獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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お待たせしました。




62,イングランド統一戦争 ③

 

 

 

 

 

 男であれば。ましてや騎士であるならば。才に恵まれていたのなら尚の事。

 憧れ、求め、やがては思い上がるだろう。

 此の世で最も強き者という称号を手に入れようと研鑽を積み、周囲に己に勝る者がいなくなった時に、己こそが最強であると。男であれば必ず根拠のない自信を持ってしまう時がある。

 若気の至りだ。ラモラックにもそんな時期があった。

 狭い世界でお山の大将になっただけで、さも天辺に辿り着いた気になっていた。

 だが、言い訳をするのなら。

 事実としてラモラックには才能があった。才に見合う鍛錬を積んだ。自身が知り得る限り最も強かった父の武勇を理解していた。そしてそんな父ペリノアを、弛まぬ鍛錬の末に打ち負かしたのだ。思い上がるなという方が無理があるはずだとラモラックは思う。

 

「――ブリテン王ユーウェイン様! 叶うのなら、あなたとの一騎打ちを所望する!」

 

 見識を広めるため、王子の身分と名を隠して諸国を漫遊していた際、ブリテン王が開催しているという馬上槍試合に参加したのは、まさに得意絶頂であった時期だった。

 増長していた。数年前に見た、エリンの古き神々の融合神格。それに勝利して、エリンの神話に終止符を打ったという騎士王。生ける伝説――最強の代名詞にして、獅子を連れた妖精の騎士。白竜を殺す者(コーンウォールの猪)とも謳われ、ブリテンの民草らが救世主と崇め、全ての騎士が模範だと畏敬し、諸国の王が平伏する王の中の王だ。そして――この御方にも、自分なら勝てないまでも良い勝負になるはずだ。

 自分が最強とされる騎士と戦い、どれだけ通用するのか試したい。ともすると勝ってしまうかもしれないと思い上がれるだけの力が、彼にはあった。

 ラモラックは培った力を遺憾なく発揮し、難なく並み居る騎士達をなぎ倒して優勝し。上座で試合を観戦していた騎士王が、褒美を与えると言った時、彼へ挑む権利を要求した。

 

「よかろう。名を隠して漫遊する放浪の騎士よ、貴公が褒美にと望むのなら、指南してやるのも吝かではない。――来い、ラムレイ」

 

 不遜にも王との試合を望んだラモラックへの批難など聞こえはしない。有象無象の雑魚共の敵意など、豪胆なラモラックにしてみれば子犬の遠吠えのようなものだった。

 騎士王はそんなラモラックの堂々とした目に微笑んで、愛馬を呼んだ。

 近くに伏せていた黒馬が、従者の誰にも手綱を取られずに、主人の呼びかけに応じてやって来る。上座から下り愛馬に飛び乗った王は、虚空に手を翳すと一本の馬上槍を具現化させた。

 当時は知らなかったが、それは後に完成を見る戦艦城の主砲である。この時はまだ王の右腕と同化していた、世界の最果ての輝きを内包した聖槍だ。

 螺旋の外殻に覆われた槍を携え、王は馬首を巡らせつつラモラックに言う。

 

「さあ、私の準備は整った。いつでも掛かってくると良い」

「では胸を借りさせて頂くぞ、騎士王!」

 

 ラモラックは騎馬を急きたて、一直線に王へ挑んだ。加速し、馬上槍を脇に挟んで、突撃の勢いと満身の力を乗せた。

 王は聖槍の穂先をラモラックに向け、黒馬を数歩進ませる。――交錯した、瞬間だ。ラモラックは自身の槍に衝撃を感じる。並外れた彼の動体視力は捉えていた。聖槍が槍の穂先に触れた時、王が手首を捻り回転させながら、聖槍の表面と槍の表面を滑らせ――ラモラックの槍を叩き落とすと同時に彼の外套を突き破ったのを。

 

 見えていた。だが、反応できなかった。なぜ……?

 

 外套を貫かれ、ラモラックの体を片腕だけで天高く掲げる王。彼がしたのは単純に、聖槍と槍を接触させて、ラモラックの得物を弾き飛ばすや、そのまま聖槍を突きこんだだけだ。たったそれだけ。

 見えていた。なのに、防げもしなければ、躱せもしなかった。重力に引かれて槍が落ち、砂埃を上げる。主人が自身の背中から消えたラモラックの愛馬は戸惑ったように立ち止まる。

 ラモラックは混乱していた。だが外套の留め具を外して地面に着地したラモラックに、王が微笑を湛えたまま宣った台詞を聞くと頭に血を上らせてしまった。

 

「手に槍はなく、騎乗すべき馬もない。試合のルールに則るなら貴公の敗着は明らかだが、私は今機嫌が良い。このまま徒歩(かち)の試合に移りたいと言うなら応じてやろう。どうする?」

「――有り難し。ならばもう一手指南してもらおう!」

 

 舐められている。ラモラックはそう感じた。見下された試しのないラモラックは憤激し戦意を燃やす。今のは何かの間違いだ、得意な白兵戦で挑ませてくれるなら今度こそ油断なく掛かるまで。

 腰に帯びていた長剣を引き抜く。王もまた、虚空から剣を取り出した。緩やかな弧を描いた異邦の刀剣だ。噂に聞く王の蔵、荷車の盾から愛刀とされる神秘殺しの曲剣を抜いたのだろう。

 束の間、ラモラックは王の剣の美しさに見惚れた。優美な刃紋に、刺突の機能を先鋭化させ、斬撃に特化した剣。騎士として剣を扱うラモラックの審美眼は、王の剣の機能美に魅せられ、そして自身には扱えぬ代物であることを直感した。

 

「……いざ!」

 

 ラモラックはユーウェインに挑む。地面を蹴り、全身全霊を以て挑戦した。

 実を言えば。

 徒歩で対峙した瞬間に、後の『魔槍の騎士』たる青年は、彼我の力の差を感じ取っていた。まるで地上の星に挑む蟻になったかのような感覚は、ラモラックにえも言えぬ感動を与えていたのだ。

 力で攻めても逸らされ、技を尽くしても封じられ、虚空を裂くばかりの剣。ラモラックは果敢に攻め掛かり、しかし一度たりとも王の衣服にも傷を付けられなかった。

 躱され、防がれ、捌かれる度に、ラモラックは疲弊していく。心も体も敗北を思い知る。だが不思議なことにラモラックの心は絶望していなかった。一振りごとに、己の剣が鋭くなる。捌かれるごとに身のこなしが軽くなる。王はまさしくラモラックに指南をしてくれていたのだ。どう動けば良いのか、体の操作の最適解に導かれている。

 永遠にこうしていたい。ラモラックはふと、舐められたと感じた屈辱も、己が最強なのだと慢心していた意識も忘れ、純粋にユーウェインへ敬服していった。刃鳴りの美々しき音色に、時間を忘れ。しかし実際には五分も経たずして交錯の舞踏は終わりを告げた。

 

 他ならぬ剣王がラモラックの剣をはたき落とし、彼の間合いから跳び退いたのだ。

 

未熟(ユメ)より醒めたか? これより先は、自らの研鑽を以て力を付けるがいい。貴公にはそれができるだけの才がある。なに……至るための道筋は既に示した。貴公の裡に不安はなかろう」

「――王よ」

 

 気がつけば、ラモラックは跪いていた。

 ペリノア王の長子として、やがては父の後を継ぎ王になるのだろうと漠然とした展望を懐いていたラモラックだったが、彼はそんな未来を破棄する。

 この御方に仕えたい。短い時間、剣を合わせただけで、ラモラックはブリテン王に惚れ込んでしまった。自身が騎士として忠義を尽くすのは、後にも先にもこの御方だけだと確信したのだ。

 

「どうか。どうかお許しを。これまでの非礼をお詫びします。オレを貴方に仕える騎士の末席に置いてください。貴方に忠誠を誓います、我が名誉、我が生涯、その全てが貴方への忠義にある事を示し続けます。ですので何卒、何卒、御身に仕える栄誉をお与えください……!」

 

 騎士という種にとって、生涯を掛けて忠義を尽くせる主君に巡り会うのは最上の幸運である。彼はまさしくその幸運を得た。ブリテン王に仕える事、それこそが己の持って生まれた宿命なのだと。

 果たして王は微笑んだ。爽やかで快活な、下々のものを照らす穏やかな太陽のように。日輪の輝きを以てして、騎士王はラモラックの忠義を受け取ってくれた。

 

「貴公の忠義、嬉しく思う。であれば騎士よ、貴公の名を唱えるがいい。我が名に於いて叙勲の栄誉を賜わす。貴公の名と行ないに誉れを与え、我が名と行ないに貴公の働きを刻む。騎士よ、名乗れ」

「ラモラック。オレの名はラモラックです、我が王よ!」

「サー・ラモラック。貴公はこれより我が騎士となる。今はまだ認めてやるわけにはいかんが、ゆくゆくは我が第一の騎士として恃む時がくるかもしれん。期待している、ラモラック卿」

「は……ハッ!」

 

 跪いたまま、更に顔を伏せる。

 はらはらと涙が頬を濡らした。武の修練に生きてきたラモラックの貧弱な語彙では、言葉を尽くしても表現できない、無尽蔵の感動によって言葉が詰まってしまっている。

 ――そうしてラモラックはユーウェインに仕える騎士となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 それは戦艦城エハングウェンが完成し、離陸する一ヶ月前。

 

「――Heed thine sword.」(剣は確かかな?)

 

 嫌味ったらしく、しかし慇懃に若白髪の青年が吐いた台詞。それをたまたま通りかかった際に聞き拾ったラモラックは、堪らず吹き出してしまっていた。

 その言葉を意訳するなら、さしづめ『身の程を弁えろ』といったところか。直情な騎士の多い中、皮肉に富んだ言い回しをする騎士をラモラックは一人しか知らない。

 

 練兵場で対峙しているのは一人の若白髪の青年騎士と、五人の騎士だ。どうやら暗喩混じりの皮肉を理解する頭はあるようで、多勢の方は顔を真っ赤にして怒りの色を湛えている。

 

 剣を確かに――意訳は身の程を弁えろ、というものだが。若白髪の青年の声音から「ファッキンチンカス野郎、いい加減にしやがれ」と言っているようにしか聞こえない。

 毒を吐いた青年は、ラモラックの友であるケイだ。口の悪さと上手さで他の追随を許さない、ブリテンの両宰相の一角である。

 内務を総括する円卓の騎士で、彼の戦いは剣ではなく筆によるもの。円卓の騎士に連なるだけあり、武力は平の騎士より並外れているが、ラモラックから見るとお粗末でしかない。

 だが不思議とラモラックとは気が合った。

 内政畑の人間とは水の合わないというのに、ラモラックはどうにもこの男のことを気に入ってしまっている。それは、ケイの歯に物着せぬ直截な在り様が痛快だったからだろう。

 

 対するは高位貴族の子息達――侯爵の爵位を有する父の縁故で騎士の称号を得た雑魚ども。奴らは雑魚だが、殺さずに生け捕ろうとするならケイは苦戦するかもしれない。助太刀に入ってやろう。

 

「そこまでにしとけよ、テメェら。抜いちまえば黙って見ちゃいられなくなるぜ」

 

 剣を確かに――剣を帯びてもいない青二才か? という嘲笑。身の程を知れと糾し、これ以上は剣で応じるという挑発。剣を構えろ、決闘してやってもいいという警告。ケイの様々な意を含んだ台詞に怒っていた騎士達が、剣の柄に手をやったのと同時に物陰から出た。

 ラモラックが姿を表し制止すると、雑魚共はあからさまに狼狽えた。数で押せばケイには勝てると思っていたのかもしれないが、円卓でも最上位の実力者である彼に勝てると思うほど馬鹿ではなかったらしい。一目散に逃げ去っていく思い切りの良さだけは褒めてやれる。

 捨て台詞として覚えてろと奴らは言った。だがケイが記憶しているのは本日限りだろう。

 

「チッ……アグラヴェインの野郎にチクっとくか」

 

 忌々しげに吐き捨てたケイの出した名に、ラモラックは肩を竦める。

 円卓の騎士として『鉄』の号を有する青年騎士。ユーウェイン王の異父兄弟であり、謀略全般を引き受けている両宰相の一角――に、なる事を内々に触れて回られている、騎士王の片腕候補。

 今はまだ若輩である故に、公の立場としては円卓の騎士以上でも以下でもないが、アグラヴェインは騎士王の影にて汚れ仕事を熟しはじめていた。その手腕は、騎士王に反抗的な者が()()()し、あるいは()()()()()()()()()()()()()()形で現れている。

 先程の者達も、()()()するのだろう。

 

「荒れてるじゃねえか、ケイ。どうしたんだ?」

 

 面白がって訊ねると、ケイは虫唾が走っているような苦い顔で鋭く一瞥してきた。

 

「……助かった、ラモラック。アイツらを追っ払う手間が省けたぜ」

「気にすんな。ダチだろ、オレらはよ」

 

 言うと、ケイは硬い顔を少し緩め失笑する。

 恥ずかしいことを臆面もなく言いやがってとケイは笑い、そして天を仰ぐ。

 疲れの滲んだ顔だ。頭が綺麗に白くなってしまったケイはよほど苦労しているらしい。やがて愚痴るように口を開いたケイに、付き合ってやるかと気まぐれを起こしてしまうほど重い溜息を吐いた。

 

「アイツらのことだが、お前が知ったら今からでも追っかけて、捻り殺すぐらいの罪を犯してる容疑が掛かってたんだ。だがアイツらのことは気にすんよ? 頼むから大人しくしとけ」

「あぁ……?」

「だから殺気立つな。上手く片付けられる奴に任せるんだからよ」

 

 俄に殺気を発してしまう。

 ラモラックが知れば即座に殺すほどの罪。

 それは、王の資産に手を付けることだ。

 この国は王のものだ。金も、武器も、家も、食い物も、民も、男も女も全て王のものなのである。少なくともラモラックだけはそのように認識していた。

 故に王のものに手を出す罪人は殺す。

 騎士とは王に忠義する生き物である以上、その道から逸れた者は騎士として死んだも同然。死んでいるなら殺してしまうのが、同じ騎士としてのせめてものケジメというものだろう。

 そうしたラモラックの過激な忠義を、ケイはよく知っている。そんなケイが念を押した時点で、ラモラックの殺意は固まっていた。だがまあアグラヴェインが始末(ケジメ)をつけるというなら是非もない。騎士としての名誉も糞もなく、事故として処理されるのなら文句はなかった。

 

 暫しの沈黙。ラモラックが落ち着くのを見計らってケイはぽつりと溢した。

 

「汚職に手を染めた馬鹿の話はもういいだろ。それより……ラモラック、お前は()()()がやろうとしてる事が何か分かってるか?」

「……あぁ? 知らねえよそんなもん。オレの頭はテメェらほど上等じゃねえんだ」

 

 あの人。ケイがそう呼ぶのは、ユーウェイン王の事だ。

 不敬である。だがケイを咎めるつもりはない。不遜なるケイも時と場合、相手を見て物言いを改めるのだ。ケイがユーウェインのお気に入りで、気を許されている事を識っている故に咎めない。

 こちらのあっさりとした物言いに毒気を抜かれたのか、ケイは肩から力を抜いた。

 

「……ハァ。ったく、オレもお前みたいに、頭空っぽにして生きてけたらいいんだがなぁ」

「そいつぁ無理ってもんだろ。テメェは雑魚じゃねえが、雑魚よりはマシって程度だ。断言してやってもいい、テメェから小賢しさを消しちまったら、絶対に早死にしちまうぜ」

「言いたい放題言ってくれる。まあ、当たってはいるか」

 

 やれやれとかぶりを振り、ケイはやおら真面目腐った顔をした。

 そうして告げられる言葉にラモラックは間抜け面を晒してしまうが、ケイの黙って聞けという眼に圧され、無用な反駁は控えさせられる。

 

「……あの人は、政治を作ろうとしてるんだ」

「……は?」

 

 政治を、作る?

 言っていることの意味が解らないで首を傾げると、ケイは面倒そうに髪を掻きあげた。

 

「どんぶり勘定の資産運用、曖昧な税の徴収額、貴いお方々の癒着に談合、法の不履行と悪用、他にもあるがそういう諸々を完全に失くすのは、人間が組織運営する限りは無理ってもんだ。あの人が王様やってる内はいいが……あの人は自分がいなくなった後の事を見据えて、政治って奴をブリテンに根付かせようとしてる。オレはその手伝いをしてるんだよ」

「……よく分からん。ま、陛下がおっ()んだらオレも死んでるだろうしな、手前の死んだ後のことなんざ考える気にもならねえや。オレに分かんのは、陛下やお前らが国を良くしようとしてることだけで、理解の程度はそれで充分よ。オレは命じられるまま武を振るうまでだ」

「……せめてお前が、もうちょっとばかし賢けりゃなぁ。オレはそう思うよ、ラモラック」

「そいつも無理だ。無い物ねだりはやめとけ」

 

 ユーウェイン王は強い。だが、強いだけではない。

 王として国を背負い、次代の事も見据え、動いている。

 ユーウェイン王がいなくなった途端に立ち行かなくなる国ではなく、突出した個がなくとも回せる政治基盤を作成しようとしている。ラモラックの理解はそこで止まった。それでよかった。

 王の統治を自身の力で助ける。それが国のためになり、王のためになる。騎士として忠を持つ義侠の男は、シンプルに物事を捉えていた。それこそが騎士の本懐であろう、と。

 

 故に、来たる戦の時は、誰よりも何よりも前に出る。

 ケイでは担えない領分で、誰よりも敵を殺す。

 

 『魔槍の騎士』ラモラック。

 

 灼熱の時が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆ける。

 愛馬を駆って、叛逆の悪号を背負いし竜騎兵が戦場を疾走(はし)った。

 目標は神秘憑き。サクソンにてそのように忌まれる、ブリテンの英雄達。それを殺す。

 兵力はこちらが上だ。一気に趨勢を覆し得る敵軍の中核さえ崩してしまえば勝利は我がものとなる。雑兵でも敵英雄の体力や魔力は削げる。サクソンの守護神アルビオンの加護がある今、サクソンの兵らに自覚はないだろうが、神代の人間に匹敵する運動能力を獲得していた。

 故に、囲んで叩けば雑兵にも勝機はあるのだ。だが――なにぶん、敵に英雄級が多すぎる。だからアンジェラの至上命題は、如何にして敵の主力を葬るかにあった。

 

 開戦の一撃として繰り出された、太陽の聖剣の光は魔竜が呑み込んだ。

 鬨の声を上げて後に続く兵たちと、固まって突撃を仕掛けてくる敵の騎士たちから意識を外し、アンジェラは真っ先に太陽の聖剣を持つ若輩の騎士に襲い掛かる。

 魔竜に聖剣を無効化され、あわや魔竜に殺されかけていた騎士ガウェイン。上空の戦艦城から飛んできた斬撃で魔竜が撃墜されたことで、九死に一生を得たガウェインだったが、彼は次いで自身に迫る危機を察知すると聖剣を構え直す。

 

「――貴女は……?!」

「ハハ! 近くで見たら存外、可愛い坊やじゃないか! 面食いのオレからすると殺すのが勿体なく感じてしまうな!」

 

 名乗りはなく。疾走の勢いを乗せて愛馬から飛び降り、そのまま太陽の騎士に斬りかかる。

 アンジェラの得物は、シンリック王に貸し与えられた凍える冬の魔剣(ベアグノズ・サクス)。アングロ・サクソン・ルーン全二十八文字を、欠けることなく刻まれたサクソン人の至宝である。

 北欧神話に連なる血統のみが真価を発揮できる、大神オーディンの叡智の一欠片。その魔力は太陽を凍えさせるには及ばない。だが聖剣と真っ向から斬り結んでも破損しないという点で、充分以上の強度を発揮してくれている。

 

 ――全力で斬りかかったアンジェラの剣撃を、ガウェインは難なく受け止めた。

 

 膂力の差は歴然、今は日中であり彼の腕力は円卓最強となっている。

 

 ――だが相手が悪く、時期も悪かった。

 

 アンジェラは古王ウーサーが隠棲する直前、彼がブリテン人の領土を守るために出た最後の戦いから世に出た、百戦錬磨の対英雄戦闘のスペシャリストである。対してガウェインは、規模の大きな戦場は初体験であり、経験値に圧倒的な開きがあった。

 全盛期の日中のガウェインであれば円卓最強と言っても過言ではない。しかし今この時の彼は未熟もいい処だ。まして敵は白竜の寵児、全盛期の太陽の騎士を相手にしても互角以上の怪物である。

 

 故に、勝敗は見えていた。

 

「クッ……!」

 

 先制の一撃を受け止めたガウェインの脳裏に、師である近衛騎士の姿が浮かぶ。暴竜の如き師の剣の重さに比するそれに――ガウェインは冷や汗を浮かべながら弾き返した。

 しかし彼我の間合いは開かない。白き竜騎士は身軽に着地し魔剣を振るう。首を刈る水平の斬撃、これをガウェインは聖剣を縦に構えて防ぐも瞠目させられた。三合、六合、十二号と、切り結ぶ度に侵食してくる魔剣の白い冷気が、聖剣を握るガウェインの腕を凍りつかせたのだ。両腕を襲う冷気の激痛――皮膚が裂け、血が凍る極悪な重苦。咄嗟に魔力を解放し、太陽の熱気で魔剣の魔力を退けるも、冷気によって鈍った動きをアンジェラは見逃さなかった。

 瞬時に間合いを詰め直したアンジェラの剛拳が、超人的な反応速度を以て片手を上げ、ガードしたガウェインの腕ごと彼の端正な美貌に突き刺さる。途方もない怪力によって吹き飛ばされ、部下の騎士を幾人も巻き込んで地面を転がったガウェインが跳ね起きると、白い竜を模した兜の騎士が猛然と迫ってきているのに慄然とする。

 

 ――なんだ? 私の体から……()()()()()!?

 

 悪寒の正体は、己の裡から。

 

 ガウェインは騎士王の提唱した騎士道の忠実な体現者だ。女性を尊ぶ理想の精神性を持っている。だが彼は、戦場にまでその精神を持ち込むような甘さを持っていなかった。

 女性の中にも強い人はいる。勝利王然り、近衛騎士然りだ。だからアンジェラを侮ってはいなかった。敵として立ちはだかるなら討ち取るのに抵抗はない――しかし、しかしである。ガウェインは無視できない違和感を覚えてしまった。初めに鍔迫り合った瞬間感じたのだ。殴り飛ばされると更に感知し。今また迫ってきたアンジェラに、悪寒の正体を悟る。

 

「逝っちまいな!」

 

 勝利王にも比する莫大な魔力を放出し、砲弾の如く飛来する白騎士。彼女もまた竜の因子を持ち、無尽蔵の魔力を具えているのだろう。それはいい。いいのだが。大上段から振り下ろされてくる青白い魔剣に、ガウェインは自身の剣撃を以て応じ、戦慄を叫ぶ。

 

「貴女は――()()()()()()()()()()()()()()()!?」

「イッグザクトリィィイイイイ――ッ!!」

 

 猛々しい肯定の返事。

 アンジェラの纏う白甲冑は、彼女の体の一部として規格外の防御性能を有していた。

 甲冑に守られていない関節などの部分も、下手な宝具では掠り傷一つ負わずに防ぎ、傷を負ってもたちどころに治癒してしまう。悪竜現象の邪竜の血を、隙間なく全身で浴びたようなものだ。更にアンジェラには法外な異能も具わっていた。

 

 すなわち――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という白兵戦に於いて無類の凶悪さを発揮する力だ。

 英雄喰いと恐れられるアンジェラの真価がそれである。

 嘗てウーサー王に付き従った英雄の過半を、初陣にして殺し尽くせたのは、ひとえにアンジェラが対英雄戦闘に限定して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()となっている。

 

 アンジェラ渾身の剣撃が、彼女の膨大な魔力を乗せ、赤雷を迸らせながらガウェインの甲冑に叩きつけられる。ガウェインの力を吸い、より強化された白騎士の疾さに反応できず、まともに豪剣を受けてしまった太陽の騎士は藻屑の如く飛翔して。戦場より離れた地点にまで吹き飛んだ。

 太陽の騎士ガウェインは気絶した。騎士隊を率いるロット王が慌てふためいて、我が子の救出の為に騎士隊の一部を回す。

 ――本来、素の状態であればアンジェラとガウェインの間に、経験値以外には大きな差はない。にも関わらずこうまで容易く青年騎士を蹴散らせたのは、アンジェラが開戦の前に蛮王フアイルから力の一部を譲渡してもらっていたからだ。ほんの1割にも満たない力の欠片――だがそれだけでアンジェラの身体能力は激増している。それが明暗を分けた。

 

 ブリテンの騎士隊とサクソン人の兵達が激突する。質は同等ならば、後は数の差で擦り潰せる。やはりアンジェラは惑わない。迷わず単騎駆けを続行し、予想以上に硬かった為に仕留め損なったガウェインのことなど忘れ、他の円卓の騎士に目標を切り替える。

 ひとまず大火力の聖剣使いは脱落させた。最初の戦果としてはそれで充分。先ずはガウェイン救出のために指揮を乱し、所在を明かしてしまった王のひとり、オークニーのロット王に狙いを定めた。

 騎士隊の雑魚を蹴散らしながら進む。殴り、斬り、赤雷の魔力放出で薙ぎ払い、猛然と接近してくる白騎士にロット王は顔を引き攣らせ、勇敢にも馬上槍を構える。アンジェラは億劫になって雑兵の攻撃など完全に無視することにした。どうせ効かないのだ、意識する必要すら無い。

 

「待て、竜騎士! 貴様の相手は我らが――」

五月蝿(うるせ)ぇ! Take That, You Fiend!」(これでも喰らってろクソ野郎!)

 

 途上、立ち塞がった円卓の騎士パロミデスとグリフレットを鎧袖一触に薙ぎ倒し、地面に叩きつけた彼らの首を踏み砕く。フアイルの力の欠片と、ガウェインの力を吸い取った白騎士を止めるには彼らは弱すぎた。生半可な英雄など歯牙にも掛けず、徒歩のアンジェラは騎馬のロット王に飛びかかる。冬の結晶たる氷の魔剣が、赤雷の残光を閃かせ、血飛沫と共に王の首が虚空に舞った。

 

 太陽の聖剣使い(ガウェイン)円卓の騎士(パロミデス)円卓の騎士(グリフレット)円卓の王(ロット王)――誰一人として名を知らないが、倒した英雄級の敵の数だけカウントしながらアンジェラは駆け巡る。

 

(ヴォーティガーンは――)

 

 ふと意識を漆黒の魔竜に向ける。

 彼は、騎士王の斬撃を食らって以降、戦意喪失して怯え竦み、全力で防御の姿勢を取ったまま固まっていた。

 腰抜けめ、とは嘲らない。あれは擬態だ、怯えたふりをして戦闘を放棄し、サクソンとブリテンの殺し合いを静観しているだけである。この期に及んで狡い輩だ。尻を蹴飛ばしてやろうかと苛立つ。

 が、それはいい。そんな輩より、我が父アルビオンだ。そして戦艦城に向け跳躍したフアイルの状況も気になる。先程から身震いするほど莫大な魔力の炸裂を上空に感じているからだ。

 

(!! ふ、フアイル……!)

 

 その時、ピクトの王フアイルが、原始の呪力の柱によって縫い止められ、遥か彼方にまで飛来していく様を目撃する。

 フアイルは、生きてはいるようだった。だが――これでフアイルが戦線離脱した事を悟り。そしてアンジェラは内心で決断を下す。あと数人、英雄級の敵を殺したら撤退する、と。

 

(まさかフアイルですら、あの化け物を止められないのか……?)

 

 過ぎった不安を押し殺す。まだだ、敵の本丸には化け物以外にも英雄級がいたはず。多勢に無勢だったのだろう、ならば白竜や魔竜と、自分の力を合わせれば、勝てない道理はないはずだった。

 

 ウェセックス王国軍の上で滞空する白竜アルビオンは、魔力の津波とも称せる吐息を溜めながら、フアイルと騎士王の戦いを観察していたらしい。大きな瞳がギョロリと寵姫を見下ろした。

 意思を感じる。アンジェラは頷いた。

 咆哮。天地をどよもす、全長二キロメートルにも及ぶ巨竜の雄叫び。サクソン人はそれに無限の勇気と力を得る。ブリテン人達は余りに大きな咆哮に耳を抑えて悶絶し、馬が混乱して仰け反った為に落馬していった。――そこへ襲い掛かるサクソン人たち。

 

(ピクトの傭兵共――)

 

 順調に騎士隊を押し包み、揉み潰そうとする自軍から目を逸らすと、自軍の地上戦力としては切り札とも言える傭兵部隊を探す。

 すると、彼らはいた。数百人ものピクト人達は、自分達だけで円卓の騎士と王を敵軍勢から引き剥がし、囲んで波状攻撃を仕掛けていたのだ。時折りブリテン人の英雄、円卓の騎士の内の誰かが宝具を解き放っているようだったが、その度にピクト人達は魔力砲撃や熱線を躱し、犠牲を出しながらも猛攻を加え続けている。

 

 アンジェラの目は捉えた。ピクトの戦士の一人が、名は知らないが円卓の王(ボールス王)の腕を素手で引き千切り、絶叫する彼の首を太腕で絞めつけ、顔を赤黒く充血させて殺すのを。しぶとい英雄共を、ここで殺し尽くせるとは思えないが、少なくともピクトの戦士に任せていたらあと数人は仕留められそうだ。

 

(やはり、頼りになる。戦力としては……)

 

 流石はピクトの原始人共だ。アンジェラも彼らに囲まれたら死を覚悟する、彼らを味方にする為に体を張った甲斐があるというもの。そう――アンジェラが一息吐いた、その時。

 

 戦艦城から、一人の騎士が落下してきた。

 

 

 

「――ォォオオオオ――オオオオオオ――ラァァァッッッッ!!」

 

 

 

 雄叫びを聞き、アンジェラは空を仰ぐ。ドラゴンブレスを今にも吐き出さんとしていた白竜に、無謀にも襲い掛かる者がいた。

 無鎧の熊(ベルセルクル)騎士団の長、『大剣の騎士』シェラン・アッシュトン公爵である。

 実力と実績、名声や身分、どれをとっても円卓に列されるに値する男だが、王の要請を固辞してあくまで騎士王の私兵の立場を崩さない豪傑。赤い鉄塊じみた魔剣フルンディングを振りかざし、彼はドラゴンブレスを今に放たんとするアルビオンの鼻っ柱に渾身の一撃を見舞った。

 

「……自殺志願者か?」

 

 アンジェラは呆れる。如何に怪力で鳴らす豪傑でも、フアイルでもあるまいし、アルビオンに有効打を与えられるわけもない。シェランの一撃は確かに強力だろう、アルビオンが鬱陶しそうに顔を左右に揺らした――そうした反応を引き出しただけでも称賛に値する。

 だが悲しいほど無意味だ。戦艦城を撃墜するにたる魔力を溜めたアルビオンは、シェランに刹那の間だけ気を散らされただけで無傷だった。全く以てなんの意味もない。

 

 だが、その一瞬だけで充分だったのだと、アンジェラは直後に思い知る事になった。

 

 

 

 鈴と鳴る、涼やかな斬風。

 

 

 

 しゃりんと理を裂く幻聴が一帯に奔った。

 標的の気が逸れ、回避や防御、反撃も成らぬ拍子を見計らい。駆け抜けた一陣の風。

 さながら一冊の本(ゲンジツ)に、(ハモノ)を奔らせたような洒脱な擦過音。

 怒号や悲鳴の喧騒に満ちた戦場にノイズが混じる。

 

 白竜アルビオンの首が、

 

 落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




初戦、完、アルビオン先生の次回作にご期待ください(fgo二部六章)

ラモラックの奮闘は次戦か三戦目になります。

王様系英霊。付いていくなら誰?

  • 征服王イスカンダル
  • 英雄王ギルガメッシュ
  • 騎士王アルトリア
  • 太陽王オジマンディアス
  • カール大帝
  • 戦闘王アルテラ
  • 暴君ネロ
  • 皇帝ならざるカエサル
  • フランス皇帝ナポレオン
  • 第六天魔王・織田信長
  • Y〈ローマ
  • メイヴちゃんサイコー!
  • シバの女王
  • 串刺し公ヴラド
  • 賢王ベオウルフ
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