獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです 作:飴玉鉛
ブランクがヤバい…。
重い雨雲の上から見上げる月は朧で。
戦艦城の船首に座り込んだ影法師が、態とらしい感慨を込め酒盃を傾けた。
『ぷはぁ。……ユーちゃんも遂にブリテン王になっちまったなぁ』
見覚えのある輪郭。
『ブリテン王は王の中の王、大王様だ。家庭も持っちまって、順風満帆そのものじゃねえか』
聞き覚えのある声。
『位人臣を極め、武の極みに達して武神様と讃えられ、家庭人としちゃ美人な奥さんが三人に可愛い子供達がいるときたもんだ。オレの知ってるユーちゃんも遠い人間になっちまったもんだ』
黒く塗りたくられた影。
ノイズの掛かった声。
「ハッ……何が大王だ。何が武神……何が、何が……!」
酔いたい。無性に、狂いたい。酒を呷る。とにかく呑んだ。
叫び出したい衝動があるのに、抑え込まねばならない苦痛がある。普段ならそのまま押し殺しただろう、しかしこの影法師にだけは本音をぶちまけてもいいと思った。
「――何が騎士王だ! ■■■■、もし貴様が誰にも指図されず、ブリテン王がなんでも思う通りにできる暴君だと思っているのなら、友の戯言とはいえ聞き流してはやれんぞ!」
『………』
「良かれと思い施策を施そうと民草は当然と甘受し、些細な瑕疵にこそ注目し糾弾する! ばかりか全く愛着も湧かん、争うばかりの下衆共を安寧に導き! 救ってやらねばならんのだ!
――それが王というものだからだ!!
人の臨界を極めた生き様は独善だ。夢に酔い覇道を征く支配者は糞だ。ただ人民に奉仕し、よりよき営みを築き上げ! 己の財と名を捨て去り! 挙げ句の果てに国の礎になる者こそが王!
――王とは奴隷だ!!
報酬は礼賛だ。史上に残る不朽の名だ。……そんなものがなんになる? 死して咲く花などなんの価値もない! 国のため、民のため、臣のために身を粉にして働き、戦い! その対価は無価値!
やっと気づいたんだ、■■■■……気づいてしまった。俺は寂しかった、誰にも何にも、共感できずにいた孤独。俺が変われぬなら、変わりたいと思えぬなら、周りを変えてしまえと王を志した。人の暮らしと心を豊かにすれば、いつかは俺の孤独を癒やす者が現れてくれるはずだと夢想して――全てが無駄で無意味だと識ってしまった!
お前に出会ったからだ。
俺を理解し、共感してくれたお前が! お前がいたから……俺は気づいてしまった! 俺の孤独はお前に癒やされ……故に、人の欲望には際限がないと。幾ら国を富ませようとも人の心が豊かになる事などないと! 人の本質はッ! 石器時代から一歩も前に進んじゃいないッ!
ガニエダが聞かせてくれた。人に寄り添ってもらえる喜びの鼓動を。アルトリアが悟らせてくれた。他者に共感できずとも人は人を愛せる事を。リリィが教えてくれた。己が己のまま生きる難しさを。オルタが示してくれた。他者を思いやる心の美しさを――」
音楽を広め。文字を作り。畜産を伝え。疫病を防疫し。記録し、教え、示した。
異形にして異端の精神異常者である己の孤独。これが耐え難く、己から歩み寄れぬなら、愚昧にして野蛮なる者共の暮らしを変え、周囲を己に合わせてやろうと進んできた。
だが、どうだ。人の本質は何も変わらない事を思い知るばかり。不正は消えず、不徳は潰えず、不平不満ばかりを募らせ、自らは何も為さぬくせに人の成す事に文句を垂れる。
醜い。
人は、なんと醜いのだ。王になってより、更に深く見えてしまった人の愚かしさよ。
妻が出来た。愛する人がいたのに、妻を迎えた。
妻とした少女は嘗て、普通の村娘として暮らして欲しいと願った少女だ。そんな少女を妻として大義の旗にしてしまった以上、彼女には己の能う限りの幸をと願い、尽くそうと決意した。
だのに、くだらぬ政治で、妾を取る不実を行わされた。
しかも妾としたのは少女の姉妹だ。以前可愛がった無邪気なお転婆娘、非情な面を持ちながらも本質は優しい少女。全員が、大切だった。大切だからこそ、誠実に向き合いたかったというのに……。
政治が。王の位が。それを許さなかった。
影法師が、酒を呷る。黙って、俺の本音を聞く。止まらなかった。
「――俺は……ガニエダを愛していた。いや、今も愛している。だがアルトリアを妻として、妻にしてしまったからには愛そうと努力した。そして愛せた。オルタも、リリィもだ。だが未だにガニエダを忘れられん。……情けないにも程があるとは思わないか? 女々しさの極みだ。
なぜ俺が……あぁ、いいや。俺はいい、いいんだ。俺の選んだ事だから。だが、なぜアルトリア達に忍耐を強いなければならない? どうして唾棄する民草や有象無象の騎士ども、貴族どもに配慮して大切な者達に耐え忍ばらさねばならない?
俺は、俺はな、■■■■……子を授かって……やっと人並みの幸福というものを得た。下衆な者どもと違って、尽くし甲斐のある宝だよ。……なあ。なあ■■■■。俺はな……」
泣きたい。だが、涙を流す許しは無い。
王だからだ。泣き言を溢すことすら、本来なら許し難いが。
止める気にならない。この影には、本心を吐露するのが許されるはずだ。
「お前やガニエダ……母上やアルトリア。オルタ、リリィ、子供達……ラムレイ、キャスパリーグ……コイツらだけでいいんだ。コイツらがいてくれるだけでいい。他は何も要らない。全て捨てられる」
あぁ……と、喘声を漏らす。顔を掌で覆い、隠した。
なぜ死んだ? なぜ殺した? 母よ。なぜガニエダを殺したのだ。
王として完成しろだと? 誰がそんなことを望んだ。王になることすらも、所詮は自己満足の我儘で、それを押し通そうとしていただけなのに。
仁君ではない。己は暴君なのだと痛感している。己の理を受け入れさせようと迂遠な行動をしている結果として、仁君だと思われているだけで。暴君という存在を軽蔑していながら、その実己こそが最も汚らわしき覇王なのだと知っている。
王冠は重い、玉座は汚い。人は醜い。好きこのんで人の上に立とうとする輩の気が知れない。名誉など要らない、礼賛など煩わしい、他者のために振るう剣のなんと億劫なこと。
価値あるものだけを掬い上げ、それ以外は捨て去りたい。俺は、その許しを欲していた。
母は駄目だ。アルトリア達も駄目だ。その許しは、きっとこの影法師だけが与えてくれる。与える資格を持っている。だから俺は、影を見た。縋るように影を。
だが。
影は、影法師は俺を救わなかった。
『――いいや。おめぇは何も捨てられねえよ、ユーちゃん』
捨てられない。捨てるな、と影法師は囁く。
『全て、お前が始めた。責任感の塊みてぇなユーちゃんは、自分で始めた何もかもを投げ出せやしねえ。断言してやるぜ、ユーちゃんはブリテン王を全うする。そして自分で全てに決着をつける。人を殺すのが嫌なんだろ? だが殺し続ける。人を率いるのが嫌なんだろ? だが治め続ける。そうしてユーちゃんは最後に報われるんだ。オレが保障してやる』
「……何を、馬鹿な。根拠もなく……」
『根拠ならあるぜ。だが教えてなんかやらねえ』
意地悪く、影は笑った。教えてやる必要なんかないのだと。
いずれ知るはずだ、取りこぼしたものなど何もなかった。
お前の愛は、行き場を失っていない。
影法師は声なき声で言い、激励を飛ばした。
『行ってこい。お前ならやれる。――お前にしかやれない。行って……そして果たせ。オレの生きた証がお前だ。頼むぜ、ユーちゃん。オレこそが偉大な騎士王の唯一の友だと、あの世で誇らせてくれ』
「……誇りたいのか」
『おう。ユーちゃんは人類史上、過去も未来もひっくるめて最高の王様なんだぜ。オレはそんな王様のダチなんだ、胸張って自慢させてくれ』
「……そうか。なら……仕方ないな」
肩から力が抜ける。
俺は、苦笑した。
影に背を向ける。花びらが、優しく夢を包んだから、囁くように呟いた。
「行ってくる」
『ああ。行ってこい』
何度も力になってくれた友が、俺のことを誇りたいと言った。
仕方ない。本当に――仕方がない。
夢が、醒めた。
† † † † † † † †
人類悪と化した獣により折られ、担い手に最適な拵えを見い出した花の魔女の依頼により、稀代の名工ヴォーダイムの手で新生した愛刀――神秘殺しの曲剣、
生まれ変わった愛刀の造りは、ブリテンと同じく最後の神秘を残す極東の島国、その国に仕える剣士が帯びる物と同一である。すなわち、倭刀だ。神秘的な薄紫の刀身と、鮮やかな純白の刃紋の美しさは魔性の域にあり、斬神と成った黒王の一部となっていた。
倭刀は無銘である。真名などない。愛刀に特別な力は必要ない。
ただ斬るのだ。斬れば死に、万物万象は終わるのである。その常識を
全身全霊、全力全開。封じていた特異体質、聖者の数字なるものを解放し、時間帯に関わりなく強制発動。三倍化した肉体性能を下敷きに、巨人の因子で膂力を増して、
巨神との死闘で開眼せし
瞬間、意識がほつれる。蛮王の拳圧が掠っただけで開いた古傷から血が噴出したのだ。たったの一振りしか繰り出せぬまでに、ピクトキング・フアイルの一撃は重く響いていた。
――夢を、視た。
ひどく懐かしい男の姿を視た気がする。
なぜだか花路を辿っていた。白い影に優しく抱き留められた。
心地よくて、勇気づけられる。
「――ユーウェイン!」「陛下!」「兄さん!」
王妃達に支えられているのに気づいたのは気絶を経た後だった。
黒王は現実に回帰する。最も大切な、少女達だ。気遣わしげな、心配の色。口惜しげな瞳と貌。彼女達に支えられ、黒王は地上を見下ろした。――後退していくサクソン人達。
白竜の遺骸は見当たらない。血だけが大地に流れていた。
「アルビオンは?」
問うと、答えが返る。アルトリアだ。
「ユーウェインに断頭された後、恐るべき生命力で藻掻き、星の内部に逃れていきました。しかし直に力尽きるでしょう。ユーウェインの剣に耐えて、生き延びられるとは思えません」
「即死しないだけ大したものだ。ともあれ……サクソン人どもが撤退してくれて助かったな。正直もう剣を振る力は残っていない」
ピクト人の王。彼の一撃は、直撃を許せばユーウェインとて殺すだろう。まさか拳圧だけで体力の殆どを持っていかれるとは思わなかった。……マルミアドワーズの極光を直撃させたが、彼はまだ生きているだろう。また対峙することになるのは確実だ。
戦いたくないな、とユーウェインは思った。彼と戦えば、どちらかは絶対に死ぬ。今の自分では勝つと断言できかねた。白竜のような巨大なものは単なる的にしかならないが、単純に疾く、速く、強く、勘の鋭い人間を相手にしたくない。ユーウェインが一太刀で殺せなければ、反撃でピクト人の王はユーウェインを殺すだろう。恐ろしい強さだ……。
だが、もっと恐ろしいのは。
あの男とまともに戦えるのが、自分だけであることだ。
アルトリア達が三人で戦って生き延びているのは、あの男がユーウェインしか見ていなかったからに他ならない。もしもあの男がその気になり、ユーウェインが居合わせていなかったなら。
まずリリィから潰されるだろう。聖剣の鞘による不死の治癒を仲間にも齎せるリリィだが、四肢を砕かれ、物理的に岩石か何かで封じられ、その次にオルタかアルトリアが殺される。二人が討たれたら、リリィは聖剣の鞘を剥がされて殺されるだろう。
もしもあの男をユーウェイン抜きで斃そうとするのなら、今期の円卓よりも更に精強な騎士を十人以上投入して足止めし、マーリンの魔術で味方を強化した上で敵を幻惑して、アルトリアの聖剣を全開で叩き込めたなら、もしかすると斃せるかもしれない。その戦術ならユーウェインも斃される可能性があるからだ。さもなくば、無理だ。一騎打ちで打倒できる者は自分以外にいない。
己が死ぬのはいい、とユーウェインは思う。今も半分死んでいるようなものだし、己の死を恐ろしいとは感じなかった。だがアルトリア達が殺されるのだけは許容しない。考えるだけで震えが来る。
あの男だけは、自分が斬らねばなるまい。
再戦の時を覚悟する。
「決まりだな」
「なにがでしょう」
呟くと、オルタが反駁した。
「次の戦では、俺は一度しか剣を振らん。どうにも体が重い……その次までに体力を回復させ、三度目の戦でピクト人の王を討つ。それ以外はアルトリアに任せよう」
「分かりました」
「休んでいてください、兄さんが倒れたら皆が悲しみます」
首肯するアルトリアが女王ゆえに言葉にできない部分を、リリィが気兼ねなく引き継いで口にした。他人の目がない時の、道化た態度を見せない大人らしいリリィを見るといつも笑みを誘われた。
微笑し、頷く。そして艦橋に目をやり、全てを見届けていた種違いの弟に仕草で指示を出す。
するとアグラヴェインの拡声された音声が発される。
『――此度の戦、我らの勝利だ。陛下の勅命である、勝鬨を上げろ』
オオオォォォォ――と。地上から騎士達の咆哮が聞こえる。
それに応えるのが王の務めだ。
支えてくれていたアルトリア達に礼を言って離してもらい、重い体で歩む。
王が船首に立つと戦艦城が降下した。
騎士達の目にも王の姿が見えるように位置取りをすると愛刀を掲げる。
礼賛が聞こえた。
聞き流しながら、ユーウェインはふと白竜を斬った直後に視た夢を思い出した。
(そうか――逝っていたのか、ニコール……)
今も騎士に命じて行方を探させていた。だが、もう捜索は打ち切ろう。
友が逝っている。友はなぜ死んだのか。
殺されたのなら仇を討ちたい。しかし友は仇を残してはいないだろう。
きっと彼は己が死ぬのを知っていた。だから……もういい。
(ガニエダが俺を男にした。母上が俺を王にした。そして……ニコール。お前が俺を、一個の人間にしてくれた。感謝する……お前が望むなら、俺は誰しもに誇られる王のまま在ろう)
黙祷を捧げ、ユーウェインは過去を想う心を捨てた。
現在を見る。未来を見る。今の己には、アルトリア達がいる。それでいい。
(――そのために)
王として未来を作るために。
闇を支配し、葬り去る。
謀略を張り巡らせ、固めるのだ。
王権を。王の名を。王の威を。
(アンジェラ……お前にも感謝しよう。さらなる奮戦を期待する。
此度の戦で何人の王が死んだのか。
手間が省ける。ブリテン島中に割拠する多数の王、黒円卓の王達は――いずれ必ず死んでもらうつもりでいた。粛清はしない、だが暗殺し謀殺する必要があった。
大王位であるブリテン王。ブリテンに王は一人でいい。王に全ての栄光を集約し、人の心の中心に立つ柱となるのだ。後世に王室を存続させ、触れ得ざる神聖な血筋としユーウェインは神祖となる。
アンジェラが諸王を殺してくれたら、本当に楽だ。助かる。敵は討てばいいが、味方を殺す理由を作るのは思いのほか面倒である故に。
ユーウェインは、王として完璧になっていた。
清濁併せ飲みながら――決して闇を見せぬ、聖王として。
† † † † † † † †
円卓に着き、報告が上げられる。
空気は重かった。戦勝側の陣営とは思えない緊張感がある。
黒王の醸す威のせいだ。
だがアグラヴェインは平坦な声で、諸卿の耳朶を打つ。
戦死者は五百の騎士隊の内、実に半数にも及んだという。
恐らく三度の会戦を経て、騎士隊は全滅するだろう。サクソン人相手に、人の枠を超えられない者が生き残れるとは思えなかった。騎士が騎士らしく戦う限り、騎士殺しの民族に勝てる道理はない。
戦力の補充はしない。補填は無用だ。サクソンを倒した後の事を考えると、どうしても戦力は温存しておかねばならず、今回引き連れてきた以上の戦力を投入するのは不可能だった。
アルトリアの星の聖剣。オルタの湖の聖剣。リリィの鞘なる聖杖。他にもガウェインの太陽の聖剣や、ラモラックの魔槍、ベイリンの聖槍など――大規模な火力を有する宝具があるのなら、平の騎士隊など戦場に連れて行くだけ無駄という意見もある。
強大な敵を前にすれば、的になって殺されるか、円卓の騎士の盾となって死ぬ以外に存在価値がないのではないか――と。そう言ったのはマーリンだったか。一理あるとは思う。
だが連れて行く。はっきり言って、確かに奴らは的にしかならないが、その的が必要なのだ。厄介なピクト人達の注意をひきつけ、強大な竜が排除するのに一息を要する生きた盾が要るのである。
如何に円卓の騎士たちが強くても、疲れはする。疲れてしまえば蛮族どもに遅れを取る危険性は高まり、彼らが死んでしまう可能性が増してしまうのだ。それを避けるのに肉壁は不可欠で、何より今回選抜した騎士隊の面々は――政治的に見て後々目障りになる貴族の子弟で固められている。
故に死んでも構わない。だが生き残ったなら、英雄と持て囃してやろう。一時ばかりは。
「そして――円卓の騎士パロミデス卿、同じくグリフレット卿が戦死。ボールス王やロット王も討ち死になさいました。彼らはボールス王を除き、サクソンのアンジェラに討たれたようです」
アグラヴェインの無味乾燥とした声。
彼の実父、ロット王が死んでいるというのに、彼の眉目は小揺るぎもしていなかった。
寧ろ彼の兄、ガウェインの方が暗い貌をしている。
ガウェインは知らされていた。自分がアンジェラに敗れ戦線離脱してしまった際に、ガウェインを救おうと隊を動かしてしまったから、アンジェラに位置を掴まれ討ち取られてしまったのだと。
自身の敗北が親を死なせた。
純粋なガウェインにとって、それはひどく重い咎として圧しかかっていた。
翻って、アグラヴェインは鉄面皮のまま。親の死に何も感じていないようで――事実アグラヴェインは些かも痛痒を覚えていなかった。彼は騎士王の闇を担っている……『鉄のアグラヴェイン』は知っていたのだ。騎士王が最終的に何を成さんとしているのかを。
全容を知り、そしてそれを成す為に全てを捧げる覚悟を固め忠義している。血縁など楔にもならない、目立たないが随一の忠義を持つ騎士はアグラヴェインであった。
「ガウェイン卿」
黒王が一回り年下の弟を呼ぶ。父を亡くした彼を労り慰める声音ではない。
常の輝かんばかりの快活さは鳴りを潜め、太陽の騎士は硬い貌で王に顔を向ける。
「――は。なんでしょう、我が王よ」
「貴公だけではない。他の者も聞け」
仇討ちに燃えられるだけの気力は、まだ回復していないらしい。ガウェインの消沈した様子に気を払わず、黒い騎士王は円卓の騎士達を睥睨した。
「円卓の騎士が二人死に。王も二人死んだ。蛮族と、敵の英雄に討たれてだ。翻るに我が方の戦果はどうだ? 言ってみるといい」
「………」
誰も、何も言わない。唇を噛み、悔しげに俯く騎士達を見渡し。
しかと黒王の視線を受け止めたのは、ケイとアグラヴェインだけだった。
「我こそは赫々たる戦果を上げたと謳う、誉れ高き者はいないのか? ああ、私は蛮族の頭目を撃退し、白竜を討ったぞ。貴公らは誰を討った? 雑兵共を幾ら討とうと誇るには足りんだろう。騎士隊の手前、勝利を告げこそしたが、これでは我が方の勝利とは言えんな」
「……申し訳ありません、王よ。もし機会を頂けるなら、必ずや雪辱を晴らしてみせます。ですので王よ、オレに――アンジェラを討たせていただきたい」
静かな叱責に、応じたのはラモラックだった。
俯けていた顔を跳ね上げ、ガウェインがラモラックを睨みつける。
年少の騎士の激情を無視し、魔槍の騎士は忠義を誓った王だけを見ていた。
「オレがアンジェラを討つ。そして他の者で蛮族と魔竜を屠ればいい。故に王よ、オレに命じてくれ。あの女を討てと」
「――お待ちを、サー・ラモラック。彼女は私の父の仇、サクソンのアンジェラを討つ任は私に託していただけませんか」
「あぁ? ……なに寝言をほざいてやがるんだ、サー・ガウェイン。テメェはアンジェラに負けたんだろ、日中の全開時によ。なら少なくとも、アンジェラとかいう女はテメェより強いって事だろが」
ラモラックは吐き捨てる。王からの叱責は、彼にとって避けたいものだ。
王に失望されてしまうことは苦痛である故に。
魔槍の騎士は、太陽の騎士から目を逸らし日輪の騎士アイアンサイドに水を向けた。
「サー・アイアンサイド。あんたもガウェイン卿と同じ体質だったな?」
「――如何にも。それがどうした?」
赤騎士アイアンサイドは、厳つい相貌を厳しい色にしたまま応じる。
そんな彼にラモラックは確認した。
「確かめておきてぇんだが、あんたらは日中は力が三倍になる……が、一度敗れた相手にはその体質は機能しないんだったよな?」
「左様。わたしは以前、大剣の騎士シェラン卿に敗れ、王の軍門に降った。わたしは敬愛するシェラン卿に再戦を願ったが、彼と再び剣を交えた時、わたしの力は平時のものになっていた」
「――ガウェイン卿。あんたはサクソンのアンジェラに敗けた。一度敗けた相手に、次は勝てるなんて言えるのか? テメェより強ぇこのオレが、代わりに仇を討ってやるって言ってんだ。黙ってろ」
「ッ……ラモラック卿、貴方の実力を疑うわけではありませんが、何を根拠に私よりも貴方の方が強いと仰るのです。今期の円卓最強の看板は、まだ誰も背負っていなかったと記憶していますが」
今期の円卓はこの戦争の直前に選抜された。故に円卓の騎士の内で、最も武勇に長けたものを選ぶ栄誉ある大会は開かれていなかった。誰が円卓最強なのか決まっていないのだ。
苦い顔をしながらも言い募るガウェインを制したのは、アグラヴェインだった。
「私はラモラック卿に分があると判断する。ガウェイン卿、私情を持ち込み、いたずらに会議の進行を滞らせないでもらいたい」
「アグラヴェイン……!」
弟の言に、信じられないとばかりに目を見開く青年。
彼とアグラヴェインの間に不穏な空気が流れる。親の仇を討ちたいと思わないのかと糾弾しようとするガウェインだったが、王が口を開くと沈黙した。
「話は纏まったな。ラモラック卿、貴公にアンジェラは任せる。ガウェイン卿は蛮族の掃討に当たれ。異議がある者はいるか?」
「は! 陛下の御為に、必ずやあの女の首級を挙げてみせましょう」
「………っ」
口をつぐんで目を伏せたのは、ガウェインが騎士だからだ。
王の決定に不服を申し立てることは彼の忠誠が許さない。
不満を覚えるも、不満を感じたこと自体ガウェインは己を許せなかった。
自制し、自戒するガウェインを尻目に、アイアンサイドが言う。
「――陛下。お訊ねしたいことがあります」
「なんだ、アイアンサイド卿」
「……陛下はあのアルビオンを一撃で葬りました。ですがアンジェラや蛮族の頭目、裏切り者の卑王に刃を向けなかったのはなにゆえでありましょう」
「ユーウェインのあの剣戟は、如何なるモノであれ切り裂く代わりに、ひどく体力を消耗します。アイアンサイド卿はユーウェインが敵を全て斬れば良いと思ったのかもしれませんが、それは不可能です」
沈黙を守っていたアルトリアが、黒王が何かを言う前に説明する。
あの絶技は容易く放てるものではないのだと。――本来なら通常攻撃に過ぎないものも、瀕死のままであるユーウェインでは気軽に振るえるものではないというのは嘘ではなかった。単に、宝具の解放に比する魔力の消耗があるのだと、誤解させてしまう言い方で煙に巻いたのだ。
赤騎士は勝利王の言葉に得心がいったらしい。確かにあれほどの斬撃を、さしたる消耗もなしに放てるとは思えない。己の常識に当てはめ、アイアンサイドは納得したように頷いた。
「決を執る。次の会戦では蛮族への対処にペレアス卿、ベイリン卿、ガウェイン卿、アイアンサイド卿を回す。ベティヴィエール卿、ケイ卿。貴公らもだ。いいな?」
「は!」
「アンジェラにはラモラック卿を当てる。任せたぞ」
「拝承仕った!」
「ピクト人の頭目にはアルトリアとマーリンを回す。私の近衛と魔術師も付けよう。あの男が出てきたのなら足留めに徹するがいい。異論があれば聞こう」
「ありません、お任せください」
「裏切り者のヴォーティガーンは私が仕留めよう。黒円卓の王達には私から話を通しておく。兵の数では劣っているが、我らが合力し当たったなら倒せぬ者はいない、各員の奮闘に期待する。
――以上だ。アグラヴェイン卿」
「――起立!」
騎士王が会議の終了を告げると、アグラヴェインが号令を掛ける。
一斉に立ち上がった騎士らを見渡し、ユーウェイン王はアルトリアを連れて円卓の間から退出していった。
胸に手をあて、頭を下げたまま王の離席を見届けた騎士達は、緊迫感で張り詰めた空気のまま解散する。唯一その場に残ったガウェインを見て、ベティヴィエールだけが気遣わしげに貌を曇らせていた。
黒衣の裾を靡かせながら、黒王は誰ともなしに呟く。
「マーリン。これ以上貴様を遊ばせておくつもりはないぞ。貴様が死んででも、アルトリア達を守れ。いいな?」
平坦な声音は、しかし恫喝の色が込められ。
怖いなぁ、と戯けた魔術師の声音には、色がなかった。
王様系英霊。付いていくなら誰?
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征服王イスカンダル
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英雄王ギルガメッシュ
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騎士王アルトリア
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太陽王オジマンディアス
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カール大帝
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戦闘王アルテラ
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暴君ネロ
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皇帝ならざるカエサル
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フランス皇帝ナポレオン
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第六天魔王・織田信長
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Y〈ローマ
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メイヴちゃんサイコー!
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シバの女王
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串刺し公ヴラド
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賢王ベオウルフ