獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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66,イングランド統一戦争 ⑥

 

 

 

 

 

 命に貴賤は無い。

 豚も、熊も、獅子や犬も。草木、虫、花――人。全ての命は等価であり、全ての価値は等しいのである。そこになんらかの付加価値を与えるのは人間だけで、価値が増減するのも人間だけだ。

 人には人の数だけ主観的な値段がある。愛する人、親しい人にそれぞれ価値を割り振り、全く無関係な者には自身の良心によって価値を押し付けているのだ。黒王もまた例外ではない。

 彼は近しい者以外の価値を、例外なく無価値と定めている。本心は兎も角、そうであると自身に思い込ませ、意識的に無価値だと断じていた。そうすることで王の公平性を保っていた。

 須らく他人に価値はない。故に一切の憐憫や同情は無用である――君主(モナーク)としての黒王は冷徹であり、機械的ですらあって。見せる慈悲や寛大さは計算でしかなかった。

 

 だが。無価値よりも更に下に位置するモノもある。

 

 敵がそうであるとは言わない。時には味方も無価値を通り越した有害生物であると裁く。黒王にとってイングランド統一戦争は勝って当然の――否、勝たねば何もかも無意味となる故に、勝利を前提としている戦争であったが。敵性生物も完全には有害ではないと判じていた。

 しかし二つだけ有害でしかないと決めつけ、駆除しなければならないと断じているものがある。サクソン人やその切り札であるアンジェラは良い、彼らには有害な味方を駆除する役目がある。だが将来を見据え、下手にのさばらせてはこちらの手に負えなくなると判断したモノがあった。――それこそが絶対的に相互理解の叶わぬ蛮族、ピクト人と。卑王ヴォーティガーンであった。

 

【■■■■■■■■――!!】

 

 ギリギリ弓矢が届くかどうかといった位置に滞空する戦艦城から、魔竜が吼えるのを見下ろす。古王ウーサーの弟でありながら、ブリテン人を裏切った老人は必死だった。

 戦場を常に飛行して黒王に照準されぬように飛び回り、隙あらば戦場からの離脱を試みようとしている。死にたくない、こんな所で死ぬ訳にはいかない、我は神代継続の大義を果たす者なのだと。

 ――黒王は魔竜の知る運命を知らない、しかし彼は魔竜の置かれた状況は洞察していた。

 なるほど。奴め、脅されているな、と。魔竜の戦意の低さは明白だった。少なくとも黒王の眼は彼が恐怖の鎖に巻かれ、縛り上げられているのを見抜いていた。恐怖の根源は黒王であろうと。

 あそこまで怯えているようでは、本来なら戦いの場にも出てこないはず。にも関わらず出向いてきているのだ、戦場への参陣は本人の意思ではあるまい。では何者が卑王に戦闘を強要しているのか。

 黒王にとって巨大生物はどれだけ強大でも斬るのに難儀しない、デカいだけの的でしかない。今の黒王ならば単身で巨神ダナンをも討伐するだろう。だが冷静な戦力評価をするなら、魔竜は今より強くなったアルトリアが死力を振り絞り、更に経験を積んだガウェインと共に、相討ち覚悟で挑んでやっと勝てるかどうかといった怪物だ。そんな魔竜に戦いを強要できる者がいるとしたら、それは黒王か、彼とジャンルは異なれども同位階の超人、蛮王のみだ。

 

「―――()()()()()()()()()、ピクトの王」

 

 卑王の醜態から真実を見抜いた黒王は静かに呟き、安堵の息を吐いた。

 

 左手に聖槍ロンゴミニアド。右手に宝剣マルミアドワーズ。万一、蛮王とその配下の戦士が襲い掛かってきた場合、一撃で追い散らす為に待ち構えていたのだが……その必要はなさそうだ。

 戦艦城エハングウェンの主砲として用いたら真価を発揮しない聖槍を、己の手で用いる稀有な機会だと思っていたのだが。もはや此度の戦闘で聖槍と宝剣を振るう事はあるまい。

 聖槍を立てて床に落とす。すると戦艦城に呑まれ主砲部に格納された。宝剣は蔵に戻す。

 

 卑王が離脱できないのは、隙を見せた瞬間に黒王に斬られるからであり、そして常に蛮王が見張っているからであった。――蛮族の王が、敵以外のものに目を光らせているのである。

 

 ピクトの王には有り得ないことだ。

 

 何があったのかは知らないし、興味もないが。なんとなしに真相を察する。

 彼は魔竜の逃亡阻止の他に、アンジェラの安否を気に掛けている素振りがある。情を植え付けられたのだろう――純一戦士にして獣よりも獣らしい獣性にノイズが奔っている。

 紛れもなく、弱くなっていた。あれだけの怪物が人としての情を持ったのなら、手強くなるという見方もあるかもしれない。しかし蛮王にとっては余計な楔でしかないだろう。

 もし今少し時間を置けたなら。蛮王は人の情と向き合い、それを血肉として今よりも数倍の強さを発揮していたかもしれない。だが今この時はだめだ。蛮王は、()()()()()()()()()()()

 慣れない感情に振り回され、彼本来の強みである暴威に翳りが見られた。半端になっているのだ。その証拠に――マーリンにしてやられてしまった。

 

 開戦より半刻。

 ピクト人の戦士達が真っ先に先頭を行き、円卓の騎士たちに襲い掛かり。円卓の王らの率いる騎士隊にサクソンの兵どもが踊り掛かる。アンジェラはアルトリアと剣を交え、蛮王はアンジェラに横槍を刺そうとする者らを牽制して散らし、竜騎士を護っていた。

 魔竜は、逃げ回り。時折り小規模なドラゴンブレスで軍勢を焼き、あるいは黒王の視界を潰すように漆黒の焔を吐いている。――アルトリアがアンジェラの拳で殴打され地面を転がる。赤竜の因子が白竜のそれと反発しているのか、アルトリアが弱体化した様子はない。

 竜騎士の方が力量は上のようだが、アルトリアの防御は只管に硬い。宝石甲冑(ウィガール)を纏っているアルトリアを正攻法で討つには、上級宝具による一撃をまともに浴びせなければならないだろう。

 そして易々と決定打を許すアルトリアではなく、拳打を受けた程度で昏倒するほど軟でもない。すぐさま跳ね起きたアルトリアと、追撃に出たアンジェラが戦場の中心で熾烈に相争い。赤竜の暴風と、白竜の赤雷が乱舞した。

 

 そんなアンジェラの周囲を護っていた蛮王だったのだが――守護に重きを置き過ぎている故に攻撃の手が止まっている。不器用にもほどがあるが、不慣れな守戦に比重を傾けている弊害だろう。

 アンジェラと一対一で戦えば、アルトリアが敗れるのは時間の問題だった。聖剣を解放する隙をアンジェラが一寸たりとも与えていない故に、純粋な戦闘力の競い合いとなれば若輩のアルトリアが及ばないのも道理ではあったから。――故にマーリンの幻術が蛮王を惑わし、彼とアンジェラを引き離した瞬間が転機となる。

 

 他の円卓の騎士がピクトの戦士達を引き寄せている中、唯一アルトリアの傍にいながら静観していた魔槍の騎士ラモラックがアンジェラに吶喊する。瞬時にアルトリアとラモラックが入れ替わり(スイッチし)、アルトリアは明後日の方へ向いた蛮王へ自身の妹達と共に挑み掛かった。

 慌てたのはアンジェラとフアイルだ。今期の円卓最強の騎士であるラモラックの武勇はアルトリアを凌駕し、ともするとアンジェラにも肉薄している。容易く蹴散らせる相手ではあるまい。

 アルトリアとオルタ、リリィとマーリンの四人掛かりで蛮王を足留めする作戦を悟り。ラモラックに己が止められてしまえば、黒王による魔竜斬殺を防ぐ者がいなくなる。焦りを満面に浮かべ、魔槍の騎士を引き離そうとする竜騎士だが、竜騎士を討つと豪語したラモラックがそうはさせじと奮戦した。

 

「………」

 

 蛮王が本能のままの獣であれば、花の魔術師の幻惑に掛かりはしても、鋭敏な戦闘勘で瞬時に適応してしまっていただろう。だがそれが出来ずにまんまとアンジェラから引き離されたのは……。やはり、心身の合一に乱れがあるからだ。

 浮足立っている。気迫は以前よりも上なのに、地に足付いていない。あの分なら足留めに徹する限り、アルトリア達で蛮王を押し留められるだろう。少なく見積もっても黒王が魔竜を葬るまでは。

 

 騎士隊と、円卓の王らの奮闘。

 円卓の騎士らと、ピクト人達との死闘。

 ラモラックとアンジェラ。アルトリア達とフアイル。

 総ての戦局から目を離し、黒王は虚空からすらりと愛刀を引き抜いた。

 

■■■■■(ヒッ、ヒィ)――! ■■■■(ま、待っ)――】

 

 問答はしない。容赦もしない。

 ヴォーティガーンにはヴォーティガーンの歴史(おもい)があったのだろう……だがそれがなんだというのか。卑王がなにゆえに同胞を裏切り、ブリテン島に未曾有の動乱を招いて、魔竜となってまで人々を殺そうとするのかは知らない。が――魔竜の殺した人間にも歴史はあった。

 黒王に魔竜を裁く資格はない。所詮は同じ穴の狢で、害を成すか益を齎すかの違いしかない。しかし資格はなくとも義務があった。人の息を絶やさんとする災害を除くのも王の務めだ。

 

 斬。

 

 妖艶な薄紫の刀身が、楚々と空間を奔る。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガッ――!」

 

 凍える冬の冷気(ベアグノズ・サクス)と、束ねられた星の息吹(エクスカリバー)が鍔迫り合った瞬間――手首の捻りを加え、魔剣が聖剣の柄を上から押さえ込んだ。竜騎士の膂力は魔力で強化した勝利王を上回り、踏み込んできた竜騎士の鉄拳が白兜越しにアルトリアの顔面を打ち据える。

 凄まじい衝撃だった。

 だが太陽神の神核を秘めた甲冑ウィガールと、獅子を模した白兜グースホワイトの加護を持つ勝利王に毀害(ダメージ)はない。殴り飛ばされた途端に受け身を取り、跳ね起きたアルトリアは瞬時に聖剣を構え直して、足元に魔力を噴射し飛びかかってきた竜騎士の魔剣を受け止めた。

 

 爆風が轟く。

 

 アルトリアの両足が地面に埋まり、足場を陥没させた。

 白騎士の竜兜と、勝利王の白兜越しに、赤竜と白竜の申し子達の視線が絡み合う。

 強烈な殺意とは別に、強固な意志が漲る瞳がぶつかりあった。

 

(強い――ッ! 下手に反撃しようものなら()られる、欲張らず防戦に徹そう。時間は私の味方のはずだ、落ち着いて……油断なきように……!)

(チィ、反応が早いじゃねえかッ。小娘(ガキ)なのは外見(みてくれ)だけだってか? ――この間の坊やほど甘くねえ。……あぁもう、クソ面倒くさいな(クソうざってぇ) とっとと逝っちまえよッ!)

 

 魔力、身体能力は互角。だがそれ以外の全てで上を行かれている。

 剣技に自信はあった。無双の武を誇る夫と、黒い方の妹以外に劣っていない自負がある。

 だが認めるしかない、サクソンのアンジェラ――白竜の遺児は己と同等の才覚を有している上に、アルトリアより十年以上も長い戦歴と、負った職歴の差が如実に現れている。

 アルトリアは王妃であるが、身分の本質は女王だ。剣にばかりかまけてはいられない。対してアンジェラは戦闘を本分とする騎士であり、戦いに才の全てを費やせているのだ。この差は大きい。アルトリアではアンジェラには勝てない。相性云々以前に地力の差が瞭然だった。

 後十年アルトリアが研鑽を積めば形勢は互角だっただろう。だが今現在はただただ翻弄されてしまう。もしアルトリアが上級宝具級の甲冑で身を護っていなければ既に屠られていたに相違ない。

 

 迅雷の如く振るわれる魔剣。冷気と雷気を纏った剣撃を、暴風を纏わせた剣で迎え撃つ。切り結ぶ度に圧され、後退していくアルトリアは、必死に防戦しながら左右に視線を走らせた。

 

(まだですか、マーリン……!)

 

 聖剣を放てれば勝てる。一瞬のチャージでも充分だ。だが息を吐く間もなく畳み掛けてくるアンジェラを前に、僅かでも隙を晒せば首が飛ぶ予感がある。

 アルトリアに助太刀しようとオルタが駆け、リリィが宝剣群を飛ばそうとしても、それを阻む者がいる。蛮族(ピクト)の王だ。彼が牽制する度に、オルタ達の足と意識は彼に釘付けにされている。

 マーリンは棒立ちのまま――瞬きの間に大魔術を行使できる冠位魔術師が、額に汗を浮かばせながら何十秒、何百秒と呪文を唱え続けていた。花の魔術師が鍵だ、蛮王は以前と違いなぜか精彩を欠いて、マーリンに注意を割かずアンジェラへ敵が近寄らせないことに意識を割いているが、アンジェラには漠然とした不安があるのだろう。頻りにマーリンに攻撃し魔術をキャンセルさせようとしている。アルトリアがそれを阻み、なんとか一騎討ちにもつれ込んでいるが、そのアルトリア自身がもうすぐアンジェラに敗れ討ち取られてしまいそうだ。

 

「クッ――聖剣解放(ストライク・カリバーン)!」

 

 このままではマズイ。苦し紛れと理解しているが、痛手を覚悟し敢えて大技に訴える。聖剣のチャージを成す隙はなかったが、魔術ならば話は別だった。

 

 アンジェラの電撃で、アルトリアの体は確実にダメージを蓄積していた。最初に浴びせた拳打で悟ったのだろう、己の魔剣による斬撃ではアルトリアの甲冑を破れず、確実に長期戦になってしまう事を。故にアンジェラは物理攻撃で勝利王を屠るのを諦めていたのだ。

 魔剣の冷気は太陽神の熱を秘めた甲冑になんら痛痒を与えられない、竜騎士自身の手足の打撃、赤雷の属性攻撃で勝利王を灼き殺そうとしている。勝利王はその意図を看破していた。故にこその大技だ。これ以上の衝撃を受ければ体幹が崩れる、その前に仕切り直したい。

 

 至近にて解き放たれた暴風、勝利王が得意とする風の魔術。颶風を巻いた竜巻と聖剣の魔力を――しかし竜騎士は魔剣の切っ先を聖剣に添え、巧みに軌道を逸らして魔風を最小の所作で躱した。

 

「ぁっ……!」

 

 そうして剣柄を握るアルトリアの手首を掴み手前に引き寄せ、赤雷を直接注ぎ込まれる。

 

「ァァアアア――ッ!?」

 

 全身を灼く稲妻。未だ嘗て体験した事のない苦辛に悲鳴を上げた。しかし無抵抗で属性ダメージを送り込まれ続けるアルトリアではない、襲いくる激痛に耐えながら敵の手を振り払おうとした。

 

 戦巧者たるアンジェラは一度の攻撃に拘泥しなかった。抵抗の気配を感じるや、すんなりアルトリアの手首を離し、代わりに膝蹴りを腹部に叩き込む。苦悶の声を上げ反射的に頭を下げた女王の後頭部に肘鉄を落とし、一瞬意識を失くした彼女の無防備な脇腹に蹴撃を見舞う。

 刹那の間、意識を回復したアルトリアは魔力を放出し、虚空で態勢を整え、現状を認識する。地面に聖剣を突き立てて勢いを殺し、なんとか踏ん張り直したアルトリアと、蹴りを放った態勢から仁王立つ竜騎士が対峙する。

 

(噂の勝利王サマに弱った様子は()ぇ。俺の力も増してない。俺の異能(チカラ)が効いてねえのな……コイツが赤竜の仔だからか。クソやり辛いなぁ、女王サマよぉ……!)

(敬意を表するに足る、素晴らしい強さだ、サクソンのアンジェラ。だが私もこれ以上消耗する訳にはいかない。貴女に付き合っていては、役目を果たせない。まだ早いがラモラック卿に――)

 

 アルトリアは待機している魔槍の騎士――今期円卓最強の騎士にして、ユーウェイン第二の騎士であるラモラックを横目に見遣る。

 本来は彼がアンジェラを相手取るはずだった。だが想定外なことに、アルトリア達が剣を交えるつもりでいた蛮王が、アンジェラを守る事に専念し、彼女が狙いを定めて敵を仕留めるのを待っているのだ。上空を飛ぶ魔竜の動向にも注意を向けている。

 ――余りに意外だった。

 以前に対峙した時と真逆の印象を受ける。あたかも獣から人になったかのようで、稚拙ながらも確かな思考が透けて見えた。すなわち、蛮王は竜騎士の武力が敵勢力より上で、彼女を守っていれば勝てると判断しているのだ。確かにそれは厄介な思考だが……()()()()()

 蛮王の真の恐ろしさはそんなものではないはずだ。圧倒的という形容すら不足する、暴虐こそが強みであるはず。理解の及ばぬ暴力の嵐を封印し、人の思考の下で立ち回る蛮族の王は怖くなかった。

 

 怖くないからといっても、勝てるわけではない。だが、御しやすい。

 

 蛮王が竜騎士に張り付いている故に、ラモラックはアンジェラに近寄れていない。無理を押して動こうとするラモラックを制止したのはアルトリアだが、機が熟すまで待つのも限界だ。これ以上消耗してしまえば、蛮王の相手をするのに差し障りが出る。

 仕方がない、蛮王のガードを突破してでも、ラモラックと入れ替わるしかなかった。

 

 そう判断して、リリィに目配せを送った時だった。

 

「フゥ。待たせたねアルトリア、やっと私の準備が整ったよ!」

「――! やっとですか、マーリン……!」

「早くやれ、陛下が待っている」

 

 花の魔術師が魔術を編み終える。待ち望んだ瞬間だ。

 アルトリアが気を引き締め直し、蛮王の正面に立ち黒き聖剣を構えたまま睨み合っていたオルタが急かす。マーリンはオルタの険悪な声音に苦笑いしながら杖を手に前へ出た。

 蛮王が夢魔を一瞥し、無造作に断頭刃を振るった。マーリンとて剣の達人だが、今や弟子であるアルトリア達に超えられている身。白兵を主とする者ではないマーリンを蛮王は雑魚と判じていた。

 動かなかったから無視していただけの事で、向かってきたのなら捻り潰す。巨漢の刃は過たず魔術師の首を刎ね飛ばして――鮮血の代わりに花弁が散る。

 フアイルは魔術を知っている。今まで幾人もの小賢しい羽虫を殺してきた。だが彼は冠位魔術師を知らない。何より、魔術師に脅威を感じないほどに強すぎた。足元で光る蛍など、踏み潰してしまえばそれで終わるからだ。故にこそ()()フアイルには覿面に効いた。

 

 マーリンが()()()()()()()()()()()()()()()()、全力を賭して練り上げた秘蹟(サクラメント)。其れは()()()事に特化して――マーリンがフアイルに与えたのは神の血(聖餐・洗礼)であった。

 蛮王が与え(押し付け)られたもの。基督教の信仰を土台とした魔術基盤を元に独自改造を施し、対象を強制的に洗礼状態――人ならざるモノも人とし、人の器に規定し、斯くなる上で神の血、すなわち酒によって酩酊させることで眠気を齎す。眠気とは半夢魔たるマーリンにとっては福音だ、微かにも効いたフアイルの意識をかき乱すのを容易とする。

 後は得意の幻術を以て偽りの景色と五感を、フアイルの認識する現実(テクスチャ)に被せるだけだ。果たしてフアイルは幻惑され――条件反射的に投じられた断頭刃が、一流の剣士としての腕を持ち、対軍宝具をも易々と凌げるマーリンに反応も赦さず首から上を消し飛ばした。

 

 マーリンは即死する。だがアルトリアを含め誰一人心配しなかった。

 

 何せ彼は夢魔だ。その性質上現実世界で死ぬ事はなく、肉体が破壊されても即座に夢の中に逃げ込める為、ほとんど不死身の存在である。復活に時間は掛かるにしろこの程度で滅ぶことはない。

 今頃どこかで眠りこけている誰かの夢の中にいるだろう。マーリンを滅ぼしたければ、夢の中で彼の存在を察知し虫のように潰すか、あるいは不死不滅も滅する黒王に斬らせるしかなかった。

 

 ともあれマーリンは一時戦線から離脱した。だが問題ない、マーリン渾身の大魔術は確かにフアイルを幻惑している。理解不能な状態に陥っていながら、初見で花の魔術師の肉体を潰してのけた力は驚異的だったが、これなら彼と対峙しても即座に殺される事はないだろう。

 アルトリアはアンジェラに背を向けた。一瞬呆気にとられたアンジェラを無視し、そのままオルタとリリィの二人を連れフアイルを襲撃する。

 

「俺を無視してフアイルに挑むとは――自殺したいならそう言えばいいだろ」

 

 アンジェラはフアイルの状態をすぐには悟れなかった。彼女も魔術に関して造詣は深くない。アングロサクソンルーンの魔術なら使えるが、それだけだ。故にアルトリアらがフアイルに挑み掛かったのを見て嗤ってしまう。一撃で殺されて終わりだ、と。そう思ったのだ。

 しかしアルトリアの聖剣がフアイルの肉体に浅く傷を刻み。オルタの剣撃で湖光を想わせる魔力光が迸り蛮王の傷を広げ。リリィが聖杖(アヴァロン)で練った魔術にて蛮王の反撃から姉達を守るのを見て。

 竜騎士は、顔色を変える。

 フアイルの視界は真っ白に漂白されていた。何も見えない、失明した状態。更に触覚が極度に鈍って大気の流れすらも感じられず、嗅覚は幻酒の強烈な匂いしか拾わない。聴覚も機能せず、味覚も鼻と同じく酒の味で塗り潰されてしまっていた。平衡感覚もなくなり、自分が立っているのか倒れているのかも分からない。そんなカカシ同然となっていながら――常人には具わりようのない未来予知じみた勘だけで、迫る聖剣の輝きを察知して躱し、防ぎ、更には反撃すら熟していた。化け物である――下手に聖剣へ魔力を充填しようものなら、それが誘蛾灯となってフアイルを引き寄せてしまうだろう。であるからこそ真名解放は不能で、フアイルの本能に任せた反撃を凌ぎ、自由行動を封じなければならない。アルトリア達はそれを成すだけで精一杯だった。

 

「……おいおい。マジか。最悪のケースを考えて、色々やっちゃいたが……まさかホントにこうなるたぁな……」

 

 白竜の遺児がぼやく。

 アンジェラはこの瞬間、今後の展開の全てを読み切った。事前に読んでいたからこその()()()()()()()だったわけで、叶うならこんな事態は避けようと全力で努力していたというのに。

 是非もない。竜騎士は呆然としながらも、意識を切り替える。

 ブリテンの騎士隊はサクソンの兵達が蹂躙している。円卓の王は魔竜が相手をして何人かを焼き殺し、円卓の騎士はピクトの戦士達が封じ込んでいた。対してフアイルは三人の赤竜の申し子に足止めされ、そしてアンジェラは――背後から声を掛けてきた騎士が止めるのだろう。

 

「よォ、どこ見てやがる」

 

 振り返ると、蒼銀の甲冑を纏った黒髪の騎士がいた。

 自身の身の丈よりも長い、ケルト戦士の用いるような災いの長槍を担い。

 未熟な勝利王とは異なり、成熟しきった手練の男だ。

 

「テメェの相手はオレだ。名乗れよ女、戦の作法も知らねえか?」

「……は。はは。……ったく、俺の()()()()()はイケメンか。いいねえ、面食いの俺に相応しい。だがな……俺はまだ諦めちゃいねぇ。まだだよ、まだやれる……まだ巻き返せる……」

 

 アンジェラは奮い立つ。己は英雄だ、サクソン随一の強者だ。この程度の逆境も跳ね返せずしてどうする。なんとしても目的を達し、如何なる犠牲を払ってでも勝利を掴む。

 故に、竜騎士は応じた。

 

「――いいぜ、名乗ってやるよ。俺はアンジェラ、ウェセックス王国第二代目国王シンリックの騎士にして白竜の仔! 貴様も名乗れ、覚えてやる」

「ブリテン王国最高意思決定機関、白円卓第六席のラモラックだ。光栄に思えよ、アンジェラ。テメェを、オレの人生で一番強かった敵として語り継いでやる」

 

 堂々とした返しに、女騎士は苦笑する。

 そして、魔剣を握り締め。

 天に在る戦艦城を見上げて、今に魔竜を斬殺せんとしている騎士王を目視する。

 

「あぁ、チクショウ……やっぱ、そうなるよなぁ……」

 

 アンジェラは諦めないままに、女々しく泣き言を溢し。

 或る決意を胸に、魔槍の騎士と向き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 




異端者は異端のまま王となり、獣は獣のまま人となった故に惑う。

竜騎士は慄きながらも、祖国のため身命を捧げた。



次回。『超常血戦』

獣は人となり、また人から獣へ回帰する。
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