獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです 作:飴玉鉛
70,災難な子、いと哀れ
戦争は終わった。
裏切り者の魔竜、サクソンの白竜、蛮族の王、竜騎士。主だった英雄怪物を討ち、のみならず謀略をも完遂した。五百人の騎士隊――有力貴族の子弟と円卓の王10名の始末を果たしたのだ。
これによりブリテン王国内の貴族社会、そのパワーバランスは変動する。
人間社会に於いて優先されがちなもの、それは縁故である。人間同士の繋がりが社会を形成し、人間関係が政治のパワーバランスに直結するのだ。そこに付随する様々な利益と不利益も計算に入りはするものの、本質的に大多数の人間は情に流されてしまうと断じて良い。
単純な実力のみで成り上がれる者は稀有であり、成り上がれるだけの機会を得られる運の良い才人ばかりでもない。実力主義を標榜し実践できる社会は絵空事で、仮に実現しても長続きするわけがないと騎士王は冷徹に見切った。故に求めたのは『実力』よりも『忠誠』である。
騎士王は凝り固まっていた既存の人間関係という名の政治力学を解体し、自身の統治基盤を盤石なものにする為に、戦勝を信じて疑わずにいた有力貴族の子弟である騎士を集め、イングランド統一戦争に投入した。彼らを始末する事で発生した職務の空席を、騎士王は自身に忠実な騎士で埋めていく。そうする事で既得権益を破壊するのではなく乗っ取っていったのだ。
既得権益と言えば聞こえは悪い。しかしそれは裏を返すと『安定した体制』である事を意味し、統治する側の人間にとって既得権益は忌避するものではなく、寧ろ積極的に実効支配を行なうべきもの。
斯くして戦勝の功績を手に、政治基盤は騎士王による実質的な独裁体制に移行した。諸王の後を継ごうとする令息や子弟を、騎士王は冷厳に「貴公らは我が
寧ろ亡き諸王の後を継ごうとする者は、騎士王に『不穏分子』の烙印を押され、やがて
「円卓の王は私と共にサクソンと戦った者のみでいい。以後黒円卓は凍結し、白円卓のみを残す。卿らが栄光を目指すのなら円卓の騎士を目指し研鑽を積むと良い」
騎士王はそう言った。これが意味するのは、ブリテン島には今後、王が騎士王と勝利王のみになるという事であり。本質的に実権を持たぬ、名誉職の円卓のみを残すという事でもあった。
騎士王が嫌ったのは『責任の分散』である。円卓などという話し合い倶楽部などに責任は求めていない。国の最高意思決定機関を標榜しているが、円卓の騎士に叙される秘された条件に、『政治に無関心で王に忠誠を誓った騎士である事』という項目があった。例外がアグラヴェインとケイだが、彼らの本質的な職責は騎士ではない。そんなアグラヴェインとケイも、騎士王に背く事はないと言えた。つまり彼らの内に、騎士王の決定に異を唱える者はいない。
諫言はするだろう、意見も言う。
しかし国の意思を決める者が複数いてはならない。それで政治を回せるほど人類は成熟していないのだ。個人ではそうでもないが、騎士王は人という種の全体に対する評価は辛口であった。
騎士王伝説にて騎士王が行なった政治の掌握術は、後世の君主らの多くが参考にした。特に中央集権を目指した王は、ユーウェイン王の策を真似、自ら孤児院を開いて、集めた孤児を自身に忠実な人材へと育てたのである。未来の王達が求めたのは騎士王と同様、忠誠だったのだ。
――イングランド統一戦争で円卓の騎士が3名欠けたが、許容範囲内の犠牲である。
敵軍の精鋭4000も壊滅させ、騎士王の中では完全勝利だったと結論付けられた。
犠牲の内容的に表向きは辛勝でしかないが問題ない。元々500人の騎士隊は、
騎士王は戦勝を宣言し、
事此処に至れば勝機は皆無。彼は数十年前の『ゲルマン民族の大移動』と同じく、ブリテン島に居た全てのアングロ・サクソン人へ勅令を発し、ブリテン島からの撤退を実施。反発する者らは置き去りに、シンリック王に従った者達は大陸へと退去していった。
――斯くして彼は失地王の蔑称を人類史に刻み、歴史に名を残す敗者に堕ちたのだ。
歴史はシンリックを讃えない。ただ騎士王と対立した国の王として、みすみす『叛逆/忠義』の騎士アンジェラを死なせた無能だと謗られることとなる。
彼の晩年は虚しいものだった。長年付き従った騎士に背中を刺されて死んだのだ。積年の苦労と苦悩の連続で、積もりに積もった反感が騎士に王を弑させたのである。
――アングロ・サクソン人の多くが去ったが、彼らとて素直にブリテン島から退去しようとしていたわけではなかった。寧ろ過半数が最初は反発し、当たり前の顔をして居残ろうとしていた。
だがブリテン王が島に居残るアングロ・サクソン人を慰撫し、血の同化を目指すつもりはないと断じた。実際に捕らえたサクソン人らを最下級の労働階級に位置づけ、彼らを虐げているのを見聞きした故に、サクソン人達は騎士王を悪魔と呼んで恐れ、王に従い退去したのである。
それでもアングロ・サクソン人の数割は残った。大移動について行けない老人や、病に犯された者達と、ブリテン人に対抗しようとする不穏分子達が残ったのだ。しかし彼らにできる事はなかった。
彼らはブリテン人の下、粛清や搾取される側に巡り――この禍根がフランク王国、後のフランスへと浸透したアングロ・サクソン人の恨みとなって、千年の時を跨いで醸成された敵愾心が百年戦争の引き金になるのだが……それはまた別の話だ。
ともあれシンリック王に従いアングロ・サクソン人の大半は去った。ブリテン人たちは数十年に亘り居座った侵略者を、完膚なきまてに見事打ち払った騎士王を讃え、最後の繁栄に浸ることとなる。
時は西暦488年、5月。
サクソンとの戦いに決着がついてから、3年もの月日が流れていた。
† † † † † † † †
「ハッ……ハッ……ハッ……」
完璧な礼節を身に着け、理想的な騎士道の体現者となった、眉目秀麗なる美青年がらしくもなく息を乱して走っていた。
処は白亜の王城キャメロットである。穢れなき理想の城には神聖な空気が漂い、しかして人の心を圧さぬ穏やかな風情を醸している。そんなキャメロットの大理石の床を、乱暴に蹴りながら走る様は酷く調和を崩しているようで、青年とすれ違った騎士や文官は眉をひそめた。
常ならば青年とて体面を考え、騎士らしく振る舞っていただろう。だが今の彼にはそんな精神的余裕は微塵もなかった。頭にあるのは『これからどうしたら』という混乱ばかりであり、直面した問題を解決する為に知恵を貸してもらおうと、御方の許へ駆けている最中だった。
「あ、こら! 待ちなさーい!」
そんな青年を呼び止めたのは、青年よりも頭一つは身長の低い少女だった。
青年が不調法な有り様を、すれ違った誰もが諌めなかった点から、彼が高貴なる血筋や家格を有する者であるのは想像に難くない。にも関わらず平然とその青年を叱りつけるように呼び止めた少女に、青年は思わずビクリと肩を動かし立ち止まった。
振り返った青年の許に駆け足でやってきた少女は、裏地に深紅の生地を用いた黒いマントと帽子を被り、純白の礼服を着込んでいる。手には魔杖――腰に巻いたベルトには後ろ手に宝剣を差し、すらりとしたラインを描く両脚は黒いストッキングで包まれていた。
少女の名はリーリウム・ペンドラゴン。騎士王の顧問魔術師であり、王妃の三つ子の妹で、王の愛妾の一人だ。純粋闊達な印象のリーリウムは青年の前で眉を怒らせ、腰に手を当て説教をしてくる。
シュールな絵面だ。長身の美丈夫が、自身よりかなり小柄な少女に叱られているのだから。だが当事者はおろか第三者からしても不自然ではなく、むしろ自然で当たり前な光景であった。
「もうっ! 通路を走ったらいけないでしょ!
「お、叔母上……! いったい何時の話をなしておられる。私ももう
「へ? あっ……あぁ〜……そっか、そうだよね、そうだった。
そう言って気まずげに苦笑し、頭を掻くランスロットの義理の叔母。
彼女の言葉は正しい。リーリウムは今年で23歳となり、6歳となる娘がいる一児の母でもあった。ランスロットはそんな叔母よりも15歳年下であり、本来は彼女の言う通りの年齢の筈だった。
だが現実にランスロットは青年の姿に成長している。魔術による幻などではない、ランスロットは確かに18も齢を重ねていた。一体何故なのか――それはランスロットの育った環境が原因だ。
彼の育ての親は湖の精霊ダーム・デュ・ラックである。そんな彼女の棲家である湖の奥底は異界であり、時の流れが倍以上も現実世界より早かった。故にランスロットは現実時間だと8歳のはずが、18歳という立派な大人になってしまっていたのだ。
これに
ダームとて悪意があった訳ではないから始末に負えない。彼女にとって人の一生分の時間など、有って無いようなものという感覚だ。時の流れに無頓着である、人外の不老種の弊害だった。
外界と現実の時間差を失念していたダームは顔を青くしていたが、湖の騎士ランスロットは育ての母を怨んでいなかった。彼女の下で修行を積むのは彼自身が選んだ事であるし、そもそも恨んでいるなら『ランスロット・デュ・ラック』などと名乗りはしない。
ランスロットは早く大人になりたかったのだ。最初は単純な少年心から英雄に憧れ、国の為に日夜奮闘する父母を尊敬し、父母達の力になりたくなった。今もその想いに翳りはない。
狭い世界で育ったという自覚はある。我ながら愚直で、他の事に目を向けずに駆け抜け、生き急いでいる自覚もあった。だが――ランスロットは憧れたのだ。稀に会える義理の父に勇気を出してねだり、噂の剣技を魅せてもらったその時に。――綺麗だと、思ったのだ。
義父の振る剣の、なんと美しきことか。自分もその剣に触れたいと思い、幼き頃のランスロットは目を灼かれた。いつか義父のような剣を振るってみたいと――英雄願望はそのついで。あくまでもランスロットにとっての英雄は義父であり、憧れに近づきたいと思った故の渇望だ。
しかしランスロットは湖の貴婦人の英才教育を受け、剣技のみならず知恵にも長じている。義父のような大人になりたい、だがそのためには経験が足りないと判じられるほど理性的で冷静であった。
故にランスロットは父の許しを得て一年間遍歴し、ブリテン島を巡って旅をしたのだ。実際に自分がどんな人達を守るのか、何が倒すべき悪徳なのかを見聞するために。
「……叔母上。申し訳ありませんが、私は急いでいます。父上に……我が王に相談したき儀があります故……」
「あ、そうなんだ? 今はやめといた方がいいと思うけどなぁ……なんならわたしが相談に乗るよ? ねぇねぇランスロくん、
「……うん。ママ、凄いもん」
呼ばれて
王女グウィネス・ペンドラゴン、6歳。王女だが王位継承権は無い。
グウィネスは幼少期の母と瓜二つの容姿であり、違いと言えば父譲りの琥珀色の瞳ぐらいなものだろう。愛らしい義理の従妹は、母リーリウムにベッタリのお母さんっ子であった。
子供ゆえの盲目的な親への信頼。純粋で曇りのない心が、信じられないほど大きくなってしまった義理の従兄を怖がっているようだ。現実世界では一ヶ月に一度会っていた……可愛い義妹にそんな目で見られるのは辛くはあったが、青年ランスロットに後悔はない。
共に過ごし、共に成長していく時間を手放したのはランスロットだ。2歳しか変わらないはずの義兄が、早々に大人になってしまった現状を薄気味悪く感じ、敬遠されても仕方ないと割り切っていた。
「グウィネスがそう言うなら、叔母上に……いえ、やはり父上へ先に相談させて頂きたい」
ともあれ割り切っているからと関係改善を諦めるランスロットでもなく、思い直して容姿で言えば年下にしか見えない叔母に相談しようとしたが、その肝心の相談内容を思い返して顔を暗くさせる。
「あー……もしかしてデリケートな話なのかな? なら仕方ない。無理に聞き出そうとはしないから安心して。でも走ったりしないように! 人にぶつかったりしたら危ないんだからね!」
「はい。気をつけます。……グウィネスも、久し振りに顔を見れてよかった。また今度ロオ達を交えゆっくり話そう」
「……うん」
「あ、ランスロくん。ちなみに今ユゥさんは――って聞いてないや。やっぱりそそっかしいなぁ」
流石のリーリウムも主を兄さん呼ばわりするのはやめて、私的な場では愛称で呼ぶようになっていた。母が夫を兄呼ばわりするのは、甥っ子と娘の情操教育上よろしくないと思ったのだ。
リーリウムが忠告しようとするも、ランスロットは頭を下げ早足に立ち去ってしまっている。こちらの言葉も聞こえなくなるほど急いでいたらしい。嫌な予感がするなぁ……と、リーリウムが不吉なことを呟くと、グウィネスは母の背中でビクリと震えた。
母の勘はよく当たる。それこそ予言者のように。そのことを幼心にも察している辺り、ブリテンの騎士王と
湖の騎士は王の居室の扉を、規則正しく、弱すぎず強すぎない加減でノックした。
純黒の礼服を纏っている若きランスロットの胸にあるのは、猛烈な緊張感。今にも吐いてしまいそうなほど顔色が悪い。彼は父を尊敬しているし、我儘で育ての母の下で過ごす事を許してくれた事に感謝もしている。さらなる我儘で、各地を遍歴させてもらえた事に関してもだ。
腰に帯びた剣は、元は先程遭遇した叔母リーリウムの宝剣の一振りであり、それを湖の貴婦人が預かって、星の内海で鍛え直し聖剣の属性を得た、生きながらにして生まれ変わった神造兵装である。
本来はリーリウムの攻撃魔術の切り札になるはずだった宝剣の元の銘は、クラウ・ソラス。そして磨き抜かれた鏡の如き刀身を得て、湖光を宿した聖剣として得た真名は
後世の創作だが、『ローランの歌』にて主人公ローランはユーウェイン王の剣を使ったとされる。そして彼の親友オリヴィエがランスロットの剣を用いたとされていた。
ランスロットの聖剣は、どんなに軽い一撃でも森羅万象、魔性のモノ問わずに滅ぼす、人外への特攻判定を有し。一度真名を解放すると発される閃光の射程は世界を3周すると評された。悉くが前身クラウ・ソラスの力だが、聖剣に進化を果たす事で強化されていた。
聖刀オートクレールの形状はランスロットたっての願いで、ユーウェイン王の極刀ドゥリンダナに似せて作り変えられている。一年間の遍歴の最中でランスロットは聖刀を振るって邪竜を斬り、独りで行動していたピクト人の残党を斬り捨てたものだ。しかし武勲を稼ぐ助けとなったそれが、今はとても頼りなく感じてしまう。或る事件に巻き込まれた彼は恐れていたのだ。
父に相談すると言っても、本心では叱られると思っているのである。尊敬する父に叱責される情景を思い描くだけで、彼は胃がキュッと縮む心地を味わわされた。しかし、言わぬ訳にもいかない。
「ランスロットか。入れ」
「……は」
名乗るまでもなく特定されるが、驚きはない。義父の領域に入れば、如何に凄腕の暗殺者であろうと気配を察知されるのだ。義父の斬撃圏はキャメロット全域を覆って余りある。ランスロットが帰還した時には既に気づかれていただろう、尋常な様子ではない事が。
ランスロットはしおらしく応答し、扉を開けて入室する。
王の居室は――なんというか、質素だった。何もないわけではない、机や椅子、筆や剣立て、家臣に贈答された壺、鏡などが飾られてはいる。しかし全体的に贈られたから飾っている、という程度の配慮しか見られず、それ以外では整理の行き届いた無趣味な富豪の部屋という風情だ。
それすらも、王という位がなければ不要と断じられ処分されているだろう。ランスロットは当たり前のように居室にやって来たが、相応の身分や許可が与えられた者以外、足を踏み入れる事は許されていない。故に王の居室に招かれた者向けに、装飾が施されているだけだ。
ブリテン王ユーウェインは何をするでもなしに、ガラス張りのテラスのドアを開いて、その手前に置いた椅子へ腰掛けていた。
金糸で獅子の頭を刺繍された黒衣を纏い、手近の
永久に老いぬ身だ。加齢による威厳を得られぬ為、わざと背中に垂れるほど伸ばされている灰色の髪は束ねもせず、ゆらりと肢体を弛緩させ寛いでいる。しかしそんな威厳など気にしなくとも、大王の姿にはえも言えぬ神聖さと、浮世離れした超常的な深みがあった。
彼がランスロットの義父、ユーウェインである。実父ベンウィックのバン王より同盟の証として差し出され、養子として引き取らせていながら、彼は王としても人としても、そして親としてもランスロットを慈しんでくれていた。物心が付いて以来、会う度に剣の稽古をせがむランスロットに嫌がる顔一つ見せず、疲れるまで相手をしてくれたものだ。
そんなユーウェインの傍らの椅子に腰掛けているのは、王妃アルトリア・ペンドラゴンだ。ランスロットの義母である。叔母のリーリウムの姉で、リーリウムやもう一人の叔母オルタと同様、少しも老いることを知らずに少女の姿のまま存在していた。
ブリテンの赤い竜と称される勝利王。武勇に於いては円卓の騎士の中でも上位に位置し、政略に於いては民を慮った仁政を敷いている。恐ろしいまでに無欲で、彼女が他人の前で微笑んでいるのを見た者は殆どいないという。くちさがない者は『女王陛下は人形のようだ』と噂していた。
だがランスロットは知っている。アルトリアは『他者が幸福である様を見て微笑む、他人が路傍の石とみなすものに幸福を見い出す』聖者のような気質の持ち主であることを。
彼女もまたランスロットが最上の敬愛を捧げる御方だ。なにを隠そうこのランスロット、どこに出しても恥ずかしくない立派なファザコンであり、マザコンでもある。最高の男性らしさの象徴が父で、理想の女性像が母だと憚らずに公言しているほどだ。両親のためなら例え火の中水の中、ランスロットはあらゆる艱難辛苦を踏破して忠を尽くすだろう。
「……両陛下、急な帰参と不調法なる参上、お許しください」
「ああ、ああ、そういうのはいい。やめろ、煩わしくてならんだろうが。他人に影響しないところでまで王様なんぞやってられるか、適当に崩せ」
騎士の礼をして傅くランスロットに、ユーウェインが鬱陶しそうに顔を顰め手を振る。アルトリアが苦笑し、ランスロットも硬い顔のまま微かに笑った。
母が言うからには、数年前までユーウェインは私的な場でも頑なに王に徹していたらしいのだが、イングランド統一戦争が終結したのを契機にしたのか、プライベートな空間だとこうして素を見せるようになったのだという。以前までのユーウェインならランスロットの無礼も赦さず、そもそもランスロット自身も無礼を働くという無意識の甘えを見せる事もなかった。
そうした変化を、アルトリアやリーリウム、オルタは歓迎している。彼女達の子供達も実の父を恐れていたらしいが、心境の変化を経て軟化した父に懐くようになった。現に、二人の間には七歳になる王太子ロオ・モナークがいて、ユーウェインが傍にいるのに緊張した様子はない。
王という『仕事』はクソ面倒くさい、なんて事を平然と言い放つユーウェインには、アルトリアもランスロットも、慣れているとはいえ笑うしかない。
「で。ランスロ、何か俺達に言うことがあるんじゃないか?」
端麗な美貌は、白馬の王子様然としているが。香り立つ色香と超越者の威厳が自然と流れている故に、白馬の王子様というより黒馬の魔王様といった印象である。水を向けられたランスロットは頷いた。そして3人に向けて、複雑な表情のまま挨拶を口にする。
「――ただいま帰りました、父上、母上。それから……ロオ」
「おかえり」
「おかえりなさい、ランスロット」
「……おかえり、ランスロ。帰ってきたんだな」
暖かく迎え入れてくる両親とは打って変わり、ユーウェインを幼年期に戻したような金髪碧眼の少年は、冷たい目でランスロットを横目に見遣っていた。おかえりと言う時だけ視線を寄越し、その一瞥の後にはそっぽを向いている。嫌われたものだ。いや、グウィネスと同じか。
ランスロットは精神的に弱っているため、矢鱈とショックだった。可愛い弟妹達に他人みたいな態度を取られると、仲良くなってみせるという決意があっても傷ついてしまった。
人知れず悲しんでいるランスロットを見かねたわけではないが、にやりと口角を上げたユーウェインがロオに囁く。
「ロオ、外向きの顔をしろ。練習の成果を
「――!? ……はい、父上。……こほん――おかえりなさい、兄上! 今度はどちらにまで行かれていたのですか? 兄上の旅の話を聞かせて下さい!」
「!? ろ、ロオ……?!」
父の囁きを受けた途端だった。ロオが子供用の椅子から立ち上がり、ランスロットの許に駆け寄ってきたかと思うと、天使と見紛う無邪気な笑顔で挨拶をやり直した。
完璧な笑顔である。年相応の子供らしいのに、年不相応な奥行きのある笑顔なのだ。同じ人間でありながら棲む世界が違うかのようですらある。別人かと疑ってしまいそうな豹変ぶりは、すなわち政治の色彩が色濃く反映されていて――動揺したランスロットは固まってしまう。
そんな様にユーウェインは声を出して笑い、アルトリアは苦笑を深めて夫を諌めた。
「ユーウェイン、突然他の者を巻き込むのは感心しませんよ」
「ん……たしかにそうだな。ロオ、もういいぞ」
「はい。……ベェッ!」
「やめなさい、ランスロットはロオの兄でもあるのです。アニルやグウィネスの手本になるんでしょう? なら弁えるように」
「はーい……」
「さあ、こちらへ。どうやらランスロットはユーウェインに用があるようなので、私と別室に移り勉強の続きをしましょう」
「……はい。分かりました、母上」
舌を出して義兄を嫌っている事を示すロオを、アルトリアはやんわりと窘めて、ロオの手を取り退室していく。彼女もランスロットのただならぬ顔色に気づいたらしく、そして彼が意見を求めているのが『同じ男』であると判断したらしかった。
母の気遣いに感謝するランスロットだったが、そこで
間が悪いにもほどがある。居たたまれなさそうに身動ぎし、ランスロットは父の顔を見た。
「さぁて……席が空いたな。掛けるといい、ランスロ」
怒ってはいないようだ。
いや、怒るわけがなかった。ロオとアルトリアと過ごすのは久し振りだったのかもしれないが、ランスロットと対面するのも久方ぶりである。一対一で話すのもいいと思ったのかもしれない。
ランスロットはぎこちなく椅子を動かし対面に腰掛ける。騎士としてではなく、ただのランスロットとして。義理の――否、もはや本当の父親そのものである男と相対した。
「それで? 一年ぶりに話すんだ、穏やかに談笑するのもいいが……随分と慌ただしい帰還だったな。何があった?」
「……」
「ランスロ。なあ……ランスロ。お前を育てたのはダームだ、俺からお前にしてやれた事は少ない。たまには俺に、お前の父親らしい事をさせてくれ。でないと俺は恥ずかしくてお前の父を名乗れん」
固くなったまま言い出せず、沈黙した。ユーウェインは話し出すまで待ってやろうかと思ったが、すぐに待ちの姿勢はやめる。彼はランスロットの気質を理解していた。
他の事なら果断であるのに、妙なところで判断力がないのである。……昔の自分を見ているようで、ユーウェインは背中が痒くなってしまい、このなんともいえぬ沈黙に耐えられなかった。
ランスロットは重苦しく、緊張を孕んだ貌で対面の父を見る。そんな貌をすると、まだ少年だった頃の名残が見て取れて、ユーウェインはなんとも懐かしい気持ちにさせられた。
しかしそんな懐古の念も、ランスロットが重々しく口火を切るや、薙ぎ払われてしまう。
「……父上」
「ああ」
「父上……私は……どうすれば……」
「どうするかを決めたくて相談したいのだろう。溜め込まず一気に言ってしまえ、引きずるとその分余計に言いづらくなるばかりだ」
よくない言い方かもしれない。
しかしことランスロットに関してなら覿面な物言いである。
生真面目で堅物な青年は、父がやんわり急かしてくれたお蔭で意を決し、ランスロットは半ば叫ぶようにして言ってしまった。
「実は……実は……! 父上……私に、
胸に溜まりに溜まったものを吐き出したランスロットに。
ユーウェインは、真顔になっていた。
ひとつ言えるのは、ランスロットに過失は微塵もない。完璧な被害者である。
最終章開幕記念に感想ください(厚顔)