獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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59,サクソンの陣容

 

 

 

 

 嫌だ……無理だ……恐ろしい……。

 

 竜とも、大いなる意思とも合一した窮極の(ヒト)。地球という惑星に存在し得る生物の規格を超え、人の規定より自ら失墜し、悪竜現象をも超克したはずの怪物は――みっともなく、怯えていた。

 

 何故だ。何故正面から戦う。不可解、余りに不合理。分からぬのか、不可能である事が。

 

 白き竜の寵愛を受ける英雄喰い(イロアス・トロゴ)は厳粛な面持ちで、同盟者の独白に耳を傾ける。

 

 アレは幻想の王。終には最果てにて駆ける闇夜の霊群、ワイルドハントをも狩り尽くすだろう。星の聖剣に等しい身に到り、尋常の理を超越した死の太陽――彼の王は異界常識を肉体とした破格の武神である。神代の、神秘の結晶――その結果だ! 勝てる訳がない……!

 

 彼は人道に背き、家族を、友を、臣下を、全てを捨てて異端の大義に身命を捧げたはずの暴王だ。人としてのあらゆる栄誉と尊厳に背を向け、他者からの賛辞や共感を唾棄した、真なる魔王でもある。

 にも関わらず、この醜態はなんだ。威厳の欠片もない、どころではない。まるで嵐に怯える浮浪者のようで、吹けば飛ぶ虫けらのようではないか。――だが嗤う気にはなれない。

 この恐怖、怯懦には共感できる。全く正当な恐慌であると賛意を示そう。

 

 幻想は人を率い、人は地に増え、都市を作り、海を渡り、空を割いた。幻想の王は人の下に神代を終わらせる。これを阻むには彼奴を屠らねばならぬ。だがそれは不可能。こと闘いという蛮行でアレに勝る者は古今を引っくり返した処で現れる事はない。故に、故にだ。待たねばならぬ……幻想の枯れる時を……何故それが分からぬのだ……!

 

 糾弾は、絶叫だった。

 英雄喰いには解らぬ悲願だ。神代存続の為、ブリテン島の人間を殺し尽くして、白竜の血を飲んでブリテン島と同化し、ブリテンそのものとなった魔竜。殺し尽くす対象にはサクソンも入っている為、ブリテン人に勝つにせよ負けるにせよ殺さねばならぬ老人である。

 だが魔竜の目論見は頓挫した――と、魔竜は確信しているらしい。他ならぬあの化け物、騎士王とやらの出現によって。アレには決して勝つことなど出来ないと諦め、故にこそ自棄(ヤケ)になった。

 この哀れな老人はやって来たアンジェラに全てを打ち明けた。その上で如何に騎士王の恐ろしいのかを語って聞かせてきた。天にも届く巨神――ダナンというらしい神を討ち、一つの神話に幕を引いた化け物の強さと、体現する理の非常識さを。そうする事で絶望を共有して貰いたかったのかもしれない。だが無意味だ、今更立ち止まれる所にアンジェラは立っていないのだから。

 

「――流石は先代ブリテン王の弟君。深い見識に脱帽するよ。時代の潮流に逆行する、懐古主義の極みに達したかのような老害ぶりには頭も下がる」

 

 露骨にせせら嗤うアンジェラに、魔術的な知識はほとんど無い。

 しかし人理とやらは聞き及んでいる。その浸食により幻想は潰え、人の人による人の為の世界が到来するのだと。サクソンに神秘憑きと畏れられる神代の人間は絶滅し、文明が地表を覆うのだと。

 

「神秘を遺したいだと? ブリテン島を閉ざし、人の手より隔離し、未来を鎖す事で取り残された神代を継続する? なんて崇高な大義だ、愚昧なる青二才であるオレにはとても理解できない」

 

 城塞都市の地下大空洞に身を潜める魔竜。

 暗黒に塗り潰された空間で、しかしアンジェラのみが光り輝いていた。

 魔竜は、白き竜の化身。だがアンジェラは白竜の寵児である。魔竜の発露する如何なる力もサクソンの姫には通用しない。星の光をも喰らう魔竜も、アンジェラだけは侵せなかった。

 

「五百年を境に真エーテルが地上から消失するらしいが、だからなんだとしか思えないオレは浅学なのだろう。ブリテン島に神秘とやらを遺す為に、人を殺し尽くす大義を抱いた貴殿を理解できん。オレは人間だからだ。雑魚の人間を庇護する高貴なる義務がオレの背骨としてある以上、どうあっても貴殿の悲願を理解してやるわけにはいかない。戦え――戦うんだ、停滞を齎す事は認めない、進み続けるんだよ。歩みを止めた者が生きていけるほど、世界は甘くなんてないんだ」

 

 アンジェラから、光が溢れる。全てを塗り潰す破滅的な光だ。

 だがそれはアンジェラの意思の発露ではない。単なる反応、魔力の漏出だ。

 暗黒の塗りたくられた地下空洞に立つアンジェラの背後が照らし出され、二体の真正の悪魔――否、悪魔など塵芥に等しいと断ぜられる怪物達の姿が露わになった。

 

 淡い光の塊。光を発さず、ただ虚空に漂う霊。其れを視ると、たちまち総毛立つ。此処にはいない、山脈の如き巨大竜の意識の切れ端だ。全長2kmにも及ぶ、過去・現在・未来の全てを見渡しても、匹敵する竜種など片手の指でも数えられないほどに強大な白竜である。

 

 そしてその傍らには、緑の体皮に白いラインを幾筋も描いた、身長三メートルを優に超える巨体の偉丈夫がいる。

 

 人間の赤子の頭蓋を数珠のように繋ぎ合わせたネックレスを首に掛け、六つの覗き穴が空けられたフルフェイスヘルメットを被っている。そこから銀の頭髪を外套のように揺らめかせ――全身の筋肉の上に更に筋肉を纏ったような外骨格を鎧い、巨人の胎盤の如き断頭刃を握り締めていた。その異様な風体は、野蛮である以上に危険性が滲み出し、悍ましさと嫌悪感を掛け合わせた上で濃縮したカリスマ性が溢れている。

 相互理解など不可能。其は狩猟本能と戦闘欲に特化した異郷の怪物。強大にして強力、人型であるのが何かの間違いであるかのような霊長のバグ。人でありながら人理を超え、星の光を超えた地球という惑星に於ける究極の一だ。異星の究極生命『水晶洞窟の大蜘蛛(タイプ・マアキュリー)』や、人類悪たる『ブリテンの呪い猫(キャスパリーグ)』に匹敵するモノと言えば、ソレの異常さの一端だけでも理解が及ぶだろう。

 

 其の名は、フアイル・マヴ・カウ――戦闘傭兵ピクト族の王。

 

 人理に属するモノを弾く特性以外に異能を有さず、異形に拠らず、純粋なる生命力と戦闘力のみで人類悪や異星のアルテミット・ワンに匹敵する怪物の中の怪物。ありとあらゆる神話を己が腕力のみで捻じ伏せ得る最強生命だ。

 彼はアンジェラの肩に手を置く。あたかも割れ物に触れるかのような繊細な接触に、卑王にして魔竜たる老人は目を見開いた。馬鹿な――アンジェラが傑物で、比類なき女英雄である事は知っていたが、まさかあのピクトの王をも飼いならすほどだとは――。

 

「――ああ、ピクトの王が此処にいるのがそんなに不思議か。だが勘違いはするなよ? 何者にもこの男を飼いならせやしないさ。この男の求愛に、()()()()なんとか耐えられる女がオレしかいないだけだよ。だからフアイルはオレを大事にしようとしてる。交わる度に死にかけるのはアレだが、代わりに命を賭けてもらうんだ、そう悪くない対価だろう」

 

 アンジェラは苦笑いして、自らの肩に置かれたフアイルの巨大な手に己の手を重ね合わせる。

 背後に二体の怪物を侍らせた女英雄は、そうしながら卑王へ告げた。

 

「フアイルはオレに付いた。オレとアルビオンも共に在る以上、貴殿の企みはブリテン人とサクソン人のどちらが勝とうと頓挫する。手遅れなんだよヴォーティガーン。後に引けないなら、前に出ろ。自分の始末は自分でつけろよ。責任を果たせ。ブリテン人とサクソン人の戦いを始めたのは貴殿なんだからな」

 

 さもなくば、ここで死ね――

 

 冷酷に恫喝するアンジェラに、魔竜は頷く他になかった。もしかすると、あの王にも勝てるかもしれない――共倒れを狙えるかもしれないと、希望が持ててしまった故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 城壁に立ち、眼下の軍勢を見渡したアンジェラは嘆息する。

 

 集めに集めた動員可能兵力、四千。内、軽騎兵が二百、弓兵が千、長槍と盾で固めた歩兵が千五百で、残りは輜重兵隊である。ピクト人の傭兵隊はまた別になるが、総力を結集して集めた軍だ。

 大軍である。よくもこれだけの数を捻出できたものだと思った。だが――腹の底で澱む不安感を拭えず、アンジェラは吐き気を覚えてしまう。

 純白の豪奢な全身甲冑を纏い、銀糸の飾り布を拵え竜を模した兜を脇に抱えたまま、サクソンの誇る最強の女戦士は目眩を堪えた。――掻き集めた兵の士気は低くはないが、高くもないのだ。絶望的である。先住民族ブリテン人は、彼らの中では既に倒した相手……これから戦うのはブリテンの残党に過ぎないという侮りが兵士達の中にはあった。

 

「……いよいよだ。だが……堪らないな従兄殿、いやさ国王陛下」

「どうした。臆病風に吹かれるとは、アンジェラらしくもない」

 

 自身の傍にやって来た従妹の弱音へ、シンリックは皮肉を返す。

 深紅のマントを羽織り、冠を被る王の姿は威厳のあるもの。一国の王に相応しい重厚な存在感があった。天才的な戦士であると同時に、為政者としても高い能力を有する若き王の貌に影はない。

 不安はあろうに、そんなものは微塵も感じさせない。もしも負けたら稀代の負け犬だと叩かれ、失地王と謗られるだろうに、シンリックは少しも怯懦に侵されていなかった。心が強いのだ。

 

「お前が居る。我が国の象徴たるアルビオンも。厄介極まりないピクトの王、魔竜に堕ちた卑王も。戦力の逐次投入などという愚は犯さん、一度に全ての力を叩きつける。これでもまだ負けるかもしれんと思っているのか?」

「いや、順当にいけば勝てるだろうよ。寧ろ戦力が過剰なぐらいだとオレも思う。だが、」

「気負うな、アンジェラ」

 

 尚も弱音を零そうとする女騎士に、王は莞爾とした笑みを向けた。

 

「敗北と勝利――敗戦の責任と勝利の栄光――どちらもこの俺のものだ。お前はただ戦えばいい。その先のことを思い患うな、所詮は戦場の英雄に過ぎんアンジェラに、先を考えるだけの頭はなかろう」

「……言ってくれる。ま、いいさ。ならせいぜい猪武者として敵に突っ込むまでだよ」

「それでいい」

 

 シンリックは、軍勢に目を向ける。

 彼は出陣しない。王たる者、軽々に戦場に立つわけにはいかないのだ。

 『後のこと』を考え、備えるのは義務である。責務を放棄してまで剣を執るのは愚かだ。

 

 ――軍は、対ブリテンの兵装を整えている。

 

 兵士の装備する槍――銛の如く()()の付いた穂先の接合部に、乾燥させ油に浸した蔓を巻きつけてある。これは投槍だ。戦闘の際には着火し、ブリテン騎士の馬の脚や下腹部に投げつければ、燃える槍によってどんな名馬もパニックを起こす。これにより騎士は落馬し、転落死する者も出るだろう。

 もしも馬がパニックにならずとも、銅で補強した長い棍棒で、すれ違い様に騎士の甲冑を殴打して変形させ、甲冑内部の肉体を破壊すると共に落馬させる事もできる。またブリテンの騎士は上級騎士以外が全身甲冑を着装している事は滅多にない故に、中級以下の騎士には麻痺性の薬草を絞った汁を塗った直剣(サクス)で斬りつけ、出血ショックにより死亡させられる。

 

 これで、ブリテンの前時代的な騎士は簡単に殺せる。ブリテン人の騎士などサクソン人にとって、既に攻略した格下の敵なのだ。故に問題になるのは、神秘憑き――神代の英雄達である。

 

 ブリテンの英雄の多くは個としての力だけで一軍に匹敵する。聖剣や魔剣、聖槍、魔槍、それ以外にも様々なマジックアイテムを駆使し、ともすると単騎で一国を落とすような化け物も居た。

 だが、殊更に恐れる事はない。以前までの戦いで、ウーサー麾下の英雄の殆どを、初陣のアンジェラが殺し尽くしたのだ。殺せば死ぬ、倒せない敵ではない。白竜の加護ゆえか、若さを保つアンジェラであるが――彼女は歴戦を経た類稀な勇士である。未熟な英雄などアンジェラの敵ではないだろう。

 

 例外は、やはり英雄達の頂点に君臨する――円卓とやらか。

 

「いずれにせよ、心しておけ、アンジェラ。勝つにしろ負けるにしろ、ブリテン人との戦いは、()()三回までの会戦で終えねばならない。叩き潰せよ、ブリテン人を。それが出来なければ、俺達はいつまで経っても後顧の憂いに脅かされ続けるだろう」

「分かっている。殺すさ、敵は。一人残らず、な」

「ああ。そうしてくれ。猪武者になるのは良いが、スローガンだけは忘れるなよ。お前は簡単に死んで良い人間じゃない」

「……それも、了解してるさ。スローガンも覚えてるぜ。なんなら諳んじてやろうか?」

「言ってみろ。忘れていないか確かめてやる」

 

 

 

Verhg(ヴェルッグ) Al-lah(アッラハ) Gouhl(ゴゥール)――祖国が死に絶えても生き延びる』

 

 

 

 異口同音に唱えると、シンリックとアンジェラが拳を合わせる。

 カツンと手甲の金属音を鳴らし、仄かに男勝りな姫は微笑んで踵を返した。

 城壁から飛び降りて、白馬に跨ったアンジェラが軍勢に号令を掛ける。出陣していく従妹を見送りながら、シンリックは戦勝の報せを待つ事にした。

 いつか出会った、ブリテンの騎士王。

 若き日の邂逅だった。もしかするとあの時が唯一、アンジェラがあそこまで恐れる英雄を殺せる好機だったのかもしれない――そう思いかけて、シンリックは失笑した。

 

「頼むぞ俺の騎士(アンジェラ)。ブリテン人の息の根を止めてきてくれ。お前に俺と、俺の国の未来を預ける――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王様系英霊。付いていくなら誰?

  • 征服王イスカンダル
  • 英雄王ギルガメッシュ
  • 騎士王アルトリア
  • 太陽王オジマンディアス
  • カール大帝
  • 戦闘王アルテラ
  • 暴君ネロ
  • 皇帝ならざるカエサル
  • フランス皇帝ナポレオン
  • 第六天魔王・織田信長
  • Y〈ローマ
  • メイヴちゃんサイコー!
  • シバの女王
  • 串刺し公ヴラド
  • 賢王ベオウルフ

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