獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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お待たせしました。




78,天然な男の子、純粋な女の子

 

 

 

 

 

 じゃぶじゃぶ。じゃぶじゃぶ。

 

 ギャラハッドは、無言で脚絆を洗っていた。

 

 理由は誰にも言えない。そも脚絆を洗っているところを誰かに見られたくもなかった。冷たい水の溜まった桶で、念入りに脚絆を洗いながら、ギャラハッドは迫真の反省を以て己の浅薄さを戒める。

 よもやよもやだ、怒った祖父があんなに怖いとは予想だにせなんだ。叱られる子を見て自分も叱られてみたい、なんてズレたことを思ってはいたが、もう二度と祖父だけは怒らせまいと誓う。

 無断で城から出た。それだけなのに怒り過ぎだろうと思わなくもないが、良識的な祖父があそこまで怒ったのだ。きっと本当にいけないことだったのだろう。自分を子供扱いし過ぎだ、という反発心も湧かないぐらいこっぴどく叱られて、ギャラハッドは祖父を信じた。

 

 が、それはそれだ。

 

『また来てくれるか……?』

 

 どこをどう帰ったものか、頭を悩ませこそしたものの、ギャラハッドは何処とも知れぬ秘境から無事に帰って来られた。少年――もとい少女モードレッドが『お婆様』と呼んでいた人物が、キャメロット近辺にまで送り返してくれたのである。魔術によるものだろうか?

 不思議とその容姿を深く思い出せないが、そんなことよりも不安げに見詰めてきた少女と、約束を交わしてしまったことの方が重大であろう。あんな目で見られて、もう来ないとは言えなかったのだ。

 深い傷痕を残す叱責を受けた。もうあんな目に遭うのは御免被る。そも会いに行くと約束はしたものの、あそこへどう行ったものか皆目見当もつかない。具体的な場所を知らないから。

 故に、考えるべきは一つ。どうすれば約束を果たせるか――どうしたら叱られずに済ませられるか――すなわち、目的地も知らぬまま外に出て、祖父にバレる前に帰ってこなければならない。

 

「あ……君は……」

 

 一人悩んでいた時だ。あの時のように、また白い蝶が漂っているのを見掛けた。

 

 この時のギャラハッドはまだ知らないが、なにくれとなく気を配り始めた祖父に気づかれず城外へ出るのは不可能である。それを誤魔化してしまうのは、尋常の能力では有り得なかった。それこそマーリンやモルガンでも難しい。リスクを考えたらまずやらない。考えた上で実行し、しかも大過なく成し遂げられるとしたら、其れは――最早語るに及ばず。王の魔眼を知悉する者だろう。

 だがそのことは知らずとも、ギャラハッドは()()と来た。どうやらあの蝶が自分をモードレッドの許へ連れて行ってくれたのだろう。その思惑は不明なものの、恐らく今度もそうかもしれない。

 物は試しとばかりに、幼さ故の向こう見ずさを発揮してギャラハッドは行動した。案の定蝶はギャラハッドが歩み寄るとヒラヒラと虚空を漂い彼を導く。果たして気を張っていた少年は気づいた。

 

 周辺環境の空気と差異のある、全く別の場所に連れ出されたのだ。

 

 やはりあの蝶はただの蝶ではない。湖の畔にある粗末な小屋の近くに出てきた少年は、自身を導くモノの正体に思いを馳せる。果たして何が目的なのか、いつか詳らかにしなければならないだろう。

 

「あっ! お前……ギャラハッドか?」

「ん。君は、モードレッドだね」

 

 ギャラハッドが現れた途端、まるでその気配を察知したように小屋から出てきたのは約束を交わした少女だった。嬉しそうに駆け寄ってきて、確かめるように顔を覗き込んでくるのに苦笑する。

 まるで子犬みたいだ、なんて。本人に言えば怒りを買いそうなので口には出さないが、なんとも微笑ましくなってしまう反応である。

 

「んだよ、来るなら来るって言えよ。こっちはもてなす用意も出来てねぇんだぞ」

「ごめん。けど僕は約束を守りに来ただけなんだ。ほら、また来てくれって君が言っていただろう? 女の子との約束を破ってはいけないって、父上も言っていたからね」

「は、はぁっ? だ、誰がそんなこと言ったよ! また来いだなんて言ってないね! 勝手なことほざいてんじゃねえよ!」

「あれ? そうだったの? んー……まあいいか」

 

 明らかな照れ隠しを額面通り受け取ったギャラハッドだが、特に気にすることなくさらりと流した。自分が約束と感じ、それを勝手に果たしただけだ。その責任をモードレッドに求めたりはしない。

 そんな彼の反応に目を逸らし、モードレッドはヤバいと感じて自身の発言を後悔した。

 明らかに天然なギャラハッドである、次からはもう来てくれないかもと彼女の勘が告げていた。それはなんだか、嫌な感じがする。くだらない意地を張っている場合ではない、少女は言い募った。

 

「ま、まあ? 来ちまったもんはしゃあねえし。何もないまま帰らせたんじゃオレがお婆様に叱られちまうしな? と、とりあえずゆっくりしとけよ。お、オレも……その、テメェを暇させんのも悪いし、話ぐらいなら付き合ってやるからさ」

「……そうだね。来たばっかりなのにすぐ帰っちゃったら、相手方に失礼になるか。ならお言葉に甘えて、適当に何か話そうかな。でも何を話題にしたらいいと思う?」

「あっ、あー……え、っと……そうだ! お前ん家ってどこだよ? そういやオレ、テメェのこと名前しか知らねえし、ギャラハッドを話の肴にしようぜ」

「それなら僕も君のことを知りたいかな。名前しか知らないのはお互い様なんだからね」

「オレのこと!? でもよ、オレには特に話すことなんか……」

「じゃあ君のお婆様のこととかでもいいよ」

「あー……それなら……いいか?」

 

 ひとまず今すぐ帰るという雰囲気を失くしたギャラハッドに、モードレッドは密かに安堵する。なぜ安心するのか……モードレッドは自覚していた。

 寂しいのだ。お婆様としか話せないから。

 嬉しいのだ。自分を怖がらない存在と出会えたから。

 イヤなのだ。せっかく……友達になれそうなのに、その機会を失くしてしまうのが。

 自覚はしていても口にするのは難しい。モードレッドはのほほんとした面持ちの少年に、なんとなく憎たらしい気持ちを抱えつつも、この縁を手放したくないと思っていた。

 

 本当に、嬉しかったのだ。約束を守って、また会いに来てくれたことが。

 

「へ、へぇ……ギャラハッドって、キャメロットってとこから来てんのか」

「そうだよ。モードレッドはキャメロットって知らないの?」

「知らねえよ。オレの世界は此処だ。外の世界のことなんざ知ったって仕方なかったからな」

「そっか。僕はそれを良いとも悪いとも言えないけど、僕のことを話すんだし一応は知っていてほしいかな。でないと何を言ってるのかさっぱりだろう?」

「そりゃそうだな。で、テメェは将来、キシって奴になるんだっけ」

「うん」

 

 世間知らずなモードレッドに、ギャラハッドは根気強く丁寧に語った。

 流石に身内の身分を言いふらす真似はマズイと判断し誤魔化して話したが、自分は高名な騎士の息子で、とてつもなく怖くて優しい祖父や、底なしに甘い母と祖母、身の回りの凄い人達に言及する。

 その関係で騎士の仕事や、周辺の人々、護るべき民のこと。文化、生活様式など、話題は多岐に渡った。

 朝だったのが昼になり、お腹が鳴る頃になって、やっとギャラハッドは自分のことを語り終える。世間知らずな少女が反駁し、興味深そうに相槌を打ったから時間が掛かったのだ。

 

 喉がカラカラだ。モードレッドが「ちょっと待ってろ」と言って中座し、小屋から桶を持ってくる。なみなみと満たされた水を、両手で掬って飲んだギャラハッドは一息吐いた。

 

「ワリィな、いちいち聞き返してよ……」

「気にしないでいいよ。話してて僕も楽しくなったし、次は君の番だからね」

「あ? あぁ……つってもオレの話せることなんか殆ど無いぜ?」

「いいよ。君のことを知りたいんだ」

 

 仕方無しに、モードレッドはポツポツと、拙く話し出す。その語り口はお世辞にも上手いとは言えないものだったが、ギャラハッドは嫌な顔一つせずに聞き届けた。

 

 物心が付いた頃からずっと此処にいること。お婆様が色々と教えてくれて、言葉や文字を習ったこと。偶に人を見掛けても、近づくだけで怯えられてしまい、人は腰抜けだと思っていること。

 お婆様は、モードレッドにとって唯一の身内だ。色んなことを知っていて、聞いたらなんでも教えてくれる。優しいけど怖くて、怖いけど甘くて、大好きなのだ。自分の力の強さを教えてくれて、制御の仕方も丁寧に教えてくれる。世界は余りに脆いものばかりだけど、生きて行けているのはお婆様のお蔭なんだと思っている――そうしたことを、たどたどしく語った。

 

 モードレッドはよく躾られ、素朴で優しい娘だった。ギャラハッドはそう思う。桁外れの魔力と、底の知れない膂力。侮れない勘の良さ。そうしたものが天才ギャラハッドを凌ぐと感じているのに、彼はそのことに関して全く恐れを感じなかった。それはひとえに、モードレッドの性格がそうさせているのだ。お婆様という人が、愛情をきちんと注いでいることが伝わってくる。

 

「……ギャラハッドは、将来キシってのになるんだっけか」

「そうだよ。他にも道はあるんだろうけど、僕は騎士になりたいと思った。だから、なる」

「ふぅん……将来、か。将来……オレは、将来どうしてるんだろうな……」

 

 ――故にギャラハッドは感じ取る。

 何も知らず、外界に関心を持っていなかった少女が、自分との邂逅を経て、外に興味と関心を持ち未来に思いを馳せた。自分が彼女に選択肢を提示してしまったということを、彼は朧気に察した。

 

「な。また来てくれよ、ギャラハッド」

「良いけど、今度は間違いなく誘ってくれてるんだよね?」

「あ、当たり前だろ。だってオレ達、もうトモダチって奴じゃねえか……だ、だよな?」

「うん。確かに僕達は友達だね」

「だ、だろ!? はは、オレ達はダチなんだ! ははは……! トモダチ、トモダチかぁ……! だったらまた遊びに来ても何もおかしくねえよなっ!」

 

 嬉しげなモードレッドに、ギャラハッドも破顔する。

 こうまで喜ばれると悪い気はしない。また来よう、と。彼は自然と思った。

 約束もあるのだから。

 

 ――日没が近い。帰ろうと思うと白い蝶が再び現れる。別れを惜しむモードレッドをなだめて蝶に付いていくと、すぐにキャメロットにある自分の部屋の中に着いた。

 

 面妖である、ギャラハッドは首を捻った。『こうしたら、ああなる』という現象は理解したが、誰がなんの目的で、どうやっているのかは分からない。これは父と母に話していた方がいいだろう。

 そう思うと不意にギャラハッドは眠気に誘われた。ほんの一瞬の、安らかな微睡み――そこで彼は誰かを視た。傍らに佇む白い輪郭が、少年の耳元で囁きかけてくるのを。

 

 お願い。今はまだ、秘密にしてくれないかい?

 

「――――」

 

 ひどく優しく、しかし懇願するような儚い響き。

 ハッと我に返り周囲を見渡すも、自室には自分以外の誰もいなかった。

 

「……うん。分かるよ、貴女は優しい人なんだね」

 

 ギャラハッドは誰にともなく、不思議ちゃんみたいなことを呟いた。

 常人には理解し難い、独特な感性。

 天然扱いされるギャラハッドだが、そう扱われる所以がここにある。普通に考えたら報告するべきなのに、彼は彼以外に理解できない感覚で、秘密にする事を是としたのだ。

 褒められた行ないではないだろう。しかし彼はそれが『()()』である確信があった。

 故にギャラハッドは了解する。モードレッドは、秘密にされていないといけない。秘密にしたまま会いに行き、帰らねばならない。それが何故なのか、なんて理由は不明だが。そうしなければならないのだという納得が、ギャラハッドの中には確かにあった。

 

 ギャラハッドにとって、理由はそれで充分。いずれ必要な時に理由は分かるだろう。

 それに親にも秘密を作るというのは、なかなかスリリングな体験だ。自分がちょっと悪い子になったみたいで、背徳感のある高揚が湧いてきてしまう。悪いことをしているわけではなく、友達に会いに行くだけなのだから、なんにも問題はないだろうと思うことにした。

 これで少しでもモードレッドが嫌な奴だったら、ギャラハッドも頷かなかった。だが彼女は良い子だったのである。お婆様という人が留守にするのは珍しいことではないらしく、一人きりで過ごす時間が多いことを知ってしまえば、このまま忘れてしまうのも後味が悪い。

 

 幼いギャラハッドの論理は、とても単純で、少しお馬鹿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 モードレッドにとって、世界は狭く完結しているものだった。

 

 お婆様と、自分。その二人だけで閉じていて、自分達だけで生活をする。

 獣を狩り、山で取れる山菜を採り、湖で釣った魚を焼く。お婆様から知識を教わり、礼節や倫理、論理を学ぶ。そこに意味があるのか、ないのか、考える必要もなかった。

 だってモードレッドにとって、それらは全て当たり前のことだったのだ。

 外の世界についても、簡単なことを教わりはしても、さしたる興味も湧かなかったから深く知ろうとも思わず。稀に通りかかる狩人や行商人は、自分を見ただけで恐れおののく怖がりばかり。

 ちょっとした気紛れで人里に降りてみても、反応は同じだった。年嵩のいった老人も、屈強な男も、優しげな女も、年の近い子供も、誰も彼もが自分を恐れて。なんだかひどく落胆したものだ。

 

 お婆様がいる。だから寂しくはない。――自分にそう言い聞かせ、何もしていない自分を怖がるばかりで、萎縮する人間を見下した。単純な話だ、恐怖に震える人間共は、自分が近寄るだけで肉を差し出すように固まる獣と同じにしか見えなかったからだ。

 どうやら、人間たちには自分が違う生き物に見えるらしい。それなら仕方ないなと思う反面で、いつしかモードレッドは他人を『愚かな下民』は馬鹿で腰抜けな下等生物だと見做すようになった。

 だってモードレッドは知っている。お婆様が教えてくれたのだ。自分は高貴な生まれで、偉大な英雄の血を引く存在なのだと。両親はお前を愛しているが訳あって共にいられず、英雄の母である自分が養育するのを引き受けたのだ、と。聞けば何でも教えてくれるお婆様も、唯一例外的に親の名前は教えてくれなかったが、他人を見下すようになっていったモードレッドにとって、自身の血統は細やかな誇りへと転化していった。

 

 お前らとオレは違う生き物だ。だって自分は英雄の娘で、偉大な血を引く存在なのだ。だからお前らは本能的にそれを察して、恐れるのだろう? モードレッドはそう思わないと、他人に忌避される理由がないと結論づけていた。そして彼女は無自覚に願っていた。

 大好きなお婆様の言う偉大な両親と、いつか会ってみたい、と。

 だって彼女は見たことがある。遠くから……両親に手を引かれ、笑顔を浮かべて歩む人里の下民の子を。自分も、両親とそうしたいと、思ったのだ。ああして愛されているのが、とても羨ましくて。

 お婆様に不満は一つもない。無いが、モードレッドは貪欲だった。良い物はたくさん欲しいし、もっともっと『嬉しい』を体験したい。溺れるぐらいに、満たされてみたい。お婆様だけでもう満たされてはいても、これ以上があるのではないかと彼女は思っていた。

 

 そんな中、突如として現れたのがギャラハッドという少年だった。

 

 脆いのは他の連中と同じだ。しかしモードレッドにとってギャラハッドは下民ではない。見下げ果てた下等生物ではなかった。敬愛するお婆様と同じで、自分を見ただけで恐れるような素振りはなく。嫌な匂いもなく。本気で戯れても難なく躱すような、対等だと思える奴だ。

 モードレッドは、ギャラハッドを気に入った。変な奴だったが、話していて楽しいと思えるし、そもそも自分とまともに口を利いてくれたのはお婆様を除くと初めてだったのである。

 戯れても、するりと避けられるのも楽しい。

 どうしてあんなに簡単に避けられるのか、モードレッドには解らなかった。解らなかったからお婆様に訊くと、ギャラハッドは天才という奴で、ブジュツというものを習っているから、素人のモードレッドを容易くいなせるのだろうと教えてくれた。

 

「なら自分もブジュツを習いたいです。お婆様、私にもギャラハッドと同じことができるようにしてください」

 

 モードレッドはお婆様の前だと教え込まれた礼節を尽くした。だってそうしないと折檻されるのだ。それは嫌だ。何より大好きなお婆様に叱られ、折檻されるという事自体が恐ろしかったのである。

 だがその反動なのだろう、いつか見た下民共の粗野な物言いを好んでしまっている。単純に嗜好の問題だ、あんな荒んだ語調を、モードレッドは気に入ってしまったのだ。

 

 ブジュツ。武術。それを習えば、ギャラハッドを驚かせてやれる。そんな自信がある。

 

「……そうか。そなたは、妾の教える魔術だけでは不満なのだな。妾は哀しいよ」

「!! ふ、不満などありません! た、ただ……わ、私も、友人の扱えるものに触れてみたいだけで……お婆様に不満なんて感じた事はありません!」

 

 落胆し、失望したように顔を伏せたお婆様に、モードレッドは慌てて本心を口に出す。

 本当だ。本当に不満はない。

 自身に何重にも重ねた封印術式を刻み、維持する。限界まで徹底的に自分を弱める。脆い世界に合わせて力を抜く為の、自身を制御する魔術。これが無ければ、未熟なモードレッドは触れるものを全て破壊してしまっている。そしてこれは学ばねばならないものだと理解していた。

 嘗て。嘗て一度だけ魔術を疎かにし、お婆様に触れたことがある。それだけでお婆様の腕が拉げたのは、彼女の深層心理に深々と刻まれるトラウマとなった。大好きな人の為に自分を抑えるというのは、今より幼かった自分をして絶対に必要なことだったのだ。

 

「フフ……冗談だ。が、そうか……教えるのはまだまだ先のことにしておこうと思っていたのだがな……ギャラハッド。ギャラハッドと来たか。……うん。仕方ない。そなたが武術を学ぶことを赦す」

「ほ、本当ですか!?」

「妾は古今無双の武人の成長過程を見てきた。その鍛錬法もよくよく知っている。そなたならそれを履修することも適おうが……残念ながら妾は忙しい。武術を習いたくば友人とやらを頼れ」

「そんなぁ……いえ、わかりました……」

 

 モードレッドは落胆した。お婆様は忙しく、いつも家に居るとは限らない。いつもどこかに出掛けては、帰ってきても物思いに耽り、何事かを思案している様子を見かける。そして時折り激昂し、容易く思い通りになってしまう下民を罵倒している様を見つける時もあった。

 忙しいのは分かる。モードレッドが気配を消して様子を見ていて、自分がいるのに気づくと心労や怒りを隠し、微笑んで抱き締めてくれるお婆様。そんなお婆様のことだ、忙しいのは本当だろう。

 だけど。欲を言えば、ずっと一緒にいてほしかった。

 もっと沢山のことを教えてほしかった。

 もっともっと、愛してほしかった。

 だって――モードレッドは本質的に悟っている。お婆様は本当に自分を愛してくれているが、それは自分の求めている愛とは毛色が異なり。お婆様は、この身に流れる血を愛しているのだ。

 お婆様の言う偉大な英雄、息子を愛している。その娘である自分を愛するのは、そこに理由があるのだと悟っていて――自分を本当の意味で愛してくれるのは、両親なのではないかと思った。

 

 ギャラハッドは、お婆様がいない時に限って現れる。初回を除いて、まるで見計らったようにお婆様が留守にしている時にやって来ては、モードレッドと話をしてくれる。

 

「武術を習いたい? いいよ。僕に教えられることでいいのなら、幾らでも力になろう」

 

 騎士とかいうものになるという立派な夢を持つ友人。彼はモードレッドが気後れしながら頼むと、嫌な顔一つせず付き合ってくれた。対等なはずの友人に物を教わるのは恥ずかしかったが、体験してみるとこれが意外と悪くない。手を触れ、肩をくっつけ、密着しながら体の動かし方を教えてもらえる。他者との触れ合いに飢えていたモードレッドにとって、その少年は救いだった。

 

「ほほう? なるほど、そなたはギャラハッドとやらを好いておるのだな」

 

 お婆様にその日のことを報告して、習った武術を自慢すると、そう囃し立てられた。

 だがスレていないモードレッドは、恥ずかしいと感じない。

 寧ろ素直に受け止めて、考えて、肯定した。

 

「はい! 私はギャラハッドは好きです!」

「っ……? ふっ、フフフ……そうか、ならば彼奴をそなたの婿にするか?」

「婿? ……ギャラハッドが嫌じゃないなら、私は構いません」

「フフ、ハハハハ、ハハハハハハハハ! なるほどなるほど、構わぬとな! なら今度婚約の話でもしてやれ! 妾も一向に構わんよ!」

 

 何が可笑しいのか、腹を抱えて笑い出すお婆様に首をひねる。

 おかしなことを言った覚えはなかった。

 婿にするということは、夫婦になるということだ。自分はギャラハッドが好きで、アイツの子供を生んでやってもいいと思える。何もおかしなところはないはずだろう。

 

「――え? 僕と夫婦になりたい?」

「おう! 一緒にここで暮らそうぜ。そしたらずっと一緒に居られるんだ!」

 

 モードレッドは、満面の笑顔で提案した。名案である、結婚したらずっと一緒に居られるのだ、わざわざ遠くへ帰って、また来るような手間をかける必要もなくなる。

 ギャラハッドは良い奴だ。一年間、何度も何度も会いに来てくれて、話してくれて、遊んでくれる。自分の知らないこともたくさん教えてくれる。嫌いな奴にそんなことはしないだろう。

 だからギャラハッドも自分のことを好きなはずだ。まだガキ同士だが、男女が好き合っているなら結婚するのは当然である。自然である。モードレッドはにこにこと笑いながらそう言って。

 

「ごめん。気持ちは嬉しいけど、君と結婚は出来ない」

 

 ――断られるとは思わず、固まった。

 

「な、なんでだ……? お、オレのこと、嫌いなのか……?」

 

 なんとか捻り出したのは、失望と絶望に塗れた声だった。

 唯一の友人に嫌われていたかもしれない。どこで嫌われた? 直すから、駄目な所は失くすから、嫌いにならないでくれ。――そう縋りつくと、ギャラハッドは真摯に、真剣に答えてくれた。

 

「モードレッドのことは好きだよ。君も僕のことを好きだと言ってくれた」

「な、なら……」

「けれどそれは友愛であって、男女の愛じゃない。それに僕は此処にずっといるわけじゃないんだ。僕には夢がある、それを果たすためにも此処にずっといるわけにはいかない。だから、ごめん」

「そ、その夢ってのは……オレより大事なのかよ……?」

「そうだ。君よりも大事だ」

「っ……ぅ、ぅう、」

 

 はっきりと、きっぱりと告げられ、モードレッドは涙ぐむ。友達なのに、夢の方が大事だと断言されて、モードレッドは泣きそうになった。そんな顔を見られたくなくてモードレッドは身を翻した。

 

「ギャラハッドの、ばかやろう――!」

 

 罵倒してその日は別れて。

 けれど、ギャラハッドは当たり前の顔をして、また会いに来てくれた。

 

「なんなんだよ、お前っ! オレと結婚しないんだろ! なのになんで来るんだよ!」

「? だって友達じゃないか。結婚しなくても、友達なんだから遊びに来るぐらい普通だよ」

「お、お前なぁ!? ちったぁ悪びれろよ馬鹿! お前はオレをフッてんの! オレはフラレて傷ついてんの! そういうの分かれよ!」

 

 困ったように眉を落とす少年の胸板を叩く。

 だけど……モードレッドは嬉しかった。あんな別れ方をしたのに、なんの気後れもしないで会いに来てくれたのだ。この時……モードレッドは改めて自覚した。

 あ、オレ……コイツのこと、ホントに好きかもしれねえ――と。もう会いに来てくれないかもしれないと、前日まで不安で不安で仕方なく。枕を涙で濡らし、呻いて、嘆いて。その不安を照らし合わせると、自分は本当にギャラハッドのことが好きだったのだと気づけた。

 

 ――コイツがオレのところに居てくれねえなら、オレがコイツのところに行けばいいんじゃねえのか?

 

 だから。

 

 モードレッドは、そう思ったのだ。

 

 

 

 外の世界に出る。モードレッドは、そう決心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんだこれ……。
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