苦を無駄にしてしまう気か」

「おうおう、必死だねぇ王妃サマ。新婚ほやほやの大事な時期ってのは分かるがね。ぶっちゃけ三人を手元に置いて、なおかつ不貞云々がどうこうと言われる隙間をなくすにゃ、こうするしかねえんだわ。違うか、ユーちゃん」

「………」

「ニコール卿! 私の懸念を聞いていなかったのか!」

「はいはい聞いてるんで落ち着いてくださいな。一から十まで説明したら流石に納得するしかなくなると思うがね……まず私情は抜きにしてもらうぜ。そんで大前提として、ペンドラゴンを名乗れる王妃サマ方三姉妹を分けて、よそに嫁がせるわけにはいかない。で、もう一つの前提としちゃ、騎士王サマの大事なイメージを汚したり傷つけるわけにもいかねえ。ここまではいいよな?」

 

 ニコールの言は、道化のもの。

 道化とは馬鹿には務まらない。明晰な知性を有する切れ者にしかできない。

 なぜなら道化とは本来、王や国に利するため、外交や国内の貴族との折衝で活躍する存在であるからだ。そして大事な仕事の一部に、王の考えを察して代弁する、というものがある。

 頼んではいない。だがニコールは進んで、他の誰にも察するのが難しいユーウェインの思考を紐解いて、共感できるからこそ彼の合理的な策を口にできてしまう。ユーウェインには言えない、言うべきでもないからこそ。もしもユーウェインが言い出してしまえば、アルトリアとの関係にしこりを残してしまうのは自明であるから。

 

「三つ子王妃を分けられず、騎士王サマの崇高で神聖なイメージにも傷はつけちゃなんねえ。ならなんで妾にするって選択肢が出るのかってぇと、すんごく便利で実利のある名分があるんだわ」

「……それは?」

 

 苦い顔をするアルトリア。彼女は聡明で、未来予知の領域にある直感を有する故に漠然と悟っていた。反論するわけにはいかない、また、反論しようとしても論破されてしまうだろう、と。

 イヤだ。イヤだった。だが、仕方ないと納得するしかない。腹を括るために話を聞こう。

 

()()()()。ローマ帝国の国教を部分的に都合よく取り入れて、ローマ帝国との国交を見据えた国策の一環にしちまうんだよ。デメリットはない、メリットばかりの良い案だぜ?

 対外的にローマ帝国と本当に国交を持つ必要も持てる保証もねえが、一応は歩み寄りの姿勢にはなる。国内のお貴族様達を納得させる事もできる。基督の教えとやらに『産めよ増やせよ地に満ちよ』ってのがあってだな、コイツを率先してユーちゃんが示すんだ。

 全員ペンドラゴンだし、二人も妾がいりゃこれ以上は要らねえって他から妾をねじ込ませない事もできる。んで基督教を国教にしてソイツを盾にすりゃ、今のブリテンを悩ませるお家問題の、そこらに騎士や貴族の庶子が転がってる内紛の火種も整理できる。庶子を作るなとは言わんがせめて管理しろ、ってな具合によ。で、宣教師を国の方で見繕って布教してやりゃあ、国民性を幾らか穏やかにできるかもしれない可能性もある。

 基督の教えってのはかなり良いもんだからな。野蛮じゃない。国で制御し、政治に絡めねえで、布教はするけど宗教を政治に持ち出しちゃならねぇって法も先んじて作ってりゃあ、後々の色んな問題、火種も最小限に押さえ込めるってなもんだ」

 

 長く、しかし簡潔に、要点だけを纏めてニコールが言う。

 彼の言わんとする事を十全に、完璧に理解したとはアルトリアには言えないが、ユーウェインは理解しているようで、何も言わない。……何も言わないでくれた事に感謝の気持ちが湧いた。

 今、何かを言われたら、アルトリアは反感を覚えるだろうという自覚があったから。それにこうまで国益を持ち出されては、嫌とは言えない。アルトリアは鉛を飲む心地で沈黙する。

 オルタから解放されたリリィが、おずおずとアルトリアの顔色をうかがう。お転婆な末妹とはいえ、流石に悪いと思ったらしい。今回ばかりは弁解の余地なく自分が悪いから、と。

 

「あ、アルトリア……ごめん。オルタも……わたしのせいで、大変な事になっちゃった」

「絶対に許さん」

「……私も許したくはありません。ですが、リリィに悪気があったわけではない。それに見方を変えれば誰よりも信じられる仲間が増えたのだとも言える。私は、許しましょう。……ただ自重はしなさい。あとリリィは金輪際お酒を飲まないように」

「はーい……」

 

 数年の積み重ねを無にされたオルタは怒りを収めなかったが、アルトリアは寛大な姿勢を見せる。リリィはすぐにアルトリアの後ろに回りオルタから隠れた。その様子を見て更に怒気を募らせる黒獅子の様子に、ニコールが半笑いでオルタへ耳打ちする――途端に怒気が消え、変わりに赤面して硬直するオルタの肩を叩き、ニコールが場を締めるように言った。

 

「――という訳なんだが、今の案はあくまで合理性だけしか取り上げてねえ。当人達の感情は丸ごと無視しちまってるわけだ。そこらへんは自分らで解決してくれや」

「……ニコール。お前は何をしに来た。まさか偶然ここに居合わせたとは言うまい」

 

 自身が閃いた合理性しかない案を、ニコールが総てトレースして代弁した事に、感謝と同時に心底から苦いものを感じる。だがそこには触れずに、友が居室を訪れてきた理由を問い掛けた。

 すると、赤毛の美丈夫は微笑した。一瞬、されどしっかりと。それに、ユーウェインは嫌な予感を覚えた。過去に一度だけ感じた覚えのある感覚……得体の知れない悪寒。

 曖昧模糊としたその感覚の名前を思い出すより先に、ニコールは言った。

 

「支柱は多い方がいいだろ?」

「何……?」

「オルタ嬢だけじゃ、ちと今のユーちゃんを任せるにゃ心細くてな。王妃サマやリーリウム嬢を追加しとけよ。ホントはアンブローズの奴がいたら良いんだが……無いもん強請りしてもしゃあねぇ」

「……何を言っている?」

「ガウェイン坊やも育ってきてる。アイツぁ素だとまぁまぁってぐらいだが、日のある内は見れるレベルだ。シェランの野郎にゃ敵わねえまでも敗けもしねえぐらいにはならぁな。アグの奴……アグラヴェインはそこらの奴よりはマシだが戦いの才は並だ。代わりに裏方仕事を仕込んどいてやったから、性格的に見ても一番ユーちゃんの助けになるかもな。他にも粒は揃ってきてる。ケイも合わせりゃ内政畑はアグとケイで回せる器だな。ペリノアのおっさんのとこにいるラモラックとかいう奴は登用しとけよ、円卓の騎士に名を連ねるに値するぜ。ついでにまだガキだがパーシヴァルとかいうペリノアのガキも、長じたらそこそこやれるだろうさ」

「だから、何を言っている。何が言いたいんだ、ニコール」

 

 急にまくし立てる万能者に、ユーウェインは訳も分からぬまま焦燥感に駆られる。

 異様な雰囲気だ。アルトリア達も口をつぐんで、ニコールを見ていた。はたとオルタが何事かに気づき、目を瞠る。――死相が出ている。言語化できない感覚だ。

 

「あぁ……」

 

 らしくなかったなと苦笑して、男はくしゃりと髪を掻き上げた。

 

(いとま)を貰いに来たんだ」

「……は?」

 

 何を言われたのか一瞬理解できず、ユーウェインは呆気に取られる。そんな彼に、苦笑を深めた男が告げた。

 

「あぁいや、誤解はすんなよ? ちょっくら遠くに行かなくちゃならなくなってよ。今はオレにしかできねぇ事があるんだわ」

「……なんだそれは」

()()()()()()()()()。アイツ、最近ユーちゃんのこと視ても来ねえんじゃねえか?」

「………」

 

 ヴォーティガーン。得体の知れぬもの。ブリテン人の裏切り者でもある。

 奴は時折、どこかからユーウェインを覗き見ていた。そして、恐れていた。

 にも関わらず、ニコールの言うように、奴はこの頃全くユーウェインを視ていない。

 煩わしい視線を斬る手間が省けた程度に思っていたのだが……。

 

「そろそろ奴の所在と目的を暴いとかなきゃなんねぇ気がしてな。そんな事ができんのはオレしかいねえ。んなもんで、いつ戻ってこれるか分かんねえし、長いこと留守にすっから、後の引き継ぎとか色々としてたんだよ。後は挨拶ぐれぇしとくかなって、ユーちゃんのとこに顔出したらこれだ」

 

 変な騒ぎばっか起こしてんなぁ、とニコールは笑っている。

 無意識に、強く言った。

 

「駄目だ。そんな事はしなくていい。マーリンにでも探らせろ」

()()()()()()()()()()()()()()()()。ついでにオレはオメェの手下じゃないんでね、ユーちゃんの命令を聞く必要はねえんだわ。だから止められたってオレは行くぜ」

「………」

 

 強い目と、声に、口を噤む。そうだ――ニコールは家臣ではない。どころか騎士ですらない。彼は頑なに正式な役職に就かなかった。道化師も、彼の態度の悪さと直言を、対外的に許す為のものだ。

 責任が、彼には無い。そしてそんなニコールとだから、気楽に接していられたのだ。

 

「そんな訳だ。出ていく前に面ぁ拝みに来て、挙げ句夫婦間の事に口出しして悪かったな。道化の戯言だ、許してくれよ」

「……ニコール」

「お、そうだ。ニコの奴も連れてくぜ? 妹待たせてんだ、もう行くわ」

「待て。行っていいとは誰も――」

 

 背を向けて退出していく男を捕らえようと体を動かすも、首を巡らせて横目に視てきたニコールの瞳に、何も言えなくなる。何もできなくなる。強い意志の光に、ユーウェインは留まってしまった。

 ニコールが微笑んで、呟く。立つ鳥跡を濁さずってな――と。そして、彼は背中越しにひらりと手を振った。

 

「じゃあな」

 

 出て行った。ニコールが去っていく。それを黙って見送るユーウェインは、何かが乾いていく心地を味わう。呆然とするユーウェインは、自分がなぜこんなに焦っているのかも分からなかった。

 そして――この日を境に、ニコールは姿を消した。

 いつか誰かが言っていた。誰だったか。そうだ、シェランだ。奴が言っていた。ニコールは猫みてえな奴だな、と。気儘で、気楽で、自由で、そのくせ仲間意識の強い――ボス猫。

 逸脱者であるユーウェインの精神性とよく似ていたから。彼が好きなように世界を旅する様に自分を重ねて見ていたところがある。ニコールのように生きたかったと思う私人の願いがあった。

 

 猫は――確か……そうだ。

 ■期を悟った猫は、何処かへ去っていくという話を聞いた覚えが――

 

「――ニコールッ!」

 

 硬直が解けて床を蹴ったユーウェインがニコールを追う。

 しかし、ニコールの姿は見当たらない。あの男が本気で隠れたら、魔眼を持つユーウェインですら追い切れない。ならば同行するというニコを探せばと思うも、それも見つからなかった。

 果たして――ニコールは戻ってこなかった。

 

 もう、二度と。

 

 生きた姿を見せる事はなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに何度か匂わせたり描写したりしましたが、殆ど出番のなかったニコとニコールは同一人物です。
ホムンクルスのハイエンド唯一の弱点→寿命。
ヴォーティガーン→ただの口実。

ガニエダぁ!

  • 慈悲はない(無慈悲)
  • 慈悲はある(あるだけ)
  • さよなら、天さん…!

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