獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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短いです。



79,幕間の物語【約束されし――】

 

 

 

 

 

 

「私は騎士になります」

 

 高らかに宣言した孫娘に『お婆様』は目を細めた。

 

 手間の掛かる孫だった。幼女の時点で膂力はそこらの巨人など片手で捻り潰し、並大抵の魔術は無効化し、お婆様はおろか、血の繋がった母より2倍はある魔力量を誇った。桁外れの戦闘勘は言うまでもなく、鍛えずとも一つの神話体系の頂点(最強)に匹敵するだろう。

 赤き竜と白い竜。斬魔の妖精王と惑星起源種。

 四種の怪物の溶け合った血筋は、埒外の才能を醸成した。真面目に鍛錬を積むか、実戦を繰り返すだけで、恐らく全盛の妖精王でなくては討てぬ怪物へと成長を遂げてしまう。

 故に、お婆様は孫娘自身の為に、孫が赤子の頃より幾重にも封印を施してきた。片時も離れず怪物の雛を監視する、妖精王の使い魔を欺いて。妖精王の魔眼の精度を思えばこそ、神経をすり減らしながら細心の注意を払い、孫娘が獣にならぬように養育した。

 

 孫娘の弱点は、情だ。

 

 真の両親と不純物たる融合素材の提供元。四人ともが情に厚いからこそ、その血統の者も情で縛り付けるのが最適解だ。故にこそ魔術を以てして封印し、知識と良識を教え込んで理性で縛り、唯一の身内となったお婆様が孫の膂力で傷ついて見せることでトラウマを与え、心理的鎖に繋いだのである。――果たしてお婆様の見込みは的中した。

 孫娘は無意識に自身の力を押さえ、また意識的にも自身の力を律する術を学ぶのに意欲的になったのだ。また生育環境として孤独だった為、他人からの厚意に弱く、他者の目や感情に敏感になった。

 

 後は簡単だ。彼女が自身の心を護るための自尊心を植え付け、その柱として彼女自身の血統を一部伝えて、まだ見ぬ両親への憧憬と誇りを与えられた。何も知らぬ幼子を染めるのは、実に容易かった。

 お婆様は、意識してこの孫を愛した。溺愛したと言っていい。

 理由は語るだけ無粋だ。あるいは贖罪のつもりだったのかもしれない。

 たった一つの計算の狂いで、何もかもが自身の視た未来からズレた今、お婆様はもう未来を視る資格を失ったと見做した。故に彼女は自らの手で己の瞳を潰し、自身でも解けぬように封じたのだ。

 後は自身の力と知恵で全てを成す。成せぬなら所詮己はその程度の小者だったというだけのことで、お婆様は願った。どうか己が取るに足らぬ小者であるように、と。だが幸か不幸か、お婆様は未来視の力を封じても、人類史に名を刻む謀略家を凌駕する才を持っていた。

 

 悲劇であった。

 

 お婆様は使い魔といえど、妖精王の目を誤魔化し切れる自信は無い。故に四六時中孫娘の傍にはいられず、理由を付けて外出しては策を練り、実行し、その全てに成功してしまっていたのだ。

 その度にお婆様は荒れた。なぜだ? なぜ人はこうまで己の掌の上から逃れられぬ? なぜ企図したように踊らされ、容易く人心を乱すのだ? 尽きぬ欲望と飽くなき自得への渇望。実に悍しきは人間であり、斯様な浅ましさこそが人の人たる由縁とはいえ愚かに過ぎる。

 嘆く度に再認識する。

 やはり自身の愛し子しか、自身の手より超克する者などいないのだと。

 お婆様は、孫を愛した。本来の計画だと、この身は既に最愛の我が子によって塵芥となっているはずであったのに――その過程でこの孫は親元に帰り、両親の愛を得て幸せになっているはずだった。

 本来得られていたはずの愛を、与えられなかった孫の為に、彼女が得ていたはずの分まで愛情を注ごうと努力した。……ある意味、それが一番辛かった。どの面下げて祖母の真似事をしている? そんな資格などない……我が子を措いて何も愛さぬと決めていた故に、お婆様には孫を愛することが、残酷な死よりも重い罰となってしまったのだ。

 

 だから。

 

 未来を視る瞳を潰したお婆様にとって、それは皮肉的な福音でもあった。

 

 ギャラハッド――湖の精霊に育てられ、妖精王を義父としたランスロット・デュ・ラックの息子。次代の王に仕えては、必ずや護国の英雄として名を馳せるであろう稀代の才児。

 彼が孫娘の許に現れた時。そして二度目以降、図ったようにお婆様が不在の時に孫娘と交流していた際に。孫が毎回のようにその少年との出来事を、嬉しそうに話してくるのを聞いて悟った。この子なのだろう、と。この子が狂ってしまった歯車を正せる、無二の存在なのだ。

 故にお婆様は、閉じた世界にいた孫が、外に出たいと願った時静かに受け入れた。よかろう、と。騎士になりたいというなら、その為の修行を妾が見てやろうと。

 

「だがよいのか? そなたの道は苦難に満ちておる。想像を絶する苦悩に喘ぎ……膝を屈してしまうだろう。そなたは妾と共に在るのが唯一の幸福だ。一度外に出ては、二度と引き返せぬぞ」

「それでも私は、ギャラハッドと共に()きたいと想いました。この決断をきっと後悔するのかもしれません。外になんて出ないでお婆様と共に生きていればよかったと思うかもしれません。けど私は、オレは……その後悔をしに()きたいと思いました。オレは起こるかもしれない未来よりも、今を大事にしてみたい」

「………そうか。相分かった」

 

 育て方を間違ったのか? とも思った。

 どうしてこう――手ずから育てた子は、誰も彼もが立派になってしまう?

 駄目な子でいいのに……弱い子でいいのに……その為に孫を弱くしたのに。

 今にして思えば、自身の渇望の為に最愛の我が子を王にしてしまったのが悔やまれる。我が子の手で死にたいと願い、そうする事で完結する伝説を遺してやろうと思い上がった事が悔やまれた。

 お婆様は瞑目する。

 決意を秘めてこちらを見詰める孫娘に、お婆様は約束した。そなたを、完璧な騎士として鍛え上げよう、と。せめて少しでも強く、待ち受ける苦難に心折れぬように。

 

「だが今はまだ駄目だ。あと五年、妾の許で研鑽を積むがよい。もしもその最中に一度でも弱音を吐けば、そなたは騎士になるな。全てを諦め、妾の手元に残れ。よいな?」

「はい。ですがオレは絶対に、弱音なんて吐きません」

「……泣けばいい。辛ければやめていい。苦しさから逃げるのは恥ではない。一度しか言わぬぞ……妾はそなたが逃げてきても、決してそれを咎めはせん。そのことを、覚えておけ」

「はい!」

 

 眩しかった。お婆様は類稀な叡智の持ち主として、千里眼を行使するまでもなく、確定した未来を見透して目を閉じる。

 再び刮目した時、お婆様は決心した。

 孫娘の為に、ギャラハッドが死なぬよう、彼に対する贈り物を届けようと。

 お婆様からの物と悟られぬように手を回して――彼の心の清さによって力を増す、渾身の大盾を創り上げてギャラハッドの物にする。そうせねば、ギャラハッドは死んでしまう。

 

 素材とするのは、人理の思い通りにはさせぬ為に確保していた、血の十字架の描かれた白い盾だ。それを基にして、聖都キャメロットの設計にも密かに加わっていたことを利用し、業を流用する。

 モルガン・ル・フェイは、傑作たる宝具を創り出す。真名は差し詰め……いまは遥か理想の城……ロード・キャメロットとでも云おうか。願わくば、未来が在るべき形に是正されんことを……。

 

(――また、利害は一致したみたいだ。そうだろう、モルガン)

 

「小癪な……だが、良い。一生に一度の気紛れを起こすとしよう。そなたにも存分に骨を折ってもらう故、きりきり働くが良いさ。なぁ、アンブローズよ。最後の仕上げは、そなたに掛かっておるのだからな」

 

 失笑し、モルガンは想う。

 もしかすると、()()()()()()の為に、自分は保険として保持していたのかもしれない。

 

 花の魔女の遺骸を――五体満足のまま。

 

(最後の先を愚弟に託しているのは業腹だけどね。いいよ、任せておきたまえ。ボクが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 全盛の妖精王を復活させる。

 

 それこそが――人理の思惑を超える、文字通りの切り札だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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