獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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お待たせしました。

NICHOKOOLさんからユーウェインの現戦装束の挿絵を頂きました!
本話にて使用させて頂いてます。あと本作の表紙的な感じで載させてもらいました。
すげぇカッコいいので是非ご覧ください。


72,子の想い、親は見て

 

 

 

 

 

 昨今のブリテンでは『如何に文化的か』を競い合う風潮がある。だが離れた位置から見ている者から言わせてもらうと、些かばかり迷走しているきらいが見受けられた。

 

 粗末な楽器を作ったり、稚拙な作詞と作曲をしたり。歌を唄ったり。中には音楽以外の何かをしてみようと奇天烈な事をしでかす者もいた。結構な事だ。貧富や身分の別なく、大衆は楽しんでいる。

 音楽以外はまだ形になっていない故に、目がいくのはどうしても音楽文化になる。彼らが題材にしているものは、平民の平凡な日常や、英雄譚の華やかな物語など多岐に渡っていた。

 楽しい歌、悲しい歌、嬉しい歌、不安を煽る歌、ブリテンで誰かが歌わない日はない毎日が続いている。その様は実に牧歌的で、夷狄の脅威に怯える必要のなくなった毎日は、順調に人々の心を豊かにしていっている気がした。気がするだけで、まだまだ表面上なものに過ぎないが。

 しかし表現を楽しむ事で、彼らの感性はやがて贅肉に覆われ。心が肥え太り豊かになったなら、人々の心は次第に平和を愛し、争いを憎むようになるはずだ。希望的観測だが、なれば良いなと思う。

 

 人々がこうも音楽に熱を上げているのは、客観的に分析すると、彼らの間で娯楽となるものが少ないからである。しかし()()ばかりではいつか食傷気味になるだろう。飽きがくるのだ。

 どう考えても、ジャンルが貧弱過ぎる。もっと多様性を持つべきだ。

 多様性は人の視野を広げる。視野が広がれば今ある禍根も乗り越えられるはずだ。国民感情を考慮し、島内のサクソン人は弾圧しているが、心が豊かになりさえすれば融和を目指す声も出てくるはず。

 尤もそれは何年後になるかは分からないが……百年か、それとも千年か。或いは千年経っても敵愾心を受け継ぎ続けるかもしれない。だがいつかは平和を求める声が必ず出てくる――と、良いなぁ。

 やはり希望的観測にしかならない。ならないが、今できる最善を選び続けているつもりではあるのだ。これ以上はどうしようもない。もっと冴えた方法を思い付けて、しかも実行できるなら、是非ともブリテン王の王冠を引き受けてほしいものだ。

 

 さておきユーウェインは王だ。統治の一環として国民の些細な不平不満の矛先を逸し、自浄作用的にストレスを発散できる娯楽を考えるのも仕事の内だ。だがなんでもかんでも無から生み出すのは不可能とは言わないにしろ、かなり知恵を絞り時間を掛ける必要がある。

 なら最初からあるものを国に齎すべきで、それを可能にする手はすぐに思いついた。

 ずばり外国に求めるのだ。有り体に言えばローマから引っ張ってくる。そうする事で国交を結び、ローマを次の仮想敵にせざるを得ない現況の緊張を緩和したい。ローマがブリテン島への野心を見せ始めているとの報告があるのだ、時がある内に打てる手を打っておこう。

 少なくとも、ローマと戦争をするのは、今はだめだ。国内は盤石だが、如何せん戦力の数が少なすぎ、質が低すぎる。なんでもかんでも英雄級(ヒーローユニット)の駒に頼り過ぎては次代に続かない、全体の平均値を上げる為にも富国強兵を目指さねばならなかった。

 ローマと戦争をするにしても、それは少なく見積もっても十年は猶予がほしい。基督教の都合の良い部分の教えとしての『産めよ増やせよ地に満ちよ』を実践させ、かつ庶子の管理や絶対に出てくる孤児の受け入れ先を用意せねばならない。特にこの庶子と孤児、これらを受け入れ親権を剥奪し、高度な教育を施せば……国と王への忠誠心に厚い、有能な働き者としての騎士や文官を育成できる。最初は赤字にしかならないだろうが、長い目で見ると必ず採算は取れる。子供を救済する慈悲深き王という名声も得られるだろう。

 

 ユーウェインは外交を任せているケイに命じ、ローマから文化を輸入した。石膏を用いての彫刻や、絵画、建築など見るべきものは山ほどある。どれか一つでも国民の琴線にヒットしたら儲けものだ。まあどれも金と時間が必要になりそうだから、富裕層向けの娯楽になりそうだが。それならそれで良い、金を持っている人間ほど煩いのだ、趣味に没頭し静かになってくれたらよかった。

 しかしローマから意外な要求が来たのにはユーウェインも戸惑わされた。なんと、ローマから絵師が来るから、その者にユーウェインの肖像画を描かせてほしいと要請されたのである。ローマ皇帝ルキウス直々の要望らしく、ケイも断れずユーウェインの判断を求めてきた。

 まあ、モデルになるぐらいなら良いか、とユーウェインは妥協する。ローマから招致した絵師は、信頼できる騎士ラモラックに護衛させる事にする。ブリテン人からの襲撃があるかもしれないからだ。

 

 ブリテン人は過去を忘れていない。ローマへの国民感情は、古の勝利の女王ことブーディカへの仕打ちからマイナスで固定されている。ユーウェインは女王ブーディカと同じケルト人イケニ族だが、別にローマへの隔意など寸毫たりとも懐いてはいないのだが……。

 ブーディカはユーウェインの祖先に当たる。その祖先が受けた悪辣な仕打ちに関して思う処がないとは言わないが、当事者達の死に絶えた現在にまで悪感情を受け継がれると迷惑だとしか思わない。

 ブリテン人は視野が狭く、同時に身内での争いに余念もなく、もっと言えば直接的に暴力を振るいたがる、ピクト人ほどではないが野蛮人だ。故にローマからの客人には護衛が必須なのである。

 

「私の戦装束もモデルにしたい……?」

 

 やって来たのはローマでも随一の腕前を誇るという絵師だった。

 暫くモデルとして立っているだけで、数時間掛けて描き終わった初老の男が言うのに戸惑わされる。近衛のオルタに視線をやると、オルタは我関せずとばかりに無表情を保っていた。

 絵師の男は熱の籠もった目で見詰めてくる。断ってもいいが……別に見られて困る事もない。断る理由が特に見当たらなかったユーウェインは嘆息して、魔力を解放し甲冑を形成する。

 

 これだけでは絵面が寂しいので、一応ユーウェインの性質に触れた事で変質した極刀も喚び出しておく。

 

 極刀は形状こそ変化しているが、元が英霊ニコールの宝具故に現実には残り得ない非物質なのだが、ニコールの霊基を譲渡され取り込んだ事でユーウェインが存命の内は現世に残留する。

 あのニコールは、昔ガニエダに聞いた魔術概念『境界記録帯(ゴーストライナー)』に記録された英霊だ。英霊の座なるものに招かれた当人の分霊、差し詰め使い魔(サーヴァント)とでもいう奴だろう。

 その霊基を取り込んだ関係上、今のユーウェインはデミ・サーヴァントとでも言うべき状態なのかもしれない。ニコールが立ち去らない限り、霊基が消える事もないはずだ。ロマンのある言い方を敢えてするのならば――友は常に我が身と共にある、とでも言えばいい。

 ロマンを抜きにして一番大きいのは、ニコールの霊基が進んで人類悪の呪いを半分引き受けてくれている事だ。お蔭様で死人から半死人に回復できた。日常生活では何も苦にならないほど体調が良い。心苦しくはあったが今は友の厚意に甘えさせて貰っている。

 

 特にポーズも取らず突っ立つ。そうしているだけだが、絵師は目を血走らせ取り憑かれたように筆を払い出した。その様はまさしく一筆入魂――何かが彼の琴線に触れたらしい。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「ほう……」

 

 出来上がった肖像画を見て、オルタが感嘆したように吐息を溢した。

 良い出来だ。そこに関してはユーウェインも認めざるを得ない。同時にローマの国力が透けて見えた為、一概に感心してばかりもいられなかったのが辛いところだが。

 何せ……これほどの絵を描ける者が出てくるほどローマの文化は成熟して、なおかつ生活できる域にあるのである。比例して国力の強大さが垣間見えた。

 会心の作だと笑みを浮かべた絵師を下がらせる。疲れたのだ。流石に合計6時間も絵のモデルをしていると気疲れしてしまう。ユーウェインは嘆息し、どこか心あらずといった様子のオルタへ言った。

 

「なんだ。絵に関心でも湧いたのか?」

「はい。あの男の絵は見事でした。絵心を磨くのもいいかもしれないと思わされるほどに。私自身が無趣味ですし、アニルの成長に伴い世話に掛かる時間も減ったので、これを機に筆も執ってみようかと」

 

 まさかの返事だ。

 目を瞬き、まじまじとオルタの白皙の美貌を見詰める。

 思い返すまでもなく、オルタは仕事人間だった。常よりユーウェインの傍に侍り、睡眠時は無防備になるユーウェインの為、毎夜寝ずの番をする夜型の生活になっている上に、護衛の要らない時は寝ているか休んでいるか、時間が空いていれば後進の騎士を鍛えているかだ。そこに加えて自身の鍛錬や子育てもあって、普通の人間なら過労死しているだろう。

 休めと言っても聞かないオルタが趣味を持とうとしている。嬉しくなって、彼女の意思を尊重し手厚く補助してやりたいと思った。露骨だと固辞されてしまうので細やかになりそうなのが辛い。

 

 せめて魔術師でも精霊でもなんでも使い、筆と絵の具を造らせ贈呈しよう。公私混同だろうと後ろ指を指されようと、無欲が過ぎて報いようがないオルタに対する日頃の礼だ。

 

「そうか。それは素晴らしいな。態々ローマくんだりから客人を受け入れた甲斐がある。気が向いたらでいい、いつかオルタの描いた絵を見せてくれ」

「うっ……そ、そう期待されても困りますが……分かりました。そうですね……いつか皆の集合絵や、個々の肖像画も描いてみたいと思います。あの男にも敗けない腕を身に着けてみせましょう」

 

 一瞬気後れした表情を見せたオルタだったが、自身の描く光景に思いを馳せたのか、遠くを望むような目をする。豪快な剣技で誤解されがちだが、オルタは忍耐強い反面、繊細な側面もある。すぐにとはいかないにしろ、10年後には一流の技術を身に着けている可能性はあった。

 

「楽しみだな。だがそう急ぐなよ。オルタが楽しめねば意味がない」

「はい」

 

 硬い美貌が微かに綻ぶ。

 ユーウェインは時々見る事のできるオルタの笑みが好きだった。鋼鉄の女と揶揄される女騎士の素顔は、他者からの印象を裏切る魅力的なものだから。

 人知れずユーウェインは目を細める。

 国民は想像もしていないだろう。しかしこの平穏が次なる戦争への準備期間であることを王と側近は知っている。だが例え一時の平穏でも尊びたい――この想いは、間違いなんかじゃないだろう。

 

 ――後年発掘され、後々まで作者や被写体の正体が不明だった『騎士の一家の集合絵』と個別の肖像画。まるで写真のようだとすら言われる精緻にして精巧な絵画は、ユーウェインの日記により全てが明らかとなると、世界遺産に認定される品となった。当時の技術力ではどう足掻いても作り出せないはずのその絵は、ブリテンの神秘と讃えられ日夜研究の題材になっているという。

 

 近衛騎士オルタが描いて遺した絵画は、後世の万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチすらもが唸り、絵画の出来に感嘆したと伝えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年に一度開催される円卓の騎士選抜大会。

 

 其れは身分や出自、年齢や性別すらも問わず栄光を掴める、立身出世が最も分かりやすい形で実現される夢の舞台だ。

 

 とはいえ大会への出場条件を満たすだけでも相当に難しい。

 最初にあるのはまず書類選考、次いで身辺調査、最後に面接。円卓の騎士は騎士道の体現者でなければならず、品行を確認し犯罪歴の有無も明らかにし、身辺が白くなくてはならない。

 それらをクリアして初めて大会への参加資格を得られるのだが、上位に入賞する事すら困難だ。何せ前任の円卓がそのまま大会に出場している、彼らを押し退けて円卓に列されるのは至難である。

 穴埋めで円卓の騎士になれる事はない。別に規定十三席を埋めなければならないという決まりはなく、故に今まで十三人が揃った事は一度もなかった。

 イングランド統一戦争から三年、欠員が出た円卓の面子が一度も変わっていないことからも、円卓の座が如何に遠いかが伺い知れる。今度もそうなるだろうと多くの者は考えていた。

 

 ユーウェインや彼と近しい者達だけは、一人は確実に円卓へ上がってくる者がいるだろうと思っていた。その予想を裏切ることなく、大会にて勝ち上がってきたのは――湖の騎士ランスロットだ。

 今回は二十一期となる騎士の頂点を選出する大会。彼は大会前試験を過去最高得点で突破し、獅子奮迅の活躍を見せ参加者を蹴散らした。蹴散らされた者の中には前任の円卓の騎士ケイ、アグラヴェイン、ベティヴィエールもいた。妥当だなと王は思う。

 言っては悪いが、ケイら三人は弱い。英雄や騎士としてなら上等な武力だが円卓としては不足気味と言える。別の時代なら国一番の英雄として名を馳せることも夢ではなかっただろう。

 しかもランスロットの気合が強かった。何せ彼は大会前に王へ願い出ていたのだ。『我が王よ。此度の大会で私が優勝した暁には、()()()()()()()()()()()()()()()()()!』と。ただでさえ実力に差があるのに、試合に臨む気迫すら段違いであれば勝敗は明らかだ。

 

 表向きにはまだ、エレインの罪を明かしていない。故に王は駄目だと言わなかった。

 

 しかし傍から見ても王が歓迎していないのは明らかである。観覧席の上座に座る騎士王の近くには、王妃ではなく顔を土気色にした美女エレイン姫がいるが、彼女はあからさまに怯えていた。

 王は婦女子に優しい。騎士道の提唱者にして体現者、騎士道そのものであるユーウェイン王が女性に優しくしないなど有り得ない。また、女性が騎士になる事も王妃の件もあり認めている。

 この時代では極めて異例なことに、就労の制限が緩いのだ。そんな王が厳しい目を向けている、観戦者の誰もが何かあったのだと察していた。

 ランスロットへのしでかしを反省せず、逃げ出したランスロットが戻ってきた時は歓喜していたエレインだったが――王の召喚命令を受け、あからさまに王に睨まれた事で、彼女は初恋の熱にのぼせていた頭へ冷や水を浴びた心地になっている。特に咎められはせずとも、超常的な威圧感の持ち主である王の非友好的な眼差しを受けて平静を保てる程、エレインの肝は太くなかったのだ。

 

 ランスロットはエレインを妻として娶る覚悟を決めた。彼自身はエレインを愛してはいなかったが、愛する努力をしていこうと考えたのだ。どうしても無理だと思わない限り離縁しないと腹を決めた。

 そんなランスロットに免じて、今のところは事を荒立てていない。だがしかし――義父であるユーウェインが王として慈悲を示すには、ランスロットがこの大会で優勝せねばならない。

 それが慈悲を引き出す条件だ。

 さもなければエレインは修道院行きである。子供とも当然引き離す。王としての決定だ、一度裁定された結末が覆る事はない。エレインはそんな人生の終着点を恐れ、それ以上に自身のやった事が厳罰に値する罪なのだと自覚し、自分自身の行為に怯えている。

 

 己にランスロットの勝利を祈る資格はない。エレインは土気色の貌で奮闘する青年から目を逸らしていた。彼を直視する勇気が持てないのだ。だがしかし――聖刀を握るランスロットに惑いはない。

 決めたのだ。どんなに倒錯した始まり方でも、これは運命だと受け入れ、逃げずに相対しようと。その後で今後の動向を決めても遅くはない。その為にはまず()()()必要がある。始まらなければ、終わらせることすら出来ないのだとランスロットは決意した。

 だが決意だけで勝てるほど、円卓の騎士達は弱くない。力と技で競い、先を読み合い現実の戦いを制すること。求められているのは想いではなく、現実に得る勝利なのだ。

 

「中々やる……ランスロめ、(がら)を一枚上げたな」

 

 故に――ユーウェインは闘技場にて繰り広げられる激闘に感嘆した。その選択に賛意を示す気は公私ともにないが、特殊な成長を遂げた息子が男としての格を上げたのを認めて密かに相好を崩す。

 

 現在トーナメント形式の大会でランスロットと熾烈な一騎討ちを繰り広げているのは、太陽の騎士ガウェインである。日中では紛れもなく円卓最強を名乗るに足り、前回の大会では魔槍の騎士ラモラックを互角の戦いの末に破り真に円卓最強の名を獲得していた。

 だがランスロットは一歩も引いていない。あらん限りの力を()()、荒れ狂う暴風雨に等しいガウェインの豪剣を捌き切っていた。まるで嵐に揺れる柳の如しだ。一瞬でも気を抜いた瞬間に聖刀を叩き落とされるだろうに、極限の集中力を持続してガウェインの猛攻を凌いでいる。

 激戦だ。観覧席にいる国民や、貴賓席の貴族達も歓声を上げながら熱戦を見守っている。三年前の戦争で竜騎士に敗れて以来、過酷な修練を毎日積んで腕を上げている太陽の騎士も、攻め切らせない若き湖の騎士の技巧に舌を巻き、感嘆しながらも焦りを覚え始めているようだ。

 

(――力も速度も私の方が上のはず……! なのに攻め切れないとは、鳴り物入りで叙勲を受けただけの事はある……!)

 

 怒涛の連撃が悉く脇に逸らされ、いなされ、捌かれるのに、昔日に剣を交えたユーウェインの剣技を彷彿とさせられる。こと技の一点に於いて、湖の騎士は己を遥かに凌駕していると渋々認めた。

 

(ですが、私は誓っているのです。我が王(兄上)に――そして亡き父上に、私はもう誰にも敗けないと! 竜騎士アンジェラ……私が彼女に敗れたが故に父上は討たれてしまった、挙げ句の果てに仇をラモラック卿に討って頂く屈辱を味わった。二度とあんな失態は演じない!)

 

 ガウェインがより一層、攻めに力を込める。ラモラックを相手にした時と同等の、全力を出したのだ。いや――引き出されたのである。ランスロットに。

 魔力が解放され、激化する熱線。宝具の使用すらも視野に入れているのが分かる。太陽の聖剣が俄に日射を放ち始めたのだ。対軍宝具の解放など普通なら認められるわけがないが、円卓の騎士選抜大会では宝具もまた自身の力の一部として使用許可を出している。

 例え太陽の聖剣であろうと、闘技場に張られたリリィの結界を破る事はできないからだ。

 聖剣の鞘を改造し、自身の杖と組み合わせたリリィの結界は、あらゆる物理干渉、並行世界からのトランスライナー、六次元までの交信をシャットアウトする、まさしく守りという点に於ける究極だ。これを破れるものをユーウェインは自らの斬撃以外知らない。

 

 いわばこの闘技場の舞台を囲っているのは聖剣の鞘。ランスロットとガウェインは今、鞘の内部に隔離されている状態に等しい。彼らの戦いの余波で無力な臣民が死傷していないのはそれが理由だ。

 

「――攻めるガウェイン、守るランスロ、状況は膠着しているな。オルタはどう思う」

「はい。ランスロは稀代の才を持っており、陛下の後追いとなって異邦の剣を振るう天稟の剣士です。ゆくゆくはシェラン卿にも匹敵する武勇を得、果ては無窮に至るでしょう」

 

 影のように控える漆黒の女騎士が、ユーウェインの問いに応答する。オルタもランスロットの才気と鍛錬を認めているのだ。だから一線を離れて久しい騎士王の私兵を引き合いに出し称賛した。

 ベルセルクル騎士団の長にして公爵、シェラン・アッシュトン――戦場から離れ畜産業の総責任者となり、ブリテン王国の命綱となった男は、個人戦闘力に於いても最上位に近い。彼女自身シェランを高く評価している為、湖の騎士の評価も伺い知れるというものだ。だが、

 

「しかしガー坊――失礼、ガウェインも私の弟子として鍛錬し、多くの実戦経験を積んでいます。師の贔屓目はありませんが、今はまだガウェインの方が上手と判断します」

「そうか。お前がそう言うならそうなんだろう。尤も、そんな道理も超えられずして何が英雄かとも言えるが。で……奴らは誰だ?」

 

 ランスロットは息子だ。しかしガウェインは弟である。情はどちらにもあった。

 故に贔屓してランスロットが勝てばいいとは思っていない為、オルタの評にさもありなんと頷いたユーウェインだったが、大会に見知らぬ顔があった故に再度問いかける。

 

 するとオルタは微かに呆れたらしい。小さく溜息を吐かれた。

 

『王が忙しなく働いている国は健全とは言えず、王が常に引っ張っていかなければならない国は脆い』として、ユーウェインはケイとアグラヴェインに仕事の大部分を投げている。

 今回の書類選考も二人に丸投げしていた。あの二人の審査をクリアしたなら問題ないだろうと信じてのことだが、流石に大会の参加者を把握していないのは駄目らしい。気まずくなって誤魔化すように咳払いをすると、オルタは呆れながらも説明してくれた。まず指差したのは既にガウェインに敗れ、観戦席にいる大柄な白甲冑の騎士だ。

 

「あちらの白髪の騎士は、ラモラック卿の弟君パーシヴァルです。剣も扱えるようですがメインにしている得物は長槍、武芸ではラモラック卿に及びませんが、実力としてはペレアス卿以上、ペイリン卿未満といったところでしょう。円卓の騎士に名を連ねるに値するかと」

「ああ……若いのによくやるとは思ったが、ペリノアの子か。ラモラックといい、ペリノアの子供達は武力に秀でる傾向にあるらしいな」

 

 勝ったら良いという訳ではなく、敗けても円卓の座に座るチャンスは回ってくる。

 パーシヴァルとやらはまだ十代半ばで、成人を迎えたばかりのようだが、少年の身で健闘していた。今は円卓中位に届くかどうかといった腕前だったが、初参加でそれとは凄まじい将来性である。

 オルタの言うように、確かにあれは有りだ。パーシヴァルの顔と名を覚え、ユーウェインは視線を横にスライドさせる。その仕草が次を促すものと了解したオルタが紅髪の美男を指す。

 

 すると、ユーウェインは今気づいたとでも言うように、まじまじとその青年の顔を見詰めた。顔の美醜は分からないのは変わらず。しかし世間に評価される顔のパーツの並びを見るに、円卓でも随一の美形なのだと判断が付いた。が――そんなものはどうでもいい。

 違和感。

 あれだけ目立つ青年なのに、今の今まで意識に上ってこなかった。ユーウェインは目を細め、違和感の正体を探るも。紅髪の青年は目を閉じ、起きているのか寝ているのか分からないほど静かだ。

 ガウェインとランスロット、どちらかと決勝で当たると確信しているのか、顔は常に二人の一騎討ちに向けられている。

 

「あの騎士はトリスタン卿です。音を飛ばす魔弓もまた卓越した腕前ですが、真に注目すべきなのは剣術。私の見立てでは今のランスロより強く、ガウェインを凌ぎ――」

 

 トリスタン。トリスタンだと?

 

 オルタの絶賛を聞き流してしまうほど、王はその名の響きに強い警戒を覚えた。

 ちらりとエレイン姫を一瞥し、それとなく離席する。

 近衛の少女騎士も主君の纏う雰囲気の変化に気づいたのか、無言で付いてくる。

 貴賓室から退室し、ユーウェインは外に控えていたアグラヴェインに視線も向けず、訝しげな彼がオルタの隣に付き、追従してくるのに問いを投げた。

 

「アグ。トリスタンの審査をしたのはお前か?」

「は――兄上の仰る通り、私が彼に資格ありと判断しました」

「よくやった」

 

 アグと呼ばれ、彼は王ではなく私人として問われたのだと判断し主君を兄と呼ぶ。異父兄弟の仲は悪くない。寧ろいい。しかし肝心のガウェインとの兄弟仲はよろしくない。

 まあそれはいいのだ。兄弟なら仲良くしろなどと頭の悪い事は言わない。合わない者は合わない、人間なら誰でもそうだろう。

 アグラヴェインはユーウェインの雰囲気が硬い理由に思い至れず、微かに困惑したようにオルタを見るも、彼女もまた首を左右に振った。

 二人ともが、ユーウェインの空気が変わった理由が分からないのだ。無理もないと思う。あれに気付けるのは自分やマーリン、ガニエダぐらいなものだろうから。

 

「トリスタン、あれは素晴らしい騎士になるだろう。弟の目利きが優れている事に、俺は素直な嬉しさを感じている」

「恐縮です」

「だが、運が悪かったな」

 

 誰もいない通路まで歩き、立ち止まったユーウェインは振り返る。私人としての顔は鳴りを潜め――そこにいたのは『王』だった。

 瞬時に騎士の顔に切り替わるアグラヴェインとオルタの顔を見据え、黒王は冷酷に命じる。

 

()()()()()()()を呼べ」

「っ……!?」

「王よ……それはいったい、どういう……」

 

 ユーウェインの齎した戦火はブリテン統一戦争とイングランド統一戦争だ。件のイゾルデなる者らは双子ではない――ただの同名の者で、血の繋がりは少しもなく。しかし姿形は瓜二つ。

 片やブリテン王国に従属したアイルランドの騎士の娘、片やブリテン統一戦争で粛清されたブルターニュ王の娘だ。彼女達はそれぞれがキャメロットに差し出された人質だったのだが――イゾルデ達は互いに意気投合し、ブリテンの事を深く知るにつれて、国の為に働きたいと思うようになったという。思想や能力、いずれも問題なかった為、彼女達は国に仕える運びとなった。

 

 だが驚愕して言葉に詰まったオルタと、反駁するアグラヴェインの反応を見ても分かるように、イゾルデ達が専修して就いた職は王室付き凶手――早い話が()()()である。

 彼女達は直接手をくださない。策謀によって標的を仕留める者だ。双子のイゾルデと渾名される二人の女達は、王ではなく国に忠義する、『女』を武器にした者達の筆頭なのである。

 イゾルデ達の職掌を知る者は極僅か。上層部の中でもアルトリアは知らず、オルタとアグラヴェインぐらいしか認知していないはずだ。

 

「アグラヴェイン。あの二人を使い――()()()()()()()()

 

 冷徹な命令。意味不明な殺意。戸惑いながらオルタが訳を訊ねた。すると、

 

「訳が分からんか。無理もない。だが……お前たちには話したな? ピクト人の正体を。奴らは単なる蛮族ではない、故に一人残らず絶滅させねばならんとな」

「ま、まさか……」

「あの男の内に流れる血に()()()()()()()()()()()()()。故に殺す。子を成させるわけにもいかん故、イゾルデに託すのさ」

 

 トリスタン。この名はピクト系だ。ユーウェインの魔眼は彼の中に潜む遺伝子が、ピクト人のものである事を看破していた。だから殺す、そこに理由は一つしか要らない。ピクト人だから殺すのだ。

 イゾルデ達を起用する理由は、曲がりなりにも仕官しに来た者を騎士王が直接、或いは配下に命じて間接的に殺めるわけにはいかないからである。誰にも知られぬ為に、闇を使うまで。

 

「時間はたっぷり使え、十年かけてもいい。ただし、奴に子を作らせるな。必要な状況があれば私の方で整えよう。ゆっくりと愛し、溺れさせ、その上で不可避の死を……あの男自身に罪はない、叶う限り穏やかに、安らかに……な」

「――拝承致しました」

 

 アグラヴェインが頷く。

 ユーウェインはその上で、あくまでも冷徹に王として命令を重ねた。

 

「トリスタンは円卓の騎士に迎える。下手に遠くへ行かれるより、近くに置いていた方がイゾルデ達も遣り易かろうよ」

「御意。では私はあの双子の許へ向かいます」

「ああ」

 

 鉄の騎士が一礼し去っていく。

 それを見送ったユーウェインは、嘆息する事もなくかぶりを振る。

 人として最低なやり方だというのは理解している。だが王としては正解だ。王として己はどれほど自身の手を汚すのか――なんて懊悩は無い。王を遂行するにあたり、ユーウェインは純化している。

 防ぐのは、フアイル・マヴ・カウという恐るべき災害の再臨だ。その為なら悪辣な策も使う。迷いはない――ないのだが、しかし多用したい手でもなかった。

 

 ふと思い出すのは、自身に聖なる泉の加護を与えた2体の天使たちの事。あれらはまだ黒王を昇天へ誘いに来るだろうか。その資格が今のユーウェインにあるのだろうか。無いだろうな、と思う。

 

「……ユーウェイン様」

「ん……ああ」

 

 手を取られ、小さな手で握り締めてくるオルタを見下ろす。

 気遣わしげな瞳に苦笑した。やはり――と、思う。やはり自分が王になってよかった。さもなければオルタかアルトリア……リリィのいずれかが王になっていたのだ。

 こんな小さな手に、王という重すぎる荷は負わせられない。それに……アルトリアやリリィもそうだが、オルタも根は優しいのである。この時代が求める『強い王』にはなれまい。

 オルタなど非情さに徹する余り、配下の団結に亀裂を入れるに違いなく、待っているのは三姉妹で共通して破滅だろう。彼女達の道はどこかで破綻し、深い後悔に苛まれる情景が目に浮かぶ。

 

 ユーウェインは、良いのだ。

 自分の方こそ王に相応しいと自惚れているのではない、自分なら――最初から他人に期待していなかった、大衆を野蛮人だと見下してきた自分なら、王という呪いに耐えられる。

 他者の小さな幸福に微笑める、優しすぎる乙女たちが侵されていい呪いではないと切に思う。妻達や子供達の為なら、王という呪縛も……闇も、汚濁も、全てこの身で引き受けてやれる。

 

「心配しなくてもいい。私は――いや、俺は平気だ」

 

 事実、平気だった。他者を陰謀で絶命させるのも、もう慣れている。

 しかしオルタは寄り添うように身を寄せてきた。慰めも、労りも口にはせずに、ただ傍らに侍るだけで己の心意を明瞭に伝えてくれた。

 やはり――自分には勿体ないほど、いい女だ。勿体ないからと、誰かに譲る気はないが。

 

 そうして、ユーウェインは思い直す。

 

「なあ、オルタ。一つ頼まれてくれるか?」

「はい。私に出来ることならなんでも」

 

 ユーウェインからの頼みとあらば安請け合いしてしまうあたり、アルトリアと同じだなと苦笑いしてしまう。

 忠実な獅子騎士に、ユーウェインはお願いをした。

 

「獅子に変身して、ランスロとガウェインの試合を台無しにしてきてくれ。無効試合だ、ランスロを戦闘不能にしガウェインが後の試合に出られる程度にしてほしい」

「それは――なるほど、認めるのですね?」

「ああ。どうも俺の中でランスロは8歳のままだったらしくてな……過保護になっていたらしい。ランスロが決めた事なら……素直に応援してやればよかったんだと今気づいたよ」

 

 認識の上では8歳だったランスロット。しかし、時間の流れの異なる異界で過ごしたランスロットは、もう立派な男で、大人だ。なら――過保護になるのも情けない話である。

 オルタは微笑して黒獅子の姿に変身した。

 黒王、騎士王、妖精王。様々な異称を有するユーウェインだが、その内の一つに獅子王というものがある。黒い獅子は騎士王の忠実な随獣として広く認知されているのだ。

 その黒獅子が試合をぶち壊してしまえば、ランスロットに提示した条件も無効になる。お詫びに願いを聞こうと言えば、蟠りなく事は済むだろう。

 

「悪いな……」

 

 誰にともなく、ユーウェインは詫びる。

 過保護な父親をしてしまったランスロットに対してか。

 面倒事を頼んでしまったオルタに対してか。

 それとも……どんな手を使ってでも殺す事になるトリスタンに対してか。

 全部だ。全てに、詫びた。

 

 その上で聖王ユーウェインに曇りなし。彼の行いの全てが正義だった。

 

 怖気が奔るほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでこそ妾のイヴァンよ」

 

 

 

 




感想…楽しみに…して…ま…す…
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