獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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83,終わりの始まり、始まりの終わり。聖杯の騎士よ(上)

 

 

 

 

 

 

『聞け、(ローマ)の民よ。

 知れ、(ローマ)の意思を。

 未開の地より騎士を称する蛮族が襲来し、(ローマ)の地を侵すこと幾年もの歳月が過ぎ去った。ブリテンの蛮族共は度重なる(ローマ)の慈悲を足蹴とし、退去勧告を退け、遂には我が手足の末たるフランク王国に偽りの王を擁立するに至ったぞ。最早(ローマ)の慈悲は底を突いた――

 身の程を弁えぬ蛮族に教育してやろう、ローマに歯向かうことの愚かさを。そして救ってやろうではないか、愚かな余りに国を破滅へ向かわせる愚王ユーウェインを除く事で。

 我らローマが、世界の隅に取り残された蛮族へ光を齎してやるのだ』

 

 ――ローマ帝国、動く。

 

 花神フローラの加護受けし、大陸全土の支配を象徴する皇帝剣フロレント。その担い手であり、自らも戦略と戦術の天才として名を馳せる剣帝ルキウス・ヒベリウス。あるいは、ティベリウス。

 ギリシャ、バビロニア、ヒスパニア、アフリカ等、広大な版図を支配する大ローマ帝国の皇帝が、辺境の島国の増長をこれ以上は看過できぬとして、未開の地の野蛮人に鉄槌を下すと宣言した。

 フランク王国の秩序を乱し、ベンウィックのバンを担ぎ上げて大王と僭称させ、大陸に我が物顔で居座るばかりか、ローマの領土を不当に侵した罪は許し難い。跳梁する悪逆の徒を討ち正義を示すと帝国は高らかに謳ったのである。これに対しブリテン王は声明を発した。

 

『ローマの横暴ここに極まった。

 聞けば当代のローマ皇帝ルキウス・ティベリウスは他国を切り従え増長し、王とは地上の神であると驕り高ぶっているそうだ。これはティベリウスの小僧に皇帝たる器がない証左である。

 故に我が名に於いて宣言しよう。

 ――子供の時間は終わりだ。権力を(わたくし)し、玩具の如く武威を振り翳すばかりか、無為に他国を侵し続けた小僧の傲慢に終止符を打つ。そして小僧如きに振り回される大国殿に掣肘を加えよう。

 これより先は大人の時間と知れ。神を自称する愚帝を天へと還し、天主の許に侍らせ神のなんたるかを学ばせてやろう。尚も地上に残らんと欲するなら、この私が愚帝を昇天させてやる』

 

 どこまでも堂々と。どこまでも居丈高に。正義を標榜し、一切の誤解の余地を潰して、宣戦布告を痛烈に叩きつけたのだ。後世の戦記にて燦然と輝く伝説――世界の中心たるローマ帝国に、辺境の島国が挑むという構図が完成したのである。戦争は避けられぬものとなった。

 敗者は全ての富と名声を失い、永遠に敗北した事実を歴史に刻まれてしまうだろう。故に帝国はブリテン王国の誅伐に、全力を投じねばならなくなった。こうも面子を潰すような真似をされて、黙ってなどいられるわけがない。万が一にも敗けるわけにはいかない。もし敗けてしまえばローマ帝国の権威は地に落ちてしまうのだから。

 

 ブリテン王国は、粛々と出兵準備を整えていく。

 

 相手は大ローマ。されど士気軒昂。大陸組への援軍として出陣するのが、無双の騎士王と約束されし勝利の女王なのである。聖杯探索に関わっていない円卓の騎士らや、顧問魔術師たる剣の魔女も伴われていく。相手が誰であろうとも敗ける気が全くしない。

 例え国力差が蟻と竜ほど離れていようと、騎士王が勝てると言うなら勝てるのだ。勝利王が勝つと言うなら勝つだけなのである。何も難しいことはない。騎士王は本気だった、全戦力を投じて勝利をもぎ取ろうとしている。もう既に十年以上も不作が続き、飢えた民を養う為にも敗けるわけにはいかないのだ。騎士階級の者も理解している――痩せた国土で養えぬ民を大陸に植民せねば、国力は先細りして、果てに栄光あるブリテン王国が滅びてしまうことを。

 敗ける気がしないし、敗ける訳にもいかない。軍の全体が救国の使命感を胸に出陣の時に備えていた。敵には敵の、敗けられない理由はあるのだろうが、それを踏み躙ってでも勝つのだと。

 

「――出兵までの日取りは?」

「29日後を予定してるぜ、ユーウェイン卿」

「フン……気が早いな。退位するまで(サー)の称号はお預けだと言ったはずだぞ。……私の退位とロオの即位は出陣前の閲兵式に先んじて行う。ロオの嫁取りの準備はできているか?」

「ああ、いい感じに手配できそうですな。ここだけの話、ローマも一枚岩じゃない。零細の分家だが帝室に連なる一家から、年頃の近い姫さんを差し出させることができそうですわ」

「……抜け目のないことだ。流石は大ローマの血、こちらの内情はお見通しというわけだ……だがそれだとロオが妻帯するのは、短く見積もっても戦争が終わった後になりそうだな」

「王太子殿下には申し訳ありませんがね、こればっかりは待ってもらうしかありませんな」

「………」

「……? なんです、そんな人の貌をジッと見て」

「いや……ケイ。お前も老けたものだと思ってな」

「藪から棒ですな。そりゃ老けるでしょうよ」

 

 円卓の騎士ではあるが、騎士というよりも最早完全に文官となっている宰相のケイ。彼は41年来の付き合いである主君の述懐に失笑し、手に持った書類の束で肩を叩いた。

 初めて出会ったのは、ユーウェインが15歳で、ケイが10歳だった頃だ。モルガンが攫ってきたリリィを、冒険の末に故郷へ送り返した時に出会って、ケイは従者としてユーウェインに同行した。

 ケイも、51歳だ。この国の平均寿命を超えている。

 貌に皺が刻まれ、頭も白く染まった。肉体こそ老人とは思えないほど頑健であるし、経験値も含めて若い騎士など容易く打ち倒せるが、それでも……随分と老いている。

 昨年、腹心の大功臣シェラン・アッシュトン公爵が逝った。他にもペレアスとベイリンが引退して予備役に編入されている。騎士だけではなく有能な文官にも、長年の疲労が重なり逝った者がいた。

 青年は改めて若いままの己を顧みる。二十歳にも満たない若造の肉体だ。老いに蝕まれない、地上の権力者の夢である不老の現れである。まるで……時の流れに取り残された遺物そのものだ。

 

 去来する感傷に、束の間浸る。

 ゆるゆるとかぶりを振り、ユーウェインは呟いた。

 

「お前は生涯現役でいろ。ロオが一人前になるまで死ぬな」

「無茶言わんでくれますかね、陛下? こちとら朝起きるのも大儀な老いぼれなんだぜ?」

 

 ケイは苦笑して肩を竦める。彼はもう後継者を育て終え、身辺を整理し、思い残すことも心配の種も残してはいなかった。いつ死んでもいいし、なんなら引退して隠居していても問題ない。

 しかしそれでも現役を続けているのは……腐っても騎士ではあるから、忠誠やら義理やら理由はあるが。一番大きなものとして、感謝の気持ちをユーウェインに対して懐いているからだった。

 主君と同じく、時の流れに取り残される宿命を負った義理の妹たち。色々とあった。心に傷を負い、蹲り、枕を涙で濡らしもしただろう。それでも全てを乗り越え、あるいは乗り越えられずとも己を偽らずに生きていられるのは、汚らしい現実の矢面に、ユーウェインが立ってくれているからだとケイは思っている。さもなければ、痛々しい様を晒していたに違いないのだ。

 だから――ケイはユーウェインが退位したら、今ある地位から退こうと思っている。王の柵から抜け出し、義妹達も自由になれば、投げ捨てた若い時間を改めて生き直す事もできるだろう。重ねた労苦の分だけ報われてくれる。ユーウェインになら安心して任せられる。

 聖杯やら悪魔やら、そんな胡散臭いものなど知ったことではない。そんな些末事など無視すればいいし、実際にユーウェインは『最初から無いもの』として国政を切り盛りしてきていた。

 

 引退する。ケイはそうしようと思っていて。

 なのにユーウェインは、現役を続けろと言った。

 それはつまり……そういうことだろう。ケイの身を蝕む病魔を幾度も斬り捨てた彼が、言葉で言っているということは。

 ケイの寿命が近づいていることを悟って。

 死んでほしくない、と……そう言ってくれているのである。

 

「………」

 

 じんわりと、胸の中に広がる暖かさ。ケイは声もなく笑った。ユーウェインも、笑った。

 

「――戯言だ。忘れろ」

「おう」

「思えばお前は、俺の前では滅多に毒を吐かなかったな。切れ味の鋭い毒舌は聞いていて痛快だったんだが……」

「なぁに言ってやがりますかねこの王様は。アンタはオレに、なんか言われるようなことをしてなかっただろ。なのに文句言ったら、そりゃただのイチャモンじゃねえですか」

「良いんだがな……文句の一つぐらい言っても」

「はぁ……んなもん何もねえですよ。……でもまあ、無理矢理文句を捻り出すなら……」

「なんだ?」

 

 しんみりとした空気の中で、やおら真面目な貌をした老騎士ケイが遠くを見る。

 傍らに立つ老騎士から目を逸らし、同じ果てを見遣った青年王が訊ねた。

 ケイは……言った。最後の心残りを吐き出すように。そしてそれは彼自身のことではなく、あくまでも手の掛かる妹に関するもので。ユーウェインは、何も言わずに頷いた。

 

「アルトリアの馬鹿は、未だに引き摺ってやがる。良きにしろ悪しきにしろ、決着を付けてやりたかったんだが……オレには無理だ。だから……ま、言うまでもねえだろうけどな――任せたぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 新たな円卓の騎士達が選抜された。

 

 大陸に派遣されている者や、聖杯探索に出ている者は、大会に参加しておらずとも無条件に列されている。故に新顔は僅かだ。とはいえ、規定十三席が埋まるのは十数年ぶりであった。

 第二十七期の円卓は紛れもなく過去最高の顔触れである。後世にて円卓の騎士と言えば、以前までの者達ではなく二十七期の者達を指すのが一般的であるほどに、良くも悪くも名の知れた面々だ。

 

 

 

 第一席『獅子の』ユーウェイン・モナーク。

 第二席『聖剣の』アルトリア・ペンドラゴン。

 第三席『水辺の』ケイ。

 第四席『太陽の』ガウェイン。

 第五席『鉄の』アグラヴェイン。

 第六席『湖の』ランスロット。

 第七席『魔槍の』ラモラック。

 

 第八席『兜の』モードレッド。

 

 第九席『聖槍の』パーシヴァル。

 第十席『隻腕の』ベティヴィエール。

 第十一席『狼の』ガレス。

 第十二席『妖絃の』トリスタン。

 第十三席『城壁の』ギャラハッド。

 

 宮廷魔術師『花の』マーリン。

 円卓付顧問魔術師『剣の魔女』リーリウム・ペンドラゴン。

 王室付近衛騎士『鉄槌の』オルタ・ペンドラゴン。

 

 円卓予備役『神槍の』ベイリン。

 円卓予備役『精霊の』ペレアス。

 円卓予備役『剣聖の』アニル・ペンドラゴン。

 円卓予備役『猪突の』グウィネス・ペンドラゴン。

 

 

 

 以上が、最高にして()()の円卓の総軍である。

 

 閲兵式を間近に控えたユーウェインは、上げられた書類に目を通し――

 

 ――目を閉じた。

 

 そうか、と。遂にやって来たのか、と。

 不思議と驚きはない。憤りも、戸惑いもしなかった。

 いつかはこうなると思っていたのだ。

 妖妃ならばそうしてもおかしくないと思っていた。

 恐らく妖妃が禁域の神殿から出奔した時から……。

 その時から、ずっとこうなると……心の何処かで予感していた。

 

「………」

 

 背もたれに凭れ掛かり、虚空を見上げる。

 ユーウェインは、白鴉ケンヴェルヒンとの視界接続を断った。

 最早なんの意味もない。使い魔の目を誤魔化す程度、妖妃なら容易かろう。

 

「モードレッド……モードレッドか……ハ。アルトリアめ、どうせ上辺だけを見て、無意識に避けたな。相も変わらず母上は悪辣だ……人の心の動きを熟知しておられる。アルトリアの仕切る大会に出せば円卓に潜り込ませられ、俺の目に名が触れるのは正式に辞令が下りてからと踏んだな。ずばりだよ、流石としか言えない。それでこそ母上……全く、掻き回してくれるものだ……」

 

 らしくもなく、独り言を紡いで自嘲する。

 名前まで偽らなかったのは、どうせ王の目に触れた瞬間に、正体が露見するからだろう。

 アルトリアが衝撃を受け過ぎないよう、最初は名前だけを出して慣らそうともしている。

 イヤらしいまでに、完璧だった。

 一度円卓に列されてしまえば、『王』は簡単に処断できない。

 見事過ぎるほど、見事である。

 

「………」

 

 ユーウェインは、熟考する。熟考――しているフリをした。

 誰がいるでもない無人の居室。ユーウェインがそこにいるのに()()なのだ。気配が溶け、存在が透過し、世界と一体化しているのではないかと思うほどの深い瞑想――

 やがて目を開く。琥珀の魔眼は透徹とした光を濁らせ。重苦しく、鉛の息を吐き出す。

 

(……舐めるなよ)

 

 ぽつりと、未だに王であるユーウェインは胸中にて吐き捨てた。

 

 いったい何時まで、妖妃に振り回されるままだと思われているのか。自分は確かに、妖妃の読み通りに動いていたかもしれない。しかし事此処に至れば、妖妃の計画の全貌は見えている。何を思い、何を考え、何をしようとしているのか。全て、看破していた。

 その思惑を断ち切る術も分かっている。迷いは、ない。惑いもしない。ユーウェインは当たり前のように決断した。薄っすらとこうなることを予感していたせいだろう、判断は早かった。

 席を立ったユーウェインは、虚空から極刀を取り出す。原始の呪力を以て精緻なる甲冑を生成し、極刀を腰帯に差した。がしゃり、と。鋼鉄の足音を鳴らし儀式の執り行われる広間へ向かう。

 

「――ブリテン王国初代国王、ユーウェイン・モナーク陛下、御出座」

 

 理想城キャメロットの謁見の間。誰ぞの宣告。

 

 先にやって来ていたアルトリアを一瞥もせず。空気に聡いリリィが表情を険しくするのも気にせず。一年ぶりに帰還したオルタを労いもせず。後世に於いて世界的な著名人、九偉人の筆頭と讃えられる青年は、硬質な美貌に絶対零度の冷厳を秘め、集った者達を睥睨した。

 その眼差しが氷のように燃え盛っているのに、熱くも冷たくもない。

 跪く騎士達を視線でなぞるのに、首筋に刃を添えられたような怖気がある。

 災厄の竜を討ち、手に入れた大盾。城壁の如き騎士と若くして讃えられる最年少の騎士ギャラハッドは、猛烈に嫌な予感に駆られて冷や汗を浮かべた。彼は無意識に、モードレッドを横目に見る。

 

「楽にせよ」

 

 王が言うと、円卓の騎士達は(こうべ)を上げる。

 

「大陸にて奮戦する我が騎士ら――ベティヴィエール、アグラヴェイン、ランスロット、ガウェイン、ラモラック。聖杯の探索に注力する我が騎士ら――トリスタン、パーシヴァル、ベイリン、ペレアス。彼らの不在を我が名に於いて不問としよう。功ありて引き続き円卓に名を連ねる栄誉を賜わすことを、此処に宣言する。異論のある者はいるか?」

 

 沈黙。異論などあるはずもない。

 

「よろしい。では新たに円卓にあがりし者……その誉れある後進の名を、先任のサー・ガレスへ唱えるように命じる」

「――はいっ!」

 

 父娘ほども歳の離れた異父兄妹、王より特別に寵愛を受ける若手の星。狼騎士ガレス、29歳。成熟した恵体の女騎士は、王から発される重圧に気圧されず、快活に応じて立ち上がった。

 

「兜の騎士、サー・モードレッド!」

「――応!」

 

 全身甲冑を纏う小柄な女騎士が威勢よく応じる。憧れの王を間近にし、興奮気味だ。

 

「この者、勝利王陛下の主催せし選抜大会にて優勝せり。以後の働きにて野盗を討ちてはよく人民を守護し、サクソンの残党の蠢動を察知しては乱の芽を事前に摘み取る等、功は充分! 勝利王陛下の名の下に、この者は円卓の座に招かれた! 新たな英雄の前途に光あれ!」

 

 美しき女騎士として名声を集めるガレス。しかしてその戦闘力は第三の騎士ラモラックに次ぐ第四位と称される。日光の下にないガウェインを超えたと王直々に讃えられていた。

 そんなガレスを、モードレッドも憎からず感じている。いや、好ましく思っていた。下民どもとは比較するのも鳥滸がましい、清廉潔白な先任に、彼女は彼女なりの敬意を払っているのである。

 

「城壁の騎士、サー・ギャラハッド!」

「……はい」

 

 漆黒の甲冑に身を包む、美貌の青年騎士が礼儀正しく応じる。

 緊張が、前面に現れていた。

 

「この者、騎士王陛下の主催せし選抜大会にて優勝せり。以後の働きでも、大聖堂ソールズベリーを襲撃した災厄の竜を討伐。無辜の民草に仇なす者を討滅すること数限りなく、武に於いてはこのガレスを上回り、騎士道に於いても手本とするのに不足なし!」

 

 朗々と謳い上げられた新任の円卓。

 子供のよう喜びを顕わにするモードレッドと、正反対に緊張を滲ませるギャラハッド。祖父の醸す空気の鋭さに、ギャラハッドは生きたまま背骨を引き抜かれるかの如き悪寒を味わっていた。

 どうしたのだろうか。どうして、祖父はあんな無機的な目をしている? 祖母アルトリアも、ロオやアニル、グウィネス――叔父達と叔母が訝しんでいるのに、オルタやリリィは何故痛ましげに顔を伏せているのだろう。何か嫌な予感がする。折角の夢の舞台なのに……。

 

「ご苦労。下がれ、ガレス」

「はい!」

「貴公らも耳にしていようが、近日以内に我らはローマとの戦端を開く。この場に集いし者らも、ロオや予備役の者を除いて出陣する事になろう。それに当たって、貴公らへ布告する。心して聞け」

 

 ユーウェインは満座の中、宮廷の貴族や騎士、文官共を見渡す。

 それから、アルトリアの脇に控えるロオを一瞥した。

 

「円卓はこの二十七期を以て最後とする。円卓に名を連ねた最後の一人が死去した時点で、永遠に円卓を解体しよう。これは私とアルトリア、両名による決定だ。異論は認めん」

 

 ざわめき。動揺が湖面を波打たせたが如く波及する。

 ユーウェインの静かな視線が薙がれると、群衆は一斉に沈黙させられた。

 黙れ――と。雄弁なる瞳の一閃は、心胆を寒からしめる威厳に満ちている。

 

「円卓はアルトリアの発案により組織されたものだ。そしてそれぞれが国でも民でもなく、私やアルトリアのみに忠義している。こんなもの、次代に残す必要はない。故に後の王権に円卓は無用と断じ解体する事にした。これは名誉職の形骸化を防ぐ為でもある。不要となった組織機構を、無駄な伝統として残し腐敗の温床にするぐらいなら、一思いに即時解体すべきだと考えたからだ」

 

 さて――と、ユーウェインは一拍の間を空ける。

 その間の、なんと重いことか。ユーウェインは、傍らのアルトリアを冷たく見据えて。

 戸惑うように身じろぎした妃を、静かに叱責した。

 

「アルトリア。情に目を曇らせ、判断を誤ったな」

「っ……なんの、ことでしょう?」

「お前の情も、惑いも察しよう。気持ちは分かる、私も同じ思いだ。しかし最後に瑕疵を残しては示しがつくまい。故にこれは夫として、我が子らの父として、そして王としての裁定だ。以後の儀に口を挟めば、私はお前を軽蔑しなければならなくなる。慎めよ、アルトリア」

「――――」

「貴公らにとっては残念な裁きとなろう。だが貴公らにも、アルトリア同様に異議を唱えることを固く禁ずる。私の失望を買いたくなくば、弁えて姿勢を保て。私からの最後の王命だ」

 

 最後の、王命。その宣言に緊張が奔る。

 騎士王達の退位と、新王の即位。まことしやかに噂され、多くの者が真実だろうと受け止めていた儀。それを匂わされて動揺するのは、極一部の騎士王と勝利王の退位を知らなかった情報弱者だ。

 モードレッドもその一人である。

 どういう事だと声を上げたかった。騎士王と勝利王は――彼女が生まれて初めて外界で敬愛の念を懐いた存在だ。この二人に死ぬまで仕える、それこそが騎士の本懐だと思っていたのである。

 しかし不平の声を抑えてでも堪えたのは、ここが自分やギャラハッドの夢の場だからだ。最初はギャラハッドのいる所にいたいから騎士になっただけだったが、二人の王を知ってからは騎士になれた事へ誇りを懐けていた。だから我慢の苦手な彼女も口を噤めたのである。

 

 しかし、モードレッドは納得したわけではない。

 彼女は思わず、王太子のロオを睨みつけてしまった。

 

(陛下達が……引退すんのか? で、コイツが……こんな雑魚が、オレの主君になる? なんだよそれ……オレはユーウェイン王とアルトリア妃になら仕えてもいいって思ってたのに……!)

 

 流石に騎士王と勝利王の嫡子だ。弱くはない。単純な戦闘力だけなら、円卓の騎士にも引けは取るまい。実戦を経験せず、鍛錬だけで才能を磨いたロオであるが、彼も強かった。単に騎士王が強すぎて霞んで見えるだけで、ロオもまた一廉の英雄ではあるのである。

 しかし騎士王ユーウェインと比較したら、余りに弱い。モードレッドの目から見て、あんな雑魚が騎士王と勝利王の後継者だなんて認められない話だ。それほどまでに彼女は王達へ心酔していた。

 

「裁定を下す前に、私から(みな)に紹介したい者がいる」

 

 いつの間にか、王がモードレッドを見詰めている。

 王の言の葉と視線に釣られ、全員の目がモードレッドに向いた。

 なんだ、とモードレッドは緊張しながら王の瞳を見上げた。

 下座にて跪いたまま、騎士の礼を取り続ける者を見下ろす上座の王。

 ユーウェインの目から、冷気が消えた。代わりに点るのは――仄かな情の残り火。

 

 モードレッドは、戸惑う。心臓が一際強く脈打った。

 

 どうしてそんな目で見られる?

 もしかしてロオを睨んでいた事に気づかれた?

 いや、それにしては妙な目をしている。

 まるで小さな子供を慈しむような、懐かしい目……。

 

 そういえば。昔から近所にいた白い鴉も、ユーウェイン王と同じ目をしていたような……。

 

 ――回想は瞬きの間。

 

「兜の騎士モードレッド。立て。そして兜を外し素顔を見せろ」

 

 王の命令に、モードレッドは素直に従った。無意識だった。

 露わになる醜い火傷の痕。事情を知るギャラハッドは、直感的に拳を握り締めた。

 黙っていて良いのか。白い蝶のヒト――本当に黙っているべきなのか?

 自身を導いてくれていた夢幻の声が、今はしない。思い出せば、祖父がいる時だけは鳴りを潜めていた。嫌な予感がする。立ち上がらねばならない気がした。さもなければ取り返しが――

 

「――紹介しよう。この者は――」

 

 ユーウェインが、息を呑むアルトリアの、悲愴な貌から完全に目を切って。

 

「私の。そしてアルトリアの。

 実の――娘だ」

 

 刮目するギャラハッドの目の前で、驚愕の真実を解き明かした。

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 絶句するモードレッドに、暖かな父性を以て微笑む冷厳の魔王。

 彼は金色の魔力を帯電し。

 極刀の柄に、手を置いていた。

 

 

 

 

 

 

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