獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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おは幼女!(挨拶)
クリスマス回です(強弁)
プレゼント待ってますね(無恥)




6,混沌の始まり

 

 

 

 

 無念だ。何が無念かって自らの母が幼女を攫って来たのだ。

 

 挙げ句、拉致の片棒を担がせようとしてきたのに対し、強く出られないのが非常に無念である。

 母は王妃で、市井から子供を攫ったぐらいでは罰せられない。

 自分も相手の親に謝罪するから共に行こう、早く帰らせてあげるべきだと説いても意味不明な頑なさで跳ね除けられた。訳を話してくださいませんかと乞うても黙秘を決め込まれた。

 最初は洗いざらい話してくれそうだったのに、唐突に我に返った母なる妖精は、イヴァンに幼女を押し付けてどこかに行ってしまったのだ。面倒を見ていろ、手元に置いておけ、などと命じて。

 

 イヴァンは凄まじい罪悪感に襲われた。

 

 どうしたら良いと母は怒り――と羞恥? らしき情動に狂い乱れていたが、それはイヴァンの台詞である。どうしたら良いのだ。個人的にはすぐにでも親元に帰してやりたいのだが、それはモルガンに禁じられてしまっている。このままでは自分まで誘拐犯の一味扱いだ。早急にモルガンを説き伏せ、悔い改めさせねばならないのだろうが、生憎とモルガンは非常に――遺憾ながら極めて自分本位である事が解っている。説得は無意味だろう。

 法は息をしていない。官憲は権力の前にカカシ同然。さてどうしたものかと黒太子は頭を悩ませた。寝息が浅くなって来ていることから、もう少しで幼女が目を覚ましそうで気が気でない。

 

「……はぁ」

 

 やむを得ずイヴァンは幼女の面倒を見る事にした。母がこの子をどうするかは考えても仕方ない。よからぬ事を仕出かそうとしているなら体を張って庇おう。その時は初の親子喧嘩になるかもしれない。

 

「じゃがいも……ぱん……まっしゅ……」

「………」

 

 にしても、幼女の寝言が酷い。

 食物に関してばかり口にしているし、もしかすると貧しい家の娘の可能性もあった。腹が減っていて食い意地を張っている可能性は高い気がする。しかしそれにしては不可解なのが、イヴァンの部屋の寝台で眠らせている幼女は髪、肌の艶が良く、欠食児童には見えない事だろう。

 

「うみっ……」

 

 頬を突いてみた感じ、やはり健康状態は良好そうな肌だ。イヴァンの知る領民の幼児達よりも遥かに柔らかい。着ている服こそ平民のそれだが、もしかするとどこぞの貴族の庶子なのかもしれなかった。

 嘆息して部屋を出る。世話を見るしかないのだから、食事も同様だろう。自分の分を作るついでに拵えてやるしかなかった。

 イヴァンは自分の飯は自分で作るのを趣味と言い張っている。というのも出される飯が不味いのだ。以前までは()()()()()()で飯に旨いも不味いもなく、量さえ食えるならなんでも良かったのだが――領内に湧いて出た魔猪の駆除に出掛けそれを狩った後に自ら捌き、なんとなく処理を凝ってみて食べたところ、自分でやった方が飯が旨い事に気づいた。あの時の感動が忘れられず、王子のくせに一人で討伐に出向いた事を母に叱られていた時も、飯の事ばかりを考えていたものだ。

 

 イヴァンが城の厨房を訪れると、そこは無人だった。大抵この時間帯には王子が来ると知っているから、気を利かせて空けてくれているのだろう。お蔭で気兼ねなく飯を作れる。

 

 大きな釜へ樽に貯蔵していた真水を注ぎ、薪を竈に投入して魔術回路を起動する。何度も使う内に使用に慣れた発火の魔術で火を灯し釜の水が沸くまで待つ。その間に魔猪の肉を保管庫から取り出して、ローマから輸入したというニンニク、ヤギの乳から作ったチーズ、干し葡萄を用意した。

 次いで別の釜も用意して、同様に真水を注ぎ沸かせ始める。最初の釜の水が沸いたところで魔猪の肉を投入して湯がいてしまう。――実はこの魔猪は、イヴァンが捕獲してきた魔獣で、独自に家畜化を進めている個体の子供の肉だ。食糧事情の芳しくないブリテンで、なんでも食べて且つ多産の豚は養殖向きであると考え試験的に運用を始めているのである。イヴァンがブリテンの食糧事情をなんとかしようと思案した時、真っ先に思いついたのが『魔獣の家畜化』であった事は、既にウリエンスの王侯の間では周知であった。

 残念ながら、イヴァン以外に誰も実行しようとしないが。

 肉を湯がくと脂が落ちるため勿体ないが、旨味の出た茹で汁はソースの出汁に使えるので惜しくはない。寧ろ味の格が上がる。肉を湯がいている間に、イヴァンの主食である麦を空いている釜にぶち込み穀物粥にしてしまう。パンよりもこちらの方が食の嗜好に合っているからだ。粥の方にチーズとニンニクを少量用い、風味を付けるとなおヨシ。

 

 湯がいた肉を取り上げ、包丁でさっさと捌いていく。そして捌いた肉塊に串を突き刺し、熱しておいた鉄板の上に置いて焼き始めた。空腹感を刺激する匂いに、口の中へ涎が満ちる。

 

「じー……」

「!!」

 

 と、いつの間に起きてきたのか、金髪幼女が涎を口の端から垂らしながら厨房を覗いて来ていた。

 金糸のような髪、ぷにぷにの白い肌、大きな碧い瞳をしている。その瞳の光は、純粋無垢だ。

 匂いを嗅ぎつけてやって来たのか? いやしかし、ここからイヴァンの私室は結構な距離がある。他の城の人間も匂いを嗅ぎつけて来た事はないのに、どれだけ鼻が利くのだ。

 げに恐ろしきは食い意地の張った子供という事だろう。イヴァンは苦笑して幼女に言う。

 

「……食器を用意して待て」

「!! は、はいっ!!」

 

 見知らぬ青年に声を掛けられ驚いたのだろう。びくりと肩を揺らしたが食欲には勝てなかったらしく素直に指示に従った。――見知らぬと言うならこの城の中自体が未知であろうに気後れしない幼女である。肝が据わっているのか、はたまた食欲が戸惑いを押し退けているのか。

 意外と幼女はしっかり者らしく、自分の分だけでなくイヴァンの分まで皿とお椀を用意した。スプーンとフォーク、ナイフまで完備している。卓の方でわくわくと目を輝かせ、まだかまだかと待ち構えている姿に苦笑を深めてしまったイヴァンは、焼いた肉を卓の方へ持って行き皿に盛る。そしてソースを掛けて厨房に戻ると、粥の入った釜を()()()持った。

 普通なら凄まじい熱で火傷するだろうが、生憎とイヴァンは普通ではない。この程度で火傷するほど軟ではなく、余り熱いとも思わなかった。平然とお椀に粥をよそうと、幼女の対面の席に座る。

 

「わぁ……」

「待たせた。食べていいぞ」

「あ、ありがとうございますっ」

 

 お礼も言える、と。スプーンとフォークとナイフを駆使する手付きには躾の成果が出ていた。ますます育ちと心根の善良さが滲む。美醜は分からないが、幼女の姿に愛らしさを覚える。

 パクパクと幼女が食べていくのを見てからイヴァンも食事を始める。頬を栗鼠のように膨らませ、極めて旨そうに食べる幼女を見ていると、人に食事を振る舞うのも悪くない気分になるのだなと思った。

 しかし、この小さな体にどれだけ詰め込むのだろう。イヴァンが満腹になってもまだ食べている。健啖家の域を超え、過食症を疑わせる勢いだ。もしくは()()()()()()なのか? ともあれ、イヴァンは彼女が食事を終えるのを待った。幼女の食事を眺めるのも悪くない。

 

「ふぅ……ぁっ、ご、ご馳走様でした!」

「お粗末様。で、美味かったか?」

「はい! 今まで食べたどんなご飯よりも美味しかったです!」

「それはよかった」

 

 完食して手を止めた幼女は満足そうだ。満腹なのだろう、満たされた顔をしている。可能な限り早く親元に帰したいので、流石に何度も食べさせてはやれない。今日は特別な日なのだという事にしておこう。

 

「今日がなんの日か知っているか?」

「え? えーっと……」

 

 目を丸くして考え始めるのに、幼女の素直さが現れている。

 微笑ましく思いながら今日という日の所以を教えた。

 

「今日はクリスマスだ」

「くりすます……ですか?」

「古くはローマの、太陽を信仰するミトラ教が冬至の日に太陽は死んで、その翌日に復活すると信じた『太陽信仰』が起源とされている。太陽の復活を『太陽の誕生日』とし、いつしかキリストの降誕を祝う日という事に意味合いを移ろわせたのがクリスマスだ。この食事は一年に一度の特別なものだよ」

「へぇ……そうだったんですねっ! でも残念です、こんなに美味しいのに私だけ頂いちゃったのは……()()()やケイ兄さん、エクトル卿にも食べてほしかったです……」

「………」

 

 眉尻を落として心底残念そうな様に動揺する。彼女の身内の名前を出されたからだ。

 今の状況をどう説明したものか。とりあえず彼女の認識する現状を聞き出し、そこから穏便に伝え、なるべく早く帰してやるから安心しろと説くべきだろう。対応を決めたイヴァンは早速切り出した。

 

「ところで……お前はなぜ自分がこの城にいるのか理解しているか?」

 

 もっと良い言い方がなかったのかと内心頭を抱える。どうにも冷たい印象を受けるらしい『黒太子』様の貌である。威圧的になっていないか心配したが、幼女は気にしていないようで安心した。

 幼女は不思議そうに首を傾げ、素直に自らの認識を話す。

 

「え? えっと……確かエクトル卿……あ、エクトル卿というのは私のお父さんみたいな人で、そのエクトル卿が今日、私の本当のお父さんと会わせてあげると言ってました! 私だけ城に連れてこられて、待ってたら眠くなっちゃって。……あ! もしかして貴方が私のお父さんなんですか!?」

「違う」

 

 エクトル卿。エクトル卿。――ああ、そういえばイヴァンにとって祖父に当たるブリテン王の家臣に、そのような名の騎士がいたなと思い出す。剣の腕は悪くないが、普通の騎士だ。しかし温厚で人当たりの良い男だと聞いた事がある。そうした風評は武器になるので、一通り押さえていてよかった。

 幼女は自分の推理が外れてしょんぼりとしたが、なぜイヴァンを父親と勘違いしたのだろうか。

 

「……そういえばまだ名乗っていなかったな。俺は()()()()()()、ウリエンス王の長子だ」

「! 名乗らずに居た上に数々の無礼を働いてしまい失礼しました、どうかお許しください!」

 

 名乗りを聞くや否や、即座に立ち上がって頭を下げる幼女に着席を促す。

 まだ五歳かそこらであろうに、本当にしっかりしている。女児の方が男児より早熟だとは言うが、元々頭の回転が早く賢い子なのだろう。感心しながらもイヴァン――ユーウェインは気にするなと言った。

 

 ユーウェインは十五歳である。つまり成人していた。成人したその日に「以後はユーウェインと名を改めよ。周りには妾の方から触れて回る。イヴァンと呼ぶのは妾だけでよい」と母に言われたのだ。

 名前を変える意味は分からないが、ユーウェインという響きは耳に残り好ましい。イヴァンという名にも愛着はあるが、他人に呼ばれる機会は少なく、母が呼び続けてくれるなら気にする程でもない。

 

「人の目のない所でまで、子供相手に偉ぶる趣味はない。自然体でいろ」

「そ、それは……いいんでしょうか?」

「良くはない。が、最低限の礼節を保つなら誰も咎めはしないだろう。いたとしても俺が許す。だから気にするな」

「なら……気にしません!」

 

 思い切りの良い幼女だ。話していて気持ちが良い。

 幼女は気を取り直したのか元気よく名乗る。

 

「私はリーリウムといいます。()()()やケイ兄さん達はリリィと呼んでくれるので、えっと……ユーウェイン様もリリィと呼んでください!」

「あ、ああ……」

 

 グイグイ来る。距離をグイグイ詰めて来る。まるで他人ではないとばかりに迫りくるのに動揺してしまい吃ってしまった。なんともアグレッシヴだ、ユーウェインにはない要素に新鮮な気分を味わう。

 

「ユーウェイン様は私のお父さんじゃないんですね。オルタに似てるから誤解しちゃいました」

「オルタ?」

「私の()です。オルタナティブっていいます。後一人、アルトリアっていう()がいるんですけど、ユーウェイン様が肌と髪の色、それから目の色がオルタに似てるので。貌はあんまりですけど」

 

 悲報を告げる鴉の鳴き声が頭の中に鳴り響いた気がした。

 

 アルトリア。それはいい。しかし……代案(オルタナティブ)? なんて惨い名前を付けるのだ。もしやエクトル卿の名を騙る非道な輩が彼女の育て親なのかもしれない。リリィを素直に帰していいものか判断が付かなくなった。

 どう考えてもオルタナティブはまともな名前ではないからだ。今はまだ彼女はオルタの名の意味を知らないのだろうが、いずれは知ることになるだろう。仲が良いらしい姉妹が拗れなければいいが……。

 悲報は朗報でもある。もしかしたら母モルガンは、非道な輩からリリィを救い出して来た可能性が出てきたからだ。実に喜ばしい。まあ……先程の母の様子から、それはないかもしれないが。

 

「お父さんじゃないなら、お兄さんだったりしますか?」

「………」

 

 期待の目を向けてくるリリィ。残念ながらリリィの親を知らないので、血縁の有無は不明だ。

 しかし血縁がなくとも兄弟のように仲の良い者同士はいる。彼女の家にすぐ帰していいか分からなくなったので、彼女を安心させるという意味で兄貴分を気取るのもいいだろう。

 

「……さあな」

 

 が、どうも気恥ずかしい。同じ城で暮らしていたはずの異母兄妹達は()()()()だが、彼らとは離されて育ったせいか親しくしていた事はない。故に仲の良い妹という奴が想像できなかった。

 何よりはじめて会ったばかりの幼女に、自分から兄貴ぶるのは恥ずかしい。ともすると誘拐犯の息子という事になるかもしれないのだ、そちらは別の意味でも恥ずべきであった。

 

 無愛想な相槌を打つと、リリィはどう受け取ったのか笑顔になる。

 

「じゃあ兄さんって呼ばせてもらいますね。もちろん場は弁えます」

「血縁もない者に兄と呼ばれる筋合いはない」

「え? そうなんですか? でも……うーん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()けど」

 

 直感という奴だろうか。嫌に説得力のあるセリフに、もしかしたら遠い親戚ではあるのかもなという気になる。誰にどれだけ兄弟がいて血と種を分けてきたか、この世では分かったものではないからだ。

 内心満更でもなかったが、表向き仕方なさそうな素振りで嘆息する。

 

「……もういい。好きに呼べ」

「はい!」

 

 ぺかー、と笑顔を浮かべるリリィに苦笑する。苦笑、して。

 さあどうやって現状を話したものか――と、我に返った。

 

「………」

 

 いや本当にどうしたらいいのだろう。子供のあやし方など知らない。幸いリリィは聡明そうだが子供は子供だ。泣き出されたら始末に負えないし、こんなに良い子なのだから泣いてほしくないと思う。

 と、息子の危機を察知したのか、はたまた冷静さを取り戻して気まずくなったのか、誘拐犯が顔を出してきたではないか。やっと犯人が来たぞと思う。罪滅ぼしには付き合うからなんとかしてほしい。

 

「立たんでよい」

 

 席を立とうとしたユーウェインを制して近づいてきたモルガンは、ふとクンクンと匂いを嗅いだ。

 

「む……この匂い……さては妾のおらぬ内に昼餉を拵えおったな」

「そんな事はどうでもよいでしょう。それより言うことがあるのでは?」

「むむ……」

「私に押し付けてどこに行っていたのかは聞きませんが、無責任に振る舞うのは()()()()()ですよ」

「むむむ……」

 

 突然やって来たモルガンに、リリィは借りて来た猫の如く警戒心を露わにしていたが、自身の真向かいにやって来たのに沈黙するモルガンへ、彼女は体当たりコミュニケーションを発動する。

 さては怖いもの知らずだなとユーウェインは思った。モルガンの醸し出す冷たい雰囲気は、なかなか子供受けが悪いはずなのに臆した様子がない。

 

「あ、あの!」

「……なんだ。申してみよ」

「もしかして……貴女は私のお母さんなんですか!?」

「!!」

 

 ははぁ、なるほど。さてはリリィ、アホの子であるな。もしくは見たいものを見るゴーイングマイウェイな子か。ユーウェインとモルガンのやりとりで、風貌の似通っている両者が親子であるのは察しがつくであろうに、またぞろオルタとやらと似ているという理由で体当たりしたのだろう。それでユーウェインに否定されたばかりなのに。

 

 なぜか衝撃を受けたような顔をするモルガンは、何を血迷ったのか大きく頷いた。

 

「そ、そうだ。よく分かったな」

「嘘を吐くものではありませんよ」

「嘘なんですか!?」

 

 ショックを覚えたような貌で固まるリリィ。肯定されて嬉しそうにモルガンへ飛びつこうとしていた足を止め、ユーウェインに振り返ってくる。果たしてモルガンは複雑そうな貌でそっぽを向いた。

 はて、我が母はこんな愉快な人だっただろうかと小首を傾げるユーウェインである。父なし子であり母も知らないというリリィを哀れに思うなら、せめて誠実に応対するのが大人というものであろうに。

 

「この方は俺……私の母モルガン様だ。お前の母ではないぞ、リリィ」

「そう……なんですか。言われてみればユーウェイン様とも似てます……残念です……」

 

 モルガンの手前、兄とは呼ばないリリィの切り替えの早さは凄まじい。色んな意味で凄まじいパワーを感じさせられる。だが何を閃いたのか、このやり取りを聞いていたモルガンの貌に喜悦が奔った。

 

「――いや、嘘ではない。そなたは妾の娘だ……えぇと、リリィ?」

「リーリウムというらしいですよ。それで、何を開き直っているのですか」

「開き直ってなどおらぬ。名案を思いついたのだ。――リーリウムよ、妾がそなたの母となろう。ただし、()()の母でしかないが」

「義理、ですか?」

「……まさか」

「そうよ。そのまさかよ。そなたらが夫婦になれば――万事上手くいこう! うむ、これだ!」

「これだではありませんが」

 

 興奮するモルガンは、まさに天啓を得たような顔をしている。が、リリィは意味を理解しておらず、ユーウェインは完全に呆れていた。余程衝撃的な事でもあったのか、どうも軽い人格崩壊を起こしているようにしか見えない。落ち着いているように見えるが、ほぼ錯乱状態だと言えよう。

 露骨に嘆息したユーウェインは母を諌めた。倫理だの良識だのはさておくとして、婚姻関連の問題に自分の意志が介在し得ない事は理解している。故に極めて真っ当な、しかしズレた指摘をしてしまう。

 

「相手方の親の意向も聞かずして決められるものではありますまい。そも、当家の益となる婚姻になるのですか? 見た所この子は庶子、とてもではありませんが有益なものなど――」

「益はある」

「む」

 

 魔女が断言するのに、ユーウェインは閉口しかけた。

 だが年齢差は如何ともしがたいはずである。そこを突く。

 

「こんな幼い娘に何を期待しているのですか?」

「歳は関係あるまい。生まれる前の娘が、嫁ぎ先を決められているのは珍しい事ではない故な」

(野蛮な……)

 

 思うも、口には出さない。ユーウェインにとって生まれる前からの政略結婚などナンセンス極まりない。しかしモルガンの言こそが正しいのだ。嘆息したユーウェインはリリィを見る。

 

「お前はそれでいいのか? 文句があるだろう、言ってしまえ。家の大事だ、姉妹や兄にも相談したいだろう」

「……? よくわかりません……」

 

 それはそうだ。五歳児に政略など伝わるはずもない。拐ってきた先で婚姻を約する真似など、頭蛮族ではないか。逆の立場で考えると、ユーウェインなら断固拒否する所である。

 

「待て、姉妹に……兄だと? そなたは一人娘ではないのか?」

 

 信じ難い情報を聞いたとばかりに食い付いたモルガンがリリィを見た。

 可憐な幼女は目をぱちくりとさせる。

 

「あ、はい。兄は血の繋がりはありませんけど、姉妹は二人います」

「三人姉妹とぬかすか。……マーリンめ、何を企んでおる……? ……いや、それよりリーリウムよ。そなたは長女であるか?」

「むむ! ()()()()()()! ()()()()()()()!」

「ならばよいか」

 

 胸を張って長女アピールをするリリィに和むユーウェインだが、和んでいる場合ではない。モルガンは納得して話を進めようとしているが阻みたい気持ちでいっぱいだった。

 

 ――王子として民の血税により血肉を肥やし、田畑に向き合い大地と戦うという過酷な日々を過ごさずにいられるのは、国をより豊かにする為であり、彼ら民衆を危険から遠ざけ守る為だ。

 故に王子たるユーウェインは自らの婚姻が国の益となるなら、例え相手が老婆であろうと豚であろうと構いはしない。性格に問題があるなら子だけ生ませ幽閉するか、軟禁するかすればよいのだ。

 しかし、王子の立場を度外視した、個人的な所見を述べさせてもらうなら。いたいけな幼女を相手に婚姻など、相手が望んだところで断じて頷けない。相手がよくてもこちらが嫌だ。

 論理的ではないが、感性・感覚的に敬遠したい。可能なら避けたいところであり――ましてやリリィは年下の叔母だ。幸か不幸かユーウェインはまだ続柄を知らないが、知れば必ず拒否反応を示すだろう。

 

 だがブリテンどころかこの時代で、叔姪婚(しゅくてつこん)は辛うじて不義とは言われぬギリギリのラインだ。正式な記録が残っている限りで、一番古い叔姪婚の実例としてスパルタ王レオニダス一世がおり、近年では東ローマ帝国のヘラクレイオス一世が挙げられ、決してユーウェインのように拒絶するほどのものではないとされている。

 

「母上。はっきり申し上げると私は反対です。婚姻の意味も知らぬいたいけな女児を、さも良い話であるという体で欺くのは」

「ふむ……そうか。そなたがそう言うなら、此度は見送るとしよう」

 

 本気で遺憾の意を表明すると、意外にもモルガンはすんなり引き下がった。ユーウェインは安堵する。基本的に母の言うことを疑わぬ青年である。だがモルガンは自らの考えに固執する性質の女だ。

 ましてや()()を閃いたのだ、それを捨てる事などあるはずもない。――父王ウーサーの言う最善の後継者。それを我が子に娶らせる事で我が物とする――モルガンにはそれが何よりの意趣返しになると思えてならなかったのだから。

 

「リーリウムよ」

「はい、なんでしょうか?」

「そなた、()()()()()()()()()? 身に着けておけば何かと便利であるぞ」

「魔術……ですか? 便利というと、生活に役立ったりするんでしょうか」

「勿論だとも。今なら特別にそなたを弟子にしてやるが、どうする?」

 

 モルガンが幻の蝶を生み出し手の上で羽ばたかせるのに、純朴なリリィは目を輝かせる。

 魔術を教える? そんな暇があるなら早く帰らせてやれと思うユーウェインは呑気である。幼女を誑かす魔女という酷い絵面をまんまと見過ごしてしまうなど、後の成熟したユーウェインが見たらこめかみに血管を浮かび上がらせて、怒鳴りつけてしまうほどの無能さだろう。

 

 果たしてリリィは、モルガンを師として仰ぐようになる。その意味に欠片も思い至らないまま。

 

 そんな彼女達を見ながら、ユーウェインは見当違いな決意を固めていた。

 

(リリィがぐずる前に帰らせてやりたいな。だがエクトル卿を騙る者は、実の娘にオルタナティブなどと名付けるような輩と繋がっている可能性がある。念のため俺もついて行って実態を解き明かそう。母上には悪いが、子供は親元で過ごすのが一番だ。仲の良い姉妹がいるなら尚更にな)

 

 モルガンの意に反する行為だろうが、反抗期の一つや二つ見逃してもらいたいものである。

 幼い姫を連れての旅。それがユーウェイン最初の冒険となるのだが――今のユーウェインは、まだ事の重大さに思い至れていなかった。モルガンは我が子の反抗など、欠片も想定していないのである。

 禁じられた反抗をいとも容易く行えば、モルガンは気づくだろう。ユーウェインの性能が、自らの測定した限界値を上回っている事に。そしてその元凶に。真実、本当の意味で魔女の逆鱗と化した王子へと、平然と手を出している青年が――遠くコーンウォールの城で笑いながら事の顛末を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ウリエンスを国と表記し、王様の名前をゴールとして表記してますが、実際は逆でゴールが国、ウリエンスが王様の名前ではないかとの指摘を頂きました。しかし例え私が誤っていたとしても謝りません。時既に遅し、時計の針は戻らない。もうここまで来たら突き進むしか無いので、本作では表記揺れか何かで国と王の名前がこんがらがって入れ替わってしまったのだという事にします。

また主人公イヴァンの名はフランス読みであり、相応しくない。ブリテンに幼名という文化はない。そのようにお思いになられる事もあるかもですが、当方の意図としてはイヴァンが仮面ライダー(改造)された事で本来とは異なる存在と化したという事で、ユーウェインに名を改める的なアトモスフィアで、存在が切り替わるという表現の為にイヴァンという名前を用いていました。
当方のややこしい遣り口のせいで混乱してしまったり、疑惑を抱えてしまった方がいらしたら申し訳なく思います。スミマ千円。

あと本作の舞台はブリテン(ブリタニア)です。国はブリテンしかありませんし、作中登場するブリテン国内の王様やイヴァンの父も「自称王様」に過ぎず正統な王様はウーサーの後継者以外ありえません。であるからウリエンスなどの国名は全て群雄が自領をそのように称しているという意味しかなかったりします。


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