獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです 作:飴玉鉛
――王冠という荷も捨てた。後は、後始末を済ませるだけだ――
勘の良いリリィの前で、思わず失言してしまった時はヒヤリとしたが。ラムレイの死で感傷的になっていたのは彼だけではなく、彼女もまたしんみりしていたお蔭で気づかれる事はなかった。
そうだとも。後は、後始末を済ませるだけ……それだけでいい。それで全て終わる。
……いいや、そうじゃない。
終わらせるのだ。この身が生まれ落ちた時からついて回った宿業を。
因縁と言っていい。運命と飾って言うのもありだ。
それがあったから『今』があり、この結末に至ろうとしている。
最初は無邪気に愛していた……。
次に愛そうとした。
愛せなくなって。
殺意を持って。
呪い、憎み、そして最後に辿り着いた想いの名は『応報』だ。
愛には華を、殺意に剣を、呪いに流血を、憎しみに終焉を。
今の己が在る事の感謝を乗せて、訣別の先にあった因縁に斬撃を落とす。
――これだけ情を煮詰められた相手は、後にも先にも一人だけだろう。
最愛のヒトだった。最悪のヒトだった。最高の、母親だった。
他者から見ると最低でしかない外道の愛だろう。
しかし嘗ての己にとっては、唯一無二の愛だったのだ。
(破滅させる事でしか愛せない人格破綻者……他者を見下すばかりだった社会不適合者……俺と貴女は確かに親と子だ。貴女が俺を愛してくれて良かった、俺だけが貴女を愛していて良かった。貴女の結末は俺のものだ。俺の始まりが貴女のものであるように)
ブリテン島から発ち、戦艦城の艦長室に佇むユーウェインの頭にあるのは、ローマとの戦争の事なんかじゃない。そんなものに割く思考はなかった。約十年ぶりに再会した、大陸に残留していた円卓の者らを労り、積もる話をして、過去を懐かしみもしたが。やはりユーウェインの脳裡に、ローマとの戦争が掠めることはない。歳のせいだろうか? よそごとばかりを、想ってしまう。
(みんな……老けていたな……)
中性的で玲瓏な美貌の持ち主だったベティヴィエールは
称号の如く鉄のようだったアグラヴェインは、すっかり頑固親父そのものと化していた。
ガウェインも、ランスロットも、ラモラックも。
それぞれが戦歴と心根が反映された、実にいい歳の取り方をしている。
変わらないのは、ユーウェインとアルトリア達だけだ。
そのことを悔やみはしないが、なんだか寂しいとも感じてしまう。
からん、と。グラスの中で、氷が鳴る。
(奴らがどれだけ長く生きても、俺が置いて逝かれるのは既定路線だ。仕方ないことなんだろうが……いかんな、酒が入ると感傷的になってしまう。俺も本格的に老け込んでしまいそうだ)
有り得ないが。既に破っているとはいえ、妖妃に刻まれた不変の祝福の効能は体に染み付いている。都合のいい部分だけ抽出し、ユーウェインの魂は腐る事も衰える事もない。心身共に若いままだ。
不老。こうなると祝福ではなく呪いのように感じるが、構わなかった。いずれ長い生に倦んでしまえば、その時は自らの手で己を終わらせればいいだけなのだ。
故に想うのは己の事ではなく、身内。
(ギャラハッドは……上手くやれているといいが)
雲の上。星海の下、満月を窓から見ながらをグラスを傾け、神酒を呷る。
戦場に向かっている最中とは思えないほど、静かな一時だ。アルトリアは今頃アグラヴェインやマーリン達と会議を重ねているだろう。オルタとリリィもそこに参加している。
一人だけ不参加を決め込み、サボっているようで後ろめたく感じるが、今回ばかりは大目に見てほしいものだ。男という生き物はセンチメンタリズムな生態をしているのだから。
――モードレッドは真面目な騎士を演じていたらしいが、本当は大雑把で自分勝手である。負けん気が強く、寂しがり屋で、かと思えば構い過ぎれば煩わしく感じ、構わなさ過ぎたら怒り出す。
アルトリアの悪い所、ユーウェインの悪い所ばかり受け継いでいた。歳を重ねても心は子供のまま、なかなか成長しないだろう。そこはユーウェインの駄目なところだ。意地っ張りなところはアルトリアの駄目な部分でもあり……可愛くもある。ギャラハッドはよくもまあ、あんな馬鹿娘を好いたものだと感心した。孫のようなマイペースな男でない限り、とても付き合いきれまい。
お似合いだ。本当に。末永く幸せになってほしい。幸多き家庭を築いてくれたらいい。それだけが幸福の形だとは言わないが、仲違いだけはしてほしくなかった。どちらも大切な子供だから。
(命とは終わるもの……人生とは苦しみを積み上げる巡礼だ。それを悲劇と取るか、喜劇と取るかは本来当人次第だが……お前達の旅は終わりの見えた悲劇でしかない。だが……そんな三文芝居に付き合う義理はないぞ。お前達に愁嘆場は似合わん。安い筋書きなど壊してしまえ)
ギャラハッドに全てを任せきりにはしない。こちらも出来る限りのことはしよう。今更保護者面して恩を着せるつもりはない……あの二人に気づかれないように、個人的に支援しようと思う。
尤も。それはあくまで、ユーウェインが仕事を終わらせてからだ。宿業を断ち切るまでは、何もしてやれない。気を揉むが、そんなに長く待たなくてもいい。……割とすぐ
ユーウェインは極刀ドゥリンダナを取り出す。英霊ニコールの霊基を取り込んだ際に手に入れた宝具だ。ユーウェインの在り方を受けて変質し、今やこの身の一部となった物である。
鞘から抜き放った刃に、自身の顔を映した。その行為には特に意味はない。見飽きた顔が映るだけで――しかしその顔には、確かに母の面影があった。
本当に今更だが、複雑な家系である。アルトリア達もモルガンによく似ている、姉妹だからだろう。アルトリア達は本当なら、ユーウェインより10歳も年下の叔母という事になる。思い返せばアルトリア達の容貌にもユーウェインとの共通点はある気がした。
(…………)
そろそろだろうな、と思う。ブリテン島を発って一ヶ月……ローマと開戦するのはもう間もなくで……
そろそろ
新王のロオにとって最初の正念場だ。
ユーウェインが謀殺した諸王の血族と、諸王の王位を継ぎたかっただろう時代遅れ共。独立志向ばかり強い欲深な無能共や、国家運営の為にユーウェインが財を取り上げた有力な貴族共。
そうした輩はユーウェインがいる内は何も行動できなかった。今頃ユーウェインが不在なのを良い事に不満を再燃焼させているはずだ。あるいはモルガンなら、何年も掛け水面下でそうした輩を束ねているかもしれない。いずれにしろ、直ぐにでも状況は動くはずだ。
馬鹿正直にモルガンからの招待を待つ気はない。ユーウェインは、自分から動こうと決めていた。故に、もういいのだ……ブリテンは勝つ、ユーウェインがいなくても、絶対に。
「――行くのかい、ユーウェイン卿」
出立の準備を密かに整える。と言ってもユーウェインの準備は移動手段を用立てるだけだ。
ラムレイの長子はリリィの相棒だ。ラムレイの旦那、ドゥン・スタリオンはアルトリアの愛馬で、次子がオルタの乗騎である。故に空いているのは第三子の白馬だった。
名は星天を意味するアストラ。星のように綺麗な瞳をしている。人懐っこく顔を擦り寄せてくるアストラに鐙をつけて、いざ跨がろうとした途端――見計らったように姿を表した青年を一瞥した。
「見送りは要らん。会議に戻れ、マーリン」
青年は、軍議に参じているはずのマーリンだった。
邪険にあしらわれても、マーリンは堪えず肩を竦める。
「相変わらず冷たいね。少しは手心を加えてほしいな。私もサボりたいのを我慢して一生懸命働いてきたんだよ? 優しくしてくれたっていいじゃないか」
「………」
「ちなみに今日の会議で私の出番はもうない。私の視た情報は全て伝えてあるし、私の助言がなくとも切れ者のアグラヴェイン卿がなんとかする。だから問題なのは君だけだよ」
「……白状するが、俺はお前の事は嫌いじゃない」
唐突にユーウェインは吐き捨てた。話の流れを無視した、脈絡のない台詞である。マーリンが意外そうに口を閉ざした隙に、彼から目を逸らしたユーウェインはアストラに飛び乗る。
「だが苦手だった。どうもな……お前を見ていると、ガニエダを思い出してしまう。よく似ているくせに、決定的にガニエダと違う部分を目にすると不愉快になってしまっていた。悪いな……八つ当たりだと理解しているが、なかなかやめられずに今まで引き摺っていた」
「それを私に言うのは何故だい?」
「何故? ……何故、か……ああ、それは多分……随分と遅くなったが、謝っておきたくなったのかもしれん。……お前の姉が死んだのは俺のせいだ。お前の姉が夢魔から人に寄り過ぎたのも、俺のせいだろう。それはきっと、夢魔のままでいるお前にとっては酷い裏切りだったかもしれない。すまなかった」
「……謝らなくてもいいさ。だけど一つ訂正させてもらうと、ガニエダは私の姉じゃない。私の方が兄なんだからね」
「そうなのか? ……全く、お前といいアルトリアといい……どちらが兄だの姉だの……いつまで経ってもくだらん所で張り合うものだな」
アストラが嘶いた。蹄で地を掻いて、早く走りたいと訴えているらしい。
こいつは馬らしからぬ恐いもの知らずで、ここが雲の上の空中であることなど気にもしていなかった。アストラは強靭な脚力で水面を走れるが、ドゥン・スタリオンやラムレイのように空を駆けることはできないというのに。……阿呆だ。まあ、阿呆だからこその愛嬌でもある。首筋を撫でて宥めながら、ユーウェインは突然こんな話をした真意を語る。
「ガニエダから始まった因果だ。モルガンの始末を付けられるのは、この俺を措いて他にいない。その権利と義務はガニエダの男で、モルガンの子である俺のものだろう。だからな……お前に謝ったのも責任の一環だ。それ以上の意図はない」
「ふむ。責任、責任か……君の始まりは独善だったのに、今はしがらみに縛られているんだね。だけど分かっているのかい? ユーウェイン卿、君がやろうとしている事は『無責任』だ」
「お前が言うな、傍観者気取りの無責任男め。俺がケツを蹴飛ばさんとろくに仕事もしなかっただろうが。……だがまあ、耳に痛い糾弾ではある。そこだけは真摯に受け止めておこう」
だが同時に、らしくないとも思った。マーリンからそんな台詞を聞く羽目になるとは、今の今まで想像もしたことがなかったし、今後も聞くことはないとも思っていたのだから。
しかしマーリンも生き物だ。たまには酔狂の一つも起こすかもしれない。深く気にしないことにして、ユーウェインは苦笑する。
「俺のしようとしている事は無責任か?」
「そうだとも。きっとアルトリア達は怒るだろうね。なぜ一人で行ったのか、戦争前なのに一番の戦力が抜けるなんて下の者に示しがつかない、元々こうするつもりだったなら、せめて一言ぐらい断りを入れてから行くべきじゃないか――論調としてはこんな感じだろう」
「言ったら止められるだろうが。関わりは浅いが、アイツらもモルガンを知っている。
「そんな危険な場所に一人で行くなんてどうかしているよ。なんなら私が付いていこうか?」
「要らん。俺一人でいい。……一人がいい」
その為の早期の退位と、遠征でもあったのだ。如何にしてモルガンを欺くかを考え、モルガンが絶対に『ユーウェインならやらない』と信じている心理を裏切ることにした。
ユーウェインが叛乱の報告を受ける前から離脱し、ブリテン島に急行する事は無いとモルガンは想定している。間違いなく、だ。形式的な面子を考慮し、叛乱が起こった旨を聞き届けた後に動き出すと考えている。だが……それは間違いだ。モルガンは侮っている、ユーウェインがモルガンの存在に、どれほど執着しているのかを。
「マーリン。……『アンブローズ・マーリン』という男を見込んで、頼みがある」
アンブローズとは、ガニエダの通称だ。しかし花の魔女と花の魔術師は、世間的には同一人物と見做されている。前時代、マーリンが表向きはウーサーに仕え、ガニエダは裏に潜んでいたからだ。
故にアンブローズ・マーリンというのが、世間一般的に『花の魔術師』なのである。
わざわざその通称を引っ張り出したユーウェインに、マーリンは真剣な面持ちで応じた。
「……何かな?」
「昔ガニエダに聞いたよ。お前が気にしているのは、世界の紋様とやらが綺麗になるかどうかだろう。故に、究極的にはブリテンが勝とうが負けようが、お前にとってはどうでもいいのかもしれん。個々人に執着を持てない、持ち辛いのがお前の業だ。だが……敢えて頼む。今だけでもいい、一個人に肩入れし、お前の全能力を費やしてくれ。……アルトリアの為に」
「………」
マーリンは、お得意の話術を披露しない。沈黙し、馬上のユーウェインを見つめた。
しかし獅子の騎士の琥珀の瞳に、一切の翳りがないと判じた彼は嘆息する。
「……分かったよ。約束する、アルトリアとオルタナティブ、リーリウムの三人を私の全てにかけて守護しようじゃないか。まあ、あの三人に私なんかの力が必要になるとは思えないけどね」
「
「はっはっは。そうだった、代案なんて名前は捨てたんだったね……ユーウェイン卿。君の頼みを聞く代わりに、私の頼みも聞いてくれないかな?」
「なんだ」
「正直に答えて欲しい。モルガンを討った後――
マーリンの言を受け、ユーウェインは堪らず吹き出した。
声を上げて笑ってしまう。
何を深刻な顔をしているのかと思えば、そんなことか。
「戯け。お前の目には、俺がそんなに思い詰めているように視えるのか?」
「……視えないさ。だけど、代わりに別のものが視える」
「なんだそれは」
「
「おいおい……」
苦笑してしまう。死相が出ているだと? ユーウェインは普通に、まだまだ生きていくつもりだ。部下達の人生を見届け、子供達を見送り、100年でも200年でも生き続けて。
国の行く末を見守る。国の終わりを見届ける。果てに、不変ならざるアルトリア達の魂が死ぬまで生き、彼女達を見送った後に自決して、己の人生に終止符を打つつもりだった。
ユーウェインは自覚している。どんな状態、どんな営みの中に在ろうとも、己を殺せるだけの存在はいないと。王としては兎も角、武力という一点に於いては、人類史に己へ匹敵する者などいないと自負していた。そしてユーウェインの傲慢なまでの最強の自負は、マーリンをして全肯定せざるを得ない。
今の彼なら時間制限の都合上、一対一でならという注釈はつくものの、
ユーウェイン・モナークは最強だ。彼を戦いで打ち破れる存在など、マーリンをしてまるで思い当たらない。だが――彼には、死相があった。
運命などではない。そんな因果はユーウェインに通用しない。斬り破られて終わりだ。故にその死相は、ユーウェインの倍近くも生きる老人が蓄積してきた、経験に基づく非論理的な勘だった。
「頼むよ……死なないでくれ、ユーウェイン卿。君が死んでしまったら、世界の紋様がくすんでしまいそうなんだ」
「大袈裟だな」
「大袈裟なんかじゃない。似非とはいえ、私にだって心はあるんだ。赤ん坊の頃から視てきたアルトリア達が、絶望するところなんて視たいとは思えない」
「……フン、心配性な年寄りだ」
ユーウェインは皮肉げに溢して、手綱を操る。
白馬のアストラが待ってましたとばかりに嘶いた。
「言われるまでもない。必ず生きて帰ってくる。そして大人しくアルトリアに叱られるさ。勝手に戦陣から離れ、馬鹿をしたことを謝ろう。それでいいだろう?」
マーリンの返答を待たず、ユーウェインはアストラを走らせた。
戦艦城から飛び降り、遙か上空から地上に向けて落下していく。その最中にユーウェインは金色の雷の魔力――英霊ニコールの霊基を取り込んだ事で変質した魔力の性質を迸らせた。
光の神ルーと同質の魔力放出だ。それが原始の呪力と混じり合い、アストラの全身を包み込み馬鎧を形成する。落下の衝撃から完璧に護る為の措置だ。
眩い小さな太陽が、彗星の如く離れていくのを見つめ続けながら。
花の魔術師は嘆息する。
「――仕方ないな。本当に仕方ない。私がフォローしておくとしよう……獅子の騎士ユーウェインは、モルガンの叛乱の報を聞いた後に出た、と……そういう事にしてあげようじゃないか」
漠然とした不安を胸に。
マーリンは、らしくもなく願ってみる。
どうか全ての因縁が清算され、全員にとってのハッピーエンドになりますように、と。
きっとブリテンの『真の王』になるはずだったモルガンだって、そう望んでいるはずだ。
面白い、続きが気になると思っていただけたなら、評価等よろしくお願い致します。作者に元気を分けてくれー!