獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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たくさんの感想ありがとうございます! 癒やされました。これからはほのぼのしたお話をたくさん書いていきたいと思います!(*´∀`)
今回は第二章のエピローグです。


69,エピローグ

 

 

 

 

 

 予想外だった。想像を超えていた。

 始まりも、過程も、計算通りに運んだところはない。

 しかし結果だけ見ると想定通りではある。

 蛮族の王と竜騎士は死に、騎士王は勝ったのだ。

 

「よもや神話礼装が砕かれるとは……」

 

 ポツリと溢したのは、不穏な呟き。

 気づいていた。何年見てきたと思っている。死の間際に花の魔女が自らの魂を移し、あの宝剣の内に在る事など当の昔に見破っていた。手出しできなかったのは、騎士王が所持していたからだ。

 下手に手を出した途端に露見する。故に歯痒い想いを抱えたまま見逃した。花の魔女の魂は神話礼装の圧力に耐え切れず、自壊するのが道理であった故、放っておいてもいいと思ったのもある。

 だが、なんの因果か魔女の魂は健在。嘗ての担い手たる大英雄の性質が、逃げ込んできた女を見捨てず自ら保護していたのかもしれない。そうでなければあの牝狐が滅んでいない訳がなかった。

 

 その宝剣が砕けた。魔女の魂が、匿われていた先から解放されたのだ。

 

「………」

 

 この数年――闇に潜み、密かに騎士王の心療を行なって、感情エネルギーの排出を熟し延命させてきた魔女の影モルゴース。妖精エリウを素体に妖妃のコピー体として活動してきた者は思う。

 花の魔女は生前、オリジナルに劣悪な肉体に差し替えられていた。故にあの様な死を遂げる羽目になったのだ。そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 モルゴースは思案する。妖妃ならざる己は所詮コピー。あらゆる手管、記憶や妄執、総てをほぼ再現されてはいるのだが。モルゴースは決定的に妖精であり、妖妃の至った心域に及ばない。

 だから想像できなかった。妖妃が花の魔女の肉体をどうするのかを。順当に考えたら既に処理しているはずだ、或いは新たなホムンクルスの作製に使ったとも考えられる。だがあの妖妃がその程度で済ませるだろうか。妖妃の怒りを買った魔女の体……ろくな事にはなるまい。

 

 考えても解らぬものは仕方ないだろう。

 意識を切り替え、左の手脚を失い出血多量で倒れている騎士王を見下ろす。

 彼女は総てを見届けた。目で追えたかはさておき、決着自体は確かに見ていたのだ。

 モルゴースは微笑む。妖精エリウは優しく微笑んだ。

 ケルトの血統の者がケルトの神々(仲間)に、栄光ある戦いの終焉を齎してくれた……抑え切れぬ歓喜がある、祝福の心がある。だからモルガンならざるモルゴースもまた、そんな騎士王を愛していた。

 故にその慈しみにも嘘偽りはなく、作り物などではなくて。モルゴースは真心を込めて、潰れて切り離された騎士王の手脚を運び、復元して騎士王へ接続した。

 

 五体満足に戻った騎士王ユーウェイン。死んだように、しかして穏やかに眠る彼の頬を優しく撫でて――彼女は寄り道を済ませて暗躍する。

 

 もう間もなく円卓の者らがやって来る。超越者同士の決戦について行けず、唖然とするばかりであった奴らが。その前にやらねばならぬ事があった。この時を――この時を待っていたのだ。

 妖妃が王の勅令に封じられて以来、何年も雌伏の時を過ごし、暗躍するばかりで。活動限界時間が迫る中、以後も暗躍に終始する己の存在意義――最後の策謀の準備段階。やっと始められる。

 条件があったのだ。

 騎士王が完全に意識を失っている事、他者が介在していない現場である事、ピクトの王が死んでいる事、サクソンのアンジェラが――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 総ての条件はクリアされた。

 

 邪悪に微笑んだモルゴースは念入りにピクトの王の亡骸を焼却する。死してなお凄まじい抵抗を受けるが、問題ない。亡骸を滅ぼそうとしているのではない、モルゴースはその亡骸を()()()()()()()()()のだ。火葬を元にした簡易儀式で亡骸が地球へと溶けていく。

 モルゴースはピクトの王の正体を知っていた。それは彼女自身が生粋の妖精だからだろう。もともと星側の存在であり、だからこそ如何に脅威であるかや処理の仕方も知悉している。

 星は自身の制御下から離れた失敗作といえど、性能自体に不満はなかったらしい。すんなり火葬による返還を受け入れてもらえる。――ピクトの王の亡骸だけは利用できない、また他の者にも利用させる訳にはいかない。万一ピクトの王を素体に何かを造れば、そこからピクトの王が復活する恐れがあるのだ。

 無論フアイル・マヴ・カウという魂は宿らないだろう。彼は騎士王の断頭で滅んだのだ。故に復活という表現は適当ではなく、クローン人間……即ちホムンクルスに似た別の何か、別の個体としての再臨だ。細胞の一つも残せないのはそれが理由である、断じて見過ごせない。

 

 そうして妖妃の影なるモルゴースは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「フフフフフ………」

 

 恐ろしい。

 恐ろしくて、恐ろしくて――妖妃(オリジナル)にしか手綱は握れまいと思う。本当に恐ろしかった。何せ死んだ母の腹の中で、まだ人の形すら持っていない()()()()()()()()のだから。

 父から受け継いだ生命力だ。母に似た諦めの悪さである。

 白竜とタイプ・アースの血が混じり合った赤子。モルゴースはアンジェラの遺体から、鼓動を止めている心臓を抜き取った。次いで腹の中の赤子を、自身の拠点にある培養槽へ空間転移させる。竜騎士の遺体も焼き払い消滅させた。……これでいい。

 

 長かった。

 

 サクソンの首魁たるシンリックに近づき、アンジェラ共々ユーウェインへの恐怖を煽り続け、ピクトの王と結ばせた。白竜に秘密裏に接触し、赤竜の健在を伝え戦場から逃れないように仕向けた。果たして白竜は騎士王に斬られ、ピクトとサクソンは最大戦力を喪失……。

 あと、一手。あと一手でエリウと妖妃の結んだ契約は完遂される。エリウは対価を貰っている、ならば後はこちらの番だ。嘗ての旧い友、戦女神モリガンの変遷した姿に義理を果たす。

 

 ブリテンの運命を知る卑王は死に、花の魔術師は妖妃との契約がなくとも口を噤んでいるだろう。それがあの男の性根だ、自分が思い描く理想的な着地点に、それとなく誘導していけばいいと愚かにも考えている。自身の策の邪魔になりそうではあったが……幸いにも彼は今現在肉体を失い、復活に時を要する状態だ。要する時間は最短で二年、あの男が不在の内に決行する。

 真相を知る者は失せ、あるいは沈黙している以上、これより先の道は一方通行。あと少し、あと少しでエリウも逝った同胞達のように眠りに着ける。その時に恋い焦がれ、エリウであるモルゴースはその場から掻き消えた。武ではどうにもならぬ国の終焉――終末の時を、騎士王がどう迎えるのかへ思いを馳せながら――彼女は遂に最終段階へと駒を進めたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 永遠に等しい五分間の死闘。

 

 全世界を揺らした大地震と、天を割いた激闘。空間断層や時空断絶が巻き起こり、世界の終わりの如き血戦へ決着が付いたのを知ったのは、ブリテン島に静寂が戻ってからだった。

 駆けつけたアルトリア達が見たのは、壮絶な戦いの跡地。

 ハドリアヌスの長城は半壊し、ベイドン山は消え失せ、大地の至る所に斬痕と雷撃の痕跡が刻まれている。特に目を引いたのは地中奥深くまで空いた風穴……どれほどの闘いだったのだろう。助太刀できなかった事が悔やまれる。いや、あの闘いに割って入れば足手纏いにしかならなかっただろうから、置いていかれて良かったのかもしれない。悔やむべきは自らの力不足だ。

 

「ユーウェインっ!?」

 

 円卓の騎士達が駆けつけた先、最初に倒れている人を見つけたのはアルトリアだった。愛馬のドゥン・スタリオンから飛び降り、駆け寄ったアルトリアが最愛の人を抱き起こす。

 ――無傷だった。彼には傷一つ無い。

 身につけた衣服こそ襤褸となっており、左腕と左脚だけ切り落とされたように袖がないが、それでも彼の肉体に傷は見当たらなかった。胸に手を当て心臓の鼓動を確かめ、口元に手を当て呼吸な有無を確かめたアルトリアは、ホッと安堵の息を吐き出す。

 

「……陛下は?」

 

 騎馬を寄せてきた近衛騎士オルタが訊ねてくる。

 

「無事です。生きてます……生きて……」

 

 安心したからか涙ぐんでしまう王妃の肩に、やって来たリリィが静かに手を置く。平時は戯けて振る舞うが、彼女も立派な大人である。リリィ自身目を潤ませていても、姉を気遣う優しさがあった。

 続々と騎士達が王を囲む。不敬になるからと、遠巻きに。彼らは複雑だったが、誇らしくもあった。仕える主が守護の必要もないほどに強く、悔しい反面頼もしかったのだ。

 

 正確な戦況を掴めずとも、あれほどの災禍を招いた闘いの後だ。倒れているユーウェインを見て血の気が引いたのはアルトリアだけではなかったが、生きていることを確認できて安心する。

 しかし――そうなると不可解なことがあった。ユーウェインはここにいる、では蛮族の王はどこにいった? 斃されたなら遺体があるはずだ、それが見当たらない。まさか生きている? しかし、もしもそうなら意識のないユーウェインを放置していくはずがない。

 蛮族の王は斃されたと考えるのが自然だ。遺体が残らないほどの攻撃を受けたのか? 仮にそうだとして、不自然な所はまだある。ユーウェインの左腕と左脚……そこの箇所だけ綺麗に削ぎ落とされた衣服。まるで一度切り落とされた手脚が繋げられたかのような……。

 

「え……?」

 

 全員が騎士だった。しかし、ただ一人だけ魔術師として研鑽を積んだリリィのみが、ほんの微かな違和感を拾い上げる。

 痕跡はない。目で見て解る手掛かりなど存在しなかった。だが彼女の勘は、気配のような漠然としたものを感じ取った。無言で辺りを見渡したリリィは、それとなく周囲を探査する。

 

(気のせい……? ……そんなはずない。……あれは?)

 

 ――リリィの魔術の基礎を固めたのは妖妃である。妖妃を最初の師として仰ぎ、次にガニエダとマーリンを師としたが、根幹には妖妃の教えが根付いていた。故に些細な違和感を感知できたのだ。

 冠位の資格を有する魔術師達を師としたリリィは、師達を除けば紛れもなく当世随一の魔術師になれる素質がある。系統こそ異なれど、才気煥発なる『神代最後の魔女』は、やがて師達と同等の領域に至り得る可能性を秘めていた。千里眼なき故に冠位は得られまいが、実力だけなら間違いなく――しかしそれは今ではなかった。

 リリィの最盛期はまだ先だ。

 そして彼らの内にリリィがいる事を失念し、迂闊にも対策を取らぬ妖妃の影ではない。リリィにだけは気配を察知される事を予見していた妖妃の影は、敢えて小さな答えを残していた。

 至った答えに、()()()()()()()からこそ安直に流す、リリィの思考の癖を突く為に。

 

 妖妃の影が残し、リリィが気づいたもの。それは――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。地面に落ちていた花びら――彼女の魔力の痕跡を、妖妃の影はほんの一摘みだけ残したのだ。

 忌々しい故に根こそぎ掻き消しても良かったのだが、この方が都合がいい。果たしてリリィは事実の一端だけで納得してしまう。充分に納得できる気配ではあったから。

 

(アンブローズ……? 兄さんを救けてくれたんだ……)

 

 道理で重傷を負っていたらしいユーウェインが、五体満足の無傷な姿で倒れている訳だ。ガニエダが救けたならこの違和感にも片がつく。完全な善意からリリィはこの事を皆に教えようと思った。

 しかしその前に、ユーウェインの意識が回復した。呻き声もなく、穏やかな目覚めを迎えたように。

 

「……アルトリア」

「! 目を覚ましたのですね。大丈夫ですか、ユーウェイン」

「……ああ。不思議と気分はいい。俺の腕は……」

 

 言い掛けて、彼は自身の手脚が繋がっているのを認識して言葉を止める。

 綺麗に復元された手脚だ。折れ、潰れ、無残な有様だったそれが健常な姿で有る。

 甲冑を解除した少女の膝に頭を乗せられているのを感じながら、しかし動くのが億劫で膝枕に甘んじつつ。ユーウェインはゆるりと視線を巡らせ、オルタとリリィを見る。

 リリィがいる……彼女が治してくれたのだろう。ユーウェインはもともとリリィの杖である聖剣の鞘をあてにして、自身の手脚を切り落としたのだ。彼女がここにいることで、彼は誤解した。

 そしてリリィもまた、当然ユーウェインはガニエダのことを知っているはずだから、わざわざ誰が治したのかなんて口にはしない。リリィは聡い、何年も共に過ごし……彼と子を設けた今、主が頑なに魔女の名を口にしない理由を察していたから言う必要はないと考えていた。

 

「……ありがとう。起こしてくれ、アルトリア」

 

 ともあれ、治してもらった礼は言わねばならない。感謝はリリィに向け、起こしてくれとアルトリアに言う。

 あまりにも穏やかな貌で――王に徹して以来、妻や子と過ごしていてもどこか張り詰めていた男が、久しく見せていなかった心からの笑みを湛えて言うものだから――誰に向けての感謝なのかは伝わらず。礼を言われた側も、なんとなく嬉しくなって頷き、彼らの些細なすれ違いが正される機会は失われた。アルトリアの介助を受けて立ち上がったユーウェインは、騎士達を見渡す。

 

「蛮族の王フアイル・マヴ・カウは私が討ち取った。あの男が連れていたピクト人共はどうした?」

「は。恐らく自分達の王を斃されたと知ったのでしょう、速やかに撤退していきました。我らと干戈を交え、全滅するまで戦うのではないかと思っていたのですが……」

 

 ユーウェインの宣言と質問に応えたのは、彼の従者を経て騎士となったケイだった。他の者の目があるためか慇懃な調子で言ったケイの貌には、色濃い疲労が滲み出ている。

 先日の戦いの疲れがまだ抜けていないのだろう。無理もない。

 頭目を失ったからと退く相手とは思えない。ケイの疑念は尤もだが、蛮族がなぜ退いたのかがユーウェインにはなんとなく分かった。純粋に……衝撃を受けたのだろう。あの超人が敗れることなど想像もしていなかったに違いない。であるからこそ、戦う気力が萎えたのだ。

 だがそれで腑抜けるピクト人ではない。必ずや再びブリテン王国へ戦いを挑んでくる。その時に今度こそ族滅する。――ユーウェインらしからぬ苛烈な判断だが、彼は超人の正体を知らずとも、ピクト人がフアイルの遺伝子を継いだ存在だと悟っていた。

 天啓……英霊となった友の霊基を取り込んだことで、神代の地に在る王の無意識に、人理が警告を伝えていたのだ。ゆえにこそ確実なる族滅を決断したのである。

 

 ピクト人の遺伝子を残せば、必ず災いは再来する。究極生命体の超人(タイプ・アース)がまた現れる可能性は、悪鬼の如き冷酷な決断の下で摘み取らねばならないと、ユーウェインは思ったのである。

 

「蛮族の脅威は断てず、か……まあ、此度はここまでとしよう。私も疲れた。帰ろう」

 

 だが、と王は言う。

 

「皆も覚えていてくれ。奴らは災いしか齎さない。いずれ必ず民を脅かすだろう。私も可能な範囲で斬るが、生憎と私は一人しかいない。貴公らが広範に亘るだろう蛮族の脅威から民を守れ」

「お任せを。このガウェイン、取りこぼしなく民を救い、敵を討ちましょう。私はもう、何者にも敗けるつもりはありません」

 

 父の仇を討つ機会を失い、不完全燃焼ぎみな青年が応じると、王は微笑し、近衛と魔術師、王妃と騎士達を引き連れ凱旋する為に号令を掛けた。

 整然と帰還していく主従の前途は明るい。彼らには希望が見えていた。儚い希望が。竜騎士と蛮族の王、白竜と魔竜を失ったサクソンに、ブリテンへ抵抗する力はない。侵略者は打ち払われ、栄光の王の治世のもと繁栄していく。間違いなくそうなると、全員が思っていた。

 

 記録を残す習慣を下々に浸透させる為、率先して筆を執っていたユーウェインは日記に記すだろう。この日を以てイングランド統一戦争に勝利したと。そして苦々しく、後々に記すことになる。

 

 本当の戦いは、あの日から始まっていたのだ、と。

 

 武ではどうにもならぬ、統治という戦い。外敵(ローマ)の脅威に抗する、戦費という税。苦難の日が彼らには待ち受けている。華々しいだけの英雄譚はここに結ばれ、生々しい苦悩が彼らの新たな敵だった。

 

 しかし誰しもが折れ掛けても――ユーウェインだけは折れず、曲がらずに進む。何故ならば彼は自認していた、王とは誰よりも冷酷であり、誰よりも揺らがぬ者であると。

 

 過去と訣別した彼に心の脆さはなかった。――たった一つの例外を除いて。

 

 故にこれは英雄譚ではない。

 

 幻想に記された伝説でもない。

 

 騎士王伝説の最終章、それは――

 

 

 

 男と女。

 

 父と子。

 

 王と母。

 

 

 

 ――家族が紡ぐ、約束された結末(おわり)に至る物語である。

 

 

 

 

 

         騎士王伝説の幕開け・コーンウォールの猪――完

 

 

 

 

        次章

 

 

 

   最終章――母よ、子よ。

 

 

 

 

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