獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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お待たせしました。今回長いです。つかれた…。
感想ください…(瀕死)




84,終わりの始まり、始まりの終わり。聖杯の騎士よ(下)

 

 

 

 

 

 神域の魔術師の業を結集し、造り上げられた五体。肉体そのものが神造兵装とも云える、()()()()神造人間の規格は、総身を支える骨格、臓器、筋繊維の悉くが怪力無双の巨人を基礎とした。

 

 人型でありながら慮外の膂力を宿すもの。

 土台を只管に頑健に、頑強に仕上げてからが本番だ。

 

 神経系はヒトに似せていながら、実体を持った妖精のもの。意思ありきで伝達される脳の指令を零秒で指先まで伝達し、如何なる負荷も零とする。埋め込まれた魔術回路は妖妃を模し、ブリテン島の意思とも云える原始の呪力を動力とした。掛かる上で異形の魂魄を搭載し、魂の変遷や腐蝕を阻む不変の祝福を載せる。神話体系秘蔵の極みたる究極の聖数字に由来する、日輪の下に在れば全能力を三倍とする加護も積載され。尚も有り余る巨大な受け皿たる器を構築。

 以後の旅路にて、死の邪神バロールと対極に位置した生命の邪神インデフの返り血を取り込めば、搭載された全機能を余さず増強し、『聖者の数字』をも任意に発動できるステージに移行。邪神インデフの因子を取り込んだことが、彼の者の飛躍の階となった。

 神造人間は身体の殆どが巨人であり、血液はヒトであり、ヒトである故に母から遺伝していながら開眼していなかった妖精眼が、巨神ダナンとの決戦にて花の魔女の魔術を取り込み活性化。変質した末に『選別の魔眼』へと昇華されることとなる。

 

 以上を以て、神造人間の肉体は完成した。

 

 偏執的とも云える悪しき魔女の愛と。古王ウーサーの後継者足らんとする魔女の悲願。双方を同時に成就させんとする野心が、魔女の子を妖精の騎士へと変生させた。自ら女王にならんとする欲望が、最高最善の妖精王を生み出したのである。妖妃は自らの作品が理想を遂げたなら、赤き竜アルトリアを生み出した古王ウーサーへの最高の意趣返しになると思ったのだ。

 だが――妖精王は妖妃の設計を超克し、超越した。神域の才と神話を超える肉体に、異形の精神が掛け合わさった事で発生したイレギュラーであった。妖精王の開眼せし異界常識、其の精神がこじ開けた才と器の可能性。其の極致。あらゆる業、因果、運命、世界。森羅万象の一切を斬断せしめる斬撃の理だ。果たして妖精王は騎士王を号し、有り得ざる歴史を斬り開いたのである。

 

 誰ぞ知ろう。

 本来であれば、今のブリテン王国は有り得ない国家だった。

 条理に則り考えれば、十一年も運命の西暦五百年から延命できる筈がない。

 

 戦が起これば防衛戦と奪還戦のみに終始し、得られる物は何もないはずなのに。枯れた大地に疫病が流行らず、局地的に取り潰される村が散見されるのみで、悲劇が最小に留まるなど荒唐無稽だ。

 内乱の芽は多くが摘まれ。諸王による内輪揉めの気配も、諸王そのものが謀殺されている故に全く見られず。完全な一枚岩の統治形態が保たれ、権力は一点に集中し、亡国の危機に在りても人心の荒廃は最低限で済んでいる。そればかりか、滅びの運命は騎士王を号せし魔人の剛腕で押し返され、ローマとの戦いにさえ勝てば活路が拓けるところにまで迫っていた。

 真エーテルの枯渇による神代の終焉? 国土の破滅? 内輪揉め……反乱、疫病。挙げ句の果てには治安の悪化? 神代は終われど何処にもそんな悲劇は見当たらない。魔人在る限りブリテンは有り得ない結末に向けてひた駆けて、滅びの運命をも乗り越えてしまうだろう。

 

 一癖も二癖もある英傑、円卓の騎士達は誰一人として不和を起こさず。女性関係の縺れによる痴情の醜態を晒さなかった。上から完全に抑えつけ、統率する剛腕の王がいて。反感を覚えそうな者は妃が間に入ってとりなしたからだ。国の破綻に繋がる要素を手当たり次第に摘み取り、治世の名君として二人の王が両輪となり、国政と貴族社会を巧みに回したからである。

 聖王として表に君臨し。魔王として裏で粛清し。権力基盤を固め、円卓という名誉職に政治的実権を与えず、王権を揺るぎない物とした。ブリテン王国の団結力を、王の威力で以て確立したから。だからこそ立ちはだかる運命は、異界常識に生きる妖精王を止められない。

 

 ――嗚呼。そうだとも。断言しようではないか。ブリテン王ユーウェイン・モナークの名に於いて勝利を告げる――

 

 

 

 ()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 妖弦の騎士を見殺しにすれば。

 兜の騎士を見捨てれば。

 それだけで、万事が上手くいくのだ。

 

『ユーさん。ユーさんはトリスタンさんの体に宿ってる、ピクトの血を切り分けてしまえないの? そうしたらさ、姉さんの、その……ね? 分かるよね』

 

 剣の魔女は以前、そう言ってきた。

 魔術の研鑽を重ねた末に、妖精王の振るう理の異常さを理解したらしい。

 だが妖精王の答えは決まっていた。

 

『そんな便利なものに視えるのか? 俺の剣は()()()()()だけだ。断ち切る事はできても一つのものを二つに割き、片割れだけを生かす事も、両方を生かす事もできん。両方死ぬ。俺が斬れば、トリスタンは死ぬんだ。一つの生命として成立している時点で手遅れだよ』

 

 斬り分ける。それを考えた事がないとは言わない。しかし、できるならとっくの昔にそうしていた。できないから、聖杯を探させているのだ。国に永遠の繁栄を齎すという天使の託宣があり、国民にそれを周知されてしまっているから、表向きは国の為に聖杯を求めている。

 しかし本音では、忠義の騎士や禁忌の子の為だけに探させているに過ぎず。そうした理由がなければ聖杯などという物は無用だと断じよう。そんなものが無くても、賭けには勝ったのだ。

 故に、忠義の騎士を見殺しにし、私情を殺して禁忌の子を処理してしまえるなら。聖杯は探しているポーズをするだけで無視して、国や自分達の力だけで滅亡の結末を乗り越えていける。

 だが――ここにきて魔人は欲を掻いた。いや彼にとっては欲ですらない。単なる我儘、良心の呵責、異形の精神の囁く甘い誘い……妖精王は、もうすぐ退位する。大いなる責任から解放され、大国との戦争を終えれば引退できる。故に彼は思ったのだ。

 

 最後に一つ。たった一つ。小さな無理ぐらい通せずしてなんとする、と。

 

 忠義の騎士の忠勤に応え、悪魔と称される我が子を救う……今まで通してきた無理と比べ、なんとちっぽけな『無理』なのだ。この程度は容易く成し遂げてみせよう。妻の心に刺さったままの棘を、抜いてやれずして何が夫か。何が父親か。彼はそう思っていた。

 しかし駄目だった。騎士のことはまだ諦めていない。だが子供は諦めなくてはならない。なぜなら彼は気づいてしまったのだ。禁忌の子モードレッドを、自らの魔眼で直に視認した時に。

 

 ――ああ、コイツだ。コイツは紛れもなく、間違いなく、俺の子だ。

 

 ――顔立ちはアルトリアに似たな。髪も、瞳も。しかし目つきは父に似て、耳の形もこちら似だ。一目で分かった……自分の子だと。だがもう一つの事実にも、一目で気づいてしまった。

 

 モルガンは気づかなかっただろう。厳重に魔術で封をして、まだ弱い子供の頃から抑圧し続けただろうから、気付ける切っ掛けなど何処にもなかったに相違ない。地上でただ一人、己だけが識別できる。最強の敵を屠った己だけが認識できる。他者には察知できまい。

 

 

 

 モードレッド・ペンドラゴンは、()()()()()()()()

 

 

 

 恐らく。

 失敗作だったアレとは異なり。

 この子は――()()()と見做された。

 ガワだけはヒトのまま。されど本質的にはヒトから外れ星と化している。

 今のモードレッドはタイプ・アースだ。本人に自覚はなくとも、何か切っ掛けがあれば自我を失い、星の意思を代弁する存在に成り果てるだろう。それは許し難い、最低最悪の尊厳の破壊だった。

 

「――紹介しよう。この者は――私の。そしてアルトリアの。実の――娘だ」

 

 火傷を負った黒髪の少女。その悪趣味な化粧を、目線で斬る。

 目視の視線。意を込めた魔眼の斬撃。一瞥のみで結界を断ち、神秘を宿さぬなら鉄塊も両断する無刀の裁断。露わにされた素顔と姿に、周囲はざわめきに支配される。

 アルトリアが瞠目している。モードレッドは愕然としている。

 だが、知らぬ。最早ヒトではないとはいえ、それでも我が子だ。それだけなら諦める理由にはならない。だが諦めなくてはならない。それがせめてもの慈悲だった。自我を奪われ、別の存在に成り果ててしまう前に、せめて……せめて人間として。自分の子として。例え悪魔という悪評を持ったままであろうとも。自分しか理由を知らずとも。……人間として殺してやる。

 

 自我持たぬ人形になどさせない。星の意思などに我が子を奪わせはしない。

 

 今更父親面するなど恥知らずだろう。そんな事は分かっている。厚顔無恥の毒親でもなんでもいいし、好きに呼べばいい。だが駄目なのだ。もしもモードレッドが自我を失えば、其れは災害となり人間に牙を剥くだろう。何故なら今のこの星は、人間を癌と捉えている。早急に取り除きたい害悪だと認識している。さもなくば霊長の座を奪い取るような、ピクト族を生み出す訳がない。

 そうなれば、斬らねばならない。ただの災厄として。本物の悪魔として。何が覚醒の切っ掛けになるのかは分からないのだ、デカすぎる不確定要素を見逃すことなどできるわけもなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()。それが殺害しかできない自分に取れる唯一の方法だ。

 

「お、オレが……私が、陛下の……子供……?」

「そうだ。モルガンから聞いてはいないか? アレは私の実の母だ。アレのことだ……どうせ貴様の人格の骨子として、()()()()()()()という意識を刷り込み、下々の者を見下すように育てただろう。その貴人というのが、私だ。そしてアルトリアも指している」

「――――」

 

 言われ。モードレッドの脳裏に蘇るお婆様の言葉……ささやかや誇り……。

 聞かされた。確かに言われた。自分は偉大な御方の子供であると。それがまさか騎士王と勝利王であるなどとは、今の今まで考えたこともなかったが、確かに聞かされていたことだ。

 そして、下々の者を見下すように育てられた……?

 それは……どうだろう。そんなはずはないと思ってみても、事実として自分は下民を見下している。アイツらよりオレの方が上だ、と。そう思うことで孤独に耐えていたのだから。

 

「よく帰ったな、モードレッド。父として貴様の成長を嬉しく思う。よくぞ自力でここまで辿り着いてみせ、円卓の座にまで上り詰めてのけた。私は貴様を誇りに思おう」

「ぁ……ぇ、……ぁ、ありがたき、ぉ、お言葉……?」

「そう畏まるな――と言うのも酷な話か。理解と実感が追いつかんのも無理はない」

 

 父性を隠しもせずに微笑む王に。不老の親の影響か、肉体の成長が遅く十代半ばの小娘にしか見えない兜の騎士は恐縮する。その様は傍から見ると、感動の再会とでもいうべき光景だった。

 仄かに、微笑ましげな空気が漂い始める。文武百官は観衆と化して、父娘の再会を言祝ごうとする雰囲気に染まりつつあった。

 しかし。

 アルトリアと、リリィ、オルタの三人。そしてギャラハッドを初めとする円卓級の者だけは不吉な気配を感じ息を呑む。寧ろなぜ他の誰もが気づかない。なぜ分からない。目を背けているのか?

 

 王の醸す不吉に影響されたのか、空は突如、暗雲に包まれ。

 神の域にある王が帯電する、金色の魔力の影響で雷鳴が轟かんとしている。

 極刀の柄に手を置いているだけで――鋼の冷たさが場に満ち、全ての存在が王の斬撃圏内に囚われている。

 

 ああ、そうか。恐ろしすぎて――英雄ならざる者は、この現実を認識できないのか。

 

 

 

「だが、残念だ。私は貴様を斬らねばならん」

 

 

 

 え……? と、モードレッドは間の抜けた声を漏らした。

 

 求めていた家族。欲していた親。思い描いていた理想。太陽のような父性を感じ、じんわりと歓喜の気持ちが湧き上がってきた直後に、その小さな心の火へ冷や水が浴びせられる。

 あの、偉大な王が、自分の親。それのなんと夢のある話なのか。これが現実なら自分はこの人達のことを親と呼べる……? 嬉しいなんてものじゃない。歓喜という表現も陳腐だ。

 

 しかし夢は夢。儚い、夢だった。

 

 この段になってやっと、モードレッドは王の手が極刀に添えられているのに気づいた。

 浮足立っていた心が急速に冷え込む。戦闘能力という一点に於いて、地球史最強の存在に殺気を向けられているという戦慄は筆舌に尽くし難く、腰砕けになっても不思議ではない。

 二十年以上も前の、イングランド統一戦争時ですら、星の究極生命を打倒したのだ。それも()()()()()()()。快復したわけではないにしろ、英霊ニコールの霊基により症状が半分緩和した今、単純な継戦力だけでも倍加している。そんな妖精王に殺気を向けられ、受け止められる者など一握りだろう。恐怖と混乱が合わさり固まってしまったモードレッドを、いったいどこの誰が臆病だと謗れるのか。

 

「な、なんで……?」

 

 当然の疑問だ。そして、知る権利のある謎だ。

 

「不思議には思わなかったか? 私は王で、アルトリアは王妃だ。この国の頂点であり、誰憚りなく振る舞っても止められる者などありはしない。そんな立場にある者が、なぜ我が子を手放す?」

「それ、は……」

「分からぬならそれでいい。だが見に徹している貴公ら――忘れているなら思い出せ。遡ること二十三年前、何があったのかを。我が国の国教はなんだ?」

 

 話を振られ。しかし、口を開く赦しはない故に、観衆は記憶を手繰るのみ。

 幾人かが、ぁ、と声を漏らした。王の視線が向けられ、廷臣は慌てて両手で自らの口を抑える。王は苦笑した。別に脅かす意図はなかった。

 

「思い出せた者もいるようだな。そうだ、二十三年前――このキャメロット上空に天使ミカエルが現れ、託宣を齎したのさ。ここまで言えば後は分かろう? このモードレッドこそが、天使に曰くブリテンへ破滅を運び込む悪魔――呪われた災厄の子だ」

「ぁ、くま……わたしが……あくま……?」

「モルガンに何も聞かされていないらしいな。私とアルトリアは当時、貴様が生まれてくるのを心待ちにしていた。恥ずかしい話だが、あの時の私は貴様の実の兄であるロオとの関係に悩んでいた。アニルやグウィネスとの関係もだ。だから零から関係を作れる、ただ愛し、慈しむだけでいい我が子を求めていたのさ。……いざ振り返ってみると本当に恥ずかしいな……だが天使の託宣により、私は望むと望まざるとは別に貴様を追放しなければならなくなった。その判断は正しかったと今も確信している」

 

 何も言えなくなったモードレッドを見据え、ユーウェイン王は告げる。

 

「二十三年。二十三年だ。それだけの時を聖杯の探索にあて、今も探し続けている。なのに一向に見つからん、手掛かりすらない。今後も見つけられる保障はどこにもあるまいさ。それこそ百年費やしても、なんの成果も上げられない可能性の方が高い」

「………」

「ああ……そういえばモードレッド、聖杯と言っても、貴様にはなんのことか分からんかもな。早い話が貴様を悪魔から人にする奇跡の杯だよ。それさえあれば貴様を洗礼してやれる。今の貴様は悪魔だ、人間ではない。真実はどうあれ、貴様はそんな烙印が押されているのさ」

 

 ――そんなもの……どうでもいいのにな。

 

 どうでもいい。王はハッキリとそう言い切った。天使の託宣を。

 敬虔な信徒であり、世も下り後の世となれば聖人に認定されると目される王が、どうでもいいと断言したのである。驚愕に値する問題発言だ。だがそんなものには構わず、ユーウェインはモードレッドを見詰め続けた。わなわなと肩を震えさせる、憐れな少女を。

 

「私は、貴様の父だ。だが私は王でもある。王である以上、国に破滅を齎すという存在を放置はしておけない。当時でも貴様が赤子の内に殺すべきだという声はあった。父としては殺したくはない、しかし王としてなら後の禍根となる存在は消さねばならない。故に妥協し、貴様を追放したわけだ。馬鹿な娘だよ……秘境から出てこなければ、斬り捨てずに済んだのにな……」

 

 貌を青くして沈黙するモードレッドは、何がなんだか分からなかった。

 理解が追いつかないでいる、実感が湧かずにいる。自分が王の子で、次代の王の妹で、でも悪魔で、聖杯で人間にならないといけないけど、聖杯は見つからなくて……?

 自分は人間じゃなくて、それで、それで……どうするのだろう。……分からない、分かりたくもない。だが――理解できなくても、慄いてしまう。

 王が。

 妖精王が。

 カチャリ、と。甲冑の音を鳴らして一段、一段と玉座より降りてきたから。

 纏う殺気に嘘偽りはなくて。けれど本当に父親の貌をしていて。温かい心と冷たい決意を秘めた琥珀の瞳が、あまりにも混沌としていて――芯から凍りつくほど綺麗だった。

 

「ゅ、ュー、ゥェ、ィ――」

「黙れ」

 

 心理的な緊張と、心的外傷に縛られる身に気を込め、なんとか動き出そうとした妃に対し。

 背を向けたまま、王は端的に制止する。

 この場で唯一止めることが出来る妃は、動けなくなった。

 彼女もまた感じたのだ。長年連れ添った最愛の人の声が、掠れているのを。

 

「何も言うな。何もするな。これは……(オレ)(もの)だ。誰にもやらん。お前には……お前にだけはくれてやるつもりはない。黙って、そこにいろ。見ていられないなら、下がれ」

 

 ゆっくりと。まるで一歩ごとに膨大な労力を掛けて、覚悟を固めているかのように、重い足取りで歩んでいく王。

 跪いたまま身動きできず、モードレッドは迫りくる死を感じた。理解も実感も追いつかなくても、今、自分が死ぬのだという確信が彼女の頭蓋の内へ満ちていき――混乱で、溺れてしまいそうだ。

 

「モードレッド。何を馬鹿なと思うかもしれんが、私は貴様を愛していた」

「……ぇ?」

 

 突然の独白は、しかし誰に聞かせるものでもない。

 しかしモードレッドは、父の言葉に呆気にとられた。

 愛していた……? 殺そうと、しているのに……?

 

「貴様は望まれて生まれてきたんだ。愛されて生まれた。追放した後も、貴様が決して外に出ないようにと願い、見守っていた。……白いカラスに見覚えはないか? あれは私の使い魔でな、私は貴様が成長していくのを祝福しながら見守っていたんだ」

 

 白い、鴉。

 ……いた。確かに、いた。

 ずっと傍にいてくれて。お婆様がいる時だけ、お婆様に追い払われていたけれど。

 お婆様は頻繁に留守にしていて、一人でいた時には……必ず傍にいてくれた鴉が……。

 あれが……父上だったのか。

 他人の気がしなくて、子供の頃に戯れついては遊んでもらって。時には嘴で突かれ、叱られて。なんだかんだ、孤独の意味も知らずに居た自分に、寂しいと感じる心を教えてくれた……。

 

 モードレッドの眦に、涙が浮かぶ。

 ようやく実感が追いついてきた。本当に……本当にこの人が、父上なのだ。

 嬉しくて……同時に悲しくて……恐ろしかった。

 父上が……自分に、殺気を向けて歩み寄ってくるのが――

 

「し、死に、たく……ない……!」

 

 モードレッドは声を震わせながら、訴えた。心の底からの訴えだった。

 

 どうして殺されなくてはならない?

 どうして? どうしてなんだ?

 愛してくれていたなら、愛していると言うなら、殺さないで。怖い、恐い、こわい……! いやだ、まだ死にたくない、やりたいことがある、生きていたいと思っている――

 

 ――まだ叶えたい夢があるのだから。

 

「だろうな」

 

 相槌は、やはり太陽のようで。

 残酷に焼き殺す熱線のようだった。

 

「わ、わたし……おれは……しにたくないよっ、ちちうえ……!」

「私も殺したくはない」

 

 だが殺す。

 

 一歩、近づいてくる。少女が溜めていた涙が、溢れて落ちた。

 

「なんでだよっ、なんでっ、なんでっ……そんな、いみわかんねぇよ……なんだよ『あくま』って、おれ――おれは『あくま』なんかじゃないっ、おれはにんげんだよっ」

「そうだとも。分かっている。貴様は人間だ、悪魔なんかじゃあない。だが貴様が災厄を齎すのは事実だ。貴様を生かした末に起こる結末の一つを私は知っている。だから未然に災厄の種を潰すのさ」

 

 一歩。

 

 震えて、足腰に力が、入らない。

 

「さいやく……? 災厄……いみ、意味が、わか、分かんねぇ……っ! 天使だか、聖杯だか、そんな意味分かんないモンが言ったことなんか信じてっ! オレを殺すのかよ……なあ、父上っ!」

「その通りだ。馬鹿馬鹿しいだろう? 聖杯も天使も無用だ、悪魔だとか人間だとか、そんな区別は心底くだらんと思う。胡散臭い、阿呆らしい、例えなんであろうと、貴様が私の娘である事に変わりはないというのにな。だが――斬る。斬るさ。なぜなら私は王だからだ」

 

 一歩。

 

「王だから……王様だから……オレを、殺すのかよ……」

「ああ。阿呆らしく思うかもしれん。しかし貴種の務めとはそういうものだ。馬鹿馬鹿しく、下々の民には理解不能な論理で、国の為になるなら我が子をも殺す。それが義務であり、責任だ」

「おれ、オレ……死にたくないっ……! 頼むよ、ころさないで……!」

「いいや、駄目だ。貴様は今ここで、私に斬られて逝くのさ」

「せっかく、せっかく騎士になったんだっ! やっと……やっとアイツと同じ……それに、すごく格好いい父上と、母上に出会えてオレ、オレ……嬉しかったのに……! ひでぇよ、なんでなんだよ……! オレは何も、何も悪いことなんかしてねえのにっ!」

「……ああ。そうだな」

「誓うっ、誓うからっ、オレ、ずっと良い子でいるからっ、だから、だから殺さないで――」

「駄目だ」

 

 一歩。

 

「斬る」

 

 一歩。

 

「――聖杯などなくとも、我が国は栄える。だが貴様は見逃せん。出てこなければ良かったのにな……せめて聖杯を見つけ出すまで……」

 

 一歩。

 

「来世があれば、今度は私のような親は持つなよ、モードレッド……」

 

 涙を流して、貌をぐしゃぐしゃに歪めて、泣く少女の目の前に。

 父王が立った。

 涙でぼやけた少女の視界。

 淀んだ瞳で、深い決意の光だけが爛々と輝く王の魔眼。

 交錯した視線。父王が、抜刀する。漆黒の刀身は只管に雅で――やっぱり、綺麗だ。

 

「……モードレッド。抵抗を赦す。立て……立って、歯向かってみせろ」

 

 なんのつもりなのか、父王が虚空に手を翳す。

 すると至高の銀にて鍛えられた、稀代の名剣が突如現れて、王の手に握られた。

 その名剣を放り出し、モードレッドの手元に転がす。

 モードレッドは、立たない。

 

「拾え」

「………」

「この私に挑むのに、ガラクタの剣では心許ないだろう。くれてやるから早く拾え。貴様を斬った後、共に墓へ埋めてやろう」

「………」

「………。………それは貴様の祖父にあたる男が用いていた剣の中の王者、燦然と輝く王剣(クラレント)だ。正統な王位を象徴するだのという曰くがあるらしいが……悪いな、剣如きに象徴されるほどブリテンの王位は安くない故、単なる宝剣の一つに数えている。……おい、立て」

「………」

「………立たないのか?」

「………」

「………そうか。ならば、せめて一思いに……痛みも、苦しさもなく、眠らせてやる」

 

 怯えて動けない娘に、父王は瞑目した。

 誰も動けない。息を呑んで、ただただ沈黙する。

 輝かしい舞台のはずだった。

 新たに円卓の座に達した二人の騎士を祝福する、栄光ある場のはずだった。

 なのに、なんだ、この惨状は。

 

 ユーウェインが、緩やかに刃を振り上げる。一拍の間の後、振り下ろされる刃は、確実に娘の命を断つだろう。彼の刃に触れてしまえば、不死不滅の存在であろうと、死という概念を持たぬモノだろうと終わってしまうのだ。無機も有機も問わない、概念、熱量、硬度、一切を不問のまま終焉に導く。触れたものを終わらせるだけの、必滅の斬撃だ。

 

「……ぅ、」

 

 枯れない涙を流す少女。――導かれた末に、幼き頃から交友を持った、気の強い……しかしどこか可愛らしさもある幼馴染。強くて、才能に満ち溢れていて……いつか手の届かない高みへ至ると思っていた女の子が――泣いている。涙で濡れそぼった顔を、向けてきている。

 もう駄目だった。必死に体を抑え、何かの間違いとか、王の戯れだろうと思い込もうとしていたが、これ以上は耐えられない。王命がある、逆らってはならないことも承知している、だが――ここで目を逸らして、動かずにいれば、一生後悔することになるだろう。

 幼馴染を見殺しにしては、何が騎士だ。何が男だ。何が――友だ。

 

 ギャラハッドは、王の赦しもなく、王命に逆らい立ち上がった。

 

「お待ち下さい、お祖父様……いいえ、陛下!」

 

 肩透かしを食らったかのように、刀が下ろされる。モードレッドとユーウェインの間に、ギャラハッドが割って入ってきたからだ。

 王が困惑したような目で、決意と勇気を秘めて立ちはだかったギャラハッドを見る。そしてモードレッドは縋るように青年を見詰めた。

 

「ギャラハッド……?」

 

 ユーウェインは心底驚いていた。血の繋がりは微塵もないが、義理の孫であるギャラハッドを彼は溺愛している。しかし甘やかしはすれども、決して教育には手を抜いていない。

 騎士になりたいと望んだ孫に、望んだ通りの指導を施した。王命は絶対であり、逆らうことは赦されないのだと。――だが、ギャラハッドはその先の教えも覚えていた。騎士王の最初の教えだ。祖父が羨みながら語った言葉が、今も青年の騎士道の根底に根付いている。

 

 彼はギャラハッドにこう言ったのである。

 

 

 

『王命は絶対だ。だが、王が誤ったならこれを糺すのが騎士の務めでもある。そしてな……忘れるなよ、ギャラハッド。騎士の務めや忠誠よりも、優先しなければならないものもある。――()()()()()()()()()()()()()()()。それが信念であれ、友であれ、女であれ、だ』

 

『忠誠は人を盲目にする。義務は人の心を摩耗させる。騎士は清廉でなくてはならないが、人間が人間である限りそんなことは不可能だ。故に騎士は一本の芯を持たねばならない。越えてはならない一線を持ち、それを越えそうになった時は()()()()()()()()()

 

『心の壊れた者に騎士は務まらない……騎士で在ろうとする余り、自分という人間を捨てるなよ。騎士の称号に拘泥して自分(ヒト)を失ったのでは本末転倒だ。騎士か己か、迫られたら迷わず後者を取れ』

 

『誰にも言うなよ? お前にだけ教えている。……王である俺には貫けない、一つの未練だ』

 

 

 

 ――まだ円卓の騎士になっていない。その叙勲の場が此処なのだから。

 しかしギャラハッドは、自身の夢を捨ててでもモードレッドを救いたいと思った。

 これこそが自身の目指した騎士の在り方だ。()()()()()()である。

 捨てるのが早すぎるが、仕方がないと割り切る。ここで騎士を捨てなければ永遠に後悔し、自らの騎士道を穢してしまうことになるのだから。故にギャラハッドに衒いなし。

 万夫不当の騎士王と対峙しても、気圧されない信念が若き青年の中にもあったのだ。

 

「待てとは大きく出たな、サー・ギャラハッド。私の王命を忘れたか?」

 

 ユーウェインは、露骨に苛立ちを浮かべた。滅多に見る事のできない王の怒りだが、しかしギャラハッドは怯まない。自身の背中を見る幼馴染の為に、彼は無限の勇気を纏っていた。

 

「忘れてはおりません。しかし陛下、貴方は間違っている。若輩の身なれど、一人の騎士として見過ごすことはできません」

「ほう……私が間違っているだと? よかろう……王命に逆らうからには、命を懸ける覚悟があってのことだと見受ける。言ってみろ、聞くだけ聞いてやろうじゃないか」

 

「――へ、陛下っ! お、お待ち下さい! む、息子は今、緊張で冷静さを失くし――」

 

 廷臣の中に紛れていた女が飛び出してくる。

 母は強しという奴だろうか。ギャラハッドの母エレインが、決死の形相で場に出ようとした。だが無造作に振るわれた王の極刀が、斬撃を飛ばしエレインの足元に浅い亀裂を刻む。

 無言の示威による、止まれの合図。ユーウェインの一瞥に、エレインは腰が抜けて倒れた。婦人に対するには強すぎる態度だ。しかし、今のユーウェインに容赦の二文字はなかった。

 

「邪魔をする者は、ギャラハッドに匹敵する覚悟を持って臨め。さもなくば即座に斬るぞ」

 

 ユーウェインは淡々と、静かに言った。誰だろうと関係ないと示す、明白な凄みがある。

 

「さあギャラハッド、邪魔は入らんぞ。私の何が間違っているのか、言ってみるといい。もしも私を納得させられなければ、可愛い孫でも関係ない……躊躇なく処断してくれる」

「………」

 

 ギャラハッドは、生唾を呑み込む。凄まじい重圧と、緊張感だ。

 しかし縋る視線を背中に感じている。それだけで、立っていられた。

 

「私も……聖杯探索に関しては聞き及んでいます。話に聞く悪魔というのが、モードレッドのことだとは思いもしませんでしたが……」

「……モードレッドのことを知っているのか?」

「はい。彼女は……私の友です。そして……モードレッドは私に……ボクなんかに求婚してくれた、大切な(ヒト)になるかもしれない存在でもあります」

「………」

 

 ユーウェインはギャラハッドの申告に眉を顰めた。

 彼が娘と知り合いなのも驚きだが、そんなに深い仲だとは思いもしなかったのだ。

 どこで、いつ知り合ったのか……この手際、モルガンか? ……いや、傾向が異なる。ではあのいけ好かないマーリン? 近いが、何かが違う。話を聞きたいが、しかしそんな事よりも……ユーウェインはギャラハッドの瞳に惹かれていた。

 その、自分には赦されなかった道を生きる、我を通そうとする若者の瞳に。

 

「悪魔を洗礼すれば、ブリテンは永遠の繁栄を約束される。こんな簡単なことを、みすみす見逃したとあっては大いに損失でしょう。だから貴方は間違っている。聖杯を手に入れるだけでいいのに、その道を閉ざそうとしているのだから」

「……何を言うかと思えば。いいか、ギャラハッド。先程も言ったが、聖杯の探索は二十三年も続けているんだぞ。お前などより遥かに優れた騎士達が、それだけの時間を費やして手掛かりの一つも入手できずにいる。そんなものを宛てにしてどうする? 自分達の力で国を富ませればいい、奇跡の杯などがなくても我々は活路を切り開ける。不確定要素に賭けるのは馬鹿のすることだ」

「見つけます」

「故に破滅を齎す悪魔は斬らねば――……なに?」

「ボクが、聖杯を見つけます」

「………本気か?」

「騎士に、そして男に二言はありません」

「………」

 

 ギャラハッドの、透徹とした目。

 ユーウェインはその溢れんばかりの光に、束の間言葉を見失った。

 絶句。まさしく、ユーウェインは絶句していた。

 話を聞いていたのか、この馬鹿は。

 天才ギャラハッドは才気煥発だ。23歳にして卓越した技巧を誇り、あと数年もしたら父にも匹敵する武人に成長するだろう。

 しかし騎士としては未熟もいいところであり、青二才でしかない。そんな若造が何を言った。聖杯を見つけると言ったのか? 今のギャラハッドより桁外れに優れた騎士でも……オルタやトリスタンですら見つけられない聖杯を、見つけ出すと断言したのか。

 

「聖杯さえあれば、モードレッドを斬る意味はありません。ですので陛下、間違いを認めてください。そしてボクに命じてください。聖杯を見つけ出し、貴方に献上しろと」

「………」

「もしもボクが聖杯を見つけられなかったら、構いません。ボクもモードレッドと共に死にます。陛下の手を煩わせることなく、ボクの手でモードレッドを斬りましょう。ですので……チャンスを、ください。ボクとモードレッドが共に生きていける、チャンスを」

 

 曇りのない、馬鹿の目。

 

 それに――

 

 ユーウェインは、

 

 救われた。

 

「フッ……フフフ……フハッ、」

「………」

「ハハハハハハハ―――!」

 

 笑ってしまう。堪えきれず、ユーウェインは腹を抱えて笑い出した。

 形成していた甲冑が無意識に解け、手にしていた極刀を床に取り落としてしまい、人目も憚らずに大口を開けて爆笑した。

 痛快だった。爽快だった。

 なんて眩しいのか。ユーウェインが嘗て憧れた自由な生き方――王族ではなく、単なる一個の人間として、辿ってみたかった我儘。それを可愛い孫が示してくれることの、なんと心地良いこと。

 ユーウェインは笑った。見た目相応の少年のように。

 アルトリアがポカンと口を半開きにしている。オルタが頻りに瞬きを繰り返している。リリィが自身の頬をつねっている。観衆となった廷臣たちはひたすら唖然としていた。

 

 そこに魔王はいなかった。聖王も、妖精王も、騎士王もいなかった。

 

 ただのユーウェインが、剥き出しの青年がそこにいる。

 

「はー……」

 

 涙すら浮かべて笑い転げたユーウェインが、まだ収まらない笑いを抑えながら、目を擦り涙を拭って姿勢を正す。しかし、その貌は未だに半笑いだ。

 

「笑った。笑わせてもらったぞ、ギャラハッド。いつの間にこんな高度なギャグを身に着けた? 人が悪いにも程があるな。可愛い奴め、笑わせてくれた礼だ、特別に今の台詞は聞かなかったことにしてやる。さあそこをどけ。余り希望を持たせてやるな、辛くなるだけだぞ」

「ボクは本気です」

「うん。まあ、そうだろうな。冗談だとも、お前も笑え。……笑えないか? すまんな、その手のセンスは磨いたことがないんだ。……全く困った奴だよ。親子ともども、どうしてこう困った女に肩入れするんだか……ランスロもお前も、因果な女に惹かれる質なのか?」

「かも……しれませんね。ボクにとって、父上に似ているというのは褒め言葉ですが」

「俺に似なくて良かった。こんな愚図に似たら最悪だからな」

 

 やれやれとばかりに肩を竦め、極刀を蹴り上げたユーウェインは、そのまま落下してくる刃を鞘に収めた。

 

「いいだろう」

 

 そして、ユーウェインは認めた。なんとなく……ギャラハッドなら見つけられるかもしれないと思ったのだ。全く根拠のない、王らしくない希望的観測だが……託してもいいと、そう思った。

 目を見開く周りの者はさておいて。ユーウェインは、笑いながら、王として告げる。

 

「ただし、そう長くは待ってやれん。そこのバカ娘が出て来てしまったからな……のんびりやれと言ってやりたいが、それは無理だ。出て来たのなら、殺すという決定は覆らん。できるのは延期だ、延ばしてやった期間以内に聖杯を見つけろ。さもなくば、斬るぞ」

「分かりました。では、その期間とはいつまででしょう」

「半年だ」

 

 試すように微笑むユーウェインに、ギャラハッドは不満を漏らさない。

 名のある英雄達が幾ら探せど、二十三年も見つからなかった聖杯。それをたったの半年で探せと言うユーウェインに、ギャラハッドは頭を下げた。

 

「半年ですね。それ以内に必ずや、陛下の手に聖杯を齎してみせましょう」

「ああ、期待している。ただし……見つけられなかったら、分かっているな」

「ええ。命を懸けたのです。この言を違えることは有り得ません」

「よくぞ言った。その啖呵、気に入ったぞ。俺を笑わせてくれた褒美だ、お前にくれてやる」

 

 収まらない笑い。ユーウェインは、直接召喚魔術にて喚び出した武具を、孫へと投げ渡した。

 其れは聖槍ロンゴミニアドである。気軽に臣下へ下賜していいようなものではない。それだけに、ユーウェインの期待の大きさが伝わるものでもあった。ギャラハッドは流石に驚いたようだったが、恭しく最果ての槍を拝領する。

 

「行け。聖杯を手に入れぬ限り、二度とその面を見せるな」

「はい。……モードレッドを連れて行っても?」

「好きにしろ。なんならどこに逃げても良いんだぞ? 地の果てまで追って誅伐を下すがな」

「逃げません。使命を果たせなかった場合でも、陛下の手を煩わせないと言いました」

「……そうだったか? ……そうだったな。ま、そんな小さいことはどうでもいい」

 

 シッシッ、と手を振って追い払う仕草をした後、ユーウェインは彼らに背を向けた。

 ギャラハッドはもう一度深く、頭を下げる。そして蹲ったままのモードレッドの手を取って、無理矢理立たせた。お、お前……と、唖然とした様子のモードレッドを急かす。

 

「ああ――その剣も持って行け。モードレッドに一度はくれてやったものだ、今更返せとは言わんよ」

「……父、上……」

「……気の迷いだ。俺を父と呼ぶな。軽蔑し、呪え。言を違え、逃げたなら、俺がお前たちの死神になる。そんな男を親と思う必要はない。その時は、全霊を以て挑むがいいさ」

「……オレ……いつか……いつか、きっと……!」

 

 ――貴方達を、親だって思いたい。父上って、母上って、呼びたい……!

 

 ギャラハッドに手を引かれて遠のいていく娘の台詞に、ユーウェインは何も言わなかった。

 顔を伏せ、痩身を震えさえ、声もなく落涙するアルトリアを見上げながら、ユーウェインは玉座に戻った。ちらりとケイを見遣ると、彼は苦笑して肩を竦めている、

 

 どっかりと腰を落として、ユーウェインは顔を掌で覆う。

 

「アルトリア」

「……は、い……っ」

「よかったな。……いや、よかったよ。……聖杯は、見つかりそうだ」

「はい……っ」

「オルタが描くと言った家族の集合絵、きっと皆で描かれてやろうな」

「っ………!」

 

 何を根拠にと人は問う。それに対して彼は言う。

 そんなもの――あるわけがないだろう、と。

 あんな馬鹿に、根拠なんて求められるわけがない。

 だからこそ、信じてみた。

 

 それだけだ。

 ユーウェインはちらりと廷臣らを一瞥し。

 嵐の王は嘆息して、極刀を鞘ごと振った。

 

 外の空を覆っていた暗雲が、嘘のように払われ晴天となる。

 

 若者たちを送り出した老人は、微笑を浮かべて祝福した。

 廷臣と騎士らを誤魔化しながら。

 

「――何を呆けているか、戯けども。今のは全て茶番だぞ。二人の円卓の騎士が、本当に円卓の器たりえるか試したに過ぎん。彼らはわざと私の見せた過ちに、堂々と諫言をしてのけた。祝え、新しい英雄たちの門出を。その儀を以て今日(こんにち)の叙勲式を終了とする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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