獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです 作:飴玉鉛
「――お前を愛している」
呪いを、刻んだ。
67,超常血戦――
獅子を連れし妖精の騎士――すなわちコーンウォールの猪と謳われる者。終には幕に手を掛け引き下ろす、騎士王ユーウェインの振るった紫刀は魔竜の巨躯を縦に切り裂いた。
断末魔も、末期の抵抗も赦さず。巨神や白竜がしたような、足掻く間も与えず処断する。
魔竜は藁の如く死した。口腔に溜め、肺に満たしていた原始の呪力をそのままに、二つに泣き別れた骸は地上へ落下する。ブリテン島の意思と白竜の力の一端、それらが弾け魔竜の五体は四散した。
大規模な爆発が起こる。漆黒の魔力の炸裂に巻き込まれたのは、ブリテンの騎士隊とサクソンの兵隊だ。爆心地の中心から1km以内にいた、特別な神秘の加護を持たない者達に防ぐ手立てはなく、一人残らず爆発に呑まれ跡形もなく消し飛ばされてしまう。
そして騎士隊の指揮に当たっていた円卓の王達も――
忠義の騎士の父王ペリノア、王妃に仕える騎士へ槍を貸し与えたペラム王、マーク王――他にも生き延びていたブリテンの諸王達を爆殺してしまう。
魔竜の死を見届けた黒王だったが、意外な顛末に目を見開いた。意図しての事ではない。完全に偶然である。だが黒王に慚愧や悲愴の念は微塵もなく、皮肉めいて
粛清の手間が省けた。アレも存外役に立つな、と。サクソンの竜騎士にある程度片付けて貰えたら僥倖だと思っていたのだが、その必要がなくなった。戦後は統治の邪魔に成り得る貴族の子弟、諸王の排除は必須事項であったのだ。面倒で沈鬱な仕事が減ったのは喜ばしい。
今回の件は不幸な事故だった。――いや、魔竜は死の間際に敵を道連れにしようとしたという事にしておこう。その方が後腐れもない。大王はそのように決定し、戦艦城の艦橋を一瞥する。
鉄の騎士アグラヴェインは、王の意を受けて顎を引くようにして小さく頷いた。騎士王の闇を担い、王の成さんとするものを知る彼もまた、ユーウェインの思惑を悟り同意したのだ。
これにてブリテン軍の騎士隊と諸王は全滅。被害で言えば勝利とは言えないが、目的は達したと言ってもいい。王が絶えた以上、黒円卓は廃止し、白円卓を唯一の円卓として騎士達を残そう。
以後、王の号を有するのはユーウェインとアルトリアの二人だけであり、臣下の最高位は公爵以下に留める。王位とて次代には一つに絞られ、王権は唯一無二の絶対性を持つようになるだろう。
王位継承のシステム構築はほぼ完遂したと言っていい。後は王朝開闢の神祖となるのみ。王に在位している内に熟すべき仕事はまだ残っているが、一つの大仕事を終えたという確信は安堵を誘った。
しかし、ここは戦場だ。
意識を切り替えて、ユーウェインは地上を見下ろす。自身に定めた一太刀は既に繰り出した。後は安静にして体力の回復に務めなければならないのだが、不測の事態というのはいつであろうと起こり得るもの。万が一の時には無理を押す必要があるかもしれない。
サクソン人のウェセックス王国軍は全滅した。ただ一人、アンジェラだけを残して。そのアンジェラはなんとか幻術影響下の蛮王と合流しようとしているが、魔槍の騎士ラモラックに食いつかれ思う通りに動けていない。蛮王はマーリンの幻術で惑い、ペンドラゴン三姉妹に足留めを受けている。そしてピクトの戦士達を相手にしている円卓の騎士は――欠員が一人出ている程度か。
生き残っているのは、ペレアス卿、ベイリン卿、ガウェイン卿、ベティヴィエール卿、ケイ卿の五人。姿が見えないが、日輪の騎士アイアンサイド卿は戦死しているらしい。グリフレット卿、パロミデス卿に続き三人目の犠牲者だ。ピクトの戦士団も半数が削れている。
ペレアス、ベイリン、ガウェインがベティヴィエールとケイをフォローしながら立ち回っている。苦戦しているようだがユーウェインに出来る事はない。後少しだけ粘ってもらおう。
アルトリア達は危なげなく蛮王を足留め出来ているが、マーリンの幻術が解けてしまえば一気に形勢は逆転し、死亡するリスクがある。援護をするならこちらだが、やはり魔竜へ一刀を馳走してやった後となれば蛮王を倒し切れると思えない。下手に手出しするのは躊躇われた。
となると一度仕切り直す必要があるが、ピクトの戦士団は蛮王の命令以外で退却することはあるまい。ならば、もう一方の残敵……アンジェラをどうするかに掛かっているのだが。
『
今期円卓最強の騎士と、白竜の遺児の一騎討ちは佳境に入っていた。
蒼銀の甲冑を纏いし黒髪の騎士が保有する魔槍、アーラーワル。顧問魔術師リーリウムが宝剣探索の最中に見つけ出し、王に献上された後にラモラックへ下賜された、太陽神ルーの遺物たる宝具だ。
穂先が灼熱の毒気を持ち、常に冷やし続けておかねば放置するだけで炎の毒を蔓延させ、都市をも焼き尽くす災禍の魔槍。リーリウムの魔術により穂先は封印され、真名解放時のみ真の力を発揮する対城宝具を、騎士はたった一人の敵を討つ為だけに開帳した。
だが、卓越した観察眼を有するアンジェラは見抜いていた。真名解放前の魔槍の穂先は魔術的な冷気を帯びていたことを。故にその魔槍は冷気を以て封ぜられる代物であるのだ。
「しゃらくせぇッ! 凍てつかせな、
アングロサクソンルーン全三十三文字が刻まれた、氷棘の如き片刃の直剣が淡く光る。飛来した魔槍を正面から弾き返すや、魔槍の穂先は氷付き、毒の炎は掻き消えてしまった。
虚空を舞う魔槍。
得物を失った騎士が魔槍の許へ駆けるのと、返す刃でラモラックを屠らんと跳躍するのはほぼ同時だった。魔剣の魔力によって辺りは氷河期の如く凍りつき、息をするのも苦しい空間と成り果ててもラモラックは怯まずに飛び込んで――離れて見ていた黒王は目敏く察知する。
(――アンジェラ、貴様は――)
彼女は強い。それこそ全ての騎士の頂点に立つ円卓の騎士ですら、彼女には及ばない。ラモラックですらアンジェラを倒すには力及ばないだろう。今とて
意図を読めずにいる中、決着の時がきた。先に魔槍を掴み取ったラモラックが、アンジェラに向け凍った穂先を突き込み――牽制に過ぎなかったそれを、アンジェラはまたしても
白竜の遺児としての力を結集して構成していた白い甲冑の展開を解き、衣服のみの姿となって、胸の中心に突き刺さった魔槍の柄を鷲掴みにしたのだ。驚愕する騎士に、竜騎士が壮絶に笑いかける。
「
魔槍の柄を右手で。ラモラックの手首を左手で。触れ、掴んだ。万力の如き怪力で固定したアンジェラが犬歯を剥き出しにするのに、咄嗟に振り払おうとする騎士へ赤雷が叩き込まれる。
ガァァァ! 苦鳴する騎士ラモラック。竜騎士は赤雷を迸らせながら、素顔を晒したまま嗤う。嗤いながら異能の力を行使し、ラモラックの力を吸い付くしていって、渾身の力を込めて脱力してしまった魔槍の騎士の顔面を殴り抜いた。
吹き飛んでいった騎士を見向きもせず、アンジェラは喀血した。苦悶の表情で、自身の心臓を穿った魔槍を引き抜き地面に放り捨てる。そうしながら、彼女は戦艦城の船首に立つ黒王を見上げた。
「――円卓を統べる騎士王よ! 俺の声は届いているか!?」
……あの傷では長くはあるまい。致命傷だ。なぜわざと受けた? 今も生きているのはラモラックの力を吸い上げたからであり、それも加速度的に胸から流れた血と共に失われていっている。
悼みながらも訝しむ黒王へ向け、大音声を張り上げる女の声に、ユーウェインは一拍の間を空けて応じることにした。死に逝く者の末期の言葉を無視するのは、少しばかり気が引けたからだ。
「聞こえている。我が騎士の刃を前に敗れ、最期に言い残したいことでもできたのか?」
否。欺瞞だ、敗れてはいない。
寧ろあのまま戦えば、無傷とはいかずともアンジェラが勝っていた可能性は高かった。だがしかし、自身に仕える忠義の騎士が、敵の首魁を討ったという名誉の為に言い張ったのだ。
薄汚いな……と、自身の打算を嘲笑い。ユーウェインは贖罪の意を含めて応じた。
アンジェラは、言う。死に逝く無双の女騎士は、言った。
「我が名、我が血、我が祖、そして我が王の名誉に懸けて! 我が国に組してくれた同胞、ピクトの猛き戦士たちを退かせる! 故に騎士王よ、最期に貴様との一騎討ちを望む!」
「………」
「どうした、怖じ気ついたのか!?」
何が狙いだ。あの体では、もはや立っているだけで限界である。だが彼女の提案は願ってもないものだ。一度仕切り直したいこちらとしては、乗った方がメリットがある。しかし……。
ユーウェインが怪訝に思い沈黙すると、挑発が飛んでくる。無視するのは簡単だが、黒王は王として応じることにした。極限まで力を抜いた一撃で、竜騎士アンジェラを討てば良い。
九分九厘死んでいるアンジェラとの間には、半死人のユーウェインと力の差がある。気迫やらで覆せるほど易い力関係ではなかった。例えどんな隠し玉があったとしても、斬ってしまえば終わる。
(――ああ、そうか)
アンジェラの死はもはや動かない。そして、彼女は騎士だ。根っからの、貴種でもある。である以上、彼女の行動から透けて見える目的は一つしか無い。勝利を、まだ諦めていないのだ。
彼女の目的を悟ったユーウェインだったが、どのみち避けようがないものである。黒王はアグラヴェインが制止してくるのを聞き流し、一羽の白鴉を召喚して船首から飛び降りた。
落下の最中、戦場に立つ礼儀として、黒衣の上に漆黒の甲冑を形成する。原始の呪力たる魔力だ。若年の容姿ゆえ、威厳を演出する為に腰まで伸ばしている白髪を靡かせ黒王は地面に着地した。
砂埃を舞わせての参上。琥珀の瞳で目の前の女騎士を見据える。すると、体をぶるりと震わせたアンジェラは、にやりと不敵な笑みを浮かべて何事かを叫んだ。解読のできない言語、ピクト人のものだろう。戦場に轟くそれを聞いたピクトの戦士達が、円卓の騎士達との交戦を切り上げて後退していく。それを横目に一瞥しながら得心する。どうやらアンジェラは、ピクト人の指揮権を彼らにも認めさせていたらしい。しかし、どうやって?
注視すると、ユーウェインはまたしても、もう一つの真実を見抜いた。
「――貴公は、
「へぇ、見ただけで分かんのかよ。ってか俺は孕んでたのか? はじめて知ったぜ。だが気にするこたぁない、どのみち俺は死ぬ……どうせ死ぬなら諸共に死んで、ヴァルハラで子育てでもしてみるさ」
笑いながら応じる、赤髪の女。その腹に、命があるのを見て取ったユーウェインは苦い顔をしてしまう。あれは赤子のくせして凄まじい生命力だ。確実にピクトキングの仔だろう。
道理でピクト人がアンジェラの命令を聞くはずだ。道理で――ピクトの王がアンジェラに執着し、執心しているわけだ。予感した女騎士の狙いに、改めて確信を持つ。
「――もういい。もう充分だ。退け、アルトリア」
ユーウェインは妊婦を殺める罪に苦悩しかけるも、その懊悩を振り払う。戦場に事の善悪無し。戦いの場に立った以上、男も女も、老いも若いも関係はない。切り捨てるのみだ。
蛮王を足留めしていたアルトリア達に呼び掛ける。すると総身より汗を浮かべ、疲弊していた彼女達はすぐさま跳び退いて、ユーウェインの背後につく。円卓の騎士らも集まってきた。
ピクト人達は蛮王の許に集っているが、遠巻きにして近寄らない。未だ幻術の影響下にある蛮王の様子から、本能的に近づけば殺されることが分かっているからだろう。
白き竜騎士と相対するのは、円卓の騎士と勝利王らを背後に従える騎士達の王。彼はあらゆる逡巡を捨て去り、今に命の火が掻き消えそうなアンジェラに向けて言った。
「アルビオンの
「ハッ。要らねえよ……どうせすぐ死ぬんだ、だったら多少は身軽でいたい」
「そうか。ならば――いつなりとも挑むがいい。せめてもの慈悲だ、安らかに……痛みもなく葬ってやろう」
肩に留まっていた白鴉が羽ばたき、手元に降りてくる。そして担い手たる黒王の意思を受け形態を変化させた。変じたのは、一振りの白刀。手ずから介錯の一刀を見舞う為の、慈悲の剣。
アンジェラは薄く笑った。そして、叫んだ。
「……いくぞ!」
最後の力を振り絞り、竜騎士が馳せる。
女の一撃は遅く、王の慈悲は速やかだった。
単純に、袈裟に振るい。女から痛覚を死なせる選択の刃を贈る。
女は即死を避ける為だけに魔剣を構えていた。体力の温存のために極限まで手を抜いた王は、女を即死させなかった。――どのみち、どうあっても、過程も結果も変わらない故に。
血を吹き出す。よろよろと後ずさり、女は仰向けに倒れた。血溜まりができる。ユーウェインは瞑目し、静かに称賛する。
「見事。サクソン随一の勇、しかと魅せてもらった。貴公の介錯を担えた事、我が騎士ラモラックに代わり誇りとしよう」
「ハ……ハハ……そいつぁ、光栄だ……」
「……凱旋する。此度の戦、我らの勝利だ」
背を向け、歩き出す。
円卓の騎士たちも、勝利王も、アンジェラに無言の礼を示して王に続いた。
戦艦城の真下に立つと、聖槍の光が柱となって降り注いだ。その光の中に円卓の騎士らを先に向かわせ、戦艦城へと帰還していくのを尻目に、王は背後を振り返る。
幻術が解けたのだろう。
否、出鱈目なあの男は火事場のなんとやに似た何かで、無理矢理に食い破ったのか。蛮王が我に返り、辺りを見渡して、そしてアンジェラが倒れているのを見つけると絶叫して駆け寄っていく。
女を抱き上げ、何かを喚く蛮王。そんな男に、女は死に捕まりながら、口を動かして。お前を愛している――と。そう――呪いを遺した。
「………」
アンジェラは最期に、白竜の力の結晶たる甲冑を形成し、それを蛮王へと押し付けた。
体格の差は歴然だが、女が男に合わせて形成したからか、サイズは合う。
力が抜け、魂が旅立つ。死んだ女を抱いたまま、慟哭する蛮王から目を切って――
ユーウェインは、聖槍の光の中に消えていった。
† † † † † † † †
愛という呪い。
フアイルは、女が冷たくなっていく感覚に、体の芯から全てが冷えていく感覚を味わった。
それは絶望。悲嘆。その名を知らずとも、理解させられる。
叫んだ。吼えた。何度も女の体を揺らした。
だが応えは返らない。蛮王は女の死を拒み、子供のように泣きじゃくった。
――女は、男を少なからず愛していた。
体を重ねる内に、利用している罪悪感を含め情が移ったといった程度だが。
確かに愛は、少しだがあった。
無垢な獣を意図して『人間』に貶しめ。
女は男を愛したが、しかし女は騎士だった。
男への愛よりも、祖国への忠と勝利を優先し。何が祖国にとっての勝利なのかを考え――ブリテンとの約定を違えることになるが、会戦後の戦争を起こしてしまえばいいと結論した。
そのために、騎士王が邪魔だった。彼が生きている限り勝ち目はなく、であるのなら彼を殺せる存在を、後押しする必要があった。故に、獣を『人間』に貶め、その上で再び獣へ回帰させる。
己の死を以て、だ。憎悪を駆り立てさせ、復讐鬼という獣にするのだ。
騎士王を殺せたなら、祖国に勝ち目が残る。それだけが狙いだった。そのためだけに、命を捨てて獣へ憎悪を植え付けようとした。愛よりも、忠義を選んだのだ。
だから――女が白竜の力を男に遺したのは、余分だった。
女の見たところ騎士王と男は互角に近い。白竜の力を遺したら、相討ちで死んではくれないかもしれない。だのに。国益の為にピクト人は排除する必要があるのに、その目を潰すような真似をした。
打算と、忠義と――ひと欠片の愛。女が遺したのは、それだけだった。
フアイルには、アンジェラの遺志は分からない。そんな打算など知らない。彼にとって何より重要なのは、女が――アイを教えてくれたヒトが、死んでしまったということだけ。
泣き叫び。地が揺れる。
吼え狂い。天が割れる。
何日も、何日も、男は涙を流し続けた。
ピクトの戦士達は、王の狂態に戸惑いながらも付き添い、見届けた。
やがて男の涙が枯れる。割れた大地に、男の涙で小さな川ができている。これほどまでに哭き、悲しみに暮れた男に差し伸べられる手はなかった。男は女の遺体を地面に横たえ、拳を握り、地面を叩いた。陥没し穴が空いた所へ、女の遺体を運んでいき、底へソッと下ろす。
優しく、繊細な手付きだった。
穴に女を埋め、土をかける。埋葬だ。ピクトの文化ではない。最後に墓標として魔剣を突き立て、男は女の安らかな眠りを祈る。――それは己を『ヒト』にしてくれた女への、礼。そして女の与えてくれた『ヒト』を捨てる誓い。男は女の遺した甲冑を拾い、背後を振り返る。
ピクトの戦士達は、戦慄した。
男の貌が――悪鬼の其れへと変貌していたのだ。
ピクト人をも戦慄させる、凄まじき形相に。
【――往くぞ。まだ戦いは終わっていない。俺の女は、負けていない。その証左を示す、ブリテンの奴らを根絶やしにしてだ】
殺気がある。殺気が、あるのだ。
人を捨てながらにして殺意を持ち、獣でありながら復讐を誓う。人面獣心の復讐の鬼。女の願ったそれに、男は必然として変質する。其れは殺し尽くし、壊し尽くす、破壊の獣王である。
進発。
白竜の甲冑は、男の意が定まった瞬間に、ひとりでに男の総身を包み込み、着装される。進む獣王に畏敬を懐いた戦士たちが従った。殺す――必ず殺す。死んでも殺す等と余分な念はなく、ひたすらに純粋な殺意の塊が進軍する。踏みしめた草木が枯れた、大地が渇いた、神代の大地そのものがたった一個の生命を畏れ、恐れ、怖れている。
目指すはブリテンの何もかも。生けとし生きるモノ全てを根絶やす。そして最初でも最後でも途上でも構わない、是が非でも――対等の生物、騎士王を殺してやると復讐の灯を燃やす。
七日だ。七日が経っていた。
ユーウェインの体力は回復している。体調は、不思議と良い。
――我が王よ! ピクトの軍がこちらへ向かっています!
その報告を受けたユーウェインは玉座から離れ、紫刀を腰に帯び、大剣を背に負い、聖槍を左手に掴んで歩み出す。
制止する騎士ら。近衛、顧問魔術師、王妃。――我が子。全ての者らを振り払った。どうしてだろう、どうして一人で出ようとしているのか。付き従う者がいるが、一人だと感じている。
ユーウェインは、思った。
なぜだ。なぜあの時、介錯の為に袈裟に振るった刀の、返す刃で女の首を刎ねなかった。なぜ意識を断たなかった。首を刎ねなかったせいで、あの男は女の呪いを聞いた。そのせいで――きっとあの男は獣に戻っている。あるいは、人でも獣でもないモノに変生したか。
なぜ――? なぜなのだろう……? 考えながら城から出る。ゆるりと歩きながら、嗚呼、と呟いた。そうか、分かったぞ、と。ユーウェインは、あの二人に自分を重ねたのだ。
ガニエダを喪った己を、思い返し。
愛する者を奪った存在に、報復する機会はあるべきなのだと。
自分勝手に、我儘に、傲慢に、思ったのだ。
無論。死ぬ気はない。負ける気はない。ただ――復讐を、受け止めてやらねばならない。
あの男に勝てるのは己だけだ。犠牲を払う覚悟があれば、あるいは他の者でも倒せなくはないのかもしれないが、そのためにはマーリンが要る。が、あの男はまだ復活していない。夢魔は肉体を失っても復活できるが、まだまだ時間が掛かるだろう。
故に、どうあれ己が相手をするのは決まっていた。しかし――わざわざ一人で戦う必要はない。ないのだ。だが……一人で、戦いたいと思った。
男が、現れた。
ドス黒い殺意を纏い、白銀の甲冑を纏った姿で。
ユーウェインは黒衣を纏ったまま、甲冑を着装はしない。そんなもの、あの男を前にすれば無いようなものだ。無駄に魔力を使うよりは、甲冑を纏わない方がいいと感じた。
男が、獣が、鬼が軍を置いて一人で前に進んでくる。
相対する。獣王が――復讐の節義を誰に説かれるでもなく果たした。
名乗ったのだ。殺意を告げ、お前を殺すのだと宣言する為に。
「オレ……フアイル、マヴ、カウ。オマエ……コロス」
フアイル・マヴ・カウ。
その名を聞き、ユーウェインは身構える騎士らを制して一騎討ちに応じた。
「応とも。ブリテン王ユーウェイン・モナークが受けて立つ。――来いッ!」
本作宝具
殺戮する災禍の槍(アーラーワル・ピサル)
ランク:A+
レンジ:1〜50
最大捕捉:1000
太陽神ルーの所有していた武具の一つ。起源を遡るとペルシャ王ピサルが用いていたとされる。魔術触媒となる宝剣を探し探索していたリーリウムにより発掘されるが、「槍は要らないかな……」というリーリウムの失望と共に騎士王へ献上され、魔槍の騎士ラモラックの手に渡った。穂先が熱を持つ毒の魔槍であり、魔法の大釜に満たされた氷に漬けられていなければ、都市すらも焼き尽くす災害を巻き起こす。リーリウムにより穂先は封印され、真名解放時のみ毒属性を有した灼熱の炎を纏い、有機無機問わず犯して燃やし灰燼とする。
毒に侵されたものは体の表面、内部から発火し、火を消せても毒は消えずに呪い続け、霧となった毒は一帯に残り続ける。吸えば肺を燃やされやはり死は避けられなくなるだろう。仮に未来で聖杯戦争に参加しても、都市部で使用すれば確実に住民は壊滅する為、神秘の秘匿の決まりがある未来では存在自体が許容されない悲しい魔槍。
氷属性が弱点。穂先を冷やされたら炎も、毒も消えてしまう。
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