獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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お待たせしました。
過去最長の戦闘シーンです。



68,超常血戦 (下)

 

 

 

 

 

 黒地の王服に、純白の外套(マント)。大王としては質素で、飾り気のない出で立ち。端麗な相貌に懐古の風情を湛え、不老不変の青年はらしくもなく、過去の軌跡を偲ぶようにして走馬灯を楽しむ。

 

 思い返せば、数々の強敵と相対してきた。

 

 未熟な王子時代に敗走を喫した、シンリックとピクトの戦士隊との戦い。

 囚われたサクソン人を救出する為に干戈を交えた邪神インデフ。

 リリィとの旅の最中、悪逆を成す変装の達人を探し出した探偵業。

 無邪気な少女を故郷に帰した後、帰還する最中にケイと共に退治した魔法使いの妖精。

 魔猪の家畜化を成していた故、敵対し攻め寄せてきた猪王トゥルッフ・トゥルウィス。

 王となる二年前に死闘を演じた複合神格の巨神ダナン。

 その直後に現れた覚醒寸前の人類悪、比較の獣キャスパリーグ。

 夢に誘われた先で、一撃だけ交えた全盛の古王ウーサー。

 

 どれもこれも、一筋縄ではいかなかった。容易く勝てたモノはいなかった。しかし――恐らく此度の敵はこれまでで最も、そして以後の人生でも並ぶモノのない、最大最強の宿敵だろう。

 ユーウェインは我を通し、我を消した。無念無想の、鏡の如き心を整える。必要はないのに己一人で強敵と相対する我儘を通していながら、己の魂は澄み渡る視界に至っていた。なぜ、とか。どうして、とか。そんな雑念は無い。ただ培ってきた己の全てを出し切ろうと思う。

 

 斬る。

 

 斬るのだ。

 

 振るって積んだ研鑽、振るわずに描いた研磨。斬撃。

 

 斬れば、終わる。撃に果て、斬り落とす。

 

 斬撃という()が、己の業なれば――

 邪神の血により身体が活性化する。

 天候や時刻に関わりなく強制的に三倍化する力。

 巨人に比する筋骨が膂力を魔人の域に押し上げ。

 更に膨大な魔力が、斬撃という人型を研磨して。

 

 ――此処に。あらゆる事象を斬り裂く、全盛の妖精王が再臨した。

 

 漲る力の波動。独りで出撃せんとした王を諌め、自らの意思で付き従った円卓の者らは、初めて見る王の全力の姿にただ気圧される。桁外れの武勇を肌で感じ――根源的な畏怖の念が擡げた。

 まさに触れ得ざる光の君。何者にも及ぶべくもない、至高(奈落)の黒き光だ。ユーウェインは臣下と妃らの視線を意識もせず、静謐な所作で聖槍が自ずと有する十三の枷を解く。

 顕になる世界の最果ての光。渦を巻く螺旋の槍。眩き極光は勝利王の聖剣に勝るとも劣らない。黒王が左手に握っていた聖槍の柄を手放すと、握りの柄部分が消滅し、光の螺旋のみが浮遊して左肩よりやや上の位置へ固定された。手に取るまでもなく操り、砲台としたのだ。

 そして現れるは数百羽もの白鴉だ。王の上方に出現し、羽ばたく鴉の群れは発光し、次の瞬間には全ての鴉が白刀へと形を変えていた。虚空に浮遊する剣群の名は三百諸侯の鳥剣(ケンヴェルヒン)、所有者の思い描いた通りの形状へ変化する宝具である。ユーウェインは背に帯びた大剣はそのままに、腰に帯びた優美な鞘から紫刀を抜き放った。

 

 ――対するは一個の人。人という種への、最新にして最後の中和剤――

 

 特異点級の神話生物『ネメアの谷の獅子』と同質の、人理に属する武具の悉くを無力化する肉体を有し。冠位魔術師渾身の大魔術をも、気迫の高低に拠り弾く驚異的な対理力を内包。そして神や精霊、幻想種の血を宿さぬ人間であるにも関わらず、星から命を吸い上げているが如き生命力を誇った。その豪腕が発揮する膂力は、彼の女神の栄光の名を持つ大英雄をも上回っている。

 彼は単純に(はや)く、(つよ)く、硬い。そして3mを超える肉体は(デカ)く、重く、厚かった。誰ぞ知ろう――蛮族の王の正体は()()()()()()。霊長類を雛形として星が生み落とし、()()()()()()()()()()()()()()()()()を得ていながら、生物本能の抑制と制御が不能という疾患を有してしまった故――タイプ・アースの失敗作の烙印を押された者。

 

 繰り返そう。

 

 彼は純然たる人にして人に非ず。ガイアの怪物キャスパリーグが『地球の生存本能が、人類に対抗して生み出した存在』であるならば。彼は『人類という星の癌と取って代わる事で、人を星の一部に引き込む為の鎖』であった。即ち惑星に投棄された新たなる系統樹の祖――彼の遺伝子を継いだ戦士達は、既存人類の系統樹を犯す、歴史(遺伝子)を上書きせしめる侵略者なのである。

 だが彼はガイアの制御を受けなかった。如何なるバグか、単なる生命の一つとして星の地表に出現してしまったのだ。であるが故に彼はアイを知らずに生き、しかしてアイを知ったが故にヒトを得て――流転。彼はアイを喪い、ヒトを捨てる結末を迎えた。

 

 ――以上の真実を以て彼の本性は決定された。蛮族とは誤想、其は人類と起源を違え、生殖により人の遺伝子を塗り替える、霊長を侵す為だけの大災害。星の用意せし『人災の始祖(アダム)』である。

 

 白銀の竜鎧を着装した巨漢は、自身を産み落とした母――星の触覚――の胎盤である断頭刃を握り締めた。50mの距離を空け、対峙した怨敵を前に名乗る。己はフアイル・マヴ・カウだと。

 殺気が充満していく。

 ドス黒い殺気は瘴気となって漏出し、精霊をも狂騒させる悍気の帳となる。

 戦闘態勢を取っていた黒衣の青年は琥珀の双眸を見開いて。彼の正体など知ることはなくとも、なんて様だと微笑み、憎しみを受け取った。ならば始めるしかあるまい。どうあれ両種の人類は不倶戴天、どちらかがいずれは淘汰されて滅びるなら、自らの手で決着をつける。

 

 青年は王としてではなく、仇となった者の責務として、開戦の為の言の葉を紡いだ。

 

 

 

「応とも。ブリテン王ユーウェイン・モナークが受けて立つ。――来いッ!」

 

 

 

 刹那。

 

 前傾となり、膝を曲げ、力を溜めた超人が、赤き閃光を引いて消える。誰を見ても一時代を代表するに足る英雄達の頂、円卓の騎士達ですら超人の姿を見失ってしまった。

 荒々しき踏み込みを以て光の(速さ)に侵入し――同様にユーウェインの握る紫刀も消える。否、消えたのは紫刀だけではない。刀を振るった腕から肩までの部位が完全に消え失せた。

 刀の振りを目で追えない。踏み込みの疾さを目で追えない。怪物は、果たしてどちらか。

 以前の超人には無かった赤雷の魔力放出。たったの一歩で距離を詰め、断頭刃を力任せに叩きつけようとしたフアイルに、神速を以て応じたユーウェインの紫刀が逆袈裟に斬り上げられる。

 斬撃圏内に侵入したモノを、断たずにはおかぬ確殺の刃。凛と煌めく鉄の冴えを――如何なる武具であろうと、人の手による物なら決して受け付けぬはずのフアイルは、斬撃を()()()()紙一重で躱してのける。一度の振りに()()()()()()()()()()()()のを見て取ったフアイルの態勢は、迎撃の魔剣技を躱したが故に、身を屈めながら半身を捻って体幹を崩してしまっている。斬り上げた紫刀を握る右手首が返され、瞬時に落とされてくる刃もまた四つだ。息をするように神技を繰り出すユーウェインの斬撃に、容赦の二文字は見当たらない。

 

 光速の世界で――竜騎士の力を己がものとした最新最後の超人と、妖妃の設計を超越した神造英雄の視線が交錯する。永劫に等しい刹那の交感――交わされたのは、必殺の殺意と殺害の予告。

 

 フアイルは半身を捻り、地に片手をついて屈んだ瞬間に次の動作に移行していた。恐るべき動体視力と反射神経、視認から間を置かぬ状況判断。ぬらりと流れた脚が水平線を描き、刃よりもなお重く鋭い斧の一撃に変じた。()()()()()()()()()()()()()()蹴撃は、振り下ろされる多重剣線を途中で止め回避に舵を切らせる。刀の振りを止めたにも関わらずユーウェインの体幹に乱れはなく、軽い跳躍で後退しながらにして白刀を手元に召喚。フアイルの進撃を阻む為、壁となる四線の斬撃を虚空に残した。

 ユーウェインの手で振るわれた白刀が斬撃のキレに耐え切れず、振るった側の白刀が切断される。白刀を使い潰した対価として、何もない空間に残留した斬撃結界を目にした超人だが、それだけで追撃を断念するフアイルではなく。蹴撃を躱されるや態勢を整え、またしても赤雷を迸らせての光速機動に移り、斬撃結界を迂回してユーウェインへと迫らんとした。

 

 そこへ殺到する白刀の剣群。

 

 フアイルの眼は確かに視た。同時に迫る五十四本の白刀総てが、ユーウェインの()()()()()()()()様を。肉の腕で操っているのではない、意に沿う宝剣を無形の『意』のみで操っているのだ。

 人理に属する武具の悉くを無効化するフアイルの肌を粟立たせる。魔人の意は理を紙の如く引き裂くのか――手にする刃の全てが必殺の権能、四方八方を包囲するそれを。

 

【カァッ――!】

 

 気合一閃。豪腕一撃。自身が斬撃の牢獄を脱出する隙間を作る為、出鱈目な軌道で振るわれた断頭刃が十の白刀を粉砕する。魔人の手で振るわれた訳ではない故か、赤雷を纏う断頭刃を切断するには至らず、僅かな刃毀れを残したのみ。フアイルは死の刀獄より逃れ出た。

 

()ッ」

 

 だが。超人の意識が僅かに白刀へ逸れた瞬間、今度は魔人の姿が消える。首筋を擽る殺気を感じたフアイルは弾かれたように上方へ跳躍した。縦に回転し背後を見たフアイルの目に――忽然と現れた魔人が捉われる。それは超短距離の空間跳躍、仙術の域にある縮地の歩法。

 鋭利な呼気。ぬらりと不気味な円運動。紫刀が奔る最適最速の斬撃軌道だ。ユーウェインは斬撃を飛ばせる、だがそれは斬撃の純度を落とす()()に過ぎず、全力戦闘に没頭する彼の一撃は決して飛ばない。触れるものはなんであれ斬り捨てる、鈴と奏でる剣の歌――寸での処で回避された斬撃、空中に逃れたフアイルは天地を逆さまにした視界の中、吼えた。

 

()ッ!】

 

 大喝。単音の咆哮。口腔より迸ったのは単純な()()()()だ。指向性を持った衝撃波の砲撃である。魔人は音速など欠伸が出るとばかりに原始の呪力を左手に束ね、漆黒の魔力砲撃を線状に圧縮し手刀を突く。容易く大喝の衝撃波を撃ち抜き、そのままフアイルを貫かんとする魔槍の一刺となって、フアイルの胸の中心に直撃した。

 しかし、()()()()

 微かに瞠目するのは魔人。超人は魔力を喰ったのだ。受けた魔力をそのまま取り込み自身を強化している。転瞬、魔人の魔眼は捉えた。超人の身を護る白銀の甲冑が()()()宿()()()()()のを。

 白竜の遺児の残留思念――などという稀薄さではない。それはまさしく、力を譲渡する際に込められた竜騎士の全てであり、フアイルにはアンジェラの魂が守護霊の如くに憑いていた。

 アンジェラは自らの意思で超人の力を吸い、瞬時に超人へ還元することで、白竜の力を積極的に超人に同化させている。己の力を彼のものにしようとしているのだ。であるからこそ、フアイルはアンジェラの力を我が物とし、自らの力に相応しい領域へと昇華できていた。

 

(女連れか。……妬ましい)

 

 本音に近い呟きを胸中に溢しながらもユーウェインの中に不満はなく、一対一の戦いではないのかと失望もしない。白竜の力もまたフアイルの力として機能している、話としてはそれで終わりだ。

 愛する女の加護の下で戦う――まるで英雄譚みたいじゃないかと羨望する。常より聖人君子を演じている故に、寧ろこちらが斃される側の反英雄になったようで爽快でもあった。

 

 フアイルが空気の壁を蹴る。空中にありながらにして移動する。ジグザグに蛇行する超人の疾さは、足場のない宙でありながら翳ることがない。いや、遅くはなっているはずだ。地面に在る時と速度が変わらぬのは、ユーウェインの魔力を吸収した事で強くなったからだろう。

 

(であればこれより先、容易く地に足付けられると思うな)

 

 数百羽の白刀を引き連れ、しかし置き去りにしながら魔人が馳せる。虚空を蹴りながら地上への着地を図る超人の行く先々に縮地で現れ、魔人の腕の延長の如き紫刀をチラつかせた。

 見せ掛けではない、隙あらば終劇の一刀を馳走される。急制動と急加速を繰り返し、魔人の正面に在るのを避け続ける超人だったが、甘露なる永眠(終わり)を薫らせ、先回りを為すユーウェインに歯噛みした。――如何に対等の領域に棲むモノであろうと、培った武量は隔絶している。この差は如何ともし難い。生まれながらの超人は、研鑽を積んだ試しがないのだ。謂わば才気煥発なる素人と、時代に冠たる剣聖が対峙しているに等しい。幾ら才に恵まれていようと覆る差ではなかった。

 

 

 

 故に。有効打を先に見舞ったのがユーウェインであるのは必然だ。

 

 

 

 遅れて鳴る攻防の熾烈な炸裂音。大気を裂き、地を砕き、鳴動する地殻。

 攻めるは魔人。防ぐ(躱す)は超人。紫刀の一撃は幕を引く、故に不利な空中で踊らされる時を一刻も早く終わらさんとするも、退避する先を誘導されている事を遂ぞ悟れず。焦燥するフアイルに啓示したのは、彼には見えず聞こえずの守護霊の意思だった。

 

 ――幾らなんでも猪突過ぎんだろ。もうちょい周りも気にしろって――

 

【――――】

 

 退避し、先回りされ、退避し、先回りされる。繰り返すこと四度、霊感なきフアイルは我知らず胸の前で両腕を畳むようにし断頭刃を構え、周囲へ神経を張り巡らせてしまった。

 なぜ……? 理由は分からずとも考える暇はない。

 彼は察知したのだ。ユーウェインが引き連れていた白刀の大群は、担い手に追随すること叶わず虚空を駆け回っていたのに――いつの間にかフアイルの退路となる空間に設置されていたのだ。

 

 光速機動戦の最中、敵手に悟らせぬまま着実に追い詰めていた手腕。

 戦場を俯瞰して観る視座が極まっているが故の誘導。

 

 総群に魔人の意が乗っている、直接振るうより斬撃純度は落ちるとはいえ、超人を殺めるに足る脅威であり、正面には紫刀を右手に提げた魔人――白刀に気を取られたなら魔人に斬られ、魔人に気を割いたなら白刀に切り刻まれる。彼は斬撃空間(キルゾーン)に囚われていた。

 究極生命たる超人フアイルならば、腕の一本でも差し出せば逃れられよう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。とはいえ、一瞬でも腕がない瞬間を作るのはマズい敵だ。

 

 ――周りは俺がなんとかしてやる。後はテメェでなんとかしろよ――

 

 殺到する刀群。

 フアイルはユーウェインから目を背けず、総身を覆う竜鎧が彼の生命力を吸い上げ赤雷に転化した。神鳴りの雷轟、星を劈く雷鳴。超人を中心に赤き膜が展開され、触れた白刀が灼き尽くされた。

 この危地を脱する為の最適解だ。しかし、元より敵は二人と見切っていた魔人の意表を突くには至らない。超人は魔人を見ていた、守護霊は白刀への対処に注力していた。為に、気づかなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 白刀群は囮、魔人すらもが囮、本命は聖槍だった。残存する数百の白刀の影に隠されていた聖なる槍が、声もなく真名(トリガー)を引かれる。白刀群が散開し姿を見せた時には手遅れだ。

 

「私の魔力は美味かったか? 遠慮はしなくとも構わんぞ、たらふくに喰わせてやる。コイツは私の奢りだ、残さず喰らえ――」

【―――!】

 

 渦巻く最果ての輝きが、拘束のない最大出力で、下から上に向け突き上げるようにそそり立つ。其は世界の表裏を繋ぎ止める嵐の錨、担い手の呪力を受けて漆黒に染まった光の柱。

 さしもの白竜の異能も、聖槍の光は喰らえない。

 唸りを上げて迫った暗黒の極光。星に鍛えられた聖剣に比する破壊の一撃。主神をも屠る膨大な熱量は、常人なら見ただけで眼球が弾け、神経は沸騰し、余波に掠めるだけで蒸発する。

 収束された嵐の奔流を躱せないと判じた瞬間だ。超人はあろうことか竜鎧の展開を解いた。

 あれを受けては防具が破損する。ならば我が強靭なる五体で受けようと決めたのだ。なぜならば竜鎧はアイした女の遺品だから――ではない。そんな雑念で戦闘勘を鈍らせる男ではなかった。単に白竜の力の源である甲冑を失うのは()()マズイと判断したまでのこと。

 

 竜鎧は解いても、取り込んだ魔力の性質は使える。

 

 帯電した。赤き雷電が膨大な魔力量に物を言わせて出力され、超人の全身を防護する。全力防御に徹した彼の肉体は、聖槍如きで滅ぶものではなかった。聖槍が世界の表裏を繋ぎ止めるモノなら、超人の肉体は星の生み出した究極。防御を固めた彼を焼き尽くすには及ばない。

 極光が超人を呑む。暗黒の柱はフアイルを呑み、天を覆う暗雲を貫き風穴を開けた。超人は成層圏を越えて消えたのか――否だ。撃ち抜かれた雲の隙間から射した陽光が、中空に打ち上げられた超人を照らし出す。彼は聖槍の光から脱出し、五体満足のまま健在だった。

 恐るべき強靭さ。理解不能の生命力。

 緑色の全身に浅い裂傷を幾つも拵えてはいるが、さしたる痛痒も覚えていない。瀕死に等しい重傷を負いはした、赤雷の力を超人に相応しい出力で用い、防御しなければ死んでいただろう。だが生きてさえいるなら支障はない。即座に全快する彼の生命力は無限に近かった。

 

 ――もとより聖槍で殺せると考える魔人ではなかった。

 

 超人が独りなら屠れた可能性は高い。しかし、今の超人には彼が本来持ち得ぬ力が加算されている。耐えるだろう、死なぬだろう。死なぬなら即座に治癒してのけるのは目に見えていた。

 だからこそ聖槍の一撃により、遥か上空まで超人を跳ね上げ。致命傷を負ったことによる動作の停滞を僅かに招き。魔人は軽やかに歩を刻み、白刀群を率いて空中に進撃していた。

 追撃。

 敵手を仕留めるのに尋常の理が意味を成さぬなら、異常の理を以て斬り捨ててみせよう。黒衣の魔人が馳せ、足場なき虚空ですら空間跳躍の縮地を連続で踏み、フアイルの死角へ出現するや紫刀を振るわんとするも――絶死の瞬間、全快した途端に超人は断頭刃を死角へ薙ぎ払う。

 あたかも其処に()()と未来予知したかの如き反撃の疾さ。事実、彼には分かっていた。いいや()()()()()と言うべきかもしれない。憎き宿敵なら絶対に来ると信頼していたのだ。

 紫刀を振るう魔人に驚きはない。明鏡の如く澄んだ意識は予想外の事態にも即応し、斬撃する。一振りのみで()()()()()()()()、それぞれの斬撃に()()()()()()()()()()()()()()()が奔るや断頭刃は解体されて武器としての機能を喪失した。

 

 返す刃は手刀。紫刀による斬撃は飛ばないが、彼の五体は刀撃ほどの純度を含有していない。故に漆黒の魔力を纏った手刀の斬撃は飛び――フアイルの体を縦に切り裂いた。

 

【 キヒャッ、  キヒャハハ   ハハハハハ    ――】

 

 だが、浅い。桁外れにして埒外の筋肉密度。単純に()()()()()()。手刀などで殺せるとでも思ったかと言わんばかりに哄笑したフアイルが、竜鎧を展開し直しながら赤雷の矢を無数に放つ。

 面制圧の弾幕だ。眩い閃光は副次効果に過ぎない。縮地という超短距離空間転移をさせない為の間合い潰しと、適度な距離を保ち、紫刀による斬撃圏内に入らぬ為の距離の確保を目的としている。

 城塞を更地にする絨毯爆撃の雷矢。魔人は『意』で操る白刀で、最上級宝具に匹敵する雷轟を両断し、殺した。自らが動いたわけでは無い故に魔人に隙が生じることはなく。

 

 しかし、彼は凪いだ精神の内側で戦慄していた。

 

 ()()()()()()()

 

 時間経過は未だ三十秒。

 武芸という一点に於いてズブのド素人であった超人の対応と、状況判断能力が加速度的に磨き抜かれていた。

 たったの一手からでも読み取れる対処の練度は百戦錬磨のもの――なんとしたことだ。武芸を知らなかった復讐の鬼が、血涙を流しながら技を手にしてしまったではないか。

 

 白竜因子、合一完了。憑依経験、追憶終了。

 

 この瞬間。

 今この時まで人知れず継続されていた、竜騎士の力と経験の引き継ぎが終わり、超人の基礎戦闘術が最新版へ更新される。それは白竜の異能が完全にフアイルの物となっただけではなく、竜騎士の戦闘技術が過不足なく超人へ受け継がれたことを意味した。

 竜騎士は無窮の練達である。ユーウェインからすると稚拙な武技に過ぎないが、問題なのはそれを扱うのがフアイルであること。これまでフアイルは身体能力のみで魔人へ対抗し、なんの術理も知らぬまま追随してきた。そんな超人が児戯であっても術を用いるのなら、無作為に振り回されてきた暴威が多少なりとも指向性を持つことになり魔人を脅かす武器となる。フアイルほどの戦闘勘の持ち主なら、付け焼き刃で却って弱体化する醜態を晒すことはあるまい。

 

 裸だった巨漢の総身が竜鎧により変質する。彼の皮膚が白銀の竜甲冑と化したのだ。体の正中線を奔る、手刀による飛斬の傷痕から血を噴きながら超人が虚空を蹴る。帯電し纏うのは赤き稲妻、五体各部から強烈に噴射することで、空中戦にも対応する術を覚えた。もはや彼に空中ゆえの不利は解消され、瞬きよりも速き変生した超人が血を流して往く。狂おしい憎悪の念を晴らすため、騎士王を殺すべく飛翔した。

 

(ジャ)ッ」

 

 それがどうしたとばかりに呼気一閃。斬る。斬るのだ。斬れば終わる。終わらせる。武具のない相手など、どこを斬っても藁の様な物。紅き閃光と化して襲来するフアイルを、迎え撃つユーウェインの刃に曇りなどない。妖郷の武練は最適解を導き出した。

 まずは、腕を落とす。

 巌の如き鉄拳が大気を貫き、裂かれた空間が繋がり合おうとすることで発生する颶風を竜巻として、万物悉くを破砕する豪撃と成すも。振るう紫刀は万象一切を殺害し無へと帰さしめる刃。

 鮮やかに謳え剣撃の極致――ユーウェインの斬撃が、フアイルの硬く握られた拳を斬る。縦に斬り、肘まで到達し、肩から抜けた。通過する刀身に抵抗はない、柱のようだった超人の巨腕が半分の太さに削がれて――返す刃が有り得ぬ軌道を描いて鋭角に曲がり超人の首を狙う。

 フアイルは嗤いながら、迫りくる死を無視した。

 武を身に着けたところで、魔人には到底届かぬことなど分かっている。故に自らの武器を把握したフアイルは己の有利――肉体を活用することのみに専心して、頭の旋毛(ツムジ)から棒を縦に挿したように、独楽の如く回転しながら強烈無比な回し蹴りを放った。

 

 首を狙う刃。

 胴を払う脚。

 

 着弾は刃が先だった。

 なんの抵抗もないようにユーウェインの紫刀が超人の首筋に到達するや、そのまま彼の皮膚を裂き、肉を割り、首の半ばまで達して頚椎に触れ――その時やっとフアイルの蹴撃が魔人の胴に届いた。

 

「ッ――!」

 

 遠心力と至大の膂力が乗せられた蹴撃の破壊力は、ユーウェインの想像を超えた。

 先んじて敵の首を刎ね幕を引けるなら、手傷の一つぐらいは許容しようと判断したというのに。完全に超人の首を断つ間際で、自身に触れた一撃の威力に戦慄させられる。

 時間制限。どうあっても短時間で決着を付けねばならないユーウェインの、彼自身も意識していなかった焦りがある。何よりも彼の計算を狂わせていたのは、自身の想像を超えユーウェインが()()()()()()()()()事だ。十分は全力で戦えると見立てていたユーウェインは、まだ一分と経っていないにも関わらず()()()()()()()()()のである。

 強くなり過ぎたが故の体力配分のミス。

 それが()()()()()()()()()などという油断を招いた。

 受けてはならないのだ、決着はまだついていない。――果たして超人の首の半ばまでを裂いていながら、ユーウェインの肉体はフアイルの蹴り脚に接触した瞬間に塵の如く吹き飛ばされてしまう。

 

「ァがッ……」

 

 足場のない空中、フアイルが重さより速さを優先した故の威力の半減、ユーウェインが反射的に左手で脇を固め、胴体を防御した結果即死は免れた。しかし腕力で大地をねじ伏せる怪物の一撃は、魔人の肉体に甚大な被害を刻みつける。吹き飛んだユーウェインは遥か50km先、ハドリアヌスの長城の城壁に激突してやっと止まった。

 

 ユーウェインは、超人の一撃で脳が揺れ、一瞬気絶していた。故に彼はこの()()()を見過ごす。

 

 城壁に叩きつけられる刹那、彼の背に負われていた大剣が淡い光を帯びたのだ。

 もしも何もないまま激突していたなら、ユーウェインの意識が回復するのに十秒は掛かっていただろう。そしてそれだけの隙があれば、フアイルによって彼は殺されてしまっていたに相違ない。

 だが、彼はすぐに目を覚ました。

 大剣の放った弱々しい光が、激突の衝撃を大幅に減じさせ、脳震盪を回復させつつ優しく地面に下ろしたからだ。ユーウェインは呻き声を上げて瓦礫を退け、よろめきながらも立ち上がる。

 そして、自身の焦りを自覚した。

 左腕が完全に潰れ。肺が片方破裂し。肋骨も左半分が砕かれ。脊髄にも罅が入った。フアイルという例外を除けば、膂力でも最強を誇るユーウェインですらこの様だ。仮にもう少し威力があれば、ユーウェインの上半身と下半身が泣き別れ死んでしまっていただろう。

 

「ぐ、ぁ……ぅぎ……?」

 

 苦悶の声を噛み殺し、大地に立ったユーウェインは気づく。

 どうやら()()()()()()()()()()()()。胴体は繋がっているが、死んではいたようだ。まさかあれだけで死ぬとは不甲斐ない心臓だと呆れ果てる。

 ユーウェインは無事な右手で握る紫刀の柄頭で、自身の胸を強く叩く。

 すると驚いたように、心臓が鼓動を再開する。血の混じった唾を吐き、ユーウェインは自身の生死すら度外視して、こちらを殺そうとした復讐鬼の殺気を感じ取り元いた方角を見遣った。

 

 吹き飛んだユーウェインを追って、飛来するフアイルは哄笑している。相変わらず、何を言っているのかは読み解けない。

 

【ハハハハハ! これだ! これなんだ!】

 

 首を半ば断たれ。右腕を半分の太さに削がれ。

 真っ赤な血で全身を濡らし、血のように赤い雷電を帯びた彗星。

 

【傷口から沸騰して! 死んでしまいそうなこの激痛! 分かるか!? 痛いんだよ! 痛くて痛くて! 泣いてしまいそうでぇ!】

 

 喚くのは、ひたすらに憎悪。

 

【俺の。俺の女が! この痛みを味わったのかと思うと! 腸が煮えくり返ってなぁ! オマエの脊髄を引き摺り出して、端から噛み砕いてやりたくて堪んなくなるんだよォッ!】

 

 一向に治らぬ首の傷。回収して繋げたのに、満足に力が入らぬ右腕。痛い、悲しい、苦しい、憎い、憎い、憎い――! 憎悪の塊が流星となり、ユーウェインへと叩きつけられようとしていた。

 

 魔人は地を蹴って距離を置き仕切り直そうとするも、体幹が乱れているのを感じてフラついた。問題なく立てていたが、地を蹴った拍子に左脚が砕けたらしい。敵の一撃で半壊した肉体に目眩がする。

 縮地不能。左腕、左脚も使用不能。

 体幹がブレ、疾さと強さが損なわれ、斬撃純度が著しく低下。もっと痛いのは、改めて計算し直したところ、継戦可能時間が今ので更に半分――あと二分ほどになった事だ。体力の底が見えている。

 不甲斐ない。情けない。昔は未熟な時代でも、魔術支援ありきとはいえ七日七晩戦えていたというのに、今はこの体たらくだ。あまつさえ、焦った余りに失態を晒すおまけつき。

 

 だが、それがどうした?

 

 ユーウェインの妃、アルトリアもまた剣士である。しかし彼女は風の魔術を習得し、宝具級の領域で操る術を持っていた。では――ユーウェインは? 答えは自明だ。アルトリアの師がマーリンなら、魔人の母は妖妃である。残念なことに魔術の才は平凡だったが、彼は習得する魔術を一つに留めて、習熟することで実戦で扱える域に昇華した。

 花の魔術師に匹敵する魔女が我が子に指南した魔術。それは()()()である。

 自身と契約した武具を召喚する。ただ、それだけ。

 魔法の蔵たる荷車の盾がある以上、無駄でしかなくなっていたそれも、今は役に立つ。

 荷車の盾を入手して以後、全く使うことがなくなっていた――彼自身も母の手解きを受けたもの故に、無意識に使用を避けていた呪文を唱え、彼方に置き去りにされた白刀の大群を必要分召喚する。

 

 そして彼は躊躇なく紫刀を自身の左肩に押し当て、潰れた左腕を切断した。終焉を押し付ける斬撃ではない、単純に熱したナイフでバターを捌くように切り離したのだ。同じ要領で左脚も。

 後で回収して繋げてもらえばいいという――激痛を対価とした発想。

 痛みに歯を食い縛りつつ、彼は召喚した白刀群の半数の形状を変化させる。宝具『三百諸侯の鳥剣』は担い手の意思で鴉から武具に変身するモノだ。ユーウェインはそこに目をつけ、白刀に変じていたモノを束ねると、刃の義手と義足へと変形させて――自身の傷口に接続した。

 意識が白熱する。刃を自身の傷口に刺し、無理矢理に手足にするのは無茶。余りに痛い。痛くて痛くて、みっともなく泣いてしまいそうで。負けるよりは安いと笑って耐えた。

 

 フアイルが襲来する二秒前。何かを喚いていた超人の言葉を理解する気はなく。彼はその場で自らの意思により駆動する刃の手足の操作具合と、体のバランスが変わったことでブレた太刀筋を調整する為に、紫刀を二度ばかり虚空へ振っていた。――それで充分。二度目の風切り音と手応えを確認し、バランス感覚の修正を終えたユーウェインは敵手を迎え撃つ。

 

 失血。血塗れの両雄。

 

 遂にやってきた敵対者。待ち受けていた敵対者。神速で襲来した勢いをそのままに、首と腕から血を噴く超人が拳打を繰り出す。左肩と脚の付け根から噴水のように血を流す魔人は、紫刀の切っ先を拳に軽く当て、巧みにいなし威力を大地へ丸ごと逃がした。

 超人の拳打の威力を受けた大地――ブリテン島に風穴が空き、赤雷が駆け抜け地球が揺らいだ。全世界で地震が起こるのを待たず、反撃となる刀撃を左から右へと見舞い――武を身に着けた故に拳打を放っても体幹に揺らぎのない超人は、それを半身になることで躱し――疲弊からか斬撃純度が落ちている、魔人の斬撃が余技となる『飛ぶ斬撃』となり、ベイドン山へと着弾。ベイドン山は麓から水平に流れ、首を刎ねられた人間の首の如く空を舞った。

 

 ――ッ!? フアイル、無理はすんな! ここは粘れば良い!――

 

 この時、知恵持たぬ復讐鬼は自身の生死にも拘らぬ逆撃に打って出ようとしていた。だが霊感なき故に聞こえぬものの、彼は自身に憑く女の魂の助言へ、無条件に従うことを選ぶ。

 フアイルの肉体を通して魔人を見ていた竜騎士は気づいたのだ。――魔人が失速し始めていることに。このままでは多量出血で死亡するのは、魔人も超人も変わりはしない。しかしフアイルは死に向かいながらも止まる気配は微塵もなく、対してユーウェインは明白に衰えた。

 この差を活かさぬ道理はない。時間が超人に味方することを察した竜騎士は戦術を伝え、超人はそれを確実に遂行する。来ると思っていた逆撃がなく、用意していたカウンターの一太刀が不発に終わった魔人もまた、自身の制限時間が悟られたことを察した。

 

 防御と回避に意識を傾けた超人に、歯噛みしながらも攻勢に打って出る。縦横無尽に振るわれる斬撃に、先程までのキレがないことを超人も理解した。完全な回避は叶わず、竜鎧と化した総身の皮膚が裂かれ、さらなる出血を強いられながらも致命打は受けずに逃げ回った。

 逃げる超人、追う魔人。形勢を量る天秤は、次第に傾き――漸くフアイルの拳打で起こった大地震で大地が揺らいだ。態勢を崩さない魔人、微かに崩れる超人――隙を見い出したユーウェインは踏み込み、倒れるようにして屈むやフアイルの鳩尾に渾身の蹴撃を見舞った。

 漆黒の魔力を放出しての豪打。無論、単なる打撃ではない。刃である左義足の刺突だ。まともに食らった超人は胴体に風穴を空けられ、喀血した彼は自ら後方へ跳び退くことで斬撃から逃れる。超人が逃れたのは魔人の斬撃で空を舞うベイドン山。今に大地へ叩きつけられようとしているベイドン山へ、退避した超人フアイル目掛け新たに召喚した武具の穂先を向ける。

 

 喚び出したのは聖槍ロンゴミニアド。再びの黒き極光が解き放たれ、漆黒の奔流がベイドン山を丸ごと蒸発させてしまう。王として地形や環境に気を遣う余裕は魔人にもなくなっていた。呵責なき砲撃により幾つかの残骸を残して消えた山――超人の姿がない……?

 

 ――使え、フアイル!――

 

 まさか聖槍で滅びたか?

 一瞬楽観する思考が過ぎるも、そんな結末は有り得ない。ユーウェインは自らの知覚領域を拡大し、全神経を傾けて敵の姿を捜し。真上から落下してくるモノの気配を察知して上を見上げた。

 其処には、いた。白い竜鱗に覆われた超人が――()()()()()()()()()()()

 其れはこの地にて死した竜騎士が用いていた、凍える冬の魔剣ベアグノズ・サクス。

 墓標代わりに突き立っていたそれが独りでに浮き上がり、超人の手に収まったのだ。由緒ある血筋の者しか扱えぬはずの魔剣だが、竜騎士が憑いている為か超人も担い手として認められている。

 

 咄嗟に聖槍を握る左の義腕を掲げ、受け止めた。()()()()()()()()()

 

 受け流そうとはしたのだ。だが間に合わなかった。超人の膂力を受けた義手が全損し、聖槍を取り落としてしまう。義手は魔人の体から失われた。ばかりか衝撃で体が痺れ、その場から離脱できない。

 目の前に着地したフアイルは積極的に攻めようとして来ないが、座して待てば死あるのみ。ユーウェインは自身に迫りくるタイムリミットを肌で感じながら、決死の覚悟を固め最後の攻勢に出る。脚が痺れ、動けぬ以上、体力を無駄に消耗すると分かっていても攻めるしかない。

 超人の魔剣から流れ出る冷気。ただでさえ短いタイムリミットを更に削られる感覚。紫刀を振るうユーウェインは、乾坤一擲の斬撃を見舞う準備を整えていく。もはや――生きるか死ぬか、伸るか反るか。賭ける他になく、命を懸けたチキンレースが始まった。

 

 ――妖精王沈黙まで、あと十秒。

 

 攻め切れるか、生き延びられるか。

 その場から動かぬまま、隻腕となった魔人は敵手を仕留める為。魔剣を手に入れた超人は敵手の体力を削る為。全身全霊を振り絞り、一方は斬撃を、一方は回避と防御に専心する。

 見舞われるは斬撃結界。

 一振りに四つの太刀が重なり、相対する敵を逃さぬ必殺の剣。

 一の太刀は唐竹割、弐の太刀は股下からの斬り上げ、参の太刀は左からの逆袈裟、肆の太刀は右からの袈裟斬り。それぞれに二つの斬撃が乗り事象を飽和させている。

 其れが間断なく、連続で、超人を殺す為だけに繚乱し。凛と歌う剣撃の音色に彩はない。

 

 ――あと八秒。

 

 二秒を費やしての無呼吸斬撃。フアイルはその悉くに着弾していた。

 だが被害は最小に留めている。耳を失くし、鼻を落とされ、右手首を斬られて、体の表面を浅くも深くも削ぎ落とされながら、フアイルは辛くも致命打から逃れ続けている。

 何せ彼には見えていた。超人の動体視力は失速した魔人の剣速を捉え、反射神経に飽かせて反応し、受け継いだ武を用い魔剣と五体を駆使して負傷を最小に抑え込んでのけたのである。

 それでもなお手傷を負わせてくる魔人の絶技。たらればを語るのに意味はないが、もし魔人に焦りがなければ――もし魔人が失速しなければ。既に決着は付いていただろう。

 ユーウェインの勝利という形で。

 

 ――あと五秒。

 

 更に三秒を費やした時、今度は竜騎士ではなくフアイルが気づいた。――消えかけの蝋燭の火の如く、激しく燃え盛る気勢。だがしかし、己の大敵はこうも遮二無二に攻めるだけの猪だったか?

 答えは、否。

 

 ――あと三秒。

 

 じっくり二秒思考に費やし。

 更に、二秒を費やして。

 防戦に徹した対価は存命の時間、代償は欠損。欠落。

 魔剣は斬り砕かれた。フアイルの頭部も三分の一が斬り飛ばされ、斬られて欠けた脳が外気に露出している。左足首から下も地に落ち、今や尋常の生物なら出血量と合わせ死んでいるのが道理だろう。

 にも関わらず生き長らえている理不尽、不条理極まる生命力。ともすると、魔人のトドメがなければどんな状態でも生き延びるのではないか――そう錯誤させるほどの異能生命体だ。

 

 しかし、何よりも大きな対価を、彼は確かに貰い受けていた。

 

 

 

【――キヒャッ】

 

 

 

 満身創痍のフアイルは、勘づいたのだ。

 

 ――あと、一秒。

 

 全ての力を結集して、踏み込まんとする魔人と、超人の目が合う。

 

 

 

 ――オマエ。脚の痺れ、解けてるだろ?――

 

 

 

 言葉は無く、視線の交感による感知。ニヤついた貌は壮絶、確信は殺意。明瞭に敵手の意思を感じ取った隻腕の魔人は、背筋が凍るという懐かしい感覚に陥った。今更止まれはしない、故に征く。

 脚の痺れは確かに解けている。たった今、ギリギリで間に合った。

 この死闘の最中に模索し、閃いた剣技があって。死の光(ガンマレイ)という異界斬撃を会得していながら、更に突き詰めた奥義とも言える対人魔剣を開眼したのだ。それに全てを賭けるつもりでいた。

 この場から離れられぬと思い込ませたまま、開帳するのがベストだったが。魔人は腹を据えて、自身と超人の間に()()()()()。紫刀により斬撃された空間が、斬られたという結果に空間断層を巻き起こし、既に完了した刀撃の残影に実体があるかの如く幻惑する剣技。現実世界を騙す斬撃の詐術。そこへフアイルが突進してきたなら、彼は全身を四角く裁断され即死するだろう。

 

 斬撃の設置を置土産に、ユーウェインは跳び退いて後退した。左の義足はキレ過ぎる、刃ゆえにだ。だから踏み締めるは生の脚、紫刀を納刀し腰溜めに構え――奇しくも其れは極東の島国の遥か未来、剣術全盛の時代に入るより前の時分にて発祥した『抜刀術』を彷彿とさせた。

 

 ユーウェインが、前傾となり。

 構えなき彼が明確に技の起こりを示す姿勢を執って。駆ける。

 

 其は魔人なる単独の総軍にて築かれた、既存の人理とは掛け離れた理の結実――超人が地球に由来する理に生きるのに類似する異界常識の立憲――斬魔の理、此処に在り。

 開帳されし魔剣技。ユーウェイン・モナークという剣士が至った無二の剣。開陳に疾走と抜刀を要するそれが、今、解き放たれようとした――刹那のことだった。

 

 魔人の奥義が発動することはなかった。フアイルはあろうことか、自身の眼前に設置された斬撃の実体幻に突撃し、生きたまま、人の形を保ったまま突破してきたのである。

 

「な――」

 

 驚愕は、一瞬。ユーウェインの目前で、信じがたい現象が起こった。

 フアイルの総身に同化していた竜鎧が、斬撃の実体幻に触れた瞬間に脱皮され、彼の肉体が切り刻まれる結末を肩代わりして散ったのである。

 果たして白銀の竜鱗から解放された超人は、元の緑の肌色に回帰して迫る。魔人は奥義の不発を悟った。技の起こりを潰されたのだ。最後に賭けたのが乾坤一擲の奥義であった事が命運を決した。

 頑なに守り続けた超人の左腕。彼の肉体の中で唯一無傷の部位。握り締めた鉄拳は、壮絶な握力により地殻変動の圧力を超える大力が握り込まれる。超人が誇る最強の腕力、拳に握った総力の一撃。放たれた拳撃の威力は余波だけで射線上の悉くを突き破り、地平線の彼方まで覆っていた分厚い雲が縦に引き裂かれた。その力の爆心地、超人の拳撃は――抜刀される直前の紫刀を粉々に打ち砕いて。魔人は藁のように空に舞った。

 

 全身を搔き回されたかの如き、筆舌に尽くし難い激痛の海に浸る。

 

 ――0秒。妖精王、沈黙。

 

 全力戦闘可能時間が終わる。朦朧とする意識を必死に手繰り寄せ、虚空に舞わされたユーウェインは、懸命に態勢を整えてフアイルの姿を捜した。

 地上に在るフアイルは、怨敵が力尽きたのを見抜いて犬歯を剥き出しにしているところだった。再び目が合う。凶悪で兇猛な殺意が、歓喜の瞬間を待ち侘びて彼を跳躍させた。

 

 紫刀を喪ったユーウェインは、なんとか空中で迎撃態勢に取ると、軋む魔術回路に火を叩き込んで召喚する。武器だ、とにかく武器と盾がいる。彼が喚び出したのは地に転がっていた聖槍と、残存する白刀五十四本。白刀の総てを、飛来するフアイルに対する壁とした。総ての刀身を重ね合わせた盾にしたのである。そこへ容赦なく、白刀など壁にもならぬとばかりに拳打が叩き込まれ、その衝撃が貫通して騎士王の手からまたしても聖槍を弾き飛ばした。

 虚空を蹴って、襲い掛かる復讐の鬼。飢えた獣が極上の肉に喰らいつくが如き様。

 ユーウェインは、悟った。自らの死を。自らの敗北を。彼は最後に背に負っていた大剣の柄を掴み、殴りつけてくるフアイルの拳撃に対する盾にした。

 

 ピシ。

 

 神造兵装である宝剣に亀裂が奔る。埒外の怪力は地球の重さ――見舞われる拳砲が我武者羅に乱打され、宝剣マルミアドワーズの刀身が半ばから圧し折られてしまう。

 

(終わった――)

 

 きらきらと、陽光を照らして煌めく宝剣の欠片。

 綺麗だなと頭の片隅で思いながら、やけに遅く感じる体感時間の中で。ユーウェインは今まさに己の顔面を吹き飛ばそうとしてくる、復讐鬼の面貌を見詰めていた。

 

 左腕はない。義手も砕けた。

 左脚はある。義足は辛うじて機能する。しかし動かす気力がない。

 右腕は健在。しかし握るべき白刀も、聖槍も、宝剣も、そして紫刀もない。

 左半身は思うように動かなくなり、肺が片方潰れたせいか呼吸も困難。

 魔力は潤沢なれど回路がオーバーヒートし、身体能力の三倍化も終わった。

 満足に動かぬ肢体、鉛の如く重い体。

 

 打つ手がない。後は身に積んだ体技で足掻くのみだが、フアイルの膂力に抗しきれるとは到底思えなかった。ユーウェインは必死に窮地を打開する策を練る、死んでたまるかと魂が吼えている。

 これで終わり? これが……ブリテン王ユーウェインの最期なのか?

 

(……いいや、まだだ)

 

 まだ終わらない、終わるわけにはいかない。

 そうだ、例え打つ手がなくとも叫び続けろ。まだだ、と。まだ終わっていないと。そうでなくては、己は己を誇ってくれる友に顔向けできない。往生際悪く足掻け。俺はまだ終わらない――!

 ユーウェインはそう叫んだ。ユーウェインの魂だけは、まだ爛々と輝いていた。

 

 だから、福音は其処に。決着の瞬間に、其れは間に合った。

 

 

 

 

 

『――ああ、そうだとも。それでこそボクの王子様だ』

 

 

 

 

 

「――――――」

 

 懐かしい、声がした。

 

 砕かれた宝剣。嘗て愛した女の遺品。

 あの洞窟の最奥で、宝剣に貫かれ串刺しになっていた魔女の――声。

 きらきら、きらきら。砕かれて虚空に舞った宝剣の欠片が花と散る。

 

 知る者のいない過去の奇跡。女は偽りの器にて死する寸前、自らの魂を宝剣へ移していた。故に栄光の大剣に魔女の魂は宿り、これまでずっと、ずっと愛する王子様の軌跡を見届けてきたのだ。

 

 宝剣を砕かれたこの時、自ら封じ込めていた魂が現世に現れた。

 

 白い影と柔らかな香りが青年の鼻孔を擽る。

 呆然とする青年の前で、くるりと振り向いた影が確かに微笑んだ。

 

「ぁ……」

 

 なんて貌をするんだよ、と。魔女は吹き出し。

 黒い影が傍らに現れ、青年の肩に腕を回し、親しげに笑いかけてくる。

 

 

 

『――()()()って言えよ、ダチ公。まだやれんだろ?』

 

 

 

 英霊の影。人理及ばぬ神秘の地に、抑止の手はまだ届かないけれど。

 超常の血戦の末、遂に人理の抑止力は自らに仇成す災害の存在を察知した。

 故に抑止は遣わした。

 たった独り――災害を食い止められる唯一の者に、後押しするための影を。神代の地に遣わした故に存在は稀薄なれど、其れは確かに英霊ニコール。またの名をニコ・コール・マグラスラックだ。誰よりも何よりも友を理解した、唯一無二の共感者である。

 

 凝固する青年に、友が自身の霊基を譲渡した。

 

『オレもダチらしく手ぐらい貸すぜ。安心しな、奴さんに文句は言わせねえ。なんたってなぁ――』

 

『――二対一なんてズルいからね。だから私達が手を貸したって、責められる謂れなんかありはしないよ』

 

『その通り。……なんだよ、死んだ後に初めて意見が合ったな、魔女殿?』

 

『ハッハッハ。こういうのを、極東だと鬼の霍乱って言うのかな?』

 

 朗らかに嫌味が応酬され、ユーウェインは自身の肉体に異変を感じた。

 漆黒の魔力、原始の呪力が変質し――黄金の。友の魔力性質である金色の息吹、太陽の魔力属性を感じ取った。

 消えていく。友の気配が、薄れていく。唇を震えさせ、振り返ろうとする青年の肩を叩いて。親愛なる友が、深愛なる女が、示した。

 

『ボクに魅せてくれ、王子様。疾走する魔剣の冴えを』

 

『往けよ、兄弟。達者でな――』

 

 とん、と背中を押され――夢のような幻は露と消えた。

 言いたいことがあった。伝えたい想いがあった。

 何も返せないまま――震える心を置き去りに――意地悪な二人は立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 時が動き出す。

 

 頬を伝う滴をそのままに、悪鬼の如き鬼神の接近を目前にして。

 瀕死のユーウェインの肉体は、流れるように魔剣技の構えへ移行する。

 

 信じられないほど流麗に、鮮やかなまでにスムーズに、空の手に現れたるは不毀の極剣。友が用い、本来ユーウェインに亘るはずだったそれが返還され、奇跡のように握られた極剣が、ユーウェインの在り方に呼応して洗練される。形となるのは不毀の聖刀――驚愕に目を見開いた悪鬼を見据え。泣き笑いのような貌で、青年は訣別の一刀を繰り出すべく踏み込んだ。

 

「嗚呼――」

 

 言えと、ほざいたな。

 ならば言おう。負けず嫌いはお互い様で、格好良く生きてみたいから。

 

()()()、フアイル。せめて散り際に咲く花に溺れて逝け――」

 

 青年が駆け抜けた花の旅路――過去の蟠りが生んだ我儘な決闘――そこに幕を引き、過去の重石を除く訣別の刃が疾走(はし)った。

 

 斬。

 

 目で見えていても意が追えぬ不思議な(はや)さで、最後の一撃を馳走せんと迫っていた超人フアイルの真横を、歩くように疾走った青年が通り過ぎる。

 反応は出来なくて。まるで時間の流れがあべこべに狂ったようで。速かったはずの自分が、遅かったはずの青年より()()事が理解できないまま、半分まで断たれていた首に、もう一度冷たい鋼が這入る。

 

 くるくる、くるくる。

 

 首が舞ったのを見届けず、自身もまた地面に倒れ、青年は力なく笑って囁いた。

 

「さようなら、だな。俺の……思い出たち――」

 

 さようなら。友よ。

 さようなら。さようなら、愛した過去(おんな)

 お前たちが背中を押したから、俺は未来に()く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




面白い、続きが気になると思っていただけたなら、感想を…感想をくださいませ…(瀕死)
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