獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです 作:飴玉鉛
ベンウィックのバン王が、ブリテンに救援を要請したのは西暦501年のことだった。
ベンウィックとはフランク王国の一地方の辺境である。以前のブリテン島と同じく、フランク王国には多数の王が点在しており、王とは名ばかりの領主という面が強い。しかしベンウィックは辺境でありながら豊かであった。海に面して他国との海洋貿易を可能とし、更には領地が穀倉地帯であることが理由である。だからこそブリテン島に潤沢な食料の輸出を行えていたのだ。
であるからこそ彼の国は不作に喘ぐブリテン島にとって命綱となっている。かけがえのない同盟国であり、ベンウィックの興亡はブリテン王国の進退にも関わる重大事だった。
故に派兵に反対する者などいない。しかも敵にはブリテン島から退去した、サクソン人の一部が傭兵として加わっている。積年の怨敵が敵方に居るとなれば、ブリテン人の戦意は俄然高まった。
――事の発端はこうだ。
ライン川下流域に勢力を有するサリー・フランク人はローマ帝国にトクサンドリア地方への移住を認めさせ、国境警備に当たるという名目を掲げた。ローマ帝国を後ろ盾に、サリー・フランク人は強権を振りかざして王国統一の野心を燃やし、バン王にも臣従を求めたのだ。
当然対等の地位にあるバン王がその要求に従うわけがない。本来なら単独で戦うところだが、周辺国は軒並み要求を呑んでしまった。というのも周辺国は背後にあるローマ帝国の圧力に屈したのだ。
ブリテン王国は島国故に遠い存在だが、大陸に位置するフランク王国にとってローマ帝国は身近な存在だ。ローマを無視できるものではなく、その威光にひれ伏すのも無理はない。
しかしバン王は強気だった。彼は負けない自信があったのである。
それはなぜか? 彼にはブリテン王国という、世界一の精鋭軍団を有する同盟国があったからだ。認知する者こそ大陸には少ないものの、世界最強の騎士軍団とは比喩でもなんでもないのである。
神代の人間は、一般人ですら人理内の人間のトップクラスの身体能力を誇っている。それをバン王は知っていた。ブリテン王国に対して軍事的に対抗できるのは、騎士殺しのドクトリンを有するアングロ・サクソンのみ。しかしそれすらもブリテン王国の円卓の騎士にとっては雑魚でしかない。彼らと対等に戦いたければ、極東の島国の修羅共を連れてくる他にないが――そんな事は不可能としか言い様がなかった。
極東の修羅共を除いて、まともに戦争して勝てる者がいるとしたら。それはまさに特例中の特例、ローマ帝国に君臨する皇帝ルキウスのみである。彼だけが、円卓の騎士を打ち破る力を持つ、大陸に残る例外的怪物なのだ。が……しかし、ルキウス帝はまだ動かない。
サリー・フランク人の動きが、ブリテン王国の者に煽られたものであると看破していながら、ルキウス帝は面白がって事態の推移を見極める事にしているのである。果たしてブリテンは、自身が期待したように『征服する価値がある国』なのか見定めようとしているのだ。
長きに亘るローマの歴史にあって、侵略者としてのローマを体現する皇帝こそがルキウスである。傲岸不遜に覇を唱える暴君だ、次なる標的としてブリテンを見定めたのなら好機であった。
何せブリテン王国は、苦境の只中にあった。
一年前に完全に枯渇した大地に喘ぎ、軍縮を求める声が上がる中、国庫を空にしてでも頑なに軍備を保持し続けたのはユーウェイン王だ。
彼はポツポツと湧いて出た不平不満を黙殺、あるいは押し潰し、遂にやってきた待望の機会へ即応した。バン王の救援要請はまさしく渡りに船だったのである、この機を逃すわけにはいかない。
彼は軍の半数を大陸に派遣する事を決定した。派兵の条件として、兵站は全てバン王が負担する事になったからだ。自国での食い扶持を減らせるのなら、大軍の派遣も吝かではない。
更に円卓の騎士の内、聖杯探索に加えていなかった魔槍の騎士ラモラック、その弟のパーシヴァル、ランスロット、ガウェインを付け。総司令官として任じたのは軍略に秀で、同僚とも円滑な関係を築いていた隻腕の騎士ベティヴィエールである。参謀としては鉄の騎士アグラヴェインを付けた。同盟国の滅亡はブリテン存亡の危機にも成り得るとあって、騎士王は本気で主力級を送り出したのである。
戦争の元凶がブリテンの陰謀であり、真の目的はローマ帝国を引きずり出す事だと知っているのは、王の他にはアグラヴェインだけだ。彼の手腕に全てが掛かっているが、王は心配していない。彼は首尾よく大陸への派兵を為す事に成功している、此処まで来たらローマ帝国を刺激するのも容易いだろう。例えローマが見抜いていようと、威信に関わる事態となれば動かざるを得ない。
果たして戦争は、ブリテン王国の参戦したベンウィックの圧勝に終わった。
しかしそれで終わりではない。寧ろその逆……ここからが本番なのだ。
アグラヴェインは影の手の者を駆使し、あの手この手で大陸に居座り、敵方の砦を占拠すると居直った。
自身の与えられた裁量でベティヴィエールに真意を明かし、次いでラモラックを抱き込み、芋づる式にパーシヴァルを、その次にガウェインを言葉巧みに引き入れ、最後のランスロットには全員で大義を語り押し込んだ。アグラヴェインは八面に亘り六臂の活躍をした、ここが正念場だと彼は理解していたからである。何が何でもローマが矛先を向けて来なければならない。それもバン王に退去を要求される前にだ。今はまだローマの脅威に身構えている故に、他国の者が国内に居座る事を容認していたが、いつまでもローマが動かねば緊張が解けてブリテン軍に撤退を求めるだろう。
この時のアグラヴェインは、まさに
大陸での拠点を確保するや、冷酷とも取れる追討の軍を起こし、敗走したサリー・フランク人の軍を徹底的に追撃すると、彼らが後ろ盾のローマ帝国に泣きつくように仕向け、ローマが仲裁に出ざるを得ない状況を作り出したのだ。鉄の騎士はそこでは終わらず、停戦の為の交渉の席で彼は不遜な態度を崩さなかった。我らは義によってベンウィックの援軍として馳せ参じた、サリー・フランク人やローマの横暴を糺す正義の使者である、と。いたずらに国を乱した者は裁かれるべきであり、また猛々しい盗人の肩を持つ者も同様である――と痛烈に批難したのだ。
これに激昂したのはローマ帝国の使者だ。使者とは皇帝の代理人である、その自分にこうまで居丈高に接するどころか、面と向かって悪のレッテルを貼られたのは屈辱的だ。ましてやブリテン島は島国、野蛮人の小さな国が世界の中心であるローマを悪罵するなど許し難い。
アグラヴェインは怒り心頭に発したローマの使者に、なおも要求した。一つは今後フランク王国への介入を止める事。これはローマの後押しのために戦禍が巻き起こった為であり、内政干渉は厳に慎むべきであるからとした。次いで二つ目の要求として、フランク王国は内戦の勝者であるバン王が統治するものであり、彼を大王として擁立すると宣言する。故にローマ帝国は以後、バン大王の名の下に対等で公正な交渉窓口を用意すべきだと宣った。
アグラヴェインの物言いに、ローマの使者は席を立った。話にならんと言い捨て、交渉をやめたのである。ローマは武力を以て不当な要求を突きつけてきた未開の地の野蛮人を叩きのめすと言い、ブリテンは断固としてローマの所業は悪と断じて対抗する構えを見せた。
交渉が決裂すると、アグラヴェインは司令官ベティヴィエールに献策した。斯くなる上は先手必勝である、速やかにローマ軍を一撃し、ベンウィックへの侵略で橋頭堡と成り得る土地を奪うべしと。苦渋の決断を迫られたベティヴィエールは、軍略の面で判断し頷いた。
斯くしてブリテン軍は進撃し、ローマ帝国の領地の一端を占領する。あくまでローマからの脅威に対抗し、同盟国を護るためだと称し。そうしてブリテン王国は、大陸へ飛地領を確保したのだ。
後は機が熟すまで駐屯するのみ。何年経とうとも飛地領にて耐え忍び、やがてローマが本気で潰しに掛かってくるのを待ち受けるのだ。
――これが僅か一年間の事である。この間、ユーウェイン王は物語としては蚊帳の外に置かれ、彼はひたすら内政にて忙殺される日々を送っていた。
聖杯探索が始まったのが西暦488年。それから13年後に大陸へ派兵し、更に1年後に飛地領を手に入れた。だが――聖杯は見つからず。ローマは散発的にブリテンの飛地領へ仕掛けるのみで、一向にブリテン打倒へと本腰を入れず――更に8年の時が経った。
伝説が物語るのは、西暦510年。激動の時代。『聖杯の騎士』ギャラハッドが、22歳となったところから動き出す。伝説は確かに、始まりへ向けて疾走していたのだ。
† † † † † † † †
ギャラハッドはその日――些細な悪戯心に駆られた。
なんのことはない。両親の愛に包まれ、義理の祖父母にも愛され、伯父である王太子やその異母兄妹達にも可愛がられ。偉大な円卓の騎士の全員が、ギャラハッドを慈しんでくれた。
そんなだから幼いギャラハッドは、猛烈に願ったのだ。
他所の騎士の子供が、親に叱られているのを見て。良い子すぎて手間の掛からない子供だったギャラハッドは、自分も叱られてみたいだなんて思ったのである。
後から思い返すと、自分はなんと浅はかだったのだろうと悔やむ。……いや本当に本気で心の底から後悔していた。真剣に叱りつけてくる祖父があんなに怖いだなんて思わなかったのだ。ちょろっと何かが漏れたのは、誰にも話せない一生の秘密である。
ともあれ、そんな黒歴史を抱える事になると欠片も想像せず、ギャラハッドは何か悪戯をしてみようと思った。無条件に甘やかしてくれて、愛されてきたから、何をしてもどうせ赦されるのだろう、なんて。そんな思考もないまま、周囲の尽きない愛情に甘えていたのだ。
だが根が良い子なギャラハッドである。悪戯をしてみようと思っても、何をしたら良いのか皆目見当もつかず、人に迷惑を掛けては駄目だという発想も手伝ってか何も行動できずにいた。
そんな時だった。どこからともなく現れた、白い蝶に目を奪われた。
見たことのない、花の香りを纏った蝶である。それがあまりにも珍しくて、ギャラハッドは思いついた。この蝶を大好きな祖母や祖父に見せてあげよう、と。何やらいつも難しい貌をしている祖父も、きっと喜んでくれるに違いないと思ったのだ。――それの何が悪戯になるのかと言えば、無断で家を出て、一人で蝶を追い掛けた事だ。
蝶はひらひらと舞い、幼いギャラハッドを幻惑した。蝶なんか簡単に捕まえられるとたかを括っていたギャラハッドは、一向に捕まえられない蝶にムキになって、熱心に追いかけ回す。
やがてギャラハッドはどことも知れぬ場所まで蝶を追い掛け――思えば誘導され、導かれていたのだろう。幼児の身では有り得ない遠くへと飛ばされていた。ギャラハッドはその異変にも気づかぬまま、やっと蝶を捕まえて満悦し。ふと彼は――歳の近しい
「おい」
粗野な獣同然の、暴力的な気配を纏った少年は、あからさまに威嚇しているふうであり――恵まれた環境で育ったギャラハッドにとっては、完全に未知の世界の住人であった。
着込んでいるのは、意外と仕立ての良い衣服。握り締めた小さな拳には、小さな体に似つかわしくないほどの暴力が固められ。剣呑な目つきは、見ず知らずのギャラハッドに対して無作為な敵意を燃やしているようで。思わず身構えたギャラハッドへ金髪碧眼の少年は言った。
「悪いこた言わねえ、ソイツをこっちに寄越しな。なんか変な感じがするぜ、ソレ」
一瞬、何を言われたのか解らず。まじまじと少年の顔を見ると、彼はギャラハッドの手の中に居る蝶のことを言っているのだと理解できた。
それによくよく見てみると、彼の目に敵意はない。寧ろ不器用な優しさを秘め、気恥ずかしいが為にぶっきらぼうな語調になっているのだと察しがついた。おまけに少し、緊張もしている。
「……あれ? もしかして君は……僕のことを心配してくれたのかい?」
ギャラハッドは湖の騎士ランスロットの子である。その才能を余すことなく受け継いだ彼もまた、常人を遥かに超える怪物的な洞察力を、鍛えるまでもなく先天的に備えていた。
故に、その少年の纏う暴威に隠れてしまっていた、素朴な優しさを一目で見抜いてのけたのである。何より大きかったのは、大の大人でも気圧される自然体の威圧感を、まるっと受け流せたことだ。
誰からも忌避され、意味もなく恐れられ、孤独に育ってきたのだろう。少年の方もまた未知の存在と相対する事になった。
滅多に見掛けない同年代の、それも見知らぬ相手に勇気を出して話し掛けたら、恐れるふうでもなしに真意を悟られた少年は赤面した。気づいてくれた、怖がらないでくれた――嬉しくて、しかし気遣ったのを悟られるのは恥ずかしく。少年は目を逸らして仏頂面を象った。
代わりに突き出したのは手だ。
きょとんとした貌をするギャラハッドに、少年はがなり立てる。
「んなワケあるかっ。いいからそれ寄越せよ。はやくっ!」
「んー……そんなに危ないものには見えないけど……」
「危なくなくても変なもんには触るなって! お婆様が言ってたんだ、オレが変だと感じたら、間違いなくばっちぃ奴だってよ! だから寄越せ! オレが処分してやるって言ってんだ!」
「え、やだよ」
素で拒否するギャラハッドに、なぜか少年の方が面食らった。
要求したことで拒否された試しがないのかもしれない。ギャラハッドは妙なシンパシーを覚えた。そのせいか、ギャラハッドの稚気が貌を出す。もともと悪戯をしてみたいなんて思うような天然である、ギャラハッドは掴みかかってきた少年をひらりと躱し、得意げに笑ってみせた。
かちんと来たのは金髪の少年である。
なぜだろう。無性に腹が立つ。自分が持っていない何もかもを、この銀髪の少年は持っているような気がした。よく見たらのほほんとした、平和な表情をしていて。まるでこの世の悪意の何もかもを知らずに育ったかのように、彼はのんびりとした雰囲気をしていた。
そんな奴が、自分が折角親切で声を掛けてやったのに、厚意を無視して笑いやがった。気位の高い金髪の少年は一瞬で頭に血を上らせると、再び
だがその疾さは天才ギャラハッドをして驚かせた。彼の知る円卓には及ばずとも、普通の騎士など話にもならない疾さで迫られたのだ。咄嗟に身を躱したギャラハッドは、またも空振った手に唖然とした少年をまじまじと見遣る。しかしその表情を、少年は挑発だと受け取った。
天才故の無自覚な驕りがこの頃のギャラハッドにはあった。自分に追随できる同年代の者はおらず、対等以上の『遊び』が成立するのは円卓の騎士クラスだったのだ。彼が同年代の者を下に見てしまっても仕方がない部分はある。――だから驚いた。この少年は、凄いポテンシャルを秘めているのだと肌で感じられたから。
「て、テメェッ! 人が優しく言ってやってんのに、その態度はなんだ!?」
「え? その態度って……どの態度?」
「すっとぼけやがって……! ざけてんじゃねぇぞコラぁッ!」
なぜか怒り出した少年に、重ねた手の中に蝶を閉じ込めたまま首を傾げる。
ギャラハッドに少年を馬鹿にする意図はない、しかしそんな態度がいやに癪に触って、少年は怪しい蝶のことなど忘れ
今度こそギャラハッドは驚愕に目を見開いた。少年の動作が目で追えなかったのだ。
だが避けた。目で追えずとも、
少年は一瞬呆気に取られ、次いで顔を真っ赤にして飛びかかってきた。ギャラハッドは暴行を加えられそうな状況になった所以に合点がいかず、内心首を捻りながらも躱し続け――なんだか楽しくなってきたので、くるくると回りながら笑う。踊るように身を躱し続けるギャラハッドに釣られ、少年も次第に怒りを忘れて熱中し始める。
桁外れの身体能力を有する故に、誰とも戯れたことのない少年は、どれだけ本気でやっても捕まえられないギャラハッドの存在に目を輝かせ始める。
子供だった。二人とも、子供だったのだ。
意味不明なテンションに身を任せ、汗を掻いて息を乱す。少年の方は少し汗ばみ始めたぐらいでギャラハッドの体力の方が限界に近づいていた。だから、楽しい時間もおしまいである。
「あっ」
ふと力加減を忘れ、ギャラハッドが手の中に閉じ込めていた蝶を、クシャッと潰してしまったのだ。間抜けな声を上げて立ち止まった彼に、少年は意表を突かれてぶつかってしまう。
もんどり打って、二人して地面に倒れ込んでしまった。泥まみれになったがギャラハッドの意識はそこにはなく、潰してしまった蝶を残念そうに見てしまう。手を開いて蝶の亡骸を見て――その蝶が煙のように掻き消えてしまったのに、彼は不思議に思うことなく落胆した。
折角の珍しい蝶が死んでしまった……。
落ち込むギャラハッドに、少年は歯を剥き出しにして嗤う。
「はぁ、はぁ、はぁ……ハハハハ! どうだ、ザマァ見ろ! ソイツを潰しちまったんだからオレの勝ちだな! そうだろ!?」
「……勝負なんかしてないんだけど。ま、いいか」
あっさりしたギャラハッドの反応に肩透かしを食らったような貌をする金髪の少年。
なんだか腑に落ちない。対抗してほしいという想いがあった。
だがその気持ちを言語化できず、複雑な貌をして立ち上がった少年は、ギャラハッドの腕を掴んで立たせてやる。さりげなく、無意識に見せた優しさを、しかしギャラハッドも気にせずに。
彼はマイペースに辺りを見渡して、今更な疑問を口にした。
「ところで君、ここはどこなのか知っているかい?」
どう見てもキャメロット近辺ではない。夢中になって蝶を追っていた自覚はあるが、そこまで遠くに来ていたはずはないのだ。だって
ギャラハッドの問いに、少年も疑問符を浮かべた。
「は? なんだお前、迷子かよ?」
「んー……たぶん、そうかも」
「……変な奴だな」
全く慌てていないギャラハッドに対し、妙なナマモノを見る目をする。
ギャラハッドにしてみれば、焦る必要性はまるで感じていないのだ。なにか異変があればすぐに助けが来るだなんて――そんな根拠のない信頼感がある。他ならぬキャメロットの父や、祖父など。助けてくれる人物には何人も心当たりがあったのだ。
なのでギャラハッドにしてみれば、とりあえず当座を凌げたらそれでいいという程度の認識で。彼にとって自身の衣服が泥まみれになり、汗を吸って気持ち悪くなっている事の方が重大であった。
「地面のぬかるみと、空気の感じからして……水場が近いのかな? 丁度良いから水浴びでもしておこう。君もどうだい?」
「……は? ……はぁぁぁ???」
ギャラハッドにしてみると、少年の方も汗を掻いているだろうから、親切心で誘っただけである。しかし反応は劇的だった。少年は顔を真っ赤にして、荒くれ者も真っ青な形相で凄んできたのだ。
「テメェ、なに考えてやがる」
「え? なにをって……一緒に水浴びでもしようって言っているだけじゃないか。男同士なんだし、別に恥ずかしくはないだろう?」
「――――」
変なこと言ったかな、なんて能天気に首を傾げるギャラハッドに、少年は固まる。
そして俯いたかと思うと肩を震えさせ、怪訝そうな表情をするギャラハッドへ彼は――
「オレは女だッッッ!!」
怒号を轟かせ、少女はギャラハッドに殴り掛かる。
まさかの応答に固まってしまったギャラハッドに躱す術はなく。
彼は思いっ切り殴り飛ばされ、そのまま意識を失った。
彼が生き残ったのは、殴打の瞬間少女が咄嗟に自制したからだ。さもなくばギャラハッドの頭はザクロのように弾けてしまっていただろう。
――それが出会いだった。
後に夫婦となる子供達の。
呪われた悪魔と謗られ、恐れられたモードレッドと。
そんなモードレッドを救うために、聖杯を求めたギャラハッドの。
「……マーリンか? いや、違う……まさか、な……」
常にモードレッドを見張る白鴉の目を幻惑しながら、悪魔を飼う魔女は呟いた。
容疑者候補(あくまで候補
モルガン ☓
・潜伏中につき下手に動けないので、あしがつく真似はできない。
マーリン ☓
・そんなに暇じゃない。
リリィ ☓
・そんなに器用じゃない。
アラヤ ☓
・下手に動いたら(以下略)